第11話

文字数 5,068文字

 …林の誘いに乗るべきか?…

 それとも、乗らないべきか?…

 私は、考えた。

 林が、私のバイトするコンビニから出て行った後、ひどく悩んだ…

 林の正体は、わからない…

 もしかしたら、どこかの大物ヤクザの娘かもしれない…

 でも、そしたら、怖い…

 何度も言うが、私は、ヤクザもヤンキーも苦手な至って、平凡な女…

 絵に描いたような、平凡な女だ…

 だから、怖い…

 林が、ヤクザの娘ならば、怖い…

 だから、私は考えた。

 林の誘いに、乗るべきか、どうか、迷った…

 すると、私の悩みが、態度に出ていたのだろう…

 「…どうしたの? 竹下さん…なに、悩んでいるの?…」

 と、誰かが、気安く声をかけてきた…

 私は、声をかけてきた相手を見た…

 いや、実を言うと、見る前から、誰だか、わかっていた…

 声でわかる…

 声をかけてきたのは、店長の葉山だった…

 葉山は、小柄な男で、三十代だが、独身…

 当初は、人の良さだけで、これまで、世の中を生き抜いてきたような、とりたてて、特徴のない平凡な男だと思っていた…

 「…なに、悩んでいるの?…」

 気安い感じで、繰り返した…

 私は、言うべきか、どうか、悩んだ…

 そして、葉山のことを考えた。

 この葉山は、いつもニコニコと愛想が良い…

 私は、最初、葉山という男が、そういう男だと思った…

 しかし、いつの頃からか、それが営業用のスマイル=笑みであることに気付いた…

 それに、気付いたのは、偶然…

 偶然、街中で、葉山を見たときだった…

 葉山は仏頂面で、不機嫌そうに歩いていた…

 私は、遠くから、チラッと見ただけだったので、葉山は気付かなかったのだろう…

 そのとき、私は、今日、林と会ったときと、同じく、慌てて、身を隠した…

 そして、驚いた…

 いつも、店で会う葉山とは、別人だったからだ…

 それから、店で葉山を観察することにした…

 すると、ほどなく葉山の笑いは営業用のスマイル=作り笑いであることに、気付いた…

 これに、気付いたときは、驚いたが、冷静に考えると、ある意味当たり前だった…

 いつも、四六時中、ニコニコとしている人間はいない…

 それに気付いた私は、いつしか、葉山を警戒することにした…

 葉山が、いつも見せかけるような人間でないことに、気が付いたからだ…

 だから、今も、葉山から、
 
 「…なに、悩んでいるの?…」

 と、気安く訊かれて、どう答えていいか、わからなかった…

 「…いえ、悩みなんて、なにも…」

 と、言えば、どう見てもバレバレのウソだし…

 かといって、私の就職とは、なんの縁もゆかりもない、葉山にすべて打ち明けることは、できない…

 私は、悩んだが、

 「…竹下さん、悩んだときは、自分の性格を考えるんだよ…」

 と、葉山が以外なことを言った…

 意味がわからなかった…

 「…自分の性格って?…」

 「…ほら…例えば、今、竹下さんが、男に誘われて、デートに行くべきか、行かないべきか、悩んでいたとする…そのとき、自分の性格を考えるんだ…」

 「…どういうことですか?…」

 「…行ってみて、後悔するか、行かないで、後悔するかの違い…ほら、竹下さんだって、その歳まで好きな男の一人や二人はいただろう…男に告白して、フラれることを恐れるか、それとも、告白しないべきか、どっちにしても、後になって、後悔しない方を選んだ方がいい…自分の性格を考えてと言ったのは、そういうこと…」

 なるほど、うまいことを言う…

 さすがに、年上だ…

 私よりも長く生きてきただけのことはある…

 気が付くと、私は、

 「…承知!…」

 と、いつのまにか、口に出していた(笑)…

 私の返答に、葉山は苦笑した。

 「…竹下さんが、いると、この店の雰囲気が、一気に明るくなる…」

 「…明るくなる? …どういうことですか?…」

 「…竹下さんが、この店の雰囲気を作っているといっても、過言じゃない…」

 葉山の言葉に、もう一人、同じ時間にシフトに入っていた大学生の男の当麻が、クスッと笑うのが、見えた。

 …なんだ? 一体?…

 私は、当麻の態度に当惑した。

 私が、当麻を睨みつけると、

 「…竹下さんって、結構面白いんですよ…」

 と、当麻が、笑いながら、言った。

 「…面白い? 私が?…」

 …どういうことだ?…

 …私は、面白くもなんともないぞ!…

 私が、再び当麻を睨みつけると、

 「…竹下さん、今も突然、承知とか言って…竹下さん以外、誰もそんなこと言わないですよ…」

 「…」

 「…竹下さんは、自分でも気づいていないかもしれませんが、愛されキャラなんです…」

 「…私が愛されキャラ?…」

 「…なんていうか、誰もが近くにいてもらいたい存在というか…竹下さんが、身近にいると、その場の空気がなごむんです…」

 私は、当麻の言葉に唖然とした。

 そして、店長の葉山を見た。

 葉山が、どういう顔=表情をしているか、知りたかったからだ…

 葉山もまた、当麻同様笑っていた…

 私は、二人の言葉に、ショックで、

 「…」

 と、絶句したが、すぐに態勢を立て直した。

 ずばり、反撃したのだ…

 「…そんなことはないさ…だったら、就活もここまで、苦戦しなかった…私が愛されキャラなら、就活も楽勝だったはず…」

 私の言葉に、当麻が笑った…

 「…竹下さん、頼りないんですよ…」

 「…頼りない?…」

 「…就活って、はっきり言って、使えそうなヤツから採用するじゃないですか? 学歴とか、大したことがないヤツでも、一目見て、使えそうなヤツとかいるじゃないですか? でも、竹下さん、そういうタイプじゃない…だから、就活は苦戦したんです…」

 私は、当麻の言葉に、頭にきた…

 たしかに、当麻の言うことは、わかる…

 はっきり、わかる…

 私はひとを率いたり、集団の先頭に立つタイプの人間じゃない…

 頼りないと言われたのも、わかる…

 否定はできない…

 しかし、

 しかし、だ…

 それを面と向かって、当人の前で、普通、言うか?

 私は、それに頭にきたのだ…

 「…当麻!…」

 私は言った。

 「…言っていいことと悪いことがあるぞ…オマエになにができる? …私の真似ができるか?…」

 「…できません…」

 当麻が笑いながら言った…

 そして、続けた。

 「…だって、この店に、竹下さん、目当てに、男のコが来ていることに、竹下さん、気付いていないでしょ?…」

 「…私を目当て?…」

 驚いた。

 考えてもいない言葉だった…

 それから、すぐに考えた。

 「…ウソをつくな、当麻! 私をからかってるんだろ?…」

 「…からかってなんかいません…」

 当麻が真顔で、反論した。

 「…店長だって、知ってますよ…知らないのは、竹下さんだけ…」

 私は、当麻の言葉で、店長の葉山を見た。

 葉山もまた、当麻と同じく笑っていた…

 「…当麻クンの言う通り…」

 葉山が続ける。

 「…竹下さん、鈍いんだよ…」

 「…鈍い?…」

 「…もっとも、それがまた竹下さんらしくて、いいところなんだけど…」

 「…どういうことですか?…」

 「…ほら、さっき、ボクが言ったでしょ?
 …この店の雰囲気は、竹下さんが作っていると…竹下さんを見に、この店にやって来るお客様は、確実にいる…」 

 「…どうして、わかるんですか?…」

 「…竹下さんをチラチラ見ている若いコを見れば、誰でもわかるよ…わからないのは、竹下さんだけ…」

 「…私だけ?…」

 「…そう…」

 私は、葉山の言葉に、考え込んだ…

 「…でも、私は、お客様に一度でもコクられたりすることもなかったし…」

 「…それは、好きが違うからだよ…」

 「…好きが違う?…」

 「…あんな友達が欲しいとか、バイトだったら、こんなひとがバイト仲間だったら、楽しいとか、あるでしょ?…」

 「…竹下さんがいると、さっきも言ったように、一気に店の雰囲気が明るくなる…だから、それに惹かれて、お客様もこの店にやって来てくれる…そういうことだよ…」

 私は店長の葉山の言葉に、

 「…」

 と、言葉もなかった…

 …私がいると、店の雰囲気が明るくなって、楽しい…

 そんなことを言われても、全然、嬉しくなかった…

 いや、

 嬉しくないわけではない…

 だが、やはり、キレイだとか、可愛いとか、言ってもらいたい…

 これは、男も同じだろう…

 いっしょにいて、楽しいとか、言われるよりも、カッコイイとか、イケメンとか、言われるほうが、嬉しい…

 そういうことだ…

 だから、少々複雑な気分だった…

 そして、気付いた。

 もしかしたら、あの林も同じなのでは? と、気付いた…

 ほとんど同じ顔を持つ、五人の女…

 その中で、おそらく、私が一番軽いというか、話しやすいキャラに違いない…

 だから、林は、私の勤務するコンビニに、やって来たのでは? と、思った…

 男と女ではないが、女から見て、この男なら、落とせる!

 あるいは、

 なんとかなる、と思うのは、直感…

 直感だ!

 理由などない!

 これは、男も同じ…

 同じだ!

 男から見て、この女なら、落とせると、思っても、それが、どうして、そう思うのか、仮に理由を聞いても、答えなど、ない!

 これもまた、直感に他ならないからだ…

 そして、直感の内容を、もっと具体的に言えば、それは、相性だったり、する…

 いわゆる一目見て、自分に合うかどうか、直感で、判断する…

 そういうことだろう…

 ヤンキーがごろごろいる場所に、この平凡な、竹下クミが行けば、慌てて、逃げ出す…

 そういうことだ(笑)…

 話は、それたが、私はそう思った…

 林は、おそらく私が、一番話しやすいと思ったのでは? と、考えた…

 率直に言って、これもまた、嬉しくなかった…

 話しやすいというのは、別の言い方をすれば、軽いということに他ならない…

 人間として、重みがないということに、他ならない…

 なにより、たった今、バイト仲間の当麻に、竹下さんは、頼りないと、言われたばかりだ…

 しかも、当麻は、歳下…

 私よりも、二歳は歳下…

 そんな当麻に、頼りないなんて、言われるとは?

 竹下クミ…一世一代の恥辱…

 屈辱に他ならない…

 しかも、また、それを否定できないのは、辛かった…

 と、同時に、たった今、当麻に指摘されて、この竹下クミが就職に苦戦した理由が、今さらながら、わかった…

 就職は、見た目…

 見た目に他ならない…

 ルックスも含めて、一目見て、相手がその人間をどう思うか、どうかだ…

 使えるか、否か…

 性格が良さそうか、否か…

 協調性がありそうか、否か…

 面接で判断する。

 これは、誰でも同じ…

 同じだ…

 そして、その判断は、大抵が同じ…

 無論、全部が同じではないが、八割程度は、誰もが同じだ…

 アイツは性格が悪いと、思えば、大抵の人間は、同じように、思っている…

 思っていないのは、同じように、性格が悪いもの同士に他ならない(笑)…

 性格が似ているから、いつも、いっしょにいる…

 つるむ…

 そして、周囲の人間は皆眉をひそめて、彼ら、あるいは、彼女らを見ている…

 そういうことだ…

 問題なのは、彼ら、あるいは、彼女らの中で、誰一人、それに気付かないことに、他ならない…

 もっとも、気付くぐらいの能力があれば、すぐに、その集団から、離れるだろう(笑)…

 それをしないのではなく、できないのだ…

 そして、この竹下クミは、やはり、一目見て、使えないというか、頼りないと思われたのだろう…

 そう思うと、今さらながら、自分の評価が辛かった…

 情けなかった…

 ショックだった…

                
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