第56話
文字数 5,868文字
…オヤジに連絡を入れた?…
…いつ?…
…一体、いつ、連絡を取ったのだろう?…
私は疑問だった…
この若い衆が、稲葉五郎に連絡を入れてくれるのは、いい…
ありがたい…
しかし、一体、いつ、連絡を取ったのだろう?
それが、謎だった…
「…一体、いつ、稲葉さんに、連絡を取ったんですか?…」
私は、訊いた。
当然だ…
いつ、連絡を取ったのか、どうしても、わからなかったからだ…
「…さっき、このペットボトルを奥の冷蔵庫から、持ってきたときに、コレで、LINEで、連絡を入れておきました…」
若い衆は、ポケットから、スマホを取り出して、見せた…
私は、どう答えていいか、わからなかった…
稲葉五郎に、連絡を取ってくれるのは、ありがたいが、LINEとは、思わなかった…
いや、それを言えば、ヤクザがLINEを、使うとは、思わなかった…
どうしても、ヤクザというと、失礼ながら、前近代的というか、古いイメージがある…
それが、この事務所のように、近代的とまではいわないが、ごくありふれた、普通の会社のようなオフィスに、LINE…
つまり、まったくの普通…
ごくありふれた、生活というか…
よく世間にありふれた、ヤクザのイメージと、真逆…
真逆すぎて、怖いというか…
平凡過ぎると、私は、思った…
そして、思いながら、なにげなく、グルグルと部屋の中を見回した…
すると、そこに、神棚を発見した…
いや、発見したというと、大げさだが、見つけたというか…
目の前の若い衆も、私の視線に気付いたらしい…
「…お嬢…あの神棚が、気になりますか?…」
と、私に聞いた…
「…ハイ…」
「…実は、オレも最初、気になりましたというか、ビックリしました…なんで、ヤクザの事務所に神棚なんだ? って…でも、どこの事務所でも、あるみたいですよ…」
若い衆が、説明する。
私は、そういうものかと、思った…
たしかに、意味はわからないが、別にあって、嫌なものでも、なんでもない…
変に、女のヌードポスターでも、貼ってあれば、やはり嫌悪するというか…
軽蔑するというか…
ヤクザ事務所で、当然、男ばかりの集団だから、若い娘のヌードポスターなのかと、思ってしまう…
と、ここまで、考えて、ふと、目の前の若い衆の名前をまだ聞いてないことに、気付いた…
「…あの…失礼ですが、お名前は?…」
今さらながら、訊いた…
ホントは、もっと早く、訊くべきだった…
だが、すっかり忘れていた…
「…名前? オレは、戸田と言います…」
「…戸田…さん?…」
「…戸口とかの戸に、田んぼの田です…」
戸田と名乗った若い衆が説明する。
「…あの失礼ですが、戸田さんは…大場さんとは、面識が…」
と、口にした。
いや、
なんとなく、訊いてみたくなった…
なぜなら、あの稲葉五郎は、今、大場の父である、大場小太郎代議士との関係が取り沙汰されてる…
だったら、当然、この戸田と名乗った若い衆も、大場代議士と面識はあるに違いない…
「…そりゃ、ありますが…」
目の前の戸田の歯切れが悪かった…
ある意味、当たり前だった…
その大場代議士と、自分の組の組長である、稲葉五郎との関係が、世間を賑わせてるのだ…
だが、私が、訊きたいのは、大場代議士のことではなかった…
その娘のことが、訊きたかったのだ…
「…だったら、その娘さんは?…」
「…あっちゃんですか?…」
「…あっちゃん?…」
思わず、戸田の言葉を繰り返した…
「…いえ、大場代議士のお嬢さんは、気さくで、いつも、自分のことを、あっちゃんと呼んでくれと、周囲の人間に話しているので…オレたちも例外じゃなく…」
…あの大場が?…
…ひとは、見かけによらない…
…あの大場が、そこまで、気さくな人間とは、思わなかった…
…いや、気が強いのは、わかっているが、そこまで、気さくとは、思わなかった…
…たしかに、あの街中華の女将さんや、稲葉五郎は、あっちゃんと、呼んでいた…
…しかし、それは、大場を子供の頃から知っているから、呼んでいた…
…そう思っていた…
しかし、この戸田という若い衆にも、そう呼ばせているということは…
以外と言うか…
有名な代議士の娘とは、思えない…
私のような一般人からすれば、手の届かない、存在の大場が、そんなに気さくとは?
私が、驚いていると、
「…戦略だと思いますよ…」
と、あっさり、戸田が言った…
「…戦略って?…」
「…代議士って、いつも選挙を意識するじゃないですか? だから、どんな人間にも、気さくというか、敵を作らないように、意識というか、配慮するじゃないですか? それだと思いますよ…」
あっさりと、大場の狙いを喝破した…
私は、そういうものかと思った…
そして、それが、おそらく答えだろうとも思った…
しかしながら、自分と同じくらいの年齢のヤクザの若い衆に、そんなにあっさり、自分の行動の真意を読み取られるのは、甘いと言うか…
いや、
甘くないのかもしれない…
例え、自分の行動の真意を読み取られようと、やらなければ、ならないことがあるというか…
代議士となると、どうしても、選挙がある…
選挙に勝たなければ、ならない…
すると、どうしても、人に好かれなければならない…
当たり前だ…
つまり、目の前の戸田という若い衆が、今言ったように、敵を作ることができない…
だから、たとえ、ひとに好かれないまでも、嫌われることはできない…
自分の選挙の当落は、有権者が決めるからだ…
自分の選挙区の人間が、決めるからだ…
その人間に嫌われるということは、当選できない…
代議士を続けることができない、となる…
だから、この戸田が、簡単に、大場の狙いを見透かそうと、自分から、気さくに接して、敵を作らない努力をしているのだろう…
と、そこまで、考えて、あらためて、大場の立ち位置を考えた…
いわゆる、代議士の娘という、立ち位置を考えた…
素顔というか、私たちには、あれほど、強気のキャラクターを見せている、一方、身近な人間には、気さくなキャラクターを演じて見せる…
大場の性格は、まだあまり接していないので、正確には、わからないが、少なくとも、生きている上で、他人には、窺い知れない苦労をしているのだろうと、思った…
私なら、とても、耐えられない…
ふと、そうも、思った…
そして、尊敬した…
自分には、とても、真似ができないからだ…
そんな生活は、耐えられそうにないからだ…
同時に、大場に同情した…
そんな生活を続ける大場に、同情した…
そして、気付いた…
この戸田という、若い衆…
稲葉五郎同様、ゴツイ見かけとは、裏腹に、案外使えるんじゃないか、と、気付いた…
なぜなら、頭の回転が速い…
今、大場の狙いを簡単に喝破したように、頭の回転が速い…
頭の回転は、学校の成績とは、別…
関係がない…
東大を出ていようと、中卒だろうと、今、この戸田が気付いたことも、気付かない人間は気付かない…
今、この戸田が喝破したことと、同じ真似が、できない…
そもそも、そんなことに、関心がないからかもしれない…
だが、それは、能力…
勉強とは、違うが、他人の考えを、推し測る、立派な能力だ…
それができない人間は、その能力に関して、劣っているということだ…
そして、そこまで、考えて、稲葉五郎は、この戸田の能力を買っているのではないだろうか?
ふと、思った…
と、いうか、気付いた…
考えた…
あの稲葉五郎は、山田会の次期会長候補…
あのゴツイ外観とは、裏腹に、頭が切れるに違いない…
いや、
頭が切れるに決まっている…
そもそも、いくらケンカが強くても、頭が悪ければ、ひとの上に立てないからだ…
稲葉一家を率いることが、できないに決まっている…
そして、頭が切れる稲葉五郎は、当然、自分の近くに、頭の切れる人間を置くに決まっている…
自分の手元に置くに決まっている…
手元に置くことで、その人間の才能を伸ばすことができるからだ…
あるいは、自分の後継者にすることが、できるからだ…
私は、そんな思いで、この戸田という若い衆を見た…
いや、
見過ぎたのかもしれない…
「…お嬢、一体、なにをジロジロ、オレの顔を見てるんですか?…」
と、戸田が、戸惑ったように、訊いた…
私は、一瞬、躊躇ったが、
「…戸田さんって、頭がいいんですね…」
と、言った。
誰もが、褒められれば、嬉しいと思ったからだ…
「…オレが、頭がいいん…ですか?…どうして、そんなことを…」
目の前の戸田は、明らかに当惑した…
「…いえ、私も大場さんを知ってますが、戸田さんがおっしゃるように、大場さんが、周囲に気安く接するのは、親しみやすいキャラクターを演じる戦略なんて、露ほども考えなかったので…」
私の言葉に、
「…」
と、戸田は、唖然とした。
言葉もなかった…
それから、少しして、
「…オヤジですよ…」
と、戸田は言った…
「…稲葉さん?…」
「…オヤジの言葉の受け売りです…」
戸田が、告白する。
が、
私は、それを信じなかった…
いや、
信じないのではない…
仮に、戸田の言う言葉が、正しいとしても、この戸田が、使えない人間ならば、稲葉五郎が手元に置くはずがない…
あらためて、そう思った…
「…戸田さんは、稲葉さんが、好きなんですね?…」
私は、言った。
この戸田の稲葉五郎を語る、言葉一つ一つに、稲葉五郎に対する愛情を感じたと言うか…
私の言葉に、戸田は、照れた様子だった…
「…そりゃ、好きですよ…」
戸田が答える。
「…この稲葉一家で、オヤジを嫌いな人間なんて、誰一人いませんよ…みんな、オヤジを実のオヤジのように、慕ってます…」
「…」
「…オレも、そうだけど、オレみたいな年齢で、ヤクザをやってるヤツなんて、誰一人、まともな家庭の人間なんて、いや、しません…」
「…まともな家庭って?…」
「…要するに、母子家庭だったり、オヤジやオフクロが、結婚や離婚を繰り返していたり、働かなったり…みんな、まともじゃありません…」
「…」
「…だから、疑似家族なんです…」
「…疑似家族って?…」
「…ほら、ヤクザは、組長のことを、オヤジって、呼ぶでしょ? 本当の血の繋がった家族でも、なんでもないのに…年上の組員は、アニキと呼ぶし、この間、お嬢を杉崎実業に乗せて行ったでしょ? あの杉崎実業の実質的なオーナーは、高雄組で、組長のことは、オジキと、呼んでます…」
「…オジキ? …ですか?…」
「…ハイ…そうです…高雄組長は、ウチのオヤジの兄貴分…つまり、オヤジの兄貴だから、叔父貴です…」
「…」
私は、戸田の説明に唖然とした…
いや、
あ然ではない、納得した…
たしかに、そう言われれば、わかる…
納得する…
なぜ、自分の所属する組の組長をオヤジと呼び、自分より年上の組員をアニキと、呼ぶのか、納得する…
そして、高雄の父、高雄組組長を、なぜ、オジキと呼ぶのか、納得する…
と、ここまで、考えて、気付いた…
この戸田が、高雄の父親をオジキと呼ぶ以上は、当然、高雄の父と、この戸田は、面識があるに違いない…
いや、
あるに、決まっている…
「…あの…失礼ですが?…」
「…なんですか? …お嬢?…」
「…戸田さんは、高雄組組長さんと、面識はあるんですか?…」
「…そりゃ、ありますよ…」
あっさりと、肯定した…
「…だって、以前は、この事務所にも、よく顔を出しに来られましたもの…」
「…この事務所に…ですか?…」
「…オヤジは高雄のオジキと、昔から仲がいいんです…二人とも気が合うと言うか…傍から見ていても、仲がいいのは、わかります…」
私は、その言葉で、以前、高雄の父親と会ったときに、高雄の父が、稲葉五郎を評して、
「…いい男ですよ…」
と、言ったのを、思い出した…
あのときは、単純に、自分と、山田会の次期会長の座を争う人間だから、わざと持ち上げて見せたのかとも、思ったが、違った…
現実に、高雄の父と、稲葉五郎は、仲が良かった…
だから、
「…いい男ですよ…」
と、言ったのだろう…
そして、
「…はばかりながら、この私のライバルと呼ばれる男です…いい男でなければ、なりません…」
と、高雄の父は、続けたが、それは、高雄の父の強烈な自負心と、あのときは、思ったが、それだけでは、なかったのだろう…
現実に、稲葉五郎は、山田会有数の組を持つ、優れた経営者というか…
やり手だと、認めていたのかもしれない…
私は、あらためて、そう思った…
だが、そんなに仲の良い二人が、山田会の次期会長の座を争うなんて…
一体、二人の仲は、今、どうなのだろう?
ずばり、気になった…
だから、せっかくだから、戸田に聞いてみることにした(笑)…
「…そんな仲の良い、二人が、山田会の次期会長の座を争って、この後、二人は…」
私が、そこまで、言ったら、戸田が、私の発言を遮るように、
「…うまくいくわけ、ないじゃないですか?…」
と、大声を出した。
「…漫画じゃないんです…だって、山田会の次期会長って、日本で、二番目に大きな暴力団ですよ…その座を巡って、争うなんて、シコリを残さないわけは、ないでしょう…」
戸田が叫んだ…
…いつ?…
…一体、いつ、連絡を取ったのだろう?…
私は疑問だった…
この若い衆が、稲葉五郎に連絡を入れてくれるのは、いい…
ありがたい…
しかし、一体、いつ、連絡を取ったのだろう?
それが、謎だった…
「…一体、いつ、稲葉さんに、連絡を取ったんですか?…」
私は、訊いた。
当然だ…
いつ、連絡を取ったのか、どうしても、わからなかったからだ…
「…さっき、このペットボトルを奥の冷蔵庫から、持ってきたときに、コレで、LINEで、連絡を入れておきました…」
若い衆は、ポケットから、スマホを取り出して、見せた…
私は、どう答えていいか、わからなかった…
稲葉五郎に、連絡を取ってくれるのは、ありがたいが、LINEとは、思わなかった…
いや、それを言えば、ヤクザがLINEを、使うとは、思わなかった…
どうしても、ヤクザというと、失礼ながら、前近代的というか、古いイメージがある…
それが、この事務所のように、近代的とまではいわないが、ごくありふれた、普通の会社のようなオフィスに、LINE…
つまり、まったくの普通…
ごくありふれた、生活というか…
よく世間にありふれた、ヤクザのイメージと、真逆…
真逆すぎて、怖いというか…
平凡過ぎると、私は、思った…
そして、思いながら、なにげなく、グルグルと部屋の中を見回した…
すると、そこに、神棚を発見した…
いや、発見したというと、大げさだが、見つけたというか…
目の前の若い衆も、私の視線に気付いたらしい…
「…お嬢…あの神棚が、気になりますか?…」
と、私に聞いた…
「…ハイ…」
「…実は、オレも最初、気になりましたというか、ビックリしました…なんで、ヤクザの事務所に神棚なんだ? って…でも、どこの事務所でも、あるみたいですよ…」
若い衆が、説明する。
私は、そういうものかと、思った…
たしかに、意味はわからないが、別にあって、嫌なものでも、なんでもない…
変に、女のヌードポスターでも、貼ってあれば、やはり嫌悪するというか…
軽蔑するというか…
ヤクザ事務所で、当然、男ばかりの集団だから、若い娘のヌードポスターなのかと、思ってしまう…
と、ここまで、考えて、ふと、目の前の若い衆の名前をまだ聞いてないことに、気付いた…
「…あの…失礼ですが、お名前は?…」
今さらながら、訊いた…
ホントは、もっと早く、訊くべきだった…
だが、すっかり忘れていた…
「…名前? オレは、戸田と言います…」
「…戸田…さん?…」
「…戸口とかの戸に、田んぼの田です…」
戸田と名乗った若い衆が説明する。
「…あの失礼ですが、戸田さんは…大場さんとは、面識が…」
と、口にした。
いや、
なんとなく、訊いてみたくなった…
なぜなら、あの稲葉五郎は、今、大場の父である、大場小太郎代議士との関係が取り沙汰されてる…
だったら、当然、この戸田と名乗った若い衆も、大場代議士と面識はあるに違いない…
「…そりゃ、ありますが…」
目の前の戸田の歯切れが悪かった…
ある意味、当たり前だった…
その大場代議士と、自分の組の組長である、稲葉五郎との関係が、世間を賑わせてるのだ…
だが、私が、訊きたいのは、大場代議士のことではなかった…
その娘のことが、訊きたかったのだ…
「…だったら、その娘さんは?…」
「…あっちゃんですか?…」
「…あっちゃん?…」
思わず、戸田の言葉を繰り返した…
「…いえ、大場代議士のお嬢さんは、気さくで、いつも、自分のことを、あっちゃんと呼んでくれと、周囲の人間に話しているので…オレたちも例外じゃなく…」
…あの大場が?…
…ひとは、見かけによらない…
…あの大場が、そこまで、気さくな人間とは、思わなかった…
…いや、気が強いのは、わかっているが、そこまで、気さくとは、思わなかった…
…たしかに、あの街中華の女将さんや、稲葉五郎は、あっちゃんと、呼んでいた…
…しかし、それは、大場を子供の頃から知っているから、呼んでいた…
…そう思っていた…
しかし、この戸田という若い衆にも、そう呼ばせているということは…
以外と言うか…
有名な代議士の娘とは、思えない…
私のような一般人からすれば、手の届かない、存在の大場が、そんなに気さくとは?
私が、驚いていると、
「…戦略だと思いますよ…」
と、あっさり、戸田が言った…
「…戦略って?…」
「…代議士って、いつも選挙を意識するじゃないですか? だから、どんな人間にも、気さくというか、敵を作らないように、意識というか、配慮するじゃないですか? それだと思いますよ…」
あっさりと、大場の狙いを喝破した…
私は、そういうものかと思った…
そして、それが、おそらく答えだろうとも思った…
しかしながら、自分と同じくらいの年齢のヤクザの若い衆に、そんなにあっさり、自分の行動の真意を読み取られるのは、甘いと言うか…
いや、
甘くないのかもしれない…
例え、自分の行動の真意を読み取られようと、やらなければ、ならないことがあるというか…
代議士となると、どうしても、選挙がある…
選挙に勝たなければ、ならない…
すると、どうしても、人に好かれなければならない…
当たり前だ…
つまり、目の前の戸田という若い衆が、今言ったように、敵を作ることができない…
だから、たとえ、ひとに好かれないまでも、嫌われることはできない…
自分の選挙の当落は、有権者が決めるからだ…
自分の選挙区の人間が、決めるからだ…
その人間に嫌われるということは、当選できない…
代議士を続けることができない、となる…
だから、この戸田が、簡単に、大場の狙いを見透かそうと、自分から、気さくに接して、敵を作らない努力をしているのだろう…
と、そこまで、考えて、あらためて、大場の立ち位置を考えた…
いわゆる、代議士の娘という、立ち位置を考えた…
素顔というか、私たちには、あれほど、強気のキャラクターを見せている、一方、身近な人間には、気さくなキャラクターを演じて見せる…
大場の性格は、まだあまり接していないので、正確には、わからないが、少なくとも、生きている上で、他人には、窺い知れない苦労をしているのだろうと、思った…
私なら、とても、耐えられない…
ふと、そうも、思った…
そして、尊敬した…
自分には、とても、真似ができないからだ…
そんな生活は、耐えられそうにないからだ…
同時に、大場に同情した…
そんな生活を続ける大場に、同情した…
そして、気付いた…
この戸田という、若い衆…
稲葉五郎同様、ゴツイ見かけとは、裏腹に、案外使えるんじゃないか、と、気付いた…
なぜなら、頭の回転が速い…
今、大場の狙いを簡単に喝破したように、頭の回転が速い…
頭の回転は、学校の成績とは、別…
関係がない…
東大を出ていようと、中卒だろうと、今、この戸田が気付いたことも、気付かない人間は気付かない…
今、この戸田が喝破したことと、同じ真似が、できない…
そもそも、そんなことに、関心がないからかもしれない…
だが、それは、能力…
勉強とは、違うが、他人の考えを、推し測る、立派な能力だ…
それができない人間は、その能力に関して、劣っているということだ…
そして、そこまで、考えて、稲葉五郎は、この戸田の能力を買っているのではないだろうか?
ふと、思った…
と、いうか、気付いた…
考えた…
あの稲葉五郎は、山田会の次期会長候補…
あのゴツイ外観とは、裏腹に、頭が切れるに違いない…
いや、
頭が切れるに決まっている…
そもそも、いくらケンカが強くても、頭が悪ければ、ひとの上に立てないからだ…
稲葉一家を率いることが、できないに決まっている…
そして、頭が切れる稲葉五郎は、当然、自分の近くに、頭の切れる人間を置くに決まっている…
自分の手元に置くに決まっている…
手元に置くことで、その人間の才能を伸ばすことができるからだ…
あるいは、自分の後継者にすることが、できるからだ…
私は、そんな思いで、この戸田という若い衆を見た…
いや、
見過ぎたのかもしれない…
「…お嬢、一体、なにをジロジロ、オレの顔を見てるんですか?…」
と、戸田が、戸惑ったように、訊いた…
私は、一瞬、躊躇ったが、
「…戸田さんって、頭がいいんですね…」
と、言った。
誰もが、褒められれば、嬉しいと思ったからだ…
「…オレが、頭がいいん…ですか?…どうして、そんなことを…」
目の前の戸田は、明らかに当惑した…
「…いえ、私も大場さんを知ってますが、戸田さんがおっしゃるように、大場さんが、周囲に気安く接するのは、親しみやすいキャラクターを演じる戦略なんて、露ほども考えなかったので…」
私の言葉に、
「…」
と、戸田は、唖然とした。
言葉もなかった…
それから、少しして、
「…オヤジですよ…」
と、戸田は言った…
「…稲葉さん?…」
「…オヤジの言葉の受け売りです…」
戸田が、告白する。
が、
私は、それを信じなかった…
いや、
信じないのではない…
仮に、戸田の言う言葉が、正しいとしても、この戸田が、使えない人間ならば、稲葉五郎が手元に置くはずがない…
あらためて、そう思った…
「…戸田さんは、稲葉さんが、好きなんですね?…」
私は、言った。
この戸田の稲葉五郎を語る、言葉一つ一つに、稲葉五郎に対する愛情を感じたと言うか…
私の言葉に、戸田は、照れた様子だった…
「…そりゃ、好きですよ…」
戸田が答える。
「…この稲葉一家で、オヤジを嫌いな人間なんて、誰一人いませんよ…みんな、オヤジを実のオヤジのように、慕ってます…」
「…」
「…オレも、そうだけど、オレみたいな年齢で、ヤクザをやってるヤツなんて、誰一人、まともな家庭の人間なんて、いや、しません…」
「…まともな家庭って?…」
「…要するに、母子家庭だったり、オヤジやオフクロが、結婚や離婚を繰り返していたり、働かなったり…みんな、まともじゃありません…」
「…」
「…だから、疑似家族なんです…」
「…疑似家族って?…」
「…ほら、ヤクザは、組長のことを、オヤジって、呼ぶでしょ? 本当の血の繋がった家族でも、なんでもないのに…年上の組員は、アニキと呼ぶし、この間、お嬢を杉崎実業に乗せて行ったでしょ? あの杉崎実業の実質的なオーナーは、高雄組で、組長のことは、オジキと、呼んでます…」
「…オジキ? …ですか?…」
「…ハイ…そうです…高雄組長は、ウチのオヤジの兄貴分…つまり、オヤジの兄貴だから、叔父貴です…」
「…」
私は、戸田の説明に唖然とした…
いや、
あ然ではない、納得した…
たしかに、そう言われれば、わかる…
納得する…
なぜ、自分の所属する組の組長をオヤジと呼び、自分より年上の組員をアニキと、呼ぶのか、納得する…
そして、高雄の父、高雄組組長を、なぜ、オジキと呼ぶのか、納得する…
と、ここまで、考えて、気付いた…
この戸田が、高雄の父親をオジキと呼ぶ以上は、当然、高雄の父と、この戸田は、面識があるに違いない…
いや、
あるに、決まっている…
「…あの…失礼ですが?…」
「…なんですか? …お嬢?…」
「…戸田さんは、高雄組組長さんと、面識はあるんですか?…」
「…そりゃ、ありますよ…」
あっさりと、肯定した…
「…だって、以前は、この事務所にも、よく顔を出しに来られましたもの…」
「…この事務所に…ですか?…」
「…オヤジは高雄のオジキと、昔から仲がいいんです…二人とも気が合うと言うか…傍から見ていても、仲がいいのは、わかります…」
私は、その言葉で、以前、高雄の父親と会ったときに、高雄の父が、稲葉五郎を評して、
「…いい男ですよ…」
と、言ったのを、思い出した…
あのときは、単純に、自分と、山田会の次期会長の座を争う人間だから、わざと持ち上げて見せたのかとも、思ったが、違った…
現実に、高雄の父と、稲葉五郎は、仲が良かった…
だから、
「…いい男ですよ…」
と、言ったのだろう…
そして、
「…はばかりながら、この私のライバルと呼ばれる男です…いい男でなければ、なりません…」
と、高雄の父は、続けたが、それは、高雄の父の強烈な自負心と、あのときは、思ったが、それだけでは、なかったのだろう…
現実に、稲葉五郎は、山田会有数の組を持つ、優れた経営者というか…
やり手だと、認めていたのかもしれない…
私は、あらためて、そう思った…
だが、そんなに仲の良い二人が、山田会の次期会長の座を争うなんて…
一体、二人の仲は、今、どうなのだろう?
ずばり、気になった…
だから、せっかくだから、戸田に聞いてみることにした(笑)…
「…そんな仲の良い、二人が、山田会の次期会長の座を争って、この後、二人は…」
私が、そこまで、言ったら、戸田が、私の発言を遮るように、
「…うまくいくわけ、ないじゃないですか?…」
と、大声を出した。
「…漫画じゃないんです…だって、山田会の次期会長って、日本で、二番目に大きな暴力団ですよ…その座を巡って、争うなんて、シコリを残さないわけは、ないでしょう…」
戸田が叫んだ…