第100話

文字数 5,592文字

 そんな中で、だった…

 「…高雄組の組長は、なんとかなったようだね…」

 アルバイト先のコンビニで、店長の葉山が、突然言った…

 私は、

 「…」

 と、無言で、葉山を見た…

 「…良かったよ…あの高雄組組長も、これで、引退しなくてすむ…いや、仮に引退しても、40億あれば、食いっぱぐれることもないだろう…ちょっと早いが、第二の人生を生きれると思えばいい…」

 葉山が続けた…

 私は、葉山の言葉に、

 「…」

 と、無言だった…

 たしかに、葉山の言葉はわかる…

 言いたいことは、わかる…

 週刊誌やネットで、見ても、同じような言葉は、溢れている…

 ただ、目の前の葉山に、そんなことを言われると、やはり、疑問が湧いた…

 これは、以前も書いたが、最初、葉山は、初めて、高雄組組長が、このコンビニにやって来たとき、

 「…あの人、堅気じゃないね…」

 と、言い、

 私が、

 「…どうして、そんなことがわかるんですか?…」

 と、聞くと、

 「…以前、ボクは、別の店に勤めていて、その近くに、ヤクザの事務所があって、彼らを見ているから、堅気か、その筋のひとかは、一目見れば、わかるんだよ…」

 と、私に説明した…

 そのときは、そんなものかと思っていたが、
先日、

 「…ああ…高雄組組長は、以前、この店にやって来た…」

 と、ハッキリと、高雄組組長の素性を知っていたことを告げた…

 正体を見抜いていたことを告げた…

 私は、驚いた…

 高雄組組長は、大物ヤクザ…

 ネットを見れば、その顔を見ることができる…

 しかし、

 しかし、だ…

 現実に、目の前に現れて、それが、高雄組組長と見抜くことができるだろうか?

 初めて会う人間だ…

 それが、例えば、テレビでよく見る芸能人や、政治家ならば、わかる…

 誰もがテレビで見ているからだ…

 それが、突然、目の前に現れたとしても、わかる可能性は高い…

 しかし、高雄組組長は、一般人…

 その筋では、有名人かもしれないが、それは、その筋の関係者しか、知らないはずだ…

 わからないはずだ…

 と、なると、もしかして、葉山は、高雄組組長と、以前から、面識がある?

 あるいは、面識はなくても、一方的に、高雄組組長を知っていた可能性がある…

 ちょうど、我々一般人が、例えば、広瀬すずを知ってるように、知っていた可能性がある…

 私は、その事実に気付いた…

 ようやく、気付いた…

 つまり、葉山は、最初から、高雄組組長に近い存在だった可能性が高い…

 が、

 近い存在といっても、どんな存在なのか、わからない…

 高雄組組長の敵かもしれないし、味方かもしれない…

 いずれにしろ、ただのコンビニの雇われ店長ではない…

 私は、あらためて、葉山の正体について、考えた…

 考え続けた…

 結局、杉崎実業からは、いくら、待てども、連絡はなかった…

 私は焦った…

 杉崎実業は、おそらく倒産しないだろう…

 なんといっても、日本政府は、中国政府の手前、杉崎実業を潰すことができない…

 それに、なにより、一時的にしろ、国有化することで、杉崎実業は、国家の庇護の元に置かれるということだ…

 これは、ある意味、公務員と同じ…

 と、なると、公務員が失業するわけがない…

 倒産するわけはない…

 いや、

 失業はあるかもしれない…

 杉崎実業は、存続するだろうが、同時に、経営環境は、悪化するだろう…

 なにしろ、隠密裏に、中国への不正輸出で、稼ごうとしていたぐらいだ…

 元々、経営状態にも、不安があったはずだ…

 だから、中国への不正輸出で、儲けようとしたのだろう…

 人事部長の人見が、中国政府のスパイとして、社員の個人情報を、中国政府に売り、それを元に、杉崎実業の経営陣に、食い込んだ…

 当たり前だが、人事部長に過ぎない人見に、中国への不正輸出をする権限など、ない…

 不正輸出をするには、経営陣の了解を取ることが、必要だ…

 実際、逮捕されたのは、人見だけでなく、経営陣も、だった…

 末端の、実際に、その業務に関わった人間もだが、それも、ある意味、芋づる式で、逮捕された…

 そして、その中には、なんと、あの藤原綾乃の名前もあった…

 これは、驚きだった…

 藤原綾乃は、純粋に、中国のスパイだった…

 っていうか、純粋な中国人だった…

 考えてみれば、思い当たることもある…

 藤原綾乃は、背が高く、ナイスバディの美人で、しかも、色気がムンムンだった…

 パンツが見えそうな短いスカートを穿き、しかも、それが似合った…

 ただ、今、振り返って見れば、日本人で、あれほど、色気がある女はいない(笑)…

 存在自体が、大げさに言えば、色気の塊(かたまり)なのだ…

 要するに、日本人離れした、色気の持ち主だった…

 だから、人見は、なんのことはない、部下の藤原綾乃に監視されていたわけだ…

 これは、後に、もっとも、驚いたことの、一つだった…

 考えてみれば、人見を中国政府がスパイにする上で、身近に、人見を監視する人間が、必要になる…

 そして、それは、同じ職場に限る…

 なぜなら、通常は、男は、一日の大半を職場で、過ごす…

 ならば、そこで、監視するのが、一番だからだ…

 しかし、藤原綾乃は、純粋な中国のスパイではなかった…

 これも、後で知ったことだが、彼女は、日本に留学して、その後、中国のスパイになった…

 つまりは、最初から、中国のスパイではなかった…

 むしろ、スパイになったのは、30歳を過ぎてから…

 歳を取り、若さがだいぶなくなったことで、焦った藤原綾乃に、中国の工作員が接触した結果だった…

 私は、その記事を見て、不謹慎ながら、思わず、吹き出した…

 なぜなら、以前、杉崎実業の内定で、藤原綾乃が、講師として、やって来たとき、

 「…女の勝負時というのは、若さが失ったとき…まだ二十代のときは、若さがあるから、周囲の男たちがチヤホヤする…問題なのは、その後…若さを失ったとき、どうするか?…」

 私たち5人は、あのときの藤原綾乃の言葉に絶句した…

 その通りだったからだ…

 男のひとには、わからないかもしれないが、女はある程度の年齢になると、異常なまでに、年齢を気にするというか、こだわる…

 これは、男のひとには、わからないが、女にとって、年齢は、なによりも武器…

 若さというのが、武器だと、先天的に悟っているからに他ならない…

 生まれたときから、悟っているからに他ならない…

 たぶん、DNAレベルで、悟っていると言うか…

 DNAに刻み込まれていると言ってもいい…

 生まれたときから、なんとなく、わかっていると言っていい…

 そして、これは、男もオジサンになるとわかる(笑)…

 単純に、会社やスーパーで、若い女のコを見ると、若いなと、思うようになる…

 例えば、40歳の男が、30歳の女と20歳の女のどちらかを選べと言われれば、ルックスが大差ない場合は、誰もが、若い方を選ぶ…

 これは、女同様、歳を取ると、自分の若さがなくなったことを実感して、その分、パートナーに若さを求めることになるからだ…

 そして、女は、そんな男の欲求を、無意識に若いときから、感じているのに対し、男は、例えば、35歳とか、40歳とか、女に比べて、歳を取ってから、感じるようになる…

 その違いだ…

 話は、だいぶ逸れたが、つまり、なにを言いたいかといえば、あの藤原綾乃が、

 「…女は歳をとったとき…若さが失ったときが、勝負…」

 と、私たちに、断言したが、なんのことはない、藤原綾乃が歳を取って、若さを失いかけて、選んだ道が、

 …中国のスパイになる…

 ことだったわけだ(笑)…

 思わず、爆笑だった…

 他に、なにか、道がなかったのか、突っ込みたくなる(笑)…

 だが、本人にとっては、切実な問題だったに違いない…

 藤原綾乃は美人…

 背が高く、モデルのような長身で、スタイルが良いだけでなく、どことなくエキゾチックというか、色気が全身から溢れている…

 しかし、彼女も、すでに30代前半…

 いつまで、その美貌を売りにできるか、わからない…

 事実、一般的に言って、女は、35歳ぐらいを境にして、急激に老けるというか、おばさんになってゆく…

 普通のルックスの持ち主でも、この事態を恐れるのに、美人の恐怖は、普通のひとの比ではない…

 具体的には、職場で、周囲の男からチヤホヤされてきた美人が、いつのまにか、周囲からチヤホヤされなくなり、男からの誘いもめっきり減る…

 代わりに、自分より、はるかに年下の女のコがチヤホヤされるようになる…

 これは、当たり前なのだが、本人が、その状況を受け入れるようになるまでに、莫大な時間がかかる(笑)…

 自分のルックスが衰えた現実を受け入れるのに、莫大な時間がかかるのだ(笑)…

 藤原綾乃は、手っ取り早く、中国のスパイになる道を選んだ…

 ただ、これも、彼女にとって、過程というか、あくまで、通り道に過ぎない…

 なにを言いたいかと言えば、最終目的地ではないということだ…

 中国のスパイになることができたのも、まだ藤原綾乃に、美貌が残っているから…

 その美貌を生かして、杉崎実業に入社して、社内の男から、大げさに言えば、色仕掛けで、情報を掴んで来いと言うことになる…

 セックスをしろとは言わないが、藤原綾乃のムンムンな色気を前にして、頼まれれば、男なら、断ることは難しい(笑)…

 要するに、彼女の美貌を、中国政府は、買ったわけだ…

 つまりは、美貌が衰えれば、用なしになる…

 そして、それを、藤原綾乃は、誰よりも、実感していた…

 自分が、ただの中国政府のコマのひとつに過ぎないことを自覚していたわけだ…

 それゆえ、彼女は、ただの中国政府のスパイではなかった…

 いわゆる、本業が、中国のスパイで、それゆえ、杉崎実業に入社したにもかかわらず、副業に励んだ…

 副業=つまり、自分個人で、杉崎実業の置かれた環境を考え、それを元に、金を稼ごうとした…

 それが、如実にわかったのが、稲葉五郎が、杉崎実業にやって来たときだ…

 高雄組傘下の杉崎実業に、対立する稲葉五郎が、やって来ては、動揺するというか、混乱を招きかねない…

 だから、稲葉五郎に近付くなと警告した…

 しかし、普通に考えれば、なぜ、彼女がそんな警告をするのか、わからない…

 むしろ、杉崎実業に勤務する以上、彼女は、高雄組寄りのはずだ…

 だが、彼女にとって、高雄組も稲葉一家も関係がなかった…

 はっきり言えば、中国政府も関係がなかった…

 では、なにが、関係あるかといえば、単にお金だった…

 彼女は、高雄組に対立する稲葉一家に密かに連絡を取り、情報を流していた…

 そして、その対価として、金を得ていた…

 つまり、藤原綾乃の素顔は、したたかな中国人に他ならなった…

 ルパン三世でいえば、峰不二子のような存在だと思えばいい…

 敵か、味方か、さっぱりわからない…

 彼女の行動原理といえば、自分が得をするか、儲かるかどうか、それが、すべてだからだ…

 しかし、だからといって、彼女を責めることはできない…

 中国の人口は、14億人…

 人口が、1億人の日本人からすれば、信じられないくらいの競争社会だ…

 日本とは、競争のレベルが違う…

 わかりやすいのは、中国人が、海に海水浴に行った写真を見れば、わかる…

 まるで、芋を洗うように、ひとが込み合っている…

 日本で言えば、満員電車の中にいるようだ…

 それが、中国の海水浴場だ…

 その中で、競争するのだ…

 日本とは、競争のレベルが桁違いに激しいことが、実感できる…

 だから、おのずと、自分自身のことを考える…

 誰も当てにしない、人格が出来上がる…

 国家も、政府も、友人、知人も、心の底から、信頼しない…

 すべてが、自分の競争相手だからだ…

 藤原綾乃にとって、中国政府のスパイになることも、稲葉一家に情報を流すことも同じ…

 単純に報酬が得られるから、情報を流したに過ぎなかった…

 その意味で、彼女は、独立したキャリア・ウーマンというべきだろう…

なにより自分の価値が、客観的にわかっている…理解している女性だった…

 そして、藤原綾乃という名前も本名ではなかった…

 本名は、中国名で、別にあった…

 藤原綾乃という名前は、杉崎実業に入社するために、中国政府が用意した偽名に過ぎなかった…

 名前の由来は、単純で、女優の藤原紀香に、彼女が似ていたからだ…

 同じように、長身で、スタイルが良く、色っぽい…

 だから、それに似せた偽名を考え付いたに過ぎなかった…

 そして、彼女は、その偽名を気に入った…

 日本で、誰もが知る、セクシー女優に似せた偽名を気に入った…

 事実、藤原綾乃と藤原紀香は、似ていた…

 長身で、セクシー、そして、美人と三拍子揃っていた…

 女なら、誰もが、あんな美貌に生まれたいと、一度は、夢見る女性だった…

 しかし、現実には、藤原綾乃の人生は平坦なものではなかった…

 中国政府のスパイになり、杉崎実業に入社しても、敵方である、稲葉五郎に、情報を流す…

 これは、誰が見ても、裏切り以外の何物でもないのだが、それをするのは、藤原綾乃の人生が、過酷ゆえだった…

 そして、過酷ゆえに、他人を信用しない…

 お金を信用する…

 そして、なにより、自分の武器を知る…

 その武器が、あの美貌だった…

 あの美貌という武器も、いずれ、近い将来、賞味期限を迎える…

 それを、十分にわかっているからこそ、今のうちに、その美貌を武器に、稼いで、おこうということになる…

 そして、彼女は、それを実践した…

 彼女は、杉崎実業、そして、親会社の高雄総業、そして、高雄総業=高雄組のライバルである、稲葉一家と、接触するうちに、さまざまな人間と知り合うことになった…

 その過程で、彼女は、高雄組、そして、稲葉一家の秘密を知ることになった…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み