第58話

文字数 6,057文字

 …この戸田の言い分を聞くと、まるで、私が、山田会の次期会長の座を決めるキーマンのような存在だ…

 …だが、一体、なぜ、そんなに私が、大切なのだろう?…

 …さっぱり、わからない…

 …聞いてみるか?…

 ふと、思った…

 なにより、この戸田は、話してみると、随分話しやすい…

 見かけは、稲葉五郎同様、ゴツイが、案外話しやすい…

 しかも、おしゃべりだ(笑)…

 おしゃべりだから、聞けば、答えてくれるだろう(笑)…

 「…あの…一体、なんで、稲葉さんも、高雄さんも、そんなに、私を大事にしてくれるんですか?…」

 私の直球の質問に、戸田は、明らかに戸惑った…

 どう答えていいか、わからない様子だった…

 「…私、さっぱり、わからないんです…」

 私は、正直に言った…

 私の質問に、戸田は、どう答えていいか、わからない様子だった…

 「…戸田さん…知っていれば、教えてくれませんか?…」

 私の質問に、戸田が、戸惑うのが、わかった…

 「…お嬢が、そう言うのは、わかりますが…」

 口を開いた、戸田の歯切れが悪かった…

 「…オレも見ての通り、下っ端なんで、詳しいことは、わかりません…ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…お嬢もすでに知っているでしょうが、古賀会長が、死ぬ間際まで、お嬢を探していたのは、事実です…」

 「…」

 「…ヤクザっていうのは、現役がすべて、なんです…」

 「…現役?…どういう意味ですか?…」

 「…引退して、ヤクザを辞めたりすれば、一気に影響力がなくなる…それが、この世界の現実です…」

 戸田が、意外なことを口にした…

 「…ほら、会社でもなんでも、そうでしょ? 会社にいるときは、部長とか、取締役とかのお偉いさんでも、会社を辞めれば、ただの人…会社に影響力は、なにもなくなる…」

 「…」

 「…それと、同じです…」

 私は、戸田の言葉に考え込んだ…

 たしかに、そう言われれば、戸田の言うことは、わかる…

 だが、それは、サラリーマンだから…

 ヤクザもサラリーマンと同じなのだろうか?

 私は、その疑問を戸田にぶつけた…

 「…でも、それは、サラリーマンだから…ヤクザもいっしょなんですか?…」

 「…同じです…」

 戸田が即答する…

 「…どんなに大きな組織でも、ヤクザに基本的に世襲はありません…それは、ヤクザが実力社会だからです…器(うつわ)がなければ、上に上がれません…ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…古賀会長の場合は例外というか?…」

 「…例外?…」

 「…古賀会長は、ヤクザ界の秀吉と言われた方で、圧倒的な存在感がありました…いわゆるヤクザ界のカリスマなんです…」

 「…カリスマ?…」

 「…古賀会長が、出向けば、どんな揉め事も一発で、収まる…そう言われたものです…他団体からも一目置かれていて、なにより、尊敬されてました…人望も抜群で、むやみに外に敵を作るようなこともなかったです。でも、いったん、抗争となれば、どこの団体とケンカしても負けない、誰もが憧れる、極道会のカリスマでした…だから、ホントなら、死んだ古賀会長に力はないんですが、古賀会長の置き土産というか…」

 そう言って、戸田は、私を見た…

 「…古賀会長が、死ぬ寸前まで、気にかけていたお嬢を、オヤジも、高雄のオジキも無下にはできないんです…」

 「…」

 「…それに、なにより、古賀会長が、死ぬ寸前まで、お嬢を探していたことは、ヤクザ界では、結構知られていて、見つかったお嬢を無視すれば、ヤクザ界の人間も白い目で見るでしょう…死んだ古賀会長の面子を潰すことにもなりかねません…あれほど、世話になった古賀会長の遺言も守れない人間となるわけです…これは、一般社会でも、変わりませんが、ヤクザは、一般人よりも、面子を気にします…だから、余計に、オヤジも、高雄のオジキも、お嬢を大事にしているんだと、思います…」

 戸田が、理路整然と説明する…

 たしかに、そう説明されれば、わかる…

 納得する…

 だが、本当にそれだけだろうか?

 私は、思った…

 と、同時に、大事なことを忘れていた…

 本当は、高雄悠(ゆう)と、連絡を取るために、あの稲葉五郎に会おうとしていたことを、今さらながら、思い出したのだ…

 …一体、どうしよう?…

 今度は、そのことが、急に不安になった…

 このままでは、大場に頼まれた用事を果たすことができなくなる…

 私が、そのことを、悩んでいると、

 「…どうしました? …お嬢…急に黙り込んで…」

 私は、一瞬悩んだが、

 「…実は…」

 と、言って、大場が私に、高雄悠(ゆう)と、連絡を取って欲しいと言ったことを告げた…

 いや、

 これは、前にも、この戸田と会ったときに、すでに告げたことだ…

 「…あっちゃんが、悠(ゆう)さんに、連絡?…なにか、裏がありそうですね?…」

 「…裏?…」

 思いもかけない言葉だった…

 「…どうして、裏があるんですか?…」

 「…それは…」

 戸田が、言いよどんだ…

 「…教えてください…」

 私は、強い口調で言った…

 すると、戸田が、観念したように、

 「…これは、オレの勘ですが、たぶん、あっちゃんは、悠(ゆう)さんの連絡先を知ってますよ…」

 「…エッ? ウソォ?…」

 思わず、そんな言葉が口を突いて出た…

 いや、気付いたら、言ってしまっていた(苦笑)…

 「…あっちゃんは、政治家の娘です…さっきも言ったように、誰とでも、うまくやることができる…だから、たしか、オレの記憶ですけど、悠(ゆう)さんとは、以前から、面識があると思いますよ…」

 私は、戸田の言葉に、文字通り、絶句した…

 「…」

 と、言葉もなかった…

 「…だったら…だったら、どうして、大場さんは、私に高雄さんに連絡を取ってだなんて…」

 私の質問というか、独り言に、戸田は、考え込んだ…

 それから、しばし、考えてから、

 「…お嬢を動かしたかったんじゃ…」

 と、これも、独り言のように、呟いた…

 「…私を動かしたかった? …どういうことですか?…」

 「…今、あっちゃんの父親の大場代議士と、うちのオヤジ、稲葉一家との関係が、世間を賑わせています…」

 …それは、わかってます…

 と、言いたかったが、黙っていた…

 「…でも、それと、私となんの関係が…」

 「…さっき、情報戦と、オレは、お嬢に言いましたね…」

 「…ハイ…」

 たしかに、この戸田は、情報戦と言った…

 「…あの情報戦と言うのは、イメージ戦略というか…大場代議士と、稲葉一家の関係を世間に暴露して、稲葉一家の面子を潰したわけです…」

 「…どうして、面子を潰したんですか?…」

 「…むずかしい言葉で言うと、守秘義務というか、大場代議士との関係が世間に出るのは、まずいでしょ? オヤジが、大場代議士と親しくても、それが、世間に知られることは、稲葉一家の面子を潰したことになるんです…」

 「…でも、それは、稲葉さんに、関係がないことじゃ…だって、稲葉さんが、暴露したわけじゃないでしょ?…」

 「…お嬢の言うことは、正論ですが、稲葉一家との関係を世間に暴露される、うちのオヤジにも、責任があると、ヤクザは考えます…」

 「…」

 「…オヤジに力があれば、そもそも、そんな真似を相手がするわけがないと、考えるからです…だって、そうでしょ? 相手が、大物ならば、そんな真似をすれば、どうなるか? 考えただけでも、怖いです…」

 「…」

 「…要するに、相手に舐められてるんです…だから、面子を潰されたんです…」

 戸田が、力を込める…

 たしかに、戸田の言うことは、わかる…
 
 相手が怖ければ、そもそも、そんな真似はできない…

 だから、わかっていても、そんな真似をされること自体が、自分が舐められていることになる…

 私は、思った…

 「…でも、それと、私となんの関係が?…」

 私は、またも言った…

 さっきも同じ言葉を口にしたが、稲葉五郎が舐められるのと、私が動き回るのと、一体なんの関係があるというのだろう?…

 「…あっちゃんの狙いは、おそらく山田会です…」

 「…山田会? どういう意味ですか?…」

 「…山田会の跡目争い…それを世間にクローズアップさせようとしているのかも…」

 「…それって、どういう…」

 「…お嬢は、あっちゃんに、悠(ゆう)さんに連絡を取って欲しいと、頼まれました…でも、お嬢は、悠(ゆう)さんと、連絡が取れない…だから、どうすれば、連絡が取れるか、考える…すると、うちのオヤジが出てくる…」

 「…」

 「…お嬢は、連絡を取るために、うちのオヤジと会う…すると、その情報が、山田会の主要メンバーに瞬く間に広がる…稲葉一家が、お嬢を囲い込んだというと、変ですが、古賀会長が大事にしろ!と、命じたお嬢が、ウチのオヤジの手元にあるわけです…」

 「…」

 「…そして、それが、知れれば、今度は、高雄のオジキが、お嬢を囲い込もうとする…それが、あっちゃんの狙いじゃ…」

 「…」

 「…いや、あっちゃんの狙いじゃない…父親の大場代議士の狙いかもしれない…」

 「…大場代議士の?…」

 「…高雄のオジキが、お嬢を囲い込もうとすれば、うちのオヤジも負けじと、お嬢を接待するでしょう…オヤジにその気がなくても、オヤジを山田会の次期会長に推す勢力が、そうしようと、言い出すに決まってます…その結果、どうしても、山田会の次期会長選びが、ヒートアップして、下手をすれば、内部抗争にもなりかねない…そうなれば、いつのまにか、大場代議士のことなんか、世間で、下火になる…そう考えてるんじゃ…」

 戸田が、ポツリポツリと、考えながら、話す…

 私は、戸田の言葉を、驚きを持って、訊いていた…

 まさか、たかが、私を、動かすことが、そんな騒動になるかもしれないと、考えたなんて…

 ありえない…

 ありえない、行動と言うか、考えというか…

 私は文字通り、唖然とした…

 大場が、私に高雄悠(ゆう)に、連絡を取って欲しいと、依頼したことが、実は、こんな騒動を起こすかもしれないなんて…

 考えもしない展開だった…

 しかも、大場がそれを狙っていたとは?

私は、唖然として、戸田を見た…

 戸田は、

 「…もちろん、今、オレがお嬢に言ったのは、オレの妄想というか…推測に過ぎません…でも、あっちゃん…いや、大場代議士は、それが狙いじゃ…」

 と、遠慮がちに言った…

 私は、ただ、

 「…」

 と、黙っていた…

 この戸田の話は、私の想像を遥かに超えていた…

 「…おそらく、あっちゃんの背後には、父親の大場代議士がいると思います…」

 戸田が繰り返す。

 たしかに、戸田の言うことは、わかる…

 もし、この戸田が言うように、私が動くことで、山田会がゴタゴタすれば、それが、週刊誌やテレビ、ネットに載り、世間の注目が、それに集中する…

 すると、いつのまにか、大場代議士と、稲葉一家の関係など、報道されなくなる…

 いつのまにか、世間の記憶から消える…

 そういうことだ…

 いや、

 世間の人々は、覚えているかもしれないが、もはや、誰も話題にしなくなる…

 ネットもテレビも週刊誌も、稲葉一家と大場代議士の関係の後追いをしなくなる…

 それが、もしかしたら、大場…いや、父親の大場代議士の狙い…

 と、ここまで、考えて気付いた…

 もしも、大場代議士が、そんな真似をする人間だと知っていて、どうして、稲葉五郎は、そんな人間と付き合ってきたんだろう?

 謎が残る…

 だから、私は、戸田に聞いた(笑)…

 「…戸田さん…聞いていいですか?…」

 「…なんですか? …お嬢?…」

 「…稲葉さんは、大場さんの父親が、そんな卑怯な真似をするかもしれない人間だとわかっていて、どうして、付き合ってるんですか?…」

 「…そりゃ、仕事だからです…」

 あっさりと、言った…

 「…仕事?…」

 「…会社に入れば、どんな嫌な人間でも、付き合わなきゃならないことって、あるじゃないですか? それと同じです…」

 「…同じ…」

 「…オヤジは、死んだ古賀会長の側近で、古賀会長が、大場代議士と親しかった縁で、その関係を引き継いだ…はっきり言って、持ちつ持たれつというか…ある意味、打算で付き合ってる部分があります…」

 「…」

 「…だから、相手に裏切られても、それも、仕方がないと、最初から腹をくくってる部分もあります…ただ…」

 「…ただ…なんですか?…」

 「…要するに、大場代議士にそんな真似をさせないように、すればいいんです…」

 戸田が、断言する。

 「…事実、オヤジは、そうすると、思います…ああ見えて、オヤジは、結構策士だから…」

 私は、戸田の言葉に、言葉もなかった…

 ただ、ただ、驚いた…

 この戸田の語ったこと、すべてが、私の理解を超えていた…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 さっき、稲葉五郎が、私と戸田を事務所から送り出すときに、言った言葉…

  「…それより、鼻血を拭いて、お嬢をお見送りしろ…なにか、間違いがあったら、困る…」

 あのとき、
 
 …間違い?…

 …間違いって、一体、なんだ?…

 と、思ったが、それは、もしかしたら、私の身の上を心配したのかもしれない…

 ふいに、そう思った…

 私が拉致されるというと、大げさだが、もしかしたら、高雄の父にさらわれると、思ったのかもしれない…

 ふいに、そう気付いた…

 この戸田が言うように、私が、死んだ古賀会長の探していた娘だと誤解している以上、高雄の父も、私を大事にするに決まっている…

 私を手に入れようとするに、決まっている…

 私を手に入れることで、山田会の次期会長の座を巡る争いに、有利になるからだ…

 しかし、それは、誤解だ…

 何度も言うように、私の親戚にヤクザはいない…

 どこを、どう探しても、ヤクザのヤの字も、親戚に一人もいなかった…

 すべては、誤解だった…

 そして、何度、誤解だと言っても、誰も私の言葉を信じなかった…

 誤解されながら、騒動の原因になる…

 ある意味、これ以上、辛いことはなかった…

                
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