第109話

文字数 5,920文字

 大場と葉山は、知り合いに違いない…

 だが、どういう知り合いかは、わからない…

 大場小太郎?

 とっさに、大場の父親の名前が、脳裏に浮かんだ…

 普通に考えれば、大場は、もし、葉山を知っていたとすれば、父親経由…

 大場小太郎経由に違いない…

 大場が、昔、どこかで、バイトして、そこの従業員か、店長に、偶然、葉山がいて、知り合った…

 そんな可能性もないではないが、大場は、あの大場小太郎の娘…

 どうしても、父親経由の知り合いに違いないと、考えてしまう…

 すると、以前、葉山が言った言葉を思い出した…

 あの高雄組組長がスーツ姿で、初めて、この店にやって来たときに、

 「…あのひと、堅気じゃないね…」

 と、即座に見抜いた…

 だが、何度も言うように、高雄組組長は、長身で、スーツの似合うサラリーマンにしか見えない…

 しかも、その印象は誰が見ても、お堅いサラリーマン…

 銀行員か、なにか、だ…

 私は、驚いて、

 「…どうして、そんなことが、わかるんですか?…」

 と、聞くと、

 「…ボクは、以前、別の店で働いていたとき、近くにヤクザの事務所があって、ボクのいた店にも、お客様として、出入りしていたから、彼らが、どんな格好をしようと、匂いで、わかるんだ…」

 と、説明した…

 私は、そのときは、そんなものかと、考えたが、今、もしも、葉山と大場が知り合いだったとしたら、見方が違ってくる…

 葉山は、以前、勤務した店が、ヤクザの事務所の近くだと、私に言った…

 そして、大場の父親…

 あの大場小太郎は、父親が、同じ政治家で、国家公安委員長を歴任して、しかも、山田会の亡くなった古賀会長や、稲葉五郎、高雄組組長と親しくしていた…

 彼らを監視するためだ…

 公安関係者として、彼らを監視するためだ…

 公安は、身分を隠して、いわゆるヤクザや、宗教団体等に、スパイを送り込んで、日々、彼らを監視しているのは、よく知られたことだ…

 あのオウム事件が起きたとき、一番困ったのは、オウムに警察も公安も、どちらもスパイを潜入させていなかったことだ…

 だから、彼らの動静を掴めなかった…

 事前に掴めていたら、あんなことは、起きなかったに違いないと、言われている…

 もしかしたら、葉山は、公安関係者?

 ふと、気付いた…

 葉山が以前、漏らした、前に、いた店の近くに、ヤクザ事務所があったというのは、偶然ではないのかもしれない…

 葉山が勤務した店の近くに、偶然、ヤクザ事務所があったのではなく、ヤクザ事務所を監視するために、ヤクザ事務所の近くにある店に、勤務したのではないか?

 彼らを監視するためだ…

 つまり、大場の父親も、この葉山も、もしかしたら、公安関係者という、接点というか、繋がりがある…

 私は、気付いた…

 と、そこまで、考えて、思い出した…

 そもそも、この葉山は、最初、私が、このコンビニで働き出したときに、店長ではなかった…

 別の人間が、店長だった…

 どうしてだか、わからないが、ある日、突然、店長が変わったのだ…

 このコンビニは、オーナー店…

 コンビニを運営する会社が、直接経営する、直営店ではない…

 もっと、詳しく説明すると、例えば、ローソンが、直接経営する店が、直営店で、そこの店長は、ローソンの社員だ…

 だが、普通のコンビニは、大半は、オーナー店…

 例えば、鈴木さんや高橋さんが、経営している…

 少し、話は、それたが、そういうことだ…

 つまり、葉山は、最初から、この店の店長ではなかった…

 この店は、オーナー店だから、私は、そんなこと、気にもしなかった…

 店長といっても、雇われ店長に過ぎない…

 だから、店長が、代わっても、気にもしなかった…

 だが、もし、そこに意味があったとしたら、どうだ?

 店長が代わる意味があったとしたら、どうだ?

 意味=目的があったとしたら、どうだ?

 私は、考えた…

 そして、ふいに、その答えが閃いた…

 そんなことは、ありえないが、私を監視するのが、目的だとしたら?

 私を監視するために、葉山は、私がバイトをする、このコンビニの店長になった…

 あるいは、公安が、私を監視するために、葉山を送り込んだ?

 こう考えるのは、考え過ぎか?

 妄想のし過ぎか?

 考えた…

 だが、その可能性は、排除できない…

 冷静に考えれば、その可能性は排除できないどころか、大ありだ…

 なぜなら、私を巡って、あの稲葉五郎を始め、高雄組組長、松尾会会長、そして、大場小太郎と、大物ヤクザ、大物政治家が、連なっている…

 まさに壮観というか、華麗だ…

 業界は違うが、日本中に名の知れた大物が、私に関心を示している…

 この平凡な竹下クミに関心を示している…

 これは、一体どういうことだ?

 考える…

 あの亡くなった山田会の古賀会長の血筋を引く者だからか?

 私は、思った…

 いや、違う…

 そうではない!

 私は、考える…

 思い直す…

 おそらく、私も知らない、私になにか、あるに違いない…

 この竹下クミも知らない、なにかが、私にあるに違いない…

 それは、この前、林も指摘した…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 稲葉五郎のこと、をだ…

 稲葉五郎は、まもなく、山田会の会長に就任する…

 つまりは、山田会のナンバーワン…

 トップになるのだ…

 となると、どうだ?

 私は、必要ない!

 すでに、山田会のトップが決まった稲葉五郎に、私は必要ない…

 だから、稲葉五郎が、今後、私の前に姿を現すことは、ないに違いない…

 いや、

 違う…

 そうではない!

 仮に、私が、山田会の古賀会長の血筋を引く者だとしても、一体全体、稲葉五郎が、山田会の会長に就任するに、あたって、なんの役に立った?…

 例えば、稲葉五郎が、私を山田会の幹部の前に連れて行って、

 「…古賀会長の血筋を引く、お嬢さんだ…今度、オレが、山田会を率いるにあたって、微力ながら、力を貸してくれるそうだ…」

 と、なんとか、言うのならば、わかる…

 私になんの力もないが、山田会の古賀会長の血筋を引く者が、味方になってくれることを、幹部たちにアピールするためだ…

 しかし、当然のことながら、そんなことは、なかった…

 だから、もしかしたら、山田会の幹部連中に、稲葉五郎が、

 「…古賀会長の血筋を引くお嬢さんが、オレの味方になってくれる…」

 なんてことは、一言も言わなかったのではないか?

 そもそも、私が古賀会長の血筋を引く者という話も、もしかしたら、ブラフ…

 ブラフ=ハッタリの可能性もある…

 いや、

 ハッタリ=ウソの可能性が高い…

 だが、だとしたら、一体、私は、なんだ?

 竹下クミは、なんだ?

 なんの利用価値がある?

 考える…

 いずれにしろ、私は、持ち上げられてる…

 大切にされてる…

 それは、事実…

 間違いのない事実だ…

 さらに、気付いたことがある…

 稲葉五郎VS、その他の構図だ…

 以前も言ったが、高雄組組長、松尾会会長、大場小太郎は、一度も稲葉五郎と同席していない…

 高雄組組長も、松尾会会長も、

 「…次の山田会会長は、五郎です…」

 と、言いながら、その席に稲葉五郎はいない…

 つまり、他の3人は、稲葉五郎と対立している?

 いや、

 対立は、していないかもしれないが、少なくとも、協調はしていないに違いない…

 つまりは、

 「…次の山田会会長は、五郎です…」

 と、口にはしているが、その実、面白くないのではないか?

 だから、同席していない…

 いや、同席どころか、稲葉五郎は、個別にでも、あの3人の誰ともいっしょにいない…

 いたことがない…

 これは、一体なにを意味するのか?

 普通に考えれば、やはり、対立していると、考えるのが、正しいのではないか?

 そして、稲葉五郎は、あの3人の妨害をはねつけて、山田会の会長に就任が決まったと考えるのが、正しいのではないか?

 つまりは、あの3人は、当初から、稲葉五郎の山田会会長就任を邪魔したかったのではないか?

 私は、考える…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 だが、今現在も、葉山は、このコンビニの店長を続けている…

 大場もまた、今、私を誘っている…

 つまりは、終わってない!

 終わってないということだ…

 おそらく、稲葉五郎が正式に山田会の会長に就任するまでは、終わらない…

 決着がつかないのではないか?

 あるいは、稲葉五郎が、他の3人を完膚なきまでに、叩き潰さねば、決着がつかないのではないか?

 そう気付いた…

 つまりは、仮に、稲葉五郎が、山田会の会長に就任しても、まだ、終わりではない…

 それをいえば、大場小太郎も同じ…

 仮に、日本の総理大臣に就任しても、終わりではないのかもしれない…

 そして、終わりではないと言うのは、どういう意味か?

 それは、要するに、火種が残っているということ…

 騒動の火種が残っていることに、他ならないのではないか?

 だから、仮に、稲葉五郎が、山田会の会長に就任しても、騒動の火種が、残ったままでは、困る…

 つまり、敵対する勢力…高雄組組長や松尾会会長、そして、大場小太郎を完膚なきまでに、叩き潰さなければ、ならない…

 これは、また、大場小太郎も同じ…

 今現在、勝ち組の大場小太郎も、もし、稲葉五郎との間に、埋めがたい確執があるのならば、それを埋めるか? 

 あるいは、稲葉五郎を完膚なきまでに、叩き潰さなければ、ならない…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 つまり、まだ、勝負はついていない…

 決着は、付いていない…

 それは、葉山が、このコンビニを去らない限り、決着が付いたことにならないのではないか?

 もし、葉山が、私の予想通り、公安のスパイとして、このコンビニの雇われ店長に就いたのならば、騒動が終わらない限り、このコンビニの雇われ店長を続けているに、違いない…

 つまりは、終わってない…

 もしも、私の予想通り、葉山が公安のスパイとして、このコンビニに潜り込み、私の監視を続けているのならば、それを止めない限りは、まだ終わっていない…

 そういうことだ…

 まだ、なにか、あるに違いないと思っているので、葉山は、このコンビニの店長を続けている可能性がある…

 そして、それは、葉山ひとりの判断ではないだろう…

 葉山の上司を含めた、公安上層部の判断に違いない…

 まだ、なにか、火種が残っていると、思っているから、葉山を、このままにして、私、竹下クミを監視しているのだ…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 葉山と、大場小太郎の関係だ…

 葉山と大場小太郎は、同じ公安関係者…

 だが、互いが、強力しているかと、いえば、微妙なのではないか?

 ふと、気付いた…

 これは、あくまで、私の感覚だが、協力しているようには、思えない…

 いや、協力しているのならば、さっき、大場敦子が見せた表情…

 このコンビニに、入店して、葉山の姿を見つけて、驚かなかったのではないか?

 つまり、大場敦子にとって、ここに葉山がいることは、予想外だったのではないか?

 それを考えれば、もし仮に、葉山が、公安関係者としても、大場小太郎と、協力はしていないということではないか?

 私は、思った…

 つまり、それぞれ、別の思惑で、動いている…

 そして、その思惑とは、なんだ?

 考える…

 考えた結果、ひとつの可能性が浮かんだ…

 葉山と、大場小太郎の立場の違いだ…

 葉山が、もし公安のスパイだとしたら、それは、言葉は悪いが、下っ端…

 単純にスパイ=工作員として、自分が探った情報を、上司に送り届けているに過ぎない…

 上司に報告しているに過ぎない…

 だが、大場小太郎は、どうだろう?

 下っ端のはずがない…

 自分が、トップか、それに近い位置…

 だから、明確に立場が違う…

 それに今、大場小太郎は、次期首相の呼び声が高い…

 それまでは、派閥の領袖であるにもかかわらず、全国的な知名度は、低かった…

 それが、今度の杉崎実業の騒動で、一変した…

 たちまち、国会のスターの座に駆け上った…

 いわゆる、ヤクザ社会でいう、男を上げたのだ…

 だが、だとすれば、どうだ?

 大場小太郎にとって、今、一番、大切なのは、なんだ?

 確実に、次の首相になることではないのか?

 いや、そうに、決まっている…

 だとすれば、どうだ?

 そこに、公安は、介在しないのではないか?

 つまり、公安関係者として、この竹下クミを監視する使命は、存在しないのではないか?

 だから、さっき、大場敦子が、葉山の姿を見て、驚いたのではないか?

 見知った葉山が、なぜか、この店にいることに、当惑したのではないか?

 大場小太郎にとって、もはや、公安うんぬんは、なんの関係もない…

 今、必要なのは、確実に、次の首相になるだけだ…

 だから、葉山と大場小太郎は、目的が違う…

 仮に、今、この竹下クミをどうこうするとしても、目的が違う…

 そして、その可能性も否定できない…

 もし、私の監視が目的ならば、私を巡って、いずれ騒動が起きるに違いないからだ…

 だから、私を監視しているのだ…

 と、そこまで、考えて、気付いた…

 そして、もし仮に二人が、公安関係者としても、目的が違うのだから、協力しあうどころか、敵対する可能性だって、十分あるに違いない…

 それを見越して、あの大場敦子は、驚いたのではないか?

 承知!

 とっさに、その言葉が、脳裏に浮かんだ…

 私の身体の中をアドレナリンが、賭け巡った…

 正直、この後、なにが、起きるかわからない…

 ただ、私も想像もしていなかったことが、起きるかもしれない…

 いや、私など、想像もできないことが、起きるに決まっている…

 それを思えば、カラダの中をアドレナリンが駆け巡った…

 カーッと、カラダが熱くなった…

 …来るならなら来い…

 …矢でも鉄砲でも、持ってこい…

 なぜか、そんな言葉が、私のカラダの中から、湧いてきた…

 血沸き肉躍る…

 そんな気分になった…

 この平凡な竹下クミにありえない反応だった…

 自分でも驚いた…

 が、

 その理由はわかった…

 むしゃくしゃしていたからだ…

 今の私は、八方塞がり…

 就活もダメ!

 来年の今頃、どこで、なにをしているのかも、わからない…

 それが、この状況に置かれたことで、ありえない未来を見ることができるかもしれない…

 経験したことのない、出来事を経験する可能性が高い…

 それは、まるで、これまで、見たことのないドラマや映画を見るようなもの…

 現実が、八方塞がりの私は、なんでもいいから、刺激が欲しい…

 滅茶苦茶楽しんで、今の状況を一時でも、忘れたい…

 自分で言うのも、なんだが、ひどく危険な精神状態になっていた…

                
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