第39話

文字数 6,094文字

 私が落ち込んだ様子に気付いたのだろう…

 「…どうしたの? 竹下さん…なんだか、落ち込んでいるように見えるけど…」

 店長の葉山が聞いた…

 私は、どう答えようか、一瞬、悩んだが、

 「…いえ、なんだか、私って、随分子供っぽいと思って…」

 「…子供っぽい? どういうこと?…」

 「…ほら、たった今、店長と話した、人間って、見た目と中身は違うって話…私は、これまで、そんなこと考えたことも、あまりなかったから…」

 私は、正直に、葉山に告げた…

 だが、葉山の返答は、意外なものだった…

 「…それは、ボクも同じだよ…」

 「…同じ?…」

 「…ボクも今、このコンビニで雇われ店長をしているだろ…以前も言ったけど、別の店でも、似たような仕事をしていたことがあって、バイトの面接とかしてたから、わかるんだ…」

 「…」

 「…よく、面接で、なにがわかるんですか? って、質問されるだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…竹下さんにも同じ質問をするけど、面接でなにがわかるか、わかる?…」

 私は、思わず、

 「…エッ?…」

 と、言ったきり、黙った…

 私は、店長の葉山の突然の質問に、面食らったというか…

 どう答えていいか、わからなかった…

 わからないから、

 「…」

 と、黙った…

 答えなかった…

 そんな私の様子を見て、

 「…答えは、なにもわからない…」

 と、店長の葉山が、笑いながら、言った…

 「…なにも、わからない?…」

 私は、葉山の言葉に、驚いた…

 葉山は笑いながら、

 「…そう…なにもわからない…」

 と、繰り返した…

 「…面接でわかるのは、さっき竹下さんが、言ったように、見た目だけ…イケメンだとか、美人だとか、真面目そうとか…誰もが、わかることだけ…今、ボクが竹下さんといっしょにいるように、学校でも職場でも身近にいて、初めて、このひと、こんな性格なんだって、わかってくる…誰も同じさ…」

 「…」

 「…竹下さんが、そんなことを考えたのは、きっと竹下さんが、今まで、そんな経験がなかったからだよ…」

 「…」

 「…ボクもそうさ…こういう仕事をして、初めて、わかった…自分が面接をして、ひとを採用しなければ、そんなこと、考えもしなかったよ…」

 私は、葉山の言葉に、納得する…

 たしかに、葉山のいうことは、わかる…

 私は、それまで、そんなこと、考えたこともなかった…

 それは、きっと、そんな経験がなかったからに他ならない…

 経験しなかったから、わからなかったのだ…

 「…竹下さん…どんなことも、経験だよ…」

 「…経験?…」

 「…そう…経験…誰もが、経験しないと、わからない…本を読んだり、友人、知人から、話を聞いて、そんなものだなとわかっても、自分が経験しないと、身にならないというか…心の底から納得しないというか…」

 「…」

 「…ボクなんかも、バイトの採用で、真面目そうなひとを採用して、真面目じゃなかったり、見るからにいい加減そうなヤンキー系のひとを採用したら、物凄く、仕事が真面目だったりするのを、目の当たりにして、初めて、ひとは、見た目じゃ、わからないと、思ったんだ…自分がバイトの採用をしなければ、下手をすれば、一生、そんなこと、考えもしなかったよ…」

 葉山が笑った…

 私は、葉山の言葉に、考え込んだ…

 すると、葉山が、

 「…きっと、竹下さん…物凄いイケメンにでも、出会って、それが、付き合いだしたら、なんだか、中身が違うって、わかったんじゃ…」

 と、いきなり言った…

 私は、葉山の言葉に、

 「…」

 と、絶句した…

 まさに、その通りだったからだ…

 私の表情に気付いたんだろう…

 「…まさか、竹下さん、その通り?…」

 真逆に、葉山が、当惑した…

 「…参ったな…当てずっぽうで、適当なことを言っただけだったのに…」

 「…」

 「…でも、わかるよ…」

 「…どうして、わかるんですか?…」

 「…男も女も皆いっしょさ…誰だって、最初は、皆ルックスがいい異性に惹かれる…ボクなんかも、やっぱり、美人の女のコを見れば、惹かれるし…そんな美人と付き合うことはなくても、身近に接して、なんか、最初思ったイメージと違うっていうのは、よくある話さ…」

 「…」

 「…だから、竹下さんも、そういう経験を積んで、少しでも、ひとを見る目を養うことさ…人間、歳を取れば、賢くなるっていうのは、幻想さ…今、竹下さんが、言ったように、イケメンでも、中身は違うってことも、経験しなければ、三十歳になっても、四十歳になってもわからないよ…いや、わかっているつもりでも、経験していなければ、容易にイケメンに騙されるだろう…」

 「…イケメンに騙される?…」

 「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」

 葉山が真顔で言った…

 そして、私は、葉山の言葉を聞きながら、以前、葉山が、高雄の父親を一目見て、ヤクザと見破ったことを、思い出した…

 もしかしたら、この葉山も、修羅場というと、大げさだが、それなりの経験を積んでるのでは? と、思った…

 それまでは、この葉山も最初は、いつもニコニコとしているので、ただ、ひとがいいだけの男と思っていたが、違った…

 以前、偶然、街で会った時に、いつも、店では見たことのない仏頂面だったので、店にいるときの笑顔は、ただの営業スマイルであることがわかった…

 そして、今、私に言ったこと…

 いわゆる、外面と内面の落差というか…

 ひとは、見た目では、なにもわからないと、教えてくれた…

 さらに、今、
 
 「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」

 と、真顔で、呟いた。

 ひょっとすると、葉山は、そんな女のコを、身近に知っているのかもしれない…

 私は、思った…

 誰もが、経験することで、なにかを知る…

 経験しなければ、なにもわからないというか…

 いや、わかっていても、気付かない…

 今、葉山が言った、
 
 「…そう…顔がいいだけの男に、食い物にされる…」

 という言葉は、誰でもわかる例だが、身近に、それを見知っていれば、言葉にも、力がこもるというか…

 実感する…

 だから、おそらく、この葉山は、例えば、あの高雄が女のコに、接近しているのを見て、高雄が、本気で、その女のコを好きなのか?

 あるいは、なにか、別の目的があるのか?

 さらには、その女のコを食い物にしようとしているのか、わかるに違いない…

 私は、思った…

 また、なにより、当事者でなくて、その行為を間近に見ている場合は、容易に、相手の目的に気付く場合が多い…

 男女関係でいえば、本気か遊びか、だ…

 本気で、好きなのか、遊びで口説いているのかは、大抵は、傍から見れば、わかる…

 わからないのは、口説かれてる当事者のみ(笑)…

 私が、こんなイケメンに…

 とか、

 オレが、こんな美人に…

 とか、舞い上がっているだけで、傍から見れば、小学生でもわかることは、案外多い…

 それが、当事者になると、ボーッとして、舞い上がってしまう…

 ちなみに、この場合は、年齢も、学歴も関係がない…

 単純に、その事実に気付くか、気付かないかの違いだけだ…

 それは、直感というか…

 容易に気付く人間は、明らかに存在するし、頭が良くても、気付かない人間は、気付かない…

 繰り返すが、これは、学歴も年齢も関係がない…

 後年、振り返って見ると、このときが、一つの転機だったと思う…

 その後、高雄と会った時は、以前から、比べれば、明らかに、私は、高雄に冷静に対応することができた…

 これは、ウソではない…

 一歩引いて、高雄を…

 そして、私自身を見ることができた…

 竹下クミ、22歳…

 この日を境に少しは、成長したのだ(苦笑)…

 
 テレビやネットを見ると、あの後、山田会に大きな動きはなかった…

 山田会は、古賀会長が、亡くなって、なにか、ひと悶着あると、思って、警察もその成り行きを、固唾を飲んで、見守っていたに違いないが、今のところ、なにも起こらなかった…

 むしろ、その成り行きを警察以上に、固唾を飲んで見守っていたのは、この竹下クミだった…

 一般の女子大生に過ぎない竹下クミだったのだ(笑)…

 やはり、あの高雄や、稲葉五郎という、山田会の主要メンバーと、知り合ったのが、大きい…

 私は、その後、高雄の父親や、あの稲葉五郎をネットで、検索して、その情報を探った…

 高雄の父親の情報を探ると、出てきたのは、やはり、あの日、会った時、同様、ダンディーというか、サラリーマンのような高雄の父親の画像と、それと、対照的な、あの稲葉五郎の画像だった…

 稲葉五郎は、やっぱり、怖かった(苦笑)…

 あの日、大場といっしょに、あの街中華の店で、会った時は、気安い、人のいいオジサンを装っていたが、画像は全然違った…

 鋭い眼つきで、検索したスマホの中から、私を睨んでいた…

 暴力やヤンキーが大の苦手な私は、その画像を見ただけで、正直、ブルッた…

 まるで、目の前に、凶暴なニシキヘビやライオンが現れたのと、同じくらい怖かった…

 いや、もしかしたら、それ以上、怖かったのかもしれない…

 あのときは、私を、亡くなった山田会の古賀会長が探していた娘さんと、誤解していたので、私に優しかったが、あらためて、ネットで見ると、獰猛な野獣のような男に思えた…

 今さらながら、あんな男と関わっては、ロクなことがないと、思った…

 いや、それどころか、警察に目を付けられるとか、下手をすれば、命の危険もあるかもしれない…

 冷静に考えれば、あの稲葉五郎と同席して、この竹下クミが、卒倒しなかったことが奇跡…

 奇跡だ…

 普通に考えれば、恐怖のあまり、失神して、その場に倒れ込んでも、おかしくはなかった…

 失神はせずとも、恐怖のあまり、カラダが硬直して、ガチガチに固まって、あの場で、どうしていいか、わからなかっただろう…

 今になって思えば、そう思える…

 汚い話だが、失禁して、おしっこを漏らしても、おかしくはなかった…

 それほど、怖かった…

 心の底から、怖かった…

 すべては、あの大場と、街中華の女将さんが、あの場を和らげてくれたから、あの場にいられたのだ…

 大場と女将さんが、いなければ、獰猛な野獣のような、稲葉五郎とふたりっきり…

 私は、身の危険どころか、恐怖のあまり、どうしていいか、わからなかつたに違いない…

 自分の父親のような年齢の稲葉五郎だったが、それほど、怖かった…

 そして、気付いた…

 あの稲葉五郎は、一方的に、私を死んだ、古賀会長の探していた娘だと、決めつけていた…

 しかし、何度も言うように、それは、間違ってる…

 だが、稲葉五郎は、それを信じない…

 盲目的なまでに、私が、古賀会長の探していた娘だと信じ込んでる…

 だが、もし、今後、稲葉五郎が、私が、古賀会長の探していた娘じゃないことに、気付いたら、どうか?

 それまでは、私が、古賀会長の探していた娘だと一方的に、信じ込んでいるから、私に対して、礼儀正しかったが、もし、それが、間違っていたと、わかったら、どうか?

 一方的にキレて、私に逆上するのでは?

 私は思った…

 本当ならば、稲葉五郎が勝手に、私が死んだ古賀会長の探していた娘だと、信じ込んでいるだけで、私は、なにも悪くないのだが、なにしろ、相手はヤクザだ…

 しかも、ヤクザ界のスターだ…

 どういう思考形態をしているのか、わからない…

 自分が、一方的に、私を古賀会長の探していた娘だと、信じ込んでいたにもかかわらず、それが、間違ってると分かった時点で、キレて、私になんだかんだと、難癖をつけてくるかもしれない…

 いきなり、

 「…オマエをソープに沈めてやる!…」

 とか、激怒して、私は、ソープランドに、売られてしまうかもしれない…

 ありえないことかもしれないが、私の脳裏に、そんな光景が浮かんだ…

 だが、一方で、そんなこと、あるわけない!

 という声が、内面でした…

 なぜなら、あの稲葉五郎は、大場の知り合い…

 次期首相候補の声にも上がる、大場小太郎代議士の娘と親しい…

 大物ヤクザだから、交流関係が広いのは、わかるし、世間では、知られてないが、やはり、大場小太郎のような大物代議士ならば、その筋の人間とも、交流があってもおかしくはない…

 トラブル処理というと、身も蓋もないが、表には出せない案件を、あの稲葉五郎が処理しているのだろう…

 政治にしろ、なんにしろ、きれいごとでは、すまない部分は、どうしても存在する…

 そんなときに、あの稲葉五郎の存在は、心強いに違いない…

 そして、なにより、次期首相候補の呼び声も高い、大場小太郎代議士の娘と親しい、ヤクザが、怒り狂ったとはいえ、私をソープに沈めることは、あるまい…

 そこまで、凶暴と言うか、わけのわからない人間ならば、大物代議士と親しいはずはない…

 どんな人間も、トップになる人間は、優れている…

 父が良く口にする言葉だ…

 どんな職業の人間でも、他人に認められなければ、人の上に立つことはできない…

 まして、相手は、次期総理総裁候補の呼び声も高い、大物代議士…

 稲葉五郎が、わけのわからない人間ならば、そもそも、大場小太郎は、相手にもしないだろう…

 私は、考えた…

 そして、そう考えることで、少しばかり安心した…

 そして、気付いた…

 稲葉五郎が、政治を行っている事実に、だ…

 稲葉五郎は、高雄の父に比べて、自分は、腕っぷしには、自信があるが、世渡りが下手なようなことを言っていた…

 しかしながら、次期総理総裁候補の大物代議士と親しい稲葉五郎が、政治に疎いわけはない…

 十分に詳しい…

 いい意味で、世渡り上手というか、世間ずれしている…

 だから、あのとき、稲葉五郎が、高雄の父に比べて、劣っているようなことを言ったのは、謙遜か、あるいは、稲葉五郎以上に、高雄の父は、政治的センスが優れているのだろう…

 私は、考える…

 私はいつのまにか、高雄悠(ゆう)ではなく、稲葉五郎について、ああでもない、こうでもないと、考え続けていた…

 これではまるで、親子ほど歳の離れた稲葉五郎が、私の白馬の王子様のようだった…

                   
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