第82話
文字数 6,380文字
私の頭が混乱した…
混乱の極みだった…
だって、そうだろう?
いきなり、高雄から電話がきて、死んだ山田会の古賀会長が、実は、中国人で、早くから、中国政府の援助を受けて、それを山田会の活動資金にして、組を大きくしたなんて、ありえないというか?
私の想像をはるかに、超えた、衝撃の事実だった…
しかも、
しかも、だ…
それを知っていた、あの大場代議士は、親の代から、古賀会長を監視するために、親しくしていたなんて…
ありえないというか?
常人の想像をはるかに、超えている…
竹下クミの想像をはるかに、超えている…
私は、思った…
そして、これは、事実なのか?
それとも、ブラフというか、高雄の作り話なのか?
考えた…
さっきも、書いたが、まず、事実と言うものは、誰もが、納得できるものだ…
それが、どれほど、驚愕の事実であろうと、説明されれば、納得できるものだ…
それを考慮すれば、高雄の説明は、納得できる…
一見、荒唐無稽に思えるが、納得できる…
私は、思った…
考えた…
そして、今の話に矛盾がないかどうか、考えた…
なにか、納得できないものが、あるか、どうか、考えた…
あまりにも、突然の話なので、驚いたが、ふと、気付いたのは、どうして、古賀会長が、日本にやってきたか? だ…
それが、疑問だった…
だから、ずばり、それを聞いた…
「…高雄さん?…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…話の腰を折って、すいませんが、そもそも、どうして、古賀さんは、日本にやって来たんですか? だって、中国で、母親が、日本人の家の家政婦だったのは、わかりましたが、それが、どうして、日本に来ることになったんですか? 古賀さんの、ご両親は、どうしたんですか?…」
私は、疑問に思ったことを、一気に訊いた…
そもそも、さっきの高雄の話では、どうして、若き日に、中国人の古賀会長が、日本にやって来たか、わからないからだ…
「…古賀会長は、孤児だったんですよ…」
高雄が言った。
「…孤児? 親がいないってこと? だって、さっき、高雄さんは、古賀会長の母親が、日本人の家庭で、家政婦をしていたって…」
「…その母親が、死んでしまったんです…」
「…エッ? 死んだ?…」
「…そうです…」
「…だったら、父親は?…」
「…それは、よくわかりません…ただ、いなかったと思います…その母親がなくなって、身寄りがなかった、幼い古賀会長を不憫に思った、母親が家政婦をしていた日本人の家族が、満州から、日本に引き揚げてきたときに、いっしょに、日本にやって来たと、言ってましたから…」
…そうか?…
…それなら、辻褄が合う…
私は、思った…
「…古賀の爺さんは、子供の頃からカラダが大きく、腕っぷしも強かった…日本にやって来て、学歴もなにもない、爺さんが、手っ取り早く、のし上るには、ヤクザが、好都合だったと、本人から聞いています…事実、爺さんは、ヤクザの才能が、抜きん出ていた…だから、すぐに頭角を現した…ただ…」
そこで、高雄は、一瞬、言葉を止めた…
なにやら、悩んでいるようだった…
言葉を選んでいたのかもしれない…
が、私が先を促すこともなく、
「…ただ、ヤクザ社会で、偉くなり、注目を浴びることで、さまざまな人間と付き合うことになる…その結果、爺さんは、中国政府と繋がりができた…」
と、続けた…
「…中国政府?…」
「…爺さんも、最初は、中国政府と繋がりができたことに気付かなかったらしい…」
「…どうして、気付かなかったんですか?…」
「…それは、簡単です…」
「…簡単…」
「…誰も、中国政府から派遣されてきました、なんて言う人間はいないから…」
「…いない? …どういうことですか?…」
「…普通、みんな、会社を経営したり、料理屋のオーナーだったり、する、そして、それは、隠れ蓑(みの)…実際は、中国政府のスパイ…」
高雄が、断言する。
「…スパイ?…」
私は、あらためて、その言葉を口にした…
高雄が続ける。
「…もちろん、爺さんも最初は、気付かなかったらしい…ただ、金持ちと言うか…親しくなって、自分が売り出し中のヤクザとわかると、相手は、気前よく、奢ってくれたり、爺さんが、頼まないまでも、金をくれたそうだ…爺さんもバカじゃない…最初は、気前のいいスポンサーというか、金づるを見つけた気分だったそうだが、だんだんと、相手の正体に、ボンヤリと気付いたらしい…」
「…なにが、気付いたの?…」
「…相手の背後に、誰かがいるという事実に、です…」
高雄が激白する。
私は、それを聞いて、考えた。
…たしかに、その通りかもしれない…
古賀会長が、ヤクザかどうかは、関係なく、ふと、知り合った人間が、自分に、気前よく、御馳走してくれる…
それで、親しくなり、最初は、食事だったのが、それが、お金に代わって、自分に融通してくれる…
誰もが、嬉しいが、そのうちに、どうして、相手が、自分に、そんなことをするのか、疑問を持つに決まっている…
これが、若く、美人の娘ならば、自分を狙ってる? と、簡単にわかるが、ヤクザでは、目的がわからない…
せいぜいが、なにか、自分を利用しようとしていると、考えるだけだ…
しかも、その金額が、あまりにも、大きいと、今度は、自分が、不安になる…
一体、今、付き合っている人間の背後に誰がいるのか、不安になるに、決まっている。
それが、普通の人間というものだ…
私は、考える。
だから、きっと、若き日の古賀会長も、不安になったに決まっている…
「…それで、古賀会長は、どうしたの?…」
私は、いつのまにか、高雄の話に前のめりになって聞いた…
あまりにも、予想外の展開で、さっぱり先が見えなかったからだ…
それに…
それに、こう言っては、なんだが、面白過ぎる(苦笑)…
あまりにも、話が、私の想像を超え過ぎて、どう話が展開するのか、わからないほど、面白過ぎるからだ…
「…古賀の爺さんは、そのことに、気付いた後も、極力、気付かないフリをしていたらしい…」
「…気付かないフリ?…」
「…そう…気付いて、自分から、行動を起こすと、藪蛇と言うか、かえって、相手が、どう出るか、わからない…最悪、逃げ出しかねない…だから、気付かないフリをして、相手から、接触してくるというか…背後に誰か、いれば、いずれは、その誰かが、姿を現すと、確信したらしい…」
「…」
「…だから、爺さんは、自分のいわばスポンサーの背後に誰がいるのか、極力気付かないフリをして、山田会の勢力拡大に力を注いだ…爺さんの力もそうだが、運がいいことに、爺さんの下に、有能な人間が集まった…だから、山田会は、ヤクザ界で、瞬く間に、その地位を確立したんだ…」
高雄が、説明する。
たしかに、高雄の言うことは、わかる。
いかに、金があり、武器、弾薬を豊富に揃えようと、肝心のそれを扱う人間が、無能では、勢力が拡大できない…
ヤクザでも、会社でも、それは同じ…
最初は、小さくても、少数でも、有能が、人間が集まり、小さな成功をする…
すると、それをきっかけに、また人が集まって来る…
その中には、箸にも棒にもかからない人間もいるかもしれないが、有能な人間もまたいるだろう…
そして、有能な人間を得たことで、組織は拡大する。
いわゆる、好循環が起きる…
発生する…
有能な人間が、集まり、それを見て、さらに、有能な人間が集まる…
つまり、有能な人間が、有能な人間を呼ぶのだ…
当たり前だが、そうすることで、組織は拡大する…
これは、会社も、暴力団もいっしょ…
例外はない…
無論、すべての人間が、優秀であるはずがない…
ただ、組織が大きくなることで、ひとが多くなる…
そして、優秀な人間が多く集まることで、全体のレベルが、底上げされる…
ハッキリ言えば、それまで、偏差値レベルが、40前後の人間が、多く勤務する会社に、偏差値60以上の人間が、数多く入って来る…
それを見て、それまで、無名だと世間に見られた会社が、実は、結構優秀だということが世間で、広まり、それを知ってまた、偏差値の高い人間が、集まって来る…
会社を例に挙げれば、この通りだろう…
最初、入社した偏差値40レベルの人間が、そのまま居続けるのか、会社を辞めるのかは、わからない…
ただ、学校でいえば、それまで、無名校や底辺校と蔑(さげす)まされてきた学校が、いつのまにか、一流校の仲間入りをするようなもの…
仮に、居続けても、出世することなど、夢のまた夢だろう…
要するに、会社が化(ば)けるのだ…
会社が、仮面ライダーやウルトラマンのように、ある時期を境に急に変身するようなものだ(笑)…
これは、会社を例に挙げたが、暴力団もまた同じだろう…
ひとが、多く集まることで、やはり、優秀な人間が集まって来る…
大半が箸にも棒にも掛からぬ人間かもしれないが、その中には、優秀な人間もまた含まれる…
そして、それを見て、また優秀な人間が集まって来る…
そして、ヤクザの場合の優秀な人間とは、ケンカが強いことは、もちろん、ひとを束ねるリーダーシップとか、先を見る力だろう…
つまり、ハッキリ言えば、企業で、優秀な人間と言えば、まず、偏差値で、判断し、それから、その企業の配属された職場等で、具体的な業務を通じて、能力を判断する…
しかし、当たり前だが、ヤクザにそれはない…
だったら、なにが違うかと言えば、とりあえず、偏差値を除いて、実践的な能力を判断すればいい…
つまりは、現場で、使えるか、使えないか…
極めて、単純なロジックだ…
その現場で、最初は、下っ端でも、次には、数人の子分をまとめられるのか、そして、さらに次には、組長として、やっていけるのかの適正を見る…
つまりは、会社でも、暴力団でも、同じ…
人間が見る基準は、とどのつまり、変わらない…
ただ、例え、優秀でも、リーダーシップを持たない人間は、数多く存在する…
そして、その人間たちの処遇をどうするかで、その組織の存亡を決するだろう…
ヤクザでも、会社でも、全員が上に上がれるわけではない…
当然、上に上がれない人間でも、居場所を用意しなくては、ならない…
会社でも、ヤクザでも、それは当たり前だ…
なにより、組織に入った人間は、まずは、周りの状況を見る…
つまりは、どんな人間が、その職場や、組にいるか、見るわけだ…
そして、居心地…
どんなに世間に名の知れた大きな組織でも、自分に居心地が悪い職場は、誰もが、嫌だし、最悪、すぐに逃げ出すからだ…
悪貨は良貨を駆逐する…
会社でもヤクザでも、居心地のいい場所は、誰にとっても居心地がいい…
真逆に、居心地の悪い場所は、誰にとっても居心地が悪い…
そういうものだ(笑)…
そして、優秀な人間ほど、居心地の悪い場所を早く辞めるものだ…
優秀な人間は、自分に自信があるのが、大半…
頭でも、腕っぷしでも、自分に自信があり、また自分自身の価値がわかっている…
だから、辞めてゆく…
その組織を見切るのだ…
そして、それが、わかっているからこそ、優秀な人間には、会社でもヤクザでも、簡単に辞められないように、優秀な人間が多く存在する、優秀な職場や、誰が見ても、居心地の良い職場を用意する…
簡単に辞められないために、だ…
逆に言えば、そんな職場を用意してもらえず、居心地の悪い職場や、すぐにリストラされそうな人間が、数多くいる職場に配属されれば、最初から、先もなにもない、お先真っ暗な未来が待っていると、考えれば、良い(笑)…
その程度の扱いがふさわしい人間だと、会社でもヤクザでも、最初から周囲に見られていると、思えばいい…
そう考えれば、他人が、自分をどう判断しているか、容易にわかる(笑)…
そして、これは、すべて、父の受け売り…
バブル時代に会社に入社して、その会社をすぐに逃げ出した父の話の受け売りだ(笑)…
私が、今、会社選びに悩んだときに、真っ先に、アドバイスをしてくれたことだ…
自分にとって、居心地のいい職場を探しなさい…
そして、バイトでいいから、いくつかの職場を経験しなさい…
それが、父のアドバイスだった…
ひとつの職場しかしらないと、大げさに言えば、日本中、どこの職場に行っても、似たような人間がいて、似たような仕事をしていると、思ってしまう…
当然、職場ごとに、いる人間は、違うし、やっている仕事は違う…
頭ではわかっていても、実際に体験することとは、違う…
それが、父のアドバイスだった…
そして、そんな父のアドバイスはすべて、父の体験から出だ言葉だった…
父も学生時代、普通に、いくつかのバイトを経験して、就職したそうだ…
しかし、父の就職した時代は、バブル時代の真っただ中…
いざ、会社に入社してみると、それまで、見たこともないレベルの人間が、数多く、入社していたそうだ(笑)…
普通ならば、入れないレベルの人間が、バブル景気と呼ばれるほど、好景気だから、入社できる…
そして、そんな人間に限って、上昇志向が強く、他人を妬む傾向が強い…
そんな現実に、驚愕したそうだ…
そして、なにより、そんなありえない現実というか、環境が、いつのまにか、普通になってしまう…
例えば、誰がどうみても、出世に、縁もゆかりもない男が、オレは、将来課長になる、と、言っているのを見て、最初は、こいつが、なれるわけがないと、思っていても、もしや、こいつでも、なれるのかも? と、考えを変えてしまう…
同調圧力と言うか、周囲の環境が、もしや、この男も将来、課長になれるのかも? と、思わせてしまう…
父はそれまで、別の職場を経験して、そんなバカなこと、あるわけない! と、断言できたのに、それが、間違っていたのかもと、真剣に悩んでしまう…
つまり、一言で言って、自分でも、わけがわからなくなってしまう(笑)…
環境が、おかしいからだ(笑)…
まして、その職場しか知らない人間ならば、余計に、自分が、将来出世できると勘違いしてしまう…
そう思ったそうだ…
それゆえ、父は、私に就職活動をする前に、いくつかの職場を経験しなさいと、アドバイスした…
どんな言葉も、ひとつの体験には、叶わないからだ…
体験するほど、学べることはないからだ…
体験することで、職場を比べることができる…
それが、なにより、重要と私にアドバイスした…
それゆえ、私は、それを実践した…
今、コンビニで働いているのも、その一環だ(笑)…
私が、そんなことを考えていると、
「…古賀の爺さんは、自分の運命がわかっていたのかもしれない…」
ポツリと、高雄が、スマホの向こうから、漏らした…
混乱の極みだった…
だって、そうだろう?
いきなり、高雄から電話がきて、死んだ山田会の古賀会長が、実は、中国人で、早くから、中国政府の援助を受けて、それを山田会の活動資金にして、組を大きくしたなんて、ありえないというか?
私の想像をはるかに、超えた、衝撃の事実だった…
しかも、
しかも、だ…
それを知っていた、あの大場代議士は、親の代から、古賀会長を監視するために、親しくしていたなんて…
ありえないというか?
常人の想像をはるかに、超えている…
竹下クミの想像をはるかに、超えている…
私は、思った…
そして、これは、事実なのか?
それとも、ブラフというか、高雄の作り話なのか?
考えた…
さっきも、書いたが、まず、事実と言うものは、誰もが、納得できるものだ…
それが、どれほど、驚愕の事実であろうと、説明されれば、納得できるものだ…
それを考慮すれば、高雄の説明は、納得できる…
一見、荒唐無稽に思えるが、納得できる…
私は、思った…
考えた…
そして、今の話に矛盾がないかどうか、考えた…
なにか、納得できないものが、あるか、どうか、考えた…
あまりにも、突然の話なので、驚いたが、ふと、気付いたのは、どうして、古賀会長が、日本にやってきたか? だ…
それが、疑問だった…
だから、ずばり、それを聞いた…
「…高雄さん?…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…話の腰を折って、すいませんが、そもそも、どうして、古賀さんは、日本にやって来たんですか? だって、中国で、母親が、日本人の家の家政婦だったのは、わかりましたが、それが、どうして、日本に来ることになったんですか? 古賀さんの、ご両親は、どうしたんですか?…」
私は、疑問に思ったことを、一気に訊いた…
そもそも、さっきの高雄の話では、どうして、若き日に、中国人の古賀会長が、日本にやって来たか、わからないからだ…
「…古賀会長は、孤児だったんですよ…」
高雄が言った。
「…孤児? 親がいないってこと? だって、さっき、高雄さんは、古賀会長の母親が、日本人の家庭で、家政婦をしていたって…」
「…その母親が、死んでしまったんです…」
「…エッ? 死んだ?…」
「…そうです…」
「…だったら、父親は?…」
「…それは、よくわかりません…ただ、いなかったと思います…その母親がなくなって、身寄りがなかった、幼い古賀会長を不憫に思った、母親が家政婦をしていた日本人の家族が、満州から、日本に引き揚げてきたときに、いっしょに、日本にやって来たと、言ってましたから…」
…そうか?…
…それなら、辻褄が合う…
私は、思った…
「…古賀の爺さんは、子供の頃からカラダが大きく、腕っぷしも強かった…日本にやって来て、学歴もなにもない、爺さんが、手っ取り早く、のし上るには、ヤクザが、好都合だったと、本人から聞いています…事実、爺さんは、ヤクザの才能が、抜きん出ていた…だから、すぐに頭角を現した…ただ…」
そこで、高雄は、一瞬、言葉を止めた…
なにやら、悩んでいるようだった…
言葉を選んでいたのかもしれない…
が、私が先を促すこともなく、
「…ただ、ヤクザ社会で、偉くなり、注目を浴びることで、さまざまな人間と付き合うことになる…その結果、爺さんは、中国政府と繋がりができた…」
と、続けた…
「…中国政府?…」
「…爺さんも、最初は、中国政府と繋がりができたことに気付かなかったらしい…」
「…どうして、気付かなかったんですか?…」
「…それは、簡単です…」
「…簡単…」
「…誰も、中国政府から派遣されてきました、なんて言う人間はいないから…」
「…いない? …どういうことですか?…」
「…普通、みんな、会社を経営したり、料理屋のオーナーだったり、する、そして、それは、隠れ蓑(みの)…実際は、中国政府のスパイ…」
高雄が、断言する。
「…スパイ?…」
私は、あらためて、その言葉を口にした…
高雄が続ける。
「…もちろん、爺さんも最初は、気付かなかったらしい…ただ、金持ちと言うか…親しくなって、自分が売り出し中のヤクザとわかると、相手は、気前よく、奢ってくれたり、爺さんが、頼まないまでも、金をくれたそうだ…爺さんもバカじゃない…最初は、気前のいいスポンサーというか、金づるを見つけた気分だったそうだが、だんだんと、相手の正体に、ボンヤリと気付いたらしい…」
「…なにが、気付いたの?…」
「…相手の背後に、誰かがいるという事実に、です…」
高雄が激白する。
私は、それを聞いて、考えた。
…たしかに、その通りかもしれない…
古賀会長が、ヤクザかどうかは、関係なく、ふと、知り合った人間が、自分に、気前よく、御馳走してくれる…
それで、親しくなり、最初は、食事だったのが、それが、お金に代わって、自分に融通してくれる…
誰もが、嬉しいが、そのうちに、どうして、相手が、自分に、そんなことをするのか、疑問を持つに決まっている…
これが、若く、美人の娘ならば、自分を狙ってる? と、簡単にわかるが、ヤクザでは、目的がわからない…
せいぜいが、なにか、自分を利用しようとしていると、考えるだけだ…
しかも、その金額が、あまりにも、大きいと、今度は、自分が、不安になる…
一体、今、付き合っている人間の背後に誰がいるのか、不安になるに、決まっている。
それが、普通の人間というものだ…
私は、考える。
だから、きっと、若き日の古賀会長も、不安になったに決まっている…
「…それで、古賀会長は、どうしたの?…」
私は、いつのまにか、高雄の話に前のめりになって聞いた…
あまりにも、予想外の展開で、さっぱり先が見えなかったからだ…
それに…
それに、こう言っては、なんだが、面白過ぎる(苦笑)…
あまりにも、話が、私の想像を超え過ぎて、どう話が展開するのか、わからないほど、面白過ぎるからだ…
「…古賀の爺さんは、そのことに、気付いた後も、極力、気付かないフリをしていたらしい…」
「…気付かないフリ?…」
「…そう…気付いて、自分から、行動を起こすと、藪蛇と言うか、かえって、相手が、どう出るか、わからない…最悪、逃げ出しかねない…だから、気付かないフリをして、相手から、接触してくるというか…背後に誰か、いれば、いずれは、その誰かが、姿を現すと、確信したらしい…」
「…」
「…だから、爺さんは、自分のいわばスポンサーの背後に誰がいるのか、極力気付かないフリをして、山田会の勢力拡大に力を注いだ…爺さんの力もそうだが、運がいいことに、爺さんの下に、有能な人間が集まった…だから、山田会は、ヤクザ界で、瞬く間に、その地位を確立したんだ…」
高雄が、説明する。
たしかに、高雄の言うことは、わかる。
いかに、金があり、武器、弾薬を豊富に揃えようと、肝心のそれを扱う人間が、無能では、勢力が拡大できない…
ヤクザでも、会社でも、それは同じ…
最初は、小さくても、少数でも、有能が、人間が集まり、小さな成功をする…
すると、それをきっかけに、また人が集まって来る…
その中には、箸にも棒にもかからない人間もいるかもしれないが、有能な人間もまたいるだろう…
そして、有能な人間を得たことで、組織は拡大する。
いわゆる、好循環が起きる…
発生する…
有能な人間が、集まり、それを見て、さらに、有能な人間が集まる…
つまり、有能な人間が、有能な人間を呼ぶのだ…
当たり前だが、そうすることで、組織は拡大する…
これは、会社も、暴力団もいっしょ…
例外はない…
無論、すべての人間が、優秀であるはずがない…
ただ、組織が大きくなることで、ひとが多くなる…
そして、優秀な人間が多く集まることで、全体のレベルが、底上げされる…
ハッキリ言えば、それまで、偏差値レベルが、40前後の人間が、多く勤務する会社に、偏差値60以上の人間が、数多く入って来る…
それを見て、それまで、無名だと世間に見られた会社が、実は、結構優秀だということが世間で、広まり、それを知ってまた、偏差値の高い人間が、集まって来る…
会社を例に挙げれば、この通りだろう…
最初、入社した偏差値40レベルの人間が、そのまま居続けるのか、会社を辞めるのかは、わからない…
ただ、学校でいえば、それまで、無名校や底辺校と蔑(さげす)まされてきた学校が、いつのまにか、一流校の仲間入りをするようなもの…
仮に、居続けても、出世することなど、夢のまた夢だろう…
要するに、会社が化(ば)けるのだ…
会社が、仮面ライダーやウルトラマンのように、ある時期を境に急に変身するようなものだ(笑)…
これは、会社を例に挙げたが、暴力団もまた同じだろう…
ひとが、多く集まることで、やはり、優秀な人間が集まって来る…
大半が箸にも棒にも掛からぬ人間かもしれないが、その中には、優秀な人間もまた含まれる…
そして、それを見て、また優秀な人間が集まって来る…
そして、ヤクザの場合の優秀な人間とは、ケンカが強いことは、もちろん、ひとを束ねるリーダーシップとか、先を見る力だろう…
つまり、ハッキリ言えば、企業で、優秀な人間と言えば、まず、偏差値で、判断し、それから、その企業の配属された職場等で、具体的な業務を通じて、能力を判断する…
しかし、当たり前だが、ヤクザにそれはない…
だったら、なにが違うかと言えば、とりあえず、偏差値を除いて、実践的な能力を判断すればいい…
つまりは、現場で、使えるか、使えないか…
極めて、単純なロジックだ…
その現場で、最初は、下っ端でも、次には、数人の子分をまとめられるのか、そして、さらに次には、組長として、やっていけるのかの適正を見る…
つまりは、会社でも、暴力団でも、同じ…
人間が見る基準は、とどのつまり、変わらない…
ただ、例え、優秀でも、リーダーシップを持たない人間は、数多く存在する…
そして、その人間たちの処遇をどうするかで、その組織の存亡を決するだろう…
ヤクザでも、会社でも、全員が上に上がれるわけではない…
当然、上に上がれない人間でも、居場所を用意しなくては、ならない…
会社でも、ヤクザでも、それは当たり前だ…
なにより、組織に入った人間は、まずは、周りの状況を見る…
つまりは、どんな人間が、その職場や、組にいるか、見るわけだ…
そして、居心地…
どんなに世間に名の知れた大きな組織でも、自分に居心地が悪い職場は、誰もが、嫌だし、最悪、すぐに逃げ出すからだ…
悪貨は良貨を駆逐する…
会社でもヤクザでも、居心地のいい場所は、誰にとっても居心地がいい…
真逆に、居心地の悪い場所は、誰にとっても居心地が悪い…
そういうものだ(笑)…
そして、優秀な人間ほど、居心地の悪い場所を早く辞めるものだ…
優秀な人間は、自分に自信があるのが、大半…
頭でも、腕っぷしでも、自分に自信があり、また自分自身の価値がわかっている…
だから、辞めてゆく…
その組織を見切るのだ…
そして、それが、わかっているからこそ、優秀な人間には、会社でもヤクザでも、簡単に辞められないように、優秀な人間が多く存在する、優秀な職場や、誰が見ても、居心地の良い職場を用意する…
簡単に辞められないために、だ…
逆に言えば、そんな職場を用意してもらえず、居心地の悪い職場や、すぐにリストラされそうな人間が、数多くいる職場に配属されれば、最初から、先もなにもない、お先真っ暗な未来が待っていると、考えれば、良い(笑)…
その程度の扱いがふさわしい人間だと、会社でもヤクザでも、最初から周囲に見られていると、思えばいい…
そう考えれば、他人が、自分をどう判断しているか、容易にわかる(笑)…
そして、これは、すべて、父の受け売り…
バブル時代に会社に入社して、その会社をすぐに逃げ出した父の話の受け売りだ(笑)…
私が、今、会社選びに悩んだときに、真っ先に、アドバイスをしてくれたことだ…
自分にとって、居心地のいい職場を探しなさい…
そして、バイトでいいから、いくつかの職場を経験しなさい…
それが、父のアドバイスだった…
ひとつの職場しかしらないと、大げさに言えば、日本中、どこの職場に行っても、似たような人間がいて、似たような仕事をしていると、思ってしまう…
当然、職場ごとに、いる人間は、違うし、やっている仕事は違う…
頭ではわかっていても、実際に体験することとは、違う…
それが、父のアドバイスだった…
そして、そんな父のアドバイスはすべて、父の体験から出だ言葉だった…
父も学生時代、普通に、いくつかのバイトを経験して、就職したそうだ…
しかし、父の就職した時代は、バブル時代の真っただ中…
いざ、会社に入社してみると、それまで、見たこともないレベルの人間が、数多く、入社していたそうだ(笑)…
普通ならば、入れないレベルの人間が、バブル景気と呼ばれるほど、好景気だから、入社できる…
そして、そんな人間に限って、上昇志向が強く、他人を妬む傾向が強い…
そんな現実に、驚愕したそうだ…
そして、なにより、そんなありえない現実というか、環境が、いつのまにか、普通になってしまう…
例えば、誰がどうみても、出世に、縁もゆかりもない男が、オレは、将来課長になる、と、言っているのを見て、最初は、こいつが、なれるわけがないと、思っていても、もしや、こいつでも、なれるのかも? と、考えを変えてしまう…
同調圧力と言うか、周囲の環境が、もしや、この男も将来、課長になれるのかも? と、思わせてしまう…
父はそれまで、別の職場を経験して、そんなバカなこと、あるわけない! と、断言できたのに、それが、間違っていたのかもと、真剣に悩んでしまう…
つまり、一言で言って、自分でも、わけがわからなくなってしまう(笑)…
環境が、おかしいからだ(笑)…
まして、その職場しか知らない人間ならば、余計に、自分が、将来出世できると勘違いしてしまう…
そう思ったそうだ…
それゆえ、父は、私に就職活動をする前に、いくつかの職場を経験しなさいと、アドバイスした…
どんな言葉も、ひとつの体験には、叶わないからだ…
体験するほど、学べることはないからだ…
体験することで、職場を比べることができる…
それが、なにより、重要と私にアドバイスした…
それゆえ、私は、それを実践した…
今、コンビニで働いているのも、その一環だ(笑)…
私が、そんなことを考えていると、
「…古賀の爺さんは、自分の運命がわかっていたのかもしれない…」
ポツリと、高雄が、スマホの向こうから、漏らした…