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文字数 1,091文字

 ブーツのヒールで、カツカツと固い音を鳴らして下りていくと、地下特有の熱気が彼女の頬に当たった。
 ギターやドラムがチューニングしているくぐもった音が聞こえてくる。
 ライブハウス入り口で顔見知りのスタッフと二言三言やり取りしてから中へ入った。

 エレキギターの尖った轟音が両の耳を直撃する。
 中へ入ってすぐのところにBudweiserの赤いロゴの電飾のついたバーカウンターがあった。そこで透明なプラスチックのコップに口をつけていた坊主頭の男と目が合う。彼の名前は覚えていないが、対バンでこれまで何度か目にしたことがあった。地声もハスキーなバンドボーカルだ。
「テラさんが楽屋で待ってるよ! 二人に話があるんだって!」

(改まって何だろ?)
 真白は、省吾と目を見合わせた。
 寺山は、31歳になる年だった。
 気さくで、黒い短髪はいつもさっぱりしていた。その大柄な身体から長い手足を繰り出して叩くドラミングにはビジュアルから言っても海外アーティストばりに迫力があった。
 二人は楽屋のドアに向かった。
 正面の壁ぎわのスツールに座っていた寺山は、ちらりと目を上げたがいつもの人懐っこい笑みはなく、どこか物憂げな表情を浮かべていた。
「……おう、来たな」

 真白らは黙って頷いた。
 寺山が、手招きする。二人がギターケースを椅子に立てると、彼は顔を寄せ、周囲を気にする素振りをした。

「この論法だと、ロックバンドひいてはロックそのものも、いずれは排除の対象になるだろうな」
 真白は大きく目を見張ると、長い髪を左右に振った。
「そういうのって、おかしくない?」
 省吾が眉間にしわを寄せる。

「確かに」
 寺山はそう短くいったが、今ここで事を荒立てて、以前から世話になっている田宮オーナーに迷惑が及ぶのは避けたいとの意向を漏らした。
「……それに、オレには家族がいるし、仕事もある」

 寺山は、バンドメンバー唯一の既婚者だった。歳の近い妻と幼い子どもが一人いる。それに、普段は市内の小さな商社に勤めていた。
 彼にとっては、飯村兄妹と違って、反社的だと周囲に烙印を押されてしまうのは、反骨のロッカーとしての勲章になっても不都合でしかないのだろう。

 真白は兄の顔を見た。彼もまた同じように顎を上げて彼女を見て、それきり何も言えないでいるようだった。

(そんなふうに言われてしまうと、引き留めることはできないよね)
 その考えで兄とは、ほぼ一致したに違いない。
「この通りだ。本当に申し訳ない」
寺山は左右の膝に両手を置くと、二人に深々と頭を下げた。
 これでバンドの解散が決まった。

 省吾が、フッと息を吐き出す。
「まあ、しゃあないっすわ」
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