第60話

文字数 5,943文字

 …内部抗争が勃発した…

 …山田会の内部抗争が勃発した…

 私は、驚いたが、同時に、来るべきものが来た、とも、思った…

 内心、覚悟していたということだ…

 私は、ヤクザでもなんでもないのに、なぜか、今、山田会の内部事情というと、大げさだが、双方の会長候補と、知り合った…

 だから、気になったというか…

 本当ならば、暴力が大の苦手な、この竹下クミが、なぜか、暴力団の情勢に詳しくなったというか…

 これは、ある意味、これ以上、皮肉な展開はないというか…

 ありえないというか?…

 何度も言うように、暴力やヤンキーが大の苦手な竹下クミが、現役の暴力団の幹部と知り合ったのだ…

 これ以上、皮肉というか、因果と言うか…

 とにかく、ありえないことだった(笑)…

 テレビや新聞、ネット等で、報じられたニュースによると、山田会の下部の組織同士で、なにか、いざこざが起きたらしい…

 発砲というか、そんな大げさなことは、なかったが、要するに、どこか、街中の飲食店で、山田会の組員同士が揉めたらしい…

 山田会と言っても、互いに別組織の人間で、しかも間が悪いといっては、なんだが、その組員たちが、稲葉五郎を推す勢力と、高雄の父親を推す勢力に属していたということだ…

 単純に、組員同士の殴り合いから始まって、それが、導火線となり、双方の組員同士が、自分の組に応援を頼んだ…

 当然、応援を要請された組員は、人数をかき集めて、応援に向かう…

 それによって、一気に、その現場となった飲食店の周りに、山田会の組員同士が、100人を超えて、集まった…

 合計100人を超えるヤクザが、二手に分かれて、睨み合った…

 さすがに、それほどの大人数で、殴り合いとか、小競り合いをすることはなかったが、当たり前だが、大騒ぎになった…

 パトカーが数十台、サイレンを鳴らして、現場に急行した…

 実は、最初、飲食店の関係者だか、店のお客さんだかは、わからないが、警察に連絡して、近くの派出所の制服を着た警官が、二人、やって来たらしい…

 だが、すでに、そのときには、ヤクザが数十人規模に膨れ上がって、手が付けられない状態になっていた…

 警官二人は、見て見ぬふりをして、慌てて、現場から、立ち去り、警察署に応援を頼んだ…

 その結果、さらに、今度は、数十人規模の機動隊が、現場にやって来た…

 そして、その機動隊に見守られるように、その飲食店を中心に、山田会の組員同士が、百人を超える規模で、互いに睨み合った…

 言葉も暴力もなにもない…

 百人を超えるヤクザが、二つの勢力に分かれて、ただ睨み合った…

 そして、それを、さらに機動隊よりも遠巻きに、一般市民が、一体どうなるのだろう? と、固唾を飲んで見守っていた…

 そして、時間が、一時間、二時間と経った…

 経ち続けた…

 当たり前だが、その騒動は、山田会の、トップクラスの幹部にもすぐに、伝わった…

 さすがに、この騒動はまずいと判断した幹部は、すぐに、自分の系列のヤクザを、現場から撤収させることに、尽力した…

 命令を下した…

 それが、功を奏したのか、やがて、双方とも、蜘蛛の子を散らすように、現場から、いなくなった…

 と、それが、新聞や、テレビ、ネットが、報じた山田会の騒動の、顛末だった…

 内部抗争の勃発と言えば、言えるが、そこまで、大げさなものではない…

 結果で言えば、ただ大勢のヤクザが、二手に分かれて、睨み合ったに過ぎない…

 ただ、それだけのことだった(笑)…

 最初、殴り合いのケンカをしたヤクザたちは、警察にしょっぴかれたが、その後、どうなったのは、詳細は報じられてなかった…

 ただ、私が気になったのは、テレビやネット等で、同日、あの大場代議士の自宅に、発砲騒ぎがあったと、報じられたことだ…

 新聞に至っては、隅の方に、小さく載っていた…

 あの大場の父親、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士の自宅に、拳銃の銃声らしきものが、響いた、と、大場の近所の家から警察に通報があった…

 その結果、検証に訪れた警官が、大場の自宅のクルマのガレージのシャッターに、拳銃の発砲された形跡を発見したらしい…

 私は、これを見て、稲葉五郎の仕業だと、直感した…

 気付いた…

 数日前、稲葉五郎の若い衆、戸田が、大場の父親の裏切りについて、
 
 「…要するに、大場代議士にそんな真似をさせないように、すればいいんです…」

 と、断言した…
 
 「…事実、オヤジは、そうすると、思います…ああ見えて、オヤジは、結構策士だから…」

 と、続けた…

 だから、それを実行したに違いない…

 なにしろ、発砲した場所が、クルマのガレージのシャッターだ…

 誰も、ケガをする者は、いない…

 警告として、考えれば、これ以上、最適な方法はない…

 私は、考える。

 しかし、内心、戸田が策士と、評した、稲葉五郎の行動が、大場代議士の自宅に拳銃を発砲するなんて、直接的すぎるというか…

 わかりやす過ぎる(笑)…

 策士と評したのだから、もっと、なにか、間接的に相手を脅すと言うか…

 そういう行動を取るものだと思った…

 いや、

 それでは、マズいのかもしれない…

 シャッターに発砲すれば、すぐに、誰がやったか、わかる…

 むしろ、それが、大事なのかもしれない…

 稲葉五郎からの警告だと、わからせるのが、大切なのかもしれない…

 そして、気付いた…

 今日、起こった、山田会の下部組織同士の争い…

 あの争いこそが、戸田の言う、策士の稲葉五郎の真骨頂だったのかもしれない…

 もしかしたら、稲葉五郎が、あの騒動を仕組んだのかもしれない…

 私は、ふいに思った…

 なぜなら、いきなり、大場代議士の自宅に、発砲騒ぎを起こしては、目立ちすぎる…

 何度も、言うように、大場代議士は、大物代議士…

 次期総理総裁候補の大物代議士だ…

 その自宅に発砲騒ぎが、あっては、どうしても、騒動になる…

 悪目立ち過ぎる…

 だとすれば、どうすればいいか?

 同じ時期に、もっと目立つ騒動を起こせばいい…

 そうすれば、世間の関心は、そっちに向かう…

 そう考えた可能性が高い…

 いや、

 事実、そう考えたに決まっている…

 そして、もし、そうだとすれば、戸田が言うように、あの稲葉五郎は、間違いなく策士…

 策士に違いない…

 大場代議士に警告はしなければ、ならないが、目立ち過ぎては、困る…

 かといって、目立たなくても、困る…

 だから、むしろ、新聞の隅に載るような扱いで、ちょうどいい…

 そう考えて、仕組んだ可能性が高い…

 同時に、あの戸田のことを思った…

 いや、戸田だけではない…

 あの稲葉五郎も、だ…

 あの二人がヤクザであることを、あらためて、実感した…

 稲葉五郎もそうだが、戸田もまた、私に対して、礼儀正しかった…

 数日前に、私を駅のプラットホームで見送る際には、深々と私に頭を下げるものだから、周囲の人間が、何事だろうと、私を訝しげに見たものだ…

 私は、恥ずかしくて、仕方がなかった…

 そんなことを他人にされるのは、初めての経験だった…

 なにより、私は、そんな真似をされる人間ではなかった…

 美人でも、金持ちでもない…

 どこにでもいる一般人だった…

 一般人の私、竹下クミが、そんなことを、されるなんて、恥ずかしいというか、あるいは、皮肉以外の何物でもなかった…

 平凡な竹下クミに、そんな真似をして、どういう反応を示すかの、皮肉しかなかった…

 ほめ殺しとも、言えた…

 私は、思った…


 平凡な日々に戻った…

 私にとって、平凡というのは、普通に大学に行き、普通に、コンビニで、バイトに精を出すことだった…

 店長の葉山が、

 「…竹下さん…久しぶりにシフトに入ったね…」

 と、言った…

 いや、皮肉を言ったのかもしれない…

 今年は、バタバタし過ぎて、コンビニのシフトに入れなかった…

 就活=就職活動で、忙しくて、バイトができなかったのだ…

 もちろん、葉山とて、そんな私の事情は、わかっている…

 百も承知だ…

 しかしながら、私の就活は、ちっとも、終わらなかった…

 十数年続いた就職氷河期が、終わり、ようやく、就活も、会社優位の買い手市場から、学生優位の売り手市場に変わったと、世間で、騒がれ出しても、私はちっとも、就職が決まらなかった(涙)…

 だから、当然、就活に明け暮れる…

 会社訪問に明け暮れる…

 当然、コンビニのシフトに入れない…

 バイトができない…

 ゆえに、葉山の目が厳しくなるのは、ある意味、当然だった…

 しかも、

 しかも、だ…

 ようやく、杉崎実業に内定したと思ったら、その杉崎実業は、暴力団のフロント企業で、私は、なぜか、その暴力団の関係者から、

 「…お嬢…お嬢…」

 と、持ち上げられ、ちやほやされた…

 大事にされた…

 無論、周囲から、大事にされたのは、嬉しい…

 しかしながら、私が、

 「…お嬢…お嬢…」

 と、持ち上げられたのは、誤解…

 人違いだ…

 いくら、それを説明しても、わかってもらえず、ちやほやされるのは、苦痛だった…

 と、同時に、もし、私が、人違いだとわかれば、どうなるのだろう?

 考えるだけで、恐ろしかった…

 なにしろ、相手はヤクザだ…

 そのヤクザが、これまで、


 「…お嬢…お嬢…」

 と、終始、私を持ち上げている…

 いくら、誤解だ、人違いだと言っても、信じない…

 だが、本当に、人違いだと分かれば、どうなるか?

 どう態度が豹変するか?

 考えるだけで、恐ろしい…

 恐ろしいのだ…

 私は、そんなことを思った…

 ここ数日、考え続けた…

 いや、

 考えてはならないと、一方では、思いつつ、もう一方で、考え続けた…

 一体、私が、稲葉五郎や高雄の父が、思い込んでいる、お嬢でないとわかれば、どうなるのだろう?

 殴られるのか?

 殺されるのか?

 それとも、私は女だから、ソープランドにでも、売られるのか?

 考えれば、考えるほど、恐ろしい…

 そんなことで、内心、恐怖で、震えていた…

 頭では、わかっていたことだが、これまで、あまり実感がなかったというか?

 どうしても、

 「…お嬢…お嬢…」

 と、相手が、調子よく私を持ち上げてくれるものだから、その相手がヤクザであることを、忘れていた…

 いや、

 忘れていたわけではないが、相手がヤクザ…

 しかも、大物ヤクザであることを、意識しなかったのだ…

 もっといえば、わかっていたのだが、相手があまりにも、低姿勢で、私を持ち上げてくれるから、実感が湧かなかったというのが、正しい…

 しかし、今回、山田会の内部抗争を、テレビやネット、新聞で、見て、変わった…

 テレビや、ネット等を、見ると、そこに、高雄組や、稲葉一家の名前がある…

 私が、直(じか)に接した人たちの名前がある…

 これでは、恐怖を感じずには、いられなかった…

 あらためて、あの二人が、大物ヤクザであることが、わかった…

 実感した…

 身に染みたと言うか…

 あれから、色々考えた…

 どうして、私は、あの二人が、大物ヤクザだと、実感しなかったのだろうか?

 一つには、当たり前だが、あの二人が、あまりにも、低姿勢で、私に接するからだ…

 私が、亡くなった山田会の古賀前会長の探していた娘だと、誤解しているからだ…

 そして、もう一つは、失礼ながら、あの二人が、平凡だからだった…

 どうしても、ヤクザというと、昔の任侠映画を想像する…

 いわゆる、コワモテの人たちが、大声で、怒鳴り合って、抗争を繰り広げる…

 そんなイメージがある…

 だが、あの二人には、それがない…

 稲葉五郎は、たしかに、顔がコワモテだが、いつも私に低姿勢…

 片や、高雄組組長に至っては、長身で、どこか洗練された雰囲気があり、誰が見ても、上場会社の取締役かなにかのようだ…

 とても、ヤクザには、見えない…

 ヤクザには、見えないから、私は、恐れなかった…

 怖くなかった…

 それが、答えというか、真相だった…

 だが、ここ数日、それが変わった…

 激変した…

 山田会の内部抗争で、高雄組と稲葉一家の名前を二ユースで見て、考えを変えた…

 あらためた!…

 なにより、ニュースでは、高雄組と、稲葉一家の抗争と、はっきり、書かれていた…

 断言していた…

 山田会の次期会長を決める、内部抗争だと、はっきり断言していた…

 これでは、私に、恐怖を感じずにいろ、とうのは、無理…

 無理筋だ…

 考えれば、考えるほど、恐ろしい事態だった…

 そして、私が、今日、コンビニにバイトにやって来た理由…

 それは、そんな恐ろしい現実を忘れるためでもあった…

 仕事に限らず、スポーツでもなんでも、それに没頭すれば、忘れることができるからだ…

 忘れると言うよりも、仕事やスポーツに集中すれば、他のことを考える余裕がなくなるというか…

 少なくとも、それに集中している間は、高雄組や稲葉一家について、考える余裕はなくなる…

 そういうことだ(笑)…

 私は、それに気付いた…

 いや、

 最近、全然、コンビニのバイトで、シフトに入ってなかったから、罪滅ぼしといっては、なんだが、店長の葉山に悪いと思っていた気持ちも少なからずあった…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 また、金の面もあった…

 やはり、自分の小遣いは、自分で稼がなくてはならない…

 これは、当然だった…

 私の家庭は、一般人…

 裕福でもなんでもない…

 だから、小遣いは、自分で稼ぐしかなかった…

 そんな諸々の事情が重なり、私は、慣れたコンビニの仕事に汗を流した…

 まるで、これまであった、出来事、すべてを忘れるべく、汗水たらして、働いた…

 すると、意外な人物が、店にやって来た…

                

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