第46話

文字数 4,669文字

 …高雄…

 …高雄悠(ゆう)…

 やっと、会えた!

 私は、嬉しかった…

 ホッとした…

 …悠(ゆう)は見かけとは、違う…

 ヤクザ界のスター、稲葉五郎も言っていたし、はっきり言って、自分でも、その通りだと思う…

 でも、やはりというか…

 高雄の爽やかなルックスを前にすると、その言葉も色褪せてしまう…

 私は、当然、高雄が、見かけとは、違う人間だということは、わかっているし、はっきり言って、警戒すべき、人間だと、わかっている…

 要注意人物だと、わかっている…

 しかし、そんなことは、十分、わかっているつもりでも、高雄の爽やかなルックスを前にすると、そんな気持ちは、きれいさっぱりどこかへ、消し飛んでしまう…

 どこかへ、消えてしまう…

 まさに、高雄、恐るべし!

 高雄、恐るべしだ!

 私は、考える。

 「…遅れて、スイマセン…」

 高雄は、同じ言葉を繰り返した…

 ペコリと頭を下げて、周囲の雰囲気を窺う…

 わずかだが、高雄が頭を上げるときに、眼つきを鋭くして、私を含む、五人の女の顔を確かめたのが、わかった…

 明らかに、高雄は警戒しているというか、予想以上に、私たち五人を注意して、観察している…

 そんな感じがした…

 そして、以前、高雄が、私に言った言葉を思い出した…

 私たち五人の女の、顔つきも、ルックスも、身長も似ているのは、高雄が、ある女性を探しているから…

 その女性の身体的な特徴というと、大げさだが、大まかな特徴は掴んでいる…

 そして、その女性を手に入れることで、高雄は、成り上がることができる…

 高雄総業は、高雄は、はっきりと、口にしてないが、おそらくは、高雄の父は、山田会の次期会長の座に大手をかけることができる…

 だが、敵もさるもの…

 高雄がそれを狙っているのを、見越して、この五人の中に、高雄が勘違いするような特徴の女を紛れ込ませたと言っていた…

 つまりは、高雄が、狙って、手に入れた女が、実は、ジョーカーだった…

 高雄は、その女を手に入れることで、高雄の父は、山田会の会長の座にリーチをかけたつもりが、実は、真逆…

 高雄総業が、敵に乗っ取られる事態が発生する可能性がある…

 そう、高雄は以前、私に語っていた…

 私は、高雄の態度から、今、それを思い出した…

 今、見た、高雄の態度は、十二分に、その言葉を連想させるものだったからだ…

 同時に、気付いた…

 高雄自身が、油断のならない人間であることに、だ…

 さっき、この杉崎実業まで、私を送迎してくれた、ヤクザ界のスター、稲葉五郎ですら、

 「…言いにくいのですが、高雄は…悠(ゆう)は、見た目とは、違います…」

 と、私に教えてくれた…

 はっきり言えば、警告してくれた…

 あるいは、稲葉五郎の言うことは、ウソかもしれない…

 なぜなら、稲葉五郎と、高雄の父は、次期、山田会の会長の座を巡って争っている…

 だから、稲葉五郎が、息子の悠(ゆう)のことを、悪く言っても、おかしくはない…

 普通に考えれば、そう思える…

 だが、しかし、というか、稲葉五郎の私を見る優しい眼差しを、考えると、稲葉五郎に分が上がるというか…

 稲葉五郎の言葉の方が、説得力がある…

 ずばり、信じられる…

 ヤクザや、ヤンキーが大の苦手な、この竹下クミが、言うのは、自分でも信じられないが、目の前の爽やかな美男子の高雄悠(ゆう)よりも、いかついカラダで、見るからにヤクザ者の稲葉五郎の言葉を信じてしまう…

 自分でも、不思議というか、信じられないが、事実…

 ある意味、衝撃の事実だ…

 私は、思った…

 そう考えたとき、

 「…高雄さん…なんだか、お疲れのようね…」

 と、藤原綾乃が、高雄に聞く声が聞こえた…

 その声で、私は、高雄を見た…

 いや、

 私だけではない…

 他の四人もまた全員、高雄の顔を注視した…

 たしかに、高雄は誰がどう見ても、疲れた様子だった…

 「…いえ、そんなことは、ありません…」

 高雄は、否定する。

 しかし、その否定する声も弱々しかった…

 すると、藤原綾乃が、

 「…ウソは止めて下さい…」

 と、キツイ声で言った…

 いや、

 言ったというよりも、注意したと言った方が適切な気がした。

 「…高雄さん…誰が見てもわかるウソは止めて…ウソと言うのは、わからないから言いの…誰が見ても、わかるウソはついちゃダメ…」

 藤原綾乃が、助言する。

 その言葉で、高雄は困ったような表情になった…

 一瞬、表情が、明らかに固くなったが、すぐに、

 「…その通りです…ウソをついてスイマセン…」

 と、丁寧に頭を下げて、謝った…

 「…申し訳ありませんでした…」

 と、深々と、頭を下げたまま、続けた。

 まるで、中学生やら高校生が、授業に遅刻して、ウソの言い訳をして、先生に注意されたみたいだった…

 事実、二十代後半の高雄よりも、三十代前半の藤原綾乃の方が、誰が見ても、年上…

 だから、高雄が、藤原綾乃に叱られても、おかしくはない…

 これが、真逆に、藤原綾乃が、高雄に叱られていては、おかしい…

 やはり、三十代前半の女が、二十代後半の男に叱られるのは、おかしい…

 私は、思った…

 そんなことを、考えていると、

 「…高雄さん…どうして、そんなにお疲れなの?…」

 と、藤原綾乃が、直球に聞いた…

 「…どうしてって、言われても…」

 高雄は、藤原綾乃の言葉に戸惑う…

 そんな高雄の態度に、

 「…やっぱり、女? 高雄専務は、女性にモテモテだから…」

 と、藤原綾乃が、からかう…

 その言葉に、一瞬、私を含め、同じ顔の女たち全員が、ムッとした…

 明らかに、空気が変わった…

 おそらくは、高雄の正体と言うか、素性について、私以外の四人は、当然のことながら、私よりも、早く気付いている…

 にもかかわらず、ムッとした…

 これは、女の性(さが)といおうか(笑)…

 男も同じだが、眼前に、美人がいて、その美人が、男関係で、悩んでいると、打ち明けられれば、いい気はしないというか…

 こんな美人なのだから、当然付き合っている男は、いるに違いないと思いながらも、実際に、そのことを告白されると、いい気はしない…

 大げさにいえば、幻想が敗れるからだ(笑)…

 やはり、どうしても、美人を目の前にすれば、付き合っている男はいない方がいい…

 もしかしたら、この後、これをきっかけにお付き合いが始まるかもしれない(笑)…

 そんな夢を見させてくれる…

 そんな希望を抱かせてくれる…

 それが、付き合っている相手がいると、告白することで、その夢が木っ端みじんに、砕け散るからだ(笑)…

 私は、思った…

 高雄は、藤原綾乃の言葉に、薄ら笑いを浮かべるだけで、

 「…」

 と、黙っていた…

 ただ、疲れた表情で、意味深に笑っていた…

 しかし、そんな高雄に、藤原綾乃は、容赦なかった…

 「…女…やっぱり、女ね…」

 と、繰り返した。

 高雄は、藤原綾乃の攻撃に力なく笑っていた…

 否定するでもなく、肯定するのでもなく、ただ力なく笑っていた…

 私は、藤原綾乃の追及に違和感を感じたが、少しして、

 …もしかしたら、藤原綾乃は、なにか、高雄の情報を掴んだのかも?…

 とっさに、脳裏にそんな予感がした…

 ずばり、なにか、高雄の情報を掴んでいる…

 …それも、女に関しての情報を掴んでいる…

 だからこそ、これほど、しつこく、高雄に何度も、

 …女…

 …女…

 と、繰り返して、聞くに違いない…

 そう直感した…

 確信した…

 そのときだった…

 まるで、藤原綾乃の追及に、白旗を揚げたように、

 「…そう…女です…」

 と、高雄が告白した…

 私を含む、五人の女から、

 「…エーッ!…」

 と、悲鳴が上がった…

 「…ボクのもっとも、愛している女性が今、行方不明といおうか…」

 高雄が力なく告白する。

 …愛している女性?…

 やっぱり、高雄は、愛している女がいたのか?

 当たり前のことを思った…

 高雄は、長身のイケメン…

 付き合ってる女がいるのは、わかる…

 むしろ、これは、想定内…

 当たり前だ…

 高雄ほどのイケメンが、付き合っている女がいない方がおかしい…

 そう思った…

 だが、そう思いながらも、ふと、疑問に思った…

 高雄は、私たち五人の中の一人と、結婚すると、公言したはずだ…

 …約束したはずだ…

 その約束は、どうなる?

 いや、

 恋愛と結婚は、違う…

 好きな女は、いても、私たち五人の中の一人と結婚しても、おかしくはない…

 だが、それを、私たち五人の前で言うのは、どうか?

 結婚すると、公言した五人の女の前で、愛している女性がいると、言うのは、どうだ?

 私は、考える。

 それとも、やはり、以前、私たち五人の前で、

 「…この中の一人の方とボクは、結婚します…」

 と、断言したのは、ブラフ…

 はったりか?

 自分に有利に進めるために、ハッタリをかましたのか?

 私たち五人を騙したのか?

 そんな思いが次々と、私の中に生まれた…

 というか、思いが、ドンドン溢れ出した…

 と、そのときだった…

 「…高雄さんの愛している女性って?…」

 藤原綾乃が訊く。

 高雄は疲れた表情で、

 「…わからない…」

 と、大げさに首を横に振った…

 「…わからないって?…」

 「…わからないんです…」

 高雄が疲れ切った顔で、繰り返す。

 「…なにが、わからないの?…」

 「…その女性の心が行方不明なんです…」

 「…心が行方不明って?…」

 藤原綾乃が絶句する。

 …心が行方不明って、一体どういう意味だ?…

 私は、考える。

 それから、急いで、私以外の四人の女を見た。

 四人とも、やはりというか、悩んでいた…

 …心が行方不明なんて、もったいぶった言い回しをするから、一体どういう意味なのか、皆目見当もつかないからだ…

 「…一体、心が行方不明って、どういう意味ですか?…」

 藤原綾乃が訊く。

 「…簡単ですよ…」

 「…簡単?…」

 「…要するに、相手の女性が、なにを考えてるのか、さっぱりわからない…だから、心が行方不明…まるで、相手の女性が、どこかに失踪したように、その女性が、なにを考えているか、さっぱりわからなくなったんです…」

 高雄が力なく告白する。

 そして、私を見た。

 竹下クミを見つめた。

 …なんだ?…

 …一体、どういうことだ?…

 私は、動揺する。

 しかも、

 しかも、だ…

 そんな私の動揺など、お構いなしに、高雄はジッと、私を見つめた。

 当然、私以外の他の四人も、そんな高雄の視線に気付いた…

 しかし、そんなことは、お構いなしに、高雄は、ジッと、私を睨んだ…

 睨み続けた…

                 
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