第4話
文字数 6,494文字
「…に、日本で、二番目に大きな暴力団?…」
私は、自室で、思わず、声を出した。
それほど、驚いた。
当たり前だ…
そんな大きな暴力団に、あの高雄が関係あるなんて…
しかも、
しかも、だ…
あの高雄のいかにも、お坊ちゃんぽい、物腰と、暴力団=ヤクザは、まるで、合わない…
想像がつかないのだ…
あの爽やかな美青年の、高雄と、どうやったら、ヤクザがつながるのか、誰にも分らないに違いない…
私はそう思いながらも、さらに、山田会について、検索を進めた。
すると、思いがけない事実が、わかった…
その高雄組というのは、山田会の中で、一、二を争う、巨大な暴力団だということだ…
私が、調べて、わかったのは、暴力団には、一次団体、二次団体、三次団体と、あるということだ…
一次団体の代表が、あの山口組だ…
そして、山口組の二次団体に、別の組があり、その組の下にも、組があるという事実だった…
ちょうど、会社でいえば、子会社、孫会社と続くようなものだ…
ただ、会社と違うのは、例えば、山口組は、山口組というのは、あくまで、看板というか、その代表であり、いわゆる、二次団体の組織の中から、有力者が、代表=組長になるということだ…
そういう意味では、山口組本体は、あくまで、少人数の本部に過ぎない…
会社でいえば、親会社というよりも、持ち株会社の社員という方が正しいのかもしれない…
ただし、その持ち株会社の社員は、全員がエリート=選ばれた人間だということだ…
つまり、高雄組の立ち位置は、日本で、二番目に大きい、山田会の中でも、一、二を争う、有力組織であるという事実だ…
そして、今、その山田会が、後継者問題で、揺れているという情報が、錯綜している…
これが、問題だった…
いわゆる、山田会の跡目争いというやつだ…
現在の山田会の会長が、高齢で、病に伏せていて、その後継者問題で、山田会が揺れているらしい…
そしてなにより、その後継者に、山田会の中で、一、二を争う、高雄組と、稲葉一家の騒動が起きていると、書かれていた…
あの高雄が息子だとすれば、当然、高雄の父親だろう…
実の父親に違いない…
その父親が、もしかしたら、山田会の会長に就任するかもしれない…
日本で、二番目に大きな暴力団のトップになるかもしれない…
凄い!
凄いことだ!
私は、単純に驚いた。
そんな大きな組織のボスになれるかもしれないなんて…
考えながらも、実は、実感がまるでなかった…
ヤクザ映画を見るよりも、はるかに、実感が湧かなかった(笑)…
だって、あの美男子の高雄だ…
あの優男(やさおとこ)の高雄悠(ゆう)だ…
誰が見ても、花屋の店員とか、図書館が似合うようなおとなしめの美男子だ(笑)…
誰が、どう考えても、ヤンキーやヤクザの真逆の立ち位置にいる人間だ(笑)…
それに、
それに、だ…
あの杉崎実業にしても、もしも、ヤクザ関係の会社ならば、今日昼間会った人間も、ヤクザに違いない…
しかし、今日会った5人のオジサンは、まったくの普通の人だった…
断じて、ヤクザでも、なんでもない普通のひとだった…
これは、断言できる。
だから、どうしても、高雄も杉崎実業も、ヤクザと関係があるようには、見えない…
思えないのだ…
私は、考えた。
と、ここまで、考えて、気付いた。
どうして、高雄が、お嫁さんを募集したかと、いうことだ…
まさか、今回の山田会の跡目争いと関係があるわけではあるまい…
例えば、高雄の父親が、山田会の会長に就任したとする。
すると、高雄組の組長は、空席となる。
山田会の会長と高雄組の組長の兼務はできないからだ…
だから、息子の高雄悠(ゆう)が、結婚して、跡を継ぐ…
これが、昔の江戸時代の大名の結婚か、なにかだったら、それもあるかもしれない…
とりあえず、父がいなくなれば、代わりの人間を立てなければ、ならないからだ…
あるいは、江戸時代や、明治時代、そして、昭和初期に至るまでの商人や、財閥でも、同じかもしれない…
例えば、三井の前身である、江戸時代の越後屋…
いわゆる、オーナーと使用人が分かれていて、越後屋のオーナーが、当主であり、番頭は、言葉は悪いが、従業員というか、雇われ社長…
いかに使えても、所詮は、従業員であり、雇われ社長であるから、越後屋は、自分の所有する店ではない…
あくまで、越後屋の従業員に過ぎない…
だから、例えば、当主が死ねば、当主の息子や娘が跡を継ぐ…
この場合、経験の有無は関係がない…
重要なのは、血筋だからだ…
越後屋の経営は、雇われ社長である、番頭が引き続き、行うことになる…
これは、江戸時代の大名と同じ…
いかに、部下が有能でも、上司である、大名が死んでも、自分が、大名になれるわけでもない…
大名の肩書は、大名の血筋の縁者がなるものだからだ…
しかし、ヤクザは当然、そうではないだろう…
ヤクザは、当然、実力社会だろう…
例えば、高雄の父親が、上部団体である、山田会の会長になれば、高雄組の組長を辞めることになる…
兼務はできないからだ…
その場合、高雄組は、誰か、別の人間が跡を継ぐことになる…
しかし、それは、何度も言うように、息子の悠(ゆう)ではないだろう…
あの高雄にヤクザの経験があるとは、思えない…
なにより、あの年齢だ…
22歳の私より、数歳上…
せいぜい、二十代後半だろう…
そんな年齢の若者に、組の運営など、できるはずがない…
よく漫画では、例えば、高雄と同じぐらいの年齢の青年が、実は、〇〇組、三代目組長と名乗る漫画があったが、現実は、その年齢では、ひとを動かせない…
誰もが、ついていかない…
その年齢では、明らかに経験が不足している。
だから、もし、仮に、組長であれば、それは、言葉は悪いが、傀儡(かいらい)=操り人形か、事実上は、誰か別の実力者が、組を動かしていて、組長は、名ばかり組長ということになる。
組長という肩書だけで、実権がなにもないだろう…
だが、それは、絵空事…
現実は、二十代後半で、大きな組織の組長というのは、ありえない…
それは、例えば、誰もが知る大企業で、二十代後半で、社長が務まるかというのと、同じだ…
仮に、これも、例えば、二十代後半で、社長に就任すれば、やはり名ばかり社長…
実権は、誰か、別の実力者に、握られているだろう…
ちょうど、誰もが知る、歴史で言えば、豊臣秀吉の息子の秀頼が、秀吉の死で、3歳で、跡を継いだ。
名目上は、一番上だが、実権は、当時、五十代後半の徳川家康が握っていた…
それと同じだろう…
つまりは、どう考えても、あの高雄悠(ゆう)に、実権があるとは、思えないということだ…
しかし、それならば、一体なぜ?
なぜ、この時期に、このような形で、お嫁さんを募集したのか?
謎がある…
私は、思った。
だが、いずれにしろ、その謎は、今回の山田会の跡目争いと無関係ではあるまい…
そう、私は睨んだ…
私の目に間違いはない…
狂いはないのだ!
杉崎実業の二次面接は、終わった…
終了した…
が、考えてみると、就職はどうなったのだろうか?
私は、就職試験のために、杉崎実業を訪れたのだ…
いや、
これは、私だけではない…
あの面接に、臨んだ、私と同じく面接を受けた、他の4人も同じだ…
それゆえ、面接を受けた。
事実、あの高雄が現れるまでは、普通に、5人のオジサンの面接官と、面接をしていた…
普通の就職面接だった…
それが、終わった頃に、いきなり、あの美男子の高雄悠(ゆう)が、あの部屋に乱入したのだ…
一体、就職試験は、どうなった?
考えてみれば、それが一番重要だった…
杉崎実業に、合格したのならば、それでいい…
もはや、好きだ、嫌いだは、言っていられる状況ではない…
合格したのならば、杉崎実業に、入社するしかないし、不合格ならば、他の会社の就職試験を受けなければ、ならない…
引き続き、就職活動を続けなければ、ならない…
一体、合格か、不合格か、どっちなんだ?
私は、叫びたくなった…
それから、考えた。
…会社に電話するか?…
…合格か、不合格か、聞いてみるか?…
考えた。
当然のことだ…
だが、それはできない…
なぜなら、面接は、今日、終わったばかりだからだ…
普通、どんなに早くても、結果がわかるまでは、一週間か、十日は、かかるものだ…
あるいは、二週間は、かかるものだ…
会社というのは、実にいい加減なものだ…
一週間後に、合否の連絡を電話か、メールでお知らせします、と言っても、下手をすれば、二週間か、それ以上、連絡がない場合が、結構ある…
仕方なく、こちらが、恐る恐る連絡を入れると、結果は、不合格…
要するに、落ちたから、連絡をしなかった、あるいは、忘れていたというのが、真相だろう…
落ちた人間に、わざわざ連絡をするのが、面倒くさいと、考えたのだろう…
世の中というものは、案外そういうものだ…
自分が、正直に対応したからといって、相手が正直に対応するとは、限らない…
私が、今回、就職活動を通じて、知ったのは、そういう現実だった(笑)…
そして、一週間が経った頃、杉崎実業より、スマホにメールが送られてきた。
結果は、合格…
ヤッター!
正直、私は、走り出したい気分だった…
これで、ようやく就職活動から、オサラバすることができる…
あの黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を繰り返すのを、止めることができる…
それを考えると、なにより嬉しかった…
あの喪服のような、黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を続けるのは、気が滅入る以外のなにものでもなかった…
就活をする全員が、同じ格好をするのは、案外不気味というか…
個性が重要とかなんとかいう時代にあって、それと逆行する動きだった…
大げさに言えば、日本と言う国が、どういう国か、わかる…
要するに、みんなが、黒い服を着れば、自分も着る…
軽自動車が、主流とみれば、自分も乗る…
ユニクロが、恥ずかしくないと思えば、自分も着る…
他人の振りを見て、自分の言動を決める…
それが、この国の国民の行動原理だった(笑)…
他人と違うことをすると、毛嫌いされることはなくても、白い目で見られる…
変わり者と見られる…
それが、この国の文化だった(笑)…
私は思った。
結局、合格のメールが届いた一週間後に、再び、あの杉崎実業に訪れることになった…
入社の手続きがあるからだ…
入社は、当然のことながら、来年の4月だが、それまで、顔見せというか、入社の意志の確認をするためもあって、私は、再び、杉崎実業を訪れた。
私は、受付で、就職活動で、合格のメールを受け取ったので、やって来ましたと、説明すると、担当の女性から、すぐに、所定の部屋を案内された…
そこには、あの日、会った女性、ニ人がいた…
そして、私が席に着いて、まもなくして、ほどなく、二人がやって来た…
つまりは、あの日の面接で出会った女のコ、五人全員が、集まったということだ…
その五人の中には、あの日、私に食ってかかった、あの大場と呼ばれた女もいた…
正直、苦手だった…
私は、気が強い女が苦手だった…
ただ、なによりも、どんなときでも、
「…アタシが、アタシが…」
と、他人を押しのけて、自分を主張する女は、苦手を通り越して、嫌悪の対象だった…
だから、できれば、その大場が、そのタイプの女でないことを願わずには、いられなかった…
そんな女は見るのも、嫌だからだ…
そして、そこまで、考えて、気付いた。
これは、当然のことながら、入社のために、この会社にやって来た…
この杉崎実業に、入社するためにやって来た…
しかし、だとすると、あの件は一体どうなったのだろう?
あの件とは、高雄のお嫁さんになるという件だ?
まさか、街中で、ナンパされたわけでもない…
この杉崎実業で、あの高雄が現れて、ハッキリと、私たち五人の中から、誰か一人をお嫁さんにすると、宣言したのだ…
場所が場所だけに、ウソとは思えない…
なにより、あの高雄は、この杉崎実業の親会社の人間だと、堂々と言った…
つまりは、あの若さにもかかわらず、社会的地位があるということだ…
私は考える。
そして、社会的地位が高くなれば、なるほど、ウソがつけなくなる。
一度ついた言葉は、撤回できなくなる。
綸言(りんげん)汗のごとしという、ことわざがあるが、要するに、社会的地位のある者の発言は、容易に撤回できなくなるとの意味だ…
なぜなら、どうしても、発言をコロコロ変えては、信用ができなくなる…
その発言した人間に、重みがなくなるからだ…
すなわち、人間的に信頼できなくなる…
だから、公の場で、一度ついた発言は、容易に撤回できなくなる…
例えば、社会的地位にある者でも、酒の席で、くだらない冗談や、卑猥な発言をしても、さほど問題にならない…
発言の程度もあるが、それが許される場での発言ならば、問題になることではない…
例えば、酔っ払って、冗談で結婚を迫っても、しつこく迫ることもなければ、翌日に、昨夜は、すいませんでしたと、頭を下げれば、大抵が、収まると言うか、問題にならないだろう…
あくまで、程度の問題でもあるが、大抵は、そうだ…
しかし、高雄は違う…
酒の場でもなければ、酔っ払ってもいない…
堂々とシラフで、私たちの前で、言ったのだ…
杉崎実業の面接の場で言ったのだ…
それゆえ、荒唐無稽の話だが、私は信用した…
いや、私だけではない…
私を含め、この場に揃った五人、全員が、同じ思いだろう…
まあ、もっとも、ここだけの話、高雄が美男子であることがもっとも、大きい(笑)…
しかも、美男子の上に、この杉崎実業の親会社の重役…
イケメンの上に、地位もある…
そんな高雄に結婚相手の一人と言われれば、天にも昇る気分だからだ…
だから、この杉崎実業にやって来た…
この五人全員が、同じ思いだろう…
私は、思った…
そう思いながら、私たち五人は、広い部屋で、杉崎実業の人間がやって来るのを待った…
最初、この会社にやって来たときに、受付の女性から、この部屋を案内されただけで、杉崎実業の人間は、誰もいなかった…
いるのは、面接当日に会った、この五人だけだった…
だから、なんとなく居心地が悪かった…
普通ならば、入社の手続きにやって来ただけだったが、やはり、高雄から、結婚相手の一人と指名されたのは、痛かった…
どうしても、疑心暗鬼になる…
誰が、高雄に選ばれるのか、考えてしまう…
高雄の発言が、冗談とも思えたが、やはり、この会社での発言…冗談とも思えない…
おそらく、誰もが皆、私と同じ思いを内心抱いているはずだ…
そして、そう考えたときに、部屋のドアが開いた…
私は、自室で、思わず、声を出した。
それほど、驚いた。
当たり前だ…
そんな大きな暴力団に、あの高雄が関係あるなんて…
しかも、
しかも、だ…
あの高雄のいかにも、お坊ちゃんぽい、物腰と、暴力団=ヤクザは、まるで、合わない…
想像がつかないのだ…
あの爽やかな美青年の、高雄と、どうやったら、ヤクザがつながるのか、誰にも分らないに違いない…
私はそう思いながらも、さらに、山田会について、検索を進めた。
すると、思いがけない事実が、わかった…
その高雄組というのは、山田会の中で、一、二を争う、巨大な暴力団だということだ…
私が、調べて、わかったのは、暴力団には、一次団体、二次団体、三次団体と、あるということだ…
一次団体の代表が、あの山口組だ…
そして、山口組の二次団体に、別の組があり、その組の下にも、組があるという事実だった…
ちょうど、会社でいえば、子会社、孫会社と続くようなものだ…
ただ、会社と違うのは、例えば、山口組は、山口組というのは、あくまで、看板というか、その代表であり、いわゆる、二次団体の組織の中から、有力者が、代表=組長になるということだ…
そういう意味では、山口組本体は、あくまで、少人数の本部に過ぎない…
会社でいえば、親会社というよりも、持ち株会社の社員という方が正しいのかもしれない…
ただし、その持ち株会社の社員は、全員がエリート=選ばれた人間だということだ…
つまり、高雄組の立ち位置は、日本で、二番目に大きい、山田会の中でも、一、二を争う、有力組織であるという事実だ…
そして、今、その山田会が、後継者問題で、揺れているという情報が、錯綜している…
これが、問題だった…
いわゆる、山田会の跡目争いというやつだ…
現在の山田会の会長が、高齢で、病に伏せていて、その後継者問題で、山田会が揺れているらしい…
そしてなにより、その後継者に、山田会の中で、一、二を争う、高雄組と、稲葉一家の騒動が起きていると、書かれていた…
あの高雄が息子だとすれば、当然、高雄の父親だろう…
実の父親に違いない…
その父親が、もしかしたら、山田会の会長に就任するかもしれない…
日本で、二番目に大きな暴力団のトップになるかもしれない…
凄い!
凄いことだ!
私は、単純に驚いた。
そんな大きな組織のボスになれるかもしれないなんて…
考えながらも、実は、実感がまるでなかった…
ヤクザ映画を見るよりも、はるかに、実感が湧かなかった(笑)…
だって、あの美男子の高雄だ…
あの優男(やさおとこ)の高雄悠(ゆう)だ…
誰が見ても、花屋の店員とか、図書館が似合うようなおとなしめの美男子だ(笑)…
誰が、どう考えても、ヤンキーやヤクザの真逆の立ち位置にいる人間だ(笑)…
それに、
それに、だ…
あの杉崎実業にしても、もしも、ヤクザ関係の会社ならば、今日昼間会った人間も、ヤクザに違いない…
しかし、今日会った5人のオジサンは、まったくの普通の人だった…
断じて、ヤクザでも、なんでもない普通のひとだった…
これは、断言できる。
だから、どうしても、高雄も杉崎実業も、ヤクザと関係があるようには、見えない…
思えないのだ…
私は、考えた。
と、ここまで、考えて、気付いた。
どうして、高雄が、お嫁さんを募集したかと、いうことだ…
まさか、今回の山田会の跡目争いと関係があるわけではあるまい…
例えば、高雄の父親が、山田会の会長に就任したとする。
すると、高雄組の組長は、空席となる。
山田会の会長と高雄組の組長の兼務はできないからだ…
だから、息子の高雄悠(ゆう)が、結婚して、跡を継ぐ…
これが、昔の江戸時代の大名の結婚か、なにかだったら、それもあるかもしれない…
とりあえず、父がいなくなれば、代わりの人間を立てなければ、ならないからだ…
あるいは、江戸時代や、明治時代、そして、昭和初期に至るまでの商人や、財閥でも、同じかもしれない…
例えば、三井の前身である、江戸時代の越後屋…
いわゆる、オーナーと使用人が分かれていて、越後屋のオーナーが、当主であり、番頭は、言葉は悪いが、従業員というか、雇われ社長…
いかに使えても、所詮は、従業員であり、雇われ社長であるから、越後屋は、自分の所有する店ではない…
あくまで、越後屋の従業員に過ぎない…
だから、例えば、当主が死ねば、当主の息子や娘が跡を継ぐ…
この場合、経験の有無は関係がない…
重要なのは、血筋だからだ…
越後屋の経営は、雇われ社長である、番頭が引き続き、行うことになる…
これは、江戸時代の大名と同じ…
いかに、部下が有能でも、上司である、大名が死んでも、自分が、大名になれるわけでもない…
大名の肩書は、大名の血筋の縁者がなるものだからだ…
しかし、ヤクザは当然、そうではないだろう…
ヤクザは、当然、実力社会だろう…
例えば、高雄の父親が、上部団体である、山田会の会長になれば、高雄組の組長を辞めることになる…
兼務はできないからだ…
その場合、高雄組は、誰か、別の人間が跡を継ぐことになる…
しかし、それは、何度も言うように、息子の悠(ゆう)ではないだろう…
あの高雄にヤクザの経験があるとは、思えない…
なにより、あの年齢だ…
22歳の私より、数歳上…
せいぜい、二十代後半だろう…
そんな年齢の若者に、組の運営など、できるはずがない…
よく漫画では、例えば、高雄と同じぐらいの年齢の青年が、実は、〇〇組、三代目組長と名乗る漫画があったが、現実は、その年齢では、ひとを動かせない…
誰もが、ついていかない…
その年齢では、明らかに経験が不足している。
だから、もし、仮に、組長であれば、それは、言葉は悪いが、傀儡(かいらい)=操り人形か、事実上は、誰か別の実力者が、組を動かしていて、組長は、名ばかり組長ということになる。
組長という肩書だけで、実権がなにもないだろう…
だが、それは、絵空事…
現実は、二十代後半で、大きな組織の組長というのは、ありえない…
それは、例えば、誰もが知る大企業で、二十代後半で、社長が務まるかというのと、同じだ…
仮に、これも、例えば、二十代後半で、社長に就任すれば、やはり名ばかり社長…
実権は、誰か、別の実力者に、握られているだろう…
ちょうど、誰もが知る、歴史で言えば、豊臣秀吉の息子の秀頼が、秀吉の死で、3歳で、跡を継いだ。
名目上は、一番上だが、実権は、当時、五十代後半の徳川家康が握っていた…
それと同じだろう…
つまりは、どう考えても、あの高雄悠(ゆう)に、実権があるとは、思えないということだ…
しかし、それならば、一体なぜ?
なぜ、この時期に、このような形で、お嫁さんを募集したのか?
謎がある…
私は、思った。
だが、いずれにしろ、その謎は、今回の山田会の跡目争いと無関係ではあるまい…
そう、私は睨んだ…
私の目に間違いはない…
狂いはないのだ!
杉崎実業の二次面接は、終わった…
終了した…
が、考えてみると、就職はどうなったのだろうか?
私は、就職試験のために、杉崎実業を訪れたのだ…
いや、
これは、私だけではない…
あの面接に、臨んだ、私と同じく面接を受けた、他の4人も同じだ…
それゆえ、面接を受けた。
事実、あの高雄が現れるまでは、普通に、5人のオジサンの面接官と、面接をしていた…
普通の就職面接だった…
それが、終わった頃に、いきなり、あの美男子の高雄悠(ゆう)が、あの部屋に乱入したのだ…
一体、就職試験は、どうなった?
考えてみれば、それが一番重要だった…
杉崎実業に、合格したのならば、それでいい…
もはや、好きだ、嫌いだは、言っていられる状況ではない…
合格したのならば、杉崎実業に、入社するしかないし、不合格ならば、他の会社の就職試験を受けなければ、ならない…
引き続き、就職活動を続けなければ、ならない…
一体、合格か、不合格か、どっちなんだ?
私は、叫びたくなった…
それから、考えた。
…会社に電話するか?…
…合格か、不合格か、聞いてみるか?…
考えた。
当然のことだ…
だが、それはできない…
なぜなら、面接は、今日、終わったばかりだからだ…
普通、どんなに早くても、結果がわかるまでは、一週間か、十日は、かかるものだ…
あるいは、二週間は、かかるものだ…
会社というのは、実にいい加減なものだ…
一週間後に、合否の連絡を電話か、メールでお知らせします、と言っても、下手をすれば、二週間か、それ以上、連絡がない場合が、結構ある…
仕方なく、こちらが、恐る恐る連絡を入れると、結果は、不合格…
要するに、落ちたから、連絡をしなかった、あるいは、忘れていたというのが、真相だろう…
落ちた人間に、わざわざ連絡をするのが、面倒くさいと、考えたのだろう…
世の中というものは、案外そういうものだ…
自分が、正直に対応したからといって、相手が正直に対応するとは、限らない…
私が、今回、就職活動を通じて、知ったのは、そういう現実だった(笑)…
そして、一週間が経った頃、杉崎実業より、スマホにメールが送られてきた。
結果は、合格…
ヤッター!
正直、私は、走り出したい気分だった…
これで、ようやく就職活動から、オサラバすることができる…
あの黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を繰り返すのを、止めることができる…
それを考えると、なにより嬉しかった…
あの喪服のような、黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を続けるのは、気が滅入る以外のなにものでもなかった…
就活をする全員が、同じ格好をするのは、案外不気味というか…
個性が重要とかなんとかいう時代にあって、それと逆行する動きだった…
大げさに言えば、日本と言う国が、どういう国か、わかる…
要するに、みんなが、黒い服を着れば、自分も着る…
軽自動車が、主流とみれば、自分も乗る…
ユニクロが、恥ずかしくないと思えば、自分も着る…
他人の振りを見て、自分の言動を決める…
それが、この国の国民の行動原理だった(笑)…
他人と違うことをすると、毛嫌いされることはなくても、白い目で見られる…
変わり者と見られる…
それが、この国の文化だった(笑)…
私は思った。
結局、合格のメールが届いた一週間後に、再び、あの杉崎実業に訪れることになった…
入社の手続きがあるからだ…
入社は、当然のことながら、来年の4月だが、それまで、顔見せというか、入社の意志の確認をするためもあって、私は、再び、杉崎実業を訪れた。
私は、受付で、就職活動で、合格のメールを受け取ったので、やって来ましたと、説明すると、担当の女性から、すぐに、所定の部屋を案内された…
そこには、あの日、会った女性、ニ人がいた…
そして、私が席に着いて、まもなくして、ほどなく、二人がやって来た…
つまりは、あの日の面接で出会った女のコ、五人全員が、集まったということだ…
その五人の中には、あの日、私に食ってかかった、あの大場と呼ばれた女もいた…
正直、苦手だった…
私は、気が強い女が苦手だった…
ただ、なによりも、どんなときでも、
「…アタシが、アタシが…」
と、他人を押しのけて、自分を主張する女は、苦手を通り越して、嫌悪の対象だった…
だから、できれば、その大場が、そのタイプの女でないことを願わずには、いられなかった…
そんな女は見るのも、嫌だからだ…
そして、そこまで、考えて、気付いた。
これは、当然のことながら、入社のために、この会社にやって来た…
この杉崎実業に、入社するためにやって来た…
しかし、だとすると、あの件は一体どうなったのだろう?
あの件とは、高雄のお嫁さんになるという件だ?
まさか、街中で、ナンパされたわけでもない…
この杉崎実業で、あの高雄が現れて、ハッキリと、私たち五人の中から、誰か一人をお嫁さんにすると、宣言したのだ…
場所が場所だけに、ウソとは思えない…
なにより、あの高雄は、この杉崎実業の親会社の人間だと、堂々と言った…
つまりは、あの若さにもかかわらず、社会的地位があるということだ…
私は考える。
そして、社会的地位が高くなれば、なるほど、ウソがつけなくなる。
一度ついた言葉は、撤回できなくなる。
綸言(りんげん)汗のごとしという、ことわざがあるが、要するに、社会的地位のある者の発言は、容易に撤回できなくなるとの意味だ…
なぜなら、どうしても、発言をコロコロ変えては、信用ができなくなる…
その発言した人間に、重みがなくなるからだ…
すなわち、人間的に信頼できなくなる…
だから、公の場で、一度ついた発言は、容易に撤回できなくなる…
例えば、社会的地位にある者でも、酒の席で、くだらない冗談や、卑猥な発言をしても、さほど問題にならない…
発言の程度もあるが、それが許される場での発言ならば、問題になることではない…
例えば、酔っ払って、冗談で結婚を迫っても、しつこく迫ることもなければ、翌日に、昨夜は、すいませんでしたと、頭を下げれば、大抵が、収まると言うか、問題にならないだろう…
あくまで、程度の問題でもあるが、大抵は、そうだ…
しかし、高雄は違う…
酒の場でもなければ、酔っ払ってもいない…
堂々とシラフで、私たちの前で、言ったのだ…
杉崎実業の面接の場で言ったのだ…
それゆえ、荒唐無稽の話だが、私は信用した…
いや、私だけではない…
私を含め、この場に揃った五人、全員が、同じ思いだろう…
まあ、もっとも、ここだけの話、高雄が美男子であることがもっとも、大きい(笑)…
しかも、美男子の上に、この杉崎実業の親会社の重役…
イケメンの上に、地位もある…
そんな高雄に結婚相手の一人と言われれば、天にも昇る気分だからだ…
だから、この杉崎実業にやって来た…
この五人全員が、同じ思いだろう…
私は、思った…
そう思いながら、私たち五人は、広い部屋で、杉崎実業の人間がやって来るのを待った…
最初、この会社にやって来たときに、受付の女性から、この部屋を案内されただけで、杉崎実業の人間は、誰もいなかった…
いるのは、面接当日に会った、この五人だけだった…
だから、なんとなく居心地が悪かった…
普通ならば、入社の手続きにやって来ただけだったが、やはり、高雄から、結婚相手の一人と指名されたのは、痛かった…
どうしても、疑心暗鬼になる…
誰が、高雄に選ばれるのか、考えてしまう…
高雄の発言が、冗談とも思えたが、やはり、この会社での発言…冗談とも思えない…
おそらく、誰もが皆、私と同じ思いを内心抱いているはずだ…
そして、そう考えたときに、部屋のドアが開いた…