第72話

文字数 6,088文字

 「…高雄悠(ゆう)…高雄さんの息子?…一体、どうして、そんなことを言い出すんだ?…」

 私は、驚いた…

 当麻は、私のバイト仲間…

 当然、ヤクザでもなんでもない…

 それが、どうして、いきなり、ヤクザの話をするんだ?

 私は、疑問に思った…

 当たり前だ…

 「…当麻、答えろ…」

 私は言った。

 私は、当麻に強い…

 強気一辺倒になれる…

 当麻が弱っちいからだ(笑)…

 「…実は…」

 当麻が語り出した…

 「…実は、友達と話していて、山田会と松尾会の発砲事件の話題になって、そのとき…」

 「…そのとき、なんだ?…」

 「…ボクのバイト仲間が、なんだか、山田会の高雄組組長の息子さんと、知り合いみたいだって…」

 ボソッと、遠慮がちに呟く。

 そして、チラリと、店長の葉山の方を見た…

 これで、決定だった…

 …やはり、葉山?…

 私は、確信した…

 …男のくせに、口の軽いヤツだ!…

 …男は、無口に限る…
 
 …渡哲也を見ろ!…

 …あれが、男だ…

 私は、店長の葉山を睨みながら、考えた…

 一方の葉山はというと、私の視線に耐えられないと、思ったのか、そそくさと、店のバックルームに消えていった…

 …このおしゃべり野郎!…

 私は、内心、葉山に毒づいた…

 それから、当麻に向かって言った…

 「…たしかに、高雄悠(ゆう)さんとは、面識があるさ…その父親とも、何度か、会ったさ…」

 「…父親って、高雄組組長?…」

 当麻が仰天する。

 「…そうさ…要するに、誤解しているのさ…」

 「…誤解?…」

 「…私を、高雄組組長が、探している娘と、勘違いしていたのさ…」

 「…探している娘?…」

 「…そうさ…」

 私は、短く言った…

 ここで、グダグダと、長たらしく、当麻に説明しても、仕方がないからだ…

 「…そうだったんだ…」

 当麻が納得する。

 「…だから、人違いだから、関係ないさ…」

 「…人違い?…」

 当麻が呟く。

 心なしか、当麻の声のトーンが低くなった…

 私が、人違いと断言したことで、落胆したのだろう…

 「…ということは、竹下さんは、もう、高雄悠(ゆう)さんとは、会わない?…」

 「…そうさ…人違いだから、会うわけないさ…」

 私は、断言した…

 すると、見る見る、目の前の当麻が、落ち込んだ…

 「…どうした? 当麻?…」

 「…いえ、実は、友達に頼まれて…」

 「…頼まれた? …なにをだ?…」

 「…実は…」

 当麻が、語り出した…

 当麻の話では、大学で、友達と、たわいもない世間話をしていて、たまたま話題が、山田会と松尾会の抗争の話になり、当麻がつい、

 「…ボクのバイト先のコンビニで、同じバイト仲間の女のひとが、高雄組組長の息子さんと、接点があるらしくて…」

 と、話したらしい…

 「…へぇー、それは、すごいね…」

 と、当麻の友人も驚いたそうだ…

 「…週刊誌で、話題になるヤクザの大物と知り合いなんて…」

 と、言ったそうだ…

 そのときは、それで、終わったが、当麻の友人が、どこかで、それを話したらしい…

 すると、それを聞いた友達が、また、どこかで、それを話して、いつのまにか、話が、広まったらしい…

 そして、その延長で、誰か、親戚だか、友達にヤクザがいて、それが、松尾会の組員だったらしい…

 そして、その組員が、なにげなく、聞いた話だが、と、親しい組員に、私のことを漏らしたらしい…

 まるで、チェーンメールのように、私と、高雄の関係が、見知らぬ人間に知られてゆく…

 実に恐ろしい話だった(笑)…

 普通ならば、ありえない話だったが、やはり、相手が、高雄組組長や、その息子というのが、問題だった…

 いわば、世間に知られた有名人…

 著名な芸能人や政治家と同じだ…

 それが、今、偶然、山田会と松尾会の抗争が起こったので、友人と話している最中に話題になったということだ…

 だから、冷静に考えれば、誰もが起こりえる話だ…

 例えば、

 「…オレ、広瀬すずと、高校の同級生で、結構仲良かったんだ…」

 と、周囲に吹聴するのと、同じだ…

 ただし、本当に仲が良かったのか、単なる顔見知り程度だったのかは、わからない…

 なまじ、有名人を見知っていると、つい自慢したくなるのが、人間の心理だからだ…

 そして、つい、いかにも、親しく言ってしまう傾向が強い…

 まったくのウソをつく人間は、まずいないが、距離感をごまかすというか、近く言う人間は多い…

 ホントは、それほど親しくないのに、結構親しかったなんて言うのは、誰もが、あることというか、経験することだ(笑)…

 そういうことだ…

 だから、話半分で、聞いた方が、いい…

 どこまで、本当のことか、わからないからだ(笑)…

 だが、私と高雄の関係は、本当だった…

 ウソではなく、本当だった…

 だから、今、目の前の当麻にも、自信を持って、説明できた…

 「…そうか…竹下さんは、もう、高雄さんの息子さんとは、会わないんだ…」

 当麻が繰り返す…

 しかしながら、よくよく考えてみると、それは、ウソというか…

 ウソというのは、あの高雄悠(ゆう)は、私が入社する予定の、杉崎実業の取締役だ…

 だから、杉崎実業に入社すれば、いずれ再会することになる…

 あるいは、この前、高雄悠(ゆう)と、会ったとき、悠(ゆう)は、父親?の高雄組組長とケンカになった…

 なにより、二人に血縁関係がないことが、明らかになった…

 だから、もしかしたら、高雄悠(ゆう)は、すでに、杉崎実業にいないかもしれない…

 父親の高雄組組長に、杉崎実業から、追放されたかもしれない…

 そんなことも、考えた…

 が、そんなことを考えてる間にも、見る見る、目の前の当麻が、落ち込んだ…

 明らかに、元気がなくなった…

 「…そうなんだ…」

 ポツリと、呟いた…

 「…なんだ? 当麻、随分、落ち込んでいるな…」

 私は、言った…

 元々、気の弱い当麻だ…

 まさか、大学で、イジメにあっているわけでは、あるまい…

 私は、当麻が、心配になった…

 「…いや、ボクにその話を頼んだ人間が、随分切羽詰まった感じだったんで…そいつに言い出すことを考えると、気が重くって…」

 当麻が告白する…

 「…気が重い?…」

 「…ほら、竹下さんだって、誰だって、同じでしょう…相手が、切羽詰まった感じで、頼みにきたのに、ダメだったなんて、軽く言えないでしょう?…」

 …たしかに、当麻の言うことは、わかる…

 …相手が、良い返事を期待しているのに、軽い感じで、ダメだったなんて、言えない…

 だが、私としても、どうすることもできない…

 今さら、高雄悠(ゆう)と、連絡が取れないからだ…

 しかし、そもそも、この当麻に、そんなことを頼んだ人間は、どんな人間なんだ?

 いや、

 そもそも、当麻になにを期待して、頼んだんだ?

 いや、

 もっと言えば、私を通じて、高雄悠(ゆう)と、会って、なにをする気だったんだ?

 謎がある…

 目的がある…

 その目的は、なんだ?

 私は、思った…

 だから、落ち込む、当麻に、

 「…当麻…そいつは、一体、高雄の息子さんに会って、なにをしたいんだ?…」

 直球で、聞いた…

 「…なにをって?…」

 「…目的があるだろ? 高雄組組長の息子さんと会って、なにをしたいんだ?…」

 「…ボクも詳しくは、知らないけど…」

 当麻が言いよどむ…

 「…なにしろ、友達の友達の、そのまた友達って感じで、ボクの友達も会ったことのないひとで、ただ、当然、高雄組組長の息子さんと会いたいと、言うぐらいだから、目的は、聞いたらしい…」

 「…だったら、その目的は、なんだ?…」

 「…今、山田会と松尾会が、抗争をしているだろ? …その調停というか?…」

 当麻がいいづらそうに、言う…

 「…調停? だって、高雄さんの息子さんは、ヤクザじゃないぞ…堅気だぞ…」

 私は言った…

 「…いや、それは、わかってるけど、松尾会の関係者で、山田会のお偉方と、直接コンタクトを取れる人間がいないらしくて…いわゆる、伝言ゲームみたいなもので、ボクが、竹下さんが、高雄さんの息子さんと知り合いだったことを話したら、それが、話した友達が、別の友達に話して、その友達が、また別の友達にって感じで…」

 当麻の説明に私は、開いた口が塞がらなかった…

 たしかに、説明されれば、わかるが、あまりにも、突飛すぎるというか、ありえない話だった…

 見ず知らずの素人の私を通じて、山田会との接点を探すなんて…

 正気の沙汰ではない…

 だが、少し考えると、それほど、追い込まれていることの証だと気付いた…

 ありえない話だが、そんなありえない話にすがるほど、松尾会は、追い込まれているのかもしれない…

 だが、

 私には、どうすることもできない…

 残念ながら、どうすることもできない…

 当たり前のことだ…

 「…残念だけど…」

 私は、言った…

 「…私には、どうにもならないさ…」

 私は、続けた…

 当麻は、私の言葉に、

 「…ですよね…」

 と、相槌を打った…

 それで、おしまいだった…

 残念ながら、おしまいだった…

 当麻には、悪いが、私風情が、どうこうできる問題ではない…

 なにしろ、話がデカすぎる…

 漫画ではないのだから、ここで、私、竹下クミが、いきなり登場して、山田会と松尾会の争いを止めることなど、できるわけがない…

 …そういうことだ…

 私と、当麻の間に、なんとなく、居心地の悪い風が吹いたと言うか…

 互いに、その場にいるのが、いたたまれなくなった…

 だから、私は、

 「…そういうことだから…」

 と、言って、その場から去ろうとした…

 「…バックルームにでも、行って、商品の品出しに行って来る…」

 私が、宣言して、その場から去りかけた…

 と、その前に、突然、葉山が、立ち塞がった…

 「…力を貸してやれば、いいじゃないか?…」

 葉山がいきなり、私に言った…

 「…力?…」

 私は、ポカンと、葉山の言葉を繰り返した…

 「…そう…竹下さんの力…」

 「…力って…そんな力、私には、ないです…」

 「…竹下さんが、そう思っているだけさ…」

 「…私が、そう思ってるだけ?…」

 葉山が意外なことを言う…

 「…竹下さんに力がなければ、あの高雄組組長も、わざわざ、この店に、竹下さんに、会いに来るはずがないよ…」

 葉山が、事もなげに言った…

 …だが、それは、誤解…

 …あの高雄組組長が、私を死んだ山田会の古賀会長の探していた娘と誤解してるだけだ…

 私は言いたかったが、黙っていた…

 なんだか、説明するのが、面倒くさかった…

 また、なぜか、周囲の者に、それを説明しても、信じない人間が大半だったから、余計に説明するのが、億劫になったのも、大きい…

 とにかく、この葉山に説明するのが、嫌だった…

 「…高雄さんが、嫌なら、稲葉さんに、連絡すれば、いいんじゃないか? …」

 葉山が、突然、言った…

 「…稲葉って…」

 思わず、私は、絶句した…

 どうして、私が、稲葉五郎と接点があるのを、この葉山は知っているんだ…

 私は、驚いた…

 だから、直球で、聞いた…

 「…私が、稲葉さんと、面識があるのを、店長は知ってるんですか?…」

 「…いや…知らないよ…」

 「…知らない? …だったら、どうして、そんなことを?…」

 「…竹下さんは、高雄さんを知ってるぐらいだから、稲葉さんも知ってると思っただけさ…」

 葉山が、説明する…

 だが、私は、葉山のその説明を信じなかった…

 たしかに、辻褄は合う…

 だが、どうにも、謎がある…

 私が、高雄組組長を知ってるからといって、稲葉五郎を知ってると、普通、考えるだろうか?

 大いに疑問だ…

 が、同時に思った…

 実は、私にとって、高雄組組長に連絡よりも、はるかに、稲葉五郎と話す方が、話しやすいというか…

 ハードルが低い…

 最初、会った時、正直、稲葉五郎が怖かった…

 高雄組組長は、見るからに、真面目な銀行員のような印象を受けるが、その実、取っつきにくいというか…

 その点、稲葉五郎は、見るからに、ゴツイ顔をしたヤクザそのものだが、なんだか、私に優しい…

 まるで、娘を見るように優しい…

 それを思い出した…

 でも、やはり、稲葉五郎に直接電話をするのは、ハードルが高い…

 いくら、私に優しくとも、稲葉五郎は、ヤクザ界の大物…

 ヤクザ界のスターだ…

 どうにも、恐れ多くて、自分から、電話をするのは、ハードルが高い…

 そのときだった…

 「…きっと、稲葉さんも、高雄さんも、困っていると思うよ…」

 葉山が口を出した…

 「…困ってる?…」

 「…このご時世だ…安易に抗争はできないよ…山田会も、松尾会も、うまく、幕を引きたいと願ってるはずだよ…誰かが、間に入って、うまく、話をまとめてくれれば、いいだろうけど、それも、うまくいかなかったんじゃないかな…だから、この当麻クンを頼ったに決まってるよ…」

 葉山が説明する。

 事実、葉山の言う通りだろう…

 困ってなければ、友達の友達の、そのまた友達なんて、まるで、伝言ゲームのように、薄い人間関係にもかかわらず、それを頼りに連絡をしてくることなんて、ありえないからだ…

 だが、やはり、稲葉五郎に連絡をするのは、ハードルが高い…

 自分の父親と同世代の人間に、直接連絡をするのは、ハードルが高い…

 と、そのときだった…

 「…竹下さん…稲葉さんや高雄さんに直接連絡をするのが、嫌だったら、竹下さんの近い世代の人間と連絡をすれば、いいよ…稲葉さんや高雄さんの若い衆とか…」

 その言葉で、稲葉五郎の側近の若い衆…

 戸田を思い出した…

 あの戸田ならば、話をしやすい…

 高雄悠(ゆう)よりも、話をしやすい…

 ならば、あの戸田に連絡して、稲葉五郎に動いてもらうか?

 そう閃いた…

 と、同時に、気付いた…

 この葉山の正体に、だ…

 謎がある…

 なんとなく、葉山の正体に興味が湧いた…

 ずばり、気になった…

                
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