第82話

文字数 6,380文字

 私の頭が混乱した…

 混乱の極みだった…

 だって、そうだろう?

 いきなり、高雄から電話がきて、死んだ山田会の古賀会長が、実は、中国人で、早くから、中国政府の援助を受けて、それを山田会の活動資金にして、組を大きくしたなんて、ありえないというか?

 私の想像をはるかに、超えた、衝撃の事実だった…

 しかも、

 しかも、だ…

 それを知っていた、あの大場代議士は、親の代から、古賀会長を監視するために、親しくしていたなんて…

 ありえないというか?

 常人の想像をはるかに、超えている…

 竹下クミの想像をはるかに、超えている…

 私は、思った…

 そして、これは、事実なのか?

 それとも、ブラフというか、高雄の作り話なのか?

 考えた…

 さっきも、書いたが、まず、事実と言うものは、誰もが、納得できるものだ…

 それが、どれほど、驚愕の事実であろうと、説明されれば、納得できるものだ…

 それを考慮すれば、高雄の説明は、納得できる…

 一見、荒唐無稽に思えるが、納得できる…

 私は、思った…

 考えた…

 そして、今の話に矛盾がないかどうか、考えた…

 なにか、納得できないものが、あるか、どうか、考えた…

 あまりにも、突然の話なので、驚いたが、ふと、気付いたのは、どうして、古賀会長が、日本にやってきたか? だ…

 それが、疑問だった…

 だから、ずばり、それを聞いた…

 「…高雄さん?…」

 「…ハイ…なんでしょうか?…」

 「…話の腰を折って、すいませんが、そもそも、どうして、古賀さんは、日本にやって来たんですか? だって、中国で、母親が、日本人の家の家政婦だったのは、わかりましたが、それが、どうして、日本に来ることになったんですか? 古賀さんの、ご両親は、どうしたんですか?…」

 私は、疑問に思ったことを、一気に訊いた…

 そもそも、さっきの高雄の話では、どうして、若き日に、中国人の古賀会長が、日本にやって来たか、わからないからだ…

 「…古賀会長は、孤児だったんですよ…」

 高雄が言った。

 「…孤児? 親がいないってこと? だって、さっき、高雄さんは、古賀会長の母親が、日本人の家庭で、家政婦をしていたって…」

 「…その母親が、死んでしまったんです…」

 「…エッ? 死んだ?…」

 「…そうです…」

 「…だったら、父親は?…」

 「…それは、よくわかりません…ただ、いなかったと思います…その母親がなくなって、身寄りがなかった、幼い古賀会長を不憫に思った、母親が家政婦をしていた日本人の家族が、満州から、日本に引き揚げてきたときに、いっしょに、日本にやって来たと、言ってましたから…」

 …そうか?…

 …それなら、辻褄が合う…

 私は、思った…

 「…古賀の爺さんは、子供の頃からカラダが大きく、腕っぷしも強かった…日本にやって来て、学歴もなにもない、爺さんが、手っ取り早く、のし上るには、ヤクザが、好都合だったと、本人から聞いています…事実、爺さんは、ヤクザの才能が、抜きん出ていた…だから、すぐに頭角を現した…ただ…」

 そこで、高雄は、一瞬、言葉を止めた…

 なにやら、悩んでいるようだった…

 言葉を選んでいたのかもしれない…

 が、私が先を促すこともなく、

 「…ただ、ヤクザ社会で、偉くなり、注目を浴びることで、さまざまな人間と付き合うことになる…その結果、爺さんは、中国政府と繋がりができた…」

 と、続けた…

 「…中国政府?…」

 「…爺さんも、最初は、中国政府と繋がりができたことに気付かなかったらしい…」

 「…どうして、気付かなかったんですか?…」

 「…それは、簡単です…」

 「…簡単…」

 「…誰も、中国政府から派遣されてきました、なんて言う人間はいないから…」

 「…いない? …どういうことですか?…」

 「…普通、みんな、会社を経営したり、料理屋のオーナーだったり、する、そして、それは、隠れ蓑(みの)…実際は、中国政府のスパイ…」

 高雄が、断言する。

 「…スパイ?…」

 私は、あらためて、その言葉を口にした…

 高雄が続ける。

 「…もちろん、爺さんも最初は、気付かなかったらしい…ただ、金持ちと言うか…親しくなって、自分が売り出し中のヤクザとわかると、相手は、気前よく、奢ってくれたり、爺さんが、頼まないまでも、金をくれたそうだ…爺さんもバカじゃない…最初は、気前のいいスポンサーというか、金づるを見つけた気分だったそうだが、だんだんと、相手の正体に、ボンヤリと気付いたらしい…」

 「…なにが、気付いたの?…」

 「…相手の背後に、誰かがいるという事実に、です…」

 高雄が激白する。

 私は、それを聞いて、考えた。

 …たしかに、その通りかもしれない…

 古賀会長が、ヤクザかどうかは、関係なく、ふと、知り合った人間が、自分に、気前よく、御馳走してくれる…

 それで、親しくなり、最初は、食事だったのが、それが、お金に代わって、自分に融通してくれる…

 誰もが、嬉しいが、そのうちに、どうして、相手が、自分に、そんなことをするのか、疑問を持つに決まっている…

 これが、若く、美人の娘ならば、自分を狙ってる? と、簡単にわかるが、ヤクザでは、目的がわからない…

 せいぜいが、なにか、自分を利用しようとしていると、考えるだけだ…

 しかも、その金額が、あまりにも、大きいと、今度は、自分が、不安になる…

 一体、今、付き合っている人間の背後に誰がいるのか、不安になるに、決まっている。

 それが、普通の人間というものだ…

 私は、考える。

 だから、きっと、若き日の古賀会長も、不安になったに決まっている…

 「…それで、古賀会長は、どうしたの?…」

 私は、いつのまにか、高雄の話に前のめりになって聞いた…

 あまりにも、予想外の展開で、さっぱり先が見えなかったからだ…

 それに…

 それに、こう言っては、なんだが、面白過ぎる(苦笑)…

 あまりにも、話が、私の想像を超え過ぎて、どう話が展開するのか、わからないほど、面白過ぎるからだ…

 「…古賀の爺さんは、そのことに、気付いた後も、極力、気付かないフリをしていたらしい…」

 「…気付かないフリ?…」

 「…そう…気付いて、自分から、行動を起こすと、藪蛇と言うか、かえって、相手が、どう出るか、わからない…最悪、逃げ出しかねない…だから、気付かないフリをして、相手から、接触してくるというか…背後に誰か、いれば、いずれは、その誰かが、姿を現すと、確信したらしい…」

 「…」

 「…だから、爺さんは、自分のいわばスポンサーの背後に誰がいるのか、極力気付かないフリをして、山田会の勢力拡大に力を注いだ…爺さんの力もそうだが、運がいいことに、爺さんの下に、有能な人間が集まった…だから、山田会は、ヤクザ界で、瞬く間に、その地位を確立したんだ…」

 高雄が、説明する。

 たしかに、高雄の言うことは、わかる。

 いかに、金があり、武器、弾薬を豊富に揃えようと、肝心のそれを扱う人間が、無能では、勢力が拡大できない…

 ヤクザでも、会社でも、それは同じ…

 最初は、小さくても、少数でも、有能が、人間が集まり、小さな成功をする…

 すると、それをきっかけに、また人が集まって来る…

 その中には、箸にも棒にもかからない人間もいるかもしれないが、有能な人間もまたいるだろう…

 そして、有能な人間を得たことで、組織は拡大する。

 いわゆる、好循環が起きる…

 発生する…

 有能な人間が、集まり、それを見て、さらに、有能な人間が集まる…

 つまり、有能な人間が、有能な人間を呼ぶのだ…

 当たり前だが、そうすることで、組織は拡大する…

 これは、会社も、暴力団もいっしょ…

 例外はない…

 無論、すべての人間が、優秀であるはずがない…

 ただ、組織が大きくなることで、ひとが多くなる…

 そして、優秀な人間が多く集まることで、全体のレベルが、底上げされる…

 ハッキリ言えば、それまで、偏差値レベルが、40前後の人間が、多く勤務する会社に、偏差値60以上の人間が、数多く入って来る…

 それを見て、それまで、無名だと世間に見られた会社が、実は、結構優秀だということが世間で、広まり、それを知ってまた、偏差値の高い人間が、集まって来る…

 会社を例に挙げれば、この通りだろう…

 最初、入社した偏差値40レベルの人間が、そのまま居続けるのか、会社を辞めるのかは、わからない…

 ただ、学校でいえば、それまで、無名校や底辺校と蔑(さげす)まされてきた学校が、いつのまにか、一流校の仲間入りをするようなもの…

 仮に、居続けても、出世することなど、夢のまた夢だろう…

 要するに、会社が化(ば)けるのだ…

 会社が、仮面ライダーやウルトラマンのように、ある時期を境に急に変身するようなものだ(笑)…

 これは、会社を例に挙げたが、暴力団もまた同じだろう…

 ひとが、多く集まることで、やはり、優秀な人間が集まって来る…

 大半が箸にも棒にも掛からぬ人間かもしれないが、その中には、優秀な人間もまた含まれる…

 そして、それを見て、また優秀な人間が集まって来る…

 そして、ヤクザの場合の優秀な人間とは、ケンカが強いことは、もちろん、ひとを束ねるリーダーシップとか、先を見る力だろう…

 つまり、ハッキリ言えば、企業で、優秀な人間と言えば、まず、偏差値で、判断し、それから、その企業の配属された職場等で、具体的な業務を通じて、能力を判断する…

 しかし、当たり前だが、ヤクザにそれはない…

 だったら、なにが違うかと言えば、とりあえず、偏差値を除いて、実践的な能力を判断すればいい…

 つまりは、現場で、使えるか、使えないか…

 極めて、単純なロジックだ…

 その現場で、最初は、下っ端でも、次には、数人の子分をまとめられるのか、そして、さらに次には、組長として、やっていけるのかの適正を見る…

 つまりは、会社でも、暴力団でも、同じ…

 人間が見る基準は、とどのつまり、変わらない…

 ただ、例え、優秀でも、リーダーシップを持たない人間は、数多く存在する…

 そして、その人間たちの処遇をどうするかで、その組織の存亡を決するだろう…

 ヤクザでも、会社でも、全員が上に上がれるわけではない…

 当然、上に上がれない人間でも、居場所を用意しなくては、ならない…

 会社でも、ヤクザでも、それは当たり前だ…

 なにより、組織に入った人間は、まずは、周りの状況を見る…

 つまりは、どんな人間が、その職場や、組にいるか、見るわけだ…

 そして、居心地…

 どんなに世間に名の知れた大きな組織でも、自分に居心地が悪い職場は、誰もが、嫌だし、最悪、すぐに逃げ出すからだ…

 悪貨は良貨を駆逐する…

 会社でもヤクザでも、居心地のいい場所は、誰にとっても居心地がいい…

 真逆に、居心地の悪い場所は、誰にとっても居心地が悪い…

 そういうものだ(笑)…

 そして、優秀な人間ほど、居心地の悪い場所を早く辞めるものだ…

 優秀な人間は、自分に自信があるのが、大半…

 頭でも、腕っぷしでも、自分に自信があり、また自分自身の価値がわかっている…

 だから、辞めてゆく…

 その組織を見切るのだ…

 そして、それが、わかっているからこそ、優秀な人間には、会社でもヤクザでも、簡単に辞められないように、優秀な人間が多く存在する、優秀な職場や、誰が見ても、居心地の良い職場を用意する…

 簡単に辞められないために、だ…

 逆に言えば、そんな職場を用意してもらえず、居心地の悪い職場や、すぐにリストラされそうな人間が、数多くいる職場に配属されれば、最初から、先もなにもない、お先真っ暗な未来が待っていると、考えれば、良い(笑)…

 その程度の扱いがふさわしい人間だと、会社でもヤクザでも、最初から周囲に見られていると、思えばいい…

 そう考えれば、他人が、自分をどう判断しているか、容易にわかる(笑)…

 そして、これは、すべて、父の受け売り…

 バブル時代に会社に入社して、その会社をすぐに逃げ出した父の話の受け売りだ(笑)…

 私が、今、会社選びに悩んだときに、真っ先に、アドバイスをしてくれたことだ…

 自分にとって、居心地のいい職場を探しなさい…

 そして、バイトでいいから、いくつかの職場を経験しなさい…

 それが、父のアドバイスだった…

 ひとつの職場しかしらないと、大げさに言えば、日本中、どこの職場に行っても、似たような人間がいて、似たような仕事をしていると、思ってしまう…

 当然、職場ごとに、いる人間は、違うし、やっている仕事は違う…

 頭ではわかっていても、実際に体験することとは、違う…

 それが、父のアドバイスだった…

 そして、そんな父のアドバイスはすべて、父の体験から出だ言葉だった…

 父も学生時代、普通に、いくつかのバイトを経験して、就職したそうだ…

 しかし、父の就職した時代は、バブル時代の真っただ中…

 いざ、会社に入社してみると、それまで、見たこともないレベルの人間が、数多く、入社していたそうだ(笑)…

 普通ならば、入れないレベルの人間が、バブル景気と呼ばれるほど、好景気だから、入社できる…

 そして、そんな人間に限って、上昇志向が強く、他人を妬む傾向が強い…

 そんな現実に、驚愕したそうだ…

 そして、なにより、そんなありえない現実というか、環境が、いつのまにか、普通になってしまう…

 例えば、誰がどうみても、出世に、縁もゆかりもない男が、オレは、将来課長になる、と、言っているのを見て、最初は、こいつが、なれるわけがないと、思っていても、もしや、こいつでも、なれるのかも? と、考えを変えてしまう…

 同調圧力と言うか、周囲の環境が、もしや、この男も将来、課長になれるのかも? と、思わせてしまう…

 父はそれまで、別の職場を経験して、そんなバカなこと、あるわけない! と、断言できたのに、それが、間違っていたのかもと、真剣に悩んでしまう…

 つまり、一言で言って、自分でも、わけがわからなくなってしまう(笑)…

 環境が、おかしいからだ(笑)…

 まして、その職場しか知らない人間ならば、余計に、自分が、将来出世できると勘違いしてしまう…

 そう思ったそうだ…

 それゆえ、父は、私に就職活動をする前に、いくつかの職場を経験しなさいと、アドバイスした…

 どんな言葉も、ひとつの体験には、叶わないからだ…

 体験するほど、学べることはないからだ…

 体験することで、職場を比べることができる…

 それが、なにより、重要と私にアドバイスした…

 それゆえ、私は、それを実践した…

 今、コンビニで働いているのも、その一環だ(笑)…

 私が、そんなことを考えていると、

 「…古賀の爺さんは、自分の運命がわかっていたのかもしれない…」

 ポツリと、高雄が、スマホの向こうから、漏らした…

                
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み