第146話

文字数 4,582文字

 一方、私はと言うと、

 一言で言えば、平常運転の日々だった(笑)…

 高雄悠(ゆう)も、大場敦子も、まったく関係がなくなった…

 あの騒動以来、一度たりとも、会ってなかった…

 私は、毎日、いつものコンビニで、バイトに明け暮れていた…

 店長は、突然、変わった…

 葉山は、突然、辞めたいといって、店に顔を出すことは、なくなった…

 コンビニのオーナーによれば、一身上の都合というより、なにか、ホッとしたような表情だったという…

 事件が済んだというような、なにか、目的を達成したような感じだったという…

 普通ならば、突然の退職なので、慌てるところだが、それは、なかった…

 実は、大きな声ではいえないが、葉山を、この店の店長に推薦したのは、オーナーが、常日頃、お世話になってる方の紹介だった…

 そして、葉山を紹介したその人もまた、別の誰かに、頼まれて、葉山を、このコンビニの店長にしてもらいたいと頼まれてのことだったそうだ…

 そして、その人も、また、別の誰かに頼まれて…

 つまり、簡単に、誰が、葉山をこのコンビニに押し込んだのかは、知られないように、用心していた…

 要するに、すべては、あらかじめ、私、竹下クミを監視するために、あの店に店長として、やってきたのだ…

 私のバイトするコンビニのオーナーを調べ、その人脈を探り、葉山を押し込んだ…

 それだけだった…

 そして、葉山を店長として、雇う際に、

 「…この方は、突然、退職されるかもしれませんので…」

 と、あらかじめ、念を押した…

 雇ってくれと、突然、迫り、もしかしたら、突然、辞めるかもしれない、なんて、普通、ありえないというか、ある意味、バカにしている…

 しかし、それを断ることはできなかった…

 なにより、オーナーに話を持ちかけるときに、銀行の融資担当者を、同席させていた…

 つまりは、金を握っていたというか、ちらつかせていた…

 場合によっては、今後、おたくには、うちの銀行は、一切、融資しない、という、暗黙の脅しでもあった(笑)…

 つまりは、事前に用意周到に、オーナーが断れないよう、画策していた…

 だから、葉山が、突然、退職しても、オーナーは慌てなかった…

 とりあえず、自分が、店に出て、店長をやるつもりだった…

 しかし、すぐに、後任が見つかった…

 やはり、葉山を紹介した人間が、すぐに、後任の人間を連れてきた…

 すべては、葉山が突然、退職したときのことを考え、あらかじめ、内閣情報調査室が、用意していたシナリオだった…

 無論、誰も、私に、そんな内情は伝えない…

 ただ、オーナーの話から、なんとなく、わかった…

 もちろん、私は、葉山が、実は、内閣情報調査室にいたと知っていたから、容易に、内情を喝破(かっぱ)したに過ぎない…

 そんな内情をなにも知らない、同僚のバイト仲間の当麻なんて、

 「…葉山さん…どうして、いきなり、辞めたんだろ?…」

 と、首をひねっていた…

 だから、私が、当麻に、

 「…葉山さんのこと、好きだったの?…」

 と、聞くと、当麻は、

 「…別に、好きでも、なんでもないけど、あの人、うるさく言うタイプじゃなかったから…」

 と、答えた…

 「…とにかく、いっしょに働いていて、いちいち指図するようなタイプは、御免だから…」

 当麻が、口を尖らせて言う…

 しかし、当麻の悩みは、杞憂に終わった…

 今度来た、店長もまた、アレコレなんにでも口を出したり、ひとに頻繁に指示を出すタイプでもなかった…

 至って、平凡な人物というと、語弊があるが、とにかく、口やかましいタイプでもなんでもなかった…

 だから、私も当麻も安心した…

そして、ただ、コンビニのバイトに励んでいた…

 相変わらず、同じ店で、店長が、葉山から他の人物に変わったに過ぎなかった…

 とにかく、必死になって、働き、お金を貯める…

 それだけだった…

 他のバイトも考えたが、当面は、従来通り、このコンビニで、働くことにした…

 なぜって、今さら、他の時給がよいバイト先を探すのも、億劫…

 面倒くさい…

 それよりも、コンビニのバイトを続けながら、どこか、良い就職先があれば、応募しようと、虎視眈々と狙っていた…

 杉崎実業への就職は、すでに断念…

 だから、次の就職先を探すしかない…

 ただ、おいそれと簡単に見つかるものでもなかった…

 だから、私は、常に、スマホやパソコンで、求人情報を探しながら、コンビニのバイトに励んだ…

 なにやら、杉崎実業への就職の内定が決まる前と、なにも変わらなかった…

 びっくりするほど、なにも変わらなかった…

 つまりは、バイトをしながら、就職先を探している…

 まったく依然と同じ日常だった(笑)…

 すでに、笑っていいのか、泣いていいのかも、わからない状態だった…

 大学には、当然、いっている…

 これも同じ…

 日本中を驚かせた、あの大場小太郎父娘の逮捕の内幕や、日本で、二番目に大きな暴力団の会長である、稲葉五郎を知った…

 そんな凄い人間と知り合った…

 身近に見た…

 ある意味、稀有な人間だと自分自身を思う…

 まだ22歳になって、まもないのに、つい最近まで、次に首相になるのでは? と、世間に噂された人物や、日本で、二番目に大きな暴力団の会長と知り会ったのだ…

 さぞかし、大きな人間的な成長があったと、ひとは、思うかもしれない…

 だが、なにもなかった…

 ビックリするほど、なにもなかった(笑)…

 あんな大きな経験をしたにも、かかわらず、なにもなかった…

 それを示すエピソードがある…

 つい最近、大学に通う際に、偶然、駅で、高校時代の友人に会ったときだ…

 その友人は、私を一目見るなり、

 「…クミは、全然変わってないね…相変わらず、頼りない…」

 と、開口一番、私に告げた…

 再会するなり、告げた一言がそれだった…

 私は、唖然としたが、言い返せなかった…

 事実、その通りだったからだ…

 そして、その言葉で、私の黒歴史が、脳裏に蘇った…

 杉崎実業以外、一社も内定を得られなかった黒歴史が、脳裏に、蘇った…

 なぜなら、

 「…竹下さん…誰が見ても、頼りないから、ダメなんですよ…だから、内定が一つも取れないんですよ…」

 という当麻の言葉が、脳裏に蘇ったからだ…

 まさに、思い出したくない、黒歴史のオンパレードだった…

 辛い経験は、ひとを成長させる…

 世間では、よくそんなことを言うが、私に至っては、そんなことはまったくなかった…

 まったく、あてはまらなかった…

 なにしろ、出会うなり、いきなり、

 「…クミは、相変わらず、頼りない…」

 だ…

 内面的成長もなにもあったものじゃなかった…

 よく内面を磨けば、外見に現れるというが、これも、私には、当てはまらなかった(笑)…

 そもそも、あの騒動は、私にとって、迷惑以外の何物でもなかった…

 私の属する社会と言えば、おおげさだが、私の属する階級とは、まるで、別次元の階級…

 いわゆる上級階級のひとたちだ…

 私とは、まるで関係がない…

 私が、後、80年生きても、なにも関係がないだろう…

 これは、別段、私が強がっているとか、皮肉を言っているとか、そういう話ではない…

 とにかく、自分とは、なんの関係もないのだ…

 住んでいる世界が、違うのだから、交流を持つ、必要もない…

 ハナから、違う世界に住んでいるのだ…

 以前、父が言っていた…

 例えば、誰もが、道を歩いていて、もの凄くイケメンだったり、美人だったりするひととすれ違うことは、稀にある…

 誰もが経験することだ…

 思わず、二度見、三度見、してしまう…

 振り返るほどの、イケメンや美人…

 それはある…

 だが、例えば、自分と同じ年齢で、学力が、上から100番以内の人間に会うことは、たぶんない…

 仮に、今、同じ年に生まれた日本人が、100万人いるとする…

 その上位、100人の人間と知り合う機会は、大抵の人間は、まずないだろう…

 そういうことだ…

 それと同じで、私の人生で、たまたま、起こった僥倖(ぎょうこう)と言うか…

 そんな感じだった…

 たまたま、東大で、トップクラスの人間と知り合ったのと、同じような出来事だった…

 でも、残念ながら、そんな秀才と、私が知り会っても、私には、そのひとが、どれほど、頭がいいのか、さっぱりわからない…

 それと同じで、はっきり言って、大場父娘や、稲葉五郎との出会いは、私に身にならなかった…

 世界が違い過ぎるからだ…

 それは、ちょうど、普通の小学生が、東大に通ったようなもの…

 あまりにも、学力が違い過ぎて、違いがわからないのだ(笑)…

 身になるというのは、あくまで、自分より、少し上の世界…

 手を伸ばせば、届く世界に他ならない…

 あまりにも違うと、それは、別世界…

 例えば、政界で言うと、麻生太郎の家に招かれたと思えばいい…

 福岡県飯塚市の麻生邸は、

「本家だけで2万坪、離れが2000坪」

「廊下の全長は100メートル」

 と、言われている…

 そんな大豪邸に招かれたところで、

 「…本物のお金持ちって凄いんだ…」

 という感覚しか、普通は持てない…

 それと同じだ…

 あくまで、本人の身になるというのは、その本人が理解できるレベル…

 麻生邸のような大豪邸に招かれても、さっぱり、麻生氏の懐具合はわからない…

 庶民の想像をはるかに、超えてるからだ…

 それでは、身にならない…

 役に立たない…

 身につくというのは、あくまで、本人が理解できるレベル…

 そうでなければ、ならない…

 ただ、わかるのは、麻生氏が、とんでもないお金持ちだということだけだ…

 それも、身になるというのなら、なるだろう…

 しかし、それだけではダメだ…

 その大豪邸を作るには、どれほどの収入が必要なのか、それが、即座にわかるレベルの人間が、ベスト…

 それが、手が届くレベルの人間だからだ…

 当然、私に、そんな芸当ができるわけがない…

 若干、話が、それたが、そんな感じだった…

 要するに、自分と住む、世界が違い過ぎる人間と出会っても、まったく身にならないということだ…

 ただ、凄い人…

 ただ、凄いお金持ち…

 と、出会ったに過ぎない…

 私は、そう思った…

 ただ、大場敦子は、実は、一度だけだが、会った…

 電話があったのだ…

 私のスマホに連絡があった…

 私は、留守電にしていたので、電話があったときは、電話に出なかったが、

 「…元気? 竹下さん…お久しぶり…」

 と、伝言が入れられていた…

 その声は、思ったほど、落ち込んだ様子でもなかった…

 「…いろいろあったけど、全部終わっちゃった…」

 と、むしろ、サッパリした感じだった…

 「…竹下さんと、いっしょに、杉崎実業に入社できなかったのが、残念というか…もっと、ずーっと、竹下さんと、いっしょにいたかった…」

 思いがけない告白だった…

 …一体、どうして、私といたいんだろう?…

 私は、思った…

 と、その疑問は、次の言葉で、解決した…

 「…だって、竹下さん…最後まで、自分のことをわかってなかったんだもの…」

 …自分のことを、わかっていない?…

 …一体、どういう意味だ?…

 「…たぶん、杉崎実業に入社しても、ずーっと、そのまま…」

 …ずーっと、そのまま…

 「…竹下さん…いえ、古賀さん…」

 突然、大場が言った…

               

 
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