第2話

文字数 4,730文字

 「…はい…こちら、高雄組ですが、どちらさんでしょうか?…」

 私は、あまりのだみ声に、ビックリして、声も出なかった…

 当然のことながら、なにかの間違いだと思った…

 「…す…すいません…間違えました…」

 言いながら、急いで、電話を切ろうとした。

 そして、電話を切ろうとしながらも、しっかりと、メモ帳に書かれた、電話番号を確認した。

 スマホに表示された、電話番号と、合わせてみた…

 確認した。

 …間違いはない!…

 私は、それに気付いた。

 そして、もう一つの事実に気付いた…

 …なんで、いまどき、固定電話の電話番号を渡したんだ?…

 私は、その事実に気付いた。

 いまどき、知り合ったばかりの女のコに、固定電話の電話番号を教える男はいない…

 これは、女にしても同じ…

 固定電話の電話番号を教えるのは、住所を教えるのと、同じ…

 危険がありすぎる。

 ネットを駆使すれば、誰でも、電話番号から、容易に、住所を知ることができるからだ…

 それが、どうして?

 私は考えた。

 そして、そんなことを考えながら、スマホを握っていると、なにやら、電話の向こう側が騒がしくなった…

 「…バカ野郎…今日、坊ちゃんが、女のコから、電話があったら、取り次げって、言ってたのを、聞いてなかったのか?…」

 そんな声が聞こえきた…

 幻聴ではない…

 たしかに、聞こえてきた…

 それから、少しして、

 「…いいんだよ…マサさん…」

 と言う声が、背後からして、

 「…もしもし、お電話代わりました…高雄…高雄悠(ゆう)です…」

 と、言う声が、スマホから、流れてきた…

 その声は、明らかに、高雄…

 昼間会った美青年だった…

 あの爽やかな美青年の声だった…

 しかし、だったら、今、その前に電話に出たのは、なんだ?

 あのだみ声は、なんだ?

 明らかに、ヤクザ関係の声だったぞ…

 明らかに、その筋の関係者の声に違いなかったぞ…

 私は、思った…

 と、同時に、このまま、電話を続けるか、どうか、考えた。

 切るなら、今だ、とも、思った…

 が、切れない…

 高雄に未練があるわけではない…

 いかにイケメンとはいえ、今日の昼間に、一度だけ会った男に、過ぎない…

 私が、電話を切れない理由は、ただ一つ…

 恐怖だ…

 あのヤクザ特有のだみ声を聞いただけで、腰の辺りから、一気に、力がなくなって、ヘラヘラと、その場にしゃがみ込みそうになった…

 それほど、怖かった…

 そもそも、私は、非暴力主義…

 ヤンキーが大の苦手な女だ…

 そんな私に、ヤクザ特有のだみ声は、あまりにも、重かった…

 怖かった…

 いわゆる、ガタブル状態…

 ガタガタ、ブルブルとカラダが震える状態だった…

 「…もしもし…」

 私が、そんなことを考えていると、電話の向こうから、高雄の声が聞こえてきた…

 私は、どうして、いいか、わからなかった…

 なにをしていいか、わからなかった…

 ホントは、すぐさま、電話を切るべきだったが、それもできない…

 恐怖で、カラダが、ガチガチに固まったままだったからだ…

 しかし、

 しかし、だ…

 「…竹下さん…今日は電話をありがとう…また、後日、お電話します…」

 と、だけ、言って、高雄の方から、電話を切った…

 いきなり、電話を切ったのだ…

 だから、私はホッとした…

 が、同時に、一体どうして?

 一体なぜ?

 考えた。

 そもそも、自分の家が、ヤクザ屋さんならば、どうして、その家の電話番号を私に教えたんだろうか?

 そんなことをしないで、自分のケータイの番号を教えればいい…

 まさか、いまどき、ケータイを持ってないことはないだろう…

 一体なぜ?

 私は思った。

 同時に、気付いた。

 これは、私を試したんじゃないだろうか?

 わざと、自分の家=ヤクザの電話番号を教えて、私が、どういう対応をするのか、試したんじゃないだろうか?

 そう考えると、高雄の行動が読めてくる。

 なぜ、わざと、家の固定電話の電話番号を教えたのか、読めてくる…

 だが、

 しかし、だ…

 私は、一体、これから、どうすればいいのか?

 考えた。

 高雄から、電話番号を渡されて、その番号に電話した。

 しかし、よくよく考えてみると、昼間、一度会っただけの男だ…

 放っておけばいい!

 とっさに閃いた…

 いかにイケメンでも、ヤクザ屋さんの息子かなにかでは、関わらないに、越したことはない…

 なにより、私もまだ、22歳…

 これから、高雄以上のイケメンに会う機会もあるだろう…

 決して、高雄と会ったのが、この竹下クミの人生で、生涯ただ一度のイケメンとの出会いであるわけがない…

 高雄以上のイケメンと会う機会だって、無数にあるはずだ…

 私は、そう結論を出した。

 そして、高雄のことは、忘れることにした…

 なかったことにした(笑)…

 いかに、イケメンでも、ヤクザ屋さんの息子では、論外…

 相手にしてはならない…

 そんなことより、就職だ…

 私は、スマホをいじりながら、考えた。

 一刻も早く、就職先を探すことだ…

 スマホをいじりながら、就職先を探すべく、会社を検索した。


 それから、数日後…

 二次面接の知らせが、メールで送られてきた…

 …やった!…

 私は、喜んだ…

 嬉しかったのだ…

 ここ最近は、二次面接のメールすら、送られてこなかった…

 そこそこ美人の私ですら、だ…

 これほどの学生有利といわれる、就職市場で、売り手有利に関わらず、だ…

 だが、これで、運命の糸は手繰り寄せた…

 私は、その感触を明らかに掴んだ…

 そう思った…

 そう思いながら、そのメールを送って来た、会社の名前を見た…

 杉崎実業…

 あの高雄と会った会社だ…

 まさか、あの高雄と再び会うのか?

 私は、考えた。

 いや、

 そうとも、限らない…

 そもそも、高雄の配属部署がわからない…

 あの日は、たまたま就職の説明をしたときに、いたが、あれは、偶然かもしれない…

 いや、

 そもそも、高雄が人事部の人間ならば、就職活動にやって来た、大学生に、

 「…ボクと結婚しませんか?…」

 と、言うわけがない…

 そんな人間を、人事に配属させるはずがないからだ…

 いかにイケメンといえど、そんな人間を配属させるわけがない…

 いや、

 もしかしたら、高雄は、あの会社、杉崎実業の就職用のモデルかもしれない…

 私は、閃いた。

 要するにサクラだ…

 婚活パーティーでも、サクラがいるのは、もはや公然の秘密だ…

 婚活パーティーに出向いて、いかにも異性に縁のなさそうな地味な男女が大勢集まっては、その婚活パーティーに、以後、誰も参加しない可能性がある…

 今の時代、その実態が、すぐにネットに晒されるからだ…

 だから、いかにもモテそうな男女をいわば、婚活パーティーの看板にして、派手な雰囲気を演出する。

 それと同じではないか?

 私は考えた。

 今は、就職活動は、売り手市場…

 会社が、学生を選ぶのではなく、学生が、会社を選ぶ時代だ…

 高雄のようなイケメンを置いておけば、男はともかく、女には、圧倒的にウケがいい…

 あんなイケメンがいる会社ならば、と、誰もが下心を抱くからだ…

 そして、高雄が、もし派遣会社から、派遣されてきた、広告塔ならば、高雄が私をナンパしたのも、納得できる…

 そもそも派遣会社から派遣された広告塔に過ぎない高雄が、会社でなにをしようと周囲が過剰に目くじらを立てない可能性がある。

 そして、なにより、高雄は広告塔…

 杉崎実業に、女子学生をリクルートさせるのが、目的だ…

 いわば、圧倒的な広告塔…

 この会社に入れば、高雄のようなイケメンと、いっしょに仕事をすることができますよという餌(えさ)だ…

 豪華な餌(えさ)だ…

 だが、そんなことも見抜けない、この竹下クミではない!

 竹下クミではないのだ!

 所詮は、餌(えさ)…

 高雄は餌(えさ)に過ぎない…

 あの杉崎実業に入社しても、決して、高雄といっしょに仕事ができるわけはないのだ…

 私は、その事実に気付いた…

 気付いたのだ…

 甘いな…杉崎実業…

 甘すぎだ…

 私は思った。

 イケメンを広告塔にすれば、女のコをリクルートできる…

 イマドキ、こんな竹下クミにでも、たやすく見破れる手を使うとは…

 弱冠、22歳の女子大生に過ぎない、竹下クミに、こんなにも、あっけなく見破られるとは…

 しかし、そうは、言っても、今だ、内定ゼロ…

 とにかく、就職しなければ、ならない…

 私は、思った…

 一週間後、私、竹下クミは、杉崎実業の面接に臨んだ…

 いわゆる、二次面接…

 そして、これが、おそらく最終面接だろう…

 なぜなら、失礼ながら、この杉崎実業程度の規模の会社で、そう何度も面接があるわけはない…

 なにより、そんなに何度も面接をすれば、就職希望の学生が、他社に逃げてしまう…

 今は、そんな時代だ…

 それが、わかっている私は、リラックスして、面接に臨んだ…

 そして、やはり、私の勘は正しかった…

 面接は、学生が、私を含め、5人…

 会社側の面接官も、また5人…

 ある意味、合コンと同じだった(笑)…

 違うのは、年齢だけだ…

 私たち、5人の女子大生は、皆、22歳ぐらい…

 それに対して、面接官は、皆、私たちの父親ぐらいの年齢だった…

 そして、面接の中身もまた、この竹下クミの予想通りだった…

 つまりは、最終確認…

 弊社に入社して頂けますか? という、入社意志の確認に過ぎなかった…

 私を含め、その場で、面接に臨んだ、5人全員が、

 「…ハイ…」

 と、答えた。

 もちろん、本当に、この杉崎実業に入社するかどうかは、わからない…

 この杉崎実業よりも、大手で、世間に知られた会社に内定をもらえれば、誰でも、そっちの会社に入社するからだ(笑)…

 当たり前だ(笑)…

 そして、その半ば儀式のようなやりとりが終わってホッとすると、突然、部屋のドアが空き、あの美男子、高雄悠が現れた。

 私は、驚いた。

 いや、

 驚いたのは、私だけではない…

 その場にいた、女子全員が、驚いた…

 「…皆さん…こんにちは…」

 高雄が颯爽とした態度で、言った。

 およそ、その場に、場違いな態度だった…

 なぜなら、高雄は、どう見ても、二十代…

 私よりも、数歳上に過ぎないからだ…

 それが、自分の父親と同じくらいの世代の面接官が、5人もいるにも、かかわらず、まるで、自分が、この会社の社長のような堂々とした態度で、現れたのだ…

 誰が、見ても、このイケメン、なにを勘違いしているんだ? と言いたいところだった…

 が、5人の面接官が、取った態度は、私が思ったのと、真逆だった…

 高雄が、この部屋に入ってきたときに、全員が、高雄に向けて、軽く頭を下げたのだ…

 …これは、一体、どういうことだ?…

 私は、考えた。

 いや、

 私だけではない…

 この場に面接に臨んだ女のコ、5人全員が、目を丸くして、驚いた。

 すると、高雄が言った…

 「…ボクは、この会社のオーナー…杉崎実業の親会社、高雄総業の人間です…今日は、皆さん、お越し頂き、ありがとうございます…」

 高雄が言った…

 高雄総業?

 聞いたことのない、会社の名前だ…

 私は、思った。

 「…そして、今日、集まった、皆さんは、ボクが、先日、お会いした時に、求婚した女性…プロポーズした女性です…」

 高雄が言った。

 …プロポーズした女性?…

 一体どういうことだ?

 私は、自分の耳を疑った…

 いや、私だけではない…

 私と同じく、その場にいた最終面接に臨んだ女子5人全員が、あっけに取られて、高雄を見た。

 「…この中の誰かを、ボクは、お嫁さんにしたいと思います…」

 高雄が断言した。

 私と、その場にいた、女のコ、全員が仰天した…

 ずばり、固まった…

                
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