第67話
文字数 5,655文字
「…古賀さんの子供? …」
私は、一瞬、考えた…
でも、普通に考えて、その子供が、私であるわけはない…
普通に考えれば、私の両親…父か母のどちらかが、その古賀さんの子供であるはずだ…
私の父か母のどちらかが、古賀さんの子供?
私は、考える…
たしかに、そう考えると、納得する…
それに…
それに、たしか、母は、シングルマザーの家庭で、育った…
だから、私は、母方の祖父を知らない…
知っているのは、父方だけだ…
母は、自分の父は、幼いときに、死んだと聞かされて育ったと、言っていた…
だったら、母の父親が、亡くなった古賀会長なのか?
私の母方の祖父が、古賀会長なのか?
私は、考える。
「…身に覚えがあるようですね…」
大場小太郎代議士が、私に声をかける…
「…母…私の母は、たしかに、シングルマザーの祖母に育てられました…」
私は、言った…
「…母は、自分の父親の顔を知りません…」
私は、続ける。
私の言葉に、大場小太郎代議士が、無言で、頷いた…
「…ならば、おそらく、竹下さんのお母さんの父親が、古賀さんなのでしょう…」
大場代議士が答える。
「…さっきも、言ったように、古賀さんは、死ぬ直前まで、自分の子供のことを、気にしていました…おそらくは、会えないまでも、どこで、どう暮らしているか、知りたかったのでしょう…誰もがそうですが、自分の死が近付くと、これまで、生きていて、やり残したことや、できなかったことを、考える…そして、一番気になるのが、残された肉親です…古賀さんに、仮に、身近に子供がいても、やはり、どこで、暮らしているか、わからない子供のことが、一番気がかりだったでしょう…」
大場代議士が説明する。
私は、その説明を聞きながら、考えた…
たしか、あの稲葉五郎も初めて、私に会ったときに、
「…亡くなった古賀会長も亡くなる寸前まで、お嬢のことを、気にかけていて…」
と、言っていた…
だが、もしかしたら、稲葉五郎が言った、お嬢とは、私の母かもしれない…
そう思った…
だとすれば、年齢的に辻褄が合う…
いや、
やはり、それでは、おかしい…
なぜなら、それが本当ならば、稲葉五郎は、真っ先に、私の母親に会いに来るはずだ…
それが、なぜか、私に会いに来た…
これは、おかしい…
怪しい…
私は、考える…
いや、
それだけではない…
私は、この大場代議士との会話で、今思い出したが、たしか、あの杉崎実業の内定で、私を含め、5人の女のコが、集まったときに、誰かが、この杉崎実業のことを、ヤクザのフロント企業と、呼んだ…
あれは、たしかに、大場だった…
この大場小太郎代議士の娘だった…
すると、あの時点で、すでに、大場は、杉崎実業が、高雄組のフロント企業であることを、知っていたことになる…
知っていて、わざと知らないフリをしていて、
「…この杉崎実業が、暴力団のフロント企業だなんて…」
と、お芝居をしたことになる…
いや、
そもそも、それ以前に、この大場代議士と、高雄は、知り合い…
つまりは、大場の父親と、高雄悠(ゆう)は、知り合いだから、当然、娘の敦子と高雄は、顔見知りの可能性が高い…
だから、当初から、大場は、お芝居をしていたことになる…
なにも知らないフリをして、実は、そのすべてを知っていたことになる…
だが、
だとすれば、どうか?
いや、
そうではない…
高雄は、私がなにもわかってないと言った…
つまりは、私が言った、
「…高雄が、言った、あの5人の中に、高雄組を乗っ取ろうとしている勢力があり、真逆に、高雄組が、乗っ取ろうとしている勢力がある…」
と、いう言葉が、真実かもしれないという事実だ…
高雄は、私が、杉崎実業に入社することで、高雄組を乗っ取ると考えたに違いない…
だが、
だとすれば、どうだ?
当然のことながら、私に、そんな力はない…
もし、あるとすれば、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引く者として、それを利用して、高雄組を乗っ取る…
それしかない!
その方法しかない!
だが、当然のことながら、それができる者は限られる…
私の身近な者で、それができる人間と言えば…
…稲葉五郎…
とっさに、その名前が浮かんだ…
そして、それが、真実ならば、それまで、一面識もない私に対して、
「…お嬢…お嬢…」
と、私を持ち上げて、いたのは、わかる…
なにしろ、稲葉五郎は、有力ヤクザで、年齢も私の父親ぐらい…
にもかかわらず、こっちが、困惑するぐらい、私を持ち上げてる…
それも、これも、私に利用価値があると、考えれば、当たり前だ…
だが、だとすれば、どうして、高雄は、そんな私を身近に置こうとしたのか?
謎がある…
いや、
謎ではない…
もし…
もしも、高雄が、稲葉五郎と同じ目的を持っていたとしたら?
つまりは、古賀会長の孫と信じる私を手に入れることで、高雄の父が、次期山田会の会長争いの中で、優位に立つことができる…
そう、考えた可能性が高い…
いや、
ならば、私を警戒していたという、先ほどの高雄の発言は、どうなる?
高雄は、私から、自分の父親を守らなければ、ならない、と、言った…
この発言を、どう捉える?
もろ刃の剣…
とっさに、私の脳裏に、その言葉が浮かんだ…
もしも、私が、亡くなった古賀会長の孫ならば、お宝…
紛れもない、お宝だ…
しかし、そのお宝は、毒というか、扱いが、難しい…
例えば、純粋に、お宝である、古賀会長の孫である、私を、高雄が手に入れたとしても、実は、私が、例えば、稲葉五郎とすでに、繋がっていたりすると、困る…
自分は、古賀会長の孫を手に入れたことで、山田会の次期会長の座に、父親を近づけたと思ったのに、実は、すでに、私が、稲葉五郎と繋がっていて、高雄組を乗っ取ろうとしている…
そんな危険がある…
そう思ったのではないか?
私は、思った…
いや、
それは、ありえないか?
仮に、私が、稲葉五郎と結託していたとしても、高雄と結婚して、高雄組に潜入しても、高雄組を乗っ取ることはできないのではないか?
当たり前だが、同じ山田会で、稲葉五郎が、高雄の父のことを、兄貴と呼んで慕っていた…
そんな関係の二人が、実は、虎視眈々と、相手を食おうと狙っている…
果たして、そんなことがあるのだろうか?
世間一般では、ありふれた出来事かもしれないが、少なくとも、稲葉五郎が、兄貴、兄貴と、高雄の父を慕っていたのは、事実だし、そこに、芝居臭さと言うか…そんな感じは、微塵もしなかった…
心の底から、信頼しているように、思えた…
むしろ、それを言えば、高雄の父親の方が、怪しい…
高雄の父親は、稲葉五郎と真逆…
今、ここにいる、大場小太郎同様、サラリーマンに見える…
稲葉五郎が、誰が見ても、一見して、ゴリラのように、ゴツイ顔で、ヤクザに見えるのとは、対照的に、すらりとして、長身で、ヤクザのヤの字も感じない…銀行員かなにかのように思える…
そして、以前、高雄の父が、稲葉五郎に対して、言った、評価…
「…いい男ですよ…仮にも、この私のライバルと言われる男です…いい男でなければ、なりません…」
そう語った…
その言い方には、強烈な自尊心を感じたものだ…
高雄の父は、そのとき、
「…自分は、何事にも、慎重で、これまで、チャンスを逃してきた…」
「…そんな私にも、チャンスが巡って来た…」
と、私に語ったものだ…
それは、控えめの中にも、確固とした決意表明だった…
山田会の次期会長に立候補する決意表明だった…
しかし、冷静に考えれば、それもおかしい…
なぜ、一介の小娘である、私、竹下クミに、向かって、そんな話をするのか?
普通に考えれば、やはり、稲葉五郎や、息子の悠(ゆう)同様、私を古賀会長の孫と考えて、自分が、山田会の会長になるために有利と、思って、私に接近したのだろう…
すべては、私を、古賀会長の孫娘と、考えたゆえの行動と言える…
私は、思った…
が、
疑問が残る…
それは、私自身の疑問だ…
私が、本当に、古賀会長の孫娘であるのか?
という疑問だ…
たしかに、祖母はシングルマザーで、母を育てたが、祖母の夫が、古賀会長なのかというと、疑問が湧く…
祖母はすでに、他界したが、その祖母もまた、私の両親同様、真面目なひとだった…
とてもじゃないが、いくら若くても、ヤクザと結婚していた人間には、見えなかった…
だから、条件は合うが、本当に、祖母が古賀会長の妻であったのか、大いに疑問だ…
高雄の父も、高雄も、そして、稲葉五郎もまた、祖母を知らない…
祖母の人柄を知らない…
だから、単純に条件が合うから、私が、古賀会長の孫娘と考えた可能性が高い…
そう思える…
私が、考えていると、
「…竹下さんは、おかしい…自分がわかってない…」
と、高雄が続けた…
私は、不満が、あったが、
「…」
と、黙っていた…
この場で、私が、高雄になにを言おうと、水掛け論になると、気付いたのだ…
すでに、言ったように、高雄は、祖母の人柄を知らない…
だから、私に言わせれば、天地がひっくり返っても、祖母が、ヤクザと結婚するなんて、ありえない…
それは、断言できる…
若気の至りという過ちは、誰にもある…
祖母もまた例外ではないだろう…
しかし、それにしても、真面目過ぎて、冗談の一つも言えなかった祖母が、いくら若くても、ヤクザと結婚したというのは、ありえない話だった…
どうしても、信じられない話だった…
しかし、それを、いくら説明しても、亡くなった祖母の人柄を知らない高雄や、大場代議士に納得してもらうことはできない…
私は、思った…
「…ボクは竹下さんが…」
高雄が続ける。
が、
そこで、高雄の声が、途絶えた…
いくら、なにを言っても、ダメだと気付いたのだろう…
私は、思った…
が、
そうではなかった…
高雄の視線が、どこかを睨んでいた…
最初、高雄の視線が、私に向けられているものだと、思ったが、高雄の視線は、私の背後…一瞬、私を見ていると、思ったが、実は私の背後を見ていた…
つまりは、私の背後に、なにかが、あるということだ…
私は、高雄同様、振り返って、私の背後を見た…
大場代議士も、同様だった…
暗闇で、一瞬、わからなかったが、そこには、長身の人物の影があった…
その人物がゆっくりと、歩いてこちらに歩いて来る…
すると、徐々に顔が明らかになった…
私は、その人物に面識があった…
すでに、数えるほどだが、会ったことがある…
それは、高雄の父、高雄組組長だった…
高雄の父は私たちに近付くと、私や、息子の悠(ゆう)には、目もくれず、
「…お久しぶりです…」
と、大場代議士に向かって、一礼した…
それから、
「…ご迷惑をおかけしています…」
と、大場代議士に詫びた…
私は、正直、わけがわからななかった…
なんで、ここに、高雄の父親が、現れるのだろう?
謎だった…
が、
大場代議士にとっては、想定内だったようだ…
「…高雄さん…タイミングが良すぎます…」
と、言って、笑った…
「…それは、また…それは、誉め言葉ですか?…」
「…もちろんです…」
大場代議士が、笑う…
「…お互い…子供には、苦労します…」
大場代議士が言うと、意外にも、高雄の父親は、不機嫌だった…
「…いえ、息子ではありません…」
一転して、厳しい顔になった…
「…息子ではない?…」
これには、大場代議士も仰天した…
「…この男は、私の息子を装っていただけです…」
高雄の父が、仰天の事実を告白する…
「…息子を装っていただけ? …それは、一体どういう?…」
「…この男に聞けば、わかります…」
高雄の父? が、厳しい表情で、続ける…
「…でも、高雄さんは、息子さんを…」
つい、私が、口を挟んでしまった…
本当は、私ごときが、口を出す場面ではなかった…
だが、高雄の父? は、ヤクザとは思えないほど、コワモテではない…
むしろ、銀行員とでも呼べそうな律儀で、お堅い印象だった…
だから、つい、言ってしまった…
すると、高雄の父? は、私を振り返った…
「…今まで、泳がせていただけです…」
静かに、言った…
「…泳がせていただけ?…」
「…その通りです…」
「…でも、高雄さんは、悠(ゆう)さんを、杉崎実業の取締役にして、優遇していたんじゃ…」
「…この男が使えるから、そうしただけです…」
けんもほろろな言い分だった…
その言い方には、情もなにもなかった…
「…でも、この男も今回は、馬脚を現した…それは、お嬢さんと接したからです…」
「…私と接したから?…」
「…偽物は、所詮、偽物…本物と接したときに、馬脚を現す…」
高雄の父が静かに言った…
私は、一瞬、考えた…
でも、普通に考えて、その子供が、私であるわけはない…
普通に考えれば、私の両親…父か母のどちらかが、その古賀さんの子供であるはずだ…
私の父か母のどちらかが、古賀さんの子供?
私は、考える…
たしかに、そう考えると、納得する…
それに…
それに、たしか、母は、シングルマザーの家庭で、育った…
だから、私は、母方の祖父を知らない…
知っているのは、父方だけだ…
母は、自分の父は、幼いときに、死んだと聞かされて育ったと、言っていた…
だったら、母の父親が、亡くなった古賀会長なのか?
私の母方の祖父が、古賀会長なのか?
私は、考える。
「…身に覚えがあるようですね…」
大場小太郎代議士が、私に声をかける…
「…母…私の母は、たしかに、シングルマザーの祖母に育てられました…」
私は、言った…
「…母は、自分の父親の顔を知りません…」
私は、続ける。
私の言葉に、大場小太郎代議士が、無言で、頷いた…
「…ならば、おそらく、竹下さんのお母さんの父親が、古賀さんなのでしょう…」
大場代議士が答える。
「…さっきも、言ったように、古賀さんは、死ぬ直前まで、自分の子供のことを、気にしていました…おそらくは、会えないまでも、どこで、どう暮らしているか、知りたかったのでしょう…誰もがそうですが、自分の死が近付くと、これまで、生きていて、やり残したことや、できなかったことを、考える…そして、一番気になるのが、残された肉親です…古賀さんに、仮に、身近に子供がいても、やはり、どこで、暮らしているか、わからない子供のことが、一番気がかりだったでしょう…」
大場代議士が説明する。
私は、その説明を聞きながら、考えた…
たしか、あの稲葉五郎も初めて、私に会ったときに、
「…亡くなった古賀会長も亡くなる寸前まで、お嬢のことを、気にかけていて…」
と、言っていた…
だが、もしかしたら、稲葉五郎が言った、お嬢とは、私の母かもしれない…
そう思った…
だとすれば、年齢的に辻褄が合う…
いや、
やはり、それでは、おかしい…
なぜなら、それが本当ならば、稲葉五郎は、真っ先に、私の母親に会いに来るはずだ…
それが、なぜか、私に会いに来た…
これは、おかしい…
怪しい…
私は、考える…
いや、
それだけではない…
私は、この大場代議士との会話で、今思い出したが、たしか、あの杉崎実業の内定で、私を含め、5人の女のコが、集まったときに、誰かが、この杉崎実業のことを、ヤクザのフロント企業と、呼んだ…
あれは、たしかに、大場だった…
この大場小太郎代議士の娘だった…
すると、あの時点で、すでに、大場は、杉崎実業が、高雄組のフロント企業であることを、知っていたことになる…
知っていて、わざと知らないフリをしていて、
「…この杉崎実業が、暴力団のフロント企業だなんて…」
と、お芝居をしたことになる…
いや、
そもそも、それ以前に、この大場代議士と、高雄は、知り合い…
つまりは、大場の父親と、高雄悠(ゆう)は、知り合いだから、当然、娘の敦子と高雄は、顔見知りの可能性が高い…
だから、当初から、大場は、お芝居をしていたことになる…
なにも知らないフリをして、実は、そのすべてを知っていたことになる…
だが、
だとすれば、どうか?
いや、
そうではない…
高雄は、私がなにもわかってないと言った…
つまりは、私が言った、
「…高雄が、言った、あの5人の中に、高雄組を乗っ取ろうとしている勢力があり、真逆に、高雄組が、乗っ取ろうとしている勢力がある…」
と、いう言葉が、真実かもしれないという事実だ…
高雄は、私が、杉崎実業に入社することで、高雄組を乗っ取ると考えたに違いない…
だが、
だとすれば、どうだ?
当然のことながら、私に、そんな力はない…
もし、あるとすれば、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引く者として、それを利用して、高雄組を乗っ取る…
それしかない!
その方法しかない!
だが、当然のことながら、それができる者は限られる…
私の身近な者で、それができる人間と言えば…
…稲葉五郎…
とっさに、その名前が浮かんだ…
そして、それが、真実ならば、それまで、一面識もない私に対して、
「…お嬢…お嬢…」
と、私を持ち上げて、いたのは、わかる…
なにしろ、稲葉五郎は、有力ヤクザで、年齢も私の父親ぐらい…
にもかかわらず、こっちが、困惑するぐらい、私を持ち上げてる…
それも、これも、私に利用価値があると、考えれば、当たり前だ…
だが、だとすれば、どうして、高雄は、そんな私を身近に置こうとしたのか?
謎がある…
いや、
謎ではない…
もし…
もしも、高雄が、稲葉五郎と同じ目的を持っていたとしたら?
つまりは、古賀会長の孫と信じる私を手に入れることで、高雄の父が、次期山田会の会長争いの中で、優位に立つことができる…
そう、考えた可能性が高い…
いや、
ならば、私を警戒していたという、先ほどの高雄の発言は、どうなる?
高雄は、私から、自分の父親を守らなければ、ならない、と、言った…
この発言を、どう捉える?
もろ刃の剣…
とっさに、私の脳裏に、その言葉が浮かんだ…
もしも、私が、亡くなった古賀会長の孫ならば、お宝…
紛れもない、お宝だ…
しかし、そのお宝は、毒というか、扱いが、難しい…
例えば、純粋に、お宝である、古賀会長の孫である、私を、高雄が手に入れたとしても、実は、私が、例えば、稲葉五郎とすでに、繋がっていたりすると、困る…
自分は、古賀会長の孫を手に入れたことで、山田会の次期会長の座に、父親を近づけたと思ったのに、実は、すでに、私が、稲葉五郎と繋がっていて、高雄組を乗っ取ろうとしている…
そんな危険がある…
そう思ったのではないか?
私は、思った…
いや、
それは、ありえないか?
仮に、私が、稲葉五郎と結託していたとしても、高雄と結婚して、高雄組に潜入しても、高雄組を乗っ取ることはできないのではないか?
当たり前だが、同じ山田会で、稲葉五郎が、高雄の父のことを、兄貴と呼んで慕っていた…
そんな関係の二人が、実は、虎視眈々と、相手を食おうと狙っている…
果たして、そんなことがあるのだろうか?
世間一般では、ありふれた出来事かもしれないが、少なくとも、稲葉五郎が、兄貴、兄貴と、高雄の父を慕っていたのは、事実だし、そこに、芝居臭さと言うか…そんな感じは、微塵もしなかった…
心の底から、信頼しているように、思えた…
むしろ、それを言えば、高雄の父親の方が、怪しい…
高雄の父親は、稲葉五郎と真逆…
今、ここにいる、大場小太郎同様、サラリーマンに見える…
稲葉五郎が、誰が見ても、一見して、ゴリラのように、ゴツイ顔で、ヤクザに見えるのとは、対照的に、すらりとして、長身で、ヤクザのヤの字も感じない…銀行員かなにかのように思える…
そして、以前、高雄の父が、稲葉五郎に対して、言った、評価…
「…いい男ですよ…仮にも、この私のライバルと言われる男です…いい男でなければ、なりません…」
そう語った…
その言い方には、強烈な自尊心を感じたものだ…
高雄の父は、そのとき、
「…自分は、何事にも、慎重で、これまで、チャンスを逃してきた…」
「…そんな私にも、チャンスが巡って来た…」
と、私に語ったものだ…
それは、控えめの中にも、確固とした決意表明だった…
山田会の次期会長に立候補する決意表明だった…
しかし、冷静に考えれば、それもおかしい…
なぜ、一介の小娘である、私、竹下クミに、向かって、そんな話をするのか?
普通に考えれば、やはり、稲葉五郎や、息子の悠(ゆう)同様、私を古賀会長の孫と考えて、自分が、山田会の会長になるために有利と、思って、私に接近したのだろう…
すべては、私を、古賀会長の孫娘と、考えたゆえの行動と言える…
私は、思った…
が、
疑問が残る…
それは、私自身の疑問だ…
私が、本当に、古賀会長の孫娘であるのか?
という疑問だ…
たしかに、祖母はシングルマザーで、母を育てたが、祖母の夫が、古賀会長なのかというと、疑問が湧く…
祖母はすでに、他界したが、その祖母もまた、私の両親同様、真面目なひとだった…
とてもじゃないが、いくら若くても、ヤクザと結婚していた人間には、見えなかった…
だから、条件は合うが、本当に、祖母が古賀会長の妻であったのか、大いに疑問だ…
高雄の父も、高雄も、そして、稲葉五郎もまた、祖母を知らない…
祖母の人柄を知らない…
だから、単純に条件が合うから、私が、古賀会長の孫娘と考えた可能性が高い…
そう思える…
私が、考えていると、
「…竹下さんは、おかしい…自分がわかってない…」
と、高雄が続けた…
私は、不満が、あったが、
「…」
と、黙っていた…
この場で、私が、高雄になにを言おうと、水掛け論になると、気付いたのだ…
すでに、言ったように、高雄は、祖母の人柄を知らない…
だから、私に言わせれば、天地がひっくり返っても、祖母が、ヤクザと結婚するなんて、ありえない…
それは、断言できる…
若気の至りという過ちは、誰にもある…
祖母もまた例外ではないだろう…
しかし、それにしても、真面目過ぎて、冗談の一つも言えなかった祖母が、いくら若くても、ヤクザと結婚したというのは、ありえない話だった…
どうしても、信じられない話だった…
しかし、それを、いくら説明しても、亡くなった祖母の人柄を知らない高雄や、大場代議士に納得してもらうことはできない…
私は、思った…
「…ボクは竹下さんが…」
高雄が続ける。
が、
そこで、高雄の声が、途絶えた…
いくら、なにを言っても、ダメだと気付いたのだろう…
私は、思った…
が、
そうではなかった…
高雄の視線が、どこかを睨んでいた…
最初、高雄の視線が、私に向けられているものだと、思ったが、高雄の視線は、私の背後…一瞬、私を見ていると、思ったが、実は私の背後を見ていた…
つまりは、私の背後に、なにかが、あるということだ…
私は、高雄同様、振り返って、私の背後を見た…
大場代議士も、同様だった…
暗闇で、一瞬、わからなかったが、そこには、長身の人物の影があった…
その人物がゆっくりと、歩いてこちらに歩いて来る…
すると、徐々に顔が明らかになった…
私は、その人物に面識があった…
すでに、数えるほどだが、会ったことがある…
それは、高雄の父、高雄組組長だった…
高雄の父は私たちに近付くと、私や、息子の悠(ゆう)には、目もくれず、
「…お久しぶりです…」
と、大場代議士に向かって、一礼した…
それから、
「…ご迷惑をおかけしています…」
と、大場代議士に詫びた…
私は、正直、わけがわからななかった…
なんで、ここに、高雄の父親が、現れるのだろう?
謎だった…
が、
大場代議士にとっては、想定内だったようだ…
「…高雄さん…タイミングが良すぎます…」
と、言って、笑った…
「…それは、また…それは、誉め言葉ですか?…」
「…もちろんです…」
大場代議士が、笑う…
「…お互い…子供には、苦労します…」
大場代議士が言うと、意外にも、高雄の父親は、不機嫌だった…
「…いえ、息子ではありません…」
一転して、厳しい顔になった…
「…息子ではない?…」
これには、大場代議士も仰天した…
「…この男は、私の息子を装っていただけです…」
高雄の父が、仰天の事実を告白する…
「…息子を装っていただけ? …それは、一体どういう?…」
「…この男に聞けば、わかります…」
高雄の父? が、厳しい表情で、続ける…
「…でも、高雄さんは、息子さんを…」
つい、私が、口を挟んでしまった…
本当は、私ごときが、口を出す場面ではなかった…
だが、高雄の父? は、ヤクザとは思えないほど、コワモテではない…
むしろ、銀行員とでも呼べそうな律儀で、お堅い印象だった…
だから、つい、言ってしまった…
すると、高雄の父? は、私を振り返った…
「…今まで、泳がせていただけです…」
静かに、言った…
「…泳がせていただけ?…」
「…その通りです…」
「…でも、高雄さんは、悠(ゆう)さんを、杉崎実業の取締役にして、優遇していたんじゃ…」
「…この男が使えるから、そうしただけです…」
けんもほろろな言い分だった…
その言い方には、情もなにもなかった…
「…でも、この男も今回は、馬脚を現した…それは、お嬢さんと接したからです…」
「…私と接したから?…」
「…偽物は、所詮、偽物…本物と接したときに、馬脚を現す…」
高雄の父が静かに言った…