第83話

文字数 5,483文字

 「…運命?…」

 ポツリと、私も呟いた…

 ずばり、反応した…

 これまで、ボンヤリと、父が私に送ったアドバイスを考えていたのが、一気に吹き飛んだというか?

 一気に、高雄との話に引き戻された…

 「…運命って?…」

 私は、繰り返す。

 「…古賀さんの運命って…」

 「…殺されることだよ…自分が…」

 あっさりと、高雄が、言った…

 「…殺される?…」

 私は、驚いたが、少し考えると、

…それは、当たり前のことかもしれない…

と、気付いた…

中国政府は、おそらく、古賀会長を利用できると、踏んで、金を援助したに違いない…

そして、古賀会長を通じて、なんらかの非合法的な活動を日本で、した可能性が高い…

いや、

高いのではなく、ずばり、したに違いない…

なぜなら、古賀会長は、暴力団だからだ…

しかしながら、それも、双方のうまみがあってのこと…

中国政府と、古賀会長の利害が一致したからこそ、古賀会長も、命令に従ったに違いない…

そして、利用される人間は、常に、自分に利用価値がなくなった場合、相手が、どうするか、考えるものだ…

なぜなら、その大半が、憐れな末路を迎える…

古代エジプトで、ピラミッドを作り、王の身近な宝石類等の宝を埋めた奴隷は、例外なく殺された…

後で、埋葬した宝石類を、奴隷たちに盗まれると困るからだ…

それと、同じだ…

私は、考える。

だから、古賀会長も、自分の運命について、考えたに違いない…

おそらくは、中国政府が、自分を援助していると、わかった時点で、自分が、お役御免になったときに、どうすれば、いいか、考えたに違いない…

お払い箱になる前に、どうすれば、いいか、考えたに違いない…

「…だから、爺さんは、保険をかけた…」

「…保険?…」

どういう意味だろ?

まさか、民間の生命保険の類いでは、ないのは、私にも、わかる…

「…大場代議士です…」

いきなり、言った…

「…大場代議士? 大場代議士って?…」

だって、さっき、大場代議士は、古賀会長が、中国政府と繋がってることを知って、わざと古賀会長と親しくして、古賀会長の動静を見張っていたと言った…

それが、どうして、大場代議士なのだろう?

私の頭が、混乱する…

「…つまり、古賀の爺さんは、中国政府から依頼されて、さりげなく、自分のやっていることを、大場代議士に告げて、なにかあったときに、自分の身を守ってくれるように、考えた…そういうことです…」

高雄が告げる。

「…守ってくれる?…」

私は、つい、口にした…

つい、言ってしまった…

暴力団が、大場代議士に、守ってくれと、頼んでいる…

これは、私の理解を超えた…

ヤクザが政治家に、自分の身を守ってくれと、頼んでいる…

あべこべではないか?

考える。

が、

これは、当然…

当たり前のことではないか?

私は、すぐに考えを変えた…

高雄の話が、本当ならば、古賀会長の敵は、中国政府…

つまり、国=国家だ…

その国家に対抗するには、別の国家を頼るしかない…

古賀会長に、とって、それが、日本政府だったのだろう…

いかに、古賀会長が、傑出したヤクザであり、日本有数のヤクザの組長であっても、国家には勝てない…

当たり前のことだ…

訓練されたスパイが、身近に、命を狙ってくれば、それを防ぐのは、高名な暴力団組長といえども、至難の業に違いない…

なにより、いかに、日本有数のヤクザの組長でも、中国政府とは、規模が比べるべきもない…

金、兵力等、規模が違い過ぎる…

豊富な資金を持つ中国政府が、よく訓練された兵士に、古賀会長の命を取ることを命じれば、一度や二度は、難を逃れると言うか、うまく、逃げ切れるとは、思うが、そう何度もうまくはいかないだろう…

なにしろ、敵は、中国政府…

刺客に送り込む兵士は、無数にいるに違いない…

いくら、日本有数のヤクザの組長といえども、それに対抗できるはずはない…

最初は、防げても、いずれは、命を落とす事態になることは、目に見えてる…

ならば、それを防ぐには、どうすれば、いいか?

日本政府に頼るしかない…

古賀会長は、そう考えたのだろう…

そう考えて、ようやく、私の中で、どうして、古賀会長が、大場代議士を頼ったのか、納得がいった…

しかし、

しかし、だ…

大場代議士は、それをどう思ったのだろう?

自分が、おそらく国家というか、日本政府に、命じられて、中国政府と、繋がってる、古賀会長を監視していたに違いない…

その監視対象の古賀会長から、自分の身を中国政府から守ってくれと、言われて、どう思ったのだろう…

反応が、謎だった…

だから、高雄に訊いた(笑)…

「…高雄さん…」

「…ハイ…古賀会長の申し出を、大場代議士は、一体どう思ったのでしょう?…だって、自分の監視対象である、暴力団の組長が、庇護を求めたのでしょう…」

私の質問に、高雄が即答した…

「…渡りに船だと思ったでしょう…」

「…渡りに船?…」

「…だって、そうでしょう? これで、山田会は、国家のコントロールが効くようになる…日本国の絶対的な支配下に置かれたわけです…」

…日本国の支配下…

私は、絶句する…

たしかに、山田会の会長が、国家に庇護を求めれば、国家の言うことを聞くしかなくなる…

日本で、二番目に大きな暴力団が、国家のコントロールの下に置かれるのだ…

冷静に考えれば、これは、悪いことではない…

むしろ、高雄の言うように、渡りに船なのかもしれない…

山田会の会長を庇護することで、中国の毒牙から、日本を守ることができる…

それによって、日本で、二番目に大きな暴力団を、国家のコントロール下に置くこともできる…

まさに、一石二鳥、いいことづくめ、だ…

だが、

はたと、気付いた…

これって、ヤクザの世界では、どう思われるのだろう?

ヤクザは男を売る商売と、ネットに書いてあった…

男を売る商売と言い切るヤクザの、しかも日本中に名の知れた大物組長が、国家に庇護を求めるのは、男が廃(すた)るのではないか?

相手が、誰であれ、他者に助けを求めるのは、恥なのではないか?

そう思った…

だから、またも、高雄に訊いた(笑)…

「…高雄さん…」

「…ハイ…」

「…お話はわかりました…でも、古賀会長が、大場代議士に助けてくれというのは、おかしいんじゃありませんか?…」

「…どうしてですか?…」

「…だって、ヤクザが国家に庇護を求めるなんて…ヤクザ社会で舐められるんじゃないんですか?…」

私は、遠慮なく言った…

「…舐められませんよ…」

高雄が、すぐに返した…

「…舐められない? どうして?…」

「…相手が強すぎるんです…」

「…強すぎる?…」

「…ケンカでも、なんでも、基本は互角というか…戦えば、勝てると思うことができる相手だから、戦う…これは、ヤクザでも、一般人でも同じです…ですが、古賀の爺さんの相手は、中国政府…どうあがいても、勝てる相手じゃありません…だから、仮に真相を知っても、ヤクザ社会でも、爺さんをこき下ろすヤクザはいません…」

…たしかに、その通りかもしれない…

戦えば、勝てるかもしれない相手だから、戦うわけだ…

誰が見ても、最初から勝てない相手だから、逃げ出したり、助けを求めても、恥ずかしくもなんともないのかもしれない…

私は、思った…

「…古賀の爺さんは、大場代議士に助けを求めた…ただ、爺さんも面子がある…」

「…面子?…」

「…ヤクザとしての面子です…」

言っていることがわからない…

さっき、高雄は、古賀さんが、中国政府相手だから、国家の庇護を求めても、恥ずかしくはないと、言ったはずだ…

それが、今度は、ヤクザとしての面子なんて…

言ってることが、矛盾している…

だから、私は、言った…

「…言ってることが、おかしく、ありませんか?…」

「…おかしい? なにが、ですか?…」

「…だって、今、高雄さんは、古賀さんが、中国政府相手だから、日本国に庇護を求めても、同業者のヤクザからも、舐められないと、言いました…それが、今度は、ヤクザとしての面子だなんて…」

「…矛盾はしません…」

「…矛盾しない?…」

「…要するに、頼み方です…」

「…頼み方?…」

「…それこそ、古賀の爺さんが、泣きながら、大場代議士に、土下座でもして、オレの命を守ってくれとでも言えば、ヤクザ社会でも、笑われるに決まってます…だから、爺さんは、直接は言わなかった…」

「…どういうことですか?…」

「…いわゆる、匂わしです…」

「…匂わし?…」

「…直接は言わない…例えば、例え話をして、実は、オレは、中国政府から、金をもらって、それを元手に、山田会を大きくしたんだって、酒の席で、冗談っぽく口にする…相手も、会長、また、冗談を言って、と、返すと、今度は、でも、オレは、最近、中国政府とうまくいってないから、殺されるかも、と、続けるんです…」

「…」

「…あくまで、酒の上の席です…だから、聞いてる人間には、冗談に聞こえる…だけど、真実を知っている人間は、冗談とは、取らない…」

「…」

「…そして、そんなふうに、冗談の形をとれば、ヤクザとしての面子は、立つし、仮に爺さんの身の回りに、中国政府と通じたスパイが、配置されていても、発言の重要性に気付かず、スルーされる可能性も高い…」

「…スパイ…」

「…ヤクザも宗教団体も、どこもそうですが、危ないと思われる組織には、昔から、公安が、スパイを入れてます…これは、日本も中国も同じ…いえ、世界各国どこも同じです…」

「…」

「…そして、トップに立つ者は、なにより、自分が、それに気付かなければ、ならない…それができなければ、トップは務められない…」

「…どういう意味ですか?…」

「…古賀の爺さんは、山田会のトップだから、当たり前ですが、さまざまな情報が、寄せられます…でも、それが、ウソだか、ホントだか、わからない話も多い…だから、それが、ガセだか、ホントだか、わかる能力がないと、トップは、務められない…」

「…」

「…爺さんは、その嗅覚が優れていた…ボクが、以前、どうして、そんなことが、わかるの? と、聞くと、子供の頃、日本の敗戦で、満州から、命からがら、日本にやって来たとき、色々な人間を見てきたから、わかるんだと、言ってました…」

「…」

「…爺さんが、ヤクザとして、成功したのも、そのときの体験が、大きいと、ボクに話しました…自分は、命からがら、必死になって、満州から引き揚げてきた…でも、そのお陰で、ひとを見る目ができた…人間、なにが、役に立つか、わからないと笑ってました…」

私は、あまりにも、意外な話に、

「…」

と、沈黙した…

ずばり、言葉もなかった…

なんと言っていいか、わからなかった…

だが、ふと、気付いたというか、気になったことがある…

それは、スパイ…

中国政府もそうだが、公安も同じ…

古賀さんの身近にスパイを置いていると、言ったニュアンスで、高雄は、私に話をした…

では、一体、それは誰?

いや、

本当に高雄が言うように、死んだ古賀会長の身近に、そんなスパイがいるのだろうか?

私は、思った…

だから、聞いた(笑)…

「…高雄さん…亡くなった古賀会長の身近に、スパイと思われる人間がいたんですか?…」

「…いました…」

高雄が即答する…

「…誰ですか?…」

思わず、聞いた…

「…松葉会会長の松尾聡(さとし)なんて、その代表ですよ…」

「…松尾会長…」

驚いた…

まさか、ここで、あの松尾会長の名前が出るとは、思わなかった…

「…どうして、松尾会長なんですか?…」

「…規模ですよ…」

「…規模?…」

「…松尾会は、決して、大きくはない…だが、松尾会は、いつも、大手の一角にいる…あれは、背後に、大きなバックがいるからだ…」

高雄が指摘する。

「…バック?…」

「…中国政府か、公安か、それは、わからない…だから、爺さんは、松尾聡(さとし)を警戒して、五分五分の盃を結んだ…変に敵対するより、近くに取り込んだいいと思った爺さんの判断だ…」

仰天の事実を言った…

が、

たしかに、高雄の話はわかる…

納得する…

松尾聡(さとし)自身が、いかに優れていても、やはり、誰か、強力に自分をバックアップしてくれる人間と言うか、組織がないと、大きくはなれない…

あるいは、古賀会長自身が、自分が、中国政府のバックアップで、山田会を大きくしたから、余計に、松尾会長の背後に誰かいると、思ったのかもしれない…

自分と、同じように、松尾会長の背後に誰かがいると、確信したのかもしれない…

だが、本当にそれだけか?

古賀会長の周囲に、いるスパイは、松尾会長だけだろうか?

「…他に怪しいひとは?…」

「…いっぱい、いますよ…」

高雄が即答する。

「…いっぱい…」

「…高雄組組長も、稲葉五郎も、その一人です…」

仰天の事実を言った

               
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