第140話

文字数 4,656文字

 もしかして、この大場敦子が、父親の大場代議士を刺した?

 私は、その可能性に気付いた…

 それは、驚きだった…

 そして、次に、恐怖が襲ってきた…

 このマンションという密室で、大場代議士を刺したかもしれない、娘の敦子といっしょにいるのだ…

 下手をすると、私も刺されるかもしれない…

 そんな恐怖だった…

 そして、思った…

 この高雄…

 高雄悠(ゆう)は、その可能性に気付いているのだろうか?

 もしかしたら、自分を今、匿っている、娘の敦子こそ、父親の大場代議士を刺した犯人かもしれない事実に気付いているのだろうか?

 私は、思った…

 そして、それを考えると、心臓が、バクバクした…

 当たり前だ…

 父親を刺したかもしれない犯人と、いっしょに一つ部屋にいるのだ…

 密室にいるのだ…

 これから、どうなるか、わからない…

 下手をすれば、殺されるかもしれない…

 一体、私は、どうすれば?

 ふいに、気付いた…

 というか、

 悩んだ…

 大場の過去の発言から、大場がウソをついたことを、追及することはできる…

 問い詰めることはできる…

 しかしながら、ここは、密室…

 私は、逃げ出すことができない…

 ここには、私と、大場、そして、高雄悠(ゆう)の3人しかいない…

 しかも、

 しかも、だ…

 仮に、私が、大場こそ父親を刺した犯人だと問い詰めて、大場が認めたとする…

 が、

 その後はどうなる?

 私と大場のつかみ合いのバトルになるのではないか?

 そして、問題は、高雄…高雄悠(ゆう)の存在だ…

 仮に、私と大場が、この場で、バトルを繰り広げた場合、高雄が、どっちにつくか? だ…

 普通に考えれば、昨日、今日、知り合った私よりも、大場を優遇するというか、大場の味方になる確率の方が、遥かに高い…

 なにしろ、高雄と大場は幼馴染(おさななじみ)だからだ…

 すると、どうだ?

 高雄と大場がタッグを組んで、私とバトルを繰り広げる…

 一対二

 誰が、どうみても、私に勝ち目はまるでない(涙)…

 私は、考える…

 だったら、一体、どうすれば?

 私は、悩んだ…

 文字通り、悩みまくった…

 そんな私を見て、

 「…どうしたの? 竹下さん、黙っちゃって…」

 と、大場が聞いてきた…

 そして、高雄悠(ゆう)を見て、

 「…そうよね…逃亡中の悠(ゆう)さんが、ここにいるなんて、想像もつかないものね…」

 と、笑った…

 私は、なんと言っていいか、わからなかった…

 ホントは、怖いのは、この悠(ゆう)ではなく、アンタ…

 大場敦子、アンタだ!

 そう言ってやりたかった…

 でも、できなかった(涙)…

 どうすればいい?

 私は、悩んだ…

 電話だ…

 とっさに、思った…

 ここに、逃亡犯の高雄悠(ゆう)がいる…

 そう、警察に電話をすればいい…

 そうすれば、すぐに、警察が来てくれるに違いない…

 なにしろ、大場代議士を刺した逃亡犯の高雄悠(ゆう)がここにいると、言えば、警察もすぐに飛んでくるに違いない…

 そして、その後に、私が、思った疑問…

 つまり、高雄悠(ゆう)は刺してなくて、刺したのは、娘の敦子かもしれないと言えばいい…

 そう思った…

 が、

 やはり、それは、できない…

 なぜなら、今、私は、高雄悠(ゆう)と、大場といっしょにいる…

 だから、仮に、私が、家に電話すると言っても、二人とも、電話を許さない可能性が高い…

 警察に通報されると困るからだ…

 もし、電話をかけるにしても、二人の目の前で、かけてくれと、言われるに決まっている…

 二人の立場ならば、当たり前だ…

 警察に通報でもされたから、困るからだ…

 私は、思った…

 だったら、一体どうすれば?

 どうすればいい?

 考える…

 そんな私を見て、

 「…竹下さん…そんな心配そうな顔はしないで…悠(ゆう)さんは、パパを刺してないって言っているんだから、例え、逃亡犯でも犯人じゃない…パパを刺された娘の私が言ってるんだから、信じて…」

 大場が、真顔で言う…

 バカ!

 お前が言うから、信じられないんだ!

 お前のパパを刺したのは、お前じゃないのか?

 ホントは言ってやりたかったが、この状況では、とても言えなかった…

 なにしろ、私の身がどうなるか、心配だ…

 文字通り、進退窮まった(涙)…


 どうしていいか、わからない状況だった…

 どうしていいか、わからない…

 さっぱり、妙案が思い浮かばなかった…

 が、

 なにか、言わなければ、ならない…

 なにか、行動を起こさなければ、ならない…

 私は、高雄悠(ゆう)に、

 「…高雄さん…ホントに、大場代議士を刺してないの?…」

 と、聞いた…

 「…刺してない…」

 悠(ゆう)が、即答する…

 「…だったら、どうして、逃げたの? 逃げれば、犯人の思うツボでしょ?…」

 「…そうかもしれないけど…気が動転して…そこに、この敦子から、連絡があって…」

 「…あっちゃんから…」

 私は、言って、大場を見た…

 大場は、慌てることなく、

 「…ほら、私は、この悠(ゆう)さんが、パパに会いに行くと、言うから、事前にお膳立てしなくちゃいけないでしょ?…」

 「…お膳立て?…」

 「…だって、パパは忙しいから、いつ時間が空いているか、事前に調べて、パパに面会の予定を入れないと、会えるわけないでしょ? 娘の私が言うのも、なんだけど、大物政治家よ…スケジュールはいつも一杯…空いている時間を探して、悠(ゆう)さんに、会わせたの…」

 …そういうことか…

 …なるほど、それなら、辻褄が合う…

 たしかに、日本中に名の知れた大物政治家だ…

 スケジュールはいつも一杯なのかもしれない…

 ただ、以前、明らかに、この大場は、

 「…悠(ゆう)さんから、パパを刺したと連絡があって…」

 と、言った…

 今、高雄が言った、

 「…敦子から、連絡があって…」

 ではない…

 要するに、高雄悠(ゆう)から、連絡があったのか? …大場敦子から、連絡があったのか?

 その違いだ…

 それは、大きい…

 どちらかが、ウソをついている…

 そして、普通に考えれば、ウソをついているのは、大場敦子に他ならない…

 なぜなら、今、高雄悠(ゆう)が言った、
 
 「…敦子から、連絡があって…」

 を、否定しないからだ…

 明らかに、以前、私に話したことと、内容が、違っている…

 私は、思った…

 ということは、やはり、この大場が犯人なのだろうか?

 この大場が、父である、大場小太郎を刺したのだろうか?

 考える…

 今のところ、その可能性が大…

 大きい…

 だが、この場で、それを指摘してもいいのだろうか?

 今、言った、高雄から聞いた話と、大場から聞いた話が、違うことを指摘しても、いいのだろうか?

 考える…

 悩む…

 どうして、いいか、わからない…

 どうして、いいか、わからなかった…

 すると、突然、大場が、

 「…稲葉さんもうまくやったわね…」

 と、言った…

 …なにをうまくやったんだろう?…

 私は、思った…

 だから、

 「…なにをうまくやったの?…」

 と、大場に聞いた…

 「…高雄さんのお父様の自殺…稲葉さんは、きっと、パパと組んで、高雄さんのお父様を追い落とすのに、一枚噛んでいたに違いない…」

 大場敦子が仰天の言葉を言った…

 「…稲葉さんが?…」

 私は、驚いた…

 たしかに、結果だけ見れば、その可能性は高い…

 稲葉五郎が、事前に、大場代議士と組んで、高雄組組長を嵌めた可能性は、否定できない…

 でも…

 でも、私には、信じられなかった…

 稲葉五郎は、いつも、

 「…兄貴…兄貴…」

 と、高雄組組長を慕い、

 片や、高雄組組長は、

 「…五郎…五郎…」

 と、親しみを込めて言っていた…

 二人は、誰がどう見ても親密…

 仲が良かった…

 それが、一方が相手を陥れるとは?

 どうしても、信じられなかった…

 もちろん、稲葉五郎はヤクザ…

 大物ヤクザだ…

 だが、私に接する姿を見る限り、他人を陥れるような人間には、どうしても、見えなかった…

 だから、私は、

 「…稲葉さんは、そんな人間じゃないんじゃ…」

 と、言おうとしたところへ、高雄が、

 「…敦子…いい加減にしろ…」

 と、いきなり、血相を変えて、怒った…

 「…稲葉さんは、そんな人じゃないよ…」

 高雄悠(ゆう)が、断言する。

 そして、私は、初めて、高雄悠(ゆう)が、怒った姿を見た…

 高雄悠(ゆう)は、いつも、おっとりとして、いかにも、図書館や、花屋が似合う草食系のイケメン…

 声を荒らげることなど、想像もできなかった…

 それが、今、初めて、血相を変えて、大場を叱った…

 見方を変えれば、それほど、精神的に追い詰められているからかもしれない…

 普段のクールな平静の態度を保てないのかもしれない…

 当たり前だ…

 大場代議士を刺した逃亡犯として、指名手配中…

 そんな状態で、精神が、平常でいられれば、普通ではない…

 「…稲葉さんは、そんな人じゃない…」

 高雄が繰り返す。

 「…たしかに、オヤジと、稲葉さんは、山田会の次期会長を巡るライバルだった…だが、オヤジは、一度たりとも、稲葉さんのことを悪く言ったことはないし、それは、稲葉さんも同じはずだ…たまたま、運の巡り合わせで、山田会の次期会長の座を争ったに過ぎない…敦子の言うことは、間違ってる…」

 悠(ゆう)が、自信たっぷりに言う…

 「…それに、もし、仮に、敦子が言う通りだとしても、オヤジは、文句ひとつ言わないと思う…オヤジは、稲葉さんを好きだったからね…」

 悠(ゆう)が、しんみりと言った…

 「…それより…」

 悠(ゆう)が続けた…

 「…どうして、オマエは、そう思うんだ?
 …うちのオヤジと稲葉さんが、仲がいいのは、オマエも知ってるはずだ…そんなことするわけないのを、知ってるはずだ…」

 矛先が、大場敦子に向けられた…

 「…どうして、オマエ、そんな…」

 言いかけて、表情が変わった…

 「…まさか…まさか…オマエ? …オマエが、仕組んだとか?…オマエが、大場さんに頼まれて、仕組んだとか?…」

 高雄が、追及する…

 「…仕組んだ? …なにを仕組んだの?…」

 「…オマエは、うちのオヤジとも、稲葉さんとも、子供の頃からの顔見知りだ…二人とも、娘同様に、オマエを可愛がってた…そんなオマエが、二人に、あることないこと吹き込まれれば、信じてしまう可能性がある…誰だって、子供の頃から知っていれば、ガードが緩くなるというか…」

 高雄が言った…

 私は、驚いて、大場を見た…

 大場が、どういう反応を見せるのか、知り立ったからだ…

 大場の顔が明らかに引きつった…

 顔色が変わった…

 いや、

 正確には、怒った表情になった…

 「…バカなこと、言わないで…」

 すぐに、高雄に反論した…

 「…どうして、私が?…」

 「…敦子…オマエだったのか?…」

 いきなり、高雄が言った…

 「…なにが?…」

 「…オレを嵌めたのは?…」

 「…嵌めた?…」

 「…オレは、ずっと、オマエに匿われながらも、疑問だった…どうして、オマエが、オレを匿ったのか? …オマエが、大場代議士の実の娘じゃないことは、わかっている…でも、いくらなんでも、自分の父親を刺したと世間で、報道されて、指名手配を受けている人間を隠すのは、おかし過ぎるだろ?…」

 高雄が言う…

 もっともな理屈だった…

 が、

 その次の言葉はさらに衝撃的だった…

 「…敦子…オマエだったのか? 高雄組の資産に目を付けたのは?…」

 あまりにも、意外な言葉だった…

 私は、驚きで、文字通り、言葉を失った…

                
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