第99話

文字数 5,954文字

 稲葉五郎…

 次期、山田会会長の大物ヤクザ…

 たしかに、カラダは大きく、ゴツイ顔をして、いかにも、強そう…

 俳優でいえば、遠藤憲一のよう…

 そして、対する、高雄組組長は、俳優でいえば、松重豊だ…

 共通点は、背が高いこと…

 どちらも、長身だ…

 ただ、高雄組組長は、松重豊…

 ヤクザにもなれるが、銀行員にもなれる…

 要するに、見るからに凶暴なヤクザにもなれるが、お堅い銀行員にも、なれる…

 その点、稲葉五郎は、遠藤憲一だから、ヤクザは演じられるが、お堅い銀行員は、無理…

 誰がどう見ても、お堅い銀行員には、見えない(笑)…

 ただ、何度も言うように、見えないだけだ…

 実際に、遠藤憲一が、東大を出てもいいし、エリート銀行員であってもいい…

 ただ、その場合は、外観で、損をするだろう…

 どうしても、見た目=外観は大事だ…

 ファースト・インプレッション=第一印象は、見た目で決まるからだ…

 高雄組組長は、昔、イケイケのヤクザだったと、高雄悠(ゆう)が、言ったことがある…

 いわゆる、ヤクザらしいヤクザ…

 稲葉五郎と同じ、昔ながらのゴツイヤクザだ…

 たしかに、高雄組組長は、松重豊のように、長身だから、それもできたかもしれない…

 カラダが大きいから、できたかもしれない…

 しかし、弟分に、稲葉五郎ができて、路線を変えた…

 高雄悠(ゆう)は、そう言った…

 稲葉五郎は、生粋のヤクザ…

 ヤクザが似合うヤクザだ…

 カラダが大きく、腕っぷしが強い…

 高雄の父は、稲葉五郎を見て、自分は、このままでは、稲葉五郎に勝てない…

 それを悟ったから、腕っぷしではなく、経済に舵を切った…

 ヤクザ=抗争ではなく、

 ヤクザ=金儲け

 といおうか、いわゆる、経済ヤクザとして、生きてきた…

 経済ヤクザに、路線を変えた…

 つまりは、腕っぷしでは、稲葉五郎に勝てないから、経済ヤクザとして、生きてゆこうとした…

 ちょうど、ボクシングでは勝てないから、数学で勝負しよう…

 将棋で勝負しよう…

 というのに、似ている…

 同じ分野で、競っても、自分に勝ち目がないから、分野を変える…

 至極、真っ当な判断だ…

 死んだ古賀会長は、その二人を車の両輪のように、使った…

 抗争は、稲葉五郎…

 金は、高雄組組長…

 そして、その二人の組み合わせは、うまくゆき、山田会を、日本で二番目に大きな暴力団にのし上げた…

 だが、古賀会長が死に、二人の間に亀裂が入った…

 誰が、次の山田会会長に就任するかで、争った…

 稲葉五郎に、付くのは、山田会でも、抗争=ケンカに強い一派…

 高雄組組長に付くのは、同じような経済ヤクザ…

 金儲けがうまいヤクザだ…

 元々、同じ山田会内部でも、水と油と言うか…

 一言で、言って、人種が違う…

 一言で言えば、体育会系か、文科系かの違いだ…

 体育会系=抗争=ケンカが強い…

 文科系=インテリ=金儲けがうまい…

 その違いだ…

 だから、元々、うまくいかない(笑)…

 そもそも、考え方が違う…

 が、それをうまく束ねるというか、まとめることで、山田会は、うまく機能した…

 それで、組織が大きくなった…

 そう、ネットに書いてあった(笑)…

 だが、それが、今、大きく軋(きし)んできた…

 いわゆる武闘派の稲葉五郎の一派が突出して、大きくなった…

 穏健派というか、金融派というか、経済ヤクザの、高雄組を中心とする一派は、高雄組組長の失速で、急速に、山田会内部で、力を失ってゆくというか…

 互いの勢力のバランスが崩れた…

 これは、一体、どういう結末を迎えることになるのだろうか?

 私は、ボンヤリと、そんなことを、考えた…

 誰もが、嫌いな人間の下に付くのは、嫌に決まっている…

 経済ヤクザが、押しなべて、武闘派の下に付くのは、納得できないだろう…

 もしかしたら、また、なにか、騒動があるかも?
 
 そんなことを、考えながら、夜も更けていった…

 翌朝、朝、目が覚めたときに、私の予感が的中したことを、悟った…

 稲葉五郎が襲われたのだ…

 いや、正確には、稲葉五郎の事務所…あの私が訪れたことのある、稲葉一家の事務所がテレビに映った…

 その稲葉一家の事務所の窓ガラスが、滅茶苦茶に割れていた…

 銃撃があったのだ…

 いわゆる、カチコミだった…

 映像が、ニュースで、流れていた…

 イマドキ、ヤクザの抗争は、珍しい…

 暴対法の時代になって、ヤクザの抗争は、めっきり減った…

 なにしろ、ヤクザは、一人殺せば、死刑か、終身刑か、30年ぐらいの懲役になる…

 普通に考えれば、人生は、終了…

 一生、刑務所で、過ごすことになる…

 そんな時代だから、このカチコミという行為をするヤクザも減った…

 下手をして、警察に摑まれば、そんな死者もけが人も、出ていない犯罪でも、刑務所に何年も入れられるかもしれないからだ…

 偶然かもしれないが、稲葉五郎の姿が、テレビに映った…

 稲葉五郎の顔は、緊張というより、憔悴しているように見えた…

 落胆しているように、見えた…

 当たり前だが、インタビューを試みた記者というか、レポーターの質問には、一切、答えなかった…

 無言だった…

 私は、当然ながら、稲葉五郎を知っている…

 だが、あんな稲葉五郎の姿を見るのは、初めてだった…

 私に見せる姿とは、全然違った…

 いつも、私に見せる姿は、笑顔だった…

 常に笑顔を絶やさなかった…

 まるで、溺愛する娘を見守る父親だった…

 それが、見たこともない仏頂面だった…

 自分の組事務所が、襲われたのだから、当たり前と言えば、当たり前だが、私には、なにか、予感というか…

 予兆というか…

 とにかく、なにか、不幸なことが始める予感に思えた…

 そして、それは、的中した…

 それは、中国政府の動向だった…

 中国政府が、杉崎実業の一件について、公式に報道した…

 いわゆる、中国のスポークスマンである、報道官が、杉崎実業の一件について、語った…

 「…日本で、杉崎実業という会社が、中国に不正に製品を輸出しているという事実があり、日本政府が、杉崎実業を調査しているという話がありますが、これをどう思いますか?…」

 恒例の記者会見で、記者に聞かれると、

 「…中国は、いつも平和を望んでいます…これは、戦争でも、中国は、先に核兵器を使うことは、絶対にしないと、世界各国に宣言しています…それと同じように、平和を願う国家として、中国は、ルールを守ります…他国が、中国に、その製品を輸出しないのは、その他国の戦略であり、中国は、それもまた良しとします…どんな国にも戦略があるからです…中国は、そのルールを破ってまで、他国と争うつもりは、ありません…繰り返しますが、それは、中国は、平和を愛する国家だからです…」

 と、報道官は、真顔で言った…

 思わず吹き出しかねない言葉だった…

 きっと、この報道官も内心苦しかったに違いない(笑)…

 完全にお芝居だった…

 あらかじめ、質問をする記者と打ち合わせた上での、想定内の質問だった…

 臭い、お芝居だった…

 ただ、日本ではなく、他国と言ったことで、必要以上にことを荒立てたくない真意が、あることを仄(ほの)めかした…

 それは、すぐに、日本政府にも、伝わった…

 要するに、杉崎実業の一件を、大げさに荒立てるなということだと、解釈した…

 それによって、当初、想定していたよりも、杉崎実業に対する、捜査は大甘になった…

 アメリカの手前もあり、当初は、杉崎実業を潰すつもりだった日本政府は、大甘捜査に、終始した…

 杉崎実業の中国への不正輸出について、不問に付すことは、さすがにできないが、当初、予定した、全業務停止や、密かに関係者に命じて、市場からの締め出しを意図していたが、それをしなかった…

 日中間で、ことを荒立てることをしないという暗黙の了解ができ上った…

 そして、それを主導したのは、あの大場小太郎代議士だった…

 あの大場小太郎代議士が、率先して、その問題にあたったと、ネットや、週刊誌に書いてあった…

 私は、それを見て、考えた…

 あの大場代議士の立ち位置を、だ…

 あの大場代議士の役割を、だ…

 つまるところ、大場代議士は、勝ち組…
 
 稲葉五郎同様、勝ち組だった…

 杉崎実業を巡る処置で、大場小太郎代議士は、国会で、その存在感を高めた…

 大場小太郎代議士は、元々、生まれもよく、背も高く、顔も良く、知的なインテリといった感じのルックスの持ち主で、次期総理総裁候補の筆頭に長らく挙げられていたが、正直、存在感が、薄かった…

 そして、それが、大場小太郎代議士の最大のウィークポイントだった…

 どんな美男美女といえども、存在感が薄い人間が、稀にいる…

 顔=ルックスがいいのだが、華がないのだ…

 だから、大勢の中で、目立たない…

 大場小太郎代議士は、まさに、それだった…

 背も高く、顔も良く、頭もいい…

 しかし、華がない…

 華=存在感がない…

 それゆえ、苦悩した…

 華がなければ、集団の中で、目立たないからだ…

 国会議員は、芸能人と似ている…

 共に、人気商売…

 芸能人は、客から指示されることが前提…

 客は、テレビでは、視聴率…

 歌手では、売り上げが人気のバロメーター…

 それに対して、国会議員は、知名度と、得票数だ…

 とにかく有名でなければ、ならない…

 しかしながら、大場小太郎は、家柄もよく、頭もよく、ルックスも良かったが、唯一、華がなかった…

 それゆえ、国会内では、ともかく、全国的な知名度は、イマイチだった…

 しかし、今回の杉崎実業に関する話題では、一転して、常に話題の中心にいた…

 元々は、自民党内で、大場派の領袖であり、立派な派閥の会長であり、政治的には、中心人物の一人だった…

 だから、当然、力はある…

 その大場小太郎は、杉崎実業を巡る一件で、ヤクザでいえば、男を上げた…

 知名度を上げた…

 これで、一気に全国区に成り上がった…

 これまで、全国的な知名度に苦しんでいた大場小太郎だったが、一気に挽回した…

 前回、稲葉五郎との関係が取り沙汰され、負のイメージがついた大場小太郎だったが、そんな一件は、今度のことで、キレイに吹き飛んだ…

 まるで、国会は、大場小太郎の独断場だった…

 メディアも大場小太郎の特集を組むほど、大場小太郎を持ち上げた…

 元々は、華がないとは、いえ、ルックスに問題はない…

 背が高く、顔も端正で、見るからに、知的なインテリ…

 それが、脚光を浴びたのだから、人気が出ないわけは、なかった…

 私は、ただ、唖然として、それを見ていた…

 自宅で、テレビやネット、外出先で、スマホで、見ていた…

 なにより、私の身近にいた人間が、テレビやネットで、報道される…

 以前も書いたが、それが、不思議だった…

 文字通り、不思議な感覚だった…

 そんな思いを抱きながら、私は、今日も、コンビニで、アルバイトに精を出していた…

 必死になって働くことで、収入を得ようともがいていたのだ…

 卒直に言って、杉崎実業の前途は、さっぱりわからなかった…

 中国政府に、本来輸出禁止の製品を輸出して、日本政府からペナルティを取られたものの、それは、当初想定されたペナルティから、比べると、はるかに、優しいものだった…

 厳しいものではなかった…

 それは、なにより、中国政府と日本政府との間の阿吽(あうん)の呼吸というか…

 騒動をこれ以上、大げさにしたくない意図があってのものだった…

 だから、表面上は、杉崎実業に大したペナルティはなかった…

 三か月の全面的な業務停止…

 それが、日本政府が下した、処分だった…

 つまりは、三か月は、休業するということだ…

 休むということだ…

 そして、私…

 私、竹下クミに、杉崎実業からは、なんの連絡もなかった…

 内定を辞退しろと、強制されることもなければ、なにもなかった…

 こちらが、困惑するほどだった…

 どうしていいか、わからないほどだった…

 会社の経営状態は、お世辞にも良いとは、思えない…

 しかし、日本政府は、暗黙の了解で、杉崎実業の存続を認める方針のようだった…

 本来、杉崎実業は、高雄組のフロント企業であり、それが、週刊誌等で、世間に報道された時点で、アウトというか…

 暴力団と繋がっていることが、わかった時点で、アウトだったはずだ…

 東京証券取引所からは、上場廃止の命令を受け、会社としての存続もほぼありえないはずだった…

 それが、内部調査の結果、暴力団に株を買い占められ、経営権を握られたにも、かかわらず、実質的には、暴力団に経営の指示を受けていないことが、政府に報告された…

 その報告で、杉崎実業は、存続を認められた…

 暴力団=高雄組が、持っている杉崎実業の株式を、政府系の金融機関が、いったん買い上げ、買い上げた、株式の金額を、高雄組に与えた…

 金額は、40億…

 つまりは、杉崎実業を実質的に、国有化したのだ…

 一民間企業としては、ありえない厚遇だった…

 かつて、山一證券や、ダイエーなど、なんらかの形で、政府が、倒産しないように、お金を出して、助けた企業はある…

 しかし、それは、大企業であり、仮に、倒産すれば、大勢の人間が、路頭に迷うことになる…

 失業者が、世間に溢れ、大げさにいえば、社会不安を起こしかねない…

 また、世界恐慌の引き金を起こしかねない…

 そんな、さまざまな危険を併せ持つことで、大企業は、優遇され、事実上、倒産したにもかかわらず、政府が、金を出して、助けた…

 しかし、杉崎実業は、違う…

 東証一部上場とはいえ、名もない、無名企業…

 にも、かかわらず、この扱いは、まさに破格だった…

 ありえない、厚遇だった…

 そして、それは、結果的に、高雄組をも、救った…

 なぜならば、高雄組が出資した金、40億円が、高雄組に返されたからだ…

 正直言って、高雄組が、買い取った株の総額は、もっと大きかったと、言われている…

 ただ、どれぐらい減額されたかは、わからないが、40億円は、手元に戻って来た…

 それは、経済ヤクザとして、手元に金はできたことになる…

 つまりは、規模が縮小したが、高雄組が生き残れる可能性ができたことを意味した…

 山田会の次期会長レースでは、稲葉五郎の圧勝だったが、高雄組は生き残ることは、できた…

 高雄組組長が、ヤクザとして、山田会で、生き残ることができるか、どうかはわからない…

 しかし、死ぬことは、なくなった…

 殺されることは、なくなった…

 そういうことだ…

 松尾会長のことは、わからない…

 しかし、勝負は、決着した…

 稲葉五郎と、大場小太郎は、勝ち、高雄組長と、松尾会長は、負けた…

 そう、見えた…

 この時点では…

               
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