第48話

文字数 5,637文字

 …高雄の目的は、なんだ?…

 私は、考える。

 要するに、藤原綾乃が、邪魔だった…

 だから、この部屋から、出ていかせたかった…

 高雄のその言葉にウソはあるまい…

 だが、

 本当に、それだけか?

 なにか、別の目的はないのか?

 考える。

 策士策に溺れる…

 考え過ぎは、良くない…

 なにか、裏があるのかと、勘ぐれば、勘ぐるほど、泥沼というか…

 真実から、離れることが、たびたびある…

 そもそも、藤原綾乃の役割はなにか?

 藤原綾乃は、この杉崎実業の人事部所属の社員…

 だから、今、来春、この杉崎実業に入社予定の私たち五人に対して、事前研修を行っている。

 だが、その藤原綾乃の行動に、不自然な点が見られた…

 ずばり、私がヤクザ界のスター、稲葉五郎に、送迎されて、この杉崎実業にやって来たときに、突然、クルマの前に現れた…

 これは、当然、誰かが、藤原綾乃に、私が、稲葉五郎に送られて、やって来ることを、告げたから…

 藤原綾乃が、単独で、ひとりで、行動したとは、考えられない…

 当然、誰かの指示で動いていると、考えるのが、自然…

 そして、今、高雄が、藤原綾乃を、意図的に、この部屋から、追い出したことから、考えると、藤原綾乃の行動は、高雄の指示を受けてではない…

 だから、はっきり言えば、藤原綾乃は高雄と敵対関係かもしれない…

 いや、敵対関係は言い過ぎでも、藤原綾乃は、高雄を裏切っていることになる…

 なぜなら、この杉崎実業は、高雄総業の支配下にある…

 高雄は、高雄総業の専務…

 だから、当然、高雄の指示で、動かなければならない…

 しかし、そうはなっていない…

だからこそ、今、高雄は、藤原綾乃を排除した…

そういうことだろう…

 だが、これは、一体どうしてだ?

 どうして、そうなったんだ?

 私の頭の中で、さまざまな可能性を考える。

 そのときだった…

 「…竹下さん…」

 と、いきなり、高雄が私の名前を呼んだ…

 「…ハイ…なんでしょうか?…」

 「…さっきは、竹下さんを睨むような真似をして、申し訳ありませんでした…」

 高雄が、私に対して、深々と頭を下げた。

 「…いえ…こちらこそ…」

 私も、反射的に、頭を下げる。

 が、

 高雄に油断したわけではなかった…

 警戒心を解いたわけではなかった…

 ずばり、高雄は信用できない…

 誰から見ても、長身の爽やかなイケメンだが、おそらく中身は、真逆とはいえないが、食えない人物であることは、間違いないからだ…

 それは、大場に対する、高雄の行動からも、明らか…

 すでに、大場が、なんらかの意図を持って、この杉崎実業に入社しようとしているのを、高雄は見抜いている…

 それを、わざと、大場に知らせることで、大場の動きを牽制しようとしたのだろう…

 そして、それは、大場のみならず、ここにいる全員…

 私を含め、五人全員に警告している…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 高雄の行動の真意はなに?

 考える…

 そして、思った…

 私たち五人は、同じ顔、同じ身長…

 だが、本当にそうか?

 大場は、父親の大場小太郎代議士のかつての当選の映像で、今よりも、数年前の若いときの映像があり、今と同じ顔をしているから、疑いはないが、私を除いて、他の三人は、わからない…

 もしかしたら、整形した可能性も否定できないからだ…

 そんなことはありえないと思いながらも、私は、そんなことも考えた…

 …真剣勝負…

 とっさに思った…

 …もっとも、危険なゲームかも、しれない…

 私は、考える。

 この杉崎実業には、謎がある…

 謎があり過ぎる。

 私は、考える。

 が、

 結局、その日は、なにも起こらなかった…

 高雄は、その後、部屋から出て行った藤原綾乃を呼び戻し、研修が再開した。

 高雄自身は、すでに、部屋に戻って来ることはなかった…

 要するに、高雄の目的は、藤原綾乃を部屋から追い出して、私たち五人に、警告することだったのだろう…

 私を除く、四人の女たちに、

 …アンタたちの目的は、見え見えだよ…

 …こっちは、先刻お見通しだよ…

 と、警告したかったわけだ…

 大場の顔色が変わったのも、そのためだ…

 そして、その警告は、ウソではなかった…

 数日後、大場の父親であり、次期総理総裁候補にも、名前が挙がる、大場小太郎代議士が、逮捕されるのでは? との情報が、テレビや、新聞、ネットニュースに流れたのだ…

 すぐに、逮捕というわけではないが、すでに、警察や検察が動いているという噂をわざとリーク=漏らした…

 いわゆる、黒い交際疑惑…

 山田会の次期会長候補の、山田会傘下の有力組織、I一家との交流が、暴露された…

 I一家とは、稲葉一家…

 稲葉五郎の組のことだ…

 事実、稲葉五郎は、大場をあっちゃんと呼び、実に親しそうだった…

 大場は、私と同年齢…

 その大場とは子供の頃からの付き合いだと、稲葉五郎は言っていた…

 つまり、稲葉五郎は、大場の父親、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士と、昔から仲がいいということだ…

 そして、本当は、大場の父親が、仲がいい=懇意にしているのは、稲葉五郎ではなく、先代の山田会の会長に他ならない…

 すでに、亡くなった山田会の会長と、大場小太郎代議士が、親しかったのだろう…

 選挙には、さまざまな人間の思惑が、入り乱れるというか…

 実にさまざまな人間が集う…

 その思惑というか、その本音というか目的は、多くは仕事の斡旋にある…

 議員になれば、公共工事の斡旋に関わることができる…

 要するに、誰に、公共工事の仕事を割り振るか、決める決定権を持つことができる…

 そこに、さまざまな利権が巣くう…

 大ざっぱに言えば、ヤクザが、自分の息のかかった会社に、仕事を発注させることで、簡単に儲けることができる…

 いわゆる公共工事に市場原理は、発生しない…

 普通の商品ならば、Aというスーパーで、1000円で売られていて、Bというスーパーで、900円で、売られているから、Bというスーパーで、買った方が、100円得すると、消費者は、考える。

 つまり、ここに市場原理が成立する。

 ところが、公共工事は、受注する会社も少なく、市場原理が、発生しづらい…

 市場原理とは、競争であり、競争とは、競うライバルが複数存在することで、成立する…

 しかし、そもそもライバルが少ない時点で、公共工事に市場原理は、成立しづらい…

 いわゆる、公共工事に限らず、ライバルが少ない、業界というか、製品は、市場原理が成立しづらいのだ…

 話を戻そう…

 大場の父、大場小太郎代議士が、亡くなった山田会の会長、そして、稲葉五郎と、どういう関係であったかは、推測の域は出ないが、関係というか、付き合いがあったのは、事実だろう…

 そして、この場合の焦点は、大場小太郎代議士が、山田会と接点があった…付き合いがあったと認めるか、否かだろう…

 いや、

 よしんば、山田会との付き合いを認めないまでも、次期総理総裁候補にも、名前が挙がる、大場小太郎代議士に、この黒い交際疑惑は、ひどい汚点というか…

 下手をすれば、この報道をきっかけに、次期総理総裁候補から、名前が消える可能性すらあり得る…

 私は思った。

 そして、思ったのは、誰が、大場の父親が、稲葉五郎と関係があると、マスコミにリークしたか、だ…

 普通に考えれば、政界の大場小太郎代議士のライバルがリークしたと考えるのが、一般的というか、原理原則というか…

 一番、考えられる…

 しかしながら、この報道で、痛い目に遭ったのは、稲葉五郎も同じ…

 山田会の有力組織、稲葉一家の稲葉五郎も同じだ…

 高雄の父親と、山田会の次期会長レースに臨んでいる、稲葉五郎にとっても、痛い失点となったはずだ…

 ならば、この報道は、高雄の父親の側が、マスコミにリーク=漏らしたのだろうか?

 自分が山田会の次期会長レースを勝ち抜くために、リーク=漏らしたのだろうか?

 可能性としては、考えられる。

 しかし、果たして、そこまでやるだろうか?

 ヤクザ業界のことは、わからないが、稲葉五郎は、高雄の父親のことを、兄貴と呼んで、慕っている様子だった…

 だが、だとすれば、当然、高雄の父もまた、稲葉五郎のことを嫌いなはずはない…

 一方が好きで、もう一方が嫌いという関係は、通常ありえない…

 男女の場合は、男女どちらでも、一方的に相手に思いを寄せて、その相手が、アレは嫌だとか、付き合うつもりはないと、断言することは、普通にあるが、一般の人間関係でいえば、そういうことは、あまり起こりえない…

 自分が相手を嫌えば、当然、相手も、自分を嫌う…

 それが、当たり前だ(笑)…

 自分が、その相手を好きならば、当然、なんとなく、態度に出る…

 その逆もしかり…

 嫌いでも、態度に出る(笑)…

 そして、当然のことながら、好かれれば、相手も気分が良くなるし、嫌われれば、相手も、気分が悪くなる…

 この場合、相思相愛…あるいは、蛇蝎の如く、お互い忌み嫌う関係が出来上がる…

 世の中、そういうものだ(笑)…

 人間関係とは、そういうものだ(笑)…

 話は、少し、それたが、結局、今の時点では、誰が、大場小太郎と、稲葉五郎の関係をリークしたか?

 あるいは、マスコミに漏らしたか、わからなかった…

 だが、それもまもなく、わかった…

 大場が、私に、電話をかけてきたのだ…

 まさか、大場が私に電話をかけてくるとは、思わなかった…

 電話をとったときは、思わず、なにかの間違いだと思ったほどだった…

 電話を取る前に、すでに、登録した大場の電話番号から、大場の名前が、スマホに表示されたが、正直、信じられなかった…

 なにかの間違いかもと、思った…

 なにより、私は大場と、それほど親しくはない…

 大場の父親が、ピンチであることは、私でも、わかる…

 いや、

 私に限らず、誰の目にもわかるはずだ(笑)…

 だが、そんな危機的状況の中で、大場が、私に電話をかけてくる意味がわからなかった…

 私は、正直に言って、頼りがいのある人間ではない…

 集団の中で、リーダーシップを取る人間ではない…

 むしろ、リーダーについてゆく人間だ…

 はっきり言って、頼りがいが、まるでない(笑)…

 だから、こんな状況で、大場が私に電話をかけてくる意味がわからなかった…

 が、大場の申し出は意外なものだった…

 「…もしもし、竹下さん?…」

 「…ハイ…竹下です…」

 私は、少し間を置いて、電話に出た…

 当然のことながら、電話の声は、大場のものだと思ったが、どうしても、信じられなかったからだ…

 「…しばらく…いえ、先週、杉崎実業の研修で会ったわね…」

 大場が苦笑する。

 自分でも、自分の言葉のおかしさに気付いた様子だった…

 が、逆に言えば、そんなおかしなことを、口にするほど、メンタルがやられていた…

 ずばり、精神的に追い詰められていたに相違ない…

 口調も、いつもの強気一辺倒の大場ではなかった…

 「…竹下さん…」

 大場がゆっくりと、口を開いた…

 「…ハイ…」

 私は、返答したが、内心戦々恐々だった…

 一体、大場が、なにを言い出すのか、皆目見当もつかなかったからだ…

 「…力を貸してくれない?…」

 「…ち・か・ら…?…」

 思わず、絶句した…

 一体、私に、どんな力があるというのか?

 いや、

 そもそも、なぜ、大場は私に電話をかけてきたのか?

 それが、わからない…

 疑問だ…

 普通、こんなときに、電話をかけるのは、林だろう…

 林は、大金持ちのお嬢様…

 生粋のお嬢様だ…

 お金があれば、なんでもできるとは思わないが、少なくとも、こんな危機的状況で、頼るのは、私ではなく、林…

 林に決まっている…

 だが、

 しかし、

 もしかしたら、そんなことも、わからなくなってくるほど、精神的に追い詰められているのかもしれない…

 そんなこともわからなくなるほど、精神に変調をきたしているのかもしれない…

 だが、まさか、それを口にするわけには、いかない…

 直接、大場に言うわけには、いかない…

 だから、遠慮がちに、

 「…大場さん…相手を間違えてるんじゃ…」

 と、言った。

 大場は、一瞬、

 「…」

 と、絶句したが、

 「…間違えてる? …どういう意味?…」

 と、聞いた。

 「…いえ、いいづらいんだけど、こんなときに、電話をするのは、私じゃなく、林さんじゃ…」

 「…林? …どうして、林なの?…」

 「…だって、林さんは、お金持ちでしょ?…」

 「…お金持ち?…」

 「…そう…お金持ちの林さんなら、大場さんの力になれるかと思って…」

 私の言葉に、大場は、

 「…」

 と、絶句した…

 言葉を失った…

 が、少しして、

 「…今、必要なのは、お金じゃない…」

 と、林が返答した…

 「…お金じゃない?…」

 それは、わかるが、だったら、なんで、私なんだ?

 この平凡な竹下クミなんだ?

 私は、思った…

                
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