第73話
文字数 6,456文字
…葉山はただ者ではない…
…一体、葉山の正体は、何者なんだろう?…
私は、考えた…
そういえば、以前、高雄組組長を一目見て、
「…あの人、堅気じゃないね…」
と、喝破したこともあった…
高雄組組長は、一見すると、すらりとした長身で、まるで、銀行員かなにかに見える…
要するに、真面目で、お堅い印象だ…
事実、物腰も低く、威張ることなど、なかった…
もっとも、それを言えば、稲葉五郎もまた同じだった…
高雄の父? とは、違って、見るからにヤクザだが、やはり、高雄の父? 同様、身近な人間相手に威張ったところを見たことがなかった…
やはり、お偉方というのは、そういうものなのかもしれない…
ヤクザでも、会社でも、トップクラスの人間は、むやみやたらに、周囲の者に威張り散らすことがないのかもしれない…
そんなことをすれば、周囲の者が離れる…
付いてこない…
嫌われる…
そんな当たり前のことが、わかっているのだろう…
弱冠、話がそれたが、葉山が、どうして、高雄の父?を見て、堅気じゃないと、喝破したのか?
その理由として、葉山は以前、勤務したコンビニの近くに、ヤクザの事務所があり、そこで、ヤクザ者を数多く、見てるから、一目見て、高雄の父? が、堅気じゃないことがわかったと言っていた…
しかし、それは、本当だろうか?
たしかに、葉山の言う通り、ヤクザ者を数多く見てれば、いかに、堅気を装おうと、なんとなく、ヤクザであることが、わかるのかもしれない…
ヤクザ特有の匂いと言うか、雰囲気というか…
そんなものが、隠しても隠しきれないのかもしれない…
が、いつまでも、そんなことを考えているわけには、いかなかった…
店が忙しくなってきたのだ…
気が付くと、いつのまにか、店にお客さんが、集まり出していた…
このコンビニという職場で、働いた者ならば、誰にも、経験があるが、お客様というのは、来るときには、来て、来ないときには、来ないものだ…
つまり、入って来るときは、まるで、申し合わせたように、時間を置かずに、お客様が何人も続けて、来店する…
真逆に、来ないときは、誰も来ない…
そういうものだ(笑)…
だから、その日は、結局、それ以上、山田会と松尾会の抗争について、語らなかった…
ただ、帰りがけに、当麻が、
「…竹下さん…さっきの件ですが、よろしくお願いします…」
と、言って、私に丁寧に頭を下げた…
私は、驚いた…
当麻が、私に、そんな真似をしたのは、このコンビニで、アルバイトを始めて以来、初めてだった…
いや、最初は、私の方が先に、この店で、アルバイトを始めていたので、先輩だったから、当麻も私を尊敬していた(ホントか?)…
しかし、私が、この通り、中身がないというか、軽い人間だったので、いつのまにか、当麻の私に対する態度が、変わってきた…
ずばり、私を軽く見るようになったのだ…
目上の人間ではなく、対等に接した…
しかし、当麻は、悪い人間ではない…
だから、私も気にしなかった…
いや、
気にしないようにしてきた…
我慢していたのだ(怒)!
それが、今度の一件で、コロッと、当麻の態度が変わった…
豹変した…
当麻は、何度も言うが、悪いヤツではない…
むしろ、いいヤツだ…
しかし、そんな当麻も、こんなことで、態度をコロッと変えるとは…
豹変するとは…
つくづく人間はわからない…
そう思った…
そして、帰途に就いた…
家に戻った私は、お風呂に入り、考えた…
このまま、あの戸田に連絡するか、否か、考えたのだ…
たしかに、あの戸田は、話しやすい…
一度話しただけだが、話しやすい…
誰でもそうだが、話しにくい人間は、御免だ…
どんな美男美女でも、なんとなく話しづらい人間は、意外に、モテないものだ…
周囲に、壁を作る人間は、いかに、ルックスが良くても、好きになれないものだ…
だから、モテない…
なんとなく、気まずいというか、気が許せないというか…
そういうことだ(笑)…
だから、あの戸田は、良かった…
合格だった…
少なくとも、私にとって、高雄悠(ゆう)よりは、話しやすかった…
高雄悠(ゆう)は、長身のイケメンで、図書館や花屋が似合うおとなしめの男子…
だが、一見、おとなしめにかかわらず、なんとなく話しかけづらかった…
それに比べ、あの戸田は、見るからにヤンキー上がりだが、話しやすかった…
ずばり、その差だ…
だから、戸田の方が、高雄悠(ゆう)より、好きだった…
なんてことはなかった(笑)…
やっぱり、高雄悠(ゆう)に、憧れる…
あの高雄が、自分の父親?と、争ったとき以来、高雄に会っていないが、やはり、高雄に憧れる気持ちは変わっていない…
言ってることが、さっきと、矛盾する…
話しかけづらい人間は、モテないと言ったじゃないか?
だから、高雄は話しかけづらいから、モテないはずだ…
にもかかわらず、それとは、別のことを言う…
…まあいい…
どっちも真実…
ウソはない…
ただ例外があるだけだ(笑)…
私は、自分に都合よく、考えて、戸田に連絡することにした…
が、戸田の電話番号を私は知らなかった…
当たり前のことだ…
私は、戸田と親しくもなんともない…
だったら、どうするか?
どう対応するべきか?
風呂場の湯舟に浸かりながら、考えた…
結局、考えついたのは、やはり、あの稲葉一家の事務所に連絡をすることだった…
自分の部屋に戻って、考えた…
以前は、稲葉一家の近くに行けば、もしかしたら、稲葉五郎に会えるかもと、淡い期待をしたことがある…
直接、稲葉五郎に連絡するのが、怖かったというか、恐れ多かったというか…
あの稲葉五郎も馴染みにしている、女優の渡辺えりに似ている、街中華の女将さんの店を尋ねれば、もしかして、稲葉五郎に会えるかもしれないと、淡い期待を抱いて、あの稲葉一家のある周辺を一人で、歩いた…
が、当然と言うか、当たり前だが、稲葉五郎には会えなかった…
しかし、偶然、あの日は、戸田に出会えた…
私自身は、はっきり言って、戸田の存在を忘れていた…
正面から歩いてきたにもかかわらず、気が付かなかった…
が、戸田の行動が、変だから、気が付いた(笑)…
明らかに不審者というか、私に気付かれないように、顔を伏せて、歩いていたから、かえって、気になった…
そして、そんな行動を取る戸田だったが、あの稲葉五郎のボディーガードというか、若い衆というか、秘書というか、とにかく、稲葉五郎が、乗るクルマに同乗する側近だった…
そして、いざ、話してみると、戸田は、話しやすかった…
誰が見ても、ヤンキー上がりだが、妙に話しやすかった…
ヤクザやヤンキーが大の苦手な私、竹下クミでも、話しやすかったのだ…
が、その後がいけなかった…
うっかり、戸田が、私を稲葉一家の事務所に誘ったものだから、それに激怒した稲葉五郎に鉄拳制裁を加えられたのだ…
私は、稲葉五郎はヤクザであることは、わかっていたが、私に、不自然なほど、優しいので、つい、ヤクザであることを忘れていた…
誰が見ても、一目見て、その筋の者とわかるにもかかわらず、忘れていた…
なぜなら、あまりにも、私に優しいからだ…
誰でも、そうだが、どんな極悪人でも、自分に優しければ、なんとなく、好きになるものだ…
気を許すものだ…
例え、前科何犯の犯罪者でも、誰が見ても、性格の悪い人間でも、自分に優しければ、なんとなく好きになる…
いや、
好きにならなくても、嫌いになれなくなる…
これは、どんな人間も同じだろう…
自分に優しい、あるいは、自分を好きな人間を嫌いになる人間は、普通いない…
だから、私は、稲葉五郎が嫌いではなかった…
ヤクザ界のスターと呼ばれ、全国に名の知れた大物ヤクザかもしれないが、私には、ことのほか、優しかったからだ…
なぜだかは、わからない…
死んだ山田会の古賀会長が、死ぬ直前まで、探していたのが、この私だからと、誤解しているからかもしれない…
いくら、私が否定しても、それを信じ込んでいるからかもしれない…
だから、私に優しいのかもしれない…
以前、あの街中華の、女優の渡辺えりに似た女将さんは、私に利用価値があるからだと、喝破した…
私が、死んだ山田会の古賀会長の血が繋がった人間だから、なにかの役に立つかもしれないからだと、断言した…
事実、その通りかもしれない…
私がいくら否定しても、稲葉五郎が、私が、古賀会長の血筋を引く者と、信じ込んでいる以上、私に利用価値があるからと、思い込んでいるのかもしれない…
ただ、本当に、それだけなのかという疑問もある…
前回、あの戸田を鉄拳制裁した稲葉五郎は、怖かった…
あの大柄なカラダで、同じく大柄な戸田の顔を力一杯ぶん殴った…
そのはずみで、大柄な戸田のカラダが、ひっくり返るほどだった…
私は、それを見て、恐怖した…
今さらながら、稲葉五郎がヤクザだと実感した…
が、
稲葉五郎が、激怒した理由が、意外なものだった…
戸田が、私をヤクザ事務所に入れたことで、激怒したのだ…
「…どうして、お嬢を、この事務所に入れたんだ?…」
と、大声で、激怒して、戸田を思いっきりぶん殴った…
稲葉五郎は、私を、死んだ古賀会長の血筋を引く者として、自分が、山田会の会長になるために、利用しようとしているにもかかわらず、私が、ヤクザ事務所に顔を出したことに激怒していた…
これは、冷静に考えれば、矛盾する…
私が、ヤクザ界の秀吉といわれた古賀会長の血筋を引く者として、利用しようと考えているにもかかわらず、その私が、ヤクザ事務所に顔を出したことに、激怒した…
これは、矛盾している…
私が、ヤクザの血を引いていると考えているにもかかわらず、ヤクザ事務所に足を踏み入れたことに、激怒した…
これが、矛盾でなくて、一体なんなのか?
だが、そこまで、考えると、あの戸田に連絡していいものか、どうか、悩んだ…
私を、あの稲葉一家の事務所に、連れて行っただけで、稲葉五郎が激怒して、戸田を、私の目の前で、ぶん殴ったのだ…
それが、今回のように、素人の私が、山田会と松尾会の調停の橋渡しのような行為をすることに、稲葉五郎はどう思うだろうか?
私は、考える。
結局、一晩中、悩んだが、答えが出なかった…
それに、今は、夜…
夜中に、稲葉一家の事務所に電話をかけても、誰もいないかもしれない…
ヤクザの事務所が、コンビニではないが、24時間営業をしているか、どうかは、わからない…
それに、なにより、ヤクザも今の時代、人手不足だと聞いている…
ヤクザのなり手がないのだ…
コンビニもそうだが、24時間店を開いているのは、キツイ…
ひとを確保するのが、キツイからだ…
だから、ヤクザ事務所も、今の時間に電話をかけても、誰も出ないかもしれない…
なにより、コンビニは、時給が安い(笑)…
私は夜勤はやらないが、時給が安いから、友人から、
「…ボランティアじゃん!…」
と、バカにされたことがあった…
それでも、私が、あのコンビニで、働き続ける理由は、自宅から、近いのと、居心地がいいからだ…
会社でも、学校でも、いわゆる集団の中で、過ごすのに、一番、いいのは、自分にとって、居心地がいいのが、一番だからだ…
それゆえ、私は、今までずっと、あのコンビニで働いてきた…
居心地が悪い場所に、ずっといる人間は、普通いない…
例えば、今の時代、40代、50代で、会社で、リストラの恐怖に怯えながら、毎日を過ごしているオジサンは、仕方ないのかもしれない…
その年齢で、自分から、会社を辞めれば、再就職先を探すのが、難しいからだ…
そういう理由であれば、いかに、自分にとって、居心地が悪くても、我慢して居続けようとするのは、理解できる…
が、私のように、たかが、バイトでは、それはない(笑)…
私自身、これまで、いくつかのバイトは経験済みだ…
ハッキリ言って、数日で、逃げ出したバイト先もある…
バイト先の雰囲気も悪く、一目見て、
「…ココ、無理!…」
と、叫び出したい職場を見たことがある…
それが、どんな職場だったかといえば、ずばり、ヤンキー系の人間のたまり場だった(笑)…
ヤクザやヤンキーが大の苦手な、この竹下クミにとって、一目見て、裸足で逃げ出すしかない職場だった(笑)…
そんな経験もある…
それに比べ、今のバイト先であるコンビニは、平穏だった…
当麻は、おとなしいし、悪い人間は、いなかった…
唯一、不満だったのは、時給だったが、それは、我慢した…
これは、以前、父や母が言っていたが、すべてに、満足する職場はないということだ…
職場を選ぶには、大きく3つの要素がある…
お金、
仕事、
人間関係、
この3つだ…
そして、2つが、納得できれば、よしとすることだと、父と母は言った…
ただし、その2つには、人間関係が入っていなければ、ならない…
なぜなら、人間関係が悪い=職場の雰囲気が悪いからだ…
類は友を呼ぶ…
ヤンキーが多い職場は、皆、ヤンキーが多いものだ…
真面目な人間は、すぐに辞めてしまうからだ…
その逆もしかり…
真面目な人間が大半を占める職場で、ヤンキーは、馴染めない…
これはいいとか、悪いとかいう問題ではない…
人種が違うからだ(笑)…
そう考えれば、わかりやすいし、納得できる…
よく、会社で、
「…この職場で、やっていけなければ、どんな職場でも通用しない…」
と、大言壮語する上司がいるが、それは、立場上、言っているのが、大半…
さもなければ、頭がおかしい、の一言だろう…
どんな人間も、それほど多くの職場を経験しているわけではない…
その人間にとって、たまたま、その職場と、か、仕事があっていたというのが、本当のところだろう…
この世の中に、スーパーマンはいない…
どんな職場でも、馴染めて、しかも結果を出せる人間は、存在しない…
それが、学校の勉強とは、違うところだ…
東大で、一番とまでは、いわないが、京大でも、大阪大でも、上位にいる人間は、東大にいっても、下位にいることなど、ありえないだろう…
それは、勉強だからだ…
これが、仕事となると、変わってくる…
そもそも、その仕事が合わない人間が、必ず存在するからだ…
勉強は、勉強…
つまり、同じことをしている…
が、仕事は、違う…
似たような仕事はあるが、詳細は、違う…
いわば、千差万別…
だから、必ず、その仕事に合う、合わない、の問題が出てくる…
それが、勉強と仕事の違いだ…
私は、戸田に連絡をしようか、どうか、悩みながら、いつのまにか、別のことを考えていた…
そして、そのまま、夜も更けていった…
…一体、葉山の正体は、何者なんだろう?…
私は、考えた…
そういえば、以前、高雄組組長を一目見て、
「…あの人、堅気じゃないね…」
と、喝破したこともあった…
高雄組組長は、一見すると、すらりとした長身で、まるで、銀行員かなにかに見える…
要するに、真面目で、お堅い印象だ…
事実、物腰も低く、威張ることなど、なかった…
もっとも、それを言えば、稲葉五郎もまた同じだった…
高雄の父? とは、違って、見るからにヤクザだが、やはり、高雄の父? 同様、身近な人間相手に威張ったところを見たことがなかった…
やはり、お偉方というのは、そういうものなのかもしれない…
ヤクザでも、会社でも、トップクラスの人間は、むやみやたらに、周囲の者に威張り散らすことがないのかもしれない…
そんなことをすれば、周囲の者が離れる…
付いてこない…
嫌われる…
そんな当たり前のことが、わかっているのだろう…
弱冠、話がそれたが、葉山が、どうして、高雄の父?を見て、堅気じゃないと、喝破したのか?
その理由として、葉山は以前、勤務したコンビニの近くに、ヤクザの事務所があり、そこで、ヤクザ者を数多く、見てるから、一目見て、高雄の父? が、堅気じゃないことがわかったと言っていた…
しかし、それは、本当だろうか?
たしかに、葉山の言う通り、ヤクザ者を数多く見てれば、いかに、堅気を装おうと、なんとなく、ヤクザであることが、わかるのかもしれない…
ヤクザ特有の匂いと言うか、雰囲気というか…
そんなものが、隠しても隠しきれないのかもしれない…
が、いつまでも、そんなことを考えているわけには、いかなかった…
店が忙しくなってきたのだ…
気が付くと、いつのまにか、店にお客さんが、集まり出していた…
このコンビニという職場で、働いた者ならば、誰にも、経験があるが、お客様というのは、来るときには、来て、来ないときには、来ないものだ…
つまり、入って来るときは、まるで、申し合わせたように、時間を置かずに、お客様が何人も続けて、来店する…
真逆に、来ないときは、誰も来ない…
そういうものだ(笑)…
だから、その日は、結局、それ以上、山田会と松尾会の抗争について、語らなかった…
ただ、帰りがけに、当麻が、
「…竹下さん…さっきの件ですが、よろしくお願いします…」
と、言って、私に丁寧に頭を下げた…
私は、驚いた…
当麻が、私に、そんな真似をしたのは、このコンビニで、アルバイトを始めて以来、初めてだった…
いや、最初は、私の方が先に、この店で、アルバイトを始めていたので、先輩だったから、当麻も私を尊敬していた(ホントか?)…
しかし、私が、この通り、中身がないというか、軽い人間だったので、いつのまにか、当麻の私に対する態度が、変わってきた…
ずばり、私を軽く見るようになったのだ…
目上の人間ではなく、対等に接した…
しかし、当麻は、悪い人間ではない…
だから、私も気にしなかった…
いや、
気にしないようにしてきた…
我慢していたのだ(怒)!
それが、今度の一件で、コロッと、当麻の態度が変わった…
豹変した…
当麻は、何度も言うが、悪いヤツではない…
むしろ、いいヤツだ…
しかし、そんな当麻も、こんなことで、態度をコロッと変えるとは…
豹変するとは…
つくづく人間はわからない…
そう思った…
そして、帰途に就いた…
家に戻った私は、お風呂に入り、考えた…
このまま、あの戸田に連絡するか、否か、考えたのだ…
たしかに、あの戸田は、話しやすい…
一度話しただけだが、話しやすい…
誰でもそうだが、話しにくい人間は、御免だ…
どんな美男美女でも、なんとなく話しづらい人間は、意外に、モテないものだ…
周囲に、壁を作る人間は、いかに、ルックスが良くても、好きになれないものだ…
だから、モテない…
なんとなく、気まずいというか、気が許せないというか…
そういうことだ(笑)…
だから、あの戸田は、良かった…
合格だった…
少なくとも、私にとって、高雄悠(ゆう)よりは、話しやすかった…
高雄悠(ゆう)は、長身のイケメンで、図書館や花屋が似合うおとなしめの男子…
だが、一見、おとなしめにかかわらず、なんとなく話しかけづらかった…
それに比べ、あの戸田は、見るからにヤンキー上がりだが、話しやすかった…
ずばり、その差だ…
だから、戸田の方が、高雄悠(ゆう)より、好きだった…
なんてことはなかった(笑)…
やっぱり、高雄悠(ゆう)に、憧れる…
あの高雄が、自分の父親?と、争ったとき以来、高雄に会っていないが、やはり、高雄に憧れる気持ちは変わっていない…
言ってることが、さっきと、矛盾する…
話しかけづらい人間は、モテないと言ったじゃないか?
だから、高雄は話しかけづらいから、モテないはずだ…
にもかかわらず、それとは、別のことを言う…
…まあいい…
どっちも真実…
ウソはない…
ただ例外があるだけだ(笑)…
私は、自分に都合よく、考えて、戸田に連絡することにした…
が、戸田の電話番号を私は知らなかった…
当たり前のことだ…
私は、戸田と親しくもなんともない…
だったら、どうするか?
どう対応するべきか?
風呂場の湯舟に浸かりながら、考えた…
結局、考えついたのは、やはり、あの稲葉一家の事務所に連絡をすることだった…
自分の部屋に戻って、考えた…
以前は、稲葉一家の近くに行けば、もしかしたら、稲葉五郎に会えるかもと、淡い期待をしたことがある…
直接、稲葉五郎に連絡するのが、怖かったというか、恐れ多かったというか…
あの稲葉五郎も馴染みにしている、女優の渡辺えりに似ている、街中華の女将さんの店を尋ねれば、もしかして、稲葉五郎に会えるかもしれないと、淡い期待を抱いて、あの稲葉一家のある周辺を一人で、歩いた…
が、当然と言うか、当たり前だが、稲葉五郎には会えなかった…
しかし、偶然、あの日は、戸田に出会えた…
私自身は、はっきり言って、戸田の存在を忘れていた…
正面から歩いてきたにもかかわらず、気が付かなかった…
が、戸田の行動が、変だから、気が付いた(笑)…
明らかに不審者というか、私に気付かれないように、顔を伏せて、歩いていたから、かえって、気になった…
そして、そんな行動を取る戸田だったが、あの稲葉五郎のボディーガードというか、若い衆というか、秘書というか、とにかく、稲葉五郎が、乗るクルマに同乗する側近だった…
そして、いざ、話してみると、戸田は、話しやすかった…
誰が見ても、ヤンキー上がりだが、妙に話しやすかった…
ヤクザやヤンキーが大の苦手な私、竹下クミでも、話しやすかったのだ…
が、その後がいけなかった…
うっかり、戸田が、私を稲葉一家の事務所に誘ったものだから、それに激怒した稲葉五郎に鉄拳制裁を加えられたのだ…
私は、稲葉五郎はヤクザであることは、わかっていたが、私に、不自然なほど、優しいので、つい、ヤクザであることを忘れていた…
誰が見ても、一目見て、その筋の者とわかるにもかかわらず、忘れていた…
なぜなら、あまりにも、私に優しいからだ…
誰でも、そうだが、どんな極悪人でも、自分に優しければ、なんとなく、好きになるものだ…
気を許すものだ…
例え、前科何犯の犯罪者でも、誰が見ても、性格の悪い人間でも、自分に優しければ、なんとなく好きになる…
いや、
好きにならなくても、嫌いになれなくなる…
これは、どんな人間も同じだろう…
自分に優しい、あるいは、自分を好きな人間を嫌いになる人間は、普通いない…
だから、私は、稲葉五郎が嫌いではなかった…
ヤクザ界のスターと呼ばれ、全国に名の知れた大物ヤクザかもしれないが、私には、ことのほか、優しかったからだ…
なぜだかは、わからない…
死んだ山田会の古賀会長が、死ぬ直前まで、探していたのが、この私だからと、誤解しているからかもしれない…
いくら、私が否定しても、それを信じ込んでいるからかもしれない…
だから、私に優しいのかもしれない…
以前、あの街中華の、女優の渡辺えりに似た女将さんは、私に利用価値があるからだと、喝破した…
私が、死んだ山田会の古賀会長の血が繋がった人間だから、なにかの役に立つかもしれないからだと、断言した…
事実、その通りかもしれない…
私がいくら否定しても、稲葉五郎が、私が、古賀会長の血筋を引く者と、信じ込んでいる以上、私に利用価値があるからと、思い込んでいるのかもしれない…
ただ、本当に、それだけなのかという疑問もある…
前回、あの戸田を鉄拳制裁した稲葉五郎は、怖かった…
あの大柄なカラダで、同じく大柄な戸田の顔を力一杯ぶん殴った…
そのはずみで、大柄な戸田のカラダが、ひっくり返るほどだった…
私は、それを見て、恐怖した…
今さらながら、稲葉五郎がヤクザだと実感した…
が、
稲葉五郎が、激怒した理由が、意外なものだった…
戸田が、私をヤクザ事務所に入れたことで、激怒したのだ…
「…どうして、お嬢を、この事務所に入れたんだ?…」
と、大声で、激怒して、戸田を思いっきりぶん殴った…
稲葉五郎は、私を、死んだ古賀会長の血筋を引く者として、自分が、山田会の会長になるために、利用しようとしているにもかかわらず、私が、ヤクザ事務所に顔を出したことに激怒していた…
これは、冷静に考えれば、矛盾する…
私が、ヤクザ界の秀吉といわれた古賀会長の血筋を引く者として、利用しようと考えているにもかかわらず、その私が、ヤクザ事務所に顔を出したことに、激怒した…
これは、矛盾している…
私が、ヤクザの血を引いていると考えているにもかかわらず、ヤクザ事務所に足を踏み入れたことに、激怒した…
これが、矛盾でなくて、一体なんなのか?
だが、そこまで、考えると、あの戸田に連絡していいものか、どうか、悩んだ…
私を、あの稲葉一家の事務所に、連れて行っただけで、稲葉五郎が激怒して、戸田を、私の目の前で、ぶん殴ったのだ…
それが、今回のように、素人の私が、山田会と松尾会の調停の橋渡しのような行為をすることに、稲葉五郎はどう思うだろうか?
私は、考える。
結局、一晩中、悩んだが、答えが出なかった…
それに、今は、夜…
夜中に、稲葉一家の事務所に電話をかけても、誰もいないかもしれない…
ヤクザの事務所が、コンビニではないが、24時間営業をしているか、どうかは、わからない…
それに、なにより、ヤクザも今の時代、人手不足だと聞いている…
ヤクザのなり手がないのだ…
コンビニもそうだが、24時間店を開いているのは、キツイ…
ひとを確保するのが、キツイからだ…
だから、ヤクザ事務所も、今の時間に電話をかけても、誰も出ないかもしれない…
なにより、コンビニは、時給が安い(笑)…
私は夜勤はやらないが、時給が安いから、友人から、
「…ボランティアじゃん!…」
と、バカにされたことがあった…
それでも、私が、あのコンビニで、働き続ける理由は、自宅から、近いのと、居心地がいいからだ…
会社でも、学校でも、いわゆる集団の中で、過ごすのに、一番、いいのは、自分にとって、居心地がいいのが、一番だからだ…
それゆえ、私は、今までずっと、あのコンビニで働いてきた…
居心地が悪い場所に、ずっといる人間は、普通いない…
例えば、今の時代、40代、50代で、会社で、リストラの恐怖に怯えながら、毎日を過ごしているオジサンは、仕方ないのかもしれない…
その年齢で、自分から、会社を辞めれば、再就職先を探すのが、難しいからだ…
そういう理由であれば、いかに、自分にとって、居心地が悪くても、我慢して居続けようとするのは、理解できる…
が、私のように、たかが、バイトでは、それはない(笑)…
私自身、これまで、いくつかのバイトは経験済みだ…
ハッキリ言って、数日で、逃げ出したバイト先もある…
バイト先の雰囲気も悪く、一目見て、
「…ココ、無理!…」
と、叫び出したい職場を見たことがある…
それが、どんな職場だったかといえば、ずばり、ヤンキー系の人間のたまり場だった(笑)…
ヤクザやヤンキーが大の苦手な、この竹下クミにとって、一目見て、裸足で逃げ出すしかない職場だった(笑)…
そんな経験もある…
それに比べ、今のバイト先であるコンビニは、平穏だった…
当麻は、おとなしいし、悪い人間は、いなかった…
唯一、不満だったのは、時給だったが、それは、我慢した…
これは、以前、父や母が言っていたが、すべてに、満足する職場はないということだ…
職場を選ぶには、大きく3つの要素がある…
お金、
仕事、
人間関係、
この3つだ…
そして、2つが、納得できれば、よしとすることだと、父と母は言った…
ただし、その2つには、人間関係が入っていなければ、ならない…
なぜなら、人間関係が悪い=職場の雰囲気が悪いからだ…
類は友を呼ぶ…
ヤンキーが多い職場は、皆、ヤンキーが多いものだ…
真面目な人間は、すぐに辞めてしまうからだ…
その逆もしかり…
真面目な人間が大半を占める職場で、ヤンキーは、馴染めない…
これはいいとか、悪いとかいう問題ではない…
人種が違うからだ(笑)…
そう考えれば、わかりやすいし、納得できる…
よく、会社で、
「…この職場で、やっていけなければ、どんな職場でも通用しない…」
と、大言壮語する上司がいるが、それは、立場上、言っているのが、大半…
さもなければ、頭がおかしい、の一言だろう…
どんな人間も、それほど多くの職場を経験しているわけではない…
その人間にとって、たまたま、その職場と、か、仕事があっていたというのが、本当のところだろう…
この世の中に、スーパーマンはいない…
どんな職場でも、馴染めて、しかも結果を出せる人間は、存在しない…
それが、学校の勉強とは、違うところだ…
東大で、一番とまでは、いわないが、京大でも、大阪大でも、上位にいる人間は、東大にいっても、下位にいることなど、ありえないだろう…
それは、勉強だからだ…
これが、仕事となると、変わってくる…
そもそも、その仕事が合わない人間が、必ず存在するからだ…
勉強は、勉強…
つまり、同じことをしている…
が、仕事は、違う…
似たような仕事はあるが、詳細は、違う…
いわば、千差万別…
だから、必ず、その仕事に合う、合わない、の問題が出てくる…
それが、勉強と仕事の違いだ…
私は、戸田に連絡をしようか、どうか、悩みながら、いつのまにか、別のことを考えていた…
そして、そのまま、夜も更けていった…