第75話

文字数 5,861文字

 「…わ…私に似ているから…」

 大場の言葉に、仰天した…

 ただ、ただ、驚いた…

 それから、考えた…

 …私に似ているから、大場を可愛がったって、一体、どういう意味だろう?…

 …やはり、私を、稲葉五郎が知っていたからだろうか?…

 …子供時代の私を、稲葉五郎は、何度か、見たことがあると、以前、私に言った…

 …それだから、だろうか?…

 私は、考える。

 「…竹下さん、アナタ、気付いている?…」

 「…気付いているって、なにが?…」

 私の質問に、大場は、

 「…」

 と、答えなかった…

 少し間を置いて、

 「…いえ、わからないなら、いい…今の質問は忘れて…」

 大場は、発言を訂正した…

 そんなことを言われて、私は、当然、気になった…

 …今の質問は、忘れて…

なんて、言われれば、誰もが、かえって、気になるものだ…

 が、

 それを追求することは、できなかった…

 だから、

 「…大場さん…今日の電話…用事は…」

 と、遠慮がちに聞いた…

 電話をかけてきた以上、なにか目的があるに決まっているからだ…

 私の問いに、

 「…お礼よ…お礼…」

 と、あっさりと、返した…

 「…お礼?…」

 「…この前、パパがお世話になったでしょ?…」

 大場が言う。

 たしかに、大場の言う通り、なぜか、大場の父である、大場小太郎代議士が、私のバイト先にやって来て、私を誘った…

 私は、さすがに、総理総裁候補にも挙がる大場小太郎代議士の誘いを断ることなど、できなかったので、大場代議士の誘いに乗った…

 が、

 あろうことか、その先には、高雄がいた!

 あの美男子の高雄悠(ゆう)がいた…

 私は、驚いた…

 まさか、大場の父に誘われて、連れて行かれた場に、高雄悠(ゆう)が、いるとは、思わなかったからだ…

 しかも、

 しかも、だ…

 それは、序章と言うか、前触れに過ぎなかった…

 本命は、高雄の父?である、高雄組組長の登場だった…

 つまり、あの場は、おそらくは、大場代議士が、高雄悠(ゆう)を、なんらかの理由をかこつけて、呼び出し、そこへ、高雄の父?である、高雄組組長と会わせたのが、真相だろう…

 つまり、普通に考えれば、あの場は、高雄組組長に頼まれて、大場代議士が動いたと見るのが、妥当だろう…

 息子の高雄悠(ゆう)に頼まれて、大場代議士が動いた可能性がないではないが、普通に考えて、それはないだろう…

 自分の息子ぐらいの年齢の高雄悠(ゆう)に、頼まれて、大場代議士が、動く可能性は、低い…

 それに比べ、高雄の父である、高雄組組長は、ヤクザ界の大物…

 あのヤクザ界のスター、稲葉五郎のライバルだ…

 高雄組組長に頼まれて、息子?の悠(ゆう)を、呼び出したと考えるのが、妥当だろう…

 大物ヤクザに頼まれれば、やはり、断りづらい…

 ということは、どうだ?

 私は、考える。

 大場代議士と高雄の父? の繋がりを、だ…

 大場代議士は、週刊誌で、稲葉五郎との関係をすっぱ抜かれた…

 世間に暴露された…

 それで、関係を断つべく、稲葉五郎に告げたところ、自宅に発砲された…

 一方的に、関係を断とうとする大場代議士への警告だった…

 が、

 その大場代議士が、稲葉五郎のライバルである、高雄組組長と、あの場に現れた…

 これは、一体、どういうことか?

 一体、なにを意味するのだろう?

 普通に考えれば、稲葉五郎を牽制するべく、高雄の父? を頼ったのではないか?

 私は、気付いた…

 稲葉五郎に、自宅を発砲されて、困った、大場代議士は、同じ山田会の双璧である、高雄の父? を頼って、相談したのではないか?

 稲葉五郎との関係を本気で断とうとしているのか、どうかは、わからない…

 しかしながら、いずれにしろ、仮に関係を修復するにしろ、しないにしろ、誰かに間に入ってもらうのが、一番と考えたのでは、ないだろうか?

 そう考えるのが、一番納得する…

 そして、その見返りと言うか、それを引き受ける条件として、高雄の父? は、大場代議士に、あの場に高雄悠(ゆう)を、呼び出して、もらったのでは、ないだろうか?

 そうすれば、辻褄が合う…

 では、なぜ、高雄の父?は、息子?の悠を、呼び出したか?

 それは、まずは、連絡が取れなかったからに違いない…

 連絡が取れれば、わざわざ人を介して、自分の息子?を、呼び出すわけがない…

 そして、おそらくは、高雄が、父親のコントロールが効かなかったからではないのだろうか?

 以前、林は、高雄悠(ゆう)が、脱ヤクザを目指していると言った…

 映画のゴッドファーザーのように、マフィアからの脱皮を図っていると言った…

 それを、高雄の父?は、苦々しく思っていたのではないだろうか?

 高雄の父? は大物ヤクザ…

 できることと、できないことが、わかっているに違いない…

 だから、高雄悠(ゆう)を、止めようとしたに違いない…

 ただ、悠(ゆう)に、言わせれば、環境があったというか、整っていた…

 高雄の父は、経済ヤクザ…

 いわゆる、暴力を背景にしてはいるが、どちらかというと、金儲けに軸足を置いている…

 だから、悠(ゆう)として、もう一歩進めようと思ったに違いない…

 そして、もう一つ…

 当たり前だが、大場代議士は、以前から、高雄父子? と、関係があったに違いない…

 そうでなければ、悠(ゆう)を、あの場に呼び出すことなどできない…

 また、仮に、大場代議士が、以前から、高雄の父? を知っていたとしても、おかしくはない…

 大場代議士は、亡くなった山田会の古賀会長と親しくしていたと言っていた…

 だから、山田会の有力組長である、高雄組組長と、以前から、面識があると考えるのが、普通だ…

 ただ、稲葉五郎に比べれば、さして親しくないだけでは、ないだろうか?

 と、そこまで、考えて、大事なことに、気付いた…

 だとすれば、一体、私の役割は、なんだ?

 どうして、私、竹下クミを、あの場に呼んだのだろうか?

 考える…

 謎がある…

 私に一体どんな価値=役割があったのだろうか?

 そもそも、私をあの場に連れてゆくには、どんな目的があったのだろうか?

 目的=餌(えさ)ではなかったのだろうか?

 私は気付いた…

 あの場に高雄悠(ゆう)を呼び出す餌(えさ)だ…

 高雄悠(ゆう)も、また、私を稲葉五郎同様、古賀会長の血縁者の一人と、信じている…

 ゆえに、私に利用価値があると思っているのだ…

 その私を大場代議士は連れてゆくと言ったから、悠(ゆう)は、あの場に現れたに違いない…

 大場代議士ひとりでも、あの場に現れたかもしれないが、私がいた方が、もっとよかったのだろう…

 私は、そう思った…

 しかしながら、それは、あくまで、私の考え…

 裏付けというか、確証はない…

 要するに、なぜ、あの場に、私を必要としたのかは、わからない…

 ただ、その他のことは、おおむね、私の思う通りに違いない…

 つまりは、高雄組組長と、大場代議士は、昔からの顔見知り…

 そして、高雄組組長に頼まれて、あの場に、息子?の悠(ゆう)を呼び出したことに、間違いはない…

 私は、考える。

 そして、言葉にすれば、少々長いが、これらのことは、一瞬とまでは、言わないが、数十秒で、閃いたというか、わかった…

 そして、今、思いつくのは、わざわざ、このタイミングで、大場が、私に電話をかけてきた意味だ…

 一体なにを目的に、電話をかけてきたのだろうか?

 まさか、大場の言う通り、
 
 「…この前、パパがお世話になったでしょ?…」

 と、この前のお礼を、言うために、電話をかけてきたことは、ありえない…

 なにか、別の目的があるに違いない…

 私は、大場の言葉を待った…

 案の定、

 「…竹下さん…」

 と、大場が、私に、話しかけてきた…

 「…なに?…」

 「…竹下さんは、高雄…高雄悠(ゆう)さんが、好き?…」

 直球の質問だった…

 私は、あまりにも、直球だったので、少し、ビックリしたが、

 「…好き…憧れる…でも…」

 と、言葉を濁した…

 「…でも、なに?…」

 「…あの高雄さんは、なんか、闇が深いというか…」

 私は、ハッキリと言った…

 大場は、私の言葉に、

 「…」

 と、無言だった…

 「…でも、それも、高雄さんに、憧れる理由の一つ…」

 私は、断言した…

 これは、事実だった…

 謎があるというか、男も女も謎がある方が、惹かれる…

 小説で、ミステリーというジャンルが、人気があるのは、謎解きの楽しみだ…

 犯人が誰か、誰もが気になる…

 それと同じで、高雄には、まだ謎がある…

 いや、すでに、高雄が、高雄組組長の実子でないことも、わかり、なぜ、高雄組組長と、争っているかもわかったが、やはり、謎というか、惹かれる部分がある。

 ずばり、魅力がある…

 ひとは、誰もがそうだが、太陽のように、明るいキャラクターの持ち主よりも、日陰のあるキャラというか、少々、ミステリアスな部分を持つ、人間に惹かれるものだ…

 太陽は、明るいが、すべてをさらけ出して、闇の部分がない…

 だが、いわゆる、闇キャラは、その他人に見せまいとする、闇の部分に、魅力がある…

 まるで、ミステリー小説の謎を解くような魅力がある…

 そういうことだ(笑)…

 「…そう…」

 私が、そんなことを、考えていると、大場が、話を続けた…

 「…だったら、竹下さん…高雄さんの力になりたい?…」

 意外なことを言った…

 「…力?…」

 「…高雄さんに、頼まれれば、力を貸してあげるか、どうかよ…」

 私は、大場の言葉に、

 「…」

 と、黙った…

 そもそも、私に力など、なにもない…

 もし、あると考えるのならば、稲葉五郎同様、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引く人間だと、誤解しているせいだろう…

 私は、思った…

 「…どう?…」

 大場が、私に返事を促した…

 私は、少し考えたが、

 「…私にできることなんて、なにもないから…」

 と、小さく言った…

 大場が、私の返事に、

 「…」

 と、黙った…

 それから、言った…

 「…竹下さんって、随分、頭がいいのね…」

 と、大場が言った…

 ずばり、皮肉だった…

 「…頭がいい? …どういうこと?…」

 「…力を貸すか、貸さないか、ではなく、自分にできることなんて、なにもないからと言って、婉曲に断る…そういえば、角が立たないし、表立って、批判されない…まるで、政治家ね…」

 大場が、早口に言った…

 が、それこそが、私に言わせれば、政治家だった…

 政治家の娘だった…

 直接、聞かれたことではなく、うまく、別の話題に切り替える…

 ずばり、自分の都合の悪い質問には、答えない…

 そして、私の返答を、政治家みたいと、答える大場敦子こそ、まぎれもなく、政治家だった…

 「…まあ、いいわ…」

 まるで、独り言のように、大場が呟いた…

 「…別に、高雄悠(ゆう)さん、うんぬんは、今回は、関係ないから…」

 「…関係ない?…」

 「…そう…関係ない…私が、今日、電話をかけたのは、父から、頼まれたのよ…」

 「…お父様から?…」

 「…パパも、この前、高雄さんのお父様に頼まれて、動いたけれど、それも、稲葉のオジサンとの仲がこじれたから、それを仲介するためもあって…」

 私が、先ほど、考えたことを、大場が口にした…

 「…でも、高雄さんと、稲葉のオジサンも、今は、それどころではないでしょう…」

 暗に、山田会と松尾会の抗争をほのめかした…

 「…だから、稲葉のオジサンも、パパとのことは、後回しにして、どうやったら、うまく抗争を終結できるか、考えてる…パパは、それに手を貸して上げようと考えてるの…」

 「…手を貸す?…」

 「…もちろん、表立ってでは、ないわ…パパもパパなりに、稲葉のオジサンの苦境を救ってあげようとしているの…」

 私は、大場の言葉に、

 「…」

 と、黙った…

 同時に、言葉ではなく、頭の中で、考えた…

 大場になにか、話すよりも、自分の頭の中で、大場の行為を考えた…

 一体、私になにを求めて、電話をかけてきたのか、考えたのだ…

 同時に、気付いた…

 やはり、大場小太郎は、政治家…

 いったんは、断絶したかに、見えた、稲葉五郎との仲をうまく修復しようとしている…

 山田会と松尾会の抗争の終結に向けて、手を貸すことで、稲葉五郎に恩を売ると言うか…

 仮に、稲葉五郎と、この先、縁が切れたとしても、貸し借りなしの五分五分と言うか…

 うまく、あと腐れなく、別れられる…

 それを狙ってるに違いないと思った…

 でも、

 でも、だ…

 それと、今、大場が、私に電話をかけてきたのと、一体、なんの関係があるというのか?

 考える。

 だから、直球で、

 「…大場さん…今日は、一体、何の用事で…」

 と、聞いた…

 これを聞くのは、2度目…

 まさか、
 
 「…お礼よ…お礼…この前、パパがお世話になった、お礼…」

 なんて、嘘くさい、言葉は、今度は言うまい…

 大場は、私の質問に、しばし、

 「…」

 と、沈黙した…

 私は、大場同様、

 「…」

 と、なにも言わなかった…

 互いに無言で、相手が、先に言葉を発するのを、待った…

 「…力を貸して欲しいの…竹下さんの…」

 大場がさっき言った言葉を繰り返した…

 だから、私も、

 「…私にそんな力は…」

 ない、と同じ言葉を言いかけたところで、

 「…山田会と松尾会の抗争の終結に…」

 と、大場が言葉を継いだ…

                

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