第26話

文字数 5,445文字

 …高雄…

 …高雄悠(ゆう)…

 考えてみれば、実に、不思議な男だ…

 有力ヤクザを父に持っているにも、かかわらず、本人には、ヤクザのヤの字の雰囲気もない…

 …あか抜けた、美男子…

 …洗練された美男子だ…

 私は、家に戻って、風呂に入って、ご飯を食べた…

 つまりは、一通りのことを、終え、自分の部屋で、ゆっくりとくつろいでいた…

 そして、考えた…

 高雄のことを、だ…

 考えてみると、随分、不思議な話だ…

 なぜなら、私は、高雄とまだ、二、三回しか会ってない…

 にもかかわらず、私は、高雄のことが気になる…

 気になり、続けている…

 これが、不思議だ…

 私自身、イケメンは、嫌いではない…

 これは、私に限らず、男でも女でも、ルックスがいい相手を嫌いな人間は、普通、いないだろう(笑)…

 しかし、私は、本来、それほどの面食いではない…

 たしかに、ルックスのいい男は、好きだが、これほど、気になったことはない…

 だから、ある意味、不思議…

 自分でも、不思議なのだ…

 一体、なにが、これほど、私に高雄を夢中にさせたのだろう?

 私は考える…

 そして、考えた結果、気付いた…

 やはり、結婚だ…

 結婚の二文字だ!

 私は、気付いた…

 あの杉崎実業の内定式で、初めて、出会った時、高雄は、

 「…ボクは、皆さんの5人の中の一人と結婚します…」

 と、宣言した…

 そのことに、心惹かれたのだ…

 考えてみれば、初めて出会ったばかりで、初対面にもかかわらず、
 
 「…ボクは、皆さんの5人の中の一人と結婚します…」

 と、宣言するのは、バカげている…

 芝居じみている…

 これは、テレビや映画ではないのだ…

 しかし、高雄があの圧倒的に爽やかな表情で、
 
 「…ボクは、皆さんの5人の中の一人と結婚します…」

 と、宣言すると、芝居じみた言葉も、現実感を持って、聞こえてくるから、驚きだ…

 要するに、誰が言うか、だ…


 仮に、あの場で、いかにイケメンでも、高雄以外の人間が、

 「…ボクは、皆さんの5人の中の一人と結婚します…」

 と言っても、しらけるだけ…

 現実感を伴わない…

 下手をすれば、頭がおかしいと思われるだけだ(笑)…

 しかし、高雄が言うと、本当のように聞こえる…

 まるで、本当のように、聞こえてくる…

 妙に芝居がかった言葉も、まるで、本当のように、聞こえてくるのだ…

 高雄マジック…

 変な言葉だが、ふと、脳裏に思い浮かんだ…

 高雄が言うから、説得力を持って、聞こえてくる…

 ありえないシチュエーションでも、不思議と説得力を持って、聞こえてくる…

 そういうことだろう…

 例えば、どれほど、頭が良く生まれて、東大を首席で出たとしても、外見が地味で、誰が見ても頼りがいがないと、大勢の前で、難しい数学の答えを解いても、それが、正しいか否か、わからないと思われがちだ…

 そもそも周囲の大半の人間は、その数学の答えが正しいか否か、判断できないからに他ならない…

 しかしながら、仮に高卒でも、堂々と、威厳があり、自信たっぷりに、難しい数学の問題を解くと、周囲の人間の大半は、その人間の方が正しいことを言っていると、思うだろう…

 要するに、学歴を隠して言った場合は、それが正しいか否かでなく、その数学の答えを解いた人間を見て、正しいか否か、判断するからだ…

 これは、あくまで、例えだが、若ければ、若いほど、その人間の雰囲気=威厳に騙されるものだ(笑)…

 そして、歳を取れば、真逆に、威厳ではなく、人間性に騙される(笑)…

 つまり、いかにも、真面目そうで、落ち着いた雰囲気を持ち、今は退職したが、以前は、キャリア官僚だったとか、裁判官で、あったか、といえば、多くの人間が信じてしまう…

 要するに、実直そうな人柄に騙されるのだ…

 私は、そんなことを、思った…

 そして、いま語った、威厳も、実直そうな人柄も、演技ではなく、その人間が、生まれながらに持った性質に他ならない…

 つまりは、後天的な努力ではなく、生来備わったもの…

 生まれながらに、持って生まれたものに、他ならない…

 いわゆる努力では、身に着かない…

 身についても、限界がある…

 例えば、どんなに努力しても、東大に合格できないようなものだ…

 努力は、どんなことにも、必要だが、限界がある…

 どんなに生まれつき頭が良くても、一生懸命、努力して、勉強をしなければ、東大は受からない…

 さりとて、一生懸命、努力をすれば、誰もが、東大に合格できるわけではない…

 そういうことだ…

 これは、スポーツも仕事でも、なんでも同じ…

 はっきり言えば、行うことに、適性があるか否かだ…

 適性がないことに、努力をしても報われない…

 あるいは、できるようになるには、ひとの何倍も努力が必要になる…

 そして、できたとしても、抜きんでることは、ありえない…

 要するに、努力の方向性だ…

 自分に適したことで、努力をすることで、最大限の効果を発揮できるということだ…

 私は思った。

 そして、高雄の場合は、おそらく、生まれつき、他人様を魅了するものを、持っている…

 それが、高雄悠(ゆう)、最大の武器に他ならない…

 高雄の持つ、爽やかな雰囲気…

 持って生まれた美男子の顔に、あか抜けた、洗練された雰囲気…

 それが、重なって、高雄独特の雰囲気を作っている…

 私も、22歳…

 率直に言って、高雄のようなイケメンを見たことは、一や二度というレベルではない…

 数え切れないほどというと、大げさだが、それなりに見ている…

 当たり前だ…

 しかしながら、高雄のような爽やかな雰囲気を持ったイケメンは皆無…

 見たことがない…

 顔の造作だけなら、高雄以上のイケメンも知っている…

 だが、その男は、雰囲気が皆無…

 まるで、なかった(笑)…

 にもかかわらず、自分をイケメンだと勘違いしていた…

 たしかに、顔立ちはいいが、それだけ…

 中身もまるでなかった(笑)…

 だから、顔の割には、女にモテなかった…

 しかし、本人は、その事実に、まるで、気付かなかった…

 高雄とは、真逆…

 実に、高雄と対照的だ…

 その男が、高雄同様、
 
 「…ボクは、皆さんの5人の中の一人と結婚します…」

 と、宣言しても、しらけるだけだ…

 高雄だから、絵になる…

 高雄だから、さまになるのだ…

 私は考えた…

 だから、私は、高雄に惹かれたのだ…

 今さらながら、その事実にも、気付いた…

 そして、おそらく、高雄は、中身もある…

 その中身のない、顔だけがよいイケメンが、

 「…ボクは、皆さんの5人の中の一人と結婚します…」

 と、宣言して、周囲の女たちに受けなくても、どうして受けないか、わからないに違いない(爆笑)…

 仮に、高雄が、そうした雰囲気がない場合は、そもそも、

 「…ボクは、皆さんの5人の中の一人と結婚します…」

 とは、言わないし、仮に言った場合は、お笑いになることを承知で、あえて、やるに決まっている…

 そして、そこまで、考えると、つくづく、高雄は食えない男だとも、思った…

 自分の能力を知り尽くしている…

 そう考えたのだ…

 今、例に挙げた顔だけが良いイケメンならば、対処の仕様があるが、ここまで、能力が優れていると、私程度では、対処の仕様がない(涙)…

 気が付くと、高雄のペースで、相手の術中にはまっている可能性がある…

 いや、

 もしかしたら、すでに今、はまっているのかもしれない…

 そうも、思えた…

 私自身が、杉崎実業の内定を辞退していないのが、その証拠…

 すでに何度も言うように、高雄が、私を含めた5人の女を集めたのには、理由がある…

 同じような顔…

 同じような身長…

 の、5人の女…

 要するに、絞り込めてないのだ…

 ターゲットが絞り込めてないのだ…

 だから、誰一人、辞退してもらっては、困る…

 辞退してもらっては、困るのだ…

 私は、あらためて、考えた。

 実はもう、何度も考えたことだ…

 ただ、今さらながら、そのことに思いを巡らした…

 さて、どうする?

 これから、どうする?

 私は、考える。

 高雄の手の内が、ここまで、読めるのに、まだ、高雄の術中にはまるか?

 それとも、やはり、内定を辞退して、別の就職口を探すか?

 いや、やはり、それはできない…

 今さら、就職口を探したところで、杉崎実業以上に、良い就職口が見つかるはずもない…

 杉崎実業は、世間的には、無名の会社だが、東証一部上場企業だ…

 つまり、一流の会社だ…

 しかも、何度も言うように、今年の就活は、事実上、終わっている…

 だから、杉崎実業の内定を辞退することは、留年して、来年、もう一度、就活をやり直すことを意味する…

 あるいは、就職浪人して、無職のままで、大学を卒業して、就活することを意味する…

 そして、例え、それを実践したところで、杉崎実業以上の会社に内定をもらえるか、否かは、わからない…

 と、そこまで、考えると、杉崎実業の内定を蹴ることは、やはり、できない…

 それに、高雄の父親の件もある…

 なぜ、高雄の父親ほどの大物が、私風情に会いに来たのか?

 謎がある…

 それとも、やはり、高雄の父は、私同様、私以外の4人にも、会いに行ったのだろうか?

 考える…

 ずばり、その可能性はある…

 あり過ぎる!

 私は、思った…

 …林に電話してみるか?…

 …あるいは、メールを送ってみるか?…

 考えた…

 林は、私以外の3人の女とも、連絡を取っていると、断言した…

 私は、まだ、林以外の3人の素性を知らない…

 連絡先も知らない…

 名前も、覚えているのは、あの大場だけだ…

 私を含めた五人の中で、一番気が強そうな女…

 正直、あの大場とやり合うのだけは、御免だ…

 勘弁して、欲しい…

 なぜなら、どうひいき目に見ても、私に勝ち目があるとは、思えないからだ…

 この竹下クミは、平凡…

 平凡、極まりない女だ…

 すでに、何度も言うように、ヤンキーやヤクザが苦手…

 大の苦手だ…

 しかしながら、あの大場ならば、余裕で、対処できそうだ…

 この竹下クミが、裸足で逃げ出すような相手にも、一歩も引かずに、立ち向かえそうだ…

 それは、凄いことだ…

 この竹下クミにとっては、ありえないことだからだ…

 そして、あの大場がヤクザやヤンキーとやり合えば、この竹下クミはギャラリー…

 ギャラリー=野次馬の一人と化す…

 それほど、違う…

 違い過ぎる(笑)…

 だから、関わりたくない…

 仮に来年、杉崎実業に入社したとしても、大場には、極力、関わらないようにしよう…

 いや、もしかしたら、同じ職場に配置されるかもしれない…

 それでも、関わらないようにしよう…

 あんな女と関わっては、ロクなことはない…

 この竹下クミの人生にとって、ロクなことはない…

 これは、断言できる…

 自信を持って、断言できる…

 と、そこまで、考えたときに、スマホの音がした…

 …電話だ!…

 私は、スマホを取り上げて、どこから、かかって来たのか、見た…

 電話番号を見たのだ…

 見知らぬ電話番号だった…

 友人、知人ならば、あらかじめ、名前を登録してあるから、名前が出る…

 名字が出る…

 大方は、下の名前がわからない場合が多いいから、名字だけ、登録してあるからだ…

 …出てみるか?…

 考えた…

 それとも、危険か?

 見知らぬ電話番号になど、出ない方がいいか?

 いや、

 もしかしたら、私のスマホに登録していない友人が、私に連絡してきた可能性もある…

 その可能性もないではない…

 とりあえず、電話に出て、見知らぬ他人ならば、すぐに電話を切れば、いいのではないか?

 そうすれば、いい…

 私は自分自身に言い聞かせた…

 そして、電話に出た…

 だが、自分から、名前を名乗るのはマズい…

 この番号が、私のスマホだとバレてしまう…

 だから、ただ、

 「…もしもし…」

 と、言った…

 すると、相手が、

 「…竹下…さん?…」

 と、まるで、警戒するように、言った…

 「…そうですが…」

 私もまた警戒しながら、言った…

 相手がどこの誰かが、わからないからだ…

 すると、相手は、私が竹下クミとわかって、安心したのか、

 「…大場…大場です…杉崎実業に内定した…」

 と、電話の向こうで、名乗った…

 私は、仰天した…

 思わず、固まった…

 私がもっとも、苦手な相手から、電話がかかってきたからだ…

                
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