第74話
文字数 5,519文字
翌日になって、朝、目覚めたとき、結局、前日、戸田というか、稲葉一家に連絡をしなかったことを思い出した…
というか、悔いた…
当麻のこともあるが、やはり、抗争だ…
山田会と松尾会の抗争だ…
私は、当然、ヤクザではないから、本来、抗争とは無縁…
関係がない…
なにしろ、私は、一般人…
素人だ…
身内にヤクザもいない…
まったくの平凡人…
だから、山田会と、松尾会の抗争なんて、全然、関係がないと思っていた…
しかし、
しかし、だ…
バイト先のコンビニの店長である、葉山が、
「…竹下さん、きっと、稲葉さんも、高雄さんも困っていると思うよ…」
と、言った言葉が、私の心を動かした…
ずばり、心に刺さったのだ…
今の時代、ヤクザといえども、安易に抗争はできない…
組が潰されてしまうからだ…
だから、下手に抗争はできない…
やむにやまれぬ事情でもない限り、抗争はできない…
それが、今回は、末端の組員同士の争いだ…
それが、まるで、ガソリンを撒いたように、いきなり炎が燃え上がったのが、今回の抗争だった…
だから、本来ならば、まるで、マッチで火を点けたような争いに過ぎない…
あくまで、ちっちゃい炎でしかない…
ずばり、大火になるはずが、なかった…
少し上の中間管理職というか、二次団体の幹部クラスが、電話で、話せば、済む問題だったのだ…
だが、今回は、具合が悪かった…
山田会が、割れていたのだ…
山田会の前会長の古賀が亡くなって、跡目=後継者が、まだ決まってなかった…
稲葉五郎と、高雄の父? の二人が、本命で、山田会が、その二つに割れていた…
たまたま、山田会の末端の組員が、所属していたのが、稲葉五郎のラインというか、派閥で、ゴタゴタを起こした松尾会の組員が、騒動を収めるべく、連絡をしたのが、高雄の父の一派だった…
だから、連絡をしなかった…
それゆえ、初動に遅れ、大騒ぎになった…
それが、今回の騒動の始まりだった…
ハッキリ言って、バカバカしい…
だから、一刻も早い幕切れが、関係者の望むところだった…
だから、葉山の言うこともわかる…
稲葉五郎も、高雄の父?も、一刻も早く、この騒動を終わらせたいに違いない…
だから、内心、苦慮しているに、違いないのだ…
だから、私も、及ばずながら、力になろうと思った…
ヤクザやヤンキーが大の苦手な竹下クミだったが、一肌脱ごうと、心に決めた…
ハッキリ言って、当麻は、あまり関係がなかった…
もっと、言えば、高雄の父? も、あまり関係がなかった…
では、誰が、関係があるかと言えば、それは、ずばり、稲葉五郎だった…
ハッキリ言って、今でも、会えば、怖いが、稲葉五郎が、私を好きというか、大事に思っているのが、痛いほど、わかっているからだ…
あの街中華の、女優の渡辺えりに似た女将さんは、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引いたものだから、稲葉五郎が、山田会の跡目を狙うのに、有利だから、大事にしているに過ぎないと言った…
ヤクザ界に血筋は関係ないが、やはり、ヤクザ界の秀吉と言われた、古賀会長の血縁者を味方にすれば、なにかと有利と思ったのだろう…
だから、稲葉五郎も、高雄の父? も私を大事にした…
そういうことだ…
ただ、正直、高雄の父?よりも、稲葉五郎の方が、私に愛情を注いでいるのが、よくわかった…
もしかしたら、それは、稲葉五郎と、高雄の父?のキャラの違いに過ぎないのかもしれない…
稲葉五郎は、直情的で、一直線…
高雄の父? は、感情を表に出すタイプではない…
だから、稲葉五郎は、一直線に、私に対して、愛情を注いでくれる…
それが、嬉しかったし、心地よかった…
誰でも、自分を好きで、いてくれる人間を、嫌いになる人間はいない…
私は、女で、稲葉五郎は、男…
だから、もしかしたら、稲葉五郎は、私に変な下心があるのかも? と、思ったときもあったが、それはないと結論づけた…
なぜなら、稲葉五郎は大物ヤクザ…
たしかに、私は、稲葉五郎の娘ぐらいの年齢だが、同じぐらいの年齢で、もっと美人はいくらでも、手に入るだろう…
そして、そんなことを考える以前に、稲葉五郎が、私に下心があるかないかは、接していれば、わかる…
稲葉五郎が、私に抱いているのは、下心ではなく、愛情…
まるで、溺愛する娘に対する愛情そのものだからだ…
だから、私は、はばかりながら、稲葉一家に連絡をしようとした…
この抗争は、もしかしたら、稲葉五郎の危機になるかもしれない…
だから、稲葉五郎を助けるべく、動こうとしたのだ…
が、
やはり、電話をするのが、怖かった…
稲葉一家だ…
ヤクザ事務所だ…
それに、あの稲葉五郎は、私を利用しようとしているにも、かかわらず、私が、一歩、稲葉一家の事務所に足を踏み入れただけで、激怒した…
私が、亡くなった古賀会長の血を引いた身内だと信じているにもかかわらず、ヤクザ事務所に足を踏み入れることに激怒した…
「…ここは、お嬢のような方が、出入りする場所じゃありません…」
と、激怒した…
そんな稲葉五郎が、私が、松尾会の関係者と会って、山田会の抗争の調停に一役買うと、言えば、どう思うのだろうか?
普通に考えれば、激怒するに決まっている…
たかだか、私が、稲葉一家の事務所に足を踏み入れただけで、あれほど、激怒したのだ…
それが、調停に一役買ったと知れば…
実に、怖い…
が、これは、稲葉五郎のためでもある…
だから、やりたくないが、やろうとした…
しかし、気が重かった…
やりたくないものをやるのは、誰にしても、気が思いものだ…
稲葉一家に電話をするべきだが、朝からずっと悩んでいた…
正直、どうにも、気が重かったのだ…
と、そのときだった…
偶然、スマホのベルが鳴った…
…一体、誰からだろう?…
気になった…
私は、率直に言って、交友関係が、広い方では、決してない…
だから、頻繁に、友人から、電話がかかって来るタイプでは、なかった…
…名前を見る…
大場だった…
あまりにも、意外と言えば、意外だった…
…どうする?…
…出るか?…
…それとも、出ないか?…
考えた…
すると、悩んでいる間に、留守電に変わった…
「…竹下さん…大場です…ご無沙汰しています…」
大場がメッセージを入れる…
その声を聞いて、ふと、閃いた…
大場は、あの稲葉五郎と親交がある…
子供の頃から、稲葉五郎と付き合いがあると、言っていたし、現に、二人は、親しそうだった…
私は、それを思い出すと、急いで、留守電にメッセージを録音している最中の電話に出た…
「…竹下です…」
「…た、竹下…さん?…」
いきなり、電話に出たものだから、大場が驚いた…
「…な…な、に? いたの?…」
「…近くにいたけど、すぐに出れなくて…」
私は、とっさにウソをついた…
誰でも、つくウソだ…
正直、あまり罪悪感を感じないウソだった(笑)…
「…そう…」
大場はあっけなく返した…
「…まあ、…誰でも、電話をすれば、すぐに出るなんて、ありえないしね…」
大場が言う…
事実、その通りだった…
スマホとはいえ、電話をすれば、即時に電話に出る…
そんなことは、ありえない…
手元に、スマホがあるかどうか、そもそも、わからないからだ…
だから、私のウソが、バレるはずがない…
そう考えたときだった…
「…この間は、パパが世話になったそうね…竹下さん、ありがとう…」
…パパ?…
…一体、誰のことだ?…
一瞬、考え込んだ…
…そうだ…
…大場小太郎代議士だ…
…次期総理総裁候補に名前が挙がる…
いきなり、大場が、パパなんて、呼ぶから、一瞬、誰だか、わからなくなった…
と、同時に、あらためて、今現在、その大場代議士と、稲葉五郎が、揉めているのを思い出した…
大場小太郎代議士と、稲葉五郎の仲が、週刊誌に暴露されて、困った大場代議士が、稲葉五郎と、手を切ろうとした…
それに、激怒した、稲葉五郎が、警告する意味で、大場代議士の自宅の駐車場のシャッターに、拳銃で、発砲したのだ…
勝手に、関係を断つことは許さねえ!
稲葉五郎の強烈なメッセージだった…
私は、今さらながら、それを思い出した…
と、同時に、自分の過ちに気付いた…
私は、今、この大場を通じて、稲葉五郎と連絡を取ろうとして、この電話に出たのだ…
それが、無意味になった…
今は、大場代議士と稲葉五郎は、敵対関係…
すると、当然ながら、娘のあっちゃんも、また、稲葉五郎と反目しているに違いない…
当たり前だが、そう思ったのだ…
だから、それを思い出すと、あっちゃんに、どう言っていいか、わからなかった…
だから、
「…」
と、黙った…
「…どうしたの…竹下さん…黙っちゃって…」
私の異変に気付いたのか、大場が言った…
私は、一瞬、どう言おうか、悩んだが、
「…大場さんも、今、色々大変みたいだから…」
と、曖昧に言葉を濁した…
まさか、稲葉五郎と父親の仲が、週刊誌で暴露されて、それが原因で、発砲騒ぎになった話を、ここで、蒸し返すことはできない…
そう思ったのだ…
が、
大場の返答は、意外なものだった…
「…あっ…もしかしたら、竹下さん…週刊誌の記事を気にしてるわけ?…」
意外にも、楽しそうな声で、言った…
私は、
「…」
と、黙った…
どうしていいか、わからなかったからだ…
「…バカね…あんなもん、気にしちゃダメよ…」
明るい声が、聞こえてきた…
「…でも、稲葉さんが…」
私は言うべきか、否か、悩んだが、口にした…
私は、無意識ながら、つい、稲葉五郎のスタンスと言うか、稲葉五郎よりに、なってしまっていた…
やはり、稲葉五郎が、私を、
「…お嬢…お嬢…」
と、大事にしてくれるのが、大きいのかもしれない…
「…私は、全然、気にしていない…無論、パパもよ…」
あっけらかんという…
「…これは、別に強がりでもなんでもなく、本音よ…ひとは、誰でも、自分の立場があるし…稲葉さんが、ああいった行動をするのは、仕方ないことよ…」
大場が言った…
同時に、たしか、この前、大場の父である、大場小太郎代議士に、あのアルトワークスという軽自動車に乗ったとき、大場の父もまた、同じことを言ったことを思い出した…
…稲葉さんの立場ならば、ああするのは、仕方ないと…
稲葉五郎の立場を考えたのだ…
やはり、政治家…
そして、大場は、その政治家の娘…
同じように、考えることができる…
やはり、血の繋がった親娘だ…
私は、思った…
「…私は、稲葉のオジサンが、あんなことをしても、全然、気にしないわ…パパも言ってたわ…稲葉さんは、立場上、ああするしか、なかったんだって…」
「…立場上って?…」
「…オジサンは、ヤクザでしょ? 政治家とヤクザの関係が、週刊誌に暴露されて、政治家は、ヤクザとの関係を断とうとするのが、当たり前…ヤクザは、それを阻止するのが、当たり前…仮に、オジサンが、私のパパになにもしなければ、組織の中で、示しがつかないでしょ?…」
「…示しって?…」
「…ヤクザでも、政治家でも、みんな同じ…やりたくないことでも、立場上、しなければ、ならないことって、いっぱいあるでしょ? 特に、パパの場合は、国会で、総理を選ぶとき、普段仲のいい議員に投票したかったんだけど、できなかったりして、結構、内心、葛藤があったって、昔、よく言ってたわ…」
「…」
「…だから、割り切りっていうか…立場上、仕方のないことって、世の中、いっぱいあるんだなって、子供の頃から、わかってたから…それに…」
そこで、いったん、区切った…
言葉を止めた…
少し待ったが、大場が、なにも、言わなかった…
だから、
「…それに…どうしたの?…」
と、聞いた…
大場の言葉を促したのだ…
すると、大場は、
「…オジサンは、悪いひとじゃないから…」
と、小さく言った。
「…子供の頃から知ってるし、小さきときから、随分、可愛がってもらった…オジサンは、子供が好きみたいだったし…ただ…」
大場の声が、小さくなった…
「…ただ、なに?…」
いけないことだと知りながら、またも、大場の発言を促した…
「…ただ、今になって思えば、そうじゃないかもしれない…」
「…そうじゃない?…」
「…ええ…」
「…そうじゃないって、なに?…」
「…オジサンが、私を可愛がったわけ…子供が好きだからじゃなかったかも…」
「…じゃ…どうして、大場さんを、稲葉さんは、可愛がったの?…」
「…きっと…」
大場がためらいがちに言い出した…
「…きっと、なに?…」
「…似ているから…」
小さく言った…
「…似ている? 誰に?…」
「…竹下さん…アナタに…」
大場が、仰天の言葉を発した…
というか、悔いた…
当麻のこともあるが、やはり、抗争だ…
山田会と松尾会の抗争だ…
私は、当然、ヤクザではないから、本来、抗争とは無縁…
関係がない…
なにしろ、私は、一般人…
素人だ…
身内にヤクザもいない…
まったくの平凡人…
だから、山田会と、松尾会の抗争なんて、全然、関係がないと思っていた…
しかし、
しかし、だ…
バイト先のコンビニの店長である、葉山が、
「…竹下さん、きっと、稲葉さんも、高雄さんも困っていると思うよ…」
と、言った言葉が、私の心を動かした…
ずばり、心に刺さったのだ…
今の時代、ヤクザといえども、安易に抗争はできない…
組が潰されてしまうからだ…
だから、下手に抗争はできない…
やむにやまれぬ事情でもない限り、抗争はできない…
それが、今回は、末端の組員同士の争いだ…
それが、まるで、ガソリンを撒いたように、いきなり炎が燃え上がったのが、今回の抗争だった…
だから、本来ならば、まるで、マッチで火を点けたような争いに過ぎない…
あくまで、ちっちゃい炎でしかない…
ずばり、大火になるはずが、なかった…
少し上の中間管理職というか、二次団体の幹部クラスが、電話で、話せば、済む問題だったのだ…
だが、今回は、具合が悪かった…
山田会が、割れていたのだ…
山田会の前会長の古賀が亡くなって、跡目=後継者が、まだ決まってなかった…
稲葉五郎と、高雄の父? の二人が、本命で、山田会が、その二つに割れていた…
たまたま、山田会の末端の組員が、所属していたのが、稲葉五郎のラインというか、派閥で、ゴタゴタを起こした松尾会の組員が、騒動を収めるべく、連絡をしたのが、高雄の父の一派だった…
だから、連絡をしなかった…
それゆえ、初動に遅れ、大騒ぎになった…
それが、今回の騒動の始まりだった…
ハッキリ言って、バカバカしい…
だから、一刻も早い幕切れが、関係者の望むところだった…
だから、葉山の言うこともわかる…
稲葉五郎も、高雄の父?も、一刻も早く、この騒動を終わらせたいに違いない…
だから、内心、苦慮しているに、違いないのだ…
だから、私も、及ばずながら、力になろうと思った…
ヤクザやヤンキーが大の苦手な竹下クミだったが、一肌脱ごうと、心に決めた…
ハッキリ言って、当麻は、あまり関係がなかった…
もっと、言えば、高雄の父? も、あまり関係がなかった…
では、誰が、関係があるかと言えば、それは、ずばり、稲葉五郎だった…
ハッキリ言って、今でも、会えば、怖いが、稲葉五郎が、私を好きというか、大事に思っているのが、痛いほど、わかっているからだ…
あの街中華の、女優の渡辺えりに似た女将さんは、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引いたものだから、稲葉五郎が、山田会の跡目を狙うのに、有利だから、大事にしているに過ぎないと言った…
ヤクザ界に血筋は関係ないが、やはり、ヤクザ界の秀吉と言われた、古賀会長の血縁者を味方にすれば、なにかと有利と思ったのだろう…
だから、稲葉五郎も、高雄の父? も私を大事にした…
そういうことだ…
ただ、正直、高雄の父?よりも、稲葉五郎の方が、私に愛情を注いでいるのが、よくわかった…
もしかしたら、それは、稲葉五郎と、高雄の父?のキャラの違いに過ぎないのかもしれない…
稲葉五郎は、直情的で、一直線…
高雄の父? は、感情を表に出すタイプではない…
だから、稲葉五郎は、一直線に、私に対して、愛情を注いでくれる…
それが、嬉しかったし、心地よかった…
誰でも、自分を好きで、いてくれる人間を、嫌いになる人間はいない…
私は、女で、稲葉五郎は、男…
だから、もしかしたら、稲葉五郎は、私に変な下心があるのかも? と、思ったときもあったが、それはないと結論づけた…
なぜなら、稲葉五郎は大物ヤクザ…
たしかに、私は、稲葉五郎の娘ぐらいの年齢だが、同じぐらいの年齢で、もっと美人はいくらでも、手に入るだろう…
そして、そんなことを考える以前に、稲葉五郎が、私に下心があるかないかは、接していれば、わかる…
稲葉五郎が、私に抱いているのは、下心ではなく、愛情…
まるで、溺愛する娘に対する愛情そのものだからだ…
だから、私は、はばかりながら、稲葉一家に連絡をしようとした…
この抗争は、もしかしたら、稲葉五郎の危機になるかもしれない…
だから、稲葉五郎を助けるべく、動こうとしたのだ…
が、
やはり、電話をするのが、怖かった…
稲葉一家だ…
ヤクザ事務所だ…
それに、あの稲葉五郎は、私を利用しようとしているにも、かかわらず、私が、一歩、稲葉一家の事務所に足を踏み入れただけで、激怒した…
私が、亡くなった古賀会長の血を引いた身内だと信じているにもかかわらず、ヤクザ事務所に足を踏み入れることに激怒した…
「…ここは、お嬢のような方が、出入りする場所じゃありません…」
と、激怒した…
そんな稲葉五郎が、私が、松尾会の関係者と会って、山田会の抗争の調停に一役買うと、言えば、どう思うのだろうか?
普通に考えれば、激怒するに決まっている…
たかだか、私が、稲葉一家の事務所に足を踏み入れただけで、あれほど、激怒したのだ…
それが、調停に一役買ったと知れば…
実に、怖い…
が、これは、稲葉五郎のためでもある…
だから、やりたくないが、やろうとした…
しかし、気が重かった…
やりたくないものをやるのは、誰にしても、気が思いものだ…
稲葉一家に電話をするべきだが、朝からずっと悩んでいた…
正直、どうにも、気が重かったのだ…
と、そのときだった…
偶然、スマホのベルが鳴った…
…一体、誰からだろう?…
気になった…
私は、率直に言って、交友関係が、広い方では、決してない…
だから、頻繁に、友人から、電話がかかって来るタイプでは、なかった…
…名前を見る…
大場だった…
あまりにも、意外と言えば、意外だった…
…どうする?…
…出るか?…
…それとも、出ないか?…
考えた…
すると、悩んでいる間に、留守電に変わった…
「…竹下さん…大場です…ご無沙汰しています…」
大場がメッセージを入れる…
その声を聞いて、ふと、閃いた…
大場は、あの稲葉五郎と親交がある…
子供の頃から、稲葉五郎と付き合いがあると、言っていたし、現に、二人は、親しそうだった…
私は、それを思い出すと、急いで、留守電にメッセージを録音している最中の電話に出た…
「…竹下です…」
「…た、竹下…さん?…」
いきなり、電話に出たものだから、大場が驚いた…
「…な…な、に? いたの?…」
「…近くにいたけど、すぐに出れなくて…」
私は、とっさにウソをついた…
誰でも、つくウソだ…
正直、あまり罪悪感を感じないウソだった(笑)…
「…そう…」
大場はあっけなく返した…
「…まあ、…誰でも、電話をすれば、すぐに出るなんて、ありえないしね…」
大場が言う…
事実、その通りだった…
スマホとはいえ、電話をすれば、即時に電話に出る…
そんなことは、ありえない…
手元に、スマホがあるかどうか、そもそも、わからないからだ…
だから、私のウソが、バレるはずがない…
そう考えたときだった…
「…この間は、パパが世話になったそうね…竹下さん、ありがとう…」
…パパ?…
…一体、誰のことだ?…
一瞬、考え込んだ…
…そうだ…
…大場小太郎代議士だ…
…次期総理総裁候補に名前が挙がる…
いきなり、大場が、パパなんて、呼ぶから、一瞬、誰だか、わからなくなった…
と、同時に、あらためて、今現在、その大場代議士と、稲葉五郎が、揉めているのを思い出した…
大場小太郎代議士と、稲葉五郎の仲が、週刊誌に暴露されて、困った大場代議士が、稲葉五郎と、手を切ろうとした…
それに、激怒した、稲葉五郎が、警告する意味で、大場代議士の自宅の駐車場のシャッターに、拳銃で、発砲したのだ…
勝手に、関係を断つことは許さねえ!
稲葉五郎の強烈なメッセージだった…
私は、今さらながら、それを思い出した…
と、同時に、自分の過ちに気付いた…
私は、今、この大場を通じて、稲葉五郎と連絡を取ろうとして、この電話に出たのだ…
それが、無意味になった…
今は、大場代議士と稲葉五郎は、敵対関係…
すると、当然ながら、娘のあっちゃんも、また、稲葉五郎と反目しているに違いない…
当たり前だが、そう思ったのだ…
だから、それを思い出すと、あっちゃんに、どう言っていいか、わからなかった…
だから、
「…」
と、黙った…
「…どうしたの…竹下さん…黙っちゃって…」
私の異変に気付いたのか、大場が言った…
私は、一瞬、どう言おうか、悩んだが、
「…大場さんも、今、色々大変みたいだから…」
と、曖昧に言葉を濁した…
まさか、稲葉五郎と父親の仲が、週刊誌で暴露されて、それが原因で、発砲騒ぎになった話を、ここで、蒸し返すことはできない…
そう思ったのだ…
が、
大場の返答は、意外なものだった…
「…あっ…もしかしたら、竹下さん…週刊誌の記事を気にしてるわけ?…」
意外にも、楽しそうな声で、言った…
私は、
「…」
と、黙った…
どうしていいか、わからなかったからだ…
「…バカね…あんなもん、気にしちゃダメよ…」
明るい声が、聞こえてきた…
「…でも、稲葉さんが…」
私は言うべきか、否か、悩んだが、口にした…
私は、無意識ながら、つい、稲葉五郎のスタンスと言うか、稲葉五郎よりに、なってしまっていた…
やはり、稲葉五郎が、私を、
「…お嬢…お嬢…」
と、大事にしてくれるのが、大きいのかもしれない…
「…私は、全然、気にしていない…無論、パパもよ…」
あっけらかんという…
「…これは、別に強がりでもなんでもなく、本音よ…ひとは、誰でも、自分の立場があるし…稲葉さんが、ああいった行動をするのは、仕方ないことよ…」
大場が言った…
同時に、たしか、この前、大場の父である、大場小太郎代議士に、あのアルトワークスという軽自動車に乗ったとき、大場の父もまた、同じことを言ったことを思い出した…
…稲葉さんの立場ならば、ああするのは、仕方ないと…
稲葉五郎の立場を考えたのだ…
やはり、政治家…
そして、大場は、その政治家の娘…
同じように、考えることができる…
やはり、血の繋がった親娘だ…
私は、思った…
「…私は、稲葉のオジサンが、あんなことをしても、全然、気にしないわ…パパも言ってたわ…稲葉さんは、立場上、ああするしか、なかったんだって…」
「…立場上って?…」
「…オジサンは、ヤクザでしょ? 政治家とヤクザの関係が、週刊誌に暴露されて、政治家は、ヤクザとの関係を断とうとするのが、当たり前…ヤクザは、それを阻止するのが、当たり前…仮に、オジサンが、私のパパになにもしなければ、組織の中で、示しがつかないでしょ?…」
「…示しって?…」
「…ヤクザでも、政治家でも、みんな同じ…やりたくないことでも、立場上、しなければ、ならないことって、いっぱいあるでしょ? 特に、パパの場合は、国会で、総理を選ぶとき、普段仲のいい議員に投票したかったんだけど、できなかったりして、結構、内心、葛藤があったって、昔、よく言ってたわ…」
「…」
「…だから、割り切りっていうか…立場上、仕方のないことって、世の中、いっぱいあるんだなって、子供の頃から、わかってたから…それに…」
そこで、いったん、区切った…
言葉を止めた…
少し待ったが、大場が、なにも、言わなかった…
だから、
「…それに…どうしたの?…」
と、聞いた…
大場の言葉を促したのだ…
すると、大場は、
「…オジサンは、悪いひとじゃないから…」
と、小さく言った。
「…子供の頃から知ってるし、小さきときから、随分、可愛がってもらった…オジサンは、子供が好きみたいだったし…ただ…」
大場の声が、小さくなった…
「…ただ、なに?…」
いけないことだと知りながら、またも、大場の発言を促した…
「…ただ、今になって思えば、そうじゃないかもしれない…」
「…そうじゃない?…」
「…ええ…」
「…そうじゃないって、なに?…」
「…オジサンが、私を可愛がったわけ…子供が好きだからじゃなかったかも…」
「…じゃ…どうして、大場さんを、稲葉さんは、可愛がったの?…」
「…きっと…」
大場がためらいがちに言い出した…
「…きっと、なに?…」
「…似ているから…」
小さく言った…
「…似ている? 誰に?…」
「…竹下さん…アナタに…」
大場が、仰天の言葉を発した…