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文字数 753文字
それは本当に、何でもない二月上旬の週末だった。
滝川裕丈 は市内に住む大学時代の旧友らと、夕方暗くなるまで公園のグラウンドで、かじかむ手でボールやバットを握り草野球で汗を流した。
彼らと別れると野球道具を担いで、交際相手の赤嶺沙織 と暮らす自宅マンションに向かった。
通りがかりにあった雑居ビル一階の花屋の前でふと立ち止まった。
ガラス張りの店内を覗くようにして眺める。今度、花が好きな沙織に何を買って帰ろうか思案しながら、彼は遠目に春の訪れを感じさせる花々に見入った。
やがてマンションにたどり着くと、ロビーのオートロックの自動扉を通り抜けて、エレベータで五階まで昇った。廊下を伝い、二人の部屋まで歩く。
前もって、あと30分ほどで帰ると彼女にメッセージアプリで連絡してあった。それに対してすぐに、先に帰って家で待っていると返信もあった。
が、沙織は玄関のベルに応答しなかった。ドアスコープは、確かに白く光っている。
たまたまトイレにいるのか、それともシャワーでも浴びているのか。
もちろん、それならそれで彼は別に構わなかった。
ポケットからキーと取り出して差し込んだ。それから指先に力を入れて回す。
(……あれ?)
まるで手ごたえがない。初めから玄関の鍵が開いていた。
わりあい几帳面で、なおかつ、とりわけ慎重な彼女にしては非常に珍しいことだった。
彼はドアを引いて中へ入って、砂のついたバットケースを立てて置いた。
「ただいま」
そういって靴を脱ぐなり顔を上げると、微かな物音が背後でした。
反射的に振り向く間もなく、後頭部に激しい痛みをおぼえる。
裕丈は、小さくうめいた。
冷たい汗と酷いめまいに襲われ、まもなく全身の力が抜け膝から崩れ落ちた。視界は暗闇に落ち、そこから彼の記憶は完全に途切れてしまった。
彼らと別れると野球道具を担いで、交際相手の
通りがかりにあった雑居ビル一階の花屋の前でふと立ち止まった。
ガラス張りの店内を覗くようにして眺める。今度、花が好きな沙織に何を買って帰ろうか思案しながら、彼は遠目に春の訪れを感じさせる花々に見入った。
やがてマンションにたどり着くと、ロビーのオートロックの自動扉を通り抜けて、エレベータで五階まで昇った。廊下を伝い、二人の部屋まで歩く。
前もって、あと30分ほどで帰ると彼女にメッセージアプリで連絡してあった。それに対してすぐに、先に帰って家で待っていると返信もあった。
が、沙織は玄関のベルに応答しなかった。ドアスコープは、確かに白く光っている。
たまたまトイレにいるのか、それともシャワーでも浴びているのか。
もちろん、それならそれで彼は別に構わなかった。
ポケットからキーと取り出して差し込んだ。それから指先に力を入れて回す。
(……あれ?)
まるで手ごたえがない。初めから玄関の鍵が開いていた。
わりあい几帳面で、なおかつ、とりわけ慎重な彼女にしては非常に珍しいことだった。
彼はドアを引いて中へ入って、砂のついたバットケースを立てて置いた。
「ただいま」
そういって靴を脱ぐなり顔を上げると、微かな物音が背後でした。
反射的に振り向く間もなく、後頭部に激しい痛みをおぼえる。
裕丈は、小さくうめいた。
冷たい汗と酷いめまいに襲われ、まもなく全身の力が抜け膝から崩れ落ちた。視界は暗闇に落ち、そこから彼の記憶は完全に途切れてしまった。