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文字数 1,367文字
商業ビルが集まる一角にある街頭テレビの下には、300人を優に超える大勢の人々が自然と集まっていた。
先ほどから市長狙撃事件の緊急報道番組が流れている。
女性アナウンサーは抑揚のない、淡々とした口調でニュースを読み上げていた。
「本日昼すぎ市中央公園で銃撃を受けた榛村市長の搬送先である市立医療センターでは、特設医療チームが治療に当たっている模様ですが、現時点で容態について、まだ何も発表はありません」
「映像を解析した専門家は、銃弾が榛村市長の頭部に命中した可能性が排除できないと述べています」
続々と関連ニュースが続き、通行人らは街頭テレビの大画面にくぎ付けになっている。
「さきほど門脇副市長が、榛村市長襲撃事件を受けて、市庁舎で市の各部署の上長級職員を集め緊急会合を開きました。その席で、公安関係者の意見を踏まえた上で非常事態宣言を発令することを決定しました」
「宣言の内容はまだ明らかにはなっていませんが、既に市外へ通じる幹線道路では警察による検問が開始されており、同時に、不要不急の夜間外出を自粛するよう市民に要請する方針です」
人波に紛れて街頭テレビを見上げていた飯村真白 は、エレキベースの入った黒革のケースをガードレールに寄りかけたあとは、いつの間にかそばにいた兄の省吾 に後ろから肩を突かれるまで、ニュースにすっかり気を取られていた。
「もう! 急に後ろから触らないでよ! びっくりすんじゃない!」
真白は、普段青白い顔をこのときばかりは、いささか紅潮させて、腰まである長い黒髪を振り乱して省吾に食ってかかった。
それほど驚き、怒りさえおぼえている彼女を、省吾はまるで相手にしていないのか、短く陽気に口笛を吹いた。
「もう! ほんと、ありえない!」
「えへへ」
待ち合わせ場所として街頭テレビ下を指定したが、まさかこのようなニュースと出くわすとは思ってもみなかっただけに、突然のボディタッチ以前に真白はかなり動転していたのだった。
「真白、もう行くぞ。時間だろ?」
「お兄ちゃんは気にならないの?」
ギターケースを背負った省吾は、ツイストパーマの頭を左右に振った。
「俺らには関係ない。政治なんかどうでもいいわ」
彼はロックで白黒つけること以外には、何事もほとんど興味がない純粋なロック青年だった。サングラスを掛けて、音割れするほどの音量でエレキギターを鳴らしていたら、全てを忘れていられると常々語っている。
反対に真白は、バンドも学業も、ファッションもバイトも世間のニュースも同列に並べて眺めているつもりだった。どちらかといえば冷めた、良く言えばバランス感覚を重んじるという常識人で、兄とは血がつながっていても全く別の人種のようだった。
二人は今夜、ここから徒歩三分のところにあるライブハウス「SIDDELEY 」で、対バンに参加する予定だった。
ドラムスでバンドリーダーでもあるテラさんこと、寺山大二郎 とは現地集合の約束になっている。
夕方前の路地は、昼間の陽気の残る大通りとは違って、ひんやりした空気が漂っていた。
二人は人気がまばらなその道を奥へ進み、やがてビルの地下へ伸びる暗く細い階段の前で立ち止まった。
フライヤーがぶら下がっているシドレーのロゴ入りのA型看板に目をやると、まず省吾がその階段に踏み入れ、真白は彼の後に続いた。
先ほどから市長狙撃事件の緊急報道番組が流れている。
女性アナウンサーは抑揚のない、淡々とした口調でニュースを読み上げていた。
「本日昼すぎ市中央公園で銃撃を受けた榛村市長の搬送先である市立医療センターでは、特設医療チームが治療に当たっている模様ですが、現時点で容態について、まだ何も発表はありません」
「映像を解析した専門家は、銃弾が榛村市長の頭部に命中した可能性が排除できないと述べています」
続々と関連ニュースが続き、通行人らは街頭テレビの大画面にくぎ付けになっている。
「さきほど門脇副市長が、榛村市長襲撃事件を受けて、市庁舎で市の各部署の上長級職員を集め緊急会合を開きました。その席で、公安関係者の意見を踏まえた上で非常事態宣言を発令することを決定しました」
「宣言の内容はまだ明らかにはなっていませんが、既に市外へ通じる幹線道路では警察による検問が開始されており、同時に、不要不急の夜間外出を自粛するよう市民に要請する方針です」
人波に紛れて街頭テレビを見上げていた
「もう! 急に後ろから触らないでよ! びっくりすんじゃない!」
真白は、普段青白い顔をこのときばかりは、いささか紅潮させて、腰まである長い黒髪を振り乱して省吾に食ってかかった。
それほど驚き、怒りさえおぼえている彼女を、省吾はまるで相手にしていないのか、短く陽気に口笛を吹いた。
「もう! ほんと、ありえない!」
「えへへ」
待ち合わせ場所として街頭テレビ下を指定したが、まさかこのようなニュースと出くわすとは思ってもみなかっただけに、突然のボディタッチ以前に真白はかなり動転していたのだった。
「真白、もう行くぞ。時間だろ?」
「お兄ちゃんは気にならないの?」
ギターケースを背負った省吾は、ツイストパーマの頭を左右に振った。
「俺らには関係ない。政治なんかどうでもいいわ」
彼はロックで白黒つけること以外には、何事もほとんど興味がない純粋なロック青年だった。サングラスを掛けて、音割れするほどの音量でエレキギターを鳴らしていたら、全てを忘れていられると常々語っている。
反対に真白は、バンドも学業も、ファッションもバイトも世間のニュースも同列に並べて眺めているつもりだった。どちらかといえば冷めた、良く言えばバランス感覚を重んじるという常識人で、兄とは血がつながっていても全く別の人種のようだった。
二人は今夜、ここから徒歩三分のところにあるライブハウス「
ドラムスでバンドリーダーでもあるテラさんこと、
夕方前の路地は、昼間の陽気の残る大通りとは違って、ひんやりした空気が漂っていた。
二人は人気がまばらなその道を奥へ進み、やがてビルの地下へ伸びる暗く細い階段の前で立ち止まった。
フライヤーがぶら下がっているシドレーのロゴ入りのA型看板に目をやると、まず省吾がその階段に踏み入れ、真白は彼の後に続いた。