第92話
文字数 6,334文字
当たり前だが、あの松尾会会長、松尾聡(さとし)が、撃たれたことも、今回の杉崎実業が、中国に、不正に、機械を輸出した捜査の一環というか…
その過程で、起きた事件だった…
松尾聡(さとし)は、公安=大場小太郎代議士と、中国政府、どっちに繋がっているか、よくわからなかった…
はっきり言えば、松尾聡(さとし)という男の力の源泉がわからなかった…
松尾会は、すでに、何度か、説明したように、暴力団の中でも、決して大きくはない…
規模で、言えば、中堅の組織だ…
ただ、松尾聡(さとし)そのものが、戦国の時代の知将、黒田如水に例えられるほどのやり手だったことも、あり、その能力は、抜きん出ていた…
しかしながら、いかに松尾諭(さとし)が、やり手でも、当たり前だが、自分一人の力は、たかが知れている…
松尾聡(さとし)が、優れていたのは、むしろ、自分の背後関係を決して、明かさないことだった…
松尾聡(さとし)の背後には、誰か、大物のバックが付いているとか、さまざまな政治家に異常なまでに、食い込んでいるとか、噂は、多数あった…
だが、松尾自身に、そんな周囲の噂を直(じか)にぶつけても、ただニコニコ笑って、周囲の噂をけむに巻いてた…
決して、真実を明かさなかった…
松尾聡(さとし)が、巧みだったのは、決して、真実を明かさないことで、実際以上に、自分自身を大きく見せる術(すべ)を、心得ていたことだ…
噂は、噂を呼ぶ…
ありていに言えば、話というものは、どんどん大きくなる…
話が膨らむのだ…
尾ひれが山のようについて、真実とは、似ても似つかぬ話になる…
松尾は、それを楽しんでいた…
実を言えば、松尾自身には、当初は、それほどのバックもなかった…
最初は、誰でも、そうだが、どこにでもいるチンピラの一人だった…
ただ、頭が切れたので、頭角を現し、いつのまにか、ヤクザ界で、注目を浴びることになった…
そして、松尾、最大の武器…
それは、雰囲気だった…
例えば、役者で、言えば、勝新太郎を思い浮かべればいい…
さすがに、あそこまでの雰囲気はないが、やはり、その威圧感というか、存在感に周囲の者は、圧倒された…
そして、周囲の者の質問をけむに巻く…
わかっていても、わざと答えなかったり、答えても、明らかに、わかるウソを言ったり、する…
だが、それだけでは、当然、相手が怒るから、真実もまた織り交ぜる…
そんなふうに、敢えて言えば、芸といっては、失礼だが、松尾聡(さとし)自身の生まれ持ったキャラクターが、より一層、松尾自身を大きく見せることに役立った…
実際の松尾自身は、御多分に洩れず、同世代のヤクザにありがちな、貧しい庶民の出だった…
松尾自身は、後にヤクザになる者の大半が、そうであるように、カラダが大きく、ケンカが強かった…
ただ、何度も言うように、松尾自身は、頭が切れた…
いわゆる、学校の勉強とは、違う頭の良さを持って生まれた…
それに、勝新太郎ではないが、松尾自身の圧倒的な存在力…
それを武器に、ヤクザ界で、のし上がった…
ただし、松尾自身には、本当は、大したバックはいなかった…
あくまで、ポーズ…
いろんな噂で、自分自身を大きく見せる術(すべ)を心得ていたことだ…
あの大場小太郎代議士との関係もそうだった…
大場小太郎自身は、同じく政治家だった父親が、国家公安委員長をしていた関係から、ヤクザを見張る意味で、亡くなった山田会の古賀会長や、松尾会の松尾聡(さとし)とも、親しくしていたが、それを、松尾自身は、大げさに喧伝(けんでん)した…
自分自身の武器にした…
そうすることで、自分自身を実際以上に、大きく見せることが、わかっていたからだ…
ただし、当たり前だが、それが、虚飾に過ぎないと、気付いた者もいた…
その一人が、亡くなった古賀会長だった…
が、
それを、周囲に、打ち明けることもなかった…
変に、その事実を暴露することで、松尾会を敵に回すのは、得策ではないし、無用に敵を作ることになる…
松尾会は、大きくはないが、やはり、松尾聡(さとし)は、侮れない…
なにを、しでかすか、わからないからだ…
ただ、一部の者には、そのことを打ち明けていた…
その一人が、稲葉五郎だった…
だから、稲葉五郎は、食わせ者と、松尾聡(さとし)を、喝破(かっぱ)したのだ…
そして、肝心の今回の松尾会長を襲った銃撃…
これは、松尾会長の自作自演だった…
松尾会会長は、高雄の父?を通じ、杉崎実業のおおよその犯罪には、気付いていた…
そして、それに一枚噛もうと、画策した…
現実に、人見人事部長が、キーマンであることを、喝破して、人見に接触しようとした…
しかし、それがいけなかった…
松尾の送り出した松尾会の若い衆が、中国から送られてきた工作員に襲われたのだ…
当たり前だが、ヤクザ者に、プロの工作員に勝つ能力はない…
相手は、国家が養成したプロの工作員だ…
拳銃をはじめ、体術、いわゆる、柔道や空手をマスターしている…
松尾自身は、人見が、中国政府の傀儡(かいらい)になっていることは、掴んでいたが、中国政府の反撃というか、行動が、松尾の想像を超えて、早かった…
しかも、凄惨だった…
松尾は、その報告を聞いて、すっかり意気消沈してしまった…
手を出してはいけないものに、手を出したことを悟り、すぐに身の安全を考えた…
それが、銃撃だった…
自分自身が、襲われたことを、自作自演して、病院に逃げ込むことを、思いついた…
それに、もし、警察が、犯人を捕まえることを前提に、捜査にくれば、杉崎実業と、中国政府の繋がりを匂わせれば、いい…
そうすれば、腰が引けるのは、わかっている…
警察が、独自に対処できる話ではなくなってくるからだ…
まさに、食わせ者…
したたかな食わせ者だった…
そして、それが、松尾聡(さとし)という男だった…
それを見抜いているからこそ、稲葉五郎は、松尾聡(さとし)を、嫌っていた…
そして、松尾自身も、稲葉五郎が、自分を嫌っていることに、当然、気付いていた…
誰でも、そうだが、相手が自分を好きか、否かは、なんとなくわかるものだ(笑)…
子供ではないのだから、あからさまに態度に出すことはないが、それでも、自分を好きか、嫌いかは、なんとなく、態度でわかる…
あの日、私が、高雄の父? と、大場小太郎代議士、さらには、あの松尾聡(さとし)が、いる席に、稲葉五郎が、いなかったのは、なにより、稲葉五郎が、松尾聡(さとし)を嫌っているのが、わかっていたからだ…
松尾聡(さとし)が、呼んでも、稲葉五郎は、よほどのことがなければ、来ないことは、わかっている…
また、高雄の父? を呼び出すことで、稲葉五郎が、高雄の父? に、
「…兄貴…どうして、あんなヤツと付き合うんだ?…」
と、文句を言うに決まっている…
だから、松尾聡(さとし)は、稲葉五郎を呼ばなかった…
また、高雄の父? を呼んだのは、他でもない、杉崎実業について、訊きたかったからだ…
杉崎実業は、高雄の父の会社、高雄総業の支配下にある…
実質、杉崎実業の株を買い占めたからだ…
それゆえ、悠(ゆう)は、あの若さで、杉崎実業の取締役になれたのだ…
これは、敢えて、説明する必要は、なかったかもしれない…
すでに、周知の事実だからだ…
あの席で、松尾聡(さとし)は、私と、大場代議士を呼び出す前に、根掘り葉掘り、高雄の父から、杉崎実業について、訊き出そうとした…
しかし、高雄の父も、当たり前だが、バカではない…
松尾聡(さとし)の狙いは、読めたが、真摯に対応することなく、適当に流した…
実際は、あの人見が、中国政府のスパイになっていることまでは、掴んだが、高雄組としては、それ以上、動かなかったというか、追求しなかった…
藪をつついて蛇を出すという言葉の通り、人見に手を出せば、どうなるか、わからないからだ…
中国政府が動くのは、わかっていたが、どう動くのか、読めなかった…
また、人見に接して、どのくらいの時間で、中国政府が対処するのかも、読めなかった…
ヤクザというものは、一般の人間が考えるよりも、行動に慎重な場合が、多い…
慎重=臆病である…
そして、それは、悪口ではなく、むしろ称賛されるものだった…
匹夫の勇ではないが、勝算もなく、ただ行動を起こすほど、バカなことはない…
高雄の父は、以前、私、竹下クミに会ったときに、語ったように、何事にも慎重な男だった…
それゆえ、これまで、チャンスを何度も逃してきた…
初めて、私に会った時に、高雄の父は、私に、そう語った…
アレは、ウソでもなんでもなかった…
事実だった…
危ない橋は渡らない…
それが、高雄の父だった…
だから、高雄組は、人見に手を出さなかった…
が、
松尾聡(さとし)は、違った…
人見に手を出してしまった…
それが、失敗だった…
思ったよりも、松尾聡(さとし)が、やり手でないことを、露呈した瞬間でもあった…
有能でないことを、図らずも、周囲に知らせてしまった…
いや、
以前は、有能だったのだろう…
どうひいき目に見ても、有能でなければ、松尾会というヤクザ組織を率いることは、できないからだ…
ただ、歳をとって、その嗅覚というか、判断力が衰えたのかもしれない…
残念ながら、歳を取って、判断力が、衰えるケースは、枚挙に暇(いとま)がない…
昔は、戦国武将が良い例だったが、現在は、政治家や経営者に身近に多く見られる…
歳を取って、周囲の風や、世間の声が読めなくなってきている…
それで、経営者でいえば、判断ミスで、会社に損害を与えたり、政治家でいえば、周囲の風が読めなくなり、政界での、みずからの威光が消えてゆく…
残念ながら、そんなケースが多い…
松尾聡(さとし)も、同じだった…
この後、衰えを見せた、松尾聡(さとし)率いる松尾会に他のヤクザ組織が、攻撃してくることは、目に見えてる…
ヤクザは弱肉強食だ…
例え、時代が、暴対法の時代になっても、それは、変わらない…
後に、稲葉五郎が、そう、私に告げた…
私は、ただ唖然として、それらの報道を見ていた…
私の知った人物が、テレビや新聞、ネットで、報道される…
それが、ある種、不思議な感覚だった…
誰もがそうだが、自分の見知った人間が、テレビや新聞で、報道されることは、まずない…
私は、稲葉五郎や、大場小太郎代議士たちと、知り合ってから、以前も今回のように、報道されたことは、あったが、今回は、規模が違った…
なにより、他国=中国が関わったことは、驚きだった…
が、
当然のことながら、それ以上に、杉崎実業が、それに関わったことが、私にとって、一番の衝撃だった…
なにしろ、私の就職先だ…
唯一、内定した会社だ…
これでは、私の就職は、一体どうなるんだ?
普通に考えれば、就職=入社どころではないだろう…
なにしろ、国に隠れて、中国に、製品を輸出したのだ…
この行為に、アメリカもまたカンカンだ…
日本政府としても、アメリカの手前、杉崎実業を見過ごすことはできないだろう…
なんらかの処分を加えることになるに違いない…
そして、それは、数年後に、倒産の引き金を引いたと思われるほど、厳しい処分になるかもしれない…
会社の存続に関わる処分になるだろう…
が、
これら行為の相手である、中国政府は、当然のことながら、一切、それらの事実を認めなかった…
事実無根の一点張りだった…
この発表は、ある意味、予想通りと言うか、誰もが、わかっていたことだった(笑)…
ただ、事実上、私の就職がなくなったのも、同然だった…
内定が消えた瞬間でもあった…
私は、ただ、ただ、唖然とした…
どうして、いいか、わからなかった…
私は、呆然としていたが、一方で、私は、現実家でもあった…
とりあえず、働かなければ、ならない…
先のことは、考えても仕方がない…
ある意味、腹をくくったというか…
以前も書いたが、もはや、悩んでも仕方がなかった…
すでに、今年の就活は、終わっている…
終了している…
だから、今さら、就活=就職活動を続けても、まともな会社に就職できるわけはない(涙)…
と、なると、残る、選択肢は、二つだけ…
これも、以前も、書いたが、就職も決めずに、大学を卒業するか?
あるいは、
大学を卒業して、いわゆる、無職、あるいは、バイトを続けながら、就職先を探すのか?
の、二択だ…
ただし、大学を留年するには、お金がかかる…
授業料がかかる…
ウチは、決して、裕福ではない…
ハッキリ言って、留年することは、難しい…
両親に許可をもらって、いくらかの金額を援助してもらい、残りを私自身が、バイトして、学費を稼がなければ、ならない…
だが、それは、苦痛でしかないかもしれない…
なぜなら、それほどまでしても、来年、就職できるか、どうかは、わからないからだ(涙)…
就活が成功するかどうかは、わからないからだ(涙)…
お金をかけて、留年してまで、就活をして、就活がうまくいかなければ、なんのために、留年したのか、わからない…
また、実際問題、留年すれば、どうして、留年したのか、面接で、聞かれるだろう…
まさか、前年、就活がうまくいかなかったから、留年しましたと、馬鹿正直に、言うわけにはいかない…
しかし、当然、企業の面接者は、それを見抜いているだろう…
となると、やはり、留年しても、同じ?
ならば、このまま、卒業して、無職、あるいは、フリーターの身分で、就活を続けたほうが、いいのだろうか?
私は、悩んだ…
悩みながら、コンビニの仕事を続けた…
いつものことだった(涙)…
この展開は、以前にもあった(笑)…
ただ、今度ばかりは、本当に、追い詰められていた…
なにしろ、内定を頂いた、唯一の会社、杉崎実業に、警察の家宅捜索が入ったのだ…
これでは、来年の就職どころでは、ない…
しかも、捜査は、中国への、不正輸出…
東証一部上場とはいえ、世間的には、無名の中堅商社に過ぎない、杉崎実業で、倒産も免れないかもしれない…
しかも、
しかも、だ…
それに、追い打ちをかけるように、杉崎実業に出資しているのが、高雄組であることが、バレた…
報道された…
これは、私にとって、想定外だったが、ある意味、当たり前…
これほど、世間で、杉崎実業が、報道されているのだから、その背後というか、資本関係がバレるのも、時間の問題だった…
ヤクザのフロント企業と、バレるのも、時間の問題だった…
そして、それが、致命傷だった…
もはや、立ち直ることができない致命傷だった…
これで、杉崎実業の再建は、困難だろう…
なにしろ、ヤクザのフロント企業であることが、バレたのだ…
世間に知られたのだ…
事実上、私の内定が吹き飛んだ瞬間だった…
ただ一つの、内定先が、なくなった瞬間だった…
私は、ただ茫然自失になった…
頭の中が、真っ白になった…
ただ、その一方で、これも何度も言うが、コンビニでのバイトに力を入れた…
もはや、私の残された手段は、とりあえず、ここで働いて、金を稼ぐしかなかったからだ…
私は、がむしゃらに働いた…
無我夢中で働いた…
すべてを忘れて、仕事に没頭した…
仕事に没頭することで、すべてを忘れたかった…
杉崎実業のこと…
高雄(ゆう)のこと…
稲葉五郎のこと…
そして、
私の将来のこと…
そんな諸々(もろもろ)のことを忘れたかった…
その過程で、起きた事件だった…
松尾聡(さとし)は、公安=大場小太郎代議士と、中国政府、どっちに繋がっているか、よくわからなかった…
はっきり言えば、松尾聡(さとし)という男の力の源泉がわからなかった…
松尾会は、すでに、何度か、説明したように、暴力団の中でも、決して大きくはない…
規模で、言えば、中堅の組織だ…
ただ、松尾聡(さとし)そのものが、戦国の時代の知将、黒田如水に例えられるほどのやり手だったことも、あり、その能力は、抜きん出ていた…
しかしながら、いかに松尾諭(さとし)が、やり手でも、当たり前だが、自分一人の力は、たかが知れている…
松尾聡(さとし)が、優れていたのは、むしろ、自分の背後関係を決して、明かさないことだった…
松尾聡(さとし)の背後には、誰か、大物のバックが付いているとか、さまざまな政治家に異常なまでに、食い込んでいるとか、噂は、多数あった…
だが、松尾自身に、そんな周囲の噂を直(じか)にぶつけても、ただニコニコ笑って、周囲の噂をけむに巻いてた…
決して、真実を明かさなかった…
松尾聡(さとし)が、巧みだったのは、決して、真実を明かさないことで、実際以上に、自分自身を大きく見せる術(すべ)を、心得ていたことだ…
噂は、噂を呼ぶ…
ありていに言えば、話というものは、どんどん大きくなる…
話が膨らむのだ…
尾ひれが山のようについて、真実とは、似ても似つかぬ話になる…
松尾は、それを楽しんでいた…
実を言えば、松尾自身には、当初は、それほどのバックもなかった…
最初は、誰でも、そうだが、どこにでもいるチンピラの一人だった…
ただ、頭が切れたので、頭角を現し、いつのまにか、ヤクザ界で、注目を浴びることになった…
そして、松尾、最大の武器…
それは、雰囲気だった…
例えば、役者で、言えば、勝新太郎を思い浮かべればいい…
さすがに、あそこまでの雰囲気はないが、やはり、その威圧感というか、存在感に周囲の者は、圧倒された…
そして、周囲の者の質問をけむに巻く…
わかっていても、わざと答えなかったり、答えても、明らかに、わかるウソを言ったり、する…
だが、それだけでは、当然、相手が怒るから、真実もまた織り交ぜる…
そんなふうに、敢えて言えば、芸といっては、失礼だが、松尾聡(さとし)自身の生まれ持ったキャラクターが、より一層、松尾自身を大きく見せることに役立った…
実際の松尾自身は、御多分に洩れず、同世代のヤクザにありがちな、貧しい庶民の出だった…
松尾自身は、後にヤクザになる者の大半が、そうであるように、カラダが大きく、ケンカが強かった…
ただ、何度も言うように、松尾自身は、頭が切れた…
いわゆる、学校の勉強とは、違う頭の良さを持って生まれた…
それに、勝新太郎ではないが、松尾自身の圧倒的な存在力…
それを武器に、ヤクザ界で、のし上がった…
ただし、松尾自身には、本当は、大したバックはいなかった…
あくまで、ポーズ…
いろんな噂で、自分自身を大きく見せる術(すべ)を心得ていたことだ…
あの大場小太郎代議士との関係もそうだった…
大場小太郎自身は、同じく政治家だった父親が、国家公安委員長をしていた関係から、ヤクザを見張る意味で、亡くなった山田会の古賀会長や、松尾会の松尾聡(さとし)とも、親しくしていたが、それを、松尾自身は、大げさに喧伝(けんでん)した…
自分自身の武器にした…
そうすることで、自分自身を実際以上に、大きく見せることが、わかっていたからだ…
ただし、当たり前だが、それが、虚飾に過ぎないと、気付いた者もいた…
その一人が、亡くなった古賀会長だった…
が、
それを、周囲に、打ち明けることもなかった…
変に、その事実を暴露することで、松尾会を敵に回すのは、得策ではないし、無用に敵を作ることになる…
松尾会は、大きくはないが、やはり、松尾聡(さとし)は、侮れない…
なにを、しでかすか、わからないからだ…
ただ、一部の者には、そのことを打ち明けていた…
その一人が、稲葉五郎だった…
だから、稲葉五郎は、食わせ者と、松尾聡(さとし)を、喝破(かっぱ)したのだ…
そして、肝心の今回の松尾会長を襲った銃撃…
これは、松尾会長の自作自演だった…
松尾会会長は、高雄の父?を通じ、杉崎実業のおおよその犯罪には、気付いていた…
そして、それに一枚噛もうと、画策した…
現実に、人見人事部長が、キーマンであることを、喝破して、人見に接触しようとした…
しかし、それがいけなかった…
松尾の送り出した松尾会の若い衆が、中国から送られてきた工作員に襲われたのだ…
当たり前だが、ヤクザ者に、プロの工作員に勝つ能力はない…
相手は、国家が養成したプロの工作員だ…
拳銃をはじめ、体術、いわゆる、柔道や空手をマスターしている…
松尾自身は、人見が、中国政府の傀儡(かいらい)になっていることは、掴んでいたが、中国政府の反撃というか、行動が、松尾の想像を超えて、早かった…
しかも、凄惨だった…
松尾は、その報告を聞いて、すっかり意気消沈してしまった…
手を出してはいけないものに、手を出したことを悟り、すぐに身の安全を考えた…
それが、銃撃だった…
自分自身が、襲われたことを、自作自演して、病院に逃げ込むことを、思いついた…
それに、もし、警察が、犯人を捕まえることを前提に、捜査にくれば、杉崎実業と、中国政府の繋がりを匂わせれば、いい…
そうすれば、腰が引けるのは、わかっている…
警察が、独自に対処できる話ではなくなってくるからだ…
まさに、食わせ者…
したたかな食わせ者だった…
そして、それが、松尾聡(さとし)という男だった…
それを見抜いているからこそ、稲葉五郎は、松尾聡(さとし)を、嫌っていた…
そして、松尾自身も、稲葉五郎が、自分を嫌っていることに、当然、気付いていた…
誰でも、そうだが、相手が自分を好きか、否かは、なんとなくわかるものだ(笑)…
子供ではないのだから、あからさまに態度に出すことはないが、それでも、自分を好きか、嫌いかは、なんとなく、態度でわかる…
あの日、私が、高雄の父? と、大場小太郎代議士、さらには、あの松尾聡(さとし)が、いる席に、稲葉五郎が、いなかったのは、なにより、稲葉五郎が、松尾聡(さとし)を嫌っているのが、わかっていたからだ…
松尾聡(さとし)が、呼んでも、稲葉五郎は、よほどのことがなければ、来ないことは、わかっている…
また、高雄の父? を呼び出すことで、稲葉五郎が、高雄の父? に、
「…兄貴…どうして、あんなヤツと付き合うんだ?…」
と、文句を言うに決まっている…
だから、松尾聡(さとし)は、稲葉五郎を呼ばなかった…
また、高雄の父? を呼んだのは、他でもない、杉崎実業について、訊きたかったからだ…
杉崎実業は、高雄の父の会社、高雄総業の支配下にある…
実質、杉崎実業の株を買い占めたからだ…
それゆえ、悠(ゆう)は、あの若さで、杉崎実業の取締役になれたのだ…
これは、敢えて、説明する必要は、なかったかもしれない…
すでに、周知の事実だからだ…
あの席で、松尾聡(さとし)は、私と、大場代議士を呼び出す前に、根掘り葉掘り、高雄の父から、杉崎実業について、訊き出そうとした…
しかし、高雄の父も、当たり前だが、バカではない…
松尾聡(さとし)の狙いは、読めたが、真摯に対応することなく、適当に流した…
実際は、あの人見が、中国政府のスパイになっていることまでは、掴んだが、高雄組としては、それ以上、動かなかったというか、追求しなかった…
藪をつついて蛇を出すという言葉の通り、人見に手を出せば、どうなるか、わからないからだ…
中国政府が動くのは、わかっていたが、どう動くのか、読めなかった…
また、人見に接して、どのくらいの時間で、中国政府が対処するのかも、読めなかった…
ヤクザというものは、一般の人間が考えるよりも、行動に慎重な場合が、多い…
慎重=臆病である…
そして、それは、悪口ではなく、むしろ称賛されるものだった…
匹夫の勇ではないが、勝算もなく、ただ行動を起こすほど、バカなことはない…
高雄の父は、以前、私、竹下クミに会ったときに、語ったように、何事にも慎重な男だった…
それゆえ、これまで、チャンスを何度も逃してきた…
初めて、私に会った時に、高雄の父は、私に、そう語った…
アレは、ウソでもなんでもなかった…
事実だった…
危ない橋は渡らない…
それが、高雄の父だった…
だから、高雄組は、人見に手を出さなかった…
が、
松尾聡(さとし)は、違った…
人見に手を出してしまった…
それが、失敗だった…
思ったよりも、松尾聡(さとし)が、やり手でないことを、露呈した瞬間でもあった…
有能でないことを、図らずも、周囲に知らせてしまった…
いや、
以前は、有能だったのだろう…
どうひいき目に見ても、有能でなければ、松尾会というヤクザ組織を率いることは、できないからだ…
ただ、歳をとって、その嗅覚というか、判断力が衰えたのかもしれない…
残念ながら、歳を取って、判断力が、衰えるケースは、枚挙に暇(いとま)がない…
昔は、戦国武将が良い例だったが、現在は、政治家や経営者に身近に多く見られる…
歳を取って、周囲の風や、世間の声が読めなくなってきている…
それで、経営者でいえば、判断ミスで、会社に損害を与えたり、政治家でいえば、周囲の風が読めなくなり、政界での、みずからの威光が消えてゆく…
残念ながら、そんなケースが多い…
松尾聡(さとし)も、同じだった…
この後、衰えを見せた、松尾聡(さとし)率いる松尾会に他のヤクザ組織が、攻撃してくることは、目に見えてる…
ヤクザは弱肉強食だ…
例え、時代が、暴対法の時代になっても、それは、変わらない…
後に、稲葉五郎が、そう、私に告げた…
私は、ただ唖然として、それらの報道を見ていた…
私の知った人物が、テレビや新聞、ネットで、報道される…
それが、ある種、不思議な感覚だった…
誰もがそうだが、自分の見知った人間が、テレビや新聞で、報道されることは、まずない…
私は、稲葉五郎や、大場小太郎代議士たちと、知り合ってから、以前も今回のように、報道されたことは、あったが、今回は、規模が違った…
なにより、他国=中国が関わったことは、驚きだった…
が、
当然のことながら、それ以上に、杉崎実業が、それに関わったことが、私にとって、一番の衝撃だった…
なにしろ、私の就職先だ…
唯一、内定した会社だ…
これでは、私の就職は、一体どうなるんだ?
普通に考えれば、就職=入社どころではないだろう…
なにしろ、国に隠れて、中国に、製品を輸出したのだ…
この行為に、アメリカもまたカンカンだ…
日本政府としても、アメリカの手前、杉崎実業を見過ごすことはできないだろう…
なんらかの処分を加えることになるに違いない…
そして、それは、数年後に、倒産の引き金を引いたと思われるほど、厳しい処分になるかもしれない…
会社の存続に関わる処分になるだろう…
が、
これら行為の相手である、中国政府は、当然のことながら、一切、それらの事実を認めなかった…
事実無根の一点張りだった…
この発表は、ある意味、予想通りと言うか、誰もが、わかっていたことだった(笑)…
ただ、事実上、私の就職がなくなったのも、同然だった…
内定が消えた瞬間でもあった…
私は、ただ、ただ、唖然とした…
どうして、いいか、わからなかった…
私は、呆然としていたが、一方で、私は、現実家でもあった…
とりあえず、働かなければ、ならない…
先のことは、考えても仕方がない…
ある意味、腹をくくったというか…
以前も書いたが、もはや、悩んでも仕方がなかった…
すでに、今年の就活は、終わっている…
終了している…
だから、今さら、就活=就職活動を続けても、まともな会社に就職できるわけはない(涙)…
と、なると、残る、選択肢は、二つだけ…
これも、以前も、書いたが、就職も決めずに、大学を卒業するか?
あるいは、
大学を卒業して、いわゆる、無職、あるいは、バイトを続けながら、就職先を探すのか?
の、二択だ…
ただし、大学を留年するには、お金がかかる…
授業料がかかる…
ウチは、決して、裕福ではない…
ハッキリ言って、留年することは、難しい…
両親に許可をもらって、いくらかの金額を援助してもらい、残りを私自身が、バイトして、学費を稼がなければ、ならない…
だが、それは、苦痛でしかないかもしれない…
なぜなら、それほどまでしても、来年、就職できるか、どうかは、わからないからだ(涙)…
就活が成功するかどうかは、わからないからだ(涙)…
お金をかけて、留年してまで、就活をして、就活がうまくいかなければ、なんのために、留年したのか、わからない…
また、実際問題、留年すれば、どうして、留年したのか、面接で、聞かれるだろう…
まさか、前年、就活がうまくいかなかったから、留年しましたと、馬鹿正直に、言うわけにはいかない…
しかし、当然、企業の面接者は、それを見抜いているだろう…
となると、やはり、留年しても、同じ?
ならば、このまま、卒業して、無職、あるいは、フリーターの身分で、就活を続けたほうが、いいのだろうか?
私は、悩んだ…
悩みながら、コンビニの仕事を続けた…
いつものことだった(涙)…
この展開は、以前にもあった(笑)…
ただ、今度ばかりは、本当に、追い詰められていた…
なにしろ、内定を頂いた、唯一の会社、杉崎実業に、警察の家宅捜索が入ったのだ…
これでは、来年の就職どころでは、ない…
しかも、捜査は、中国への、不正輸出…
東証一部上場とはいえ、世間的には、無名の中堅商社に過ぎない、杉崎実業で、倒産も免れないかもしれない…
しかも、
しかも、だ…
それに、追い打ちをかけるように、杉崎実業に出資しているのが、高雄組であることが、バレた…
報道された…
これは、私にとって、想定外だったが、ある意味、当たり前…
これほど、世間で、杉崎実業が、報道されているのだから、その背後というか、資本関係がバレるのも、時間の問題だった…
ヤクザのフロント企業と、バレるのも、時間の問題だった…
そして、それが、致命傷だった…
もはや、立ち直ることができない致命傷だった…
これで、杉崎実業の再建は、困難だろう…
なにしろ、ヤクザのフロント企業であることが、バレたのだ…
世間に知られたのだ…
事実上、私の内定が吹き飛んだ瞬間だった…
ただ一つの、内定先が、なくなった瞬間だった…
私は、ただ茫然自失になった…
頭の中が、真っ白になった…
ただ、その一方で、これも何度も言うが、コンビニでのバイトに力を入れた…
もはや、私の残された手段は、とりあえず、ここで働いて、金を稼ぐしかなかったからだ…
私は、がむしゃらに働いた…
無我夢中で働いた…
すべてを忘れて、仕事に没頭した…
仕事に没頭することで、すべてを忘れたかった…
杉崎実業のこと…
高雄(ゆう)のこと…
稲葉五郎のこと…
そして、
私の将来のこと…
そんな諸々(もろもろ)のことを忘れたかった…