第99話
文字数 5,954文字
稲葉五郎…
次期、山田会会長の大物ヤクザ…
たしかに、カラダは大きく、ゴツイ顔をして、いかにも、強そう…
俳優でいえば、遠藤憲一のよう…
そして、対する、高雄組組長は、俳優でいえば、松重豊だ…
共通点は、背が高いこと…
どちらも、長身だ…
ただ、高雄組組長は、松重豊…
ヤクザにもなれるが、銀行員にもなれる…
要するに、見るからに凶暴なヤクザにもなれるが、お堅い銀行員にも、なれる…
その点、稲葉五郎は、遠藤憲一だから、ヤクザは演じられるが、お堅い銀行員は、無理…
誰がどう見ても、お堅い銀行員には、見えない(笑)…
ただ、何度も言うように、見えないだけだ…
実際に、遠藤憲一が、東大を出てもいいし、エリート銀行員であってもいい…
ただ、その場合は、外観で、損をするだろう…
どうしても、見た目=外観は大事だ…
ファースト・インプレッション=第一印象は、見た目で決まるからだ…
高雄組組長は、昔、イケイケのヤクザだったと、高雄悠(ゆう)が、言ったことがある…
いわゆる、ヤクザらしいヤクザ…
稲葉五郎と同じ、昔ながらのゴツイヤクザだ…
たしかに、高雄組組長は、松重豊のように、長身だから、それもできたかもしれない…
カラダが大きいから、できたかもしれない…
しかし、弟分に、稲葉五郎ができて、路線を変えた…
高雄悠(ゆう)は、そう言った…
稲葉五郎は、生粋のヤクザ…
ヤクザが似合うヤクザだ…
カラダが大きく、腕っぷしが強い…
高雄の父は、稲葉五郎を見て、自分は、このままでは、稲葉五郎に勝てない…
それを悟ったから、腕っぷしではなく、経済に舵を切った…
ヤクザ=抗争ではなく、
ヤクザ=金儲け
といおうか、いわゆる、経済ヤクザとして、生きてきた…
経済ヤクザに、路線を変えた…
つまりは、腕っぷしでは、稲葉五郎に勝てないから、経済ヤクザとして、生きてゆこうとした…
ちょうど、ボクシングでは勝てないから、数学で勝負しよう…
将棋で勝負しよう…
というのに、似ている…
同じ分野で、競っても、自分に勝ち目がないから、分野を変える…
至極、真っ当な判断だ…
死んだ古賀会長は、その二人を車の両輪のように、使った…
抗争は、稲葉五郎…
金は、高雄組組長…
そして、その二人の組み合わせは、うまくゆき、山田会を、日本で二番目に大きな暴力団にのし上げた…
だが、古賀会長が死に、二人の間に亀裂が入った…
誰が、次の山田会会長に就任するかで、争った…
稲葉五郎に、付くのは、山田会でも、抗争=ケンカに強い一派…
高雄組組長に付くのは、同じような経済ヤクザ…
金儲けがうまいヤクザだ…
元々、同じ山田会内部でも、水と油と言うか…
一言で、言って、人種が違う…
一言で言えば、体育会系か、文科系かの違いだ…
体育会系=抗争=ケンカが強い…
文科系=インテリ=金儲けがうまい…
その違いだ…
だから、元々、うまくいかない(笑)…
そもそも、考え方が違う…
が、それをうまく束ねるというか、まとめることで、山田会は、うまく機能した…
それで、組織が大きくなった…
そう、ネットに書いてあった(笑)…
だが、それが、今、大きく軋(きし)んできた…
いわゆる武闘派の稲葉五郎の一派が突出して、大きくなった…
穏健派というか、金融派というか、経済ヤクザの、高雄組を中心とする一派は、高雄組組長の失速で、急速に、山田会内部で、力を失ってゆくというか…
互いの勢力のバランスが崩れた…
これは、一体、どういう結末を迎えることになるのだろうか?
私は、ボンヤリと、そんなことを、考えた…
誰もが、嫌いな人間の下に付くのは、嫌に決まっている…
経済ヤクザが、押しなべて、武闘派の下に付くのは、納得できないだろう…
もしかしたら、また、なにか、騒動があるかも?
そんなことを、考えながら、夜も更けていった…
翌朝、朝、目が覚めたときに、私の予感が的中したことを、悟った…
稲葉五郎が襲われたのだ…
いや、正確には、稲葉五郎の事務所…あの私が訪れたことのある、稲葉一家の事務所がテレビに映った…
その稲葉一家の事務所の窓ガラスが、滅茶苦茶に割れていた…
銃撃があったのだ…
いわゆる、カチコミだった…
映像が、ニュースで、流れていた…
イマドキ、ヤクザの抗争は、珍しい…
暴対法の時代になって、ヤクザの抗争は、めっきり減った…
なにしろ、ヤクザは、一人殺せば、死刑か、終身刑か、30年ぐらいの懲役になる…
普通に考えれば、人生は、終了…
一生、刑務所で、過ごすことになる…
そんな時代だから、このカチコミという行為をするヤクザも減った…
下手をして、警察に摑まれば、そんな死者もけが人も、出ていない犯罪でも、刑務所に何年も入れられるかもしれないからだ…
偶然かもしれないが、稲葉五郎の姿が、テレビに映った…
稲葉五郎の顔は、緊張というより、憔悴しているように見えた…
落胆しているように、見えた…
当たり前だが、インタビューを試みた記者というか、レポーターの質問には、一切、答えなかった…
無言だった…
私は、当然ながら、稲葉五郎を知っている…
だが、あんな稲葉五郎の姿を見るのは、初めてだった…
私に見せる姿とは、全然違った…
いつも、私に見せる姿は、笑顔だった…
常に笑顔を絶やさなかった…
まるで、溺愛する娘を見守る父親だった…
それが、見たこともない仏頂面だった…
自分の組事務所が、襲われたのだから、当たり前と言えば、当たり前だが、私には、なにか、予感というか…
予兆というか…
とにかく、なにか、不幸なことが始める予感に思えた…
そして、それは、的中した…
それは、中国政府の動向だった…
中国政府が、杉崎実業の一件について、公式に報道した…
いわゆる、中国のスポークスマンである、報道官が、杉崎実業の一件について、語った…
「…日本で、杉崎実業という会社が、中国に不正に製品を輸出しているという事実があり、日本政府が、杉崎実業を調査しているという話がありますが、これをどう思いますか?…」
恒例の記者会見で、記者に聞かれると、
「…中国は、いつも平和を望んでいます…これは、戦争でも、中国は、先に核兵器を使うことは、絶対にしないと、世界各国に宣言しています…それと同じように、平和を願う国家として、中国は、ルールを守ります…他国が、中国に、その製品を輸出しないのは、その他国の戦略であり、中国は、それもまた良しとします…どんな国にも戦略があるからです…中国は、そのルールを破ってまで、他国と争うつもりは、ありません…繰り返しますが、それは、中国は、平和を愛する国家だからです…」
と、報道官は、真顔で言った…
思わず吹き出しかねない言葉だった…
きっと、この報道官も内心苦しかったに違いない(笑)…
完全にお芝居だった…
あらかじめ、質問をする記者と打ち合わせた上での、想定内の質問だった…
臭い、お芝居だった…
ただ、日本ではなく、他国と言ったことで、必要以上にことを荒立てたくない真意が、あることを仄(ほの)めかした…
それは、すぐに、日本政府にも、伝わった…
要するに、杉崎実業の一件を、大げさに荒立てるなということだと、解釈した…
それによって、当初、想定していたよりも、杉崎実業に対する、捜査は大甘になった…
アメリカの手前もあり、当初は、杉崎実業を潰すつもりだった日本政府は、大甘捜査に、終始した…
杉崎実業の中国への不正輸出について、不問に付すことは、さすがにできないが、当初、予定した、全業務停止や、密かに関係者に命じて、市場からの締め出しを意図していたが、それをしなかった…
日中間で、ことを荒立てることをしないという暗黙の了解ができ上った…
そして、それを主導したのは、あの大場小太郎代議士だった…
あの大場小太郎代議士が、率先して、その問題にあたったと、ネットや、週刊誌に書いてあった…
私は、それを見て、考えた…
あの大場代議士の立ち位置を、だ…
あの大場代議士の役割を、だ…
つまるところ、大場代議士は、勝ち組…
稲葉五郎同様、勝ち組だった…
杉崎実業を巡る処置で、大場小太郎代議士は、国会で、その存在感を高めた…
大場小太郎代議士は、元々、生まれもよく、背も高く、顔も良く、知的なインテリといった感じのルックスの持ち主で、次期総理総裁候補の筆頭に長らく挙げられていたが、正直、存在感が、薄かった…
そして、それが、大場小太郎代議士の最大のウィークポイントだった…
どんな美男美女といえども、存在感が薄い人間が、稀にいる…
顔=ルックスがいいのだが、華がないのだ…
だから、大勢の中で、目立たない…
大場小太郎代議士は、まさに、それだった…
背も高く、顔も良く、頭もいい…
しかし、華がない…
華=存在感がない…
それゆえ、苦悩した…
華がなければ、集団の中で、目立たないからだ…
国会議員は、芸能人と似ている…
共に、人気商売…
芸能人は、客から指示されることが前提…
客は、テレビでは、視聴率…
歌手では、売り上げが人気のバロメーター…
それに対して、国会議員は、知名度と、得票数だ…
とにかく有名でなければ、ならない…
しかしながら、大場小太郎は、家柄もよく、頭もよく、ルックスも良かったが、唯一、華がなかった…
それゆえ、国会内では、ともかく、全国的な知名度は、イマイチだった…
しかし、今回の杉崎実業に関する話題では、一転して、常に話題の中心にいた…
元々は、自民党内で、大場派の領袖であり、立派な派閥の会長であり、政治的には、中心人物の一人だった…
だから、当然、力はある…
その大場小太郎は、杉崎実業を巡る一件で、ヤクザでいえば、男を上げた…
知名度を上げた…
これで、一気に全国区に成り上がった…
これまで、全国的な知名度に苦しんでいた大場小太郎だったが、一気に挽回した…
前回、稲葉五郎との関係が取り沙汰され、負のイメージがついた大場小太郎だったが、そんな一件は、今度のことで、キレイに吹き飛んだ…
まるで、国会は、大場小太郎の独断場だった…
メディアも大場小太郎の特集を組むほど、大場小太郎を持ち上げた…
元々は、華がないとは、いえ、ルックスに問題はない…
背が高く、顔も端正で、見るからに、知的なインテリ…
それが、脚光を浴びたのだから、人気が出ないわけは、なかった…
私は、ただ、唖然として、それを見ていた…
自宅で、テレビやネット、外出先で、スマホで、見ていた…
なにより、私の身近にいた人間が、テレビやネットで、報道される…
以前も書いたが、それが、不思議だった…
文字通り、不思議な感覚だった…
そんな思いを抱きながら、私は、今日も、コンビニで、アルバイトに精を出していた…
必死になって働くことで、収入を得ようともがいていたのだ…
卒直に言って、杉崎実業の前途は、さっぱりわからなかった…
中国政府に、本来輸出禁止の製品を輸出して、日本政府からペナルティを取られたものの、それは、当初想定されたペナルティから、比べると、はるかに、優しいものだった…
厳しいものではなかった…
それは、なにより、中国政府と日本政府との間の阿吽(あうん)の呼吸というか…
騒動をこれ以上、大げさにしたくない意図があってのものだった…
だから、表面上は、杉崎実業に大したペナルティはなかった…
三か月の全面的な業務停止…
それが、日本政府が下した、処分だった…
つまりは、三か月は、休業するということだ…
休むということだ…
そして、私…
私、竹下クミに、杉崎実業からは、なんの連絡もなかった…
内定を辞退しろと、強制されることもなければ、なにもなかった…
こちらが、困惑するほどだった…
どうしていいか、わからないほどだった…
会社の経営状態は、お世辞にも良いとは、思えない…
しかし、日本政府は、暗黙の了解で、杉崎実業の存続を認める方針のようだった…
本来、杉崎実業は、高雄組のフロント企業であり、それが、週刊誌等で、世間に報道された時点で、アウトというか…
暴力団と繋がっていることが、わかった時点で、アウトだったはずだ…
東京証券取引所からは、上場廃止の命令を受け、会社としての存続もほぼありえないはずだった…
それが、内部調査の結果、暴力団に株を買い占められ、経営権を握られたにも、かかわらず、実質的には、暴力団に経営の指示を受けていないことが、政府に報告された…
その報告で、杉崎実業は、存続を認められた…
暴力団=高雄組が、持っている杉崎実業の株式を、政府系の金融機関が、いったん買い上げ、買い上げた、株式の金額を、高雄組に与えた…
金額は、40億…
つまりは、杉崎実業を実質的に、国有化したのだ…
一民間企業としては、ありえない厚遇だった…
かつて、山一證券や、ダイエーなど、なんらかの形で、政府が、倒産しないように、お金を出して、助けた企業はある…
しかし、それは、大企業であり、仮に、倒産すれば、大勢の人間が、路頭に迷うことになる…
失業者が、世間に溢れ、大げさにいえば、社会不安を起こしかねない…
また、世界恐慌の引き金を起こしかねない…
そんな、さまざまな危険を併せ持つことで、大企業は、優遇され、事実上、倒産したにもかかわらず、政府が、金を出して、助けた…
しかし、杉崎実業は、違う…
東証一部上場とはいえ、名もない、無名企業…
にも、かかわらず、この扱いは、まさに破格だった…
ありえない、厚遇だった…
そして、それは、結果的に、高雄組をも、救った…
なぜならば、高雄組が出資した金、40億円が、高雄組に返されたからだ…
正直言って、高雄組が、買い取った株の総額は、もっと大きかったと、言われている…
ただ、どれぐらい減額されたかは、わからないが、40億円は、手元に戻って来た…
それは、経済ヤクザとして、手元に金はできたことになる…
つまりは、規模が縮小したが、高雄組が生き残れる可能性ができたことを意味した…
山田会の次期会長レースでは、稲葉五郎の圧勝だったが、高雄組は生き残ることは、できた…
高雄組組長が、ヤクザとして、山田会で、生き残ることができるか、どうかはわからない…
しかし、死ぬことは、なくなった…
殺されることは、なくなった…
そういうことだ…
松尾会長のことは、わからない…
しかし、勝負は、決着した…
稲葉五郎と、大場小太郎は、勝ち、高雄組長と、松尾会長は、負けた…
そう、見えた…
この時点では…
次期、山田会会長の大物ヤクザ…
たしかに、カラダは大きく、ゴツイ顔をして、いかにも、強そう…
俳優でいえば、遠藤憲一のよう…
そして、対する、高雄組組長は、俳優でいえば、松重豊だ…
共通点は、背が高いこと…
どちらも、長身だ…
ただ、高雄組組長は、松重豊…
ヤクザにもなれるが、銀行員にもなれる…
要するに、見るからに凶暴なヤクザにもなれるが、お堅い銀行員にも、なれる…
その点、稲葉五郎は、遠藤憲一だから、ヤクザは演じられるが、お堅い銀行員は、無理…
誰がどう見ても、お堅い銀行員には、見えない(笑)…
ただ、何度も言うように、見えないだけだ…
実際に、遠藤憲一が、東大を出てもいいし、エリート銀行員であってもいい…
ただ、その場合は、外観で、損をするだろう…
どうしても、見た目=外観は大事だ…
ファースト・インプレッション=第一印象は、見た目で決まるからだ…
高雄組組長は、昔、イケイケのヤクザだったと、高雄悠(ゆう)が、言ったことがある…
いわゆる、ヤクザらしいヤクザ…
稲葉五郎と同じ、昔ながらのゴツイヤクザだ…
たしかに、高雄組組長は、松重豊のように、長身だから、それもできたかもしれない…
カラダが大きいから、できたかもしれない…
しかし、弟分に、稲葉五郎ができて、路線を変えた…
高雄悠(ゆう)は、そう言った…
稲葉五郎は、生粋のヤクザ…
ヤクザが似合うヤクザだ…
カラダが大きく、腕っぷしが強い…
高雄の父は、稲葉五郎を見て、自分は、このままでは、稲葉五郎に勝てない…
それを悟ったから、腕っぷしではなく、経済に舵を切った…
ヤクザ=抗争ではなく、
ヤクザ=金儲け
といおうか、いわゆる、経済ヤクザとして、生きてきた…
経済ヤクザに、路線を変えた…
つまりは、腕っぷしでは、稲葉五郎に勝てないから、経済ヤクザとして、生きてゆこうとした…
ちょうど、ボクシングでは勝てないから、数学で勝負しよう…
将棋で勝負しよう…
というのに、似ている…
同じ分野で、競っても、自分に勝ち目がないから、分野を変える…
至極、真っ当な判断だ…
死んだ古賀会長は、その二人を車の両輪のように、使った…
抗争は、稲葉五郎…
金は、高雄組組長…
そして、その二人の組み合わせは、うまくゆき、山田会を、日本で二番目に大きな暴力団にのし上げた…
だが、古賀会長が死に、二人の間に亀裂が入った…
誰が、次の山田会会長に就任するかで、争った…
稲葉五郎に、付くのは、山田会でも、抗争=ケンカに強い一派…
高雄組組長に付くのは、同じような経済ヤクザ…
金儲けがうまいヤクザだ…
元々、同じ山田会内部でも、水と油と言うか…
一言で、言って、人種が違う…
一言で言えば、体育会系か、文科系かの違いだ…
体育会系=抗争=ケンカが強い…
文科系=インテリ=金儲けがうまい…
その違いだ…
だから、元々、うまくいかない(笑)…
そもそも、考え方が違う…
が、それをうまく束ねるというか、まとめることで、山田会は、うまく機能した…
それで、組織が大きくなった…
そう、ネットに書いてあった(笑)…
だが、それが、今、大きく軋(きし)んできた…
いわゆる武闘派の稲葉五郎の一派が突出して、大きくなった…
穏健派というか、金融派というか、経済ヤクザの、高雄組を中心とする一派は、高雄組組長の失速で、急速に、山田会内部で、力を失ってゆくというか…
互いの勢力のバランスが崩れた…
これは、一体、どういう結末を迎えることになるのだろうか?
私は、ボンヤリと、そんなことを、考えた…
誰もが、嫌いな人間の下に付くのは、嫌に決まっている…
経済ヤクザが、押しなべて、武闘派の下に付くのは、納得できないだろう…
もしかしたら、また、なにか、騒動があるかも?
そんなことを、考えながら、夜も更けていった…
翌朝、朝、目が覚めたときに、私の予感が的中したことを、悟った…
稲葉五郎が襲われたのだ…
いや、正確には、稲葉五郎の事務所…あの私が訪れたことのある、稲葉一家の事務所がテレビに映った…
その稲葉一家の事務所の窓ガラスが、滅茶苦茶に割れていた…
銃撃があったのだ…
いわゆる、カチコミだった…
映像が、ニュースで、流れていた…
イマドキ、ヤクザの抗争は、珍しい…
暴対法の時代になって、ヤクザの抗争は、めっきり減った…
なにしろ、ヤクザは、一人殺せば、死刑か、終身刑か、30年ぐらいの懲役になる…
普通に考えれば、人生は、終了…
一生、刑務所で、過ごすことになる…
そんな時代だから、このカチコミという行為をするヤクザも減った…
下手をして、警察に摑まれば、そんな死者もけが人も、出ていない犯罪でも、刑務所に何年も入れられるかもしれないからだ…
偶然かもしれないが、稲葉五郎の姿が、テレビに映った…
稲葉五郎の顔は、緊張というより、憔悴しているように見えた…
落胆しているように、見えた…
当たり前だが、インタビューを試みた記者というか、レポーターの質問には、一切、答えなかった…
無言だった…
私は、当然ながら、稲葉五郎を知っている…
だが、あんな稲葉五郎の姿を見るのは、初めてだった…
私に見せる姿とは、全然違った…
いつも、私に見せる姿は、笑顔だった…
常に笑顔を絶やさなかった…
まるで、溺愛する娘を見守る父親だった…
それが、見たこともない仏頂面だった…
自分の組事務所が、襲われたのだから、当たり前と言えば、当たり前だが、私には、なにか、予感というか…
予兆というか…
とにかく、なにか、不幸なことが始める予感に思えた…
そして、それは、的中した…
それは、中国政府の動向だった…
中国政府が、杉崎実業の一件について、公式に報道した…
いわゆる、中国のスポークスマンである、報道官が、杉崎実業の一件について、語った…
「…日本で、杉崎実業という会社が、中国に不正に製品を輸出しているという事実があり、日本政府が、杉崎実業を調査しているという話がありますが、これをどう思いますか?…」
恒例の記者会見で、記者に聞かれると、
「…中国は、いつも平和を望んでいます…これは、戦争でも、中国は、先に核兵器を使うことは、絶対にしないと、世界各国に宣言しています…それと同じように、平和を願う国家として、中国は、ルールを守ります…他国が、中国に、その製品を輸出しないのは、その他国の戦略であり、中国は、それもまた良しとします…どんな国にも戦略があるからです…中国は、そのルールを破ってまで、他国と争うつもりは、ありません…繰り返しますが、それは、中国は、平和を愛する国家だからです…」
と、報道官は、真顔で言った…
思わず吹き出しかねない言葉だった…
きっと、この報道官も内心苦しかったに違いない(笑)…
完全にお芝居だった…
あらかじめ、質問をする記者と打ち合わせた上での、想定内の質問だった…
臭い、お芝居だった…
ただ、日本ではなく、他国と言ったことで、必要以上にことを荒立てたくない真意が、あることを仄(ほの)めかした…
それは、すぐに、日本政府にも、伝わった…
要するに、杉崎実業の一件を、大げさに荒立てるなということだと、解釈した…
それによって、当初、想定していたよりも、杉崎実業に対する、捜査は大甘になった…
アメリカの手前もあり、当初は、杉崎実業を潰すつもりだった日本政府は、大甘捜査に、終始した…
杉崎実業の中国への不正輸出について、不問に付すことは、さすがにできないが、当初、予定した、全業務停止や、密かに関係者に命じて、市場からの締め出しを意図していたが、それをしなかった…
日中間で、ことを荒立てることをしないという暗黙の了解ができ上った…
そして、それを主導したのは、あの大場小太郎代議士だった…
あの大場小太郎代議士が、率先して、その問題にあたったと、ネットや、週刊誌に書いてあった…
私は、それを見て、考えた…
あの大場代議士の立ち位置を、だ…
あの大場代議士の役割を、だ…
つまるところ、大場代議士は、勝ち組…
稲葉五郎同様、勝ち組だった…
杉崎実業を巡る処置で、大場小太郎代議士は、国会で、その存在感を高めた…
大場小太郎代議士は、元々、生まれもよく、背も高く、顔も良く、知的なインテリといった感じのルックスの持ち主で、次期総理総裁候補の筆頭に長らく挙げられていたが、正直、存在感が、薄かった…
そして、それが、大場小太郎代議士の最大のウィークポイントだった…
どんな美男美女といえども、存在感が薄い人間が、稀にいる…
顔=ルックスがいいのだが、華がないのだ…
だから、大勢の中で、目立たない…
大場小太郎代議士は、まさに、それだった…
背も高く、顔も良く、頭もいい…
しかし、華がない…
華=存在感がない…
それゆえ、苦悩した…
華がなければ、集団の中で、目立たないからだ…
国会議員は、芸能人と似ている…
共に、人気商売…
芸能人は、客から指示されることが前提…
客は、テレビでは、視聴率…
歌手では、売り上げが人気のバロメーター…
それに対して、国会議員は、知名度と、得票数だ…
とにかく有名でなければ、ならない…
しかしながら、大場小太郎は、家柄もよく、頭もよく、ルックスも良かったが、唯一、華がなかった…
それゆえ、国会内では、ともかく、全国的な知名度は、イマイチだった…
しかし、今回の杉崎実業に関する話題では、一転して、常に話題の中心にいた…
元々は、自民党内で、大場派の領袖であり、立派な派閥の会長であり、政治的には、中心人物の一人だった…
だから、当然、力はある…
その大場小太郎は、杉崎実業を巡る一件で、ヤクザでいえば、男を上げた…
知名度を上げた…
これで、一気に全国区に成り上がった…
これまで、全国的な知名度に苦しんでいた大場小太郎だったが、一気に挽回した…
前回、稲葉五郎との関係が取り沙汰され、負のイメージがついた大場小太郎だったが、そんな一件は、今度のことで、キレイに吹き飛んだ…
まるで、国会は、大場小太郎の独断場だった…
メディアも大場小太郎の特集を組むほど、大場小太郎を持ち上げた…
元々は、華がないとは、いえ、ルックスに問題はない…
背が高く、顔も端正で、見るからに、知的なインテリ…
それが、脚光を浴びたのだから、人気が出ないわけは、なかった…
私は、ただ、唖然として、それを見ていた…
自宅で、テレビやネット、外出先で、スマホで、見ていた…
なにより、私の身近にいた人間が、テレビやネットで、報道される…
以前も書いたが、それが、不思議だった…
文字通り、不思議な感覚だった…
そんな思いを抱きながら、私は、今日も、コンビニで、アルバイトに精を出していた…
必死になって働くことで、収入を得ようともがいていたのだ…
卒直に言って、杉崎実業の前途は、さっぱりわからなかった…
中国政府に、本来輸出禁止の製品を輸出して、日本政府からペナルティを取られたものの、それは、当初想定されたペナルティから、比べると、はるかに、優しいものだった…
厳しいものではなかった…
それは、なにより、中国政府と日本政府との間の阿吽(あうん)の呼吸というか…
騒動をこれ以上、大げさにしたくない意図があってのものだった…
だから、表面上は、杉崎実業に大したペナルティはなかった…
三か月の全面的な業務停止…
それが、日本政府が下した、処分だった…
つまりは、三か月は、休業するということだ…
休むということだ…
そして、私…
私、竹下クミに、杉崎実業からは、なんの連絡もなかった…
内定を辞退しろと、強制されることもなければ、なにもなかった…
こちらが、困惑するほどだった…
どうしていいか、わからないほどだった…
会社の経営状態は、お世辞にも良いとは、思えない…
しかし、日本政府は、暗黙の了解で、杉崎実業の存続を認める方針のようだった…
本来、杉崎実業は、高雄組のフロント企業であり、それが、週刊誌等で、世間に報道された時点で、アウトというか…
暴力団と繋がっていることが、わかった時点で、アウトだったはずだ…
東京証券取引所からは、上場廃止の命令を受け、会社としての存続もほぼありえないはずだった…
それが、内部調査の結果、暴力団に株を買い占められ、経営権を握られたにも、かかわらず、実質的には、暴力団に経営の指示を受けていないことが、政府に報告された…
その報告で、杉崎実業は、存続を認められた…
暴力団=高雄組が、持っている杉崎実業の株式を、政府系の金融機関が、いったん買い上げ、買い上げた、株式の金額を、高雄組に与えた…
金額は、40億…
つまりは、杉崎実業を実質的に、国有化したのだ…
一民間企業としては、ありえない厚遇だった…
かつて、山一證券や、ダイエーなど、なんらかの形で、政府が、倒産しないように、お金を出して、助けた企業はある…
しかし、それは、大企業であり、仮に、倒産すれば、大勢の人間が、路頭に迷うことになる…
失業者が、世間に溢れ、大げさにいえば、社会不安を起こしかねない…
また、世界恐慌の引き金を起こしかねない…
そんな、さまざまな危険を併せ持つことで、大企業は、優遇され、事実上、倒産したにもかかわらず、政府が、金を出して、助けた…
しかし、杉崎実業は、違う…
東証一部上場とはいえ、名もない、無名企業…
にも、かかわらず、この扱いは、まさに破格だった…
ありえない、厚遇だった…
そして、それは、結果的に、高雄組をも、救った…
なぜならば、高雄組が出資した金、40億円が、高雄組に返されたからだ…
正直言って、高雄組が、買い取った株の総額は、もっと大きかったと、言われている…
ただ、どれぐらい減額されたかは、わからないが、40億円は、手元に戻って来た…
それは、経済ヤクザとして、手元に金はできたことになる…
つまりは、規模が縮小したが、高雄組が生き残れる可能性ができたことを意味した…
山田会の次期会長レースでは、稲葉五郎の圧勝だったが、高雄組は生き残ることは、できた…
高雄組組長が、ヤクザとして、山田会で、生き残ることができるか、どうかはわからない…
しかし、死ぬことは、なくなった…
殺されることは、なくなった…
そういうことだ…
松尾会長のことは、わからない…
しかし、勝負は、決着した…
稲葉五郎と、大場小太郎は、勝ち、高雄組長と、松尾会長は、負けた…
そう、見えた…
この時点では…