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文字数 1,383文字

 近所に駆け込んで助けを求められるような警察署はおろか、交番さえもない。
 裸足のままで、とにかく息が切れるまで彼女は走りに走った。

 やがて、迫ってくる男たちの気配がないのを確かめると、同じ町内に住む省吾の友人、野上一兵(のがみいっぺい)に助けを求めようとして、彼の自宅に向かった。
 一兵は省吾の小学校以来の旧友で、真白とも多少ながら子供のころから面識はある。彼は現在、実家を出てフリーターをしているようだった。
 真白は、省吾の付き合いでついていって二度ほど訪ねたことがあるが、一兵はワンルームマンションに居を構えていた。

 二階の彼の部屋に灯りがついているのが見える。
(よかった! まだ起きてる!)
 真白は、激しい息遣いを押し殺しながらマンションのロビーに回り込み、階段で二階へ駆け上がった。
 暗く静まり返った廊下を進む。彼の部屋番号を慎重に確かめてから、ドアを小さくノックした。
 反応がないのを見て、真白はささやいた。
「一兵くん」

 小さなドアスコープが、白く光っている。
 ノックも自分の声も一兵の耳には届いていないのだろうか。
 汗で身体が冷えたのか、真白は、思わず身震いする。

(お願い! 開けて!)
 もう一度ドアを叩き、祈るような気持ちで彼の名を呼んだ。
 彼が気づくまで叩き続けるしかない。そう思った矢先、不意にドアの向こうで幾分眠たげな低い声がした。「真白?」

 彼女は、驚きと喜びがないまぜになって、思わず大きな声を上げそうになったが、深夜のマンションである。辛うじて抑えた声でいった。
「一兵くん、お願い。中に入れて」
 かくしてドアは開かれた。まぶしい光が彼女を包む。

「ありがと」
 そういって彼女は、すっと玄関に入り込むなり、急いで後ろ手に錠を掛けた。すると肩の力が一気に抜けて思わず座り込んだ。そして、深く息をついた。
 一兵は、シャワー上がりだったのだろう。薄手のクリーム色のトレーナーから、濡れたぼさぼさ頭を出して立っていた。

 真白の裸足に気づいたのか、彼は目を丸くする。
「ま、真白、どうした?」
「すぐに警察に電話して。お兄ちゃんが……!」

 真白の声には涙が混じっていた。大事だと察した一兵が、慌てて奥へ行ってスマホを手にする。

「省吾がどうかしたのか? 警察になんて話せばいいんだ?」
 どこから話せばいいのか混乱して、真白は言葉が出てこない。
「とりあえず、これ」まさに一兵が彼女に自分のスマホを渡そうとしたとき、電話の着信音が鳴った。二人は思わず、スマホの画面に見入った。

 省吾の名前が映し出されている。
 真白は目を大きく見開いた。「お兄ちゃん、無事だったの?」
 一兵が応答ボタンをタップすると、すかさず耳に当てた。
「おう、ショーゴ。何があった?」
 すぐ脇で真白が聞き耳を立てる。
 その様子を見た一兵が、スピーカー通話に切り替えた。
 省吾ではない男の声がした。ひどく嗄れている。

「……てめえが野上一兵か」
「お前は誰だ?」
「こいつを助けてやりたかったら、今すぐこいつのアパートに来い」
 一兵が戦慄の表情を浮かべる。
 しばらく何も聞こえなかったが、突然省吾の怒鳴り声が聞こえた。
「く、来るなー、一兵!」
 それに被さるように少し遠くで「この野郎!」という野太い声がした。「もういっちょ、お仕置きしてやる」
 ガツンという鈍い音と同時に悲鳴がする。「んぎゃ!」

(!)
 真白の顔がひきつる。
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