第120話

文字数 5,032文字

 結局、それから、私は、家に戻った…

 もはや、あの渡辺えりに似た女将さんと話はないし、互いに、相手が目の前にいるということが、苦痛というか(笑)…

 どうしていいか、わからなかった…

 だから、あれから、すぐに、

 「…これで、今日は、失礼します…いえ、あの飲み物代は払います…」

 と、言って、席を立つと、

 「…飲み物代は、いいよ…それより、お嬢ちゃん…これから、家に戻っても、今日のことは、ご両親に言っちゃダメだよ…」

 と、女将さんは、私に、念を押した…

 私は、

 「…ハイ…わかりました…」

 と、言って、コクンと、頭を軽く下げた…

 その私の姿を見て、女将さんが、シミジミと、

 「…ホント…お嬢ちゃんは、かわいいね…しかも、こう言っちゃ悪いけど、頼りがいがない…」

 と、言った…

 私は、いきなり、女将さんが、そんなことを言うので、唖然としていると、

 「…いえね…お嬢ちゃんの悪口じゃないよ…お嬢ちゃんは、父親にとって、まさに理想の娘なんだよ…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…父親にとって、娘が美人なのは、嬉しいけど、もっと、嬉しいのは、かわいくて、頼りないこと…」

 「…頼りないこと?…」

 「…要するに、父親からすれば、守ってあげたくなるじゃないか…」

 「…」

 「…美人で、勝ち気で、なんでも、一人で、できる…そんな女は、ドラマや映画で主人公を張れるけど、かわいくはない…父親も男だから、ブスより、美人が好きに決まってるさ…他人に、お宅のお嬢さん、美人ですね、と、言われるのは、嬉しいけど、それより、かわいいタイプの方が、ずっといい…それに、頼りないが加われば、最強さ…五郎がメロメロになるのは、わかるよ…」

 女将さんが告げる…

 私は、

 「…」

 と、黙って、頭を下げた…

 そして、店を出た…

 店を出てから、ずっと、女将さんの言葉を考えていた…

 …たしかに、私は、頼りない…

 これは、自分でも、わかっている…

 他人から、

 …ホント、クミは頼りないんだから…

 と、言われたことは、一度や二度ではない…

 男にも女にも、言われた

 年上にも年下にも、言われた…

 はっきり言えば、老若男女、私と知り合った、ほぼ全員から言われた(涙)…

 以前、コンビニのバイト仲間の当麻にも、言われた…

 …だから、竹下さん、就活で、失敗するんですよ…

 と、まで、酷評された…

 一目見て、面接で、頼りないから、使えないと、判断されると、思われると、言われたのだ…

 だから、就活は全敗…

 杉崎実業しか、決まらなかった…

 しかし、そんな私の欠点が、長所になるとは、思わなかった…

 あの渡辺えりに似た女将さんに、言われて、驚いた…

 たしかに、言われてみれば、自分でもわかる…

 最近、テレビで見た森七菜なんて、女優さんは、最強だ…

 もろに、当てはまる…

 あの森七菜が、自分の娘ならば、父親はデレデレだろう…

 かわいくて、かわいくて、仕方がないだろう…

 私もまた森七菜に遠く及ばないが、同じタイプ…

 これは、ハマる(笑)…

 自分が、父親ならば、全力で、面倒をみてやりたくなる…

 そういうことだ(笑)…

 私は、そんなことを、考えながら、家路についた…

 なぜか、頭の中は、森七菜で、いっぱいだった…

 いつのまにか、森七菜を、ライバル視している自分がいた(笑)…

 
 家に戻って、ゆったりとした…

 すでに、夕方だったので、お風呂に入り、湯船に浸かり、ボーッとした…

 …色々、あった…

 いや、

 …色々、あり過ぎた(笑)…

 ホント、世の中、なにが、起こるか、わからない…

 あの杉崎実業の内定を訪れた日から、まるで、嵐のように、怒涛の日々を過ごした…

 今さらながら、考える…

 我が身に起きたことを、振り返った…

 今まで、22年、生きてきて、ありえないことばかりだった…

 つくづく、人生は、わからない…

 高雄組組長や、稲葉五郎という大物ヤクザと知り合い、大場代議士とも知り合った…

 それが、全部、きっかけは、杉崎実業…

 杉崎実業を起点とした関係だ…

 しかも、その間に、高雄組組長は、失脚…

 ライバルの稲葉五郎は、まもなく山田会会長になる…

 勝負は、ついたわけだ…

 そして、大場代議士は、今回の杉崎実業が、中国に製品を不正に輸出した件を、うまく利用して、知名度を上げ、押しも押されぬ、次期首相の座に王手をかけたところで、高雄悠(ゆう)に刺された…

 ホント、人生はわからない…

 大場代議士が、この先、どうなるかは、わからない…

 死ぬのか?

 それとも、

 軽傷か?

 わからない…

 だが、この後、当然、今回、なぜ、大場代議士が刺されたのか?

 その背後関係が、暴かれるに違いない…

 と、なると、どうなる?

 せっかく、次期首相に間違いなくなれるところまで、上り詰めたのに、それが、一瞬にして、ダメになるというか…

 ご破算になる、可能性が高い…

 大場代議士は、一体、これを、どう思うのだろう?

 意識がない状態でいるのならば、いいが、もし、意識が鮮明な状態ならば、頭を抱える事態に違いない…

 これまで、やってきたことが、すべて、無になる…

 パーになるのだ…

 悔やんでも、悔やみきれないに違いない…

 もし、軽傷ならば、急いで、記者会見をしなければならない…

 なぜなら、この後、週刊誌やネットに、今回、どうして、大場代議士は刺されたのか、掲載されるに、決まっているからだ…

 だから、急いで、その前に、火消をしなければ、ならない…

 時間が経てば、経つほど、スキャンダルは大きくなる…

 火事で言えば、大火になる…

 なぜ、大場代議士は、高雄組組長の息子に刺されたのか、詮索される…

 これは、致命的…

 大場代議士と、高雄組組長の間に、なにが、あったかと、世間は血眼になる…

 例えば、半年や一年後に、会見をするようならば、すでに大場代議士の命はあっても、政治生命は潰(つい)えているに違いない…

 なぜなら、それまでに、あることないこと、ネットや週刊誌に嫌というほど書かれて、もはや、大場代議士の権威は、地に落ちているだろう…

 その状態で、記者会見を行っても、焼け石に水の状態に違いない…

 だから、一刻も早く、記者会見を行う必要がある…

 私は、思った…

 そして、そんなことを、考えながら、少しは、自分も成長した…

 大人になったと、思った…

 以前の私ならば、そんなことは、考えもしなかった…

 それが、今回、さまざまな人間と知り合うにつけ、少しは、考えるようになった…

 ひとは、つくづく出会いだと思う…

 どんな人間と知り合ったかで、大げさに言えば、人生が変わる…

 ヘッドハンティングではないが、会社員が、他の会社に引き抜かれるようなことはないが、出会う人間によって、大げさに言えば、人生観というか…

 考え方が、変わってくる…

 以前、父が言っていた…

 父は、若いころ、仲の良い従妹が美人だったので、困ったそうだ…

 なにに、困ったかといえば、自分の身の回りの中で、その従妹が、抜きん出て、美人だった…

 だから、つい、無意識に、自分の周囲の女のコを美人の従妹と、比べてしまう…

 それが、困ったそうだ(笑)…

 それが、大学時代どころか、最初の会社員時代まで、続いたそうだ…

 つまり、父は、それまで、身近に、その従妹以上の美人がいなかったということだ…

 それが、一転して、次の会社に転職すると、従妹と同等か、それ以上の美人や、あるいは、タイプの違う美人に出会った…

 例えば、その従妹は、女優の常盤貴子さんを小柄にしたタイプだったが、真逆に、背の高いモデルのような美人を目の当たりにして、世界が変わったと、言っていた…

 つまり、さまざまなタイプの美人を目の当たりにして、父の世界観が変わったわけだ…

 母は、その話を聞いて、憮然としていたが、私も、歳を取るごとに、その話の意味というか…

 その話を実感するようになった…

 つまり、誰もが、自分の背丈というと、語弊があるが、自分の見たものの中で、判断する…

 だから、こう言っては、なんだが、平凡な人生を生きてきた人間の人生は、奥行きがないというか…

 はっきり言うと、つまらない…

 そして、その中で、判断する…

 だから、美人の件で言えば、身近に美人がいると、世の中、それ以上の美人が、ゴロゴロいるのは、わかるが、そんな美人と自分は、一生出会えないと思ってしまう…

 そういうことだ…

 同じようなことで、例を上げると、

以前、コンビニのバイト仲間の当麻も言っていたが、高校生のバイトのコと話すと、なんとなく、高校の偏差値がわかる…

 そのバイトの行動を見ていて、仕事の飲み込みやその他、諸々(もろもろ)の行動から、なんとなく、頭のレベルが透けて見える…

 これは、ある意味、恐ろしいことだ…

 なぜなら、そういう自分もまた、他人から、そう見られているからだ…

 これは、今のバイトをして、初めて経験したことだ…

 このバイトをしなければ、こうは思わなかったかもしれない…

 つまり、出会い=経験だ…

 コンビニで、バイトをして、自分より年下の高校生を見たから、余計に、それが、わかった…

 コンビニで、バイトをしなければ、わからなかったに違いない…

 私が、今回、杉崎実業の内定を境に、さまざまな人間と知り合ったことで、少しは、私も、幅が広がったかな? とも思う…

 そして、それが、政界やヤクザ界を問わず、大物と言われる人物と出会うことで、為になったというと、ぶっちゃけすぎるが、まさにそういうことだった…

 それゆえ、これまで、考えもしなかったことを思うようになった…

 が、

 問題は、これからだ…

 これから、父や母と、どう接するか? だ…

 やはり、知らないフリをしているのが、一番だろう…

 それは、自分でもわかる…

 あの町中華の女優の渡辺えりに似た女将さんに、念を押されるまでもなく、わかる…

 正直、私は、聞きたい…

 聞きたいに決まっている…

 私の本当の父親が、誰だか知りたい…

 私と同じ立場ならば、誰もが、そうだろう…

 ただし、

 ただし、だ…

 自分でも、不思議だが、あの稲葉五郎が、父親でも、私は、不思議と嫌ではなかった…

 これは、自分でも、うまく説明できない…

 やはり、本当に、自分の父親が、DNA鑑定で、稲葉五郎とわかれば、また、違うかもしれない…

 でも、現時点では、不思議と嫌ではない…

 それは、やはり、稲葉五郎が、私を好きでいてくれるからだろう…

 私は、思った…

 どんな人間でも、と言われると語弊があるが、やはり、自分を好きと言ってくれる人間は、嫌いになれない…

 よく言葉では、オマエを好きだと言っても、態度が伴わない人間は、男女を問わず、いっぱいいる…

 つまり、言葉だけで、ホントは好きでも、なんでもないのが、態度から、透けて見えるのだ…

 しかし、稲葉五郎は、違う…

私を本当に好き…

 下心もなにもなく、好きなのは、わかる…

 だから、嫌いになれない…

 私は、思った…

 が、

 ホントのところは、自分でも、よくわからない…

 ホントのところというのは、稲葉五郎が、自分のホントの父親かどうかもそうだが、DNA鑑定で、稲葉五郎が、父親とわかったときに、自分が、どう反応するか、わからない…

 自分でも、自分の心の動きがわからない…

 自分の心の動きが、読めない…

 想像することと、現実は違う…

 例えば、よく言われるのが、自分が好きだった、かつて、付き合っていた恋人が、結婚したのを、人づてに聞いたとき…

 ガツンと、大きくショックを受ける人間もいれば、もう終わったことだからと、淡々としている人間もいる…

 各自の性格もあるから、一概には、言えないが、多くの人間は、それを聞いて、どう思うのか、自分でもわからないではないのか?

 好きだった人間が、数年後、風の噂に結婚したと聞く…

 それを聞いて、すでに別れて、何年もたっているから、関係ないと思っても、実際は、ひどく動揺するひともいれば、その真逆で、常に別れた恋人は、頭の隅にあったが、たいしたショックはなかったと、思うひともいるに違いない…

 いずれにしろ、それは、なってみなければ、わからない…

 起こってみなければ、わからない…

 そういうことだ(笑)…

 私は、のんびりと、湯船に浸かりながら、そんなことを考えた…

 そんなことを、考えながら、風呂から出た後、その日一日、過ごした…

                
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