第49話

文字数 5,209文字

 「…今、必要なのは、お金じゃない…」

 大場が言った…

 それを、私は、頭の中で、反芻した。

 繰り返した…

 大場の言うことは、わかるが、だったら、一体、なんだと言うんだ?

 お金じゃないと言ったら、一体なにが、欲しい?…

 あるいは、必要と、言いたいんだ?…

 いや、

 問題は、そこじゃない!…

 今、必要なのは、お金じゃないというのは、わかるが、それなら、一体、私に、なにを望んで、電話をかけて、きているのか?

 この平凡な竹下クミに、一体、なにを期待して、電話をかけてきたのか?

 大場は、何度も言うように、次期総裁候補にも、名前が取りざたされる、有力議員の娘…

 そんな日本中に知られた有力議員の娘が、一体、私に、電話をかけてきて、どうするつもりなのか?

 こんな平凡極まりない私に、電話をかけてきて、どうするつもりなのか?

 私は、思った…

 そして、それを、口にした。

 「…大場さん…私に、大場さんに力になれることなんて…」

 私は、恐る恐る、言った…

 「…いいえ、竹下さんだから…できる…」

 大場が即答する。

 「…私だから、できる?…」

 思わず、大場の言葉を、反芻した。

 繰り返した。

 …私だから、できないの間違いじゃ…」

 思わず、心の中で、叫んだ…

 と、同時に、やはり、大場は、頭がおかしくなった…

 はっきり言って、父親のピンチに、慌てふためいて、わけがわからなくなった…

 そう、考えた…

 だが、それを言うわけには、いかない…

 口にすることは、できない…

 だから、私は、ふと、考えて、

 「…大場さん…一体、私になにができると言うの?…」

 私は、言ってやった…

 私にできることなんて、あるわけがないからだ…

 「…一体、なにができる? できるわ…」

 大場が、電話の向こうから、嬉しそうに言った…

 「…竹下さんが、高雄さんに、一言、頼めば、高雄さんは、竹下さんの言うことは、なんでも聞く…」

 大場が、早口にまくしたてるように、言った…

 「…私が、頼めば、高雄さんが、なんでも、言うことを聞く?…」

 思わず、私がのけぞるようなことを言った…

 まさに、驚天動地の驚きだった…

 「…そんなこと…」

 私は、つい言ってしまった…

 口をすべらせて、しまった…

 …そんなこと、あるわけない…

 と、本当は言いたかったのだ…

 だが、

 「…そんなことも、こんなこともない…高雄さんは、竹下さんに、首ったけ…竹下さんの言うことなら、どんなことでも、断らない…」

 「…私の言うことなら、どんなことでも、断らない…」

 私は、大場の言葉に絶句した。

 大場のあまりの言葉に、驚いて、言葉を失っていると、

 「…まだ、わからないの、竹下さん…」

 と、大場が強い口調で、言った。

 「…わからない? …なにがわからないの?…」

 「…高雄さんの本命は、竹下さん、アナタよ…それを見破れさせないように、私を含め、竹下さん以外の四人が、すべて、竹下さんに、似た女のコを集めた…」

 衝撃的な事実を、大場は言った…

 その言葉を聞いて、思わず、

 「…ウソ!…」

 と、言った。

 いや、

 つい、言葉に出た…

 「…ウソじゃない…あの杉崎実業に入社予定の五人は全員、似ている…私を含め、全員同じ顔…同じ身長…同じ年齢…なぜだか、わかる?…」

 「…」

 「…それは、竹下さん、アナタに似ているから…私も林もそれで集められた…」

 衝撃的な事実を口にした。

 私は、

 「…」

 と、言葉もなかった…

 すでに、なにを言っていいか、わからない状態だった…

 高雄が、私に気がある?

 あのイケメンの高雄が、私を目当て?

 一体全体、どういうことだ?

 あんなイケメンが、私を狙っていたなんて、一体どういうことだ?

 「…高雄さんは、竹下さんの頼みなら、断らない…」

 大場が言う。

 「…だから…」

 大場が言う…

 そして、いつも強気の大場が、電話の向こう側で、泣いていることが、わかった…

 「…だから…お願い…私に力を貸して…」

 大場が涙ながらに、電話の向こうから、言った…

 ずばり、私に懇願した…

 もしかしたら、これは演技かも?

 一瞬、そんな考えが脳裏をかすめた…

 大場が私を騙している…

 あるいは、

 からかっている…

 不謹慎かもしれないが、一瞬、そんな考えが、脳裏に浮かんだ…

 そもそも、あの美男子の高雄が、私の言いなりになることなど、ありえないからだ…

 だが、もう少し、冷静になって、考えると、それも怪しかった…

 なぜなら、今、大場はピンチ…

 大場の父の大場小太郎代議士は、黒い交際疑惑で、議員生命のかかったピンチだ…

 そんなピンチのときに、わざわざ、私に電話をかけて、私をからかっている暇など、あるわけがなかった…

 だから、なんだか、わからないが、大場は本気…

 本気で、私に頼んでいる…

 懇願している…

 それが、わかった…

 と、そこまで、考えて、

 「…わかった…」

 と、小さく、言った…

 「…ホント?…」

 嬉しそうに、言う声が、電話の向こうから、聞こえた…

 「…私にできることなら…」

 小さく言った…

 小さな声で言った…

 正直、自分になにができるか、さっぱりわからないからだ…

 高雄に会って、一体、自分が、なにをすれば、いいか、わからないからだ…

 「…ありがとう…竹下さん…」

 電話の向こう側から、大場が、心の底から、私に感謝するのが、わかった…

 演技ではない…

 これは、演技ではない…

 なぜだか、さっぱりわからないが、私は、高雄に気に入られてるらしい…

 私自身、さっぱりわからないが、少なくとも、大場はそう思っている…

 あるいは、

 心の底から、そう信じている…

 私は、そう思った…

 「…で、私は、具体的に、なにをすれば、いいの…」

 「…それは…」

 大場が言った…

 私は黙って、それを聞いていた…

 
 大場との電話が終わった後、私は、考えた…
 
 高雄…

 高雄悠(ゆう)…

 考えてみれば、実にミステリアスな存在だ…

 山田会の次期会長候補の息子に生まれたにも、かかわらず、ヤクザというよりも、図書館や花屋が似合う、おとなしめ系の男…

 ヤクザとは、真逆の、非暴力系の男子…

 見るからに、優しく穏やかな、男…

 だが、その実態は…

 私は、考える。

 おそらく、真逆…

 誰よりも、したたかで、狡猾な可能性が高い…

 あのヤクザ界のスター、稲葉五郎が、

 「…悠(ゆう)は、見た目とは、違う…」

 と、私に警告した…

 そして、それを、私は信じた…

 ウソではないと、思った…

 それが、真実…

 真実に他ならない…

 本当のところは、わからないが、そう私に思わせる、なにかが、高雄にあるということだ…

 私は、考える。

 人間の本性は隠せない…

 漫画ではないのだから、常時、演技をすることはできない…

 かつて、父が、私に言ったことがある。

 職場で、同僚を見て、思うのは、仕事ができる、できないではないということだ、と…

 どういうこと?

 と、私が、父に聞くと、

 仕事ができる、仕事ができない…それに、

 仕事ができないフリをしている…

 これが、入る場合が、稀にある、と…

 でも、なぜ、できないフリをしているのか?

 私が、父に尋ねると、

「…理由はひとそれぞれだろう…」

と、父は、答えた…

 一番、単純な理由は、その職場、あるいは、会社が、腰掛けに過ぎないと、当人が、考えている場合…

 なまじ、仕事ができるのを、見せて、仕事をさせられたら、困るからだ…

 そもそも、その会社に長居をすることなど、考えてもいないのに、良い評価を下されたら、困るからだ…

 良い評価=仕事がきつくなる…

 どの会社でも、それが、普通だ(笑)…

 できると、周囲に思われるから、余計に、仕事を任される(苦笑)…

 それが、嫌だから、最初から、できないフリをする…

 そういうことだ(笑)…

 また、そこまで、いかなくても、例えば、単純な話、パソコンのウインドウズのインストールなど、単純なことでも、本当は、できるのに、できないフリをしているのを、見たことがあると、父は言っていた…

 なぜ、できるのに、できないフリをしているのか?

 この場合の理由は、単純で、一度でも、パソコンのウインドウズのインストールをやれば、次からは、必ず、その人間が、職場のパソコンのウインドウズのインストールをやらされるからだ…

 パソコンのウインドウズのインストールに限らず、一度でも、できるのを職場の人間に、見せたら、次からは、その業務は、その人間がやらされる…

 それがわかっているから、あえて、できないフリをする人間は、世の中、結構いる…

 単純に、会社に残る、辞めるという選択肢ではなく、その仕事をできるのを見せることで、次から、その仕事を任されるのを、恐れる、あるいは、嫌がるからだ…

 出世や昇進とは、まるで関係がないような、小さなことでも、普段、自分が、やっていないことを、次から、やらされるのを、目に見えるからこそ、できないフリをする人間は、世の中、いっぱいいる…

 話は、若干それたが、高雄の場合もまた、それに似ている…

 高雄は、長身の爽やかなイケメンで、一見、誰が見ても、非の打ちどころのない好青年に、思えるが、少し、接すると、なにかが、違う…

 心に刺さるというと、大げさだが、なにか、微妙に引っかかることがある…

 それが、なんだか、正直に言って、私には、わからない…

 あるいは、それは、高雄の出生に関係しているのかもしれない…

 高雄は、かつて、自分は、今の家に生まれたのではない、と、私に言っていた…

 途中から、今の家に入ったと…

 高雄の父は、有力ヤクザ…

 だから、もしかしたら、高雄は、高雄の父の愛人の子供なのかもしれない…

 ヤクザに限らず、今は、不倫をする男女は多いが、どうしても、ヤクザの場合は、普通よりも、多いと、考えられる…

 実際、私は、これまで、ヤクザを誰一人知らなかったが、どうしても、そう思ってしまう…

 これは、私に限らず、誰もが思う、世間一般のヤクザ観だろう…

 ヤクザに対する見方だろう…

 そして、もし、高雄が父の愛人の子供で、最初は、別の家庭に生まれて、途中で、今の家庭にもらわれた…あるいは、移ったと考えた場合、心に傷を負うというと、大げさだが、その後の高雄の人格形成に、大きな影響を与えた可能性が高い…

 あるいは、生まれ持っての性格というものは、存在するが、どうしても、生きてゆく上で、身に着いた周囲の環境というものの、存在は大きい…

 無視できない…

 高雄の父が、有力ヤクザと言っても、昔から、有力ヤクザというわけではあるまい…

 ヤクザは世襲制ではない…

 代々、ヤクザを続ける家庭は、決して多くはない…

 ヤクザの子はヤクザということは、当然、あるけれども、いわゆる、山口組の組長を例に挙げれば、わかるように、今の山口組の組長の父親はヤクザではない…

 つまり、世襲ではないということだ…

 オーナー社長が君臨する会社や歌舞伎のように、世襲ではない…

 いわゆる、実力社会…

 だから、昔から、腕っぷしに自信のある、若者が、ヤクザになったのだろう…

 一攫千金というと、大げさだが、腕に覚えがあれば、出世できると、考えたのだろう…

 思えば、あの稲葉五郎など、その好例だろう…

 私は、思った…

 つまり、なにを言いたいかと言えば、高雄は、今は、有力ヤクザの息子だが、高雄が、今の家庭に引き取られたときは、父親は有力ヤクザなどではなかったということだ…

 むしろ、貧乏だった可能性すらある…

 そんな家庭に引き取られた高雄が、どんな性格になったのかは、わからない…

 ただ、高雄を昔から知る稲葉五郎は、高雄の性格がわかっているのだろう…

 だから、私に警告した…

 …悠(ゆう)は見た目とは違うと、警告した…

 その言葉がすべてだろう…

 私は、考える。

 考え続けた…

                
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