第96話
文字数 5,462文字
高雄悠(ゆう)が、中国政府のスパイの可能性が高い…
私は、遅まきながら、その事実に気付いた…
高雄自身が、以前、言ったように、大場小太郎代議士が、亡くなった山田会の古賀会長や、松尾会の松尾聡(さとし)会長と親しくしていたのは、公安関係者として、彼らの動静を探っていたためだ…
監視していたためだ…
そう私に、暴露したが、肝心の自分のことは、一切言わなかった…
どうして、そんなことを、私に告げるのか?
そもそも、それが、謎だった…
しかしながら、それはそれで、いったん横に置いても、大場代議士が、公安関係者で、亡くなった古賀会長や、松尾会会長を監視している事実を、どうして、知ったのか?
肝心の部分は一切言わなかった…
言及しなかった…
当たり前だが、情報は、どこで、その情報を知ったのかが、大事だ…
情報元が信頼できるか、どうかで、情報の精度が、わかる…
信頼できる相手なのか、どうかが、大事だ…
もし、
もし、
高雄が、中国政府のスパイではないとしたら、その情報は、当たり前だが、父親の高雄組組長から、仕入れた可能性が高い…
血が繋がってないとはいえ、父子だからだ…
高雄組組長は、経済ヤクザ…
経済ヤクザにとっての生命線は、情報に他ならない…
基本は、株などの債権の売り買いが主流になる…
その場合は、どうしても、情報が命になる…
上がるか、下がるか、
見極めるには、情報が、一番重要だからだ…
例えば、誰々が仕手戦を仕組んでいる…
100円の株が、今、300円になっている…
500円に上がるまでは、上昇するが、その後は、一転して、下がる…
売りに転じるからだ…
そんな真偽不明な情報が、市場に広まる…
すると、どうしても、その情報が、どこまで、信頼できるのか?
情報の出どころは、どこなのか?
そんなことが、重要になる…
高雄組組長は、そんな相場で、生きてきた…
ネットに、そう書いてあった(笑)…
だから、当然、情報の扱いに、敏感だ…
慣れている…
だから、高雄組組長が、高雄に色々教えた可能性は、捨てきれない…
だが、私には、どうしても、そう思えない…
理由はない…
ただの勘だ…
女の直感だ(笑)…
私が、そんなことを考えていると、林が、
「…竹下さん、聞いてる?…」
と、スマホから、言ってきた…
だから、私は、慌てて、
「…聞いてるに、決まってるでしょ…」
と、強く言った…
聞いてなかったことを悟られないためだ(笑)…
だから、わざと、強く言った(笑)…
「…そう…そうよね…」
林は、私の言葉に納得する…
普段ならば、あるいは、林は、私が聞いてなかったことに、簡単に気付いたかもしれないが、今は無理…
林は、それどころではなかった…
追い詰められていた…
それに、電話では、互いの顔が見えない…
それが、好都合だった…
間近で、顔を見れば、自分の話を聞いているのか、聞いていないのかは、バカでもわかる(笑)…
「…パパは、父は、嵌められた…」
「…嵌められた?…」
意外な言葉だった…
「…誰に?…」
「…人見よ…人見人事部長…」
「…人見人事部長?…」
あまりにも、意外な人物だった…
人見人事部長が、手引きしたのは、わかる…
しかしながら、ストレートに嵌められたなんて、言うなんて?
表現が生々し過ぎる…
「…人見は、中国政府のスパイだった…でも、それを除いても、人見は、パパを陥れたかった…」
「…陥れたかった?…」
思わず、聞いた…
陥れるなんて、言葉、普通は、使わない…
どうして、そんな言葉を使うんだろ?
私は、思った…
「…人見は、家が貧乏だったの…」
「…貧乏…」
「…だから、お金持ちのパパが羨ましくて仕方がなかった…人見は、実家が、ウチの近くにあって…パパの知り合いでもなんでもなかった…ただ、ウチはお金持ちだから、竹下さんも知ってるように、地元でも有名で、それで、人見は、一方的に、パパを嫌っていた…」
「…どうして、知り合いでもなんでもないのに、嫌うの?…」
「…お金持ちが羨ましくて、仕方がないの…自分が、貧乏だから…」
「…」
「…だから、パパを引きずり込んだ…金策に夢中で、藁(わら)にもすがる思いだったパパは、それに乗った…違法な輸出の片棒を担いだ…しかも、お金に困ったパパに、お金を引き出させて、さらに、貧乏になるように、仕向けた…」
「…どうして、そんな…」
さっぱり謎だった…
今、林は、人見と林の父親は、知り合いでもなんでもないと言った…
ならば、どうして、人見は、林の父親にそんな真似をするのか?
謎だった…
「…単純よ…自分は、お金持ちじゃないから、金持ちが憎くて仕方がない…ちょうど、学校で、勉強ができないコが、勉強ができるコを羨むのと同じ…ブスが美人を妬むのと、同じ…ないものねだり…自分が、なにもないものだから、なにか、持っているひとが、憎くて堪らないの…」
林が激白する…
私は、林の言葉に圧倒された…
ただ、ただ、圧倒された…
そして、おそらく、それは、真実だった…
林の父親は、人見に対して、なにもしていない…
しかし、ただ、林の父親が、自分と同じ出身の地元で、金持ちで有名であることが、憎い…
憎くて、堪らない…
だから、陥れる…
林の父親にとっては、まさに言いがかりに近い…
自分は、人見になにもしていないにもかかわらず、一方的に相手に恨まれている…
…一方的に、憎まれている…
だが、それが真実だろう…
それが、真相だろう…
不合理極まりない…
誰もが、まったく納得はできないが、それが、真相だろう…
私は、思った…
「…人見が、アイツが仕組んだのよ…」
林が激白する。
私は、林の激白に、ただ、ただ、驚いたが、ふと、気付いた…
人見が、逮捕されてない事実に、だ…
逮捕されたのは、林の父親…
人見の名前は、出ていない…
だから、今、林の言っていることは、本当のことだろうか?
一瞬、そんな気持ちが脳裏をよぎった…
が、
林の言葉にウソがあるとは、思えない…
今、林が言っている言葉に、ウソがあるとは、思えない…
スマホで、話してるから、林の顔は、見えないが、必死さは、十分に伝わって来る…
とても、ウソをついているようには、思えない…
だが、その人見と、高雄は、どう絡んでくるのだろうか?
大場は、どう絡んでくるのかは、わかる…
大場は、父親の大場小太郎代議士、同様、監視のため…
中国のスパイの監視が目的に違いない…
しかし、高雄の目的がわからない…
だから、聞いた…
「…高雄さんは、高雄さんは、一体、どう絡んでいるの?…」
「…どう、絡んでいるって?…」
「…高雄さんの目的…」
「…高雄さんの目的は、以前、竹下さんに、話したように、実家の暴力団、高雄組を、映画のゴッドファーザーのように、堅気の会社にしたいってことだと思う…これは、何度も私に説明したし、ウソじゃないと思う…ただ…」
「…ただ…なに?…」
「…ただ、やっぱり、高雄さんには、謎がある…」
「…謎?…」
「…言ってることに、ウソはないんだけど、すべてを話していない…例えば、最初に会ったとき、あの若さで、杉崎実業の取締役だけど、実家がヤクザだって、決して、言わなかったでしょ? …まあ、あの場で言えるわけはないんだけど…つまりは、そんな感じ…まだ隠していることが、なにか、ある…」
私は、その言葉に、激しく同意した…
そして、思い出した…
前回、今、話している林の豪邸に招かれたときのことを、だ…
あのとき、林は、私に力を貸して欲しいと言った…
私を丁重に扱い、私に力を貸して欲しいと、懇願した…
だが、どうして、そんな真似をしたのだろう?
私は、平凡な女だ…
平凡、極まりない女だ…
お金持ちでもなんでもない…
そんな私に、どうして、そんな真似をしたのだろう?
「…林さん?…」
「…なに?…」
「…今もそうだけど、あのとき、どうして、私に力を貸して欲しいって、言ったの? 高雄さんから、頼まれたから?…」
「…それは、違う…」
「…違う?…」
「…高雄さんが、竹下さんを大事にするから…」
「…私を大事に?…」
「…高雄さんが、竹下さんを大切にしているから、なにか、あると思って…だから、こう言っちゃなんだけど、竹下さんを取り込もうと思って…」
「…私を取り込む?…」
「…だから、家に招いたの…正直、竹下さんに、なにがあるか、わからない…これは、たぶん、竹下さん自身も、気付いてないみたい…でも、高雄さんは、異常なまでに、竹下さんを大事にしている…気にかけている…だから、私も、大事にしなきゃと思って…」
「…」
「…だから、今も、こうして、電話している…竹下さんに電話することで、パパを助けられるかもしれないと思って…」
仰天の告白だった…
スパイ容疑で、逮捕された林の父親を助けるために、私に電話するなんて…
考えられない…
どう考えても、信じられない…
しかし、
しかし、だ…
林の立場に立てば、わからないでもない…
なぜか、知らないが、高雄が、私を大事にしている…
だから、私に良くすれば、もしかしたら、父親を救い出してくれるかも?
そんなふうに、考えてもおかしくはない…
また別の見方をすれば、それほど、追い詰められている…
精神的に、ギリギリの状態にいる…
だから、溺れる者は藁(わら)をもつかむということわざのように、私に電話をかけてきているに、決まっている…
できることと、できないことの区別ができなくなっている…
私は、そう思った…
そう思ったとき、
「…笑っちゃうでしょ?…」
と、いきなり、林が、私に言った…
「…笑っちゃう? …なにが、笑っちゃうの?…」
「…私よ、私?…」
「…林さん?…」
「…そう、私…だって、私は、竹下さんに、数えるほどしか、会ってない…そんな、会ってまもない、竹下さんに、こんなことを頼むなんて、自分でもおかしいと思う…でも…でも…」
それ以上は、言葉にならなかった…
スマホの向こうで、林は、むせび泣いていた…
嗚咽していた…
まさに、追い詰められていた…
私は、これまで、そんなに追い詰められた人間は、見たことがなかった…
いや、
今も、私は見ていない…
見てはいないが、接している…
だから、接したことがなかったというのが、正しい…
しかしながら、私が、もし、林の立場ならば、同じだろう…
私が林ならば、同じように、竹下クミに電話をかけただろう…
私は、思った…
「…竹下さん…」
むせび泣きながら、林が言った…
「…なに?…」
「…わかってる? …アナタがキーマンなの?…」
「…キーマン?…」
私がキーマン?
思ってもみない言葉だった…
「…そう…竹下さんが、キーマン…私もなぜ、竹下さんが、キーマンなのかは、わからない…ただ、おそらく、アナタの動静が、騒動を決める…」
「…私が決める?…」
「…そう…絶対にそう…だから、高雄さんは、竹下さんを大事にしている…私も最初は、気付かなかった…おそらく、高雄さんは…」
そこまで、言って、いったん、言葉を止めた…
そして、少しの間を置いて、再開した…
「…高雄さんは、最初、大場と竹下さん、アナタが似ていることに、着目したというか、ヒントにしたと思う…」
「…それって、どういうこと?…」
「…竹下さんと、大場さんは、似ている…そこへ、やはり、二人に似ている私が加わった…それで、今回の計画を思いついたと言うか…」
林が、私が、思いついたことと、同じことを言った…
「…だから、野口も柴野も、私たち3人に、外観が似ているから、選ばれた…それだけ…」
林が、断言した…
以前、私に、野口と柴野は、私以上のお金持ちと言ったこととは、別のことを言った…
おそらく、柴野と野口は、お金持ちでも、なんでもないのだろう…
アレは、ただのウソに違いない…
だが、それをこの場で、口にするのは、得策ではない…
なにより、今、林は、追い詰められている…
追い詰められている林に、なにか言えば、窮鼠(きゅうそ)猫を嚙む、のことわざのように、思いがけず、私に牙を剝いてくる可能性も否定できない…
なにしろ、メンタルが普通ではない…
父親が、逮捕されたのだ…
普通のメンタルでいわれるわけがない…
だから、私は、
「…」
と、なにも言わなかった…
自分からは、一切質問はしなかった…
すると、林も、言いたいことは、終わったのだろう…
会話が途切れた…
二人とも、
「…」
と、沈黙した…
お互いに、話すことがなくなった…
あるいは、聞きたいことは、あるかもしれないが、すぐに思いつかなかった…
だから、互いが、これ以上、電話を続けても、会話が続かないと思った…
しばらく、沈黙が続いた後、
「…ごめんなさい…竹下さん…突然、こんな電話して…でも、どうしても、竹下さんに伝えたくて…本当にごめんなさい…」
そう言って、林は電話を切った…
私としても、林を引き止める理由はなかった…
会話が続かなかったからだ…
電話が終わった後、私は、虚無感にさいなまれた…
虚脱感と言い換えてもいいのかもしれない…
なにかをしたのではないが、どんよりと、気分が重かった…
現実が重かった…
まるで、底なし沼に落ちたように、ずるずると、気分が、落ち込んだ…
私は、遅まきながら、その事実に気付いた…
高雄自身が、以前、言ったように、大場小太郎代議士が、亡くなった山田会の古賀会長や、松尾会の松尾聡(さとし)会長と親しくしていたのは、公安関係者として、彼らの動静を探っていたためだ…
監視していたためだ…
そう私に、暴露したが、肝心の自分のことは、一切言わなかった…
どうして、そんなことを、私に告げるのか?
そもそも、それが、謎だった…
しかしながら、それはそれで、いったん横に置いても、大場代議士が、公安関係者で、亡くなった古賀会長や、松尾会会長を監視している事実を、どうして、知ったのか?
肝心の部分は一切言わなかった…
言及しなかった…
当たり前だが、情報は、どこで、その情報を知ったのかが、大事だ…
情報元が信頼できるか、どうかで、情報の精度が、わかる…
信頼できる相手なのか、どうかが、大事だ…
もし、
もし、
高雄が、中国政府のスパイではないとしたら、その情報は、当たり前だが、父親の高雄組組長から、仕入れた可能性が高い…
血が繋がってないとはいえ、父子だからだ…
高雄組組長は、経済ヤクザ…
経済ヤクザにとっての生命線は、情報に他ならない…
基本は、株などの債権の売り買いが主流になる…
その場合は、どうしても、情報が命になる…
上がるか、下がるか、
見極めるには、情報が、一番重要だからだ…
例えば、誰々が仕手戦を仕組んでいる…
100円の株が、今、300円になっている…
500円に上がるまでは、上昇するが、その後は、一転して、下がる…
売りに転じるからだ…
そんな真偽不明な情報が、市場に広まる…
すると、どうしても、その情報が、どこまで、信頼できるのか?
情報の出どころは、どこなのか?
そんなことが、重要になる…
高雄組組長は、そんな相場で、生きてきた…
ネットに、そう書いてあった(笑)…
だから、当然、情報の扱いに、敏感だ…
慣れている…
だから、高雄組組長が、高雄に色々教えた可能性は、捨てきれない…
だが、私には、どうしても、そう思えない…
理由はない…
ただの勘だ…
女の直感だ(笑)…
私が、そんなことを考えていると、林が、
「…竹下さん、聞いてる?…」
と、スマホから、言ってきた…
だから、私は、慌てて、
「…聞いてるに、決まってるでしょ…」
と、強く言った…
聞いてなかったことを悟られないためだ(笑)…
だから、わざと、強く言った(笑)…
「…そう…そうよね…」
林は、私の言葉に納得する…
普段ならば、あるいは、林は、私が聞いてなかったことに、簡単に気付いたかもしれないが、今は無理…
林は、それどころではなかった…
追い詰められていた…
それに、電話では、互いの顔が見えない…
それが、好都合だった…
間近で、顔を見れば、自分の話を聞いているのか、聞いていないのかは、バカでもわかる(笑)…
「…パパは、父は、嵌められた…」
「…嵌められた?…」
意外な言葉だった…
「…誰に?…」
「…人見よ…人見人事部長…」
「…人見人事部長?…」
あまりにも、意外な人物だった…
人見人事部長が、手引きしたのは、わかる…
しかしながら、ストレートに嵌められたなんて、言うなんて?
表現が生々し過ぎる…
「…人見は、中国政府のスパイだった…でも、それを除いても、人見は、パパを陥れたかった…」
「…陥れたかった?…」
思わず、聞いた…
陥れるなんて、言葉、普通は、使わない…
どうして、そんな言葉を使うんだろ?
私は、思った…
「…人見は、家が貧乏だったの…」
「…貧乏…」
「…だから、お金持ちのパパが羨ましくて仕方がなかった…人見は、実家が、ウチの近くにあって…パパの知り合いでもなんでもなかった…ただ、ウチはお金持ちだから、竹下さんも知ってるように、地元でも有名で、それで、人見は、一方的に、パパを嫌っていた…」
「…どうして、知り合いでもなんでもないのに、嫌うの?…」
「…お金持ちが羨ましくて、仕方がないの…自分が、貧乏だから…」
「…」
「…だから、パパを引きずり込んだ…金策に夢中で、藁(わら)にもすがる思いだったパパは、それに乗った…違法な輸出の片棒を担いだ…しかも、お金に困ったパパに、お金を引き出させて、さらに、貧乏になるように、仕向けた…」
「…どうして、そんな…」
さっぱり謎だった…
今、林は、人見と林の父親は、知り合いでもなんでもないと言った…
ならば、どうして、人見は、林の父親にそんな真似をするのか?
謎だった…
「…単純よ…自分は、お金持ちじゃないから、金持ちが憎くて仕方がない…ちょうど、学校で、勉強ができないコが、勉強ができるコを羨むのと同じ…ブスが美人を妬むのと、同じ…ないものねだり…自分が、なにもないものだから、なにか、持っているひとが、憎くて堪らないの…」
林が激白する…
私は、林の言葉に圧倒された…
ただ、ただ、圧倒された…
そして、おそらく、それは、真実だった…
林の父親は、人見に対して、なにもしていない…
しかし、ただ、林の父親が、自分と同じ出身の地元で、金持ちで有名であることが、憎い…
憎くて、堪らない…
だから、陥れる…
林の父親にとっては、まさに言いがかりに近い…
自分は、人見になにもしていないにもかかわらず、一方的に相手に恨まれている…
…一方的に、憎まれている…
だが、それが真実だろう…
それが、真相だろう…
不合理極まりない…
誰もが、まったく納得はできないが、それが、真相だろう…
私は、思った…
「…人見が、アイツが仕組んだのよ…」
林が激白する。
私は、林の激白に、ただ、ただ、驚いたが、ふと、気付いた…
人見が、逮捕されてない事実に、だ…
逮捕されたのは、林の父親…
人見の名前は、出ていない…
だから、今、林の言っていることは、本当のことだろうか?
一瞬、そんな気持ちが脳裏をよぎった…
が、
林の言葉にウソがあるとは、思えない…
今、林が言っている言葉に、ウソがあるとは、思えない…
スマホで、話してるから、林の顔は、見えないが、必死さは、十分に伝わって来る…
とても、ウソをついているようには、思えない…
だが、その人見と、高雄は、どう絡んでくるのだろうか?
大場は、どう絡んでくるのかは、わかる…
大場は、父親の大場小太郎代議士、同様、監視のため…
中国のスパイの監視が目的に違いない…
しかし、高雄の目的がわからない…
だから、聞いた…
「…高雄さんは、高雄さんは、一体、どう絡んでいるの?…」
「…どう、絡んでいるって?…」
「…高雄さんの目的…」
「…高雄さんの目的は、以前、竹下さんに、話したように、実家の暴力団、高雄組を、映画のゴッドファーザーのように、堅気の会社にしたいってことだと思う…これは、何度も私に説明したし、ウソじゃないと思う…ただ…」
「…ただ…なに?…」
「…ただ、やっぱり、高雄さんには、謎がある…」
「…謎?…」
「…言ってることに、ウソはないんだけど、すべてを話していない…例えば、最初に会ったとき、あの若さで、杉崎実業の取締役だけど、実家がヤクザだって、決して、言わなかったでしょ? …まあ、あの場で言えるわけはないんだけど…つまりは、そんな感じ…まだ隠していることが、なにか、ある…」
私は、その言葉に、激しく同意した…
そして、思い出した…
前回、今、話している林の豪邸に招かれたときのことを、だ…
あのとき、林は、私に力を貸して欲しいと言った…
私を丁重に扱い、私に力を貸して欲しいと、懇願した…
だが、どうして、そんな真似をしたのだろう?
私は、平凡な女だ…
平凡、極まりない女だ…
お金持ちでもなんでもない…
そんな私に、どうして、そんな真似をしたのだろう?
「…林さん?…」
「…なに?…」
「…今もそうだけど、あのとき、どうして、私に力を貸して欲しいって、言ったの? 高雄さんから、頼まれたから?…」
「…それは、違う…」
「…違う?…」
「…高雄さんが、竹下さんを大事にするから…」
「…私を大事に?…」
「…高雄さんが、竹下さんを大切にしているから、なにか、あると思って…だから、こう言っちゃなんだけど、竹下さんを取り込もうと思って…」
「…私を取り込む?…」
「…だから、家に招いたの…正直、竹下さんに、なにがあるか、わからない…これは、たぶん、竹下さん自身も、気付いてないみたい…でも、高雄さんは、異常なまでに、竹下さんを大事にしている…気にかけている…だから、私も、大事にしなきゃと思って…」
「…」
「…だから、今も、こうして、電話している…竹下さんに電話することで、パパを助けられるかもしれないと思って…」
仰天の告白だった…
スパイ容疑で、逮捕された林の父親を助けるために、私に電話するなんて…
考えられない…
どう考えても、信じられない…
しかし、
しかし、だ…
林の立場に立てば、わからないでもない…
なぜか、知らないが、高雄が、私を大事にしている…
だから、私に良くすれば、もしかしたら、父親を救い出してくれるかも?
そんなふうに、考えてもおかしくはない…
また別の見方をすれば、それほど、追い詰められている…
精神的に、ギリギリの状態にいる…
だから、溺れる者は藁(わら)をもつかむということわざのように、私に電話をかけてきているに、決まっている…
できることと、できないことの区別ができなくなっている…
私は、そう思った…
そう思ったとき、
「…笑っちゃうでしょ?…」
と、いきなり、林が、私に言った…
「…笑っちゃう? …なにが、笑っちゃうの?…」
「…私よ、私?…」
「…林さん?…」
「…そう、私…だって、私は、竹下さんに、数えるほどしか、会ってない…そんな、会ってまもない、竹下さんに、こんなことを頼むなんて、自分でもおかしいと思う…でも…でも…」
それ以上は、言葉にならなかった…
スマホの向こうで、林は、むせび泣いていた…
嗚咽していた…
まさに、追い詰められていた…
私は、これまで、そんなに追い詰められた人間は、見たことがなかった…
いや、
今も、私は見ていない…
見てはいないが、接している…
だから、接したことがなかったというのが、正しい…
しかしながら、私が、もし、林の立場ならば、同じだろう…
私が林ならば、同じように、竹下クミに電話をかけただろう…
私は、思った…
「…竹下さん…」
むせび泣きながら、林が言った…
「…なに?…」
「…わかってる? …アナタがキーマンなの?…」
「…キーマン?…」
私がキーマン?
思ってもみない言葉だった…
「…そう…竹下さんが、キーマン…私もなぜ、竹下さんが、キーマンなのかは、わからない…ただ、おそらく、アナタの動静が、騒動を決める…」
「…私が決める?…」
「…そう…絶対にそう…だから、高雄さんは、竹下さんを大事にしている…私も最初は、気付かなかった…おそらく、高雄さんは…」
そこまで、言って、いったん、言葉を止めた…
そして、少しの間を置いて、再開した…
「…高雄さんは、最初、大場と竹下さん、アナタが似ていることに、着目したというか、ヒントにしたと思う…」
「…それって、どういうこと?…」
「…竹下さんと、大場さんは、似ている…そこへ、やはり、二人に似ている私が加わった…それで、今回の計画を思いついたと言うか…」
林が、私が、思いついたことと、同じことを言った…
「…だから、野口も柴野も、私たち3人に、外観が似ているから、選ばれた…それだけ…」
林が、断言した…
以前、私に、野口と柴野は、私以上のお金持ちと言ったこととは、別のことを言った…
おそらく、柴野と野口は、お金持ちでも、なんでもないのだろう…
アレは、ただのウソに違いない…
だが、それをこの場で、口にするのは、得策ではない…
なにより、今、林は、追い詰められている…
追い詰められている林に、なにか言えば、窮鼠(きゅうそ)猫を嚙む、のことわざのように、思いがけず、私に牙を剝いてくる可能性も否定できない…
なにしろ、メンタルが普通ではない…
父親が、逮捕されたのだ…
普通のメンタルでいわれるわけがない…
だから、私は、
「…」
と、なにも言わなかった…
自分からは、一切質問はしなかった…
すると、林も、言いたいことは、終わったのだろう…
会話が途切れた…
二人とも、
「…」
と、沈黙した…
お互いに、話すことがなくなった…
あるいは、聞きたいことは、あるかもしれないが、すぐに思いつかなかった…
だから、互いが、これ以上、電話を続けても、会話が続かないと思った…
しばらく、沈黙が続いた後、
「…ごめんなさい…竹下さん…突然、こんな電話して…でも、どうしても、竹下さんに伝えたくて…本当にごめんなさい…」
そう言って、林は電話を切った…
私としても、林を引き止める理由はなかった…
会話が続かなかったからだ…
電話が終わった後、私は、虚無感にさいなまれた…
虚脱感と言い換えてもいいのかもしれない…
なにかをしたのではないが、どんよりと、気分が重かった…
現実が重かった…
まるで、底なし沼に落ちたように、ずるずると、気分が、落ち込んだ…