第62話

文字数 5,584文字

 「…ふーむ…面白い…」

 大場代議士が口にする。

 「…面白い?…」

 私は、つい問い返した…

 いかに、有名な政治家とはいえ、初対面の人間に、面と向かって、面白いと、言われるとは、思わなかった…

 失礼、極まりない…

 無礼、極まりない…

 「…なにが、面白いんですか?…」

 私は、つい、言ってしまった…

 口に出して、しまった…

 言っては、いけないと思いつつも、つい言ってしまった…

 が、

 目の前の大場代議士は、私の怒りにすぐに、気付いたらしい…

 当然だ…

 「…これは、申し訳ありません…」

 大場代議士は、またも、私に、頭を下げた…

 「…お嬢さんが、あまりにも、ウチの娘に似ているので、つい…」

 「…つい、なんですか?…」

 「…つい、笑ってしまいました…だって、面白いでしょう? 自分の娘そっくりのお嬢さんが、目の前に現れるなんて…」

 大場代議士が、説明する…

 私は、たしかに、大場代議士の説明が、わかった…

 理解できた…

 納得できたといっていい…

 私もそうだが、もし、この大場代議士の立場で、自分の娘そっくりの、赤の他人を見つけたら、最初は、驚くかもしれないが、次に、笑ってしまう可能性も高い…

 言葉では、うまく説明できないが、なんだか、面白いのだ…

 世の中に、こんなに似ている人間が、いるものなのかと、面白くなってくる…

 私は、そう思った…

 そして、そう思っていると、

 「…あの…申し訳ありませんが、この竹下は、仕事中なもので…」

 と、店長の葉山が、声をかけた…

 どうやら、私と、大場代議士のやりとりを、さっきから、見ていたらしい…

 当たり前だが、ここは、コンビニの店内…

 さして、広くはない…

 その店内で、話し合っているのだ…

 店の中にいれば、誰にでもわかる…

 「…個人的なやりとりは、竹下が、バイトが終わってからにしてもらえませんか?…」

 葉山が、言った…

 至極、当たり前のことだった…

 大場代議士は、一瞬、驚いたというよりも、むしろ、不快な表情になった…

 自分を誰だと思ってるんだ!

 衆議院議員、大場小太郎だぞ!

 とでも、言いたげな表情だった…

 傲慢な素顔が、明らかになった…

 だが、それは、一瞬…

 時間にすれば、十秒あるか、ないか…

 すぐに、元の温和な表情に戻った…

 「…それは、失礼…あなたのいうことは、もっともです…でしたら、竹下さん、あなたが、バイトが終わるまで、外で、待ちます…」

 大場代議士が宣言した…

 私は、驚いた。

 だから、つい、

 「…私が、今日、バイトが終わるのは、二時間後です…」

 と、言ってしまった…

 が、そんなことは、大したことではなかったらしい…

 「…二時間後でも、三時間後でも、結構です…なんなら、半日でも、待ちます…私が、一方的に押し掛けたのです…それで、お嬢さんと、話ができるのならば、私はいつまでも、待ちます…」

 大場代議士が宣言する。

 その言葉に、私と、店長の葉山は、思わず、顔を見合わせた…

 「…でも、二時間後ですよ…」

 私は、店長の葉山から、目を離すと、続けた…

 「…大場さんのお父様は、お忙しいんじゃ…」

 「…今日は、大丈夫です…」

 大場代議士が、胸を張って、言った…

 「…すべて、予定は、終了しています…」

 その言葉に、私は、再び、店長の葉山と、目を見合わせた…

 「…外にクルマで待っています…そこで、待ちます…」

 そういうなり、大場代議士は、ツカツカと歩いて、店の外に出て行ってしまった…

 私と、店長の葉山は、唖然として、その後ろ姿を見るばかりだった…

 大場代議士が、店の外に出て行って、すぐに、

 「…あの人、大場小太郎です…総理総裁候補に名前が挙がる…」

 と、店長の葉山に囁いた…

 が、

 葉山は、驚かなかった…

 「…知ってるよ…」

 ぶっきらぼうに、言った…

 「…知ってる?…」

 「…ああ…最初は、気付かなかったけど…少しして、気付いた…」

 …気付いた?…

 私は、驚いた…

 同時に、思った…

 前にも、思ったが、この葉山は、見せかけとは、違う…

 以前、高雄の父、高雄組組長が、店にやって来たときも、すぐに、高雄の父が、堅気ではないことを見抜いた…

 高雄の父は、長身だが、一見すると、サラリーマンにしか見えない印象…

 それを、ヤクザだと即座に見抜いた眼力に驚いたのだ…

 それを、今、思い出した…

 この葉山という男も、ただ者ではない…

 時代劇ではないが、ただ者ではなかった…

 私は、あらためて、この葉山について、考えた…

 が、

 いつまでも、考え続けることは、できなかった…

 「…竹下さん…帰っていいよ…」

 と、突然、葉山が言ったのだ…

 「…帰っていい? …どうして、ですか?…」

 「…どうしてって、大場小太郎を二時間も待たすわけには、いかないだろう…大場小太郎は、次期総理総裁候補にも挙がる、大物議員だ…それを、二時間も外で待たすわけには、いかないだろう…」

 葉山が言う…

 たしかに、葉山の言うことは、わかる…

 正論だ…

 いかに、いきなりやって来たとしても、大物代議士を、2時間も外で、待たせるわけにはいかない…

 でも…

 でも…

 人がいなかった(涙)…

 この店は、正直に言って、売り上げが大したことがない…

 だから、早朝や深夜の時間帯を除いて、大多数の時間帯は、店長の葉山を含め、他のスタッフ2人の3人態勢で、店を回している…

 それが、今、私が抜けると、正直、キツイ…

 3人で、動かしている店を2人で、動かすのは、しんどい…

 だから、葉山の言うことは、わかるが、

 「…ハイ…そうですか?…」

 と、言って、すぐに、店を抜け出すことはできなかった…

 だから、

 「…でも、ひとが…今、私が抜けると…」

 と、つい、口に出してしまった…

 そして、なにげに、店のレジを見た…

 当麻が、一人で、必死になって、レジ打ちに没頭している…

 それを見ると、やはり、今、この状態で、店を抜けるわけにはいかなかった…

 「…店長…私、最後までやります…」

 私は断言した…

 「…大場代議士を待たせるのは、悪いですが、この状態で、店を抜けることはできません…」

 私の言葉というか、勢いに、圧倒されたのか、

 「…竹下さんが、そう言うなら…」

 と、店長の葉山が、渋々言った…

 葉山とて、本音では、この状況で、私に店を抜けられるのは、困るに決まっている…

 だが、外で待つのが、大物…

 次期総理総裁候補にも、名前が挙がる大物代議士だ…

 「…それに、もしかしたら、2時間も、外で、待つのが嫌で、帰っちゃうかもしれませんよ…」

 私が言うと、葉山は一瞬、ビックリした表情になったが、

 「…それは、あるかも…」

 と、言って、笑った…

 だから、私も、

 「…レジに入って、当麻を手伝います…」

 と、宣言して、その場を離れた…


 そして、その言葉通り、私は、きっかり二時間後に、店を出た…

 店を出て、大場代議士を探した…

 が、

 わからなかった…

 店の駐車場や周辺のクルマを見たが、大場代議士が、乗っていると、思われる、高級車は、一台もなかった…

 あるのは、どこにでもある、軽自動車や、小型車ばかりだった…

 …やはり、帰ったのか?…

 私は、そう思った…

 次期総理総裁候補にも、名前が挙がる大物代議士が、二時間も外で、私を待っているはずがなかった…

 …もしかして、私はからかわれたのかも…

 とっさに思った…

 脳裏をよぎった…

 いくらなんでも、この平凡極まりない竹下クミを二時間も大物代議士が、待っているわけがなかった…

 あのときは、何時間も待っているようなことを、言っていたが、やはり、待つことに、我慢できずに、帰ってしまったに、決まっている…

 今さらながら、そう気付いた…

 我ながら、ドン臭いというか…

 バカ丸出しだった…

 あんな言葉を信じるなんて…

 真に受けるなんて…

 と、そのときだった…

 「…竹下さん…」

 と、ふいに、背後から、声がかかった…

 私が、驚いて、振り返ると、大場代議士が、立っていた…

 …待っていた!…

 その事実に、驚いた…

 本当に、待っていた…

 まさか、次期総理総裁候補に名前が挙がる大物代議士が、二時間も私を待っているとは、思えなかった…

 …ウソッ!…

 とも、思った…

 これは、間違いなく現実なのだが、現実とは、思えなかった…

 同時に、気付いた…

 この大場代議士は、これまで、どこにいたのだろう? ということに、だ…

 今、この周囲にあるクルマを見たが、あるのは、軽や小型車ばかり…

 高級車は一台もない…

 それとも、どこか、ここから少し離れた場所にでも、クルマが止まっているのだろうか?

 私が、つい、そう思って、キョロキョロと、周囲を見渡した…

 すると、当然のことながら、その言動に、大場代議士は気付いた…

 「…どうしました? お嬢さん?…」

 「…クルマ? …クルマはどこにあるんですか?…」

 「…クルマ? クルマはあそこに?…」

 大場代議士が、指差した…

 が、

 そこには、世間に、どこにでもある軽自動車しかなかった…

 「…でも、アレは、軽じゃ?…」

 私はつい言った…

 この大物代議士が、私をからかっていると、思ったのだ…

 「…そう、軽です…でも、あのクルマが、間違いなく私のクルマです…」

 「…ウソッ?…」

 「…ウソじゃありません…日本では、軽自動車が、一番使いいいんです…小さくて、小回りが利いて、扱いやすい…それになにより、どこにでもあって、目立ちにくい…」

 「…目立ちにくい?…」

 「…これでも、少しは、世間で、名の知れた人間です…外見が地味だから、身元がバレる危険はあまりないが、皆無じゃありません…とにかく、私は、目立つのが嫌いです…」

 …目立つのが嫌い?…

 …だが、そう言うわりには、いかにも、高級そうなスーツを着ている…

 …これは、一体、どういうわけだ?…

 私は、疑問を思った…

 大場代議士の発言に矛盾を感じた…

 だから、言った…

 「…矛盾してませんか?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…その高級そうなスーツと、この軽自動車…目立ちたくないならば、もっと地味な服を着てくるんじゃ…」

 私の言葉に、大場代議士は、笑った…

 「…お嬢さんの言う通りです…でも、服選びがわからない…」

 「…服選びがわからない?…」

 「…今日、お嬢さんに会いに行く…当たり前ですが、普通は、普段着で行きます…すると、どんな服を着ればいいのか、わからない…安っぽ過ぎれば、お嬢さんをバカにした感じになる…高校時代の、女の子との初めてのデートになにを着て行けば、いいのか迷うのと同じです…」

 「…」

 「…だから、いつも、着慣れたスーツで、やって来ました…それに、この軽…たしかに、お嬢さんの言う通り、矛盾してますね…」

 …そう言われれば、反論できなかった…

 だが、ふと、気付いた…

 娘のあっちゃんは、私同様、地味めの顔にもかかわらず、たしか、レンジローバーとか言う、大きなSUVに乗っていたはずだ…

 父娘とはいえ、随分、違うものだ…

 「…どうしました? …お嬢さん?…」

 「…いえ、お嬢さんに、一度、クルマに乗せてもらったんですが、凄く大きく高級そうなクルマだったんで…以外と言うか…」

 「…若いからですよ…」

 あっさりと言った…

 「…どういう意味ですか?…」

 「…娘は、私同様、ルックスが地味です…だから、派手なクルマが似合わない…にもかかわらず、自分に似合わないクルマに乗る…これは若さ以外の何物でもない…」

 「…」

 「…まっ、これは、私も同じでした…今もホントは、こんな高級そうなスーツを着るのは、嫌です…地味めな自分に似合わない…でも、仕事柄、着るしかない…下手をすれば、ピエロですよ…」

 「…ピエロ?…」

 「…つまり、道化師です…それに徹するのは、嫌なものです…」

 私は、あらためて、この大場小太郎代議士を見た…

 やはりというか、自分がよくわかっている…

 自分という人間が、よくわかっている…

 当たり前だが、バカではない…

 次期総理総裁候補に名前が挙がるのは、よくわかった…

 だが、一体、今日は、なにをしに私に会いにやって来たのだろうか?

 それが、謎だった…

 「…今日は、一体、なんのために、私に会いにやって来たんですか?…」

 直球で、訊いた…

 大場代議士は、私の質問に驚かなかった…

 むしろ、その質問は、当然のことのようだった…

 予想できた質問だったからだ…

 「…少し、お時間を頂けますか? 娘そっくりのお嬢さんと、お話ししたいのです…」

 大場代議士は、そう言って笑った…

 ひどく平凡な回答だった…

 誰にも、予想できる回答だった…

                
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