第66話

文字数 5,810文字

 …わ…わ・た・し?…

 …高雄組を乗っ取ろうとしているのが、私?…

 …ウソッ?…

 …どうして?…

 …どうして、私なんだ?…

 …どうして、竹下クミなんだ?…

 私は、叫び出したい気持ちだった…

 …どうして、この平凡な竹下クミなんだ?…

 バカじゃないのか!

 ふと、そんな気持ちが脳裏をよぎった…

 かすめた…

 よりによって、私が、高雄組を乗っ取ろうとしているだと?

 冗談にも、ほどがある…

 この平凡な竹下クミに、どうして、高雄組を乗っ取る力がある…

 ヤクザ屋やヤンキーが大の苦手な竹下クミに、どうして、高雄組を乗っ取ることができるというんだ?

 私は、思った…

 私をからかっている?

 もしかして、私をからかっている?

 そう思った…

 そして、気付いた。

 矛盾している…

 なにより、高雄の発言が矛盾している…

 たった今、高雄は、私、竹下クミを警戒していたと言った…

 断言した…

 だったら、なぜ、私に、杉崎実業を辞退しないで、欲しいと、懇願したのか?

 普通ならば、自分が警戒する人間は、自分から、遠ざけるのが、基本だろう?

 誰もが、いつ、裏切るか、わからない相手を手元に置く人間はいない…

 危険な人間を、身近に置く人間はいない…

 そして、

 そして、なにより、一番に思ったこと…

 高雄は、初めて、あの杉崎実業の内定式に集まったときに、

 「…ボクは、皆さんの中の一人と結婚します…」

 と、宣言した…

 アレは、ウソだったのか?

 正直、私も、アレにやられた口だった(涙)…

 高雄悠(ゆう)の持つ、圧倒的な爽やかさ…

 長身で、穏やかなイケメン…

 一目見て、誰もが、信頼でき、そして、好きになる、好青年の口から、
 
 「…ボクは、皆さんの中の一人と結婚します…」

 と、宣言された…

 もしかして、私も、このイケメンと結婚できるかも?

 そう思ったのは、ウソではない…

 私だけではない…

 竹下クミ、22歳…

 決して、ブスではない…

 が、

 かといって、美人でもない…

 あえていえば、そこそこの美人…

 クラスで、20人弱の女のコがいれば、3番目の美人…

 一番や、二番は、誰もが、わかる…

 例え、20人弱の女のコの中でも、誰が、一番きれいか?

かわいいか?

思うのは、皆いっしょだからだ…

ところが、三番目あたりから、少々怪しくなる…

はっきり言って、後は、どんぐりの背比べ…

大差はない(笑)…

だから、悩む…

だから、三番目に、かわいいのは誰?

きれいなのは誰?

と、言われると、後は、個人の好みとなる(笑)…

だから、千差万別…

男も女も、それぞれが、好きなタイプを挙げる…

私は、そんな三番目にかわいい…キレイな女のコだった…

もっといえば、ブスではないが、美人ではない…

少々、かわいいかな?

きれいかな?

と、ひとから思われるレベルの美人?だった…

そんな私が、決して、手の届きそうにないイケメンの高雄から、告白された…

ずばり、コクられた…

もちろん、私だけに対して、言ったわけでない…

私を含めた五人の女に言ったのだ…

だが、人数は5人…

もしかしたら、私も、高雄と結婚できるかもしれない…

五分の一の確率で、結婚できるかもしれない…

そう思った…

はっきりいって、奇跡…

ありえない奇跡だった…

私のルックスで、高雄のようなイケメンと結婚できるなんて?

考えたこともない出来事だった…

そして、もしかしたら、私以外の四人も同じ…

皆、似たような身長に、似たような顔…

五人全員が、似ている…

だから、ホントなら、高雄のようなイケメンと付き合えるわけがない…

結婚できるわけがない…

それが…

つまりは、高雄は、自分のルックスを餌に、私たち五人を釣ろうとしていると、私は、考えた…

しかし、その考えは、間違っていた…

私以外の4人は、皆、お金持ち…

お金持ちの林が、そう断言した…

現に、大場は、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士の娘だ…

私以外の四人は、ルックスは、私と同じだが、お金持ちと言う武器を持っている…

私だけ、なにもない…

この竹下クミだけ、なにもないのだ(涙)…

それが…

それが、私を警戒していたなんて…

思ってもいない、高雄の言葉だった…

ありえない言葉だった…

そんな思いでいると、高雄が、

「…さすがに、動揺してますね…」

と、声をかけた。

私は、その言葉が不快だった…

不愉快だった…

「…高雄さん…おかしいんじゃないですか?…」

と、私は、高雄に食ってかかった…

「…おかしい? …なにが、おかしいんですか?…」

「…だって、そうでしょう…高雄さんは、私を警戒していると、言いましたね…」

「…ハイ…」

「…だったら、その警戒している人間を、どうして、身近に置こうとしたんですか? …私は、高雄さんと初めて会った、杉崎実業の内定の後、帰りの電車の中で、悩みました…なぜなら、杉崎実業が、ヤクザのフロント企業じゃないか?と、たしか大場さんが言って、それで、杉崎実業を辞退しようかどうか、悩みました…でも、私は、杉崎実業しか内定はもらえてないし…すでに、今年の就活は、終わっていて、就活をするなら、来年するしかないからです…でも、留年するお金がない…それで、どうしていいか、わからず悩んででいると、高雄さんが、現れ、杉崎実業の内定を辞退しないで欲しいと、私に言いました…だから、私は、今日まで、杉崎実業の内定を辞退しないで、いたんです…」

私は、一気にしゃべった…

まるで、ダムで、一気に放流するが如く、勢いよくしゃべった…

高雄は、そんな私の話を黙って聞いていた…

そして、私が、話し終えると、静かに、

「…竹下さんは、そうだったんだ…」

と、やはり、さっきと同じように、ポツリと呟いた…

 「…やはり、自分がわかってないんだ…」

 と、これも、ポツリと、呟いた…

 付け加えた…

 …自分が、わかってない?…

 高雄のこの言葉に、私は頭にきた…

 怒髪天を突いたといっていい…

 …なにが、自分が、わかってない、だ!…

 …どうして、高雄に、そんなことが言えるんだ!…

 …一体、高雄…アンタは、私のなにを知っていると言うんだ?…

 …著名なヤクザの息子で、お坊ちゃま…

 …ヤクザのフロント企業かもしれないけど、一部上場企業の役員を務める、お金持ちのお坊ちゃまだ…

 …そんな、お坊ちゃまが、私に上から目線で、

 「…やはり、自分がわかってないんだ…」

 と、言われて、猛烈に頭にきた…

 私は、自分がわかっている…

 自分のルックスも、学力も…

 ルックスも、学力も十人並み…

 とりたてて、他人様よりも、劣っているわけではないが、他人様よりも、優れたものも、なにもない…

 それが、なにより、わかっている…

 それを、私よりも、はるかに、ルックスが良く、お金持ちの高雄に、

 「…やはり、自分がわかってないんだ…」

 と、言われて、悔しいことと言ったら、この上なかった…

 いくら、ルックスが良く、お金持ちでも、どうして、私が、そんなふうに、言われなくちゃいけないんだ…

 …どうして、私を下に見るんだ!…

 私は、叫び出したい気持ちだった…

 だから、

 「…高雄さん…どうして、私は、自分がわかってないんですか?…」

 と、高雄に食ってかかった…

 「…私は、自分がわかってます…高雄さんのように、ルックスもよくありませんし、大学も人並み…家も、お金持ちでも何でもありません…でも、だからといって、私が、高雄さんに、下に見られる筋合いはないです…」

 私は、力を込めて言った。

 が、この私の言葉は、高雄にとって、あまりにも、意外だったようだ…

 「…ボクが、上から目線?…」

 予期せぬ言葉だったようだ…

 「…そんなバカな…」

 明らかに、動揺した様子だった…

 私が、言った言葉が、ブーメランといっては、おかしいが、高雄に跳ね返ったようだ…

 最初、私に動揺しましたね、と言った高雄自身が、なぜか、私の言葉に動揺した…

 だが、なぜ、動揺したのか、さっぱりわからない…

 一体、私の言葉のなにが、彼に刺さったのか、わからなかった…

 「…ボクが、竹下さんより、上? ありえない…」

 高雄が呟く…

 「…そんなこと…ありえない…絶対…」

 高雄が繰り返す…

 私は、高雄のその言葉に、今度は、私が動揺した…

 私、竹下クミが、動揺した…

 目の前の、高雄を見ると、明らかに、動揺している…

 そして、それは、演技には見えない…

 なにより、高雄が、自分より、私、竹下クミが、上だと思っている…

 高雄悠(ゆう)よりも、竹下クミが上だと思っている…

 それが、驚きだった…

 どうして、私が、高雄よりも、上なんだ?

 この平凡な竹下クミが、イケメンで、お金持ちの、高雄よりも、上なんだ?

 正直、わけがわからなかった…

 「…竹下さんは、亡くなった古賀会長の直系の血縁者…ヤクザ界の秀吉と言われた、古賀会長の、血を受け継いだ、数少ない、血縁者…その竹下さんよりも、ボクが上なんて…」

 高雄が呟く…

 …私が、古賀会長の血縁者?…

 …ウソォ?…

 …一体、なにを証拠に、そんなバカなことを言っているんだ?…

 …なにを、根拠に、そんなわけのわからないことを言ってるんだ?…

 私は、叫び出したい気持ちだった…

 私は、平凡な家庭の出身…

 何度も言うように、親戚にヤクザは、一人もいない…

 それが、どうして、私が、古賀会長とやらの血縁者なんだ?

 ふざけるのも、たいがいにしろ! と言いたい…

 だから、

 「…高雄さん、ふざけないで下さい…」

 私は、怒鳴った…

 「…どうして、私が、古賀会長の血縁者なんですか? どこに、そんな証拠があるんですか?…」

 と、怒鳴った…

 私の怒鳴り声に、高雄は、ビビったというか…

 「…証拠は…」

 と、小さく、呟いた…

 が、

 それよりも、大きな声で、

 「…古賀さんが、ヤクザ界の秀吉と言われたのは、意味があるんですよ…」

 と、誰かが言った…

 私は、その声の主を振り向いた…

 そこにいたのは、当然のことながら、大場小太郎代議士だった…

 私は、高雄のことが、頭の中に一杯で、そこに、大場小太郎代議士がいたのを、すっかり忘れていた(苦笑)…

 いや、

 それを言えば、失礼ながら、そもそも大場小太郎代議士自体が、存在感が薄かったのも、大きい…

 次期総理総裁候補の筆頭に挙げられる、大場代議士だが、世間の知名度はイマイチ…

 理由は色々あるが、やはり、それは、キャラの薄さというか、存在感が希薄なことが大きい…

 そして、存在感というのは、イケメンだったり、背が高かったりするのとは、全然違う…

 存在感とはなにか? 

 と、問われれば、そこにいることが、すぐにわかる人物…

 要するに、どこにいっても、目立つ人物だ…

 元AKBの前田敦子が、その好例だろう…

 決して、美人ではないし、身長も160㎝と、高くも低くもない…

 だが、

 なぜか、目立つ!…

 どこにいても、目立つ!…

 それこそが、存在感に他ならない…

 残念ながら、大場代議士には、それがない…

 それがないから、私も、近くに大場代議士がいたことを、すっかり忘れていた(笑)…

 次期総理総裁候補と呼ばれる大物代議士なのに、すっかり忘れていた(笑)…

 そして、大場代議士の話を、私は聞いてみたくなった…

 なにより、大場代議士は、亡くなった古賀会長と、一時は家族ぐるみの付き合いをしていたと、さっき、クルマの中で、私に語ったばかりだった…

 だから、古賀会長のことを、よく知っているに違いない…

 だから、

 「…意味って、なんですか?…」

 と、大場代議士に訊いた…

 私が、古賀会長の直系の血縁者なんて、ありもしない与太話よりも、ずっと、興味があった…

 「…古賀さんが、ヤクザ界の秀吉と言われたのは、豊臣秀吉のように、極貧の家庭から、ヤクザ界のトップにのし上がったことが、一つ…そして、もう一つは、子供がいなかったこと…」

 「…子供がいない?…」

 「…豊臣秀吉も晩年になるまで、子供がいなかった…それに例えられたんです…」

 大場代議士が、しんみりと言った…

 「…でも、豊臣秀吉には、秀頼という子供が…」

 私は、言った…

 「…諸説ありますが、秀頼は、秀吉の実子ではないという説も、あります…理由は、色々ありますが、秀頼の母親である、淀殿しか、秀吉の子供を産まなかったというのが、大きい…秀吉は、女好きで知られ、数多くの女性と関係しました…それが、淀殿しか妊娠しないというのは、誰が考えても、おかしいでしょう…」

 やんわりと、大場代議士が、秀頼が秀吉の実子であることを否定する…

 「…それは、ともかく、古賀さんには、子供がなかった…ただ、古賀さんが、豊臣秀吉と違うのは、女好きではなかった…別に、ゲイというか、男が好きというのではなく、普通というか…周りが眉をひそめるような、女遊びはしなかった…それでは、ヤクザ界のトップを務める立場上、周囲の人間に、示しがつかないと考えたのかもしれない…ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…古賀さんは、若い頃に、ある女性と、いっしょに住んでいて、その女性が、古賀さんの子供を産んで…その後、古賀さんと、別れたという話を、よくしていました…おそらく、その子供が、古賀さんの唯一の子供だと…」

 大場代議士が、説明した…

                

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