第4話

文字数 6,494文字

 「…に、日本で、二番目に大きな暴力団?…」

 私は、自室で、思わず、声を出した。

 それほど、驚いた。

 当たり前だ…

 そんな大きな暴力団に、あの高雄が関係あるなんて…

 しかも、

 しかも、だ…

 あの高雄のいかにも、お坊ちゃんぽい、物腰と、暴力団=ヤクザは、まるで、合わない…

 想像がつかないのだ…

 あの爽やかな美青年の、高雄と、どうやったら、ヤクザがつながるのか、誰にも分らないに違いない…

 私はそう思いながらも、さらに、山田会について、検索を進めた。

 すると、思いがけない事実が、わかった…

 その高雄組というのは、山田会の中で、一、二を争う、巨大な暴力団だということだ…

 私が、調べて、わかったのは、暴力団には、一次団体、二次団体、三次団体と、あるということだ…

 一次団体の代表が、あの山口組だ…

 そして、山口組の二次団体に、別の組があり、その組の下にも、組があるという事実だった…

 ちょうど、会社でいえば、子会社、孫会社と続くようなものだ…

 ただ、会社と違うのは、例えば、山口組は、山口組というのは、あくまで、看板というか、その代表であり、いわゆる、二次団体の組織の中から、有力者が、代表=組長になるということだ…

 そういう意味では、山口組本体は、あくまで、少人数の本部に過ぎない…

 会社でいえば、親会社というよりも、持ち株会社の社員という方が正しいのかもしれない…

 ただし、その持ち株会社の社員は、全員がエリート=選ばれた人間だということだ…

 つまり、高雄組の立ち位置は、日本で、二番目に大きい、山田会の中でも、一、二を争う、有力組織であるという事実だ…

 そして、今、その山田会が、後継者問題で、揺れているという情報が、錯綜している…

 これが、問題だった…

 いわゆる、山田会の跡目争いというやつだ…

 現在の山田会の会長が、高齢で、病に伏せていて、その後継者問題で、山田会が揺れているらしい…

 そしてなにより、その後継者に、山田会の中で、一、二を争う、高雄組と、稲葉一家の騒動が起きていると、書かれていた…

 あの高雄が息子だとすれば、当然、高雄の父親だろう…

 実の父親に違いない…

 その父親が、もしかしたら、山田会の会長に就任するかもしれない…

 日本で、二番目に大きな暴力団のトップになるかもしれない…

 凄い!

 凄いことだ!

 私は、単純に驚いた。

 そんな大きな組織のボスになれるかもしれないなんて…

 考えながらも、実は、実感がまるでなかった…

 ヤクザ映画を見るよりも、はるかに、実感が湧かなかった(笑)…

 だって、あの美男子の高雄だ…

 あの優男(やさおとこ)の高雄悠(ゆう)だ…

 誰が見ても、花屋の店員とか、図書館が似合うようなおとなしめの美男子だ(笑)…

 誰が、どう考えても、ヤンキーやヤクザの真逆の立ち位置にいる人間だ(笑)…

 それに、

 それに、だ…

 あの杉崎実業にしても、もしも、ヤクザ関係の会社ならば、今日昼間会った人間も、ヤクザに違いない…

 しかし、今日会った5人のオジサンは、まったくの普通の人だった…

 断じて、ヤクザでも、なんでもない普通のひとだった…

 これは、断言できる。

 だから、どうしても、高雄も杉崎実業も、ヤクザと関係があるようには、見えない…

 思えないのだ…

 私は、考えた。

 と、ここまで、考えて、気付いた。

 どうして、高雄が、お嫁さんを募集したかと、いうことだ…

 まさか、今回の山田会の跡目争いと関係があるわけではあるまい…

 例えば、高雄の父親が、山田会の会長に就任したとする。

 すると、高雄組の組長は、空席となる。

 山田会の会長と高雄組の組長の兼務はできないからだ…

 だから、息子の高雄悠(ゆう)が、結婚して、跡を継ぐ…

 これが、昔の江戸時代の大名の結婚か、なにかだったら、それもあるかもしれない…

 とりあえず、父がいなくなれば、代わりの人間を立てなければ、ならないからだ…

 あるいは、江戸時代や、明治時代、そして、昭和初期に至るまでの商人や、財閥でも、同じかもしれない…

 例えば、三井の前身である、江戸時代の越後屋…

 いわゆる、オーナーと使用人が分かれていて、越後屋のオーナーが、当主であり、番頭は、言葉は悪いが、従業員というか、雇われ社長…

 いかに使えても、所詮は、従業員であり、雇われ社長であるから、越後屋は、自分の所有する店ではない…

 あくまで、越後屋の従業員に過ぎない…

 だから、例えば、当主が死ねば、当主の息子や娘が跡を継ぐ…

 この場合、経験の有無は関係がない…

 重要なのは、血筋だからだ…

 越後屋の経営は、雇われ社長である、番頭が引き続き、行うことになる…

 これは、江戸時代の大名と同じ…

 いかに、部下が有能でも、上司である、大名が死んでも、自分が、大名になれるわけでもない…

 大名の肩書は、大名の血筋の縁者がなるものだからだ…

 しかし、ヤクザは当然、そうではないだろう…

 ヤクザは、当然、実力社会だろう…

 例えば、高雄の父親が、上部団体である、山田会の会長になれば、高雄組の組長を辞めることになる…

 兼務はできないからだ…

 その場合、高雄組は、誰か、別の人間が跡を継ぐことになる…

 しかし、それは、何度も言うように、息子の悠(ゆう)ではないだろう…

 あの高雄にヤクザの経験があるとは、思えない…

 なにより、あの年齢だ…

 22歳の私より、数歳上…

 せいぜい、二十代後半だろう…

 そんな年齢の若者に、組の運営など、できるはずがない…

 よく漫画では、例えば、高雄と同じぐらいの年齢の青年が、実は、〇〇組、三代目組長と名乗る漫画があったが、現実は、その年齢では、ひとを動かせない…

 誰もが、ついていかない…

 その年齢では、明らかに経験が不足している。

 だから、もし、仮に、組長であれば、それは、言葉は悪いが、傀儡(かいらい)=操り人形か、事実上は、誰か別の実力者が、組を動かしていて、組長は、名ばかり組長ということになる。

 組長という肩書だけで、実権がなにもないだろう…

 だが、それは、絵空事…

 現実は、二十代後半で、大きな組織の組長というのは、ありえない…

 それは、例えば、誰もが知る大企業で、二十代後半で、社長が務まるかというのと、同じだ…

 仮に、これも、例えば、二十代後半で、社長に就任すれば、やはり名ばかり社長…

 実権は、誰か、別の実力者に、握られているだろう…

 ちょうど、誰もが知る、歴史で言えば、豊臣秀吉の息子の秀頼が、秀吉の死で、3歳で、跡を継いだ。

 名目上は、一番上だが、実権は、当時、五十代後半の徳川家康が握っていた…

 それと同じだろう…

 つまりは、どう考えても、あの高雄悠(ゆう)に、実権があるとは、思えないということだ…

 しかし、それならば、一体なぜ?

 なぜ、この時期に、このような形で、お嫁さんを募集したのか?

 謎がある…

 私は、思った。

 だが、いずれにしろ、その謎は、今回の山田会の跡目争いと無関係ではあるまい…

 そう、私は睨んだ…

 私の目に間違いはない…

 狂いはないのだ!

 
 杉崎実業の二次面接は、終わった…

 終了した…

 が、考えてみると、就職はどうなったのだろうか?

 私は、就職試験のために、杉崎実業を訪れたのだ…

 いや、

 これは、私だけではない…

 あの面接に、臨んだ、私と同じく面接を受けた、他の4人も同じだ…

 それゆえ、面接を受けた。

 事実、あの高雄が現れるまでは、普通に、5人のオジサンの面接官と、面接をしていた…

 普通の就職面接だった…

 それが、終わった頃に、いきなり、あの美男子の高雄悠(ゆう)が、あの部屋に乱入したのだ…

 一体、就職試験は、どうなった?

 考えてみれば、それが一番重要だった…

 杉崎実業に、合格したのならば、それでいい…

 もはや、好きだ、嫌いだは、言っていられる状況ではない…

 合格したのならば、杉崎実業に、入社するしかないし、不合格ならば、他の会社の就職試験を受けなければ、ならない…

 引き続き、就職活動を続けなければ、ならない…

 一体、合格か、不合格か、どっちなんだ?

 私は、叫びたくなった…

 それから、考えた。

 …会社に電話するか?…

 …合格か、不合格か、聞いてみるか?…

 考えた。

 当然のことだ…

 だが、それはできない…

 なぜなら、面接は、今日、終わったばかりだからだ…

 普通、どんなに早くても、結果がわかるまでは、一週間か、十日は、かかるものだ…

 あるいは、二週間は、かかるものだ…

 会社というのは、実にいい加減なものだ…

 一週間後に、合否の連絡を電話か、メールでお知らせします、と言っても、下手をすれば、二週間か、それ以上、連絡がない場合が、結構ある…

 仕方なく、こちらが、恐る恐る連絡を入れると、結果は、不合格…

 要するに、落ちたから、連絡をしなかった、あるいは、忘れていたというのが、真相だろう…

 落ちた人間に、わざわざ連絡をするのが、面倒くさいと、考えたのだろう…

 世の中というものは、案外そういうものだ…

 自分が、正直に対応したからといって、相手が正直に対応するとは、限らない…

 私が、今回、就職活動を通じて、知ったのは、そういう現実だった(笑)…


 そして、一週間が経った頃、杉崎実業より、スマホにメールが送られてきた。

 結果は、合格…

 ヤッター!

 正直、私は、走り出したい気分だった…

 これで、ようやく就職活動から、オサラバすることができる…

 あの黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を繰り返すのを、止めることができる…

 それを考えると、なにより嬉しかった…

 あの喪服のような、黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を続けるのは、気が滅入る以外のなにものでもなかった…

 就活をする全員が、同じ格好をするのは、案外不気味というか…

 個性が重要とかなんとかいう時代にあって、それと逆行する動きだった…

 大げさに言えば、日本と言う国が、どういう国か、わかる…

 要するに、みんなが、黒い服を着れば、自分も着る…

 軽自動車が、主流とみれば、自分も乗る…

 ユニクロが、恥ずかしくないと思えば、自分も着る…

 他人の振りを見て、自分の言動を決める…

 それが、この国の国民の行動原理だった(笑)…

 他人と違うことをすると、毛嫌いされることはなくても、白い目で見られる…

 変わり者と見られる…

 それが、この国の文化だった(笑)…

 私は思った。

 結局、合格のメールが届いた一週間後に、再び、あの杉崎実業に訪れることになった…

 入社の手続きがあるからだ…

 入社は、当然のことながら、来年の4月だが、それまで、顔見せというか、入社の意志の確認をするためもあって、私は、再び、杉崎実業を訪れた。

 私は、受付で、就職活動で、合格のメールを受け取ったので、やって来ましたと、説明すると、担当の女性から、すぐに、所定の部屋を案内された…

 そこには、あの日、会った女性、ニ人がいた…

 そして、私が席に着いて、まもなくして、ほどなく、二人がやって来た…

 つまりは、あの日の面接で出会った女のコ、五人全員が、集まったということだ…

 その五人の中には、あの日、私に食ってかかった、あの大場と呼ばれた女もいた…

 正直、苦手だった…

 私は、気が強い女が苦手だった…

 ただ、なによりも、どんなときでも、

 「…アタシが、アタシが…」

 と、他人を押しのけて、自分を主張する女は、苦手を通り越して、嫌悪の対象だった…

 だから、できれば、その大場が、そのタイプの女でないことを願わずには、いられなかった…

 そんな女は見るのも、嫌だからだ…

 そして、そこまで、考えて、気付いた。

 これは、当然のことながら、入社のために、この会社にやって来た…

 この杉崎実業に、入社するためにやって来た…

 しかし、だとすると、あの件は一体どうなったのだろう?

 あの件とは、高雄のお嫁さんになるという件だ?

 まさか、街中で、ナンパされたわけでもない…

 この杉崎実業で、あの高雄が現れて、ハッキリと、私たち五人の中から、誰か一人をお嫁さんにすると、宣言したのだ…

 場所が場所だけに、ウソとは思えない…

 なにより、あの高雄は、この杉崎実業の親会社の人間だと、堂々と言った…

 つまりは、あの若さにもかかわらず、社会的地位があるということだ…

 私は考える。

 そして、社会的地位が高くなれば、なるほど、ウソがつけなくなる。

 一度ついた言葉は、撤回できなくなる。

 綸言(りんげん)汗のごとしという、ことわざがあるが、要するに、社会的地位のある者の発言は、容易に撤回できなくなるとの意味だ…

 なぜなら、どうしても、発言をコロコロ変えては、信用ができなくなる…

 その発言した人間に、重みがなくなるからだ…

 すなわち、人間的に信頼できなくなる…

 だから、公の場で、一度ついた発言は、容易に撤回できなくなる…

 例えば、社会的地位にある者でも、酒の席で、くだらない冗談や、卑猥な発言をしても、さほど問題にならない…

 発言の程度もあるが、それが許される場での発言ならば、問題になることではない…

 例えば、酔っ払って、冗談で結婚を迫っても、しつこく迫ることもなければ、翌日に、昨夜は、すいませんでしたと、頭を下げれば、大抵が、収まると言うか、問題にならないだろう…

 あくまで、程度の問題でもあるが、大抵は、そうだ…

 しかし、高雄は違う…

 酒の場でもなければ、酔っ払ってもいない…

 堂々とシラフで、私たちの前で、言ったのだ…

 杉崎実業の面接の場で言ったのだ…

 それゆえ、荒唐無稽の話だが、私は信用した…

 いや、私だけではない…

 私を含め、この場に揃った五人、全員が、同じ思いだろう…

 まあ、もっとも、ここだけの話、高雄が美男子であることがもっとも、大きい(笑)…

 しかも、美男子の上に、この杉崎実業の親会社の重役…

 イケメンの上に、地位もある…

 そんな高雄に結婚相手の一人と言われれば、天にも昇る気分だからだ…

 だから、この杉崎実業にやって来た…

 この五人全員が、同じ思いだろう…

 私は、思った…

 そう思いながら、私たち五人は、広い部屋で、杉崎実業の人間がやって来るのを待った…

 最初、この会社にやって来たときに、受付の女性から、この部屋を案内されただけで、杉崎実業の人間は、誰もいなかった…

 いるのは、面接当日に会った、この五人だけだった…

 だから、なんとなく居心地が悪かった…

 普通ならば、入社の手続きにやって来ただけだったが、やはり、高雄から、結婚相手の一人と指名されたのは、痛かった…

 どうしても、疑心暗鬼になる…

 誰が、高雄に選ばれるのか、考えてしまう…

 高雄の発言が、冗談とも思えたが、やはり、この会社での発言…冗談とも思えない…

 おそらく、誰もが皆、私と同じ思いを内心抱いているはずだ…

 そして、そう考えたときに、部屋のドアが開いた…

                
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