第141話
文字数 5,459文字
…高雄組の資産に目を付けた?…
あまりにも、意外な言葉だった…
正直、意味がわからなかった…
高雄組の資産を大場代議士が狙っていたのは、わかる…
大場代議士は、父親が、国家公安委員長を過去に勤めていた…
その関係で、ヤクザ界に目を光らせる役どころとなり、山田会の古賀会長や、稲葉五郎、高雄組組長たちと、交流した…
彼らを監視するためだ…
しかし、朱に交われば赤くなる、の例えではないが、ヤクザの資金力に圧倒された…
文字通り、目を奪われた…
そして、いつのまにか、彼らの資金力を自分のモノにしたい欲望にかられた…
その結果、杉崎実業の一件を利用した…
政府に極秘裏に中国に不正に製品を輸出したことを知った上で、高雄組組長に、杉崎実業の株を買わせ、不正が明るみに出たことで、杉崎実業の株が暴落して、高雄組組長は、大損…
しかし、国会で、あろうことか、杉崎実業を一時的に国有化する案を提出し、クズ株に成り下がった杉崎実業の株を、40億円で、高雄組から、政府が買い取る案を出し、了承させた…
ヤクザ組織が、投資した株を事実上、政府が、補填したわけだ…
前代未聞の珍事だった…
しかし、杉崎実業を潰せば、中国との関係が悪化すると、説明し、半ば強引に、国会で、了承を取り付けた…
それを思い出した…
しかし、いくなんでも、その騒動に、この大場敦子が関わっていたというのか?
私の頭の中は、混乱した…
文字通り、混乱した…
「…敦子…オマエだったのか?…」
高雄が繰り返す。
高雄の言葉に、敦子の表情が、変わった…
文字通り、能面のように、冷ややかな表情になった…
「…おかしいとは、思っていたんだ…大場さんも、オヤジとは、仲が良かったが、決して、高雄組の金を狙うとか、なんとか、そんな感じじゃなかった…」
高雄が言う。
「…でも、ある時期から、なんとなく、大場さんの動きがおかしくなったというか…」
高雄が続けた…
「…つまり、冷静に考えれば、誰かに入れ知恵されたんだと思う…それで、オヤジの金を狙うようになったんだ…」
高雄が、説明する…
謎解きをする…
「…要するに、大場さんは、オマエに入れ知恵されて、オヤジの金を狙うようになったわけだ…そして、オレをそそのかして、今度は、大場さんと会わせ、オレが大場さんを刺したことにさせた…そんな絵を描いた上で、オレを匿った…いや、違う…大場さんは、明らかに、オレに刺されたと言っていた…だとすれば、刺したのは、やっぱり、オマエか?…」
高雄が、大場を追い詰める…
その間、大場は、身動き一つせず、大きく目を開けて、高雄を凝視した…
一言も反論しなかった…
高雄もまた、一通り、話し終えると、
「…どうなんだ…敦子?…」
と、言って、黙った…
大場が、どう反論するか、待った…
が、
大場は、すぐには、反論しなかった…
少しして、
「…パパは、高雄悠(ゆう)に刺されたと言ったのよ…これは、どう説明するの?…」
と、ゆっくりと口を開いた…
「…悠(ゆう)さん…アナタが、パパを刺した…事実は、なにも変わらない…」
「…ボクは、大場さんを刺してない…」
高雄が、強い口調で、否定した…
「…絶対、やってない…」
高雄が、断言する。
私には、なにが、なんだか、わからなかった…
高雄は、絶対に、大場代議士を刺してないと、断言している…
が、
刺された、当事者の大場代議士は、高雄に刺されたと、言っていたと、報道にあった…
つまり、ここでも、互いの証言が、食い違っている…
どちらかが、ウソを言っている…
だったら、ウソを言っているのは、どっちだ?
考える…
そして、私は、大場代議士の立場になったつもりで、考えた…
もし、
もし、
私が、大場代議士で、娘の敦子に刺されたとして、それを、誰かに言うことができるだろうか?
考えた…
普通に考えて、それは、躊躇するに違いない…
まさか、自分の娘に刺されたことが、公になれば、はっきり言って、自分の政治生命に影響を及ぼしかねない…
一体、なにが、あったんだ?
と、世間が訝(いぶか)しがるに決まっている…
その結果、大場敦子が、血が繋がってない、妻の連れ子であることが、暴露され、ネットや週刊誌に、あること、ないこと書かれて、炎上することが、目に見えてる…
もはや、政治生命は風前の灯火になるに違いない…
だったら、その直前に会った、高雄悠(ゆう)に刺されたと言えばいい…
おそらくは、大場は、高雄悠(ゆう)が、父親の大場代議士と会う時間を、知って、その直後に、大場代議士に会って、刺したのではないだろうか?
なにしろ、二人の会談は、大場がセッティングしたのだ…
会う時間も、場所もわかっている…
突然、脳裏に閃いた…
あるいは、大場が、
「…悠(ゆう)さんに刺されたと言えばいい…」
と、でも、言ったか?
捨て台詞を吐いたか?
そうも、思った…
と、そこまで、考えて、気付いた…
肝心の動機が、わからない…
もし、大場代議士を、娘の敦子が、刺したとしても、その動機がわからない…
まさか、自分だけ、大場代議士と血が繋がってないから、普段から、家族からハブられていた…
なんてことが、動機であるはずがない…
もし、本当に、大場が、父親を刺したのであれば、なにか、別の動機があるはずだ…
もっと、切実な動機があるはずだ…
私は、ようやく、その事実に気付いた…
私が、そんなことを考えている最中に、いつのまにか、二人とも、黙り込んでいた…
結局、どちらかが、やったことを認めるか、あるいは、確実に、言い逃れのできない証拠が見つからない限り、
…やった!…
…やってない!…
の、水掛け論になる…
二人とも、その事実に気付いたようだ…
二人が、無言で、睨み合った…
…一体どうすれば?…
…どうすれば、この水掛け論に終止符を打つことができるのか?…
私は、考え込んだ…
私を含め、三人で、睨み合っても、埒(らち)が明かない…
当たり前だ…
なにか、決定的な証拠が必要だ…
仮に、もし、大場が父親を刺したとしても、なにか決定的な証拠が必要だ…
私は、思った…
だから、私は、高雄悠(ゆう)に、
「…仮に…仮に、大場さんが、大場代議士を刺したとしても、普段から、大場さんは、家族から、冷たい仕打ちとか、受けてたの?…」
と、聞いた…
「…冷たい仕打ち?…」
高雄が返す。
「…だって、大場さんだけ、父親の大場代議士と血が繋がってないって、聞いたから…」
私の質問に、高雄は、考え込んだ…
「…いや、ボクの見るところ、それはなかった…家族水入らずっていうか、大場さんの家族だけで、いるときは、知らないけど、ボクが、オヤジと、大場さんの家族といるときは、半端にされてるところは、見てなかった…」
高雄が、考えながら、ゆっくりと、言う…
「…でも、ボクは、所詮、他人だから…本当のところは、わからない…」
そんな高雄に大場は文字通り、冷笑を浴びせた…
「…そんなお坊ちゃまだから、ダメなのよ…」
大場が、高雄を冷笑する。
「…どういう意味だ?…」
と、高雄…
「…悠(ゆう)さん、アナタとの結婚…それが、差別じゃなくて、なんなの?…」
「…どういう意味だ?…」
「…ヤクザの息子と結婚させる…これが、差別じゃなくて、なんなの?…」
大場が激白する…
「…パパの血が繋がった私の弟や妹ならば、絶対にヤクザの息子となんて、結婚させようと、なんて、思わない…」
大場のあまりの勢いに、今度は、高雄が圧倒された…
「…ちょっと、待て…いつ、ボクが、敦子と結婚することになった?…」
「…どういう意味?…」
「…ボクは、オヤジから、そんな話、聞いてないぞ…」
「…聞いてない?…」
「…そうだ…オヤジは、敦子と結婚しろ、なんて、一度も言ったことがない…オヤジは、基本的に、ボクの生活に、アレコレ口を挟むことは、なかった…」
高雄の告白に、大場は、唖然とした表情になった…
文字通り、言葉を失った…
そして、しばし間を置いて、
「…そういうこと…」
って、小さく呟いた…
「…そういうことって、どういうことだ?…」
「…パパの…大場小太郎の独り相撲だったってこと…」
大場が、小さく呟く…
私は、二人のやりとりに驚愕した…
一方は、結婚させるつもりでいて、もう一方では、そんな話は全然聞いてないなんて…
これは、一体どういうことだ?
私が、悩んでいると、
「…そういうことだったんだ…」
と、再び、大場が繰り返した…
「…どういう意味だ?…」
高雄も同じセリフを繰り返す。
「…パパは、高雄のオジサンに絶対に伝えたわ…でも、高雄さんは、悠(ゆう)さんに、言わなかっただけ…」
「…どうして、ボクに言わなかったんだ?…」
「…バカね…だから、お坊ちゃまなの! アナタが可愛いからに決まってるでしょ?…」
「…可愛いから?…」
高雄が絶句する…
「…大物ヤクザの息子と、大物政治家の娘の結婚なんて、最初からうまくいかないことはわかってる…高雄組の資産目当てだって、わかってる…だから、高雄さんは、悠(ゆう)さんには、なにも、伝えなかった…それだけ、アナタが、溺愛されてる証拠よ…」
大場の言葉に、高雄悠(ゆう)は、絶句した…
今さらながら、いかに自分が、高雄組組長から、溺愛されてるか、わかった瞬間でもあった…
「…オヤジが、そんな大事なことをボクに伝えなかったなんて…」
高雄が呟く。
「…はっきり言って、大場さんが、高雄組の資産に目をつけていたのは、ある時期から、わかっていた…敦子、オマエとボクを結婚させて、高雄組の資産を狙っていたのは、知っていた…でも、オヤジに直接、敦子と結婚しろって、言われたことは、一度もない…」
高雄が仰天の告白をする…
「…ない!…」
大場が目を見開いて、驚いた…
「…あんなにパパが言ったのに?…」
「…ボクは、オヤジに一度だって、敦子との結婚を勧められたことはないよ…もちろん、周りに、そういう空気と言うか、噂というか、そんな雰囲気があったのは、わかっている…でも、一度だって、オヤジから直接、敦子と結婚しろ、なんて、言われたことは、一度もない…オヤジは、ただ、オマエの頭の良さを生かして、生きろと、口癖のように言っていただけだ…」
「…頭の良さを生かして、生きろ?…」
私は、つい、口を挟んだ…
「…オヤジは、以前も言ったが、貧しくて、大学へいけなかったから…でも、頭は良かった…だから、ボクを養子に引き取ってくれたんだ…ボクも自分で言うのもなんだけど、頭はいい方だった…でも、父親はいないから、あのままでは、とても、大学なんていけなかったから…」
高雄が、私に向かって、言う…
その言葉で、この悠(ゆう)は、ホントは、自殺した高雄組組長が、昔、付き合っていた女の息子で、あることを思い出した…
そして、悠(ゆう)の母親は、亡くなった高雄組組長に、
「…アナタのコよ…」
と、迫ったが、一目見て、高雄組組長は、自分の子供ではないことがわかった…
だが、悠(ゆう)は、子供ながら、見るからに利発だった…
このままでは、自分同様、いかに悠(ゆう)が、優秀でも、家庭が貧しく、大学に進学できないだろうと、思った高雄組組長は、悠(ゆう)を養子に引き取った…
自分と同じ道を歩ませないためだ…
要するに、高雄組組長は、幼い悠(ゆう)に、過去の自分を重ねたのだ…
それゆえ、敦子との結婚を、大場代議士に勧められても、悠(ゆう)に、直接告げることは、なかったのだろう…
大場代議士の狙いは、見え見せだったし、血が繋がらないとはいえ、溺愛する悠(ゆう)に、そんな結婚をさせるのは、嫌だったのかもしれない…
だから、
「…頭の良さを生かしていきろ…」
と、だけ、言ったのだろう…
そして、それは、亡くなった高雄組組長の生き方でもあった…
経済ヤクザとして、名をはせた高雄組組長の生き方でもあった…
私が、そんなことを、考えていると、
「…まったく、お坊ちゃんなんだから…」
と、大場が、冷笑した…
「…そんな世間知らずだから、騙されるのよ…」
「…騙される? どういう意味だ?…」
「…高雄組の資産…今、どうなっているか、わかる?…」
「なにを言いたい?…」
「…松尾会の松尾会長…あのお爺ちゃんが、山田会の経済ヤクザに接触して、高雄組の資産を分捕ろうとしているなんて、全然、知らないでしょ?…」
「…松尾会長が?…」
「…アナタは、ただのお坊ちゃま…今、自分の周りが、どう変化しているのかもまったく知らない…たぶん、死んだ高雄組組長が、私との結婚を、悠(ゆう)さんに、伝えなかったのも、それが原因…私と結婚すれば、たやすく、パパと私に、高雄組の資産を、横取りにされると、判断したからよ…」
「…敦子…オマエ、一体、なにを?…」
「…そして、高雄悠(ゆう)…アナタを、高雄さんが、ヤクザから遠ざけたのは、アナタが経済ヤクザとしても使い物にならないからよ…」
大場が断言した…
「…どういうことだ?…」
「…まだ、わからないの…高雄さんが、どうして、自殺したか? パパが、どうして、悠(ゆう)さんに刺されたと証言したか? すべては、アナタを守るためよ…」
「…ボクを守る?…」
「…宋国民…アナタを…」
仰天の事実を言った…
あまりにも、意外な言葉だった…
正直、意味がわからなかった…
高雄組の資産を大場代議士が狙っていたのは、わかる…
大場代議士は、父親が、国家公安委員長を過去に勤めていた…
その関係で、ヤクザ界に目を光らせる役どころとなり、山田会の古賀会長や、稲葉五郎、高雄組組長たちと、交流した…
彼らを監視するためだ…
しかし、朱に交われば赤くなる、の例えではないが、ヤクザの資金力に圧倒された…
文字通り、目を奪われた…
そして、いつのまにか、彼らの資金力を自分のモノにしたい欲望にかられた…
その結果、杉崎実業の一件を利用した…
政府に極秘裏に中国に不正に製品を輸出したことを知った上で、高雄組組長に、杉崎実業の株を買わせ、不正が明るみに出たことで、杉崎実業の株が暴落して、高雄組組長は、大損…
しかし、国会で、あろうことか、杉崎実業を一時的に国有化する案を提出し、クズ株に成り下がった杉崎実業の株を、40億円で、高雄組から、政府が買い取る案を出し、了承させた…
ヤクザ組織が、投資した株を事実上、政府が、補填したわけだ…
前代未聞の珍事だった…
しかし、杉崎実業を潰せば、中国との関係が悪化すると、説明し、半ば強引に、国会で、了承を取り付けた…
それを思い出した…
しかし、いくなんでも、その騒動に、この大場敦子が関わっていたというのか?
私の頭の中は、混乱した…
文字通り、混乱した…
「…敦子…オマエだったのか?…」
高雄が繰り返す。
高雄の言葉に、敦子の表情が、変わった…
文字通り、能面のように、冷ややかな表情になった…
「…おかしいとは、思っていたんだ…大場さんも、オヤジとは、仲が良かったが、決して、高雄組の金を狙うとか、なんとか、そんな感じじゃなかった…」
高雄が言う。
「…でも、ある時期から、なんとなく、大場さんの動きがおかしくなったというか…」
高雄が続けた…
「…つまり、冷静に考えれば、誰かに入れ知恵されたんだと思う…それで、オヤジの金を狙うようになったんだ…」
高雄が、説明する…
謎解きをする…
「…要するに、大場さんは、オマエに入れ知恵されて、オヤジの金を狙うようになったわけだ…そして、オレをそそのかして、今度は、大場さんと会わせ、オレが大場さんを刺したことにさせた…そんな絵を描いた上で、オレを匿った…いや、違う…大場さんは、明らかに、オレに刺されたと言っていた…だとすれば、刺したのは、やっぱり、オマエか?…」
高雄が、大場を追い詰める…
その間、大場は、身動き一つせず、大きく目を開けて、高雄を凝視した…
一言も反論しなかった…
高雄もまた、一通り、話し終えると、
「…どうなんだ…敦子?…」
と、言って、黙った…
大場が、どう反論するか、待った…
が、
大場は、すぐには、反論しなかった…
少しして、
「…パパは、高雄悠(ゆう)に刺されたと言ったのよ…これは、どう説明するの?…」
と、ゆっくりと口を開いた…
「…悠(ゆう)さん…アナタが、パパを刺した…事実は、なにも変わらない…」
「…ボクは、大場さんを刺してない…」
高雄が、強い口調で、否定した…
「…絶対、やってない…」
高雄が、断言する。
私には、なにが、なんだか、わからなかった…
高雄は、絶対に、大場代議士を刺してないと、断言している…
が、
刺された、当事者の大場代議士は、高雄に刺されたと、言っていたと、報道にあった…
つまり、ここでも、互いの証言が、食い違っている…
どちらかが、ウソを言っている…
だったら、ウソを言っているのは、どっちだ?
考える…
そして、私は、大場代議士の立場になったつもりで、考えた…
もし、
もし、
私が、大場代議士で、娘の敦子に刺されたとして、それを、誰かに言うことができるだろうか?
考えた…
普通に考えて、それは、躊躇するに違いない…
まさか、自分の娘に刺されたことが、公になれば、はっきり言って、自分の政治生命に影響を及ぼしかねない…
一体、なにが、あったんだ?
と、世間が訝(いぶか)しがるに決まっている…
その結果、大場敦子が、血が繋がってない、妻の連れ子であることが、暴露され、ネットや週刊誌に、あること、ないこと書かれて、炎上することが、目に見えてる…
もはや、政治生命は風前の灯火になるに違いない…
だったら、その直前に会った、高雄悠(ゆう)に刺されたと言えばいい…
おそらくは、大場は、高雄悠(ゆう)が、父親の大場代議士と会う時間を、知って、その直後に、大場代議士に会って、刺したのではないだろうか?
なにしろ、二人の会談は、大場がセッティングしたのだ…
会う時間も、場所もわかっている…
突然、脳裏に閃いた…
あるいは、大場が、
「…悠(ゆう)さんに刺されたと言えばいい…」
と、でも、言ったか?
捨て台詞を吐いたか?
そうも、思った…
と、そこまで、考えて、気付いた…
肝心の動機が、わからない…
もし、大場代議士を、娘の敦子が、刺したとしても、その動機がわからない…
まさか、自分だけ、大場代議士と血が繋がってないから、普段から、家族からハブられていた…
なんてことが、動機であるはずがない…
もし、本当に、大場が、父親を刺したのであれば、なにか、別の動機があるはずだ…
もっと、切実な動機があるはずだ…
私は、ようやく、その事実に気付いた…
私が、そんなことを考えている最中に、いつのまにか、二人とも、黙り込んでいた…
結局、どちらかが、やったことを認めるか、あるいは、確実に、言い逃れのできない証拠が見つからない限り、
…やった!…
…やってない!…
の、水掛け論になる…
二人とも、その事実に気付いたようだ…
二人が、無言で、睨み合った…
…一体どうすれば?…
…どうすれば、この水掛け論に終止符を打つことができるのか?…
私は、考え込んだ…
私を含め、三人で、睨み合っても、埒(らち)が明かない…
当たり前だ…
なにか、決定的な証拠が必要だ…
仮に、もし、大場が父親を刺したとしても、なにか決定的な証拠が必要だ…
私は、思った…
だから、私は、高雄悠(ゆう)に、
「…仮に…仮に、大場さんが、大場代議士を刺したとしても、普段から、大場さんは、家族から、冷たい仕打ちとか、受けてたの?…」
と、聞いた…
「…冷たい仕打ち?…」
高雄が返す。
「…だって、大場さんだけ、父親の大場代議士と血が繋がってないって、聞いたから…」
私の質問に、高雄は、考え込んだ…
「…いや、ボクの見るところ、それはなかった…家族水入らずっていうか、大場さんの家族だけで、いるときは、知らないけど、ボクが、オヤジと、大場さんの家族といるときは、半端にされてるところは、見てなかった…」
高雄が、考えながら、ゆっくりと、言う…
「…でも、ボクは、所詮、他人だから…本当のところは、わからない…」
そんな高雄に大場は文字通り、冷笑を浴びせた…
「…そんなお坊ちゃまだから、ダメなのよ…」
大場が、高雄を冷笑する。
「…どういう意味だ?…」
と、高雄…
「…悠(ゆう)さん、アナタとの結婚…それが、差別じゃなくて、なんなの?…」
「…どういう意味だ?…」
「…ヤクザの息子と結婚させる…これが、差別じゃなくて、なんなの?…」
大場が激白する…
「…パパの血が繋がった私の弟や妹ならば、絶対にヤクザの息子となんて、結婚させようと、なんて、思わない…」
大場のあまりの勢いに、今度は、高雄が圧倒された…
「…ちょっと、待て…いつ、ボクが、敦子と結婚することになった?…」
「…どういう意味?…」
「…ボクは、オヤジから、そんな話、聞いてないぞ…」
「…聞いてない?…」
「…そうだ…オヤジは、敦子と結婚しろ、なんて、一度も言ったことがない…オヤジは、基本的に、ボクの生活に、アレコレ口を挟むことは、なかった…」
高雄の告白に、大場は、唖然とした表情になった…
文字通り、言葉を失った…
そして、しばし間を置いて、
「…そういうこと…」
って、小さく呟いた…
「…そういうことって、どういうことだ?…」
「…パパの…大場小太郎の独り相撲だったってこと…」
大場が、小さく呟く…
私は、二人のやりとりに驚愕した…
一方は、結婚させるつもりでいて、もう一方では、そんな話は全然聞いてないなんて…
これは、一体どういうことだ?
私が、悩んでいると、
「…そういうことだったんだ…」
と、再び、大場が繰り返した…
「…どういう意味だ?…」
高雄も同じセリフを繰り返す。
「…パパは、高雄のオジサンに絶対に伝えたわ…でも、高雄さんは、悠(ゆう)さんに、言わなかっただけ…」
「…どうして、ボクに言わなかったんだ?…」
「…バカね…だから、お坊ちゃまなの! アナタが可愛いからに決まってるでしょ?…」
「…可愛いから?…」
高雄が絶句する…
「…大物ヤクザの息子と、大物政治家の娘の結婚なんて、最初からうまくいかないことはわかってる…高雄組の資産目当てだって、わかってる…だから、高雄さんは、悠(ゆう)さんには、なにも、伝えなかった…それだけ、アナタが、溺愛されてる証拠よ…」
大場の言葉に、高雄悠(ゆう)は、絶句した…
今さらながら、いかに自分が、高雄組組長から、溺愛されてるか、わかった瞬間でもあった…
「…オヤジが、そんな大事なことをボクに伝えなかったなんて…」
高雄が呟く。
「…はっきり言って、大場さんが、高雄組の資産に目をつけていたのは、ある時期から、わかっていた…敦子、オマエとボクを結婚させて、高雄組の資産を狙っていたのは、知っていた…でも、オヤジに直接、敦子と結婚しろって、言われたことは、一度もない…」
高雄が仰天の告白をする…
「…ない!…」
大場が目を見開いて、驚いた…
「…あんなにパパが言ったのに?…」
「…ボクは、オヤジに一度だって、敦子との結婚を勧められたことはないよ…もちろん、周りに、そういう空気と言うか、噂というか、そんな雰囲気があったのは、わかっている…でも、一度だって、オヤジから直接、敦子と結婚しろ、なんて、言われたことは、一度もない…オヤジは、ただ、オマエの頭の良さを生かして、生きろと、口癖のように言っていただけだ…」
「…頭の良さを生かして、生きろ?…」
私は、つい、口を挟んだ…
「…オヤジは、以前も言ったが、貧しくて、大学へいけなかったから…でも、頭は良かった…だから、ボクを養子に引き取ってくれたんだ…ボクも自分で言うのもなんだけど、頭はいい方だった…でも、父親はいないから、あのままでは、とても、大学なんていけなかったから…」
高雄が、私に向かって、言う…
その言葉で、この悠(ゆう)は、ホントは、自殺した高雄組組長が、昔、付き合っていた女の息子で、あることを思い出した…
そして、悠(ゆう)の母親は、亡くなった高雄組組長に、
「…アナタのコよ…」
と、迫ったが、一目見て、高雄組組長は、自分の子供ではないことがわかった…
だが、悠(ゆう)は、子供ながら、見るからに利発だった…
このままでは、自分同様、いかに悠(ゆう)が、優秀でも、家庭が貧しく、大学に進学できないだろうと、思った高雄組組長は、悠(ゆう)を養子に引き取った…
自分と同じ道を歩ませないためだ…
要するに、高雄組組長は、幼い悠(ゆう)に、過去の自分を重ねたのだ…
それゆえ、敦子との結婚を、大場代議士に勧められても、悠(ゆう)に、直接告げることは、なかったのだろう…
大場代議士の狙いは、見え見せだったし、血が繋がらないとはいえ、溺愛する悠(ゆう)に、そんな結婚をさせるのは、嫌だったのかもしれない…
だから、
「…頭の良さを生かしていきろ…」
と、だけ、言ったのだろう…
そして、それは、亡くなった高雄組組長の生き方でもあった…
経済ヤクザとして、名をはせた高雄組組長の生き方でもあった…
私が、そんなことを、考えていると、
「…まったく、お坊ちゃんなんだから…」
と、大場が、冷笑した…
「…そんな世間知らずだから、騙されるのよ…」
「…騙される? どういう意味だ?…」
「…高雄組の資産…今、どうなっているか、わかる?…」
「なにを言いたい?…」
「…松尾会の松尾会長…あのお爺ちゃんが、山田会の経済ヤクザに接触して、高雄組の資産を分捕ろうとしているなんて、全然、知らないでしょ?…」
「…松尾会長が?…」
「…アナタは、ただのお坊ちゃま…今、自分の周りが、どう変化しているのかもまったく知らない…たぶん、死んだ高雄組組長が、私との結婚を、悠(ゆう)さんに、伝えなかったのも、それが原因…私と結婚すれば、たやすく、パパと私に、高雄組の資産を、横取りにされると、判断したからよ…」
「…敦子…オマエ、一体、なにを?…」
「…そして、高雄悠(ゆう)…アナタを、高雄さんが、ヤクザから遠ざけたのは、アナタが経済ヤクザとしても使い物にならないからよ…」
大場が断言した…
「…どういうことだ?…」
「…まだ、わからないの…高雄さんが、どうして、自殺したか? パパが、どうして、悠(ゆう)さんに刺されたと証言したか? すべては、アナタを守るためよ…」
「…ボクを守る?…」
「…宋国民…アナタを…」
仰天の事実を言った…