第67話

文字数 5,655文字

 「…古賀さんの子供? …」

 私は、一瞬、考えた…

 でも、普通に考えて、その子供が、私であるわけはない…

 普通に考えれば、私の両親…父か母のどちらかが、その古賀さんの子供であるはずだ…

 私の父か母のどちらかが、古賀さんの子供?

 私は、考える…

 たしかに、そう考えると、納得する…

 それに…

 それに、たしか、母は、シングルマザーの家庭で、育った…

 だから、私は、母方の祖父を知らない…

 知っているのは、父方だけだ…

 母は、自分の父は、幼いときに、死んだと聞かされて育ったと、言っていた…

 だったら、母の父親が、亡くなった古賀会長なのか?

 私の母方の祖父が、古賀会長なのか?

 私は、考える。

 「…身に覚えがあるようですね…」

 大場小太郎代議士が、私に声をかける…

 「…母…私の母は、たしかに、シングルマザーの祖母に育てられました…」

 私は、言った…

 「…母は、自分の父親の顔を知りません…」

 私は、続ける。

 私の言葉に、大場小太郎代議士が、無言で、頷いた…

 「…ならば、おそらく、竹下さんのお母さんの父親が、古賀さんなのでしょう…」

 大場代議士が答える。

 「…さっきも、言ったように、古賀さんは、死ぬ直前まで、自分の子供のことを、気にしていました…おそらくは、会えないまでも、どこで、どう暮らしているか、知りたかったのでしょう…誰もがそうですが、自分の死が近付くと、これまで、生きていて、やり残したことや、できなかったことを、考える…そして、一番気になるのが、残された肉親です…古賀さんに、仮に、身近に子供がいても、やはり、どこで、暮らしているか、わからない子供のことが、一番気がかりだったでしょう…」

 大場代議士が説明する。

 私は、その説明を聞きながら、考えた…

 たしか、あの稲葉五郎も初めて、私に会ったときに、

 「…亡くなった古賀会長も亡くなる寸前まで、お嬢のことを、気にかけていて…」

 と、言っていた…

 だが、もしかしたら、稲葉五郎が言った、お嬢とは、私の母かもしれない…

 そう思った…

 だとすれば、年齢的に辻褄が合う…

 いや、

 やはり、それでは、おかしい…

 なぜなら、それが本当ならば、稲葉五郎は、真っ先に、私の母親に会いに来るはずだ…

 それが、なぜか、私に会いに来た…

 これは、おかしい…

 怪しい…

 私は、考える…

 いや、

 それだけではない…

 私は、この大場代議士との会話で、今思い出したが、たしか、あの杉崎実業の内定で、私を含め、5人の女のコが、集まったときに、誰かが、この杉崎実業のことを、ヤクザのフロント企業と、呼んだ…

 あれは、たしかに、大場だった…

 この大場小太郎代議士の娘だった…

 すると、あの時点で、すでに、大場は、杉崎実業が、高雄組のフロント企業であることを、知っていたことになる…

 知っていて、わざと知らないフリをしていて、

 「…この杉崎実業が、暴力団のフロント企業だなんて…」

 と、お芝居をしたことになる…

 いや、

 そもそも、それ以前に、この大場代議士と、高雄は、知り合い…

 つまりは、大場の父親と、高雄悠(ゆう)は、知り合いだから、当然、娘の敦子と高雄は、顔見知りの可能性が高い…

 だから、当初から、大場は、お芝居をしていたことになる…

 なにも知らないフリをして、実は、そのすべてを知っていたことになる…

 だが、

 だとすれば、どうか?

 いや、

 そうではない…

 高雄は、私がなにもわかってないと言った…

 つまりは、私が言った、

 「…高雄が、言った、あの5人の中に、高雄組を乗っ取ろうとしている勢力があり、真逆に、高雄組が、乗っ取ろうとしている勢力がある…」

と、いう言葉が、真実かもしれないという事実だ…

 高雄は、私が、杉崎実業に入社することで、高雄組を乗っ取ると考えたに違いない…

 だが、

 だとすれば、どうだ?

 当然のことながら、私に、そんな力はない…

 もし、あるとすれば、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引く者として、それを利用して、高雄組を乗っ取る…

 それしかない!

 その方法しかない!

 だが、当然のことながら、それができる者は限られる…

 私の身近な者で、それができる人間と言えば…

 …稲葉五郎…

 とっさに、その名前が浮かんだ…

 そして、それが、真実ならば、それまで、一面識もない私に対して、

 「…お嬢…お嬢…」

 と、私を持ち上げて、いたのは、わかる…

 なにしろ、稲葉五郎は、有力ヤクザで、年齢も私の父親ぐらい…

 にもかかわらず、こっちが、困惑するぐらい、私を持ち上げてる…

 それも、これも、私に利用価値があると、考えれば、当たり前だ…

 だが、だとすれば、どうして、高雄は、そんな私を身近に置こうとしたのか?

 謎がある…

 いや、

 謎ではない…

 もし…

 もしも、高雄が、稲葉五郎と同じ目的を持っていたとしたら?

 つまりは、古賀会長の孫と信じる私を手に入れることで、高雄の父が、次期山田会の会長争いの中で、優位に立つことができる…

 そう、考えた可能性が高い…

 いや、

 ならば、私を警戒していたという、先ほどの高雄の発言は、どうなる?

 高雄は、私から、自分の父親を守らなければ、ならない、と、言った…

 この発言を、どう捉える?

 もろ刃の剣…

 とっさに、私の脳裏に、その言葉が浮かんだ…

 もしも、私が、亡くなった古賀会長の孫ならば、お宝…

 紛れもない、お宝だ…

 しかし、そのお宝は、毒というか、扱いが、難しい…

 例えば、純粋に、お宝である、古賀会長の孫である、私を、高雄が手に入れたとしても、実は、私が、例えば、稲葉五郎とすでに、繋がっていたりすると、困る…

 自分は、古賀会長の孫を手に入れたことで、山田会の次期会長の座に、父親を近づけたと思ったのに、実は、すでに、私が、稲葉五郎と繋がっていて、高雄組を乗っ取ろうとしている…

 そんな危険がある…

 そう思ったのではないか?

 私は、思った…

 いや、

 それは、ありえないか?

 仮に、私が、稲葉五郎と結託していたとしても、高雄と結婚して、高雄組に潜入しても、高雄組を乗っ取ることはできないのではないか?

 当たり前だが、同じ山田会で、稲葉五郎が、高雄の父のことを、兄貴と呼んで慕っていた…

 そんな関係の二人が、実は、虎視眈々と、相手を食おうと狙っている…

 果たして、そんなことがあるのだろうか?

 世間一般では、ありふれた出来事かもしれないが、少なくとも、稲葉五郎が、兄貴、兄貴と、高雄の父を慕っていたのは、事実だし、そこに、芝居臭さと言うか…そんな感じは、微塵もしなかった…

 心の底から、信頼しているように、思えた…

 むしろ、それを言えば、高雄の父親の方が、怪しい…

 高雄の父親は、稲葉五郎と真逆…

 今、ここにいる、大場小太郎同様、サラリーマンに見える…

 稲葉五郎が、誰が見ても、一見して、ゴリラのように、ゴツイ顔で、ヤクザに見えるのとは、対照的に、すらりとして、長身で、ヤクザのヤの字も感じない…銀行員かなにかのように思える…

 そして、以前、高雄の父が、稲葉五郎に対して、言った、評価…

 「…いい男ですよ…仮にも、この私のライバルと言われる男です…いい男でなければ、なりません…」

 そう語った…

 その言い方には、強烈な自尊心を感じたものだ…

 高雄の父は、そのとき、

 「…自分は、何事にも、慎重で、これまで、チャンスを逃してきた…」

 「…そんな私にも、チャンスが巡って来た…」

 と、私に語ったものだ…

 それは、控えめの中にも、確固とした決意表明だった…

 山田会の次期会長に立候補する決意表明だった…

 しかし、冷静に考えれば、それもおかしい…

 なぜ、一介の小娘である、私、竹下クミに、向かって、そんな話をするのか?

 普通に考えれば、やはり、稲葉五郎や、息子の悠(ゆう)同様、私を古賀会長の孫と考えて、自分が、山田会の会長になるために有利と、思って、私に接近したのだろう…

 すべては、私を、古賀会長の孫娘と、考えたゆえの行動と言える…

 私は、思った…

 が、

 疑問が残る…

 それは、私自身の疑問だ…

 私が、本当に、古賀会長の孫娘であるのか? 

 という疑問だ…

 たしかに、祖母はシングルマザーで、母を育てたが、祖母の夫が、古賀会長なのかというと、疑問が湧く…

 祖母はすでに、他界したが、その祖母もまた、私の両親同様、真面目なひとだった…

 とてもじゃないが、いくら若くても、ヤクザと結婚していた人間には、見えなかった…

 だから、条件は合うが、本当に、祖母が古賀会長の妻であったのか、大いに疑問だ…

 高雄の父も、高雄も、そして、稲葉五郎もまた、祖母を知らない…

 祖母の人柄を知らない…

 だから、単純に条件が合うから、私が、古賀会長の孫娘と考えた可能性が高い…

 そう思える…

 私が、考えていると、

 「…竹下さんは、おかしい…自分がわかってない…」

 と、高雄が続けた…

 私は、不満が、あったが、

 「…」

 と、黙っていた…

 この場で、私が、高雄になにを言おうと、水掛け論になると、気付いたのだ…

 すでに、言ったように、高雄は、祖母の人柄を知らない…

 だから、私に言わせれば、天地がひっくり返っても、祖母が、ヤクザと結婚するなんて、ありえない…

 それは、断言できる…

 若気の至りという過ちは、誰にもある…

 祖母もまた例外ではないだろう…

 しかし、それにしても、真面目過ぎて、冗談の一つも言えなかった祖母が、いくら若くても、ヤクザと結婚したというのは、ありえない話だった…

 どうしても、信じられない話だった…

 しかし、それを、いくら説明しても、亡くなった祖母の人柄を知らない高雄や、大場代議士に納得してもらうことはできない…

 私は、思った…

 「…ボクは竹下さんが…」

 高雄が続ける。

 が、

 そこで、高雄の声が、途絶えた…

 いくら、なにを言っても、ダメだと気付いたのだろう…

 私は、思った…

 が、

 そうではなかった…

 高雄の視線が、どこかを睨んでいた…

 最初、高雄の視線が、私に向けられているものだと、思ったが、高雄の視線は、私の背後…一瞬、私を見ていると、思ったが、実は私の背後を見ていた…

 つまりは、私の背後に、なにかが、あるということだ…

 私は、高雄同様、振り返って、私の背後を見た…

 大場代議士も、同様だった…

 暗闇で、一瞬、わからなかったが、そこには、長身の人物の影があった…

 その人物がゆっくりと、歩いてこちらに歩いて来る…

 すると、徐々に顔が明らかになった…

 私は、その人物に面識があった…

 すでに、数えるほどだが、会ったことがある…

 それは、高雄の父、高雄組組長だった…

 高雄の父は私たちに近付くと、私や、息子の悠(ゆう)には、目もくれず、

 「…お久しぶりです…」

 と、大場代議士に向かって、一礼した…

 それから、

 「…ご迷惑をおかけしています…」

 と、大場代議士に詫びた…

 私は、正直、わけがわからななかった…

 なんで、ここに、高雄の父親が、現れるのだろう?

 謎だった…

 が、

 大場代議士にとっては、想定内だったようだ…

 「…高雄さん…タイミングが良すぎます…」

 と、言って、笑った…

 「…それは、また…それは、誉め言葉ですか?…」

 「…もちろんです…」

 大場代議士が、笑う…

 「…お互い…子供には、苦労します…」

 大場代議士が言うと、意外にも、高雄の父親は、不機嫌だった…

 「…いえ、息子ではありません…」

 一転して、厳しい顔になった…

 「…息子ではない?…」

 これには、大場代議士も仰天した…

 「…この男は、私の息子を装っていただけです…」

 高雄の父が、仰天の事実を告白する…

 「…息子を装っていただけ? …それは、一体どういう?…」

 「…この男に聞けば、わかります…」

 高雄の父? が、厳しい表情で、続ける…

 「…でも、高雄さんは、息子さんを…」

 つい、私が、口を挟んでしまった…

 本当は、私ごときが、口を出す場面ではなかった…

 だが、高雄の父? は、ヤクザとは思えないほど、コワモテではない…

 むしろ、銀行員とでも呼べそうな律儀で、お堅い印象だった…

 だから、つい、言ってしまった…

 すると、高雄の父? は、私を振り返った…

 「…今まで、泳がせていただけです…」

 静かに、言った…

 「…泳がせていただけ?…」

 「…その通りです…」

 「…でも、高雄さんは、悠(ゆう)さんを、杉崎実業の取締役にして、優遇していたんじゃ…」

 「…この男が使えるから、そうしただけです…」

 けんもほろろな言い分だった…

 その言い方には、情もなにもなかった…

 「…でも、この男も今回は、馬脚を現した…それは、お嬢さんと接したからです…」

 「…私と接したから?…」

 「…偽物は、所詮、偽物…本物と接したときに、馬脚を現す…」

 高雄の父が静かに言った…

                
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