第141話

文字数 5,459文字

 …高雄組の資産に目を付けた?…

 あまりにも、意外な言葉だった…

 正直、意味がわからなかった…

 高雄組の資産を大場代議士が狙っていたのは、わかる…

 大場代議士は、父親が、国家公安委員長を過去に勤めていた…

 その関係で、ヤクザ界に目を光らせる役どころとなり、山田会の古賀会長や、稲葉五郎、高雄組組長たちと、交流した…

 彼らを監視するためだ…

 しかし、朱に交われば赤くなる、の例えではないが、ヤクザの資金力に圧倒された…

 文字通り、目を奪われた…

 そして、いつのまにか、彼らの資金力を自分のモノにしたい欲望にかられた…

 その結果、杉崎実業の一件を利用した…

 政府に極秘裏に中国に不正に製品を輸出したことを知った上で、高雄組組長に、杉崎実業の株を買わせ、不正が明るみに出たことで、杉崎実業の株が暴落して、高雄組組長は、大損…

 しかし、国会で、あろうことか、杉崎実業を一時的に国有化する案を提出し、クズ株に成り下がった杉崎実業の株を、40億円で、高雄組から、政府が買い取る案を出し、了承させた…

 ヤクザ組織が、投資した株を事実上、政府が、補填したわけだ…

 前代未聞の珍事だった…

 しかし、杉崎実業を潰せば、中国との関係が悪化すると、説明し、半ば強引に、国会で、了承を取り付けた…

 それを思い出した…

 しかし、いくなんでも、その騒動に、この大場敦子が関わっていたというのか?

 私の頭の中は、混乱した…

 文字通り、混乱した…

 「…敦子…オマエだったのか?…」

 高雄が繰り返す。

 高雄の言葉に、敦子の表情が、変わった…

 文字通り、能面のように、冷ややかな表情になった…

 「…おかしいとは、思っていたんだ…大場さんも、オヤジとは、仲が良かったが、決して、高雄組の金を狙うとか、なんとか、そんな感じじゃなかった…」

 高雄が言う。

 「…でも、ある時期から、なんとなく、大場さんの動きがおかしくなったというか…」

 高雄が続けた…

 「…つまり、冷静に考えれば、誰かに入れ知恵されたんだと思う…それで、オヤジの金を狙うようになったんだ…」

 高雄が、説明する…

 謎解きをする…

 「…要するに、大場さんは、オマエに入れ知恵されて、オヤジの金を狙うようになったわけだ…そして、オレをそそのかして、今度は、大場さんと会わせ、オレが大場さんを刺したことにさせた…そんな絵を描いた上で、オレを匿った…いや、違う…大場さんは、明らかに、オレに刺されたと言っていた…だとすれば、刺したのは、やっぱり、オマエか?…」

 高雄が、大場を追い詰める…

 その間、大場は、身動き一つせず、大きく目を開けて、高雄を凝視した…

 一言も反論しなかった…

 高雄もまた、一通り、話し終えると、

 「…どうなんだ…敦子?…」

 と、言って、黙った…

 大場が、どう反論するか、待った…

 が、

 大場は、すぐには、反論しなかった…

 少しして、

 「…パパは、高雄悠(ゆう)に刺されたと言ったのよ…これは、どう説明するの?…」

 と、ゆっくりと口を開いた…

 「…悠(ゆう)さん…アナタが、パパを刺した…事実は、なにも変わらない…」

 「…ボクは、大場さんを刺してない…」

 高雄が、強い口調で、否定した…

 「…絶対、やってない…」

 高雄が、断言する。

 私には、なにが、なんだか、わからなかった…

 高雄は、絶対に、大場代議士を刺してないと、断言している…

 が、

 刺された、当事者の大場代議士は、高雄に刺されたと、言っていたと、報道にあった…

 つまり、ここでも、互いの証言が、食い違っている…

 どちらかが、ウソを言っている…

 だったら、ウソを言っているのは、どっちだ?

 考える…

 そして、私は、大場代議士の立場になったつもりで、考えた…

 もし、

 もし、

 私が、大場代議士で、娘の敦子に刺されたとして、それを、誰かに言うことができるだろうか?

 考えた…

 普通に考えて、それは、躊躇するに違いない…

 まさか、自分の娘に刺されたことが、公になれば、はっきり言って、自分の政治生命に影響を及ぼしかねない…

 一体、なにが、あったんだ?

 と、世間が訝(いぶか)しがるに決まっている…

 その結果、大場敦子が、血が繋がってない、妻の連れ子であることが、暴露され、ネットや週刊誌に、あること、ないこと書かれて、炎上することが、目に見えてる…

 もはや、政治生命は風前の灯火になるに違いない…

 だったら、その直前に会った、高雄悠(ゆう)に刺されたと言えばいい…

 おそらくは、大場は、高雄悠(ゆう)が、父親の大場代議士と会う時間を、知って、その直後に、大場代議士に会って、刺したのではないだろうか?

 なにしろ、二人の会談は、大場がセッティングしたのだ…

 会う時間も、場所もわかっている…

 突然、脳裏に閃いた…

 あるいは、大場が、

 「…悠(ゆう)さんに刺されたと言えばいい…」

 と、でも、言ったか?

 捨て台詞を吐いたか?

 そうも、思った…

 と、そこまで、考えて、気付いた…

 肝心の動機が、わからない…

 もし、大場代議士を、娘の敦子が、刺したとしても、その動機がわからない…

 まさか、自分だけ、大場代議士と血が繋がってないから、普段から、家族からハブられていた…

 なんてことが、動機であるはずがない…

 もし、本当に、大場が、父親を刺したのであれば、なにか、別の動機があるはずだ…

 もっと、切実な動機があるはずだ…

 私は、ようやく、その事実に気付いた…

 私が、そんなことを考えている最中に、いつのまにか、二人とも、黙り込んでいた…

 結局、どちらかが、やったことを認めるか、あるいは、確実に、言い逃れのできない証拠が見つからない限り、

 …やった!…

 …やってない!…

 の、水掛け論になる…

 二人とも、その事実に気付いたようだ…

 二人が、無言で、睨み合った…

 …一体どうすれば?…

 …どうすれば、この水掛け論に終止符を打つことができるのか?…

 私は、考え込んだ…

 私を含め、三人で、睨み合っても、埒(らち)が明かない…

 当たり前だ…

 なにか、決定的な証拠が必要だ…

 仮に、もし、大場が父親を刺したとしても、なにか決定的な証拠が必要だ…

 私は、思った…

 だから、私は、高雄悠(ゆう)に、

 「…仮に…仮に、大場さんが、大場代議士を刺したとしても、普段から、大場さんは、家族から、冷たい仕打ちとか、受けてたの?…」

 と、聞いた…

 「…冷たい仕打ち?…」

 高雄が返す。

 「…だって、大場さんだけ、父親の大場代議士と血が繋がってないって、聞いたから…」

 私の質問に、高雄は、考え込んだ…

 「…いや、ボクの見るところ、それはなかった…家族水入らずっていうか、大場さんの家族だけで、いるときは、知らないけど、ボクが、オヤジと、大場さんの家族といるときは、半端にされてるところは、見てなかった…」

 高雄が、考えながら、ゆっくりと、言う…

 「…でも、ボクは、所詮、他人だから…本当のところは、わからない…」

 そんな高雄に大場は文字通り、冷笑を浴びせた…

 「…そんなお坊ちゃまだから、ダメなのよ…」

 大場が、高雄を冷笑する。

 「…どういう意味だ?…」

 と、高雄…

 「…悠(ゆう)さん、アナタとの結婚…それが、差別じゃなくて、なんなの?…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…ヤクザの息子と結婚させる…これが、差別じゃなくて、なんなの?…」

 大場が激白する…

 「…パパの血が繋がった私の弟や妹ならば、絶対にヤクザの息子となんて、結婚させようと、なんて、思わない…」

 大場のあまりの勢いに、今度は、高雄が圧倒された…

 「…ちょっと、待て…いつ、ボクが、敦子と結婚することになった?…」

 「…どういう意味?…」

 「…ボクは、オヤジから、そんな話、聞いてないぞ…」

 「…聞いてない?…」

 「…そうだ…オヤジは、敦子と結婚しろ、なんて、一度も言ったことがない…オヤジは、基本的に、ボクの生活に、アレコレ口を挟むことは、なかった…」

 高雄の告白に、大場は、唖然とした表情になった…

 文字通り、言葉を失った…

 そして、しばし間を置いて、

 「…そういうこと…」

 って、小さく呟いた…

 「…そういうことって、どういうことだ?…」

 「…パパの…大場小太郎の独り相撲だったってこと…」

 大場が、小さく呟く…

 私は、二人のやりとりに驚愕した…

 一方は、結婚させるつもりでいて、もう一方では、そんな話は全然聞いてないなんて…

 これは、一体どういうことだ?

 私が、悩んでいると、

 「…そういうことだったんだ…」

 と、再び、大場が繰り返した…

 「…どういう意味だ?…」

 高雄も同じセリフを繰り返す。

 「…パパは、高雄のオジサンに絶対に伝えたわ…でも、高雄さんは、悠(ゆう)さんに、言わなかっただけ…」

 「…どうして、ボクに言わなかったんだ?…」

 「…バカね…だから、お坊ちゃまなの! アナタが可愛いからに決まってるでしょ?…」

 「…可愛いから?…」

 高雄が絶句する…

 「…大物ヤクザの息子と、大物政治家の娘の結婚なんて、最初からうまくいかないことはわかってる…高雄組の資産目当てだって、わかってる…だから、高雄さんは、悠(ゆう)さんには、なにも、伝えなかった…それだけ、アナタが、溺愛されてる証拠よ…」

 大場の言葉に、高雄悠(ゆう)は、絶句した…

 今さらながら、いかに自分が、高雄組組長から、溺愛されてるか、わかった瞬間でもあった…

 「…オヤジが、そんな大事なことをボクに伝えなかったなんて…」

 高雄が呟く。

 「…はっきり言って、大場さんが、高雄組の資産に目をつけていたのは、ある時期から、わかっていた…敦子、オマエとボクを結婚させて、高雄組の資産を狙っていたのは、知っていた…でも、オヤジに直接、敦子と結婚しろって、言われたことは、一度もない…」

 高雄が仰天の告白をする…

 「…ない!…」

 大場が目を見開いて、驚いた…

 「…あんなにパパが言ったのに?…」

 「…ボクは、オヤジに一度だって、敦子との結婚を勧められたことはないよ…もちろん、周りに、そういう空気と言うか、噂というか、そんな雰囲気があったのは、わかっている…でも、一度だって、オヤジから直接、敦子と結婚しろ、なんて、言われたことは、一度もない…オヤジは、ただ、オマエの頭の良さを生かして、生きろと、口癖のように言っていただけだ…」

 「…頭の良さを生かして、生きろ?…」

 私は、つい、口を挟んだ…

 「…オヤジは、以前も言ったが、貧しくて、大学へいけなかったから…でも、頭は良かった…だから、ボクを養子に引き取ってくれたんだ…ボクも自分で言うのもなんだけど、頭はいい方だった…でも、父親はいないから、あのままでは、とても、大学なんていけなかったから…」

 高雄が、私に向かって、言う…

 その言葉で、この悠(ゆう)は、ホントは、自殺した高雄組組長が、昔、付き合っていた女の息子で、あることを思い出した…

 そして、悠(ゆう)の母親は、亡くなった高雄組組長に、

 「…アナタのコよ…」

 と、迫ったが、一目見て、高雄組組長は、自分の子供ではないことがわかった…

 だが、悠(ゆう)は、子供ながら、見るからに利発だった…

 このままでは、自分同様、いかに悠(ゆう)が、優秀でも、家庭が貧しく、大学に進学できないだろうと、思った高雄組組長は、悠(ゆう)を養子に引き取った…

 自分と同じ道を歩ませないためだ…

 要するに、高雄組組長は、幼い悠(ゆう)に、過去の自分を重ねたのだ…

 それゆえ、敦子との結婚を、大場代議士に勧められても、悠(ゆう)に、直接告げることは、なかったのだろう…

 大場代議士の狙いは、見え見せだったし、血が繋がらないとはいえ、溺愛する悠(ゆう)に、そんな結婚をさせるのは、嫌だったのかもしれない…

 だから、

 「…頭の良さを生かしていきろ…」

 と、だけ、言ったのだろう…

 そして、それは、亡くなった高雄組組長の生き方でもあった…

 経済ヤクザとして、名をはせた高雄組組長の生き方でもあった…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…まったく、お坊ちゃんなんだから…」

 と、大場が、冷笑した…

 「…そんな世間知らずだから、騙されるのよ…」

 「…騙される? どういう意味だ?…」

 「…高雄組の資産…今、どうなっているか、わかる?…」

 「なにを言いたい?…」

 「…松尾会の松尾会長…あのお爺ちゃんが、山田会の経済ヤクザに接触して、高雄組の資産を分捕ろうとしているなんて、全然、知らないでしょ?…」

 「…松尾会長が?…」

 「…アナタは、ただのお坊ちゃま…今、自分の周りが、どう変化しているのかもまったく知らない…たぶん、死んだ高雄組組長が、私との結婚を、悠(ゆう)さんに、伝えなかったのも、それが原因…私と結婚すれば、たやすく、パパと私に、高雄組の資産を、横取りにされると、判断したからよ…」

 「…敦子…オマエ、一体、なにを?…」

 「…そして、高雄悠(ゆう)…アナタを、高雄さんが、ヤクザから遠ざけたのは、アナタが経済ヤクザとしても使い物にならないからよ…」

 大場が断言した…

 「…どういうことだ?…」

 「…まだ、わからないの…高雄さんが、どうして、自殺したか? パパが、どうして、悠(ゆう)さんに刺されたと証言したか? すべては、アナタを守るためよ…」

 「…ボクを守る?…」

 「…宋国民…アナタを…」

 仰天の事実を言った…

               

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み