第134話
文字数 4,923文字
…大場…
…大場敦子?…
…あの女は一体?…
私は、悩んだ…
悩み抜いた…
すると、私の耳元で、
「…あのお嬢さんも、実子じゃない…母親の連れ子だ…だから、あんなふうに、他人事なんだよ…」
と、いう声がした…
私は、その声の主は、振り返る前に、わかった…
葉山に間違いはなかったからだ…
「…連れ子?…」
私は、呟いた…
それをきっかけに、さまざまなことが読めたというか…
わかってきた…
なぜ、自分の娘をヤクザの息子である、高雄悠(ゆう)と、結婚させて、高雄組の資産を、分捕ろうとしているのか、読めた…
所詮は、自分の血の繋がらない娘だからに、他ならない…
血の繋がらない娘だから、愛情が薄い…
もちろん、世間では、血の繋がらない娘でも、血の繋がった実の娘のように、育てる親は、いるが、残念ながら、それは少数派…
どうしても、血の繋がった自分の子供に比べて、愛情が薄れがちだ…
だから、大場小太郎は、半ば、駒のように、娘の敦子を扱ったのだろう…
まるで、将棋の手持ちの駒のように、扱ったのだろう…
自分の政治活動を有利にする上での駒のように、扱ったのだろう…
そうでなければ、自分の娘をヤクザの息子と、結婚させたいとは、思わない…
そして、大場敦子自身、それを痛感していたのだろう…
私は、思った…
そこまで、考えたとき、
「…大場代議士は、あのお嬢さん以外に、お子さんがいらっしゃるが、あのお嬢さんだけ、父親が別だそうだ…」
葉山が続けた…
葉山の言葉が、私の胸に沁みた…
…それでは?…
…それでは、もしかして、最初から除け者?…
…最初から、家族から除け者?…
考えた…
そして、そう考えると、色々な謎が解けたというか…
最初、私と会ったとき、大きな外車に乗り、ロック歌手のような革ジャンに、していた意味がわかった…
アレは、小心者の私と会うために、わざとしたと思った…
ヤンキーやヤクザが大の苦手な私を脅すというか…
私に対して、優位に立つために、わざとあんな恰好をしているのだと思った…
大場は、私とよく似た外観…
はっきり言って、おとなしめの外観だ…
だから、ヤンキーやヤクザが似合う野生派ではないから、革ジャンは似合わない…
おとなしめの顔に、革ジャンは似合わない…
が、
それは、もしかしたら、大場の精一杯の反抗ではないのか?
自分の置かれた現状に対する、精一杯の反抗ではないのか?
ふいに、思った…
自分だけ、父親の血を引いてない…
その結果、ヤクザの息子と結婚させられるかもしれない…
高雄悠(ゆう)という人物の人間性は、別として、血の繋がった、自分の娘ならば、そもそもヤクザの息子と結婚させようとは、思わなかったに違いない…
そう、大場が、考えても、不思議ではない…
そして、それが、自分の父親が、高雄悠(ゆう)に刺されても、動じないというか、他人事の態度に結びついたのだろう…
そう、思った…
そして、気付いた…
高雄悠(ゆう)と、大場敦子の関係だ…
高雄悠(ゆう)もまた、死んだ、高雄組組長と血が繋がっていない…
しかし、
しかし、だ…
悠(ゆう)は、明らかに、高雄組組長に、溺愛されて、育った…
それは、傍から見ても、わかる…
血が繋がってないにも、かかわらず、杉崎実業の取締役にまで、させてもらった…
単に手持ちの駒ではない…
高雄組組長の正真正銘の息子としての扱いだった…
それを、一体、大場はどう思ったのだろう?
二人とも、父親と、血が繋がっていない…
にもかかわらず、大げさに言えば、扱いが天と地ほども違う…
おそらくは、大場も表面上は、悪い扱いではないに違いない…
なぜなら、大場は、あんな立派な外車を、自分のクルマとして、乗りこなしている…
父親にお金をもらえなければ、あんな外車を買ってくれるわけがない…
だから、表面上は、他の兄弟と差別されていないのかもしれない…
それは、身近に見なければ、わからない…
はっきり言って、大場の家庭に、足を踏み込んでみなければ、わからない…
あるいは、表面上は、同じ扱いでも、家庭の中では、半端にされているかもしれないからだ…
それになにより、大場小太郎は、公人だ…
選挙で、選ばれる、公人だ…
だから、どうしても、プライベートも話題になる…
プライベートも詮索される…
だから、立場上、誰もがわかる形で、自分の子供を差別することなどできない…
まして、一人だけ、自分と血が繋がってないなら、なおさらだ…
あるいは、表面上は、平等に扱っているのかもしれない…
が、
真実は、違うに決まっている…
ヤクザの息子と結婚させて、そのヤクザの資産を分捕ろうとしている…
あくまで、手駒の一つにしか、考えていない…
そんな目論見が、大場には、手に取るようにわかるのであろう…
そして、
そして、
大場がなにを考えているのか、わからなかったが、今、思えば、大場が、なにを心配したのか、よくわかる…
大場は、自分の父親が刺されたとき、父親の大場代議士ではなく、高雄…高雄悠(ゆう)のことを心配していた…
だから、冷静に考えれば、あのとき、気付くべきだった…
大場にとって、大事なのは、父親の大場代議士ではなく、悠(ゆう)だった…
おそらく、悠(ゆう)は、大場と同士だったに違いない…
男と女だから、男女の関係か、どうかまでは、わからない…
しかし、同じく、血の繋がらない父親に育てられたという共通点はある…
しかも、二人とも、お金持ち…
ヤクザと政治家の違いはあれ、話が合うに違いない…
同じく、父親が、血が繋がっていなくても、やはり、お金持ちと、貧乏人というと、語弊があるが、家庭環境があまりにも違うと、話が合わない場合が多い…
そもそも、自分の置かれた環境がまるで、違うから、話が合わない…
例えば、世帯年収500万円の家庭と、5000万の家庭では、話が合わない…
もっと言えば、皇族と、一般人では、意思疎通が、困難な場合があるに違いない…
どうしても、互いに経験のないことは、わからないからだ…
環境は、人間を作る…
環境は、人間を支配する…
お金持ちは、やはり、ガツガツしない人間と言うか、おっとりとした人間が多い…
貧乏人は、その逆…
チャンスを逃さないというか…
どうしても、物事に貪欲になる…
焦らないということができない…
若干、話が逸れたが、だから、同じ金持ち同士だから、大場と悠(ゆう)は、話が合ったに違いない…
ただ、二人には、決定的な差があった…
父親から溺愛されているか、どうかの差だ…
これは、大場にとって、悠(ゆう)が、羨ましかったに違いない…
それが、さっきの
「…こっちの目論見がバレて、逃げた…」
という言葉に繋がったのではないか?
私は、考えた…
が、いずれにしろ、これは、私の妄想と言うか、考えに過ぎない…
真実は、これから、コンビニのバイトが、終わって、大場に聞いてみなければ、わからない…
私は、そう思った…
3時間後、きっちり、バイトが終わって、私はコンビニのユニホームを脱いで、店のバックルームを出ようとした…
すると、その背中に、
「…竹下さん…」
と、いきなり、誰かが、声をかけた…
私は、その声の主を振り返った…
声の主は、当たり前だが、葉山だった…
「…なんですか? 店長?…」
私は、聞いた…
葉山が、一体、なにを言い出すのか、と、思った…
「…運命婚って、言葉、知ってる?…」
いきなり、葉山が聞いた…
「…運命婚…ですか?…」
私は、言った…
運命婚…
この出会いは、運命…
この結婚は、運命…
そういう意味だ…
高雄悠(ゆう)が、使っていた…
「…この結婚は、運命…だから、運命婚って…」
葉山が続ける…
だから、私も考えた…
高雄に出会って、そうそう、プロポーズされたというわけではないが、運命婚の言葉を使われた…
ある意味、口説かれたのかもしれない…
ただし、私は高雄に口説かれたと、思ったことはない…
あるいは、これは、高雄も同じかもしれない…
傍から見れば、私を口説いているように、見えても、本人に、そんな自覚はないことも、結構ある…
天然と今は、よく言われるが、要するに、本人に、その自覚がない場合だ…
だから、あのとき、高雄と初めて、二人きりで、会ったとき、駅のプラットフォームで、話した…
私は、高雄が私を口説いているとは、思ってなかったし、高雄もまた、私を口説いている自覚はなかったと思う…
しかし、見方によっては、あれは、口説いていたのかもしれない…
見る人がみれば、あれは、口説いていたのかもしれない…
そう思った…
思い出した…
そんなふうに、一人、トリップと言うか、自分のことを、考えていると、
「…別に、竹下さんのことを言ってるわけじゃないよ…」
と、葉山が言った…
…エッ?…
…私のことじゃない?…
…だったら、一体、誰のことだ?…
私は、思った…
すると、私の顔を見ながら、
「…あくまで、一般論だよ…一般論…」
と、葉山が言った…
「…一般論?…」
「…そう…一般論…」
言いながら、葉山が続けた…
「…ある家庭があって、別の家庭のひとたちと、子供の頃から、交流がある…ほら、よく父親同士が、学生時代の友人だったり、会社の同僚だったりして、いっしょに、キャンプに行って、バーベキューをしたり、互いの家を訪れたりして、定期的に会ったりする…そして、ある時期に、その家庭の子供同士が、実は、自分は、父親の実の子供ではないという話をする…すると、どうなると思う?…」
「…どうなるって?…」
私は、いきなり、そんな話を振られて、戸惑った…
少し、考えて、
「…仲良くなる…」
と、答えた…
すると、葉山は、満面の笑みで、
「…正解だ…」
と、言った…
「…互いに、境遇が似ている…だから、どうしても、互いに親近感が生まれる…そして、それが思春期の男と女ならば、恋愛に発展する場合が多い…あのひとは、私のことを、誰よりも、わかってくれる…アイツは、誰よりも、オレのことを理解してくれるって…」
葉山が真顔で、言う…
…それって?…
私は、口には出さないが、高雄悠(ゆう)と、大場敦子のことじゃ?
と、考えた…
名前こそ、出さないが、明らかな匂わし…
バカでも、わかる…
「…だから、運命婚…互いに、このひとと出会ったのは、運命って、思う…互いに、置かれた境遇が、同じ…環境も似ている…互いに金持ちで…だから、話が合う…どんな人間と話すよりも、話が合う…」
一体、なにを言いたいのだろう?
この葉山は、一体なにを、私に伝えたいのだろう?
私は、思った…
私は、考えた…
「…しかし、しかし…だ…」
葉山が続ける…
「…子供の頃は、それでいい…でも、大人になって、いろんな話をすると、なにかが、違う…最初、それが、なんなのか、気付かない…だが、次期に、それは、父親の愛情の違いであることに気付く…一方は血が繋がっていないにもかかわらず、愛され、一方は、それほど、愛されてない…」
「…」
「…すると、どうなると思う?…」
私は、葉山の質問を考えた…
が、
わからなかった…
答えが出なかった…
だから、
「…わかりません…」
と、答えた…
すると、葉山は、
「…妬む…」
と、短く、言った…
「…妬む?…」
「…あるいは、嫉妬…一方は、血が繋がってない父親に、溺愛され、一方は、冷遇されてる…もっとも、冷遇されてる方も、普段は、自分が、冷遇される事実に気付かない…だが、ここぞって、大切なときに、それに気付く…」
「…どういうことですか?…」
「…例えば、結婚さ…男でも女でも、とりわけ、家柄がいいと、相手の家柄が問題になる…大げさに言えば、血が繋がった実の娘には、大物政治家の息子と結婚させようとし、血が繋がってない娘には、ヤクザ上がりの男の息子と結婚させようとする…」
もはや、誰の話をしているか、痛いほど、わかった…
なにを言いたいのか、わかってきた…
…大場敦子?…
…あの女は一体?…
私は、悩んだ…
悩み抜いた…
すると、私の耳元で、
「…あのお嬢さんも、実子じゃない…母親の連れ子だ…だから、あんなふうに、他人事なんだよ…」
と、いう声がした…
私は、その声の主は、振り返る前に、わかった…
葉山に間違いはなかったからだ…
「…連れ子?…」
私は、呟いた…
それをきっかけに、さまざまなことが読めたというか…
わかってきた…
なぜ、自分の娘をヤクザの息子である、高雄悠(ゆう)と、結婚させて、高雄組の資産を、分捕ろうとしているのか、読めた…
所詮は、自分の血の繋がらない娘だからに、他ならない…
血の繋がらない娘だから、愛情が薄い…
もちろん、世間では、血の繋がらない娘でも、血の繋がった実の娘のように、育てる親は、いるが、残念ながら、それは少数派…
どうしても、血の繋がった自分の子供に比べて、愛情が薄れがちだ…
だから、大場小太郎は、半ば、駒のように、娘の敦子を扱ったのだろう…
まるで、将棋の手持ちの駒のように、扱ったのだろう…
自分の政治活動を有利にする上での駒のように、扱ったのだろう…
そうでなければ、自分の娘をヤクザの息子と、結婚させたいとは、思わない…
そして、大場敦子自身、それを痛感していたのだろう…
私は、思った…
そこまで、考えたとき、
「…大場代議士は、あのお嬢さん以外に、お子さんがいらっしゃるが、あのお嬢さんだけ、父親が別だそうだ…」
葉山が続けた…
葉山の言葉が、私の胸に沁みた…
…それでは?…
…それでは、もしかして、最初から除け者?…
…最初から、家族から除け者?…
考えた…
そして、そう考えると、色々な謎が解けたというか…
最初、私と会ったとき、大きな外車に乗り、ロック歌手のような革ジャンに、していた意味がわかった…
アレは、小心者の私と会うために、わざとしたと思った…
ヤンキーやヤクザが大の苦手な私を脅すというか…
私に対して、優位に立つために、わざとあんな恰好をしているのだと思った…
大場は、私とよく似た外観…
はっきり言って、おとなしめの外観だ…
だから、ヤンキーやヤクザが似合う野生派ではないから、革ジャンは似合わない…
おとなしめの顔に、革ジャンは似合わない…
が、
それは、もしかしたら、大場の精一杯の反抗ではないのか?
自分の置かれた現状に対する、精一杯の反抗ではないのか?
ふいに、思った…
自分だけ、父親の血を引いてない…
その結果、ヤクザの息子と結婚させられるかもしれない…
高雄悠(ゆう)という人物の人間性は、別として、血の繋がった、自分の娘ならば、そもそもヤクザの息子と結婚させようとは、思わなかったに違いない…
そう、大場が、考えても、不思議ではない…
そして、それが、自分の父親が、高雄悠(ゆう)に刺されても、動じないというか、他人事の態度に結びついたのだろう…
そう、思った…
そして、気付いた…
高雄悠(ゆう)と、大場敦子の関係だ…
高雄悠(ゆう)もまた、死んだ、高雄組組長と血が繋がっていない…
しかし、
しかし、だ…
悠(ゆう)は、明らかに、高雄組組長に、溺愛されて、育った…
それは、傍から見ても、わかる…
血が繋がってないにも、かかわらず、杉崎実業の取締役にまで、させてもらった…
単に手持ちの駒ではない…
高雄組組長の正真正銘の息子としての扱いだった…
それを、一体、大場はどう思ったのだろう?
二人とも、父親と、血が繋がっていない…
にもかかわらず、大げさに言えば、扱いが天と地ほども違う…
おそらくは、大場も表面上は、悪い扱いではないに違いない…
なぜなら、大場は、あんな立派な外車を、自分のクルマとして、乗りこなしている…
父親にお金をもらえなければ、あんな外車を買ってくれるわけがない…
だから、表面上は、他の兄弟と差別されていないのかもしれない…
それは、身近に見なければ、わからない…
はっきり言って、大場の家庭に、足を踏み込んでみなければ、わからない…
あるいは、表面上は、同じ扱いでも、家庭の中では、半端にされているかもしれないからだ…
それになにより、大場小太郎は、公人だ…
選挙で、選ばれる、公人だ…
だから、どうしても、プライベートも話題になる…
プライベートも詮索される…
だから、立場上、誰もがわかる形で、自分の子供を差別することなどできない…
まして、一人だけ、自分と血が繋がってないなら、なおさらだ…
あるいは、表面上は、平等に扱っているのかもしれない…
が、
真実は、違うに決まっている…
ヤクザの息子と結婚させて、そのヤクザの資産を分捕ろうとしている…
あくまで、手駒の一つにしか、考えていない…
そんな目論見が、大場には、手に取るようにわかるのであろう…
そして、
そして、
大場がなにを考えているのか、わからなかったが、今、思えば、大場が、なにを心配したのか、よくわかる…
大場は、自分の父親が刺されたとき、父親の大場代議士ではなく、高雄…高雄悠(ゆう)のことを心配していた…
だから、冷静に考えれば、あのとき、気付くべきだった…
大場にとって、大事なのは、父親の大場代議士ではなく、悠(ゆう)だった…
おそらく、悠(ゆう)は、大場と同士だったに違いない…
男と女だから、男女の関係か、どうかまでは、わからない…
しかし、同じく、血の繋がらない父親に育てられたという共通点はある…
しかも、二人とも、お金持ち…
ヤクザと政治家の違いはあれ、話が合うに違いない…
同じく、父親が、血が繋がっていなくても、やはり、お金持ちと、貧乏人というと、語弊があるが、家庭環境があまりにも違うと、話が合わない場合が多い…
そもそも、自分の置かれた環境がまるで、違うから、話が合わない…
例えば、世帯年収500万円の家庭と、5000万の家庭では、話が合わない…
もっと言えば、皇族と、一般人では、意思疎通が、困難な場合があるに違いない…
どうしても、互いに経験のないことは、わからないからだ…
環境は、人間を作る…
環境は、人間を支配する…
お金持ちは、やはり、ガツガツしない人間と言うか、おっとりとした人間が多い…
貧乏人は、その逆…
チャンスを逃さないというか…
どうしても、物事に貪欲になる…
焦らないということができない…
若干、話が逸れたが、だから、同じ金持ち同士だから、大場と悠(ゆう)は、話が合ったに違いない…
ただ、二人には、決定的な差があった…
父親から溺愛されているか、どうかの差だ…
これは、大場にとって、悠(ゆう)が、羨ましかったに違いない…
それが、さっきの
「…こっちの目論見がバレて、逃げた…」
という言葉に繋がったのではないか?
私は、考えた…
が、いずれにしろ、これは、私の妄想と言うか、考えに過ぎない…
真実は、これから、コンビニのバイトが、終わって、大場に聞いてみなければ、わからない…
私は、そう思った…
3時間後、きっちり、バイトが終わって、私はコンビニのユニホームを脱いで、店のバックルームを出ようとした…
すると、その背中に、
「…竹下さん…」
と、いきなり、誰かが、声をかけた…
私は、その声の主を振り返った…
声の主は、当たり前だが、葉山だった…
「…なんですか? 店長?…」
私は、聞いた…
葉山が、一体、なにを言い出すのか、と、思った…
「…運命婚って、言葉、知ってる?…」
いきなり、葉山が聞いた…
「…運命婚…ですか?…」
私は、言った…
運命婚…
この出会いは、運命…
この結婚は、運命…
そういう意味だ…
高雄悠(ゆう)が、使っていた…
「…この結婚は、運命…だから、運命婚って…」
葉山が続ける…
だから、私も考えた…
高雄に出会って、そうそう、プロポーズされたというわけではないが、運命婚の言葉を使われた…
ある意味、口説かれたのかもしれない…
ただし、私は高雄に口説かれたと、思ったことはない…
あるいは、これは、高雄も同じかもしれない…
傍から見れば、私を口説いているように、見えても、本人に、そんな自覚はないことも、結構ある…
天然と今は、よく言われるが、要するに、本人に、その自覚がない場合だ…
だから、あのとき、高雄と初めて、二人きりで、会ったとき、駅のプラットフォームで、話した…
私は、高雄が私を口説いているとは、思ってなかったし、高雄もまた、私を口説いている自覚はなかったと思う…
しかし、見方によっては、あれは、口説いていたのかもしれない…
見る人がみれば、あれは、口説いていたのかもしれない…
そう思った…
思い出した…
そんなふうに、一人、トリップと言うか、自分のことを、考えていると、
「…別に、竹下さんのことを言ってるわけじゃないよ…」
と、葉山が言った…
…エッ?…
…私のことじゃない?…
…だったら、一体、誰のことだ?…
私は、思った…
すると、私の顔を見ながら、
「…あくまで、一般論だよ…一般論…」
と、葉山が言った…
「…一般論?…」
「…そう…一般論…」
言いながら、葉山が続けた…
「…ある家庭があって、別の家庭のひとたちと、子供の頃から、交流がある…ほら、よく父親同士が、学生時代の友人だったり、会社の同僚だったりして、いっしょに、キャンプに行って、バーベキューをしたり、互いの家を訪れたりして、定期的に会ったりする…そして、ある時期に、その家庭の子供同士が、実は、自分は、父親の実の子供ではないという話をする…すると、どうなると思う?…」
「…どうなるって?…」
私は、いきなり、そんな話を振られて、戸惑った…
少し、考えて、
「…仲良くなる…」
と、答えた…
すると、葉山は、満面の笑みで、
「…正解だ…」
と、言った…
「…互いに、境遇が似ている…だから、どうしても、互いに親近感が生まれる…そして、それが思春期の男と女ならば、恋愛に発展する場合が多い…あのひとは、私のことを、誰よりも、わかってくれる…アイツは、誰よりも、オレのことを理解してくれるって…」
葉山が真顔で、言う…
…それって?…
私は、口には出さないが、高雄悠(ゆう)と、大場敦子のことじゃ?
と、考えた…
名前こそ、出さないが、明らかな匂わし…
バカでも、わかる…
「…だから、運命婚…互いに、このひとと出会ったのは、運命って、思う…互いに、置かれた境遇が、同じ…環境も似ている…互いに金持ちで…だから、話が合う…どんな人間と話すよりも、話が合う…」
一体、なにを言いたいのだろう?
この葉山は、一体なにを、私に伝えたいのだろう?
私は、思った…
私は、考えた…
「…しかし、しかし…だ…」
葉山が続ける…
「…子供の頃は、それでいい…でも、大人になって、いろんな話をすると、なにかが、違う…最初、それが、なんなのか、気付かない…だが、次期に、それは、父親の愛情の違いであることに気付く…一方は血が繋がっていないにもかかわらず、愛され、一方は、それほど、愛されてない…」
「…」
「…すると、どうなると思う?…」
私は、葉山の質問を考えた…
が、
わからなかった…
答えが出なかった…
だから、
「…わかりません…」
と、答えた…
すると、葉山は、
「…妬む…」
と、短く、言った…
「…妬む?…」
「…あるいは、嫉妬…一方は、血が繋がってない父親に、溺愛され、一方は、冷遇されてる…もっとも、冷遇されてる方も、普段は、自分が、冷遇される事実に気付かない…だが、ここぞって、大切なときに、それに気付く…」
「…どういうことですか?…」
「…例えば、結婚さ…男でも女でも、とりわけ、家柄がいいと、相手の家柄が問題になる…大げさに言えば、血が繋がった実の娘には、大物政治家の息子と結婚させようとし、血が繋がってない娘には、ヤクザ上がりの男の息子と結婚させようとする…」
もはや、誰の話をしているか、痛いほど、わかった…
なにを言いたいのか、わかってきた…