第70話

文字数 6,570文字

 …抗争が始まった…

 テレビや新聞、ネットで、山田会で、抗争があったことが伝えられた…

 私は、当然のことながら、高雄組組長と、稲葉五郎の争いだと思った…

 高雄の父? と、稲葉五郎が、直接対決することは、当然ないが、両者を推す勢力が、ぶつかったと思ったのだ…

 が、

 違った…

 抗争の相手は、別組織の団体だった…

 私は、それを聞いて、最初、山田会は、失礼ながら、古賀会長が、亡くなって、会長不在だから、そのチャンスというか、機会を狙って、他団体が、抗争を仕掛けたのかもしれないと、考えた…

 今現在、山田会は、稲葉五郎と、高雄組組長のどちらが、古賀会長の跡目を継ぐか、内部で、争っている…

 そんな私のような素人でも、知っている情報は、当然、ヤクザ組織の人間ならば、誰でも知っている…

 だから、当然、山田会が、内部で、ゴタゴタしている最中に、他団体が、抗争を仕掛けたと、思った…

 誰でも、そうだが、相手が、弱ってるときに、叩くのが、抗争の鉄則だからだ…

 これは、ヤクザでも、国家でも、個人でも、皆同じだ…

 いかに、それまで、強いと思われていた人間でも、弱みを見せたり、落ち目になったりすれば、当然、叩く人間が、出てくるものだ…

 …溺れた犬は棒で叩け…

という、ことわざが、韓国あるいは、北朝鮮、つまりは、朝鮮半島にあるらしい…

 これは、人間社会のひとつの真実ではある。

 弱ければ、強い者が、よけいに、イジメにかかる…

 どこの国でも、個人でも、同じだ…

 植民地時代の国々が、その良い例だ…

 弱い国は、皆、欧米列強の植民地と化した…

 これは、良いとか、悪いとか、いうのでない…

 ただ、そういうものだからだ…

 無論、個人で、アイツは、弱いから、強い者が、皆、いじめてやろうということにはならない…

 ただ、ヤクザのように、いわゆる強さを売りにするというか、基準にする社会で、弱さは致命的だ…

 だから、今、弱りかけた=内部争いに走ると、思われた山田会は、他団体が、抗争を仕掛ける絶好の機会に思われた…

 が、

 違った…

 それは、あくまで、テレビや映画の世界…

 フィクションの世界の話だ…

 現実は、どこの団体も、国家や会社ではないが、他団体と、協定を結んだりして、協調路線を目指している…

 ヤクザが年がら年中、他団体と抗争をしていると、考えるのは、昔のヤクザ映画の見過ぎだ…

 それは、昔でいえば、戦国時代は、一年中、他の戦国大名と戦っていると考えるのと、同じ…

 当時、戦国大名が、戦うのは、農閑期の秋や冬のみ…

 なぜなら、当時の兵は、大部分が、農民兵=百姓侍だからだ…

 通常は、百姓として、畑を耕して生活をしていて、農閑期のみ、戦国大名に命じられて、戦(いくさ)に出向いているに過ぎないからだ…

 だから、年がら年中戦(いくさ)はできない…

 彼らの本業は、あくまで、農業だからだ…

 それと、同じ意味?で、ヤクザが年がら年中抗争を繰り返しているのは、妄想に過ぎない…

 だが、ヤクザだ…

 当然、抗争は避けては通れない…

 だが、簡単に抗争があっては、困る…

 抗争は、戦争…

 戦争には、まずお金がかかるからだ…

 年がら年中、抗争していては、資金が尽きる…

 だから、セイフティーネットとでも呼べば、いいのか、国内の主要な組織は、どこも、なんらかの団体に属し、常日頃、他団体のお偉方同士、会食したりして、交流を図っている…

 なにか、ことが起きれば、電話一本で、話し合う…

 トップ同士が、常日頃、会食をしたりして、交流を深めれば、電話一本で、物事を鎮静化することができるからだ…

 些か、前置きが、長くなったが、それゆえ、今回の抗争の発端は、些細なことだった…

 その発端を暴露すれば、いささか、拍子抜けするが、要するに、街で、組織の末端の組員同士が、いざこざを起こしたに過ぎなかった…

 酒で寄った若い組員が、店で、暴れ出し、いわゆる、みかじめ料を払った店を担当する組の組員が、駆け付け、暴れ出した組員をやっつけようとした…

 しかしながら、暴れた組員の方が、人数も多く、駆け付けた組員の方が、少なかった…

 当然、殴り合いのケンカになったが、みかじめ料を払った店の側の組員の方が劣勢…

 これも、当然のことながら、自分の属する組に連絡して、応援の組員を呼んだ…

 すると、自分たちの方が、当たり前だが、有利になる…

 多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)で、単純に、人数が多い方が、勝つ…

 当たり前のことだ…

 劣勢に立たされた側は、これもまた当然のことながら、応援の組員を呼んだ…

 そんなことを繰り返している間に、ケンカが始まって、一時間ちょっとで、百人以上のヤクザが、店に集結して、その中の何十人かが、実際に殴り合いを始めた…

 当然、警官もやって来る…

 だが、最初にやって来た警官は、あまりの人数に逃げ出した…

 これもまた、本部に応援を頼み、百人を超える人数で、鎮圧にやって来た…

 どこかで、聞いたような話だ(笑)…

 以前、たしか、これと似た話を、この物語で、書いた気がする(笑)…

 ただ、このとき、問題だったのは、山田会が、割れていたことだ…

 抗争を起こした他団体の幹部が、すぐに、顔馴染みの山田会の幹部に、連絡…

 事態の鎮静化に動いた…

 当たり前の話だ…

 が、連絡を受けた幹部は、すぐに動かなかった…

 実は、騒動を起こした組は、稲葉五郎の派閥というか、山田会内部で、稲葉五郎を慕う組に属する一派で、連絡を受けた幹部は、高雄の父を頂点とする、一派に属していた…

 だから、連絡を受けた時点で、その幹部は、動かなかった…

 敵対というほどではないが、自分と違う派閥に属する、稲葉五郎の一派のゴタゴタに、手を貸すべきか、否か、悩んだのだ…

 ところが、そんな幹部の思惑が、事態をより深刻化させた…

 一刻を争う事態にもかかわらず、連絡をしなかったことで、山田会と敵対する松尾会の双方の組員が、現場で、殴り合いの修羅場を作ってしまい、しかも、それが、見る見る大事(おおごと)になり、やがて、それは、あの稲葉五郎にも伝わった…

 五郎の動きは、迅速だった…

 すぐに、松尾会のトップクラスの幹部に連絡…

 事態の状況を伝え、直ちに、穏便にことを済ませることを告げた…

 相手の松尾会の幹部も、稲葉五郎の意見に同調…

 ことを大げさにせず、事態を鎮静化させることで、一致した…

 つまりは、大人の選択をしたわけだ…

 現場で、殴りあいのケンカをした当事者同士は、納得できないかもしれないが、こんな些細なことで、今のご時世、抗争になっては、堪らないと、双方のトップ同士が、判断したということだ…

 ただし、禍根(かこん=わざわいの根)が残った…

 この禍根というのは、山田会と松尾会との間の禍根ではない…

 山田会内部で、稲葉五郎を推す一派と、高雄組組長を推す一派との間にできた禍根だった…

 最初に騒動を聞いた、松尾会の幹部は、見知った山田会の幹部に、騒動を告げた…

 その時点で、当然、山田会として、対処してくれると、思ったに違いない…

 だが、その松尾会の幹部の連絡した相手は、高雄組組長に属する一派で、騒動を起こした組は、稲葉五郎の派閥に属する一派だから、動かなかった…

 つまりは、初動が、遅れたのだ…

 当然、この後、この件が、山田会の幹部の間で、問題になった…

 誰が、悪いのかという問題だった…

 当然、誰が考えても、騒動を起こした松尾会の幹部から連絡を受けて、すぐに対処しなかった山田会の幹部の責任になる…

 責任=落度になる…

 これは、誰の目にもわかる…

 だが、誰の目にもわかる責任のありかだが、山田会の幹部の間で、激論になった…

 連絡をしない幹部が、悪いにもかかわらず、その幹部と仲がいい幹部が、その幹部の肩を持ったのだ…

 すると、当然、騒動の中心になった稲葉五郎の属する一派は、面白くない…

 「…それは、違うだろう!…」

 と、言い合いになった…

 誰もが、その通りだとわかる…

 子供でもわかる責任のありかだ…

 しかし、議論は、いつのまにか、山田会と松尾会の末端の組員が起こした騒動ではなく、なぜか、稲葉五郎と、高雄組組長の、双方の属する派閥同士の争いになった(笑)…

 傍から見れば、笑えるし、山田会の幹部の中でも、話が、おかしな方向に向かっているのは、誰もが、わかっている…

 にも、かかわらず、誰にも止められなかった(笑)…

 いつのまにか、山田会の幹部会は、稲葉五郎と高雄組組長の双方の陣営の、激論になった…

 互いに、相手の不始末を挙げて、罵り出した…

 不始末と言うのは、今回のことだけではない…

 過去に双方の所属する組員たちの言動まで、話題に上がった…

 こうなると、双方とも、子供のケンカだ…

 最初は、黙って、みんなの意見を聞いていた、稲葉五郎と、高雄組組長だったが、さすがに黙ってはいられなくなった…

 「…いい加減にしろ!…」

 稲葉五郎の怒声が、響き渡った…

 「…ガキのケンカじゃねえんだ! 責任のありかは、どこにあるか、誰の目にも、わかるだろ! …だが、起こっちまったもんは、仕方がねえ…次からは、こんな真似は、ねえようにしよう…それだけだ…」

 五郎は言う。

 責任のありかは、誰の目にもわかるが、それを言うのは、野暮と言うか…

 今まで以上に、ゴタゴタが起きるのは、わかる(笑)…

 だから、あえて、今回の責任には、触れず、結論だけ言った…

 そして、それは、高雄組組長も同じだった…

 「…ウチは、一枚岩だ…山田会は、全員結束して、同じ方向で動く…」

 ただ一言、そう言った…

 実に当たり障りのない言葉だった(笑)…

 稲葉五郎と高雄組組長が、山田会の事実上のトップ…

 その二人が、争うわけには、いかなかった…

 だから、互いの属する陣営の発言の肩を持つこともできなければ、相手の陣営の落度を糾弾することもできなかった…

 それをすれば、一触即発になり、下手をすれば、山田会が割れる心配があるからだ…

 誰もが、それがわかっていた…

 だから、高雄組組長と、稲葉五郎の言葉で、この幹部会は終わった…

 終了した…

 が、

 面白くないのは、今回の騒動の原因を作った、花見会の花見だった…

 松尾会と、山田会がゴタゴタを起こしていると、連絡を受けた、張本人だ…

 たまたま、騒動を起こした松尾会に、見知った幹部がいて、連絡を受けたに過ぎない…

 しかしながら、騒動を起こしたのが、自分の属する高雄一派ではなく、稲葉五郎の一派だったから、上に連絡することなく、放っておいたに過ぎない…

 いや、

 実のところ、本当のことを言えば、花見自身が、どうすればよいのか、考え、悶々としていた…

 連絡をするべきか、否か…

 悶々としていた…

 自分の属する山田会としては、即座に対応しなければならないのは、わかっているが、騒動は、自分と敵対する、稲葉五郎の一派…

 連絡をしないことで、稲葉一派の落度を作ることができるかもしれないと、考えたのだ…

 が、

 同時に、

 やはり、それは、マズいとも、判断した…

 自分は、山田会の一員…

 いかに、今、山田会が、次期会長を誰にするかで、争っていても、他団体から、連絡を受けて、それを知らなかったことにするのは、マズいと判断したのだ…

 連絡をするべきか?

 それとも、

 連絡をしないべきか?

 花見会会長は、悩んだ…

 およそ、一時間近く、まるで、ハムレットが、生きるべきか、死ぬべきか、それが、問題だと言ったように、悩んだ…

 が、

 それが、いけなかった…

 当然のことながら、その間に、現場には、山田会と松尾会、双方の組員同士が、見る見る膨れ上がった…

 この花見会会長も、現場にいれば、迅速に対応したに違いない…

 怒号が飛び交う現場を見れば、すぐに、なんとか、しなきゃならんと、誰もが判断するからだ…

 それが、会議室ではないが、自分の組事務所にいたから、まさか、それほどの騒動になっているとは、思いもよらなかったのだ…

 …なぜか、オレが、悪者になった…

 と、このとき、花見会会長は、思った…

 後に、警察の発表した調書というか、報告書を見ると、そう書かれていた…

 私も、後にそれを見て、会ったことのない、花見会会長だが、可哀そうだと思った…

 たかだか、小一時間程度、連絡をするべきか、連絡をしないべきか、悩んだに過ぎない…

 が、

 その結果が、一気に、山田会での自分の立場を悪くした…

 花見会会長は、高雄一派で、自分と同じ、高雄一派に属する、幹部会の組長は、口では、あの幹部会で、自分を擁護してくれたが、それは、あの場だけ…

 口には出さないが、はっきり言って、余計なことをしてくれたなと、言わんばかりの態度になったと、後に、警察で、発表した調書で、告げている…

 そもそも、アイツがオレに電話をかけてこなければ?…

 いつのまにか、花見会会長の怒りは、連絡をくれた松尾会の幹部に向けられた…

 誰が考えても、逆恨みだが、怒りが、向かうのも、わかる…

 そして、この花見会会長が、不運だったのは、彼が酒に弱いと言うか、酒乱とまでは、いわないが、酒を飲むと、奇行とまでは、いわないが、周囲が手を付けられなくなるまで、泥酔して、暴れることがあったことだった…

 この一件で、花見会会長は、さすがに、外で暴れることは、なかったが、酔って、前回、連絡をくれた松尾会の幹部に、電話をして、管(くだ)を巻いた…

 酒に酔って、ろれつの回らない舌で、グズグズと不満をぶちまけ、執拗に相手に絡んだ…

 最初は、電話に出た松尾会の幹部も、相手が、酒に酔っていることがわかったので、適当に相手にしていたが、あまりにも、グズグズと執拗に絡んでくるので、しまいには、キレた…

 「…アンタ…いい加減にしてくれ!…」

 その幹部は電話の向こうで、怒鳴った…

 「…こっちは、穏便にことをすませようと思ったんで、アンタに連絡したんだ…それを、上に報告するか、しないかは、アンタの勝手だろ? それで、幹部会で、アンタが糾弾されたからって、連絡をしたオレに、ネチネチと文句を言うのは、筋が違うだろ!…」

 その幹部が、キレて、怒鳴った…

 当たり前の話だ…

 「…来るなら来い! アンタもヤクザならば、ヤクザらしく、かかって来い! オレは、いつでも、受けて立つぜ!…」

 その幹部が、怒鳴った…

 直後に、さすがに、大風呂敷を広げ過ぎたというか、言い過ぎたと思ったが、後の祭りだった…

 酔っ払い相手に、まともに相手にしてはいけない…

 これは、相手がヤクザであろうとなかろうと、誰もが、わかりきった理屈だ…

 それと、ヤクザ相手にケンカを売るのは、厳禁=御法度だ…

 ヤクザは、基本的に男を売る商売と、世間というか、ヤクザ社会で見られている…

 ケンカを売れば、ケンカを買わなければ、男が廃(すた)るからだ…

 なにより、ケンカを売った当人が、あちこちで、アイツはオレのケンカから逃げたと、吹聴すれば、自分が、ヤクザ社会で、生きれなくなる…

 だから、ケンカを売れば、買わななければ、ヤクザ社会で、今後生きてゆけない…

 だから、花見会会長は、高杉一家のケンカを買った…

 かくして、山田会と松尾会ではなく、花見会と、高杉一家との抗争が、勃発した…

                
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