第111話
文字数 4,702文字
「…じゃ…乗って…」
大場が言った…
私は、大場の声で、現実に戻ったというか…
あらためて、自分自身の置かれた状況を考えた…
…終わってない!…
…まだ、なにも、終わってない!…
今さらながら、思った…
杉崎実業に端を発した、今回の騒動が終わっていれば、こうして、大場が私を誘うことなど、ないに違いないからだ…
次期総理総裁候補の娘が、この平凡な竹下クミを誘うことなど、ないに違いないからだ…
私になにが、あるか、わからないが、利用価値はあるに違いない…
あらためて、そう思いながら、私は、大場の言葉に従って、大場の運転するクルマに乗った…
当然のことながら、大場がハンドルを握る…
私は、真っ先に、大場に、
「…このクルマ…なんて、クルマ?…」
と、聞いた…
どうしても、聞いてみたかったのだ…
大場は、私の質問に、怪訝な表情を浮かべたが、
「…別に…ただの国産車よ…」
と、言っただけだった…
だが、私は、追及の手を緩めなかった…
「…車名は?…どこのメーカー?…」
大場は、私の追及に、不満な表情を見せたが、
「…マツダよ…マツダ3のセダン…恰好が好きなの…」
大場が告げる…
「…真っ赤な色が、これほど似合うクルマもない…一言で言って、セクシーっていうか…単純にこのクルマが好きなの…」
大場が告白する…
たしかに、今は、すでに乗車してしまったから、このクルマの外観は見えないが、このクルマは、カッコよかった…
あまり、クルマに興味のない私でも、カッコイイのは、わかった…
すると、前回、大場が、ベンツGクラスに乗ってきたのは、ヤンキーを気取るためと思っていたが、違うのだろうか?
私は、考えた…
私を脅すために、わざと、あんな大きなクルマに乗って、革ジャンを着て、やって来た…
すべては、私を脅すため…
私、竹下クミが、ヤンキーがヤクザといった、いわば暴力の匂いのする輩(やから)が大の苦手と、事前に調べて、わざと、ヤンキー系になりすますためにやったと思ったが、違うのだろうか?
私は、思った…
だから、聞こうと思った…
が、
その前に、大場が口を開いた…
「…でも、不思議…」
いきなり、言った…
一体、なにが、不思議なのだろう?
「…不思議って、なにが、不思議なの?…」
「…ほら、竹下さんと私、それに林もだけど、みんな似たような顔に、似たような身長…」
…たしかに…
…それは、わかる…
「…いえ、別になぞなぞゲームをしようというんじゃないのよ…でも、5人、集まって、その5人が、みんな、似たような身長に、似たような顔っていうのは、衝撃的というか…あり得ないというか…」
…試している?…
私は、気付いた…
わざと、こんなことを言って、私が、どこまで、気付いているか、試している…
とっさに思った…
だから、
「…それって、好みなんじゃ…」
と、言った…
「…好み? なんの好み? 誰の好み?…」
「…人事部長の…だって、誰を採用するか、決めるのは、人事部長でしょう…」
私の答えに、大場は、
「…」
と、沈黙した…
私の答えが、予想外だったのかもしれない…
だから、私は、
「…私たち5人は、みんな、子供っぽいから、あの人見って部長…きっと、ロリコンよ…だから、わざと、子供っぽい、5人を採用したの…それとも…」
「…それとも、なに?…」
「…単純に、私たち5人の顔が好みだったのかも…美人過ぎず…ブスでもない…クラスにいれば、3番目にかわいい女のコ…だから、職場に配属しても、私たち5人を巡って、男たちが、取り合いになって、ケンカすることもない…無難というか…」
わざと、私は言った…
言いながら、大場の反応を見た…
大場は、私の言葉に、
「…」
と、沈黙した…
どう言おうか、考え込んでいる様子だった…
まもなく、
「…それはあるかも…」
あっけらかんと、大場は言った…
「…竹下さん…鋭い…鋭いね…」
「…そう…」
私は、答える。
あまりにも、意外な大場の反応だった…
本当に私の言うことを信じたのだろうか?
「…以前、パパが言ってた…」
突然、言った…
「…なんて、言ったの?…」
「…今の竹下さんが言ったのと、同じこと…」
「…同じこと?…」
「…そう…会社で美人を採用するのは、よし悪し…同じ能力ならば、あえて、ブスの方を採用する会社もあるって…」
「…あえて、ブスを採用する?…」
思わず、声を上げた…
信じられない言葉だった…
「…どうして、ブスを採用するの?…」
「…今、竹下さんが、言ったじゃない…男たちが、女のコを取り合いになって、ケンカになったら、困るって…」
私は、大場の返答に、
「…」
と、絶句した…
たしかに、言ったが、それは、口から出まかせを言ったというか…
冗談で言っただけだ…
まさか、それを真に受けるとは?
私が、驚いていると、
「…パパから聞いたの…」
と、大場が続けた…
「…お父様から?…」
「…パパは、あの通り、国会議員だから、人付き合いも、多いっていうか…さまざまな業界の人間と、接する…だから、今、竹下さんが、言ったように、会社が、若い男ばかりで、若い女のコが少ないところは、あえて、美人とブスが、面接にやって来たら、ブスを採用するんだって…竹下さんが、言ったように、若い男のコたちが、その美人を取り合いになって、取っ組み合いのケンカになったり、職場がギクシャクしたら、困るから…」
私は、大場の回答に、ただただ、唖然とした…
思わず、目を白黒させた…
自分では、口から出まかせというか、適当に、いい加減なことを言ったにもかかわらず、それが当たっているとは、まさか、思わなかったからだ…
「…それを思えば、美人に生まれて、いいことばかりじゃないね…私も、竹下さんも、いわば、そこそこの美人に生まれてラッキーかも…」
大場が笑う…
いつのまにか、気が付くと、いつも通り、大場が会話の主導権を握っていた…
今日は、これまでとは、違って、大場はヤンキーのフリをしていない…
にもかかわらず、最初は、この竹下クミが、会話の主導権を握っていたにも、かかわらず、いつのまにか、大場に主導権を奪われた…
そのことに気付いた私は、落胆した…
見るも無残に落ち込んだ…
まさか、ヤンキーのフリをしていない、大場に、ここまで、主導権を握られるとは、思わなかった…
大場が、ヤンキーのフリをして、私に圧をかけていたことを、見破ったにも、かかわらず、結果は同じ…
いつもの通りだった…
そんな私の様子に気付いたのだろう…
ハンドルを握る大場が、
「…竹下さん…なんだか、落ち込んでるみたい…」
と、言った…
私は、
「…その通り…」
とは、さすがに言えないので、
「…」
と、黙っていた…
私が、落ち込んでいると、認めれば、どうして、落ち込んでいるか、説明しなければ、ならないからだ…
まさか、大場が優位に立ったので、いつも通り主導権が握られて、悔しいとは、言えない…
だから、ふと、考えて、話題を変えることにした…
「…大場さんのお父さん…凄いね…」
と、とっさに、話題を変えた…
が、その話題を、私が、口にした途端、なぜか、ハンドルを握る大場の顔が微妙に引きつったというか…
明らかに、緊張した表情になった…
私は、驚いた…
これまで、次期総理総裁と呼ばれながらも、正直、地味というか、影が薄い、大場小太郎が、今度の一件で、一躍脚光を浴びて、有名になった…
知名度を上げた…
世間では、文字通り、次の首相候補の最右翼になった…
にもかかわらず、なぜ、大場が嫌な顔をするのだろう…
私には、疑問だった…
ハンドルを握る大場は、私の問いかけに、
「…」
と、黙っていた…
なにも、答えなかった…
…どうして、答えないのか?…
私は、大いに疑問だった…
これまで、次期首相候補と呼ばれながらも、知名度が低かった大場小太郎が、一躍有名になった…
これは、嬉しい出来事…
にもかかわらず、大場は、少しも嬉しそうではない…
これは、一体、どういうことだ?
私は、考える…
大場は、
「…」
と、なにも、言わなかった…
だから、当たり前だが、私も、
「…」
と、なにも、言わなかった…
だから、車内は、無言だった…
いや、
ただの無言ではない…
緊張感が、漂った…
当たり前だが、互いが、沈黙する中で、空気が微妙になった…
「…凄いか…」
ようやく、ボソッと、呟いた…
「…たしかに、凄い…それまで、長らく、総理総裁候補、次の首相と、呼ばれながらも、世間的な知名度は、低かった…ルックスも悪くない、頭もいい…背も高い…でも、ダメだった…」
大場が呟く…
「…やっと、ここまで、来た…ずっと昔から、パパが夢見た総理大臣になれる…その椅子が、パパの手の届くところまで、やって来た…」
大場が言う…
その口調には、万感の思いが詰まっていた…
「…ウチは…大場の家は、ずっと、政治家を続けてきた…でも、まだ、誰も総理大臣になった者は、いない…パパは優れていて、ずっと昔から、いずれは、総理になると言われてきた…だけど、影が薄いっていうか、正直、存在感が乏しかった…だから、これまで、ダメだった…それが…」
大場が、感極まった表情で、続ける…
まさに、万感の思いが詰まった言葉だった…
だから、さっきまで、緊張していたんだ…
私は、なぜ、さっきまで、大場があんなにも、緊張した表情でいたのか、ようやく、わかった…
大場の父、大場小太郎は、総理大臣になるのが、夢だった…
大場家は、ずっと、政治家の家系…
だが、まだ、総理大臣は輩出してない…
だから、大場小太郎が、総理になるのは、一族の夢だったに違いない…
事実、大場小太郎は、東大出の元キャリア官僚だと、後で知った…
キャリアは、東大でも、上位の成績優秀者しか、なれない…
上位の一握りの成績優秀者の集まりだ…
それになれたのだから、当たり前だが、頭脳は優秀…
ルックスも良く、顔立ちは端正で、背も高い…
おまけに、代々続いた政治家の家系に生まれたせいか、品もある…
つまり、すべて、持って生まれた…
誰もが、憧れるものをすべて持って生まれた…
にもかかわらず、総理の座が、遠かった…
次期総理総裁にもっとも近いと言われながらも、世間的に知名度は低かった…
それが、今、ようやく、手元に近付いた…
手を伸ばせば、届く位置にやってきた…
それが、大場が、緊張した理由だろう…
遅まきながら、気付いた…
ずっと、待ち望んでいたものが、まもなく手に入る…
それゆえ、極端に緊張したのだ…
私が、そんなことを考えていると、
「…でも、パパが、総理大臣になるに当たって、邪魔なものが、ひとつだけある…」
不意に、大場が呟いた…
「…邪魔なもの?…」
思わず、言った…
口に出した…
…邪魔なものって、なんだ?…
考える…
国会は、今、まさに、大場フィーバー…
次期、総理総裁になる日も近い…
与党も野党も、いや、マスコミも皆、大場小太郎を持ち上げてる…
どこにも、死角がない…
まさに絶好調…
飛ぶ鳥を落とす勢いだ…
そんな大場小太郎にとって、邪魔なものとは、一体?
私は、考える…
が、
当たり前だが、わからなかった…
だから、聞いた…
「…大場さん…大場さんのお父様にとって、邪魔なものって、一体…」
大場の顔が緊張した…
ハンドルを握る、大場の横顔が、明らかに緊張した…
そして、大場はゆっくりと、口を開いた…
「…それは、竹下クミ…アナタ…」
クスリとも笑わない、真剣な表情で、ハンドルを握って前を見ながら、呟いた…
大場が言った…
私は、大場の声で、現実に戻ったというか…
あらためて、自分自身の置かれた状況を考えた…
…終わってない!…
…まだ、なにも、終わってない!…
今さらながら、思った…
杉崎実業に端を発した、今回の騒動が終わっていれば、こうして、大場が私を誘うことなど、ないに違いないからだ…
次期総理総裁候補の娘が、この平凡な竹下クミを誘うことなど、ないに違いないからだ…
私になにが、あるか、わからないが、利用価値はあるに違いない…
あらためて、そう思いながら、私は、大場の言葉に従って、大場の運転するクルマに乗った…
当然のことながら、大場がハンドルを握る…
私は、真っ先に、大場に、
「…このクルマ…なんて、クルマ?…」
と、聞いた…
どうしても、聞いてみたかったのだ…
大場は、私の質問に、怪訝な表情を浮かべたが、
「…別に…ただの国産車よ…」
と、言っただけだった…
だが、私は、追及の手を緩めなかった…
「…車名は?…どこのメーカー?…」
大場は、私の追及に、不満な表情を見せたが、
「…マツダよ…マツダ3のセダン…恰好が好きなの…」
大場が告げる…
「…真っ赤な色が、これほど似合うクルマもない…一言で言って、セクシーっていうか…単純にこのクルマが好きなの…」
大場が告白する…
たしかに、今は、すでに乗車してしまったから、このクルマの外観は見えないが、このクルマは、カッコよかった…
あまり、クルマに興味のない私でも、カッコイイのは、わかった…
すると、前回、大場が、ベンツGクラスに乗ってきたのは、ヤンキーを気取るためと思っていたが、違うのだろうか?
私は、考えた…
私を脅すために、わざと、あんな大きなクルマに乗って、革ジャンを着て、やって来た…
すべては、私を脅すため…
私、竹下クミが、ヤンキーがヤクザといった、いわば暴力の匂いのする輩(やから)が大の苦手と、事前に調べて、わざと、ヤンキー系になりすますためにやったと思ったが、違うのだろうか?
私は、思った…
だから、聞こうと思った…
が、
その前に、大場が口を開いた…
「…でも、不思議…」
いきなり、言った…
一体、なにが、不思議なのだろう?
「…不思議って、なにが、不思議なの?…」
「…ほら、竹下さんと私、それに林もだけど、みんな似たような顔に、似たような身長…」
…たしかに…
…それは、わかる…
「…いえ、別になぞなぞゲームをしようというんじゃないのよ…でも、5人、集まって、その5人が、みんな、似たような身長に、似たような顔っていうのは、衝撃的というか…あり得ないというか…」
…試している?…
私は、気付いた…
わざと、こんなことを言って、私が、どこまで、気付いているか、試している…
とっさに思った…
だから、
「…それって、好みなんじゃ…」
と、言った…
「…好み? なんの好み? 誰の好み?…」
「…人事部長の…だって、誰を採用するか、決めるのは、人事部長でしょう…」
私の答えに、大場は、
「…」
と、沈黙した…
私の答えが、予想外だったのかもしれない…
だから、私は、
「…私たち5人は、みんな、子供っぽいから、あの人見って部長…きっと、ロリコンよ…だから、わざと、子供っぽい、5人を採用したの…それとも…」
「…それとも、なに?…」
「…単純に、私たち5人の顔が好みだったのかも…美人過ぎず…ブスでもない…クラスにいれば、3番目にかわいい女のコ…だから、職場に配属しても、私たち5人を巡って、男たちが、取り合いになって、ケンカすることもない…無難というか…」
わざと、私は言った…
言いながら、大場の反応を見た…
大場は、私の言葉に、
「…」
と、沈黙した…
どう言おうか、考え込んでいる様子だった…
まもなく、
「…それはあるかも…」
あっけらかんと、大場は言った…
「…竹下さん…鋭い…鋭いね…」
「…そう…」
私は、答える。
あまりにも、意外な大場の反応だった…
本当に私の言うことを信じたのだろうか?
「…以前、パパが言ってた…」
突然、言った…
「…なんて、言ったの?…」
「…今の竹下さんが言ったのと、同じこと…」
「…同じこと?…」
「…そう…会社で美人を採用するのは、よし悪し…同じ能力ならば、あえて、ブスの方を採用する会社もあるって…」
「…あえて、ブスを採用する?…」
思わず、声を上げた…
信じられない言葉だった…
「…どうして、ブスを採用するの?…」
「…今、竹下さんが、言ったじゃない…男たちが、女のコを取り合いになって、ケンカになったら、困るって…」
私は、大場の返答に、
「…」
と、絶句した…
たしかに、言ったが、それは、口から出まかせを言ったというか…
冗談で言っただけだ…
まさか、それを真に受けるとは?
私が、驚いていると、
「…パパから聞いたの…」
と、大場が続けた…
「…お父様から?…」
「…パパは、あの通り、国会議員だから、人付き合いも、多いっていうか…さまざまな業界の人間と、接する…だから、今、竹下さんが、言ったように、会社が、若い男ばかりで、若い女のコが少ないところは、あえて、美人とブスが、面接にやって来たら、ブスを採用するんだって…竹下さんが、言ったように、若い男のコたちが、その美人を取り合いになって、取っ組み合いのケンカになったり、職場がギクシャクしたら、困るから…」
私は、大場の回答に、ただただ、唖然とした…
思わず、目を白黒させた…
自分では、口から出まかせというか、適当に、いい加減なことを言ったにもかかわらず、それが当たっているとは、まさか、思わなかったからだ…
「…それを思えば、美人に生まれて、いいことばかりじゃないね…私も、竹下さんも、いわば、そこそこの美人に生まれてラッキーかも…」
大場が笑う…
いつのまにか、気が付くと、いつも通り、大場が会話の主導権を握っていた…
今日は、これまでとは、違って、大場はヤンキーのフリをしていない…
にもかかわらず、最初は、この竹下クミが、会話の主導権を握っていたにも、かかわらず、いつのまにか、大場に主導権を奪われた…
そのことに気付いた私は、落胆した…
見るも無残に落ち込んだ…
まさか、ヤンキーのフリをしていない、大場に、ここまで、主導権を握られるとは、思わなかった…
大場が、ヤンキーのフリをして、私に圧をかけていたことを、見破ったにも、かかわらず、結果は同じ…
いつもの通りだった…
そんな私の様子に気付いたのだろう…
ハンドルを握る大場が、
「…竹下さん…なんだか、落ち込んでるみたい…」
と、言った…
私は、
「…その通り…」
とは、さすがに言えないので、
「…」
と、黙っていた…
私が、落ち込んでいると、認めれば、どうして、落ち込んでいるか、説明しなければ、ならないからだ…
まさか、大場が優位に立ったので、いつも通り主導権が握られて、悔しいとは、言えない…
だから、ふと、考えて、話題を変えることにした…
「…大場さんのお父さん…凄いね…」
と、とっさに、話題を変えた…
が、その話題を、私が、口にした途端、なぜか、ハンドルを握る大場の顔が微妙に引きつったというか…
明らかに、緊張した表情になった…
私は、驚いた…
これまで、次期総理総裁と呼ばれながらも、正直、地味というか、影が薄い、大場小太郎が、今度の一件で、一躍脚光を浴びて、有名になった…
知名度を上げた…
世間では、文字通り、次の首相候補の最右翼になった…
にもかかわらず、なぜ、大場が嫌な顔をするのだろう…
私には、疑問だった…
ハンドルを握る大場は、私の問いかけに、
「…」
と、黙っていた…
なにも、答えなかった…
…どうして、答えないのか?…
私は、大いに疑問だった…
これまで、次期首相候補と呼ばれながらも、知名度が低かった大場小太郎が、一躍有名になった…
これは、嬉しい出来事…
にもかかわらず、大場は、少しも嬉しそうではない…
これは、一体、どういうことだ?
私は、考える…
大場は、
「…」
と、なにも、言わなかった…
だから、当たり前だが、私も、
「…」
と、なにも、言わなかった…
だから、車内は、無言だった…
いや、
ただの無言ではない…
緊張感が、漂った…
当たり前だが、互いが、沈黙する中で、空気が微妙になった…
「…凄いか…」
ようやく、ボソッと、呟いた…
「…たしかに、凄い…それまで、長らく、総理総裁候補、次の首相と、呼ばれながらも、世間的な知名度は、低かった…ルックスも悪くない、頭もいい…背も高い…でも、ダメだった…」
大場が呟く…
「…やっと、ここまで、来た…ずっと昔から、パパが夢見た総理大臣になれる…その椅子が、パパの手の届くところまで、やって来た…」
大場が言う…
その口調には、万感の思いが詰まっていた…
「…ウチは…大場の家は、ずっと、政治家を続けてきた…でも、まだ、誰も総理大臣になった者は、いない…パパは優れていて、ずっと昔から、いずれは、総理になると言われてきた…だけど、影が薄いっていうか、正直、存在感が乏しかった…だから、これまで、ダメだった…それが…」
大場が、感極まった表情で、続ける…
まさに、万感の思いが詰まった言葉だった…
だから、さっきまで、緊張していたんだ…
私は、なぜ、さっきまで、大場があんなにも、緊張した表情でいたのか、ようやく、わかった…
大場の父、大場小太郎は、総理大臣になるのが、夢だった…
大場家は、ずっと、政治家の家系…
だが、まだ、総理大臣は輩出してない…
だから、大場小太郎が、総理になるのは、一族の夢だったに違いない…
事実、大場小太郎は、東大出の元キャリア官僚だと、後で知った…
キャリアは、東大でも、上位の成績優秀者しか、なれない…
上位の一握りの成績優秀者の集まりだ…
それになれたのだから、当たり前だが、頭脳は優秀…
ルックスも良く、顔立ちは端正で、背も高い…
おまけに、代々続いた政治家の家系に生まれたせいか、品もある…
つまり、すべて、持って生まれた…
誰もが、憧れるものをすべて持って生まれた…
にもかかわらず、総理の座が、遠かった…
次期総理総裁にもっとも近いと言われながらも、世間的に知名度は低かった…
それが、今、ようやく、手元に近付いた…
手を伸ばせば、届く位置にやってきた…
それが、大場が、緊張した理由だろう…
遅まきながら、気付いた…
ずっと、待ち望んでいたものが、まもなく手に入る…
それゆえ、極端に緊張したのだ…
私が、そんなことを考えていると、
「…でも、パパが、総理大臣になるに当たって、邪魔なものが、ひとつだけある…」
不意に、大場が呟いた…
「…邪魔なもの?…」
思わず、言った…
口に出した…
…邪魔なものって、なんだ?…
考える…
国会は、今、まさに、大場フィーバー…
次期、総理総裁になる日も近い…
与党も野党も、いや、マスコミも皆、大場小太郎を持ち上げてる…
どこにも、死角がない…
まさに絶好調…
飛ぶ鳥を落とす勢いだ…
そんな大場小太郎にとって、邪魔なものとは、一体?
私は、考える…
が、
当たり前だが、わからなかった…
だから、聞いた…
「…大場さん…大場さんのお父様にとって、邪魔なものって、一体…」
大場の顔が緊張した…
ハンドルを握る、大場の横顔が、明らかに緊張した…
そして、大場はゆっくりと、口を開いた…
「…それは、竹下クミ…アナタ…」
クスリとも笑わない、真剣な表情で、ハンドルを握って前を見ながら、呟いた…