第48話
文字数 5,637文字
…高雄の目的は、なんだ?…
私は、考える。
要するに、藤原綾乃が、邪魔だった…
だから、この部屋から、出ていかせたかった…
高雄のその言葉にウソはあるまい…
だが、
本当に、それだけか?
なにか、別の目的はないのか?
考える。
策士策に溺れる…
考え過ぎは、良くない…
なにか、裏があるのかと、勘ぐれば、勘ぐるほど、泥沼というか…
真実から、離れることが、たびたびある…
そもそも、藤原綾乃の役割はなにか?
藤原綾乃は、この杉崎実業の人事部所属の社員…
だから、今、来春、この杉崎実業に入社予定の私たち五人に対して、事前研修を行っている。
だが、その藤原綾乃の行動に、不自然な点が見られた…
ずばり、私がヤクザ界のスター、稲葉五郎に、送迎されて、この杉崎実業にやって来たときに、突然、クルマの前に現れた…
これは、当然、誰かが、藤原綾乃に、私が、稲葉五郎に送られて、やって来ることを、告げたから…
藤原綾乃が、単独で、ひとりで、行動したとは、考えられない…
当然、誰かの指示で動いていると、考えるのが、自然…
そして、今、高雄が、藤原綾乃を、意図的に、この部屋から、追い出したことから、考えると、藤原綾乃の行動は、高雄の指示を受けてではない…
だから、はっきり言えば、藤原綾乃は高雄と敵対関係かもしれない…
いや、敵対関係は言い過ぎでも、藤原綾乃は、高雄を裏切っていることになる…
なぜなら、この杉崎実業は、高雄総業の支配下にある…
高雄は、高雄総業の専務…
だから、当然、高雄の指示で、動かなければならない…
しかし、そうはなっていない…
だからこそ、今、高雄は、藤原綾乃を排除した…
そういうことだろう…
だが、これは、一体どうしてだ?
どうして、そうなったんだ?
私の頭の中で、さまざまな可能性を考える。
そのときだった…
「…竹下さん…」
と、いきなり、高雄が私の名前を呼んだ…
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…さっきは、竹下さんを睨むような真似をして、申し訳ありませんでした…」
高雄が、私に対して、深々と頭を下げた。
「…いえ…こちらこそ…」
私も、反射的に、頭を下げる。
が、
高雄に油断したわけではなかった…
警戒心を解いたわけではなかった…
ずばり、高雄は信用できない…
誰から見ても、長身の爽やかなイケメンだが、おそらく中身は、真逆とはいえないが、食えない人物であることは、間違いないからだ…
それは、大場に対する、高雄の行動からも、明らか…
すでに、大場が、なんらかの意図を持って、この杉崎実業に入社しようとしているのを、高雄は見抜いている…
それを、わざと、大場に知らせることで、大場の動きを牽制しようとしたのだろう…
そして、それは、大場のみならず、ここにいる全員…
私を含め、五人全員に警告している…
そういうことだ…
私は、思った…
高雄の行動の真意はなに?
考える…
そして、思った…
私たち五人は、同じ顔、同じ身長…
だが、本当にそうか?
大場は、父親の大場小太郎代議士のかつての当選の映像で、今よりも、数年前の若いときの映像があり、今と同じ顔をしているから、疑いはないが、私を除いて、他の三人は、わからない…
もしかしたら、整形した可能性も否定できないからだ…
そんなことはありえないと思いながらも、私は、そんなことも考えた…
…真剣勝負…
とっさに思った…
…もっとも、危険なゲームかも、しれない…
私は、考える。
この杉崎実業には、謎がある…
謎があり過ぎる。
私は、考える。
が、
結局、その日は、なにも起こらなかった…
高雄は、その後、部屋から出て行った藤原綾乃を呼び戻し、研修が再開した。
高雄自身は、すでに、部屋に戻って来ることはなかった…
要するに、高雄の目的は、藤原綾乃を部屋から追い出して、私たち五人に、警告することだったのだろう…
私を除く、四人の女たちに、
…アンタたちの目的は、見え見えだよ…
…こっちは、先刻お見通しだよ…
と、警告したかったわけだ…
大場の顔色が変わったのも、そのためだ…
そして、その警告は、ウソではなかった…
数日後、大場の父親であり、次期総理総裁候補にも、名前が挙がる、大場小太郎代議士が、逮捕されるのでは? との情報が、テレビや、新聞、ネットニュースに流れたのだ…
すぐに、逮捕というわけではないが、すでに、警察や検察が動いているという噂をわざとリーク=漏らした…
いわゆる、黒い交際疑惑…
山田会の次期会長候補の、山田会傘下の有力組織、I一家との交流が、暴露された…
I一家とは、稲葉一家…
稲葉五郎の組のことだ…
事実、稲葉五郎は、大場をあっちゃんと呼び、実に親しそうだった…
大場は、私と同年齢…
その大場とは子供の頃からの付き合いだと、稲葉五郎は言っていた…
つまり、稲葉五郎は、大場の父親、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士と、昔から仲がいいということだ…
そして、本当は、大場の父親が、仲がいい=懇意にしているのは、稲葉五郎ではなく、先代の山田会の会長に他ならない…
すでに、亡くなった山田会の会長と、大場小太郎代議士が、親しかったのだろう…
選挙には、さまざまな人間の思惑が、入り乱れるというか…
実にさまざまな人間が集う…
その思惑というか、その本音というか目的は、多くは仕事の斡旋にある…
議員になれば、公共工事の斡旋に関わることができる…
要するに、誰に、公共工事の仕事を割り振るか、決める決定権を持つことができる…
そこに、さまざまな利権が巣くう…
大ざっぱに言えば、ヤクザが、自分の息のかかった会社に、仕事を発注させることで、簡単に儲けることができる…
いわゆる公共工事に市場原理は、発生しない…
普通の商品ならば、Aというスーパーで、1000円で売られていて、Bというスーパーで、900円で、売られているから、Bというスーパーで、買った方が、100円得すると、消費者は、考える。
つまり、ここに市場原理が成立する。
ところが、公共工事は、受注する会社も少なく、市場原理が、発生しづらい…
市場原理とは、競争であり、競争とは、競うライバルが複数存在することで、成立する…
しかし、そもそもライバルが少ない時点で、公共工事に市場原理は、成立しづらい…
いわゆる、公共工事に限らず、ライバルが少ない、業界というか、製品は、市場原理が成立しづらいのだ…
話を戻そう…
大場の父、大場小太郎代議士が、亡くなった山田会の会長、そして、稲葉五郎と、どういう関係であったかは、推測の域は出ないが、関係というか、付き合いがあったのは、事実だろう…
そして、この場合の焦点は、大場小太郎代議士が、山田会と接点があった…付き合いがあったと認めるか、否かだろう…
いや、
よしんば、山田会との付き合いを認めないまでも、次期総理総裁候補にも、名前が挙がる、大場小太郎代議士に、この黒い交際疑惑は、ひどい汚点というか…
下手をすれば、この報道をきっかけに、次期総理総裁候補から、名前が消える可能性すらあり得る…
私は思った。
そして、思ったのは、誰が、大場の父親が、稲葉五郎と関係があると、マスコミにリークしたか、だ…
普通に考えれば、政界の大場小太郎代議士のライバルがリークしたと考えるのが、一般的というか、原理原則というか…
一番、考えられる…
しかしながら、この報道で、痛い目に遭ったのは、稲葉五郎も同じ…
山田会の有力組織、稲葉一家の稲葉五郎も同じだ…
高雄の父親と、山田会の次期会長レースに臨んでいる、稲葉五郎にとっても、痛い失点となったはずだ…
ならば、この報道は、高雄の父親の側が、マスコミにリーク=漏らしたのだろうか?
自分が山田会の次期会長レースを勝ち抜くために、リーク=漏らしたのだろうか?
可能性としては、考えられる。
しかし、果たして、そこまでやるだろうか?
ヤクザ業界のことは、わからないが、稲葉五郎は、高雄の父親のことを、兄貴と呼んで、慕っている様子だった…
だが、だとすれば、当然、高雄の父もまた、稲葉五郎のことを嫌いなはずはない…
一方が好きで、もう一方が嫌いという関係は、通常ありえない…
男女の場合は、男女どちらでも、一方的に相手に思いを寄せて、その相手が、アレは嫌だとか、付き合うつもりはないと、断言することは、普通にあるが、一般の人間関係でいえば、そういうことは、あまり起こりえない…
自分が相手を嫌えば、当然、相手も、自分を嫌う…
それが、当たり前だ(笑)…
自分が、その相手を好きならば、当然、なんとなく、態度に出る…
その逆もしかり…
嫌いでも、態度に出る(笑)…
そして、当然のことながら、好かれれば、相手も気分が良くなるし、嫌われれば、相手も、気分が悪くなる…
この場合、相思相愛…あるいは、蛇蝎の如く、お互い忌み嫌う関係が出来上がる…
世の中、そういうものだ(笑)…
人間関係とは、そういうものだ(笑)…
話は、少し、それたが、結局、今の時点では、誰が、大場小太郎と、稲葉五郎の関係をリークしたか?
あるいは、マスコミに漏らしたか、わからなかった…
だが、それもまもなく、わかった…
大場が、私に、電話をかけてきたのだ…
まさか、大場が私に電話をかけてくるとは、思わなかった…
電話をとったときは、思わず、なにかの間違いだと思ったほどだった…
電話を取る前に、すでに、登録した大場の電話番号から、大場の名前が、スマホに表示されたが、正直、信じられなかった…
なにかの間違いかもと、思った…
なにより、私は大場と、それほど親しくはない…
大場の父親が、ピンチであることは、私でも、わかる…
いや、
私に限らず、誰の目にもわかるはずだ(笑)…
だが、そんな危機的状況の中で、大場が、私に電話をかけてくる意味がわからなかった…
私は、正直に言って、頼りがいのある人間ではない…
集団の中で、リーダーシップを取る人間ではない…
むしろ、リーダーについてゆく人間だ…
はっきり言って、頼りがいが、まるでない(笑)…
だから、こんな状況で、大場が私に電話をかけてくる意味がわからなかった…
が、大場の申し出は意外なものだった…
「…もしもし、竹下さん?…」
「…ハイ…竹下です…」
私は、少し間を置いて、電話に出た…
当然のことながら、電話の声は、大場のものだと思ったが、どうしても、信じられなかったからだ…
「…しばらく…いえ、先週、杉崎実業の研修で会ったわね…」
大場が苦笑する。
自分でも、自分の言葉のおかしさに気付いた様子だった…
が、逆に言えば、そんなおかしなことを、口にするほど、メンタルがやられていた…
ずばり、精神的に追い詰められていたに相違ない…
口調も、いつもの強気一辺倒の大場ではなかった…
「…竹下さん…」
大場がゆっくりと、口を開いた…
「…ハイ…」
私は、返答したが、内心戦々恐々だった…
一体、大場が、なにを言い出すのか、皆目見当もつかなかったからだ…
「…力を貸してくれない?…」
「…ち・か・ら…?…」
思わず、絶句した…
一体、私に、どんな力があるというのか?
いや、
そもそも、なぜ、大場は私に電話をかけてきたのか?
それが、わからない…
疑問だ…
普通、こんなときに、電話をかけるのは、林だろう…
林は、大金持ちのお嬢様…
生粋のお嬢様だ…
お金があれば、なんでもできるとは思わないが、少なくとも、こんな危機的状況で、頼るのは、私ではなく、林…
林に決まっている…
だが、
しかし、
もしかしたら、そんなことも、わからなくなってくるほど、精神的に追い詰められているのかもしれない…
そんなこともわからなくなるほど、精神に変調をきたしているのかもしれない…
だが、まさか、それを口にするわけには、いかない…
直接、大場に言うわけには、いかない…
だから、遠慮がちに、
「…大場さん…相手を間違えてるんじゃ…」
と、言った。
大場は、一瞬、
「…」
と、絶句したが、
「…間違えてる? …どういう意味?…」
と、聞いた。
「…いえ、いいづらいんだけど、こんなときに、電話をするのは、私じゃなく、林さんじゃ…」
「…林? …どうして、林なの?…」
「…だって、林さんは、お金持ちでしょ?…」
「…お金持ち?…」
「…そう…お金持ちの林さんなら、大場さんの力になれるかと思って…」
私の言葉に、大場は、
「…」
と、絶句した…
言葉を失った…
が、少しして、
「…今、必要なのは、お金じゃない…」
と、林が返答した…
「…お金じゃない?…」
それは、わかるが、だったら、なんで、私なんだ?
この平凡な竹下クミなんだ?
私は、思った…
私は、考える。
要するに、藤原綾乃が、邪魔だった…
だから、この部屋から、出ていかせたかった…
高雄のその言葉にウソはあるまい…
だが、
本当に、それだけか?
なにか、別の目的はないのか?
考える。
策士策に溺れる…
考え過ぎは、良くない…
なにか、裏があるのかと、勘ぐれば、勘ぐるほど、泥沼というか…
真実から、離れることが、たびたびある…
そもそも、藤原綾乃の役割はなにか?
藤原綾乃は、この杉崎実業の人事部所属の社員…
だから、今、来春、この杉崎実業に入社予定の私たち五人に対して、事前研修を行っている。
だが、その藤原綾乃の行動に、不自然な点が見られた…
ずばり、私がヤクザ界のスター、稲葉五郎に、送迎されて、この杉崎実業にやって来たときに、突然、クルマの前に現れた…
これは、当然、誰かが、藤原綾乃に、私が、稲葉五郎に送られて、やって来ることを、告げたから…
藤原綾乃が、単独で、ひとりで、行動したとは、考えられない…
当然、誰かの指示で動いていると、考えるのが、自然…
そして、今、高雄が、藤原綾乃を、意図的に、この部屋から、追い出したことから、考えると、藤原綾乃の行動は、高雄の指示を受けてではない…
だから、はっきり言えば、藤原綾乃は高雄と敵対関係かもしれない…
いや、敵対関係は言い過ぎでも、藤原綾乃は、高雄を裏切っていることになる…
なぜなら、この杉崎実業は、高雄総業の支配下にある…
高雄は、高雄総業の専務…
だから、当然、高雄の指示で、動かなければならない…
しかし、そうはなっていない…
だからこそ、今、高雄は、藤原綾乃を排除した…
そういうことだろう…
だが、これは、一体どうしてだ?
どうして、そうなったんだ?
私の頭の中で、さまざまな可能性を考える。
そのときだった…
「…竹下さん…」
と、いきなり、高雄が私の名前を呼んだ…
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…さっきは、竹下さんを睨むような真似をして、申し訳ありませんでした…」
高雄が、私に対して、深々と頭を下げた。
「…いえ…こちらこそ…」
私も、反射的に、頭を下げる。
が、
高雄に油断したわけではなかった…
警戒心を解いたわけではなかった…
ずばり、高雄は信用できない…
誰から見ても、長身の爽やかなイケメンだが、おそらく中身は、真逆とはいえないが、食えない人物であることは、間違いないからだ…
それは、大場に対する、高雄の行動からも、明らか…
すでに、大場が、なんらかの意図を持って、この杉崎実業に入社しようとしているのを、高雄は見抜いている…
それを、わざと、大場に知らせることで、大場の動きを牽制しようとしたのだろう…
そして、それは、大場のみならず、ここにいる全員…
私を含め、五人全員に警告している…
そういうことだ…
私は、思った…
高雄の行動の真意はなに?
考える…
そして、思った…
私たち五人は、同じ顔、同じ身長…
だが、本当にそうか?
大場は、父親の大場小太郎代議士のかつての当選の映像で、今よりも、数年前の若いときの映像があり、今と同じ顔をしているから、疑いはないが、私を除いて、他の三人は、わからない…
もしかしたら、整形した可能性も否定できないからだ…
そんなことはありえないと思いながらも、私は、そんなことも考えた…
…真剣勝負…
とっさに思った…
…もっとも、危険なゲームかも、しれない…
私は、考える。
この杉崎実業には、謎がある…
謎があり過ぎる。
私は、考える。
が、
結局、その日は、なにも起こらなかった…
高雄は、その後、部屋から出て行った藤原綾乃を呼び戻し、研修が再開した。
高雄自身は、すでに、部屋に戻って来ることはなかった…
要するに、高雄の目的は、藤原綾乃を部屋から追い出して、私たち五人に、警告することだったのだろう…
私を除く、四人の女たちに、
…アンタたちの目的は、見え見えだよ…
…こっちは、先刻お見通しだよ…
と、警告したかったわけだ…
大場の顔色が変わったのも、そのためだ…
そして、その警告は、ウソではなかった…
数日後、大場の父親であり、次期総理総裁候補にも、名前が挙がる、大場小太郎代議士が、逮捕されるのでは? との情報が、テレビや、新聞、ネットニュースに流れたのだ…
すぐに、逮捕というわけではないが、すでに、警察や検察が動いているという噂をわざとリーク=漏らした…
いわゆる、黒い交際疑惑…
山田会の次期会長候補の、山田会傘下の有力組織、I一家との交流が、暴露された…
I一家とは、稲葉一家…
稲葉五郎の組のことだ…
事実、稲葉五郎は、大場をあっちゃんと呼び、実に親しそうだった…
大場は、私と同年齢…
その大場とは子供の頃からの付き合いだと、稲葉五郎は言っていた…
つまり、稲葉五郎は、大場の父親、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士と、昔から仲がいいということだ…
そして、本当は、大場の父親が、仲がいい=懇意にしているのは、稲葉五郎ではなく、先代の山田会の会長に他ならない…
すでに、亡くなった山田会の会長と、大場小太郎代議士が、親しかったのだろう…
選挙には、さまざまな人間の思惑が、入り乱れるというか…
実にさまざまな人間が集う…
その思惑というか、その本音というか目的は、多くは仕事の斡旋にある…
議員になれば、公共工事の斡旋に関わることができる…
要するに、誰に、公共工事の仕事を割り振るか、決める決定権を持つことができる…
そこに、さまざまな利権が巣くう…
大ざっぱに言えば、ヤクザが、自分の息のかかった会社に、仕事を発注させることで、簡単に儲けることができる…
いわゆる公共工事に市場原理は、発生しない…
普通の商品ならば、Aというスーパーで、1000円で売られていて、Bというスーパーで、900円で、売られているから、Bというスーパーで、買った方が、100円得すると、消費者は、考える。
つまり、ここに市場原理が成立する。
ところが、公共工事は、受注する会社も少なく、市場原理が、発生しづらい…
市場原理とは、競争であり、競争とは、競うライバルが複数存在することで、成立する…
しかし、そもそもライバルが少ない時点で、公共工事に市場原理は、成立しづらい…
いわゆる、公共工事に限らず、ライバルが少ない、業界というか、製品は、市場原理が成立しづらいのだ…
話を戻そう…
大場の父、大場小太郎代議士が、亡くなった山田会の会長、そして、稲葉五郎と、どういう関係であったかは、推測の域は出ないが、関係というか、付き合いがあったのは、事実だろう…
そして、この場合の焦点は、大場小太郎代議士が、山田会と接点があった…付き合いがあったと認めるか、否かだろう…
いや、
よしんば、山田会との付き合いを認めないまでも、次期総理総裁候補にも、名前が挙がる、大場小太郎代議士に、この黒い交際疑惑は、ひどい汚点というか…
下手をすれば、この報道をきっかけに、次期総理総裁候補から、名前が消える可能性すらあり得る…
私は思った。
そして、思ったのは、誰が、大場の父親が、稲葉五郎と関係があると、マスコミにリークしたか、だ…
普通に考えれば、政界の大場小太郎代議士のライバルがリークしたと考えるのが、一般的というか、原理原則というか…
一番、考えられる…
しかしながら、この報道で、痛い目に遭ったのは、稲葉五郎も同じ…
山田会の有力組織、稲葉一家の稲葉五郎も同じだ…
高雄の父親と、山田会の次期会長レースに臨んでいる、稲葉五郎にとっても、痛い失点となったはずだ…
ならば、この報道は、高雄の父親の側が、マスコミにリーク=漏らしたのだろうか?
自分が山田会の次期会長レースを勝ち抜くために、リーク=漏らしたのだろうか?
可能性としては、考えられる。
しかし、果たして、そこまでやるだろうか?
ヤクザ業界のことは、わからないが、稲葉五郎は、高雄の父親のことを、兄貴と呼んで、慕っている様子だった…
だが、だとすれば、当然、高雄の父もまた、稲葉五郎のことを嫌いなはずはない…
一方が好きで、もう一方が嫌いという関係は、通常ありえない…
男女の場合は、男女どちらでも、一方的に相手に思いを寄せて、その相手が、アレは嫌だとか、付き合うつもりはないと、断言することは、普通にあるが、一般の人間関係でいえば、そういうことは、あまり起こりえない…
自分が相手を嫌えば、当然、相手も、自分を嫌う…
それが、当たり前だ(笑)…
自分が、その相手を好きならば、当然、なんとなく、態度に出る…
その逆もしかり…
嫌いでも、態度に出る(笑)…
そして、当然のことながら、好かれれば、相手も気分が良くなるし、嫌われれば、相手も、気分が悪くなる…
この場合、相思相愛…あるいは、蛇蝎の如く、お互い忌み嫌う関係が出来上がる…
世の中、そういうものだ(笑)…
人間関係とは、そういうものだ(笑)…
話は、少し、それたが、結局、今の時点では、誰が、大場小太郎と、稲葉五郎の関係をリークしたか?
あるいは、マスコミに漏らしたか、わからなかった…
だが、それもまもなく、わかった…
大場が、私に、電話をかけてきたのだ…
まさか、大場が私に電話をかけてくるとは、思わなかった…
電話をとったときは、思わず、なにかの間違いだと思ったほどだった…
電話を取る前に、すでに、登録した大場の電話番号から、大場の名前が、スマホに表示されたが、正直、信じられなかった…
なにかの間違いかもと、思った…
なにより、私は大場と、それほど親しくはない…
大場の父親が、ピンチであることは、私でも、わかる…
いや、
私に限らず、誰の目にもわかるはずだ(笑)…
だが、そんな危機的状況の中で、大場が、私に電話をかけてくる意味がわからなかった…
私は、正直に言って、頼りがいのある人間ではない…
集団の中で、リーダーシップを取る人間ではない…
むしろ、リーダーについてゆく人間だ…
はっきり言って、頼りがいが、まるでない(笑)…
だから、こんな状況で、大場が私に電話をかけてくる意味がわからなかった…
が、大場の申し出は意外なものだった…
「…もしもし、竹下さん?…」
「…ハイ…竹下です…」
私は、少し間を置いて、電話に出た…
当然のことながら、電話の声は、大場のものだと思ったが、どうしても、信じられなかったからだ…
「…しばらく…いえ、先週、杉崎実業の研修で会ったわね…」
大場が苦笑する。
自分でも、自分の言葉のおかしさに気付いた様子だった…
が、逆に言えば、そんなおかしなことを、口にするほど、メンタルがやられていた…
ずばり、精神的に追い詰められていたに相違ない…
口調も、いつもの強気一辺倒の大場ではなかった…
「…竹下さん…」
大場がゆっくりと、口を開いた…
「…ハイ…」
私は、返答したが、内心戦々恐々だった…
一体、大場が、なにを言い出すのか、皆目見当もつかなかったからだ…
「…力を貸してくれない?…」
「…ち・か・ら…?…」
思わず、絶句した…
一体、私に、どんな力があるというのか?
いや、
そもそも、なぜ、大場は私に電話をかけてきたのか?
それが、わからない…
疑問だ…
普通、こんなときに、電話をかけるのは、林だろう…
林は、大金持ちのお嬢様…
生粋のお嬢様だ…
お金があれば、なんでもできるとは思わないが、少なくとも、こんな危機的状況で、頼るのは、私ではなく、林…
林に決まっている…
だが、
しかし、
もしかしたら、そんなことも、わからなくなってくるほど、精神的に追い詰められているのかもしれない…
そんなこともわからなくなるほど、精神に変調をきたしているのかもしれない…
だが、まさか、それを口にするわけには、いかない…
直接、大場に言うわけには、いかない…
だから、遠慮がちに、
「…大場さん…相手を間違えてるんじゃ…」
と、言った。
大場は、一瞬、
「…」
と、絶句したが、
「…間違えてる? …どういう意味?…」
と、聞いた。
「…いえ、いいづらいんだけど、こんなときに、電話をするのは、私じゃなく、林さんじゃ…」
「…林? …どうして、林なの?…」
「…だって、林さんは、お金持ちでしょ?…」
「…お金持ち?…」
「…そう…お金持ちの林さんなら、大場さんの力になれるかと思って…」
私の言葉に、大場は、
「…」
と、絶句した…
言葉を失った…
が、少しして、
「…今、必要なのは、お金じゃない…」
と、林が返答した…
「…お金じゃない?…」
それは、わかるが、だったら、なんで、私なんだ?
この平凡な竹下クミなんだ?
私は、思った…