第128話
文字数 4,153文字
「…高雄さん…アンタは破門だ…この先、ヤクザを続けるのか、それとも、足を洗うのかは、好きにすればいい…アンタの判断だ…」
稲葉五郎が、穏やかに、続けた…
私は、驚いて、高雄組組長の顔を見るべく、顔を動かした…
高雄組組長は、私の隣に、座っている…
顔を動かさなければ、高雄組組長の表情が見えないからだ…
…まさかのリストラ宣言…
…山田会を辞めろという、リストラの通告だ…
「…高雄さん、アナタは、クビです…」
と、宣告したにも、等しい…
一体、高雄組組長は、稲葉五郎のこの通告をどう受け止めるのか?
ずばり、気になった…
興味津々だった…
なにより、稲葉五郎は、高雄組組長の弟分…
つまり、弟が兄に、クビを宣告したのだ…
一体、兄=高雄組組長は、どんな表情をしているのだろう…
気にならないはずはなかった…
が、
以外にも、高雄組組長は、すっきりとした表情だった…
「…随分、甘い処分ですね…」
高雄組組長が言った…
「…私は、稲葉さんと、山田会のトップの座を争ったんですよ…絶縁が妥当でしょう…」
が、その問いに、稲葉五郎は、
「…」
と、答えなかった…
「…私が絶縁の処分を受けると、高雄組に敵対する組織が、高雄組に抗争を仕掛けると、危惧しているんでしょ? 破門ならば、まだ、山田会に復帰できる目がある…だが、絶縁では、その目はない…だから、敵対する組織は、容赦なく、襲いかかる…それを心配しているんでしょ?…」
「…」
「…高雄組は、経済ヤクザ…抗争には、弱い…だから、独立した組織で、一本独鈷(どっこ)で、やってゆくことはできない…それを見越してのご配慮でしょ?…」
高雄組組長が、稲葉五郎の真意を読み解く…
それから、高雄組組長は、稲葉五郎に対して、
「…ご配慮…ありがとうございます…」
と、言って、深々と、稲葉五郎に、頭を下げた…
そして、ゆっくりと、高雄組組長が、頭を上げると、
「…そもそも、兄貴は、ヤクザに向いてない…」
と、稲葉五郎が声をかけた…
「…これは、兄貴自身もずっと前から、気付いていたことだ…これを機に、さっぱりと、ヤクザから足を洗って、投資の分野で、食っていけばいいんじゃないか?…」
が、
その言葉に、高雄組組長は、
「…」
と、無言だった…
そして、二人は、沈黙したまま、ずばり睨み合った…
真正面から、睨み合った…
そして、ゆっくりと、
「…五郎…」
と、高雄組組長が、語りかけた…
「…それができれば、苦労はしないよ…オレもオマエも、好き勝手に生きてきたように見えて、その実、いろんなものに縛られてる…」
「…」
「…オマエが今、中国政府とどういう繋がりがあるのか、オレは知らない…また組を解散することになったら、その組員の行く末を見守らなければならない…オレもオマエも自分についてきた人間のこれからの生活を考えなければならない…」
高雄組組長は言う。
「…オレもオマエもいろんなものを背負い過ぎた…昔のように、なにも考えず、オヤジの元で、ケンカに明け暮れた日々が、懐かしいよ…」
高雄組組長の言葉に、稲葉五郎は、
「…」
と、答えなかった…
それから、
「…悠(ゆう)は、今、どこにいる?…」
と、核心を突いた…
稲葉五郎は、
「…」
と、沈黙したが、やがて、
「…オレも知らねえ…」
と、ポツリと、呟いた…
「…悠(ゆう)は、あっちゃんといっしょにいる…わかってるのは、それだけだ…」
「…あっちゃん? 大場さんのお嬢さんか?…」
「…そうだ…兄貴も知ってるだろ…」
「…でも、なんで、大場のお嬢さんが?…」
「…悠(ゆう)が、心配なんだろ?…」
「…心配?…」
「…兄貴が悠(ゆう)を心配するのと、いっしょだ…悠(ゆう)が、自分の力もわからず、できもしねえことをやろうとしている…それと、同じだ…」
「…」
「…もっとも、悠(ゆう)もまた、兄貴を心配していた…その点では、似た者父子だな…」
「…私を心配?…」
「…兄貴には、悪いが、兄貴が、担がれ、山田会の会長を目指した…だが、経済ヤクザの兄貴に、会長は務まらねえ…それを心配した悠(ゆう)が、色々、オレに、連絡してきてな…まあ、アイツも一筋縄ではいかねえ…アイツなりの打算はあるんだろうが…兄貴を心配していたことに、間違いはねえ…」
「…そうか…」
「…兄貴も悠(ゆう)もまさに、似た者父子だ…血が繋がってねえとはいえ、互いが、互いを心配している…ただ、互いに不器用で、うまく相手の愛情に答えられねえっていうのか…」
「…」
「…まあ、羨ましいよ…」
稲葉五郎が、言う。
私は、稲葉五郎の言葉を聞いて、高雄悠(ゆう)の言動を今さらながら、考えた…
たしかに、今、稲葉五郎の言う通りだ…
以前、高雄悠(ゆう)は、なぜか、私に、電話をかけてきて、山田会の古賀会長が、実は、宋国民という、中国人で、と、暴露話というか、山田会の内幕を告げた…
私は、唖然として、悠(ゆう)の話を聞いていたが、今、考えると、悠の話に誤りがある…
宋国民は、古賀会長ではなく、稲葉五郎だった…
だから、最初から、悠(ゆう)が、稲葉五郎と繋がっていたとしたら、私に、わざとウソの情報を教えたことになる…
では、なぜ、そうしたのか?
おそらくは、私に、そう信じ込ませるためと言うのが、真相ではないのか?
わざと、本当とウソの情報を織り交ぜて、相手に伝える…
そうすれば、全部がウソではないし、全部が本当でもない…
話を聞いた相手が、納得する可能性が高いからだ…
相手を騙せる可能性が高いからだ…
全部が、ウソだと、相手が容易に、ウソを見破る可能性が高い…
だから、本当の中に、ウソを入れる…
そして、その場合は、ホントが、大半で、ウソは、少し…
例えば、ホントは、8割で、残りの2割が、ウソ…
そうすれば、大半は、ホントだから、相手も、騙される可能性が高い…
そういうことだ(笑)…
私が、そんなことを考えてると、今度は、高雄組組長が、
「…五郎…オマエは、私が、製薬会社の社員を脅して、オマエの精子をもらったことを、どう思ってるんだ…」
と、さっきの話を繰り返した…
…マズい!…
私は、思った…
さっき、稲葉五郎が、一番、怒ったポイントだ…
誰だって、そうだろう…
稲葉五郎の立場なら、誰だって、激怒するだろう…
稲葉五郎の弱点を作るために、稲葉五郎の精子を半ば、騙して、提供させ、稲葉五郎の子供を作る…
そして、将来、稲葉五郎が、逆らえば、その子供を殺すとでも、脅せばいい…
そんなことをされて、怒らない人間は、いない…
でも、一体、なぜ、それを、わざわざ、この場で、もう一度、繰り返す?
なぜ、高雄組組長は、繰り返す…
それが、謎だった…
「…どうして、そんなことを聞く?…」
稲葉五郎が、ヤクザ者の顔で、聞いた…
当たり前だが、怒っている表情だ…
「…オマエが、心底、怒っているようには、思えなかったからだ…」
…エッ?…
…怒ってない?…
私は、内心、驚いた…
ビックリした…
こんな真似をされて、怒ってないなんて?
どうして?
どうして、怒ってないんだ?
原因が、さっぱり、わからなかった…
私が、ビックリして、稲葉五郎を見ていると、
「…お嬢さん…ビックリしているね…」
と、高雄組組長が、私に声をかけた…
私は、無言で、首を縦に振って、うなずいた…
「…どうして、五郎が、怒ってないか、わかる?…」
高雄組組長が、優しく、私に尋ねた…
「…わかりません…」
私は、即答する…
「…答えは、お嬢さんだからだよ…」
「…私だから?…」
「…五郎も私も、お嬢さんが、好き…嫌いになれない…そんな、お嬢さんが、もし、自分の血の繋がった娘ならば、喜ぶことはあっても、嫌がることはない…そうだな…五郎?…」
「…それは、兄貴の意見だ…」
「…隠すな…五郎…バレバレだぞ…」
高雄組組長が、断言する。
高雄組組長の言葉に、稲葉五郎は、
「…」
と、答えなかった…
無言だった…
そして、無言が肯定を意味した…
私は、唖然とした…
驚いた…
私が、娘かもしれないから、稲葉五郎は、嫌じゃなかった…
怒らなかった…
そんなことが…
そんなことが、あるなんて…
さっぱり、わからない…
意味が、さっぱり、わからない…
「…どうして?…」
気が付くと、いつのまにか、口を開いていた…
「…どうして、私が、娘ならば、嫌じゃないんですか?…」
「…お嬢さんは、男にとって、理想の娘なんです…」
高雄組組長が解説する…
「…理想の娘?…」
「…男にとって、理想の娘というのは、美人だったり、色っぽかったりするわけじゃない…可愛くて、ちょっと頼りなかったり、父親が、面倒を見たくなるくらいが、ちょうどいい…失礼ながら、お嬢さんは、すべての条件に当てはまっている…」
私は、高雄組組長の言葉を聞きながら、以前、誰かに、これと同じことを言われたことを、思い出していた…
誰だっけ?
考える…
思い出す…
そうだ…
町中華の女将さんだ…
あの女優の渡辺えりに似た女将さんが、今、この高雄組組長が、言ったことと、同じことを言ったんだ…
私は、それを思い出した…
そして、それを思い出しながら、考えた…
誰もが、同じことを言う現実に、だ…
誰もが、同じことを思う現実に、だ…
やはり、誰もが、思うことは、同じ…
考えることは、同じだと、今さらながら、思った…
今さらながら、気付いた…
「…五郎、私もオマエも血の繋がった子供はいない…だから、余計にオレはオマエの気持ちがわかるつもりだ…」
それだけ言うと、高雄組組長は、スクッと立ち上がった…
「…五郎…ありがとう…礼を言うよ…破門に留めておいてくれたこと…そして、今日、私に会ってくれたこと…すべてに感謝だ…」
そう言って、高雄組組長は、深々と、稲葉五郎に、頭を下げた…
それを見た、稲葉五郎は、
「…兄貴…元気で、やってくれ…」
と、寂しそうに言った…
そして、それが、高雄組組長との永遠の別れだった…
数日後、高雄組組長が、自宅で、拳銃自殺した姿が、発見された…
稲葉五郎が、穏やかに、続けた…
私は、驚いて、高雄組組長の顔を見るべく、顔を動かした…
高雄組組長は、私の隣に、座っている…
顔を動かさなければ、高雄組組長の表情が見えないからだ…
…まさかのリストラ宣言…
…山田会を辞めろという、リストラの通告だ…
「…高雄さん、アナタは、クビです…」
と、宣告したにも、等しい…
一体、高雄組組長は、稲葉五郎のこの通告をどう受け止めるのか?
ずばり、気になった…
興味津々だった…
なにより、稲葉五郎は、高雄組組長の弟分…
つまり、弟が兄に、クビを宣告したのだ…
一体、兄=高雄組組長は、どんな表情をしているのだろう…
気にならないはずはなかった…
が、
以外にも、高雄組組長は、すっきりとした表情だった…
「…随分、甘い処分ですね…」
高雄組組長が言った…
「…私は、稲葉さんと、山田会のトップの座を争ったんですよ…絶縁が妥当でしょう…」
が、その問いに、稲葉五郎は、
「…」
と、答えなかった…
「…私が絶縁の処分を受けると、高雄組に敵対する組織が、高雄組に抗争を仕掛けると、危惧しているんでしょ? 破門ならば、まだ、山田会に復帰できる目がある…だが、絶縁では、その目はない…だから、敵対する組織は、容赦なく、襲いかかる…それを心配しているんでしょ?…」
「…」
「…高雄組は、経済ヤクザ…抗争には、弱い…だから、独立した組織で、一本独鈷(どっこ)で、やってゆくことはできない…それを見越してのご配慮でしょ?…」
高雄組組長が、稲葉五郎の真意を読み解く…
それから、高雄組組長は、稲葉五郎に対して、
「…ご配慮…ありがとうございます…」
と、言って、深々と、稲葉五郎に、頭を下げた…
そして、ゆっくりと、高雄組組長が、頭を上げると、
「…そもそも、兄貴は、ヤクザに向いてない…」
と、稲葉五郎が声をかけた…
「…これは、兄貴自身もずっと前から、気付いていたことだ…これを機に、さっぱりと、ヤクザから足を洗って、投資の分野で、食っていけばいいんじゃないか?…」
が、
その言葉に、高雄組組長は、
「…」
と、無言だった…
そして、二人は、沈黙したまま、ずばり睨み合った…
真正面から、睨み合った…
そして、ゆっくりと、
「…五郎…」
と、高雄組組長が、語りかけた…
「…それができれば、苦労はしないよ…オレもオマエも、好き勝手に生きてきたように見えて、その実、いろんなものに縛られてる…」
「…」
「…オマエが今、中国政府とどういう繋がりがあるのか、オレは知らない…また組を解散することになったら、その組員の行く末を見守らなければならない…オレもオマエも自分についてきた人間のこれからの生活を考えなければならない…」
高雄組組長は言う。
「…オレもオマエもいろんなものを背負い過ぎた…昔のように、なにも考えず、オヤジの元で、ケンカに明け暮れた日々が、懐かしいよ…」
高雄組組長の言葉に、稲葉五郎は、
「…」
と、答えなかった…
それから、
「…悠(ゆう)は、今、どこにいる?…」
と、核心を突いた…
稲葉五郎は、
「…」
と、沈黙したが、やがて、
「…オレも知らねえ…」
と、ポツリと、呟いた…
「…悠(ゆう)は、あっちゃんといっしょにいる…わかってるのは、それだけだ…」
「…あっちゃん? 大場さんのお嬢さんか?…」
「…そうだ…兄貴も知ってるだろ…」
「…でも、なんで、大場のお嬢さんが?…」
「…悠(ゆう)が、心配なんだろ?…」
「…心配?…」
「…兄貴が悠(ゆう)を心配するのと、いっしょだ…悠(ゆう)が、自分の力もわからず、できもしねえことをやろうとしている…それと、同じだ…」
「…」
「…もっとも、悠(ゆう)もまた、兄貴を心配していた…その点では、似た者父子だな…」
「…私を心配?…」
「…兄貴には、悪いが、兄貴が、担がれ、山田会の会長を目指した…だが、経済ヤクザの兄貴に、会長は務まらねえ…それを心配した悠(ゆう)が、色々、オレに、連絡してきてな…まあ、アイツも一筋縄ではいかねえ…アイツなりの打算はあるんだろうが…兄貴を心配していたことに、間違いはねえ…」
「…そうか…」
「…兄貴も悠(ゆう)もまさに、似た者父子だ…血が繋がってねえとはいえ、互いが、互いを心配している…ただ、互いに不器用で、うまく相手の愛情に答えられねえっていうのか…」
「…」
「…まあ、羨ましいよ…」
稲葉五郎が、言う。
私は、稲葉五郎の言葉を聞いて、高雄悠(ゆう)の言動を今さらながら、考えた…
たしかに、今、稲葉五郎の言う通りだ…
以前、高雄悠(ゆう)は、なぜか、私に、電話をかけてきて、山田会の古賀会長が、実は、宋国民という、中国人で、と、暴露話というか、山田会の内幕を告げた…
私は、唖然として、悠(ゆう)の話を聞いていたが、今、考えると、悠の話に誤りがある…
宋国民は、古賀会長ではなく、稲葉五郎だった…
だから、最初から、悠(ゆう)が、稲葉五郎と繋がっていたとしたら、私に、わざとウソの情報を教えたことになる…
では、なぜ、そうしたのか?
おそらくは、私に、そう信じ込ませるためと言うのが、真相ではないのか?
わざと、本当とウソの情報を織り交ぜて、相手に伝える…
そうすれば、全部がウソではないし、全部が本当でもない…
話を聞いた相手が、納得する可能性が高いからだ…
相手を騙せる可能性が高いからだ…
全部が、ウソだと、相手が容易に、ウソを見破る可能性が高い…
だから、本当の中に、ウソを入れる…
そして、その場合は、ホントが、大半で、ウソは、少し…
例えば、ホントは、8割で、残りの2割が、ウソ…
そうすれば、大半は、ホントだから、相手も、騙される可能性が高い…
そういうことだ(笑)…
私が、そんなことを考えてると、今度は、高雄組組長が、
「…五郎…オマエは、私が、製薬会社の社員を脅して、オマエの精子をもらったことを、どう思ってるんだ…」
と、さっきの話を繰り返した…
…マズい!…
私は、思った…
さっき、稲葉五郎が、一番、怒ったポイントだ…
誰だって、そうだろう…
稲葉五郎の立場なら、誰だって、激怒するだろう…
稲葉五郎の弱点を作るために、稲葉五郎の精子を半ば、騙して、提供させ、稲葉五郎の子供を作る…
そして、将来、稲葉五郎が、逆らえば、その子供を殺すとでも、脅せばいい…
そんなことをされて、怒らない人間は、いない…
でも、一体、なぜ、それを、わざわざ、この場で、もう一度、繰り返す?
なぜ、高雄組組長は、繰り返す…
それが、謎だった…
「…どうして、そんなことを聞く?…」
稲葉五郎が、ヤクザ者の顔で、聞いた…
当たり前だが、怒っている表情だ…
「…オマエが、心底、怒っているようには、思えなかったからだ…」
…エッ?…
…怒ってない?…
私は、内心、驚いた…
ビックリした…
こんな真似をされて、怒ってないなんて?
どうして?
どうして、怒ってないんだ?
原因が、さっぱり、わからなかった…
私が、ビックリして、稲葉五郎を見ていると、
「…お嬢さん…ビックリしているね…」
と、高雄組組長が、私に声をかけた…
私は、無言で、首を縦に振って、うなずいた…
「…どうして、五郎が、怒ってないか、わかる?…」
高雄組組長が、優しく、私に尋ねた…
「…わかりません…」
私は、即答する…
「…答えは、お嬢さんだからだよ…」
「…私だから?…」
「…五郎も私も、お嬢さんが、好き…嫌いになれない…そんな、お嬢さんが、もし、自分の血の繋がった娘ならば、喜ぶことはあっても、嫌がることはない…そうだな…五郎?…」
「…それは、兄貴の意見だ…」
「…隠すな…五郎…バレバレだぞ…」
高雄組組長が、断言する。
高雄組組長の言葉に、稲葉五郎は、
「…」
と、答えなかった…
無言だった…
そして、無言が肯定を意味した…
私は、唖然とした…
驚いた…
私が、娘かもしれないから、稲葉五郎は、嫌じゃなかった…
怒らなかった…
そんなことが…
そんなことが、あるなんて…
さっぱり、わからない…
意味が、さっぱり、わからない…
「…どうして?…」
気が付くと、いつのまにか、口を開いていた…
「…どうして、私が、娘ならば、嫌じゃないんですか?…」
「…お嬢さんは、男にとって、理想の娘なんです…」
高雄組組長が解説する…
「…理想の娘?…」
「…男にとって、理想の娘というのは、美人だったり、色っぽかったりするわけじゃない…可愛くて、ちょっと頼りなかったり、父親が、面倒を見たくなるくらいが、ちょうどいい…失礼ながら、お嬢さんは、すべての条件に当てはまっている…」
私は、高雄組組長の言葉を聞きながら、以前、誰かに、これと同じことを言われたことを、思い出していた…
誰だっけ?
考える…
思い出す…
そうだ…
町中華の女将さんだ…
あの女優の渡辺えりに似た女将さんが、今、この高雄組組長が、言ったことと、同じことを言ったんだ…
私は、それを思い出した…
そして、それを思い出しながら、考えた…
誰もが、同じことを言う現実に、だ…
誰もが、同じことを思う現実に、だ…
やはり、誰もが、思うことは、同じ…
考えることは、同じだと、今さらながら、思った…
今さらながら、気付いた…
「…五郎、私もオマエも血の繋がった子供はいない…だから、余計にオレはオマエの気持ちがわかるつもりだ…」
それだけ言うと、高雄組組長は、スクッと立ち上がった…
「…五郎…ありがとう…礼を言うよ…破門に留めておいてくれたこと…そして、今日、私に会ってくれたこと…すべてに感謝だ…」
そう言って、高雄組組長は、深々と、稲葉五郎に、頭を下げた…
それを見た、稲葉五郎は、
「…兄貴…元気で、やってくれ…」
と、寂しそうに言った…
そして、それが、高雄組組長との永遠の別れだった…
数日後、高雄組組長が、自宅で、拳銃自殺した姿が、発見された…