プロローグ 1(1)

文字数 1,220文字

 街は熱気に包まれていた。
 須波(すなみ)市政始まって以来最も若い30歳の榛村正宗(はいむらまさむね)市長誕生に市民感情が高まっているのだった。

 就任1か月後。
 とある冬場の週末の午後、市長演説会が開かれた。その会場となった市中央公園は、集まった市民らで辺り一面びっしりと埋め尽くされている。

 公園北側の野外音楽堂。
 突然始まった大音量のドラムサウンドが空気を切り裂いた。
 四つ打ちのダンス・ビートが聴衆の気分を高揚させたのだろう。ざわめきが大きくなる。

 榛村がダークグレーのジャケットから赤いネクタイを躍らせて、ステージ上に颯爽と姿を現すと、人々の熱狂的な声が渦を巻いた。
 真っ白な歯を見せながら浮かべた彼の笑みが、ステージ上部に取り付けられたオーロラビジョンに映し出され、一際拍手と歓声が大きくなった。

 彼が手を振りながらステージ中央の演台へ歩み寄る。
 その下手では副市長の門脇圭一(かどわきけいいち)が、耳にかかった白髪を吹きすさぶ寒風でなびかせながら、緊張で小柄な身体を硬くしていた。

 ステージのすぐ下では横一列にSPの男らが、約3メートルおきに並んでいた。彼らは各々、しきりに周囲に目を走らせている。彼らのリーダーとおぼしき上手の年輩の男が、片耳に指先を当てながらインカムでやり取りをしている様子が見える。

  演台の前に立った榛村は、一礼するとマイクを手にした。
「ようこそ、須波市民の皆さん、市長の榛村です! こんにちは!」
 ステージの脇に設置された大型スピーカー及び、公園内の案内放送用のスピーカーから張りのある、艶やかな声が流れると歓声が一気に沸き上がった。
 榛村が右へ左へと手を振り、それに応えた。
 彼が、会場を見渡すような素振りをしたあと、再びマイクを口に近づけると、彼の言葉を聞こうと潮が引くように、聴衆らは大人しくなった。榛村は頷くと、ゆっくりと話し始めた。

「先日、わたくしは須波市役所に初登庁いたしました。大勢の職員さん方に拍手で出迎えていただきました」
 そう語る榛村の晴れ晴れとした顔は、まさにその時のすがすがしさを表していた。
「そういう雰囲気の中、市役所の入り口に向かって歩いたのですが」
ここで彼が一つ咳払いした。
「えーと、わたくしは多分緊張のあまりにですね、つまずいて豪快に転んだんですね。顔からコンクリートの舗装にベッターンと!」
 そういって彼が照れたように笑ってみせると、聴衆は大いに沸いた。

「そんなわたくしに手を差し伸べて、助け起こしてくださったのが」
榛村は、空いた右手をステージの奥に立つ門脇に向かって伸ばす。
「こちらにおられる副市長の門脇さんです!」
 門脇は突然、自分の名前を出されたせいか、驚きと困惑の表情を浮かべた。
「これからも、わたくしのこういう至らない点をサポートしていただくことになるのかな。門脇さん! よろしくお願いいたします!」
そういって榛村が門脇の方を向いて深々と頭を下げるパフォーマンスをすると、観覧席のところどころで笑いが起こる。

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