第102話

文字数 5,134文字

 話を整理しよう…

 杉崎実業に内定した5人の女…

 私、竹下クミ、

 林、

 大場敦子、

 柴野、

 野口、

 以上の、5人の女だ…

 外見は、皆、同じ…

 身長も、顔も、似ている…

 5人全員が、姉妹といっても、おかしくはない…

 そして、当初、必要だったのは、

 私、竹下クミ、

 林、

 大場、

 の、3人のみ…

 柴野、

 野口、

 は、私たち3人に似ているから、選ばれたに過ぎない…

 そして、その本命というか、一番、大事だったのは、私だった…

 竹下クミだった…

 だが、どうして、本命だったのかは、高雄悠(ゆう)にも、わからなかった…

 ただ、私が、亡くなった山田会の古賀会長の血縁者だった…

 この噂を知って、飛びついたに過ぎなかった…

 そして、私、大場、林の3人に、杉崎実業の内定を出した…

 すでに、何度も説明したように、高雄悠(ゆう)は、杉崎実業の取締役…

 人事部長の人見に命じて、私たち3人に、内定を出した…

 そして、残りの二人、

 柴野と、野口は、私たち3人に似ているから、内定を出したに過ぎなかった…

 だが、思い出して欲しい…

 林は、人見人事部長が選んだ…

 貧乏だった人見が、同郷の林の父親が、金持ちであることを知って、内定を出した…

 また、林の父親も、人見を調べた…

 金持ちだが、この不況で、事業に行き詰った林の父親が、杉崎実業が、不正なやり方で、儲けているのを知り、自分もそれに一枚加わって、儲けようとしたのだ…

 だから、林の父親は、娘を使って、人見に近付こうとした…

 真逆に、人見は、すでに、林の娘の正体に気付いていた…

 住所や本籍から、気付いていた…

 林の父親と人見は、同郷だからだ…

 そして、林は、人見から、中国の不正輸出の件を確かめ、儲けようと思い、さらに借金を重ねて、失敗した…

 人見からすれば、生まれつきの金持ちである、林の父親が妬ましい…

 憎らしい…

一方で、人見は、中国への不正輸出も、いつ政府に知れるか、わからないと思い、内心、憂慮していた…

 そんな中で、林の父親に会った…

 林の父親は、自分の置かれた状況を切々と語り、人見は、それを利用した…

 林の父親としては、同郷の人間ということで、心を許して、人見に自分の窮状を訴えたのだが、人見は、そんなお人よしではなかった…

 人見は、毒を食らわば皿までの心境だったし、自分も、いつか逮捕されるかもしれないと、考えると、林の父親を道連れにしたかった…

 林の父親と、人見に面識はない…

 当然、恨みはない…

 ただ、地元で有名な金持ちの林の一家は、有名人だった…

 そして、それが、人見は、妬ましかった…

 だから、罠にかけてやれというような心境だったと、後に警察の調書で、語っている…

 だから、正確には、5人の女のうちの3人…

 私、竹下クミと、大場、林の3人のうち、林は、人見人事部長の推薦だった…

 そして、大場は、自己推薦と言うか、高雄悠(ゆう)に近付くために、杉崎実業に、入社しようとした…

 以前から、顔見知りだったが、同じ会社に入社することで、より近づけると考えたのだ…

 大場の父、大場小太郎代議士は、高雄組組長とも親しく、事前に入社を依頼された、高雄組組長は、その依頼を断れなかった…

 そして、私、大場、林の内定が決まった…

 その3人のルックスが偶然似通っていたのが、そもそもの発端だった…

 そして、林…

 林もまた内定以前に、高雄に接触した…

 高雄悠(ゆう)に会った…

 これは、高雄悠(ゆう)の判断だった…

 私と、大場、林の3人のうち、林の素性が、魅力的というか…

 大金持ちの娘というのが、興味をそそった…

 そして、高雄と林の共謀が決まった…

 互いが、互いを利用できると思った…

 高雄は、林の実家の財産に興味を持ち、林は、高雄の杉崎実業の取締役という地位が魅力に思えた…

 そして、悠(ゆう)は、これを好機と捉え、高雄組組長の子息として、将来の脱暴力団としての構想を語った…

 そして、二人は、意気投合した…

 だが、互いが、互いを信頼し合っているわけでは、決してなかった…

 むしろ、本心では、警戒した…

 互いに油断のならない人物だと見抜いたのだ…

 とりわけ、林は、高雄の動静に目を光らせた…

 なにを企んでいるのか、わからないから、警戒したのだ…

 そして、その動静を探るうちに、高雄は、私、竹下クミを大事にしていることに、気付いた…

 なぜだかは、わからない…

 だが、3人の中で、一番大事にしている…

 大場代議士の娘でもなく、金持ちの自分でもない…

 竹下クミを、大事にしている…

 それに気付いた、林は、私を取り込もうとした…

 高雄が、私を大事にする理由は、わからないが、大事にしている以上、なにかあるはずだ…

 そう考えた、林は、あの大豪邸に私を招いた…

 いち早く、私を味方に引き入れることに、した…

 そうすれば、父の助けになると、思ったのだ…

 傾きかけた林の実家を支えるために、下した決断だった…

 それゆえ、自分の父親にも、私を会わせた…

 自分にできる精一杯のことだった…

 だが、それも徒労に終わった…

 結局は、あの人見に騙されたのだ…

 杉崎実業の不正輸出に一枚噛んだまでは、良かったが、その不正がバレ、後がなくなった…

 金持ちの林が憎かった人見は、あろうことか、林の父親に、借金まで、させた…

 林の父親は、金に困っているところへ、さらに借金までして、杉崎実業の不正輸出に手を染めた…

 普通に考えれば、あり得ない行為だった…

 金に困っている人間に、儲かるからと、さらに借金をさせるのだ…

 自分がカモになっていると、気付くべき事態だった…

 が、

 それが、わからないほどに、林の父親は、追い詰められていたとも言える…

 精神状態が、普通ではなかったのだ…

 結局、林の父親も、人見といっしょに、逮捕された…

 後には、莫大な借金だけが、残った…

 いずれは、あの大豪邸も手放さなければ、ならないだろう…

 それを知った、私は胸が痛んだ…

 林は、悪い人間ではない…

 会ったのは、数えるほどだが、決して、悪い人間には、見えなかった…

 これは、林の父親も同様…

 林の父親は、一度会っただけだが、童顔で、いかにも、人の良さそうな人物だった…

 もっとも、今、考えれば、それゆえ、たやすく、人見に騙されたのかもしれない…

 金持ちは、一般に世間知らずの場合が、多い…

 自分が一代で、苦労して、成り上がった金持ちは、無論、そうではないが、代々の金持ちと言うか、何代も続いた金持ちは、温室育ちというか…

 いい意味で、世間ずれしている…

 世間知らずと、言い換えても、いい…

 自分が、さして、生きるのに、苦労していないからだ…

 生きる苦労=お金の苦労である場合が、大半だ…

 人間関係等の苦労は、誰でもあるが、やはり、苦労は、金の問題が多い…

 その苦労をしていない…

 そして、貧乏人の方が、したたかで、ずるい場合が、多い…

 その多くは、お金で苦労しているので、言葉は悪いが、同じような底辺の人間と、接しているので、どうそれに対処すればいいのか、学ぶからだ…

 その点、金持ちには、そんな苦労をすることがない…

 苦労はするが、苦労の種類が違う…

 だから、したたかで、ずるい人間と接することがない…

 それゆえ、林の父親は、人見にたやすく騙されたのだ…

 私は、考える。

 が、

 それを言えば、あの高雄組組長も、稲葉五郎も、また、言葉は悪いが、底辺の環境で、育ったに違いない…

 それゆえ、ヤクザになった…

 子供の頃から、カラダが大きく、腕っぷしが強かったからだ…

 それを生かすのが、ヤクザという職業だった…

 だが、二人とも性格は、悪くなかった…

 いつも、私に優しく接した…

 なぜだろうか?

 考える…

 私が、亡くなった古賀会長の血筋を引く人間だと思っていただろうか?

 おそらく、それもあるだろう…

 しかし、答えは、別にあると、思う…

 単純に、高雄組組長も、稲葉五郎も、生まれつき、性格が悪くないだけだろう…

 よく、昔の映画や、漫画では、悪い権力者が、極悪非道に描かれる場合が多かった…

 とくに、権力者が男の場合は、自分に意見をした部下を問答無用に、殺し、美人と思えば、なんとしても、自分のモノにしようとする…

 そんな冷酷非道な権力者が数多く描かれた…

 しかし、そんな人間が、現実に、権力者ならば、普通は、部下たちが、反旗を翻(ひるがえ)すはずだ…

 誰も、その権力者についていかない…

 はっきり言って、性格が最悪な人間ならば、身近に仕える、どんな人間も、多くは、逃げ出すに違いない…

 漫画や、映画だから、事実を誇張したに、過ぎないのが、真相だろう…

 現実に、自分に意見した部下や、美人と見れば、見境なく、自分のモノにしたい権力者はいただろうが、その多くは、それ以外に、いいものもたくさん持っていたに違いない…

 なぜなら、そんな極悪非道なだけの権力者には、誰もついて、いかないからだ…

 稲葉五郎も、高雄組組長も、善人では、ないだろう…

 しかし、悪人とも、いえないだろう…

 極悪非道とも、いえないだろう…

 二人が、そんな人間ならば、部下も誰もついて来ず、山田会で、出世できるはずもないからだ…

 むしろ、二人とも、紳士だった…

 二人とも、腰を低くして、私に接した…

 これは、私を古賀会長の血筋を引く人間だと、思っているからだけではないだろう…

 性格が、悪くないからに違いない…

 結局のところ、性格が悪い人間は、なにもできない…

 なにをするにしても、誰も助けてくれないからだ…

 だから、社会で成功することができない…

 なにをするにしても、ひとりで、できることは、たかが知れている…

 あるいは、それが、わかっているから、高雄組組長も、稲葉五郎も、いいひとを演じているのかもしれない…

 私は、思った…

 そして、さらに、考えた…

 お金持ち=性格がいい…

 貧乏人=性格が悪い…

 という単純な図式は、当てはまらない…

 お金持ちでも、性格が悪い人間は、いるに違いないし、貧乏人でも、性格がいい人間も、いっぱい、いるだろう…

 ただ、やはり、育った環境は、性格に影響する…

 性格を作る…

 お金持ちの家に生まれて、なに不自由のない生活を過ごしてきた人間と、貧乏で、借金取りに追われる生活をしてきた人間とでは、
環境が、まるで、違う…

やはり、それは、性格に影響するだろう…

 人格作りに影響するだろう…

 私は、そこまで、考えて、ふと、あの高雄のことを、考えた…

 高雄悠(ゆう)のことを、考えた…

 高雄悠(ゆう)は、極貧の家庭に育ったと聞いた…

 悠(ゆう)の母は、以前、高雄組組長と、付き合っていたが、悠(ゆう)は、高雄組組長の子供ではない…

 だが、幼い悠(ゆう)は、利発だった…

 その悠(ゆう)に、高雄組組長は、幼い頃の自分を見た…

 高雄組組長もまた、子供の頃は、頭が良かった…

 しかし、家は貧乏で、大学にいけなかった…

 そして、思いがけず、ヤクザの道に入り、成功した…

 だが、本音では、いい大学を出て、三井や三菱のような大企業に就職して、出世したかった…

 あるいは、キャリア官僚になって、自分の力を試したかった…

 要するに、自分の頭の良さを生かした、仕事に就きたかったのだ…

 幼い悠(ゆう)を見て、高雄組組長は、金がないゆえに、大学にもいけず、いい会社に就職できなかった昔の自分に重ねた…

 このままでは、幼い悠(ゆう)もまた、自分同様、頭の良さを生かせない人生を送るに違いない…

 せっかく、頭が良く生まれたのに、それを生かせない…

 それを不憫に思って、高雄組組長は、悠(ゆう)を、養子縁組した…

 しかし、悠(ゆう)は、就職で、挫折した…

 実家が、著名なヤクザだとバレて、就職がうまくいかなかった…

 それゆえ、悠(ゆう)を杉崎実業の取締役に送り込んだ…

 頭の良い悠(ゆう)に、ビジネスの現場を学ばせたい、高雄組組長の、親心だった…

 つまりは、高雄組組長が、杉崎実業を買収した目的には、悠(ゆう)を溺愛した事実もあった…

 そして、これらの経緯は、以前にも書いた…

 だが、それを高雄悠(ゆう)は、一体、どう感じているのだろう?

 肝心の悠(ゆう)は、それをどう思ったのだろう?

 また、そもそも、極貧の母子家庭で育ったことで、その影響は、悠(ゆう)の性格に、どう影響したのだろう?

 悠(ゆう)の人格を形成をする上で、どう影響したのだろう?

 考える…

 おそらく、おおいに影響したはずだ…

 悠(ゆう)の性格は、母親との生活に起因するはずだ…

 母親と過ごした貧しい生活に起因するはすだ…

 私は、思った…

                
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