第135話

文字数 4,602文字

 私は、唖然として、葉山を見た…

 もはや、誰の話をしているか、痛いほど、わかる…

 そして、そのオチも、だ…

 お笑いではないが、そのオチもわかる…

 いや、

 私だけではない…

 この物語を読んでいるひと、すべてが、わかる…

 …裏切り?…

 とっさに、そんなワード=言葉が、脳裏をかすめた…

 脳裏を駆け巡った…

 「…妬みは、ひとを変える…ゆっくりと、ね…」

 葉山が意味深に言う…

 「…最初は、互いに誰よりも、信頼でき、信用していた人物だったが、それが、虚構というか…同じような、境遇だと思っていた人間と、自分とは、決定的に違うことが、わかってくる…例え、それが、結婚相手としても、だ…」

 葉山が断言する。

 「…結婚相手?…」

 「…そう…親が、それとなく薦めてくるというか…まあ、狙いがあって、薦めるわけだけど…だけど、いろんな事情がわかってくると、親を裏切ってやれとなる…」

 「…裏切る?…」

 「…あるいは、騙してやれとなる…そして、交際相手も、そんな相手の態度になんとなく、気付いてくる…」

 「…どうして、わかるんですか?…」

 「…なんとなく、距離感というか…態度で、わかってくるものだよ…なんか、以前と違うって?…」

 「…」

 「…そして、それが、わかってくると、後は、キツネと狸の化かし合いというか…普通ならば、素直に別れれば、いいんだろうけど、そうはいかない…だから、問題が、余計にこじれる…こじれにこじれる…」

 私は、葉山がなにを言わんとしているのか、よくわかった…

 つまりは、大場敦子と、高雄悠(ゆう)だ…

 二人は、幼馴染(おさななじみ)…

 それが、思春期になり、恋愛に発展した…

 だが、

 同じ境遇かと、思われた二人だったが、二人には、決定的な違いがあった…

 血が繋がってない父親に愛されているか、否か?

 それが、決定的な違いだった…

 そして、その違いに気付いた大場敦子は、父親の意向を汲んで、高雄悠(ゆう)と、付き合っているように見せて、実は、違う動きを見せていたに違いないからだ…

 だが、

 その動きが、なんであるかが、わからない…

 具体的な動きが、わからない…

 葉山は、それを知っているのだろうか?


 私は、考える…

 私が、考え込んでいると、

 「…たとえ…たとえ…あくまで、たとえだよ…」

 と、言って、目の前で、葉山が笑った…

 「…たとえ?…」

 「…そう…たとえ…世の中、そんなひともいるというたとえさ…」

 葉山が、あくまで、たとえで、あることを強調する…

 私は、考えた…

 どうして、葉山は今、私に、そんなたとえを、言った意味を、だ…

 もちろん、私が、これから、大場敦子に会うからなのは、わかっている…

 でも、もしかしたら、それ以外に、なにか、葉山の意図があるかも、知れないからだ…

 だから、

 「…それって、その後、どうなるんですか?…」

 と、葉山に聞いた…

 「…どうなるって?…」

 「…恋人同士だと思った、男と女…実は、父親と血が繋がってない男と女の話です…」

 「…さっきも、言ったように、一方が、もう一方を妬む…つまり、血の繋がってない父親に、溺愛されて、育った人間を、血の繋がってない父親に冷遇された人間が、妬む…しかも、なまじ、二人は、それまで、どんな人間よりも、お互いにわかりあえると、思っていたのが、実は、そうじゃない現実に気付く…だから、余計にタチが悪い…」

 「…タチが悪い?…」

 「…ほら、よくあるでしょ? たとえば、仲のいい姉妹だったり、親友だったりする場合、二人とも結婚した後、明暗が別れたりすることがある…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…わかりやすい例だと、一方が、金持ちだったり、もう一方が、平凡な家庭の出身だったとする…すると、どうしても、比べてしまう…これが、やはり、一方が、東大出の財務省のキャリア官僚だったり、もう一方が、平凡な大学出身のサラリーマンでも、同じ…つまりは、誰もがわかる明確な差ができてしまう…すると、一方が、もう一方に嫉妬することが、結構ある…自分の姉妹だったり、親友だったり、要は、自分とたいして変わらない人間だと思ったのが、結婚相手は、天と地ほども違った…そして、それが、許せなくなるというか…」

 「…許せなくなる…」

 「…自分と同じ…あるいは、自分と近いと思っていた人間が、実は全然自分と違うレベルの人間と結婚する…当たり前だが、相手は、自分と違う生活…違う未来を持っている…それが、許せなくなる…なまじ、それまで、自分と大差ないと思っていたから、余計に、タチが悪い…」

 葉山が延々と、説明する…

 私は、葉山の言わんとすることが、よくわかった…

 たしかに、葉山の言う通り、自分の姉妹だったり、親友だったりする人間が、なまじ、自分の付き合っている人間とかけ離れた人間と、結婚するとしたら、素直に祝福できないかもしれない…

 姉妹や、友人は、身近な存在…

 そして、大抵は、その能力は大差ない…

 ルックスもそうだが、頭の場合は、それ以上に、似通っている場合が大半だ…

 東大出の人間は、やはり、友人は、東大出身か、それに近いレベルの大学出身が、多い…

 そうでなければ、話が合わないからだ…

 それに、尽きる…

 男女の結婚も、頭の程度が、同じ場合が、大半だが、そうでない場合も多い…

 すると、やはり、今、言ったように、妬みが生じる可能性が高い…

 自分と同じ、レベルの人間と思っていた姉妹や友人が、東大出身のエリート官僚と結婚する…

 片や、自分は、自分と同じ程度の一般のサラリーマン…

 明らかに格差が生じる…

 そして、それが、許せないのだ…

 なまじ、自分と同じだと思っていたのが、実は、違った…

 だから、余計に許せなくなる…

 高雄悠(ゆ)と、大場敦子の場合も、これと同じ構図に違いない…

 私は、思った…

 「…まあ…あくまで、たとえだから、そんなに深刻になる必要はないよ…」

 葉山が笑いながら、言う…

 「…ただ、それが、わかっていれば、事前に準備ができる…」

 「…準備? …なんの準備ですか?…」

 「…心の準備さ…」

 「…心の準備?…」

 「…例えば、船に乗っていて、それが、ボロかったり、波が想像以上に激しくて、もしかして、沈没するかもと、思っていたら、やはり、沈没したのと、最新の船に乗っていて、まさか、そんなことはないだろうと思っていたのが、いきなり沈没するのとは、心の準備が違うだろ?…」

 「…」

 「…要するに、まさか、そんなことがと、思うか、やっぱりそうだったんだの違いさ…」

 葉山が、うまいことを言う…

 そして、なにより、葉山は、これから、私が、このコンビニの外に出て、大場敦子と会うが、それからなにが起こるかわからないから、警戒しろと、言っているのが、痛いほど、わかった…

 だから、

 「…ご忠告、感謝します…」

 と、言って、ペコリと頭を下げて、葉山の前から、立ち去ろうとした…

 その私の背中に、

 「…とにかく、気を付けることだよ…」

 と、言った葉山の言葉が響いた…

 コンビニの外に出ると、私は、真っ先に、大場の姿を探した…

 大場は、クルマで、来ていると言った…

 だとすれば、このコンビニの駐車場に、大場はあのベンツGクラスと言った大きなクルマか、真っ赤なマツダ3セダンのどっちかが、停まっているに、決まっている…

 そう、思った…

 だから、真っ先に探した…

 が、

 見つからなかった…

 …一体、大場は、どこにいるのだろう?…

 私は、悩んでいると、

 「…竹下さん…こっち…」

 と、突然、大場の呼ぶ声が聞こえた…

 私は、驚いて、声のする方を見た…

 そこには、たしかに、大場が立っていた…

 ただし、

 ただし、だ…

 大場の横にあったクルマは、ベンツGクラスでも、真っ赤なマツダ3セダンでもなかった…

 シルバーの軽自動車だった…

 ただし、車体に派手なステッカーが貼ってある…

 そのステッカーを見て、そのクルマは、かつて、大場の父である、大場小太郎代議士が、一度、私を乗せたことがある、アルト・ワークスと呼ばれたクルマだと、思い出した…

 だから、私は、大場に走って近づくと、

 「…大場さん…そのクルマ…」

 と、大場に言った…

 「…ああ…このクルマね…パパのよ…」

 と、軽く、大場が答えた…

 「…いつもは、パパの専用だけど、今は入院しちゃっているから…」

 大場が短く、説明する…

 私は、そうなんだと、納得した…

 大場の父親、大場小太郎代議士は、高雄悠(ゆう)に刺されて、入院中…

 これは、わかっている…

 すでに、報道されているからだ…

 ただし、それが、本当なのか、どうかは、だいぶ、怪しい…

 いや、

 怪しくはないかもしれない…

 刺されたのは、事実に違いない…

 ただし、軽傷か、重症かが、わからない…

 さっぱり、わからない…

 それだけだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…乗って…」

 と、大場が言った…

 私は、当たり前だが、頷いた…

 このために、やって来たのだ…

 あの、高雄悠(ゆう)を、裏切ったかもしれない、大場に会うためにやって来たのだ…

 自分の父親を刺した男と、同士であり、仲間であった高雄悠(ゆう)を、裏切った女に会うためにやって来たのだ…

 私は、それをしっかりと、肝に銘じた…

 しっかりと、心に刻んだ…

 そうでないと、ただでさえ、頼りないというか、しっかりしない私は、たやすく、ひとに騙されやすいというか…

 私は、見た目通り、頼りないし、騙されやすいからだ…

 だから、しっかりと、葉山のアドバイスを肝に銘じた…

 そして、大きく深呼吸をした…

 …神様…どうか、私をお守り下さい…

 ホントにいるかどうか、わからない神様に願った…

 苦しいときの神頼みというヤツだ…

 普段は、神頼みなど、滅多にしないのに、こういうときだけは、頼む…

 要領のいいヤツだ(笑)…

 だから、神様も、願いを聞いてくれないのかもしれない(涙)…

 守ってくれないのかもしれない…

 私が、そんなことを考えていると、

 「…竹下さん…なにをしているの?…」

 と、すでに、アルト・ワークスに乗り込んだ、大場が、私の名前を呼んだ…

 「…早く…乗って…」

 大場が命じる…

 いきなり、私のバイト先にやって来て、そんな言い草はないだろう…

 随分、自分勝手なヤツだ…

 私は、内心、頭にきたが、なにも言わなかった…

 気の弱い私は、思っていても、それを言葉に出すことはできない…

 態度に出すこともできない…

 代わりに、

 「…ごめんなさい…」

 と、わざと、一オクターブ高い声で、謝った…

 可愛いフリをしたのだ…

 わざと、可愛いフリをして、この難を逃れようとした…

 が、

 大場は、そんな私の言動に騙されなかった…

 「…竹下さん…そんな猫を被ったような声を出さないで…」

 と、不機嫌に呟いた…

 「…ごめん…」

 反射的に謝った…

 我ながら、弱っちい…

 実に、弱っちい…

 惨めなほど、弱っちかった…

 私は、思った…

 思いながら、アルト・ワークスの助手席のドアを自分で、開けて、クルマに乗り込んだ…

 と、同時に、密室に、大場と二人きりになったと、あらためて、思った…

 これから、なにが、始まるか、わからない…

 ただ、ドキドキした…

 息が苦しくなるほどだった…

 大場が、ずばり、悪人に見えた…

               
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