第80話

文字数 5,028文字

…松尾会長が、銃撃された?…

 …ウソッ!…

 私は、叫び出したい気持ちだった…

 が、

 ウソではなかった…

 ホントだった…

 テレビも、ネットも、新聞も、そのニュースで、いっぱいだった…

 暴力団の抗争…

 それが、起こった…

 最近は、あの山口組以来、なかったことだ…

 しかも、この抗争は、山口組とは、無縁だった…

 それゆえ、別の意味で、世間の耳目を集めた…

 山口組とは、無縁の抗争だからだ…

 私は、テレビ、新聞、ネットに載った、松尾会会長の画像を見た…

 やはり、というか、間違いなく、あの松尾聡(さとし)だった…

 あの好々爺に見えた、おじいちゃんだった…

 私は、驚いたと同時に、あらためて、そんな大物と言うか、名の知れた人物と、あの場にいたことを、思い知ったと言うか…

 が、考えてみれば、私は、あの場に、高雄組組長と、大場代議士といっしょにいた…

 業界は、違えども、世間に知られた大物二人といたのだ…

 あらためて、私は、ありえない、世界というか、それまで、自分の属する世界と、異質の世界の住人と、いっしょに、過ごしたことを、思い知った…

 と、同時に、気付いた…

 と、いうか、考えた…

 これは、偶然なのか?

 それとも…?

 なにが、言いたいかと言えば、松尾会長は、私と、会った直後に、発砲された…

 銃撃された…

 これが、偶然なのか?

 それとも、必然なのか?

 もっと言えば、私に会ったから、銃撃された?

 いや、

 まさか、それは、あるまい…

 現に、松尾聡(さとし)が銃撃されたのは、私と会った夜ではない…

 数日後だ…

 しかし、気になると言うか…

 ニュースでは、松尾会長は、銃撃されたが、その続報はなかった…

 が、

 死んだとは、書いていない…

 ただ、その容態というか、どの程度の、症状なのかは、一切、書いてなかった…

 おそらくは、それを報じたマスコミ自身が、具体的な症状を知らないからに違いない…

 考えてみれば、ヤクザは公人ではない…

 日本中、名前と顔の知れた大物ヤクザといえども、例え、病気で、病院に入院しても、それが、いちいちニュースになることはないし、まして、公人ではないのだから、世間に向けて、

 …私は、大丈夫です…

 と、メッセージを発する必要もない…

 そして、

 そして、だ…

 松尾会長は、一体誰に銃撃されたのか?

 それが、一切謎と言うか、書いてなかった…

 警察にも、わからないのかもしれない…

 ただ、やはりというか、山田会との抗争が、あったので、下部団体同士でのいざこざから、発展した結果、狙われたのでは? という意見もあった…

 私は、その意見に否定的だったが、内心、それもあり? なのかもしれないとも思った…

 それは、なぜ?

 と、問われたならば、言いたい…

 組織は、一枚岩ではないからだ…

 会社も、警察も、軍隊も皆、同じ意見の者が集まっているわけではない…

 現実に、山田会は、稲葉五郎と、高雄の父? で、割れている…

 いわゆる、武闘派の稲葉五郎一派と、穏健派というか、金の計算が得意な高雄の父?の一派に割れている…

 そして、あの日、高雄の父? は、山田会の次期会長は、稲葉五郎と、宣言した…

 松尾会会長、松尾聡(さとし)の前で、宣言した…

 しかし、それは、本音だろうか?

 また、松尾聡(さとし)の本音も読めない…

 一方で、高雄の父? が、山田会の次期会長の座を狙うのは、許さないと言い、もう一方で、ヤクザなんだから、腕っぷしに自信があるのならば、上を狙うべきだとも、言っている…

 これでは、どっちが本音なのか、わからない…

 おそらく、両方、本音なのかもしれない…

 死んだ古賀会長が、稲葉五郎を後継者に考えていたのだから、それを守れと、言いつつ、一方で、ヤクザは、実力社会なんだから、実力で、山田会の会長の座を狙えと言っている…

 言っていることは、矛盾しているが、どちらの意見も納得できる…

 そして、納得できる意見というものは、すべからく、本音の可能性が高いからだ…

 本音というだけでなく、納得できる意見を言うことが、できるから、あの松尾会長も大物なんだと、あらためて、思った

 考えた…

 口先だけの人間は、誰からも信用を得られない…

 それが、どれほど、正論だとしても、だ…

 仮に、誰もが納得できることを言っても、

 「…アイツが言っても…」

 と、なる。

 普段から、周囲の信頼を得られてないからだ…

 言っていることと、やっていることが違っていたり、誰が見ても、できないことを口にする…

 到底、他人様から、信頼を得られる人間ではない…

 松尾聡(さとし)は、自分のことを、ヤクザ界の黒田如水と呼ぶ人間もいると、言っていたが、本物の黒田如水同様、権謀術数を弄(ろう)することに、優れていても、部下を裏切らないというか、部下の信頼は得られているに違いない…

 人間は、ひとりでできることは、たかが知れている…

 ヤクザも会社も学校も皆そうだが、集団社会の中で生きるには、いかに周囲の人間の信頼を得ることができるかが、大切になる…

 まして、会社でも、ヤクザでも、出世する人間は、能力はもちろん、

 「…どうして、アイツが出世するんだ?…」

 と、問われる事態になっては、ならない…

 そのように言われる人間は、最初から周囲に、能力や人間性が、疑問視されてる証拠だからだ…

 松尾聡(さとし)に限らず、あの日、集まった、大場代議士も高雄組組長もまた、そのような人間ではない…

 つまりは、周囲から、認められてる人間に他ならない…

 はっきり言って、住んでいる業界は、違えども、あの日集まったのは、松尾会長を含めて、一流…

 一流の人間だ…

 その一流の人間の中に、なぜか、私がいる(笑)…

 竹下クミがいる…

 はっきり言って、わけのわからない事態というか…

 どうして、私がいるのか、さっぱりわからない(笑)…

 思えば、あの杉崎実業を受けたあたりから、私の人生が、大きく動き出した…

 正直、わけのわからない方向に動き出した…

 今さらながら、考える。

 そんなことを、ジッと、考え込んでいると、スマホが、鳴った…

 …一体、誰からだろう?…

 考える。

 そして、誰から、電話が来たか、見た…

 知らない電話番号だ…

 出るか?

 出ないか?

 考えた。

 出ない選択肢もあるが、私のスマホに知人の電話番号を、全部、登録しているわけではない…

 当たり前だが、登録していない知人もいる…

 だから、悩んだ…

 そうこうするうちに、録音が始まった…

 「…ただいま、電波の届かない所にいるか電源が入っていません…御用の方は…」

 と言った、メッセージが流れ、次いで、

 「…高雄…高雄悠(ゆう)です…ご無沙汰してます…」

 という声が流れた…

 …まさか?…

 …高雄?…

 …高雄悠(ゆう)なのか?

 私は、みっともないほど、動揺した…

 ときめいた…

 …あのハンサムな高雄悠(ゆう)…

 …あの長身のイケメンから電話が来た…

 それだけで、驚いた…

 ビックリした…

 だから、慌てて、電話に出た…

 そして、出てから、考えた…

 …そもそも、高雄は私のスマホの電話番号を知っていたっけ?…

 根本的な疑問だ…

 それに、

 それに、だ…

 先日、大場代議士に誘われて、高雄に会った…

 あの日、その場に、高雄の父? である、高雄組組長もやって来て、二人が、血が繋がった実の父子ではないことも、明らかになった…

 暴露された…

 なにより、高雄父子が、不仲であることが、私にわかった…

 そして、あの場で、高雄の父? よりも、稲葉五郎の方が、ヤクザとして、優れていることがわかった…

 つまり、さまざまな人間関係というか、その背景というか、色々なことがわかった…

 私は、それを思い出していた…

 思い出しながら、一方で、

 「…こちらこそ、ご無沙汰してます…」

 と、挨拶した…

 我ながら、実に器用と言うか…

 心の中では、まったく違うことを考えているにもかかわらず、口では、別のことを言っている…

 自分でも、驚いた(笑)…

 「…ホント…久しぶり…」

 高雄がしみじみと、言った…

 私は、驚いた…

 まさか、あの高雄が、こんなにも、しみじみと、私に対して、言うなんて…

 まるで、離れ離れの恋人にでも言うような感じだった…

 そして、次の言葉は、まさに、私を仰天させるものだった…

 「…運命婚…」

 高雄がいきなり言った…

 「…うんめい…こん?…」

 思わず、繰り返した…

 …どういう意味だろ?…

 口に出してから、考えた…

 「…竹下さん…意味、わかります?…」

 「…わからない?…」

 正直に答える。

 「…運命の結婚…だから、運命婚…」

 高雄がキッパリと断言する。

 …なんて、わかりやすい…

 私は、唖然とする。

 同時に、思った…

 それって、男が言うことじゃない!

 女のコが言うことだ!

 それを男が言うなんて…

 やっぱり、高雄は、草食男子…

 花屋や図書館が似合う男だ…

 私は、思った…

 そんなことを考えていると、

 「…竹下さん…運命って、信じますか?…」

 いきなり、言った…

 「…運命?…」

 「…運命です…」

 「…そんなこと、いきなり言われても…」

 私は、どう答えていいか、わからなかった…

 すると、

 「…竹下さんは、占いが好きですか?…」

 と、訊いてきた…

 「…好き…」

 反射的に答えた。

 女のコで、占いが嫌いなコはいない…

 否、

 女のコでなくても、女は占いが好き…

 30歳でも、50歳でも、占いが好きだ…

 「…だったら、運命を信じてますよ…」

 明るい声がした…

 「…どうして、運命を信じているの?…」

 「…だって、占いは、運命を言い当てること…わからない未来を当てること…それが好きならば、運命を信じている証拠です…」

 私は、高雄の言葉に、絶句した…

 言われてみれば、まさに、その通り…

 その通りだからだ…

 「…だから、運命婚…ボクは、竹下クミさんと結婚する運命です…」

 ハッキリと、断言する…

 私は、仰天した…

 あの高雄が、ハッキリと、私と結婚すると、断言したのだ…

 あのイケメンが、この平凡な竹下クミと、結婚すると、断言したのだ…

 ウソッ!

 ありえない!

 あんなイケメンが、私と結婚する?

 もしかして、私をからかっている?

 この竹下クミをからかっている?

 私の頭の中を、そんな考えが、めまぐるしく駆け巡った…

 だから、言った…

 「…あの…本気で言ってるの?…」

 「…ボクは、本気です…」

 高雄が即答した…

 「…でも、私は、ルックスも平凡だし、イケメンの高雄さんに、似合う相手じゃ…」

 「…ひとは、ルックスじゃ、ありません…中身です…」

 「…中身?…」

 「…ハイ…」

 それって、もしかして、私個人の能力とか資質とかじゃなく、私が、古賀会長の血縁者だから…

 そんな疑問が、とっさに、脳裏にひらめいた…

 だから、言った…

 「…それって、私が、亡くなった山田会の古賀会長の血縁者だと、高雄さんが、思っているからですか?…」

 私の質問に、高雄が、

 「…」

 と、沈黙する。

 私は待った…

 「…」

 と、なにも、言わなかった…

 おそらく、私が、高雄の目的を喝破(かっぱ)したからだろう…

 無言が、肯定を意味した…

 当たっていることを、示した…

 二人とも、スマホの前で、黙りこくったままだった…

                
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