第138話

文字数 5,753文字

 「…生きてれば?…」

 私は、思わず、声に出して、叫んだ…

 じゃ、それって、もしかして?

 もしかして、すでに、死んでる?

 世間に公表してないだけ?

 私は、呆気に取られて、ハンドルを握る、大場を見た…

 しばし、言葉を忘れて、唖然として、見た…

 私そっくりの横顔を見た…

 「…冗談よ…」

 ポツリと、言った…

 「…冗談?…」

 「…そう、冗談…ホントは生きてるらしい…」

 「…らしい?…」

 「…基本、面会謝絶だし、こういうときって、私、ハブられるのよ…」

 「…どういうこと?…」

 「…ほら…さっきも言ったでしょ? …私は、母の連れ子…私だけ、パパの子供じゃない…だから、こういうときって、妹や弟は、団結するけど、私だけ、ハブられる…アイツは、父親と、血が繋がってないからって…だから、私も、生きているらしいって、聞いているだけで、病院にも、行かなかったし…いえ、最初は、行ったけど、面会謝絶だから、会えなかったし、そのうちに、妹や弟たちが、私に、内緒で、コソコソしているものだから、頭にきて、それっきり、行ってない…」

 大場が、ハイテンションで、告白する…

 たしかに、大場にそう言われれば、わかる気もする…

 父親が刺されて、家族全員が、ドタバタしている…

 だが、実際は、自分だけ、蚊帳の外というか…

 肝心のときには、外される…

 相手にされない…

 これは、イタい…

 凹む…

 当たり前だ…

 「…まあ、今日は、そんなこともあって、竹下さんに、会いに来たわけだけど…」

 大場が説明する…

 それで、納得がいった…

 どうして、いきなり、私に会いにきたか、納得した…

 たしかに、そんな目に合わされれば、家にいたくないに、違いない…

 と、思った…

 いや、

 ホントに、そうか?

 気が付いた…

 ホントに、それだけで、今日、私の元に、やって来たのか?

 おかしい…

 それは、おかしい…

 なぜなら、私と大場は、それほど、親しい間柄ではない…

 だから、大場が、家で、ハブられてるから、凹むのは、わかるが、それだけで、私に会いに来るだろうか?

 会いに来るとすれば、もっと親しい間柄の友人や、恋人に決まっているはずだ…

 私は、思った…

 それゆえ、私は、意を決して、

 「…大場さん、これから、どこに行くの?…」

 と、聞いた…

 まさに、今さらだが、私は、大場といっしょに、このクルマに乗ってから、大場がどこに向かってるか、聞いたことがなかった…

 「…ナイショ?…」

 「…ナイショ?…」

 「…着いてからのお楽しみ…」

 大場が意味ありげに言う…

 大場は一体、私をどこへ連れてゆく気だろうか?

 今さらながら、心配になった…

 …まさか?…

 …まさか、高雄悠(ゆう)と、私を会わせるとか?…

 とっさに、思った…

 脳裏に閃いた…

 高雄悠(ゆう)は、大場の父、大場代議士を刺して、逃走中…

 警察に追われる身だ…

 いや、

 それはないか?

 大場は、その高雄悠(ゆう)に呼び出され、どこかに、行ったが、そこで、高雄悠(ゆう)は、逃げ出したと、大場は、さっき、私に告白した…

 だから、大場が、高雄悠(ゆう)の居場所を知るはずがない…

 まさか、再び、高雄悠(ゆう)が、大場に連絡をするはずがないからだ…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 どうして、高雄悠(ゆう)が、大場に連絡をしたか? をだ…

 普通、誰もが、刺した相手の娘に連絡を入れるのは、おかしい…

 って、いうか、考えられない…

 連絡を入れた相手の父親を刺したのだ…

 にもかかわらず、それをしたというのは、なにか、裏があると、考えて、いい…

 つまりは、当たり前だが、高雄悠(ゆう)は、大場が、自分と同じように、父親と血が繋がってないことを知っていたからに他ならない…

 高雄悠(ゆう)と、大場敦子は、幼馴染(おさななじみ)…

 子供の頃からの知り合い…

 家族を通じての知り合いだからだ…

 そして、当たり前だが、大場の立場…

 家族の中での大場敦子の立場を知っていたからに他ならない…

 だから、連絡した…

 大場が、家族の中で、ハブられてる事実を知っていたからだ…

 大場が、父の大場小太郎代議士とうまくいってない事実を知っていたからだ…

 だが、大場と会った高雄悠(ゆう)は、結果的に、大場の元から逃げ出した…

 大場の言葉で言えば、トンズラをしたわけだ…

 と、なると、どうだ?

 どうして、高雄悠(ゆう)は、大場の元から、逃げ出したということだ…

 謎がある…

 そもそも、高雄悠(ゆう)と、大場代議士は、知り合い…

 子供の頃から、面識がある…

 だから、高雄悠(ゆう)は、大場代議士に会うことができた…

 次期総理総裁候補にも、名前が挙がる大物代議士だ…

 普通ならば、容易に会える人間ではない…

 にもかかわらず、会えたのは、要するに、昔からの知り合いだから…

 SPもつけずに、会えるほど、距離が近いというか…

 親しい…

 だから、刺せたのだ…

 私は、今さらながら、思った…

 考えた…

 そして、刺した後、大場に連絡を入れた…

 おそらく、刺したことを伝えたかったのかもしれない…

 あるいは、逃亡先を確保してもらいたかったのかも?…

 突然、思った…

 高雄悠(ゆう)は、当たり前だが、高雄組組長の息子…

 逃亡先と言うか、隠れる場所は、高雄組関連というか…

 ぶっちゃけ、ヤクザ関係…

 山田会関係だ…

 当たり前だが、亡くなったとはいえ、高雄組組長は、大物ヤクザ…

 高雄悠(ゆう)が頼めば、事前に、逃亡先を容易に確保できるに違いない…

 なにより、彼らは、その道のプロだ…

 逃亡先を確保することは、手慣れてるはずだ…

 が、

 それでは、警察にたやすく発見される…

 誰もが、考える逃亡先だからだ…

 むしろ、誰もが、考えられない逃亡先…

 例えば、この大場敦子が、逃亡先を作ればいい…

 用意すれば、いい…

 ふと、思った…

 まさか、刺された相手の娘が、逃亡先を用意するとは、思わないからだ…

 あり得ない話かもしれないが、それが、一番、意外な逃亡先だ…

 いや、

 待て?

 そもそも、高雄悠(ゆう)は、どうして、大場代議士を刺した後、この大場に連絡をしたんだ?

 いくら、血が繋がってないからって、父親を刺したんだ…

 その娘に連絡をするのは、誰が考えても、おかしいだろう?

 ということは、どうだ?

 その娘に連絡を入れるというのは、可能性としては、いくつか、ある…

 ひとつは、事前に、大場が、父親の大場小太郎と高雄悠(ゆう)が、会うのを知っていた可能性…

 つまり、二人が会うのを事前に知っていて、その結果、なにか、トラブルが起きて、悠(ゆう)が、大場代議士を刺してしまった…

 だから、慌てて、大場敦子に連絡を入れた


 その可能性が考えられる…

 もう一つは、可能性としては、あまり考えたくないが、この大場が、高雄悠(ゆう)に、父親を刺すことを依頼した場合だ…

 あり得ないとは、思うが、事前に父親の殺害を依頼すれば、成功したか、失敗したか、いずれにしろ、依頼した大場に連絡を入れるからだ…

 私は、思った…

 いや、

 そもそも、どうして、高雄は、大場の父親を刺したんだ?

 怨恨か?

 自殺した高雄組組長は、大場代議士の尽力で、40億円、高雄組に返還されることになった…

 高雄組組長が、私に語ったのは、その3倍は、杉崎実業に投資したと言ったが、40億円でも、戻ってくることに、納得している様子だった…

 っていうか、そもそも、大場代議士に騙されて、杉崎実業の株を買って、大損したに違いないが、高雄組組長が、大場代議士を恨んでいる様子は、微塵もなかった…

 いや、

 たしか、あったと聞いたが、早々に諦めたのが、真相だった…

 あるいは、これは、立場の違いかもしれない…

 大物代議士と、大物ヤクザ…

 二人とも、その世界では、大物に違いないが、やはり、世間的には、互角の関係ではない…

 当たり前のことだ…

 立場の違いもあったのだろう…

 自殺した高雄組組長は、一度たりとも、大場代議士を恨む言葉を発しなかった…

 が、

 悠(ゆう)はわからない…

 悠(ゆう)が、大場代議士をどう思ったのかは、わからない…

 激怒した悠(ゆう)が、大場代議士を刺しても、おかしくはない…

 私は、考える…

 そして、大場だ…

 大場敦子だ…

 この大場が、高雄悠(ゆう)に父親の殺害を強要しても、おかしくはない…

 私は、思った

 私は、考えた…

 それから、徐々に不安になった…

 やはり、大場が私をどこへ連れてゆくか、不安になった…

 まさか、私が、殺されるとか、そんなバカげたことはないだろうが、一体、どこへ連れてゆく気なのか?

 やはり、気になった…

 「…あの…大場さん…これから、一体、私をどこへ?…」

 遠慮がちに聞いた…

 私が、不安そうに、聞くものだから、

 「…そんなに心配?…」

 と、楽しそうと言うか、私をからかうような笑みを見せた…

 ハンドルを握る大場の顔が、まるで、無邪気な子供のように、見えた…

 私は、どう言っていいか、わからず、

 「…」

 と、黙っていた…

 まさか、

 …ええ、心配…

 と、返すわけには、いかない…

 「…そんなこと…」

 と、曖昧に返答しようかとも、思ったが、考えている間に、時は過ぎたというか…

 返す間もなく、

 「…そんなに、心配しないで…私の家に連れてゆくだけだから…」

 と、突然、大場が、目的地を明かした…

 「…大場さんの自宅?…」

 私は、あまりにも、意外な目的地に、呆気に取られた…

 あまりにも、意外な場所だった…

 同時に、冷静に考えれば、意外でも、なんでもない場所だった…

 友人を自宅に招待する…

 ひどくありがちな展開だった…

 誰もが、友達を自宅に呼んだ経験はあるだろう…

 当たり前と言えば、当たり前すぎる場所だった…

 ただ、どうして、大場が、私を、大場の自宅に招きたいのか、わからなかった…

 理解できなかった…

 何度も言うが、大場は私と親しい間柄ではない…

 あくまで、あの杉崎実業をきっかけに、知り合ったに過ぎない…

 私が、稲葉五郎の娘からかもしれない…

 でなければ、そもそも、それほど、親しい間柄ではない…

 もっとも、それを言えば、大場が、今、こうして、私を誘って、ドライブと言うか、いっしょに、クルマに乗っているのも、おかしい…

 私は、考えた…

 しかし、

 それにしても、大場の自宅とは?

 いや、

 大場の自宅って、当然だが、大場小太郎代議士の自宅でもあるだろう…

 すると、今、大場代議士が、入院中でも、自宅には、大場の父親違いの、弟や妹、それに母親が、いるに違いない…

 そんな場所に、私を招くのだろうか?

 私は、思った…

 すると、突然、私は、不安になった…

 きっと、大場の自宅ならば、豪邸に違いない…

 きっと、ビックリするような豪邸に違いない…

 当たり前だが、大場はお金持ちだからだ…

 が、

 私は、庶民…

 そんな豪邸は、これまで、生きていて、テレビや映画を除いて、実際に見たこともなければ、当たり前だが、招かれたこともなかった…

 それが、今、初めて、招かれる…

 それを、考えると、正直、ビビった…

 怖くなった…

 私のような身分の人間が、そんな豪邸に招かれるなんて…

 正直、帰りたくなった…

 いや、一度だけ、そんな豪邸に招かれたことはあった…

 林の実家だ…

 しかし、あのときも、林は、事前に、私を実家に招くことは、言わなかった…

 あんな豪邸に招くとは、言わなかった…

 だから、ビビらなかった…

 それに、大場は林の比ではない…

 次期総理総裁候補にも名前が挙がる大場代議士の娘だ…

 その大場の家に上がり、大場の家族の前で、なにかマナー違反でもすれば、笑われるかもしれない…

 いや、

 笑われるに決まっている…

 これまで、生きていて、林を除けば、お金持ちと交流したことは、一度もない…

 ただの一度も、だ…

 考えれば、考えるほど、不安になった…

 めっきり口数が少なくなり、黙り込んだ…

 そんな私の様子に気付いた大場が、

 「…どうしたの、竹下さん?…」

 と、聞いてきた…

 私は、一瞬、言おうかどうか、迷ったが、

 「…なにか、言いたいことがあったら、言って…」

 という、大場の声に促されて、

 「…怖いっていうか?…」

 と、小さく答えた…

 「…怖い? なにが、怖いの?…」

 「…大場さんの自宅?…」

 「…私の自宅? なにが、怖いの?…」

 大場が驚いた様子だった…

 「…私は、庶民だから、大場さんのようなお金持ちの家には、行ったことがないし、マナーも知らないし…」

 消え入りそうな声で、言った…

 本音だった…

 怖くて、怖くて、仕方がなかった…

 「…そんな、平気よ…」

 大場が、豪快に笑い飛ばした…

 「…平気って、言われても…」

 私は、消え入りそうな声で返答する…

 「…平気っちゃ平気…」

 大場が私を励ました…

 「…だって、これから、行くのは、実家じゃない…私のマンション…」

 「…大場さんのマンション?…」

 …予想外の言葉だった…

 「…ほら、私だけ、パパと血が繋がってないから、家に居づらくて…だから、大学入学と共に、実家を出て、マンションを借りたの…さすがに、高校を出るまでは、ダメだったけど、大学生にでもなれば、許してくれて…

 「…そうなんだ…」

 私は、ホッとして、返した…

 大場の母親や、弟や妹がいるかもしれない、お金持ちの大場の実家に行くのは、どうしても、嫌だったが、大場の住むマンションならば、ハードルは低かった…

 心理的ハードルは、低かった…

 私のホッとした表情を見て、

 「…竹下さんって、案外、気が弱いのね…」

 と、大場が言った…

 私は、驚いて、大場を見た…

 「…いえ、竹下さん、うちのパパや、亡くなった高雄さんのお父様に普通に接しているのに…」

 大場が説明する。

 しかし、大場は間違っている…

 私は、普通に接してはいない…

 大場の父も、高雄悠(ゆう)の父親も大物…

 だから、一般庶民の私が、普通に接することができるわけがない…

 もし、大場が、そう思ったとしたら、それは、大場の間違い…

 勘違いに他ならない…

 そんなことを、考えながらも、アルト・ワークスは、闇の中を失踪した…

               
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