第145話

文字数 5,743文字

 その後は、文字通り、日本中、大騒ぎだった…

 今、もっとも、次の首相に近い男と言われた、大場小太郎代議士の逮捕…

 議員辞職が、文字通り、日本中の波紋を呼んだ…

 そして、なにより、議員辞職の理由が、中国からの利益供与というのが、国会を始めとして、永田町、霞が関を始め、日本の中枢部に衝撃が走った…

 杉崎実業が、政府に内緒で、中国に、不正に製品を輸出したことを掴んで、暴露した男が、こともあろうか、実際は、中国に通じていた…

 これは、国家に対する重大な背信行為であり、あってはならないことだった…

 と、同時に、見方を変えれば、まさに、コメディ…

 正真正銘のコメディだった…

 なにしろ、杉崎実業の中国への不正な製品輸出を指摘して、一躍有名になった大場小太郎代議士…

これまで、国会を除けば、世間では、無名に近い人物であった、大場小太郎代議士…

 それが、実は、告発した自分自身も、中国政府から、利益を得ていたなんて…

 まさに、コメディ以外の何物でもない…

 単純に言えば、

 「…アイツは、悪いことをしている…不正な行為をしている…」

 と、告発した人物もまた、不正な利益供与を受けていたのだ…

 要するに、

 「…アイツは悪いヤツだ…」

 と、暴露した当人も、また悪いヤツだったということだ(笑)…

 まさに、コメディ…

 コメディ以外の何物でもない…

 大場小太郎議員の逮捕に、文字通り、日本中、騒然となった…

 なにより、永田町は、凄かった…

 大場小太郎という派閥の領袖が、中国から、金をもらっていたのだ…

 だったら、他の議員は、どうなのか? と、言いたくなる…

 聞きたくなる…

 まるで、アメリカの50年代の赤狩り(マッカーシズム)=共産党狩りを見るようなものだった…

 当時、アメリカにおいて、共産主義者の排除が行われたが、それを再現するようなものだった…

 いわゆる、民衆主義は、選挙によって、成立している…

 そして、選挙に立候補するには、金がかかる…

 それゆえ、中国のような非民主国は、候補者に金を握らせて、傀儡(かいらい)=操り人形とすることができる…

 もちろん、中国政府が、直接、候補者に金をばらまくわけではない…

 トンネル会社といえば、聞こえは、悪いが、ダミーの会社を経由して、議員に金を届ける…

 そして、金をもらった、議員は、国会でも、なんでも、中国に、不利益な法案に賛成することは、できなくなる…

 民主主義最大の弱点だ…

 どうしても、金をもらえば、金をくれた人間に、配慮をしなければ、ならなくなる…

 当たり前だが、そんな民主主義の弱点もまた議論に上がった…

 そして、中国は、これもまた、知らぬ存ぜぬで、一切無視した…

 中国は、共産主義国家であり、他国に干渉は、一切しないと、報道官が、真顔で語った…

 完全なブラックジョークだった…

 話を大場小太郎に戻そう…

 大場代議士は、逮捕されたが、利益供与は、一貫して、否認した…

 「…自分は、自民党、大場派の領袖であり、代々、国会議員を輩出する家柄…国家に奉仕こそすれ、国家に反逆するが真似を、することはありえない…」

と、自信満々に証言した…

が、だったら、なぜ、中国の工作員と密会を重ねていたと、問われると、

「…敦子のためです…」

と、即答した…

「…娘のためです…娘が、よからぬ交友関係というか、いかがわしい者たちと接触していると聞いたもので…」

大場代議士が、告白するには、家で、たびたび、軽い雑談をしているときに、妻から、敦子が、よからぬ人たちと、交流していると、密かに相談されたのが、きっかけだった…

敦子は、養女…

家族の中で、妻を除けば、ただ一人だけ、自分と血が繋がってない…

だから、普段から、余計に気にかけていた…

そう、告白した…

「…それだけではないでしょう…」

相手の追及に、渋々と、

もっと、はっきり言えば、世間の目もあった…

と、自白した…

やはり、自分の立場上、娘の交友関係が、世間に知られて、変な話題になると困る…

それもあったと、言った…

そして、娘の敦子が、懇意にしている、いかがわしい女性と会った…

それが、あの杉崎実業の藤原綾乃だった…

人事部で、部長だった人見の部下だった女性だった…

日本の往年?のセクシー女優、藤原紀香に似た、セクシー美女だった…

大場代議士は、藤原綾乃と何度か、会っていて、相手の素性は、読めた…

狙いもわかった…

だから、いかに相手が、藤原紀香似の美女でも、ハニートラップにかかるほど、愚かではなかった…

ただ、問題は、杉崎実業にあった…

すでに、その時点で、杉崎実業は、高雄総業が、株を握っていた…

そして、高雄総業は、当たり前だが、高雄組の別名義の団体…

そのトップである、高雄組組長とは、懇意の仲…

そんな油断もあった…

なにかあったら、高雄組の力を借りて、藤原綾乃をなんとかすればいいと軽く考えた…

同時に、それは、すでに、藤原綾乃の見抜くところでもあった…

いや、

藤原綾乃ではない…

中国政府の見抜くところだった…

君子危うきに近寄らず…

これは、人間関係の基本…

自分を守るための基本だ…

大場代議士は、藤原綾乃のハニートラップにも、引っかからず、金を得ることもなかった…

しかし、結果的に、相手が、中国の工作員だと知っていて、密会を重ねた…

これが、文字通り、命取りとなった…

自分は、中国から、一切の金品を得ていないと、徹頭徹尾、証言したが、その証言が、信用されることはなかった…

それは、おおげさに言えば、女とホテルに入ったが、あくまで、休憩のためだったと、言い張るに等しいと、世間は、判断した(笑)…

事実は、どうあれ、世間の逆風を打ち消すことはできなかった…

まさに、高をくくっていたのだ…

君子危うきに近寄らず…

これを実践すれば、よいだけだったのだ…

大場代議士は、結局、議員を辞職した…

世間の逆風をはねのけることができなかったからだ…

しかし、政界引退は、頑なに、拒絶した…

自分は、やましいことは、なにもしていない…

この一点だった…

だが、周囲の見方は、まるで、違った…

完全に、終わったひと…

過去のひと扱いだった…

仮に、次の選挙で、当選しても、もはや、かつての力を取り戻すのは、不可能…

完全に、政界で、終わったひと扱いだった…

そして、この大場小太郎の現在の境遇を招いた原因である、大場敦子は、というと、こちらは、ひどく冷静だった…

自分が、仮にも、義理の父親が、逮捕されるきっかけを作ったにも、かかわらず、どこか他人事というか…

関心がない様子だった…

要するに、自分がしたことへの、処罰が気にいらないのだった…

藤原綾乃が巧妙に、大場敦子に近づき、敦子を窓口にして、父親の大場小太郎を紹介され、知遇を得た…

はっきり言えば、それだけだった…

金銭のやりとりも、セックスの関係もなにもない…

大場敦子としては、藤原綾乃は年上の友人という位置づけだった…

だから、気軽に、父親のこと、家庭のことをあけすけに語った…

それが、罪になるのが、許せなかった…

だから、腹が立った…

しかし、父親に対しては、微妙だったようだ…

やはり、議員辞職という事態にまで、追い込んだ意識があった…

そして、これは、大場代議士にとっても、別の意味で、衝撃だった…

すべての原因は、大場家における敦子の不満が、きっかけだったと聞かされたからだ…

大場小太郎が語るには、自分は、決して、敦子を差別したことがない…

常に血が繋がった自分の子供と分け隔てない育て方をしたと自負していた…

それが、敦子が不満を持っていたというのが、以外と言うか、信じられなかった…

が、

当の敦子に言わせれば、それは、見せかけだった…

例えば、食事のときに、名前を呼ぶ行為ひとつとっても、差別があったと主張した…

要するに、大場小太郎は、甘ったるい声で、血の繋がった自分の子供の名前を呼ぶのだ…

が、真逆に、自分の名前を呼ぶときは、そっけないというか…冷たいというか…

そんな感じだった…

一方は差別していないと主張し、もう一方は、差別されたと、主張する。

まさに、水掛け論だった…

要するに、受け取り方の問題だった…

仮に、同じ場にいる、大場の種違いの妹や弟、そして、母親が、どう思うのか聞いても、また違う意見があるかもしれない…

差別されてるか、否か、は、わからない…

どう受け取るかは、感じ方が、ひとそれぞれ、微妙に違うからだ…

まさに、人間関係の難しさだった…

結局、大場父娘は検察から、不起訴に終わった…

起訴しなかった…

いわゆる、マスコミや市民団代は、検察に不起訴の理由を尋ねたが、検察は答えなかった…

というより、検察が不起訴の理由を語ることは、稀だ(笑)…

実際には、大場父娘が、あの藤原綾乃と接触した事実は、掴んだが、大した情報を与えてないと判断したのだろう…

ネットや週刊誌では、そう分析していた…

事実、スパイと言われても、本人にスパイをしている自覚は、ないことも多い…

有名なところでは、江戸時代のシーボルト事件が、そうだ…

蘭学医、シーボルトに、輸出禁止の日本地図を送った、幕府天文方、高橋景保に、スパイをしている意識があったかといえば、ないだろう…

が、シーボルトは、医師以外の肩書がなにかと高野長英に問われて、

「コンテンス・ポンテー・ヲルテ」

と、ラテン語で答えたと渡辺崋山が書いている…

しかし、これは「コレスポンデントヴェルデ」であり、内情探索官と訳すべきものである…

内情探索官=スパイ…

つまり、シーボルト自身は、自分が、スパイの自覚があったわけだ…

一方、日本地図を送った、幕府天文方、高橋景保に、当然のことながら、スパイの自覚はない…

それと同じだった…

大場父娘は、藤原綾乃と接していても、たわいもない世間話が中心だったと言った…

だが、それを聞いた藤原綾乃は、大場父娘の話から、例えば、国会議員の世間で、知られてない素顔…

例えば、男なら、アイツは、ロリコンで、若い女が、無性に好きだという話から、その国会議員の性癖を知ることができた…

そして、それを、中国政府に送った…

なにも、重大な企業秘密や、特許等を知らせるのが、スパイではない…

いわゆる、たわいもない、話を集めて、分析すれば、それが、膨大なデータになる…

例えば、今、例に挙げた、ロリコン好きの国会議員をハニートラップにかけるには、広瀬すずのようなタイプの女を用意すれば、よいか、藤田ニコルのような女を用意すれば、よいか、参考になる…

一口にロリコンと言っても、好みは千差万別…

年齢は、どれぐらいで、どんなタイプが、好みなのかは、よほど、親しい人間でないと、わからないからだ…

そして、藤原綾乃は、そうしたデータを中国政府に送り続けた…

それが、彼女の仕事だった…

そして、その事実を、あの葉山も在籍する、内閣情報調査室が掴んでいた…

それゆえ、大場父娘は、不起訴だったのだ…

が、

いくら、不起訴でも、一度付いたスパイ容疑を晴らすのは、至難の業だった…

大場父娘は、数週間の拘束で、釈放されたが、釈放された時点で、これまで、持っていた世間的な知名度=イメージは、文字通り、地に堕ちた…

二度と回復は、困難なダメージを受けた…

ある意味、自業自得といえば、自業自得だが、さすがに、哀れだった…

大場敦子は、また、父親を刺した容疑もあったが、これは、不問とまでは、言わないが、たいした容疑ではなかった…

身近にあったカッターナイフで、父親に切りつけたのだ…

たいしたケガを負うはずもなかった…

ただ、大場代議士は、その直前に会った高雄悠(ゆう)を逮捕させるために、大げさに、騒いだに過ぎなかった…

子供の頃から、知る悠(ゆう)の身が心配だったのだ…

悠(ゆう)が、実力以上に、自分自身を評価しているので、危なっかしくて、見ていられなかった…

中国の工作員と接触して、うまくやっているつもりでも、使い捨てにして、殺されるのでは?

そう危惧した大場代議士が、悠(ゆう)に刺されたことにして、警察に捕まえさせれば、悠(ゆう)の身の安全が保障されると、とっさに考えたからだ…

一方、悠(ゆう)はと言うと、

高雄悠(ゆう)は、杉崎実業をベースに、立ちまわっていたが、たいしたことはできなかった…

いわゆる、言っていることと、やっていることが違う人間の典型だった…

口では、高雄組を将来は、解散して、堅気の会社に衣替えさせたい…

それを知り合った人間に、熱っぽく語っていたが、具体的な展望は、なにもなかった…

杉崎実業を買収する…

それだけで、満足したわけではないだろうが、具体的な進展はなかった…

それゆえ、養父である、高雄組組長は、悠(ゆう)が、心配だったのだろう…

才能はあるが、まだ若く社会経験に乏しいゆえに、現実と理想の乖離(かいり)が激し過ぎた…

それを誰よりも憂いていた…

言葉は悪いが、経済ヤクザとして、身を立て、成功した高雄組組長は、社会の底辺を嫌というほど、見ていた…

身を持って知っていた…

それゆえ、悠(ゆう)の見る夢が、いかに地に足がついたものではないことを感じていた…

しかし、それをいくら悠(ゆう)に説いても、わかる悠(ゆう)ではないことも、また見抜いていた…

時間が経ち、いずれは、地に足がついた状態になるまで、待つつもりだったが、そうはならなかった…

山田会の分裂騒動で、心ならずも、自分自身が、周囲に推されて、先頭に立たざるを得なくなった…

これは、まったく予想外の事態だった…

結局、悠(ゆう)を諭す時間もなく、高雄組組長は、逝ってしまった…

おそらくは、高雄組組長にとって、唯一の、そして、最大の心残りであろう…

高雄悠(ゆう)も、また不起訴、嫌疑不十分で、釈放された…

これは、大場父娘と同じだった…

そして、高雄悠(ゆう)もまた、養父である、高雄組組長が、いない今、すでに、なにもなかった…

高雄組組長あっての悠(ゆう)だった…

これは、大場以下…

大場敦子は、力を失ったとはいえ、大場小太郎が、存命している…

しかし、悠(ゆう)には、なにもなかった…

財産以外、すべてを失ったと言っていい…

人脈もなにも、養父の高雄組組長あっての悠(ゆう)だった…

文字通り、身ぐるみ剝がされた状態だった…

すべてを失った状態で、釈放されたのだった…

              
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