第61話

文字数 5,614文字

 私は、最初、その男の来訪に気付かなかった…

 いや、

 私だけではない…

 店長の葉山も、同時にシフトに入った当麻も気付かなかった…

 いや、

 それを言えば、その男がやって来た時に、同時に同じ時刻に、同じコンビニにいたお客様も、誰一人、その男の正体に気付かなかった…

 その男は、有名人…

 日本を代表する、著名な政治家だった…

 にもかかわらず、誰も気付かなかった(笑)…

 別に、身長が低いわけでも、顔が悪いわけでも、なんでもなかった…

 あえて、言えば、平凡…

 平凡の極みだった…

 大勢の中に、埋没する人物だった…

 要するに、華がないのだ…

 身長は、おそらく175㎝くらい…

 いかにも高級そうな仕立てのいい、黒のスーツをビシッと着こなしている…

 だが、失礼ながら、どこにでもいる、普通のサラリーマンにしか、見えなかった…

 その男は、ボディガードに囲まれることもなければ、秘書を伴うこともなく、一人で、私のバイトするコンビニにやって来た…

 日本を代表する、政治家の一人であるにも、かかわらず、一人で、私のバイトするコンビニにやって来た…

 そして、私のバイトするコンビニに入るなり、ぐるりと、店内を見回した…

 まるで、なにかを探している様子だった…

 ただ、何度も言うように、その男には、華がなかった…

 だから、同時に店に居合わせた、お客様も、誰一人、彼の存在に気付かなかった…

 いや、

 気にも留めなかったというのが、正しい…

 私もまた、その一人だった…

 私は、コンビニの商品の品出しに忙しく、商品を持って、店の中を右往左往するが如く、動き回っていた…

 そして、そんな私に、その男が、ツカツカと歩いて、近付いてきた…

 「…つかぬことを伺いますが…」

 その男は、紳士らしく、丁寧な口調で、私に話しかけた…

 だが、私は忙しかった…

 だから、その男を一瞥して、

 「…トイレなら、あちらです…」

 と、声をかけた…

 「…ト…トイレ?…」

 私の言葉に、男は、絶句した…

 「…いえ、トイレじゃありません…」

 その男は、どこまでも、丁寧に、話しかけた…

 「…トイレじゃない?…」

 その言葉で、私は、あらためて、そのお客様を振り返った…

 そして、失礼ながら、ジロジロとぶしつけに、相手の顔を見た…

 その第一印象は、私の知らない人物だということだった…

 が、

 相手は、真逆に私を知っていたらしい…

 「…竹下さんですね?…」

 直球で、私に聞いた…

 私は、驚いた…

 当然だ…

 まったく、見ず知らずの他人…

 今初めて、会った人物に、いきなり、自分の名前を言われて、驚かない人間は、いないに決まっている…

 私は、どう言っていいか、わからず、唖然として、黙って、その男を見た…

 だが、男の方は、と言うと、

 「…ウチの娘にそっくりだと聞いていたので、すぐにわかりました…」

 と言って、破顔一笑した…

 「…娘さんに?…」

 私は、おそらく、間の抜けた顔で、オウム返しに、相手の言葉を繰り返した…

 …一体、誰だろう?…

 私は、考える…

 が、相手の正体を探る間もなく、

 「…いきなり、驚かせて、スイマセン…私は、こういう者です…」

 と、見るからに仕立てのいい、スーツの内ポケットから、名刺を取り出して、私に渡した…

 私は、当然のことながら、差し出された名刺を両手で、受け取り、そこに書かれていた名前を見た…

 そこには、

…衆議院議員、大場小太郎…

と、書かれていた…

大場小太郎…

大場の父親?…

真っ先に、脳裏に、大場の顔が浮かんだ…

そして、今、この大場小太郎代議士が言った、

「…ウチの娘にそっくり…」

という言葉が、身に染みてわかった…

たしかに、あの大場の父親なら、すぐに私に気付くに決まっている…

私も大場も、顔が、似ている…

いや、

顔だけではない…

身長もほぼ同じ…

年齢も同じ…

違うのは、学歴と、生まれだけだ…

そして、今さらながら、

…どうして、いきなり、大場の父親が、私に会いにやって来たのだろう?…

と、思った…

同時に気付いた…

大場小太郎代議士の自宅襲撃事件…

おそらくは、稲葉五郎が、大場代議士の自宅のシャッターに、拳銃を発砲した事件に関係があるのでは?

と、気付いた…

だが、なぜ、私に会いにやって来たのか?

疑問が湧いた…

たしかに、目の前の大場小太郎代議士と、稲葉五郎の襲撃事件と、関連付けるのは、わかる…

簡単だ…

しかしながら、だから、私に会いにやって来たと考えるのは、早計というか…

繋がらない…

…一体、なぜ?…

答えは、すぐに、閃いた…

この大場小太郎代議士も、おそらく古賀会長の探していた娘と、私を誤解しているのだ…

きっと、そうに、決まっている…

私は、気付いた…

だから、私に利用価値があると、思ってやって来たに、決まっている…

そして、大場のことを、思い出した…

あの日、私は、この大場小太郎代議士の娘の、あっちゃんに頼まれ、高雄悠(ゆう)と、連絡を取るべく、稲葉一家のある、あの場所を訪れた…

あっちゃんから、

「…高雄悠(ゆう)さんは、竹下さんのことなら、何でも聞く…」

と、持ち上げられて、私は、あの稲葉一家のある、街に出向いた…

そして、その結果は、ご覧の通り…

おそらくは、私を稲葉五郎の元へ、向かわせる、あっちゃんと、高雄悠(ゆう)が、組んだ策略だったに決まっている…

私を稲葉五郎に接触させることで、自分の父親である、高雄組組長との仲を緊張関係に持ってゆこうとする策略だったに決まっている…

現にその証拠に、あの後、あっちゃんから、連絡はなかった…

要するに、あっちゃんこと、大場にとっては、私を動かす目的は、果たしたと見るべきだ…

大場にとっては、私を稲葉五郎に接触させることで、高雄の父である、高雄組組長と、緊張関係を作り出し、山田会の次期会長を巡る争いを活発化させる…

それで、週刊誌にすっぱ抜かれた、自分の父親と、稲葉五郎の関係から、世間の目をそらせる狙いが、まんまと、当たったと見るべきだろう…

結果的に、稲葉五郎は、高雄の父親の勢力と、睨み合った…

稲葉五郎と、高雄組組長の双方に属する組織の末端の組員が、いざこざを起こすことで、双方に緊張感をもたらした…

それで、山田会の次期会長を巡る内紛が、白日の下に晒され、世間に知られることになった…

だから、内紛が表面化したことで、週刊誌にスクープされた稲葉五郎と、大場小太郎代議士の関係がすっ飛んだ…

それ以上、インパクトのある、話題が、表面化したからだ…

と、ここまで、考えて気付いたことがある…

そのストーリーというか、その絵を描いたのは、大場の娘ではなく、眼前の大場の父親である、大場小太郎代議士であるということだ…

そして、もう一つ…

たった今、気付いたのだが、稲葉五郎は、高雄の父親の勢力といざこざを起こした…

稲葉五郎は、おそらく、この大場小太郎代議士に警告する意味で、大場小太郎代議士の自宅に発砲し、それを隠すと言うか、世間に大げさに報道されないために、敵対する高雄の父親の勢力と、いざこざを起こしたわけだが、それは、この大場小太郎代議士にとっても、願ったり叶ったりというか…

要するに、山田会の内紛が世間にクローズアップされることで、自分の稲葉五郎との関係が、小さく扱われることになった…

だだ、だとすると、これは、最初から、大場小太郎代議士が狙ってやったことなのだろうか?

それとは、知らずに、稲葉五郎が、踊らされたというか、大場小太郎代議士の目論見通りに動いたということだろうか?

あるいは、

稲葉五郎は、それがわかっていて、大場小太郎代議士の目論見通りに動いたのだろうか?

謎が残る…

私は、あらためて、その疑問に気付いた…

わずか、数秒、

あるいは、

数十秒だが、そのことに気付いた…

そして、そんなことを考えながら、目の前の、大場小太郎代議士を見た…

次期総理総裁候の呼び声も高い、大場の父親、大場小太郎代議士を見た…

私のぶしつけなまでに、あからさまな視線に、大場代議士は、ニコニコと笑っていた…

私はかえって、その笑いが、不思議と言うか、不気味だった…

だから、私は、つい、相手が私など、普段なら、到底話すことなどない大物代議士であることも忘れて、

「…なにが、おかしいんですか?…」

と、訊いてしまった…

ホントなら、無礼極まりない…

失礼極まりない話だ…

だが、目の前の大物代議士は、私の無礼な態度を気にすることもなかった…

それが、大物の大物たる所以(ゆえん)かもしれない…

「…失礼…あまりにも、娘に似ているもので…」

大場代議士は、笑って、そう答えた…

無難…

実に、無難な答えだった…

「…ご不快に感じたのならば、この通り、謝ります…」

そう言って、ペコリと私に向かって、頭を下げた…

私は、驚いた…

まさか、日本を代表する政治家が、私に頭を下げるとは、思わなかったのだ…

私は、文字通り、圧倒された…

大場小太郎代議士に圧倒された…

私は、ビックリして、言葉もなかった…

ただただ、唖然とした。

それから、すぐに我に返った…

「…やめてください…頭を上げて下さい…」

私は言った…

私は、私の父親と同世代の年齢の大人に頭を下げられたことは、初めて…

これまで、一度もなかった…

まして、相手は、有名政治家…

次期総理総裁候補に取りざたされる、大物政治家だ…

そんな人間に、頭を下げられたのだから、どうして、いいか、わからなかった…

が、

大場小太郎は、それでも、頭を上げなかった…

だから、私は、

「…お願いします…頭を上げて下さい…」

と、懇願した…

そんな私の声で、ようやく、大場代議士は、頭を上げた…

「…失礼…お嬢さんを困らせるつもりはありませんでした…」

大場代議士は、頭を上げて言った…

「…ですが、お嬢さんに叱られると、娘に叱られてる気持ちになって…」

大場代議士は、苦笑する。

「…娘そっくりなお嬢さんに嫌われたくはありません…この世の中で、娘に嫌われるのは、どんな父親も、もっとも、嫌う事態です…」

私は、大場代議士の言葉に、どう返答していいか、わからなかったので、

「…」

と、黙っていた…

「…父親にとって、娘は永遠の恋人です…しかも、永遠に縁の切れない、唯一無二の恋人です…」

大場代議士が力を込めた…

私は、唖然とした。

たしかに、大場代議士の言うことはわかる…

しかし、それを、私の前で、力説するとは?

私と大場は、顔が似ているから、この大場代議士の言うことは、わかるが、それを、私の前で、力説されても…

私は、戸惑った…

そして、気付いた…

これは、選挙だ!

選挙の影響だ!

選挙では、どうしても、わかりやすく、大げさな言葉が、受けやすい…

大衆の支持を受けやすい…

その影響だ…

それが、癖になっているというか、習慣になっているに違いない…

私は、そう思った…

そして、それに気付いた私は、どうしても、視線が冷ややかになった…

眼前の有名政治家を前にしても、冷ややかな視線になった…

もっとも、これは、この眼前の大場小太郎代議士に、威厳のないことも大きい…

失礼ながら、総理総裁候補に、毎度、名前が挙がっているにもかかわらず、威厳がまるでない(笑)…

この店にやって来たときにも、誰もその存在に気付かなかった…

つまり、それほど、存在感がないのだ(笑)…
 
 身長もそれなりにあり、顔も悪くない…

 なにより、仕立てのいい、スーツをバリッと着こなしている…

 つまり、欠点はなにもないのだが、なぜか、存在感が、まるでなかった…

 要するに、華がないのだ…

 女で言えば、よく見れば、美人というタイプ…

 一見すると、地味だが、よく見れば、目鼻立ちが、よく整っていて、悪くはない…

 しかし、地味…

 どこに行っても、目立つことない…

 そんなタイプだった…

 だからだろう…

 今言った、大げさな言葉が似合わない…

 選挙の言葉は、舞台に似ている…

 役者が舞台の上で、大げさなセリフを言うのに、似ている…

 そして、舞台に立つ人間は、基本的に、派手な人間が似合う…

 舞台は、非日常…

 日常ではない…

 だから、普段、使わない大げさなセリフを口にする…

 そして、それを口にするのは、目立つ人間…

 ずばり、華がある人間に限る…

 つまり、華がない、大場代議士が、大げさな言葉を口にしても、似合わない…

 女で言えば、例え美人でも、地味な女が、派手な衣装を着て、現れるようなものだ…

 私は、そう思った…

 そう思って、眼前の大場小太郎代議士を見た…

 地味で、存在感の薄い、大場代議士を見た…

 すると、大場代議士もまた、私をぶしつけに、ジロジロと見ていることに気付いた…

 互いが、父娘ほど、歳が離れているにもかかわらず、遠慮なく相手を観察していた…

 まるで、お見合いのようだった(笑)…

 初対面にもかかわらず、互いが、どんな人間か、探っているような感じだった…

                
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