第39話
文字数 6,094文字
私が落ち込んだ様子に気付いたのだろう…
「…どうしたの? 竹下さん…なんだか、落ち込んでいるように見えるけど…」
店長の葉山が聞いた…
私は、どう答えようか、一瞬、悩んだが、
「…いえ、なんだか、私って、随分子供っぽいと思って…」
「…子供っぽい? どういうこと?…」
「…ほら、たった今、店長と話した、人間って、見た目と中身は違うって話…私は、これまで、そんなこと考えたことも、あまりなかったから…」
私は、正直に、葉山に告げた…
だが、葉山の返答は、意外なものだった…
「…それは、ボクも同じだよ…」
「…同じ?…」
「…ボクも今、このコンビニで雇われ店長をしているだろ…以前も言ったけど、別の店でも、似たような仕事をしていたことがあって、バイトの面接とかしてたから、わかるんだ…」
「…」
「…よく、面接で、なにがわかるんですか? って、質問されるだろ?…」
「…ハイ…」
「…竹下さんにも同じ質問をするけど、面接でなにがわかるか、わかる?…」
私は、思わず、
「…エッ?…」
と、言ったきり、黙った…
私は、店長の葉山の突然の質問に、面食らったというか…
どう答えていいか、わからなかった…
わからないから、
「…」
と、黙った…
答えなかった…
そんな私の様子を見て、
「…答えは、なにもわからない…」
と、店長の葉山が、笑いながら、言った…
「…なにも、わからない?…」
私は、葉山の言葉に、驚いた…
葉山は笑いながら、
「…そう…なにもわからない…」
と、繰り返した…
「…面接でわかるのは、さっき竹下さんが、言ったように、見た目だけ…イケメンだとか、美人だとか、真面目そうとか…誰もが、わかることだけ…今、ボクが竹下さんといっしょにいるように、学校でも職場でも身近にいて、初めて、このひと、こんな性格なんだって、わかってくる…誰も同じさ…」
「…」
「…竹下さんが、そんなことを考えたのは、きっと竹下さんが、今まで、そんな経験がなかったからだよ…」
「…」
「…ボクもそうさ…こういう仕事をして、初めて、わかった…自分が面接をして、ひとを採用しなければ、そんなこと、考えもしなかったよ…」
私は、葉山の言葉に、納得する…
たしかに、葉山のいうことは、わかる…
私は、それまで、そんなこと、考えたこともなかった…
それは、きっと、そんな経験がなかったからに他ならない…
経験しなかったから、わからなかったのだ…
「…竹下さん…どんなことも、経験だよ…」
「…経験?…」
「…そう…経験…誰もが、経験しないと、わからない…本を読んだり、友人、知人から、話を聞いて、そんなものだなとわかっても、自分が経験しないと、身にならないというか…心の底から納得しないというか…」
「…」
「…ボクなんかも、バイトの採用で、真面目そうなひとを採用して、真面目じゃなかったり、見るからにいい加減そうなヤンキー系のひとを採用したら、物凄く、仕事が真面目だったりするのを、目の当たりにして、初めて、ひとは、見た目じゃ、わからないと、思ったんだ…自分がバイトの採用をしなければ、下手をすれば、一生、そんなこと、考えもしなかったよ…」
葉山が笑った…
私は、葉山の言葉に、考え込んだ…
すると、葉山が、
「…きっと、竹下さん…物凄いイケメンにでも、出会って、それが、付き合いだしたら、なんだか、中身が違うって、わかったんじゃ…」
と、いきなり言った…
私は、葉山の言葉に、
「…」
と、絶句した…
まさに、その通りだったからだ…
私の表情に気付いたんだろう…
「…まさか、竹下さん、その通り?…」
真逆に、葉山が、当惑した…
「…参ったな…当てずっぽうで、適当なことを言っただけだったのに…」
「…」
「…でも、わかるよ…」
「…どうして、わかるんですか?…」
「…男も女も皆いっしょさ…誰だって、最初は、皆ルックスがいい異性に惹かれる…ボクなんかも、やっぱり、美人の女のコを見れば、惹かれるし…そんな美人と付き合うことはなくても、身近に接して、なんか、最初思ったイメージと違うっていうのは、よくある話さ…」
「…」
「…だから、竹下さんも、そういう経験を積んで、少しでも、ひとを見る目を養うことさ…人間、歳を取れば、賢くなるっていうのは、幻想さ…今、竹下さんが、言ったように、イケメンでも、中身は違うってことも、経験しなければ、三十歳になっても、四十歳になってもわからないよ…いや、わかっているつもりでも、経験していなければ、容易にイケメンに騙されるだろう…」
「…イケメンに騙される?…」
「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」
葉山が真顔で言った…
そして、私は、葉山の言葉を聞きながら、以前、葉山が、高雄の父親を一目見て、ヤクザと見破ったことを、思い出した…
もしかしたら、この葉山も、修羅場というと、大げさだが、それなりの経験を積んでるのでは? と、思った…
それまでは、この葉山も最初は、いつもニコニコとしているので、ただ、ひとがいいだけの男と思っていたが、違った…
以前、偶然、街で会った時に、いつも、店では見たことのない仏頂面だったので、店にいるときの笑顔は、ただの営業スマイルであることがわかった…
そして、今、私に言ったこと…
いわゆる、外面と内面の落差というか…
ひとは、見た目では、なにもわからないと、教えてくれた…
さらに、今、
「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」
と、真顔で、呟いた。
ひょっとすると、葉山は、そんな女のコを、身近に知っているのかもしれない…
私は、思った…
誰もが、経験することで、なにかを知る…
経験しなければ、なにもわからないというか…
いや、わかっていても、気付かない…
今、葉山が言った、
「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」
という言葉は、誰でもわかる例だが、身近に、それを見知っていれば、言葉にも、力がこもるというか…
実感する…
だから、おそらく、この葉山は、例えば、あの高雄が女のコに、接近しているのを見て、高雄が、本気で、その女のコを好きなのか?
あるいは、なにか、別の目的があるのか?
さらには、その女のコを食い物にしようとしているのか、わかるに違いない…
私は、思った…
また、なにより、当事者でなくて、その行為を間近に見ている場合は、容易に、相手の目的に気付く場合が多い…
男女関係でいえば、本気か遊びか、だ…
本気で、好きなのか、遊びで口説いているのかは、大抵は、傍から見れば、わかる…
わからないのは、口説かれてる当事者のみ(笑)…
私が、こんなイケメンに…
とか、
オレが、こんな美人に…
とか、舞い上がっているだけで、傍から見れば、小学生でもわかることは、案外多い…
それが、当事者になると、ボーッとして、舞い上がってしまう…
ちなみに、この場合は、年齢も、学歴も関係がない…
単純に、その事実に気付くか、気付かないかの違いだけだ…
それは、直感というか…
容易に気付く人間は、明らかに存在するし、頭が良くても、気付かない人間は、気付かない…
繰り返すが、これは、学歴も年齢も関係がない…
後年、振り返って見ると、このときが、一つの転機だったと思う…
その後、高雄と会った時は、以前から、比べれば、明らかに、私は、高雄に冷静に対応することができた…
これは、ウソではない…
一歩引いて、高雄を…
そして、私自身を見ることができた…
竹下クミ、22歳…
この日を境に少しは、成長したのだ(苦笑)…
テレビやネットを見ると、あの後、山田会に大きな動きはなかった…
山田会は、古賀会長が、亡くなって、なにか、ひと悶着あると、思って、警察もその成り行きを、固唾を飲んで、見守っていたに違いないが、今のところ、なにも起こらなかった…
むしろ、その成り行きを警察以上に、固唾を飲んで見守っていたのは、この竹下クミだった…
一般の女子大生に過ぎない竹下クミだったのだ(笑)…
やはり、あの高雄や、稲葉五郎という、山田会の主要メンバーと、知り合ったのが、大きい…
私は、その後、高雄の父親や、あの稲葉五郎をネットで、検索して、その情報を探った…
高雄の父親の情報を探ると、出てきたのは、やはり、あの日、会った時、同様、ダンディーというか、サラリーマンのような高雄の父親の画像と、それと、対照的な、あの稲葉五郎の画像だった…
稲葉五郎は、やっぱり、怖かった(苦笑)…
あの日、大場といっしょに、あの街中華の店で、会った時は、気安い、人のいいオジサンを装っていたが、画像は全然違った…
鋭い眼つきで、検索したスマホの中から、私を睨んでいた…
暴力やヤンキーが大の苦手な私は、その画像を見ただけで、正直、ブルッた…
まるで、目の前に、凶暴なニシキヘビやライオンが現れたのと、同じくらい怖かった…
いや、もしかしたら、それ以上、怖かったのかもしれない…
あのときは、私を、亡くなった山田会の古賀会長が探していた娘さんと、誤解していたので、私に優しかったが、あらためて、ネットで見ると、獰猛な野獣のような男に思えた…
今さらながら、あんな男と関わっては、ロクなことがないと、思った…
いや、それどころか、警察に目を付けられるとか、下手をすれば、命の危険もあるかもしれない…
冷静に考えれば、あの稲葉五郎と同席して、この竹下クミが、卒倒しなかったことが奇跡…
奇跡だ…
普通に考えれば、恐怖のあまり、失神して、その場に倒れ込んでも、おかしくはなかった…
失神はせずとも、恐怖のあまり、カラダが硬直して、ガチガチに固まって、あの場で、どうしていいか、わからなかっただろう…
今になって思えば、そう思える…
汚い話だが、失禁して、おしっこを漏らしても、おかしくはなかった…
それほど、怖かった…
心の底から、怖かった…
すべては、あの大場と、街中華の女将さんが、あの場を和らげてくれたから、あの場にいられたのだ…
大場と女将さんが、いなければ、獰猛な野獣のような、稲葉五郎とふたりっきり…
私は、身の危険どころか、恐怖のあまり、どうしていいか、わからなかつたに違いない…
自分の父親のような年齢の稲葉五郎だったが、それほど、怖かった…
そして、気付いた…
あの稲葉五郎は、一方的に、私を死んだ、古賀会長の探していた娘だと、決めつけていた…
しかし、何度も言うように、それは、間違ってる…
だが、稲葉五郎は、それを信じない…
盲目的なまでに、私が、古賀会長の探していた娘だと信じ込んでる…
だが、もし、今後、稲葉五郎が、私が、古賀会長の探していた娘じゃないことに、気付いたら、どうか?
それまでは、私が、古賀会長の探していた娘だと一方的に、信じ込んでいるから、私に対して、礼儀正しかったが、もし、それが、間違っていたと、わかったら、どうか?
一方的にキレて、私に逆上するのでは?
私は思った…
本当ならば、稲葉五郎が勝手に、私が死んだ古賀会長の探していた娘だと、信じ込んでいるだけで、私は、なにも悪くないのだが、なにしろ、相手はヤクザだ…
しかも、ヤクザ界のスターだ…
どういう思考形態をしているのか、わからない…
自分が、一方的に、私を古賀会長の探していた娘だと、信じ込んでいたにもかかわらず、それが、間違ってると分かった時点で、キレて、私になんだかんだと、難癖をつけてくるかもしれない…
いきなり、
「…オマエをソープに沈めてやる!…」
とか、激怒して、私は、ソープランドに、売られてしまうかもしれない…
ありえないことかもしれないが、私の脳裏に、そんな光景が浮かんだ…
だが、一方で、そんなこと、あるわけない!
という声が、内面でした…
なぜなら、あの稲葉五郎は、大場の知り合い…
次期首相候補の声にも上がる、大場小太郎代議士の娘と親しい…
大物ヤクザだから、交流関係が広いのは、わかるし、世間では、知られてないが、やはり、大場小太郎のような大物代議士ならば、その筋の人間とも、交流があってもおかしくはない…
トラブル処理というと、身も蓋もないが、表には出せない案件を、あの稲葉五郎が処理しているのだろう…
政治にしろ、なんにしろ、きれいごとでは、すまない部分は、どうしても存在する…
そんなときに、あの稲葉五郎の存在は、心強いに違いない…
そして、なにより、次期首相候補の呼び声も高い、大場小太郎代議士の娘と親しい、ヤクザが、怒り狂ったとはいえ、私をソープに沈めることは、あるまい…
そこまで、凶暴と言うか、わけのわからない人間ならば、大物代議士と親しいはずはない…
どんな人間も、トップになる人間は、優れている…
父が良く口にする言葉だ…
どんな職業の人間でも、他人に認められなければ、人の上に立つことはできない…
まして、相手は、次期総理総裁候補の呼び声も高い、大物代議士…
稲葉五郎が、わけのわからない人間ならば、そもそも、大場小太郎は、相手にもしないだろう…
私は、考えた…
そして、そう考えることで、少しばかり安心した…
そして、気付いた…
稲葉五郎が、政治を行っている事実に、だ…
稲葉五郎は、高雄の父に比べて、自分は、腕っぷしには、自信があるが、世渡りが下手なようなことを言っていた…
しかしながら、次期総理総裁候補の大物代議士と親しい稲葉五郎が、政治に疎いわけはない…
十分に詳しい…
いい意味で、世渡り上手というか、世間ずれしている…
だから、あのとき、稲葉五郎が、高雄の父に比べて、劣っているようなことを言ったのは、謙遜か、あるいは、稲葉五郎以上に、高雄の父は、政治的センスが優れているのだろう…
私は、考える…
私はいつのまにか、高雄悠(ゆう)ではなく、稲葉五郎について、ああでもない、こうでもないと、考え続けていた…
これではまるで、親子ほど歳の離れた稲葉五郎が、私の白馬の王子様のようだった…
「…どうしたの? 竹下さん…なんだか、落ち込んでいるように見えるけど…」
店長の葉山が聞いた…
私は、どう答えようか、一瞬、悩んだが、
「…いえ、なんだか、私って、随分子供っぽいと思って…」
「…子供っぽい? どういうこと?…」
「…ほら、たった今、店長と話した、人間って、見た目と中身は違うって話…私は、これまで、そんなこと考えたことも、あまりなかったから…」
私は、正直に、葉山に告げた…
だが、葉山の返答は、意外なものだった…
「…それは、ボクも同じだよ…」
「…同じ?…」
「…ボクも今、このコンビニで雇われ店長をしているだろ…以前も言ったけど、別の店でも、似たような仕事をしていたことがあって、バイトの面接とかしてたから、わかるんだ…」
「…」
「…よく、面接で、なにがわかるんですか? って、質問されるだろ?…」
「…ハイ…」
「…竹下さんにも同じ質問をするけど、面接でなにがわかるか、わかる?…」
私は、思わず、
「…エッ?…」
と、言ったきり、黙った…
私は、店長の葉山の突然の質問に、面食らったというか…
どう答えていいか、わからなかった…
わからないから、
「…」
と、黙った…
答えなかった…
そんな私の様子を見て、
「…答えは、なにもわからない…」
と、店長の葉山が、笑いながら、言った…
「…なにも、わからない?…」
私は、葉山の言葉に、驚いた…
葉山は笑いながら、
「…そう…なにもわからない…」
と、繰り返した…
「…面接でわかるのは、さっき竹下さんが、言ったように、見た目だけ…イケメンだとか、美人だとか、真面目そうとか…誰もが、わかることだけ…今、ボクが竹下さんといっしょにいるように、学校でも職場でも身近にいて、初めて、このひと、こんな性格なんだって、わかってくる…誰も同じさ…」
「…」
「…竹下さんが、そんなことを考えたのは、きっと竹下さんが、今まで、そんな経験がなかったからだよ…」
「…」
「…ボクもそうさ…こういう仕事をして、初めて、わかった…自分が面接をして、ひとを採用しなければ、そんなこと、考えもしなかったよ…」
私は、葉山の言葉に、納得する…
たしかに、葉山のいうことは、わかる…
私は、それまで、そんなこと、考えたこともなかった…
それは、きっと、そんな経験がなかったからに他ならない…
経験しなかったから、わからなかったのだ…
「…竹下さん…どんなことも、経験だよ…」
「…経験?…」
「…そう…経験…誰もが、経験しないと、わからない…本を読んだり、友人、知人から、話を聞いて、そんなものだなとわかっても、自分が経験しないと、身にならないというか…心の底から納得しないというか…」
「…」
「…ボクなんかも、バイトの採用で、真面目そうなひとを採用して、真面目じゃなかったり、見るからにいい加減そうなヤンキー系のひとを採用したら、物凄く、仕事が真面目だったりするのを、目の当たりにして、初めて、ひとは、見た目じゃ、わからないと、思ったんだ…自分がバイトの採用をしなければ、下手をすれば、一生、そんなこと、考えもしなかったよ…」
葉山が笑った…
私は、葉山の言葉に、考え込んだ…
すると、葉山が、
「…きっと、竹下さん…物凄いイケメンにでも、出会って、それが、付き合いだしたら、なんだか、中身が違うって、わかったんじゃ…」
と、いきなり言った…
私は、葉山の言葉に、
「…」
と、絶句した…
まさに、その通りだったからだ…
私の表情に気付いたんだろう…
「…まさか、竹下さん、その通り?…」
真逆に、葉山が、当惑した…
「…参ったな…当てずっぽうで、適当なことを言っただけだったのに…」
「…」
「…でも、わかるよ…」
「…どうして、わかるんですか?…」
「…男も女も皆いっしょさ…誰だって、最初は、皆ルックスがいい異性に惹かれる…ボクなんかも、やっぱり、美人の女のコを見れば、惹かれるし…そんな美人と付き合うことはなくても、身近に接して、なんか、最初思ったイメージと違うっていうのは、よくある話さ…」
「…」
「…だから、竹下さんも、そういう経験を積んで、少しでも、ひとを見る目を養うことさ…人間、歳を取れば、賢くなるっていうのは、幻想さ…今、竹下さんが、言ったように、イケメンでも、中身は違うってことも、経験しなければ、三十歳になっても、四十歳になってもわからないよ…いや、わかっているつもりでも、経験していなければ、容易にイケメンに騙されるだろう…」
「…イケメンに騙される?…」
「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」
葉山が真顔で言った…
そして、私は、葉山の言葉を聞きながら、以前、葉山が、高雄の父親を一目見て、ヤクザと見破ったことを、思い出した…
もしかしたら、この葉山も、修羅場というと、大げさだが、それなりの経験を積んでるのでは? と、思った…
それまでは、この葉山も最初は、いつもニコニコとしているので、ただ、ひとがいいだけの男と思っていたが、違った…
以前、偶然、街で会った時に、いつも、店では見たことのない仏頂面だったので、店にいるときの笑顔は、ただの営業スマイルであることがわかった…
そして、今、私に言ったこと…
いわゆる、外面と内面の落差というか…
ひとは、見た目では、なにもわからないと、教えてくれた…
さらに、今、
「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」
と、真顔で、呟いた。
ひょっとすると、葉山は、そんな女のコを、身近に知っているのかもしれない…
私は、思った…
誰もが、経験することで、なにかを知る…
経験しなければ、なにもわからないというか…
いや、わかっていても、気付かない…
今、葉山が言った、
「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」
という言葉は、誰でもわかる例だが、身近に、それを見知っていれば、言葉にも、力がこもるというか…
実感する…
だから、おそらく、この葉山は、例えば、あの高雄が女のコに、接近しているのを見て、高雄が、本気で、その女のコを好きなのか?
あるいは、なにか、別の目的があるのか?
さらには、その女のコを食い物にしようとしているのか、わかるに違いない…
私は、思った…
また、なにより、当事者でなくて、その行為を間近に見ている場合は、容易に、相手の目的に気付く場合が多い…
男女関係でいえば、本気か遊びか、だ…
本気で、好きなのか、遊びで口説いているのかは、大抵は、傍から見れば、わかる…
わからないのは、口説かれてる当事者のみ(笑)…
私が、こんなイケメンに…
とか、
オレが、こんな美人に…
とか、舞い上がっているだけで、傍から見れば、小学生でもわかることは、案外多い…
それが、当事者になると、ボーッとして、舞い上がってしまう…
ちなみに、この場合は、年齢も、学歴も関係がない…
単純に、その事実に気付くか、気付かないかの違いだけだ…
それは、直感というか…
容易に気付く人間は、明らかに存在するし、頭が良くても、気付かない人間は、気付かない…
繰り返すが、これは、学歴も年齢も関係がない…
後年、振り返って見ると、このときが、一つの転機だったと思う…
その後、高雄と会った時は、以前から、比べれば、明らかに、私は、高雄に冷静に対応することができた…
これは、ウソではない…
一歩引いて、高雄を…
そして、私自身を見ることができた…
竹下クミ、22歳…
この日を境に少しは、成長したのだ(苦笑)…
テレビやネットを見ると、あの後、山田会に大きな動きはなかった…
山田会は、古賀会長が、亡くなって、なにか、ひと悶着あると、思って、警察もその成り行きを、固唾を飲んで、見守っていたに違いないが、今のところ、なにも起こらなかった…
むしろ、その成り行きを警察以上に、固唾を飲んで見守っていたのは、この竹下クミだった…
一般の女子大生に過ぎない竹下クミだったのだ(笑)…
やはり、あの高雄や、稲葉五郎という、山田会の主要メンバーと、知り合ったのが、大きい…
私は、その後、高雄の父親や、あの稲葉五郎をネットで、検索して、その情報を探った…
高雄の父親の情報を探ると、出てきたのは、やはり、あの日、会った時、同様、ダンディーというか、サラリーマンのような高雄の父親の画像と、それと、対照的な、あの稲葉五郎の画像だった…
稲葉五郎は、やっぱり、怖かった(苦笑)…
あの日、大場といっしょに、あの街中華の店で、会った時は、気安い、人のいいオジサンを装っていたが、画像は全然違った…
鋭い眼つきで、検索したスマホの中から、私を睨んでいた…
暴力やヤンキーが大の苦手な私は、その画像を見ただけで、正直、ブルッた…
まるで、目の前に、凶暴なニシキヘビやライオンが現れたのと、同じくらい怖かった…
いや、もしかしたら、それ以上、怖かったのかもしれない…
あのときは、私を、亡くなった山田会の古賀会長が探していた娘さんと、誤解していたので、私に優しかったが、あらためて、ネットで見ると、獰猛な野獣のような男に思えた…
今さらながら、あんな男と関わっては、ロクなことがないと、思った…
いや、それどころか、警察に目を付けられるとか、下手をすれば、命の危険もあるかもしれない…
冷静に考えれば、あの稲葉五郎と同席して、この竹下クミが、卒倒しなかったことが奇跡…
奇跡だ…
普通に考えれば、恐怖のあまり、失神して、その場に倒れ込んでも、おかしくはなかった…
失神はせずとも、恐怖のあまり、カラダが硬直して、ガチガチに固まって、あの場で、どうしていいか、わからなかっただろう…
今になって思えば、そう思える…
汚い話だが、失禁して、おしっこを漏らしても、おかしくはなかった…
それほど、怖かった…
心の底から、怖かった…
すべては、あの大場と、街中華の女将さんが、あの場を和らげてくれたから、あの場にいられたのだ…
大場と女将さんが、いなければ、獰猛な野獣のような、稲葉五郎とふたりっきり…
私は、身の危険どころか、恐怖のあまり、どうしていいか、わからなかつたに違いない…
自分の父親のような年齢の稲葉五郎だったが、それほど、怖かった…
そして、気付いた…
あの稲葉五郎は、一方的に、私を死んだ、古賀会長の探していた娘だと、決めつけていた…
しかし、何度も言うように、それは、間違ってる…
だが、稲葉五郎は、それを信じない…
盲目的なまでに、私が、古賀会長の探していた娘だと信じ込んでる…
だが、もし、今後、稲葉五郎が、私が、古賀会長の探していた娘じゃないことに、気付いたら、どうか?
それまでは、私が、古賀会長の探していた娘だと一方的に、信じ込んでいるから、私に対して、礼儀正しかったが、もし、それが、間違っていたと、わかったら、どうか?
一方的にキレて、私に逆上するのでは?
私は思った…
本当ならば、稲葉五郎が勝手に、私が死んだ古賀会長の探していた娘だと、信じ込んでいるだけで、私は、なにも悪くないのだが、なにしろ、相手はヤクザだ…
しかも、ヤクザ界のスターだ…
どういう思考形態をしているのか、わからない…
自分が、一方的に、私を古賀会長の探していた娘だと、信じ込んでいたにもかかわらず、それが、間違ってると分かった時点で、キレて、私になんだかんだと、難癖をつけてくるかもしれない…
いきなり、
「…オマエをソープに沈めてやる!…」
とか、激怒して、私は、ソープランドに、売られてしまうかもしれない…
ありえないことかもしれないが、私の脳裏に、そんな光景が浮かんだ…
だが、一方で、そんなこと、あるわけない!
という声が、内面でした…
なぜなら、あの稲葉五郎は、大場の知り合い…
次期首相候補の声にも上がる、大場小太郎代議士の娘と親しい…
大物ヤクザだから、交流関係が広いのは、わかるし、世間では、知られてないが、やはり、大場小太郎のような大物代議士ならば、その筋の人間とも、交流があってもおかしくはない…
トラブル処理というと、身も蓋もないが、表には出せない案件を、あの稲葉五郎が処理しているのだろう…
政治にしろ、なんにしろ、きれいごとでは、すまない部分は、どうしても存在する…
そんなときに、あの稲葉五郎の存在は、心強いに違いない…
そして、なにより、次期首相候補の呼び声も高い、大場小太郎代議士の娘と親しい、ヤクザが、怒り狂ったとはいえ、私をソープに沈めることは、あるまい…
そこまで、凶暴と言うか、わけのわからない人間ならば、大物代議士と親しいはずはない…
どんな人間も、トップになる人間は、優れている…
父が良く口にする言葉だ…
どんな職業の人間でも、他人に認められなければ、人の上に立つことはできない…
まして、相手は、次期総理総裁候補の呼び声も高い、大物代議士…
稲葉五郎が、わけのわからない人間ならば、そもそも、大場小太郎は、相手にもしないだろう…
私は、考えた…
そして、そう考えることで、少しばかり安心した…
そして、気付いた…
稲葉五郎が、政治を行っている事実に、だ…
稲葉五郎は、高雄の父に比べて、自分は、腕っぷしには、自信があるが、世渡りが下手なようなことを言っていた…
しかしながら、次期総理総裁候補の大物代議士と親しい稲葉五郎が、政治に疎いわけはない…
十分に詳しい…
いい意味で、世渡り上手というか、世間ずれしている…
だから、あのとき、稲葉五郎が、高雄の父に比べて、劣っているようなことを言ったのは、謙遜か、あるいは、稲葉五郎以上に、高雄の父は、政治的センスが優れているのだろう…
私は、考える…
私はいつのまにか、高雄悠(ゆう)ではなく、稲葉五郎について、ああでもない、こうでもないと、考え続けていた…
これではまるで、親子ほど歳の離れた稲葉五郎が、私の白馬の王子様のようだった…