第104話

文字数 5,831文字

 …大場小太郎…

 …次期総理総裁の筆頭…

 …大場派会長…

 政界の数少ないサラブレッドの一人…

 もう何代も前から、国会議員をしている…

 祖父、どころか、その父、あるいは、さらに、その祖父と、延々と、この国の中心を歩いている…

 そして、父は、国家公安委員長を歴任…

 その縁で、ヤクザ界の人間と親しくなった…

 ヤクザ界の人間と親しくしたのは、彼らの動静を探るためだ…

 そして、大場小太郎は、亡くなった山田会の古賀会長と、公私ともに、親しかった…

 その縁で、稲葉五郎、高雄組組長、そして、古賀会長の兄弟分である、松尾会長とも親しかった…

 と、ここまで、考えて気付いた…

 つまり、大場小太郎は、最初から、今回の一件…

 つまり、中国へ不正輸出した杉崎実業と繋がっている…

 杉崎実業は、高雄組=高雄総業が株を持つ、高雄組のフロント企業…

 実質的な支配下にある…

 ただし、杉崎実業には、高雄組は、息子の悠(ゆう)を除いて、誰一人、高雄組の人間を派遣しなかった…

 つまり、杉崎実業の株を握ったが、高雄組の人間=ヤクザを派遣しないことで、ヤクザが支配している形にしなかった…

 そして、政府は、それを認めて、高雄組が、杉崎実業を買収するのに、費やした費用=40億円を、高雄組に返還することにした…

 つまり、政府は、杉崎実業を高雄組が支配したが、そこに、一切暴力の支配が見えないことを重視したのだ…

 ヤクザが、一部上場企業の株を買い占めて、自分たちの支配下に置いたが、そこに、暴力の支配を見ることができなかった…

 だから、純粋に、ヤクザが、会社の株を買ったと、認定した…

 事実、高雄組は、悠(ゆう)を取締役として、派遣するだけで、一切、なにも、言わなかった…

 杉崎実業の経営に、事実上、ノータッチだったのだ…

 政府は、それを認めて、高雄組に40億円を返還した…

 政府が、高雄組の持っていた杉崎実業の株を、買うためだ…

 高雄組から、株を買い取って、杉崎実業を国有化するためだった…

 だが、ここで、疑問が残る…

 どうして、高雄組は、悠(ゆう)以外の人間を、誰も、杉崎実業に派遣しなかったのだろうか?

 純粋にビジネスだったから、派遣しなかったのだろうか?

 ヤクザを派遣すると、杉崎実業の株を買い占めて、経営権を握ったのが、ヤクザとバレると、困るからだろうか?

 その可能性は高い…

 単純に、杉崎実業は、中国への不正輸出で、儲けてる…

 それを知った高雄組が、杉崎実業の株を買い占めて、その上前をはねようとした…

 それだけかもしれない…

 だが、本当にそれだけだろうか?

 稲葉五郎も言ったように、杉崎実業が、ヤバイという噂は、ヤクザ界でも広がっていたと言った…

 なにがヤバイのか、具体的には、わからないが、手を出すのは、リスクが高いと、稲葉五郎も認識していたと言った…

 しかし、高雄組長は、それでも、手を出した…

 リスクは承知しているが、それ以上に、儲けがデカいと判断したのだろう…

 にもかかわらず、杉崎実業の本社には、高雄組から悠(ゆう)以外の誰も派遣していない…

 これは、一体なにを意味するのか?

 もしかして?

 もしかして?

 高雄組長が、杉崎実業を手に入れるのに、大場小太郎が、アドバイスをしたのでは、ないだろうか?

 悠(ゆう)以外の人間を派遣するな!

 高雄組の人間は、派遣するな!

 それでは、ヤクザのフロント企業だと、すぐに見破られてしまう!

 そんなふうなアドバイスをしたのではないか?

 ふと、気付いた…

 高雄組が杉崎実業の株を買い占めるのに、使った費用、40億円は、高雄組が、悠(ゆう)以外の人間を誰も、杉崎実業に派遣しないから、戻ってきた…

 ヤクザを、誰も、杉崎実業に派遣しないから、戻ってきたのだ…

 仮に、杉崎実業に、大勢の高雄組の配下のヤクザを派遣すれば、40億円が戻ってくることは、あり得なかったに違いない…

 つまりは、高雄組は悠(ゆう)以外の誰もひとを派遣しないことで、杉崎実業の株の買い占めにかかった費用、40億円を政府から、返還されたのだ…

 もしも、ヤクザ者を、大勢派遣すれば、一銭も戻ってこなかったかもしれない…

 大場小太郎は、国会でも、

「…高雄組は、杉崎実業の株を買い占めたが、経営には、一切ノータッチだった…その証拠に高雄組の組員が、誰一人、杉崎実業に出入りした形跡はない…」

と、断言した…

それを認められ、高雄組は、40億円を、政府から、返還されたのだ…

もし、高雄組の組員を派遣すれば、40億円の返還など、夢のまた夢だったに違いない…

つまり、なにを言いたいかと言えば、最初から、高雄組長は、大場小太郎に嵌められたのではないか? ということだ…

案外、大場小太郎から、杉崎実業の株を買い占めることを提案されたのかもしれない…

そして、その際に、高雄組の組員は、一切、派遣しない…

悠(ゆう)は、派遣しても、ヤクザではないから構わない…

でも、それ以外は、一切派遣してはいけない…

経営に口を出してもいけない…

純粋に投資として、杉崎実業に関わること…

そう、念を押したのでないか?

つまり、最初から、大場小太郎は、今度の一件が起こるのを、承知していた…

それを予想して、高雄組組長に、杉崎実業の株を買い占めることを勧めた…

ただし、その後のフォローも忘れない…

今度の一件が起こった後、政府が、杉崎実業の株を買い取る…

その際に、ヤクザが、実際に、杉崎実業を仕切っていたのでは、具合が悪い…

それを見越して、最初から、高雄組長に、高雄組の人間を杉崎実業に派遣するな! と、アドバイスしたのではないか?

それでは、騒動が起きた後、高雄組に、杉崎実業の株を買い占めた金額を、政府から、返還することができないからだ…

ヤクザに40億円もの大金を返せば、世間から、不満の声が洩れるのは、当然だ…

それを事前にシュミレーションして、ヤクザを杉崎実業に派遣させなかった…

そのおかげで、高雄組は、政府から40億円もの大金を返してもらった…

高雄組が、杉崎実業の株を買い占めるにあたって、投資した金額は、それ以上と言われているが、40億円もの大金を返してもらえば、高雄組から、文句が出ることはないだろう…

なにしろ、政府が、暴力団に40億円もの金を返したのだ…

前代未聞の出来事だった…

高雄組として、十二分に面子が立っただろう…

そして、このおかげで、大場小太郎は、世間で、知名度を上げた…

大場派の領袖として、政界で、確固たる地位を築きながらも、世間での知名度はイマイチな大場小太郎の名前が誰にも知られるようになった…

果たして、これは、偶然なのだろうか?

いや、

誰が考えても、偶然のわけはない…

最初から、大場小太郎が、自分の知名度を上げるために、仕組んだ仕業に違いない…

それゆえ、自分の娘の敦子もまた、杉崎実業に入社させた…

高雄組長を安心させるためだ…

自分の娘を人質というか、高雄組傘下の杉崎実業に入社させることで、高雄組組長の手の届く位置に置いた…

そうすることで、高雄組長が油断することを考えたに違いない…

自分の娘を、高雄組に人質として、差し出すのと同じだからだ…

と、同時に、以前も書いたが、大場小太郎は、娘の敦子と、高雄悠(ゆう)との結婚もまた、夢想した…

夢見た…

そうなることで、高雄組の資金が、合法的に、手に入れることができるからだ…

つまりは、大場小太郎は、最初から、高雄組組長を利用することを考えた…

そして、利用することは、考えたが、当然、相手はヤクザだ…

下手に利用して、捨てるだけなら、大変な目に遭うのは、誰でもわかる…

最悪、殺されるかもしれない…

それが、ないように、最大限、相手の面子と、実利を考え、しかも、自分自身も得をするように、考えたのだろう…

結果、自分は、名声と全国的な知名度を得た…

一方、高雄組組長も、負けたが、さして、損はしていない…

杉崎実業に投資した金額の大半を回収できたからだ…

だから、高雄組組長は、自分が、大場小太郎に利用されたことに、気付いても、激怒することはないに違いない…

自分は嵌められたが、大して、損はしていない…

実利と面子は得られた…

全国のヤクザ者の間でも、変に、舐められることはないだろう…

つまりは、大場小太郎は、高雄組組長の今後のことも見据えて、策を考えたに違いない…

と、ここまで、考えて、気付いた…

果たして、これは、大場小太郎が一人で、考えたのだろうか?

本当に一人で、ここまでのことを考え、実行したのだろうか?

大場小太郎は、国会議員で、大場派の会長…

東大卒のエリートだ…

しかし、自分だけで、これだけのことを考えたのだろうか?

疑問が残る…

あるいは、私の考えは誤っているのかもしれない…

想像に過ぎないのかもしれない…

だが、結果でみれば、大場小太郎の大勝だ…

そして、高雄組組長は、負けたが、大敗ではない…

十二分に、再起の目が残っている…

最低限の、いや、それ以上の実利と、面子は得られた…

この結果を見る限り、謎が残る…

どうしても、大場小太郎を疑ってしまう…

彼の策略を感じてしまう…

大場小太郎という男の策略を疑ってしまう…

私の悩みは深かった…


結局、時間だけが、経った…

杉崎実業からは、相変わらず、連絡はなにもなかった…

私は、杉崎実業に、

「…内定をもらった、竹下クミという者ですが、来春、予定通りに、会社に入社させて頂けるんでしょうか?…」

と、連絡したかった…

人事部に連絡したかった…

しかし、冷静に考えると、それはできなかった…

国会で、あれほど、中国への不正輸出で、叩かれているというか、話題になっている、杉崎実業だ…

頭を冷やして、考えれば、社員の採用どころではないはずだ…

社員の採用どころか、社員の早期退職の募集を、早々に、おこなうに違いない…

今さらながら、そんな現実に気付いた…

相変わらず、トロい…

自分のことだから、どうしても、見通しが、甘くなりがちだが、それにしても、トロすぎる…

そんな当たり前のことが、今さらながら、わかったのは、コンビニで、バイトしている最中に、バイト仲間の当麻が、

「…竹下さん…杉崎実業は、もうダメですよ…」

と、私に言ったからだ…

「…ダメ?…どうして、ダメなんだ?…」

私は、言った…

いきなり、当麻が私に、

ダメ!

と、言っても、なにが、ダメなんだか、さっぱりわからなかった…

「…竹下さんの就職です…」

当麻が答える…

「…私の就職?…」

「…竹下さん…杉崎実業の内定をもらったって、言ってたじゃないですか? アレは、もう、なしですよ…」

「…なし? …どうしてだ?…」

「…だって、杉崎実業は、それどころじゃないでしょ? 会社を立て直さなきゃいけない…今いる社員のリストラもするでしょ? …だから、竹下さんの内定はなしですよ…」

当麻が明るく言った…

私は、

「…なにぃ!…」

と、当麻を怒鳴りたかったが、一方で、当麻の言うことも、もっともだと思った…

たしかに、これほどの騒動を起こして、来年、何事もなく、新入社員を迎えるとは、到底、思えない…

そう考えると、当麻の言うことがもっともだった…

私は、今さらながら、自分の内定がすでに消滅した事実に、気付いた…

我ながら、遅すぎた…

トロすぎた…

我ながら、バカ過ぎたのだ…

一歩下がって、冷静に考えてみれば、わかる事態だった…

自分のことだから、甘く考えるのは、わかるが、いくらなんでも、甘すぎた…

見通しが、甘すぎた…

そして、そんなことも、わからなかった自分自身が、情けなかった…

自分のことだから、甘くみるのは、わかる…

しかし、いくらなんでも、甘すぎた…

自分に甘く考え過ぎた…

内定が、この瞬間、吹き飛んだのは、わかったが、それよりなにより、そんなことも、今までわからなかった自分が情けなかった…

そんな小学生でもわかることが、わからない自分が、情けなかった…

ショックだった…

涙こそ出なかったが、ショックのあまり、その場に固まった…

それを見て、今度は、当麻が固まった…

そして、私を見て、言いづらそうに、

「…まさか、竹下さん…そんなことも、気付かなかったんですか?…」

と、聞いた…

私は、小声で、

「…気付かなかった…」

と、呟いた…

私の返答に、当麻は、

「…」

と、言葉もなかった…

むしろ、落ち込んだ私を見て、これ以上、声をかけられない様子だった…

さすがに、言い過ぎたと思ったのだろう…

見ると、当麻自身、どうしていいか、わからない様子だった…

私も当麻の言葉に落ち込んだが、それを言った当麻もまた、私以上に、落ち込んだというか、動揺していた…

それを見て、なんだか、当麻に悪いことをした気分になった…

当麻は、すでに言ったが、悪い男ではない…

いいヤツだ…

性格も悪くない…

だから、私をからかったり、バカにして、言ったわけではない…

単純に、こんな状況だから、当然、私が、杉崎実業の内定が、なくなったことが、わかっているに違いないと、勝手に思ったに違いない…

それが、私が、わかってないから、驚いたに違いない…

しかも、さすがに、この状況では、私をいじれない…

笑いに変えることができない…

それが、事態を難しくした…

私も、当麻に、どう返していいか、わからなかった…

当麻も同じだった…

どう、私に声をかけて、いいか、わからなかったに違いない…

だから、お互いが、黙ったまま、ジッと睨み合った…

互いに、なんて、相手に声をかけていいのか、わからなかったからだ…

十秒、

二十秒、

互いに、無言で、睨み合ったままだった…

そこへ、

パンパンと手を叩く音がして、

「…ハイ…ハイ…それまで…」

と、声がした…

私と、当麻が、その声のした方を振り返ると、店長の葉山の姿があった…

「…なにを二人とも、見つめ合ってるの?
…まるで、お見合いだよ…」

「…お見合い?…」

私と当麻が、同時に言った…

「…そう…お見合い…」

葉山が笑う…

「…でも、ここはコンビニで、二人とも、今はバイト中なんだから、働かなくちゃ…」

葉山が言う…

ひどく当たり前のことだった…

私と当麻は、葉山の言葉にバツが悪くなった…

「…スイマセンでした…」

私と、当麻は、またも同時に、葉山に謝った…

そして、二人とも、急いで、その場から離れて、働こうとした…

その私の背中に、

「…竹下さん…」

と、葉山が声をかけた…

私は、

「…ハイ…なんでしょうか?…」

と、葉山を振り返った…

「…高雄さんの息子さんが、逮捕されたよ…」

葉山がいきなり、そう私に告げた…

               

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