第36話

文字数 5,753文字

 …高雄に電話をしなければ、ならない…

 そう決意した、私だったが、いざ、電話をしようとすると、やはり、躊躇った…

 …高雄組に電話をするのは、怖いと、思ったのだ…

 そんなことは、もう何度も頭の中で、考えたはずだったが、いざ、電話をかけるとなると、躊躇する…

 もっとも、それが、普通の人間なのかもしれない…

 私は、自宅の自分の部屋で、高雄に電話をするか否か、自分のスマホを握り締めながら、悩んだ…

 握り締めたスマホをジッと見つめながら、どうするべきか、悩んだ…

 やはり、高雄に連絡をして、会わなければ、なにも進展しない…

 当たり前のことだった…

 だが、あの高雄組に電話をかけるのは、怖い…

 私は、正直、ブルッた…

 元々、ヤンキーやヤクザが大の苦手な竹下クミだ…

 暴力の匂いのする人間が、大の苦手な女だ…

 どうするべきか?

 高雄…高雄組…

 ふと、高雄の父親の姿が、脳裏に浮かんだ…

 高雄の父親は、まるでサラリーマンのような男だった…

 長身で、痩せていて、誰が見ても、ただのサラリーマンに見える…

 あの爽やかな、息子の高雄悠の父親だといえば、さもありなんと、思う…

 どちらも、どこか、爽やかだ…

 ヤクザのヤの字も感じさせない…

 それと、同時に、今日、昼間会った、あのヤクザ界のスター、稲葉五郎を、思った…

 誰が見ても、一目でヤクザとわかる男…

 大きなカラダに、いかつい顔…

 全身に暴力の匂いをまとっている…

 高雄の父親となにから、なにまで、対照的…

 真逆だ…

 稲葉五郎は、一目見て、昔ながらのヤクザだが、おそらく、高雄の父は、経済ヤクザ…

 私は、ふと、その事実に気付いた…

 内定した杉崎実業が、ヤクザのフロント企業かもしれないと、気付いた私は、あれから、ネットで、ヤクザについて、調べた…

 すると、今は経済ヤクザが主流らしい…

 要するに、暴力ではなく、金融だ…

 ヤクザだから、非合法な手段で、集めた金を株や不動産等、金融商品に手を出して、金を儲ける…

 つまり、金儲けがメイン…

 暴力ではなく、金儲けだ…

 金を儲けるヤツが、偉いということになる…

 となると、高雄の父は、現代風のヤクザ…

 そして、あの稲葉五郎は、昔ながらのヤクザ…

 もしかしたら、それが、山田会で、二人が、次期会長候補に擁立される理由なのかもしれない…

 つまり、代表選…

 経済ヤクザと、昔ながらのヤクザの戦いなのかもしれない…

 普通に考えれば、どちらも反目する条件が、揃っている…

 一方は、経済ヤクザ…

 金儲けがうまい…

 他方は、昔ながらの暴力をメインにするヤクザ…

 お互いが、お互いを嫌っていても、おかしくはない…

 金儲けがうまいヤクザは、金儲けが下手なヤクザをバカにするに違いないし、昔ながらのヤクザは、金儲けが、メインのヤクザを毛嫌いするだろう…

 お互いが、お互いを嫌う…

 もしかしたら、そんな勢力に、あの高雄の父親と、稲葉五郎は、担がれているのでは?
 と、私は思った…

 と、そこまで、考えたときだった…

握り締めていたスマホが、突然、鳴り出した…

 私は、驚いた…

 まさか、自分が、スマホを握り締めている最中に、電話が鳴ったことなど、今まで一度もなかったからだ…

 …一体誰からだろう?…

 私は、思って、スマホの画面を見た…

 登録してる、杉崎実業の名前が出ていた…

 …杉崎実業?…

 一瞬、怪訝な表情と言うか、このタイミングで、杉崎実業から、電話? と、思った…

 しかしながら、内定した杉崎実業から、電話があっても、おかしくはない…

 将来、入社する会社だ…

 なにか、用事があっても、おかしくはない…

 私は、迷うことなく、電話に出た…

 「…ハイ…竹下です…」

 「…竹下さんですか? …私、杉崎実業の人事部長をしている人見です…竹下さん…ご無沙汰しています…」

 スマホの向こう側から、人見の温和な声が聞こえてきた…

 私は、あの人見と言う男を思い出した…

 どこにでもいる平凡な人物だった…

 …一体、何の用事で?…

 当然のことながら、そんな疑問が浮かんだ…

 「…竹下さん…」

 「…ハイ…」

 「…入社の意思は変わりませんね…」

 私は、人見人事部長の言葉に、一瞬、唖然としたが、

 入社しません!

 とは、口が裂けても言えない…

 なにしろ、今現在で、内定は、杉崎実業ただ一つ…

 それを蹴れば、また最初から就活を始めなければ、ならないからだ…

 だから、当然、

 「…ハイ…」

 と、大きな返事をした…

 すると、少し間を置いて、

 「…良かった…」

 と、安堵する人見の声が電話口から漏れた…

 「…実は、高雄専務も心配されていて…」

 …高雄専務?…

 一瞬、悩んだが、あの高雄だ…

 高雄悠(ゆう)だ…

 どうしても、専務と言われると、父親の方を考えてしまう…

 年齢を考えて、父親の方を脳裏に思い浮かべてしまう…

 だが、これは、仕方がない…

 二十代で、専務と言っても、どうしても、違和感がある…

 実感が湧かないのだ…

 「…心配ですか?…」

 つい、聞いてしまった…

 まさか、ここで、いきなり、高雄の名前が出るとは、思わなかったからだ…

 「…ハイ…専務は、ことのほか、竹下さんのことを心配されて…」

 …ことのほか、竹下さんを心配…

 その言葉を聞いて、やはり、高雄もまた、私を死んだ山田会の古賀会長が探していた娘だと思っているに違いない…

 私は、そう、考えた…

 喝破したといっても、いい…

 だから、今、こうして、あの人見人事部長から、私に電話があったのだろう…

 高雄自身が、私に電話をかけて、

 「…杉崎実業の内定を辞退しないで欲しい…」

 というよりも、説得力がある…

 きちんと、杉崎実業の人事部長から、電話があったほうが、説得力がある…

 高雄は、そう考えたに違いない…

 私が、そこまで、考えたとき、

 「…近いうちに、また、杉崎実業の内定が決まった5人の方に、会社の方にお集まり頂きたいのですが、よろしいでしょうか?…」

 と、人見が、丁寧な口調で言った…

 …また?…

 …また、集まる?…

 私は、人見の言葉に仰天した…

 が、それもあるかもしれない…

 一瞬後に、気付いた…

 なにより、普通の会社でも内定を出した後に、何度も理由を付けて、内定者を招集するのは、よくあることだと聞く…

 理由は、簡単…

 要するに、内定者に逃げられないためだ…

 理由を付けて、何度も集まれば、内定者同士親しくなる…

 仲良くなる…

 そうすれば、一体感が生まれ、脱落するものが少なくなる…

 そういうことだ…

 ちなみに、これは、入社した後も続く…

 会社で、同期のものだけが、何度も集まる場を設ける…

 そうすることで、オレも大変だが、オマエも大変なんだなとか…愚痴を言い合うことで、一体感を高め、なるべく脱落者を少なくする…

 脱落者=会社を辞める者を少なくする狙いがある…

 そういうことだ…

 私は、以前、父から、そんな話を聞いたことがある…

 そこまで、考えて、

 「…わかりました…」

 と、私は、返事をした。

 本当ならば、

 「…承知!…」

 と、返事をしたいところだ…

 が、さすがに、それはできない…

 これから、入社する会社の人事部長を相手に、

 「…承知!…」

 と、呟くことはできない…

 私の返事に、

 「…良かった…」

 と、ホッと胸をなでおろす人見の声が聞こえた…

 「…本当に良かった…」

 人見が繰り返す。

 私はなんだか、人見が可哀そうになった…

 たかだか、内定者を、5人、集めるだけだが、それがまるで艱難辛苦のような作業にも思えてきた…

 が、もしかしたら、そうかもしれない…

 私を除いた四人は、いずれもお嬢様に違いない…

 まだ、残りの二人…

 柴野と、野口の正体は、わかっていないが、お嬢様の可能性は高い…

 なにしろ、林は、超が付くお金持ちのお嬢様…

 大場に至っては、次期総理総裁候補の娘だ…

 いずれも、超大物…

 父親は、サラブレッドというか、金持ち…

 金持ちの娘だから、無下にできない…

 つまり、扱いに困る…

 少々、無茶なことをしても、注意することも、首にすることもできない…

 そうしようとすると、どうしても、親の顔が思い浮かんでしまう…

 親が、会社に乗り込んできて、なにか、文句でも言えば、堪ったものではない…

 要するに、三猿…

 見ざる、聞かざる、言わざるに限る…

 無視するというか、そのことに、関わることを、やめるに限るということだ…

 私は、思った…

 しかし、人見は、人事部長と言う立場上、関わることを辞めることはできない…

 難しいというか、可哀そうな立場だ…

 私は、考える。

 「…では、竹下さん、また、数日中に、ご連絡を致します…会社の方に、来て頂く日を伝えますので…」

 「…わかりました…」

 私は、答えて、電話が終わった…

 私は、電話を切ると、大きく、息をついた。

 「…フーッ…」

 まるで、これまで、海で泳いでいて、陸(おか)に上がったみたいだった…

 「…フーッ…」

 と、大きく息をつくことで、なにか、安堵するというか…

 そんな気持ちだった…

 ただ、私の胸は、揺らがなかった…

 私は、平凡…

 体型も平凡だ…

 別段、胸も大きくない…

 これが、胸が大きければ、大きく揺れるのだろう…

 ふいに、そう思った…

 思春期のときなどは、どうしても、周囲の女のコの胸が気になった…

 自分の胸の大きさと、周囲の女のコの胸の大きさを比べて、悩む…

 女ならば、誰でも、そんな経験は、一度や二度はあるものだ(笑)…

 そして、そのうち、気にしなくなる…

 いつまでも、悩んでいても、仕方がないからだ(笑)…

 …なにより、悩んでも、どうにかなる、問題ではない(笑)…

 中学でも、高校でも、周囲に、胸の大きな女のコも、貧弱な女のコもいた(笑)…

 しかし、誰もがそうだが、胸の大小よりも、顔というか、ルックス…

 正確に言えば、首から上に興味があった…

 はっきり言って、胸が小さかろうが大きかろうが、大した問題ではない…

 そんなことより、顔がいいか、悪いか…

 美人に生まれたかどうかの方が、大きい…

 美人に生まれれば、どうしても、周囲の注目を引く…

 周囲の扱いが、良くなるからだ…

 いや、

 良くなるか、どうかは、わからない…

 美人に生まれたことで、周囲の女から、嫉妬され、陰湿なイジメを受けたり、男からの誘いも頻繁になり、必要以上に、人間関係に苦しむ事例も、身近に見受けられた…

 美人に生まれたり、頭が良く生まれることは、決していいことばかりではない…

 人間は、嫉妬の生き物…

 どうしても、自分よりも優れた人間に嫉妬するものが、必ず一定数存在するものだ…

 大多数の人間は、そんなことはないが、必ず一定数の人間は、嫉妬する…

 嫉妬する結果、その人間の足を引っ張ったり、陰湿なイジメを繰り返す…

 そして、その行動の根本というか、原因は、なにかといえば、単純に、コンプレックスに他ならない…

 要するに、自分より、ルックスが良かったり、頭が良かったりすることが、許せないのだ…

 相手が、お金持ちでも同じ…

 自分にないものを持っている…

 これが、許せないのだ…

 もっといえば、自分が、なにもなく生まれてきていることが、痛いほど、理解しているのだろう…

 平凡、あるいは、平凡以下に生まれてきている…

 だから、美人を見れば、許せないし、頭が良くても許せない…

 まして、お金持ちを見れば、もっと許せないに違いない…

 そんな人間が一定数存在する…

 よく、時代劇では、わかりやすい事例として、権力者や、お金持ちが、弱い者を虐げる形を取るが、現実は、むしろ、強者よりも、弱者の方が、ずる賢いというか、性格の悪い人間の方が多い…

 残念ながら、それが、現実だ…

 人間は、むしろ、能力の優れた者の方が、余裕があるというか、他人に嫉妬することが、少ない…

 ルックスでも、学力でも、まして、お金持ちに生まれれば、なおさら、他人に対して、余裕が生まれるのかもしれない…

 と、そこまで、考えて、ふと気付いた…

 高雄もそうだが、杉崎実業に集まった五人の女…

 私以外の四人の女は、どうなのだろう?

 ルックスは、五人同じだが、皆、お金持ち…

 林は、マイバッハという黒塗りの高級車に乗り、あの豪邸に生まれたお嬢様だし、大場に至っては、次期総理総裁候補に名前が上げられるほどの大物政治家の娘…

 残りの柴野と野口もお金持ちだろう…

 皆、苦労の苦の字も、生まれてこのかた、なかったに違いない…

 ただし、それは、お金の苦労…

 もしかしたら、学校で、お金持ちの娘で生まれたことを周囲から妬まれ、陰湿なイジメを受けてきた可能性もある…

 その可能性は捨てきれない…

 現実に、乃木坂の白石麻衣は、学生時代、周囲から陰湿なイジメを受けて、転校せざるを得なかったと言われている…

 単純に白石麻衣の美貌が許せなかったに違いない…

 いつのまにか、胸の大きさから、話が、イジメに移った(笑)…

 そして、もしかしたら、それが、今度の騒動の原因のひとつでは?

 ふと、思った…

                

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