第106話

文字数 4,935文字

 私は、林の言葉を待った…

 林が、私の言葉に固まったように、

 「…」

 と、なにも、答えなかったからだ…

 私は待った…

 十秒、

 いや、

 二十秒だろうか?

 耳を澄ませて、待った…

 すると、どうだ?

 「…プッ!…」

 と、吹き出す声が聞こえた…

 それから、一転して、ケラケラと楽しそうな笑い声が聞こえてきた…

 私は、当惑した…

 一体、どうして、林は、笑うんだ?…

 なにか、私は、おかしなことを言ったのだろうか?

 私は、考え込む…

 そして、ケラケラと、爆笑した後、

 「…ホント、竹下さんって、面白い…天然っていうか…まさに、愛されキャラね…」

 と、笑いながら、言った…

 「…なにが、おかしいの?…」

 私は、それまで、林の境遇に、遠慮して、言わなかったが、つい、言ってしまった…

 我慢の限度を超えたのだ…

 それでも、林は、

 「…ゴメン…ゴメン…」

 と、笑っていた…

 私は、怒りで、スマホを握り締める指に力が入った…

 もう少し、力を入れれば、スマホが壊れるのではないか?

 それほど、力を入れた…

 そこへ、

 「…竹下さん…高雄…高雄悠(ゆう)さんが、いくつだと思っているの?…」

 と、聞いた…

 私は、考える。

 「…たしか…二十代後半…27ぐらいかな…」

 「…そんなお子様に、大場小太郎と組んで、今度の一件を、仕立てることなんて、できるわけないでしょ?…」

 ひどく当たり前のことだった…

 「…もし、仮に、今度の一件に関わっていたとしても、それは、関わっていただけ…いかに、杉崎実業の取締役の肩書があっても、あの若さでは、ひとを動かすことができない…」

 「…でも、高雄さんは、今、警察に逮捕されて…」

 「…それでもよ…警察は、今度の一件の背後関係を洗ってるんでしょ? いくらなんでも、おかしすぎる…大場小太郎の政敵っていうか…いきなり、大場小太郎が、国会で、あんなに、持ち上げられたことで、それを妬む連中が、警察をたきつけたに違いない…」

 「…」

 「…でも、それも、たぶん、中止よ…」

 「…中止?…」

 「…仮に警察が全容を掴んでも、発表できないに決まっている…これは、中国も関わっているし、それに、国会議員の誰が命じても、今の大場小太郎の方が、力がある…捜査の結果が表に出ることはない…昔のオウム事件と同じ…」

 私は、林の言葉に、考え込んだ…

 たしかに、林の言う通りかもしれない…

 高雄…高雄悠(ゆう)は、高雄組組長の息子…

 それゆえ、あの若さで、杉崎実業の取締役になった…

 高雄組=高雄総業が、杉崎実業の株を買い占めたからだ…

 ただ、あの若さだ…

 実権はないに違いない…

 ただ、チヤホヤされているだけだ…

 それに、もし、今度の一件を画策したとしても、高雄悠(ゆう)では、ひとは動かせない…

 あの若さでは、いかに、知己を得ていたとしても、ひとは、動かせない…

 例えば、大場小太郎から見れば、息子に近い年齢…

 誰が見ても、対等の関係ではない…

 だが、だとすれば、一体、誰がいるというのか?

 私は、考える。

 「…では、一体、誰がいるというの?…」

 「…稲葉五郎…」

 私の問いに、林が即答した…

 「…稲葉五郎?…」

 「…そうよ、…山田会で、稲葉五郎が勝ち組…大場小太郎と同じ…」

 「…林さん…稲葉五郎さんを知ってるの?…」

 「…知らないわ…でも、テレビや新聞、ネットで調べると、あの高雄さんのお父様の高雄組組長のライバルと目されていたんでしょ? それが、今回の件で、高雄さんのお父様は、コケたわけだから…稲葉さんが一番得をしたわけでしょ? だから、疑ったわけ…」

 ひどく、もっともな言い分だった…

 「…結局、今度の一件で、得をしたのは、大場小太郎と、稲葉五郎…その二人だけ…だったら、その二人が、繋がってると思うのは、当然でしょ?…」

 「…繋がってる?…」

 「…これは、単なる勘よ…証拠は、なに一つない…でも、結果を見れば、そう思える…」

 「…」

 「…私は、いえ、林の家は、今度の一件で、なにもかも無くした…だから、今度の一件の裏と言うか、真相に、興味がある…どうして、パパがそんなことに巻き込まれたのは、置いておくとして…」

 意味深に言う…

 そして、私は、考えた。

 どうして、いきなり、林が、私に電話をかけてきたか、をだ…

 「…林さん…どうして、いきなり、私に電話をかけてきたの?…」

 「…簡単よ…」

 「…簡単?…」

 「…アナタが…竹下さんが、大場小太郎と稲葉五郎といっしょに、今度の一件のキーパーソンだからよ…」

 「…私が、キーパーソン?…」

 「…おそらく、竹下さん、あなた自身も気付いていない謎が、あなたにあるのよ…」

 「…私に?…」

 「…でなければ、アナタが、そんなに、大事にされるわけがない…」

 「…でも、それは?…」

 「…それは、山田会の古賀会長の血筋を引くから、なんて、言わないで…」

 知っている!…

 驚いた!…

 まさか、知っていたとは!

 私はその疑問を確かめるべく、

 「…高雄さんから、以前、聞いたの? …」

 と、聞いた…

 「…そう…」

 林は、短く答えた…

 ただ、その短い返答に、万感の思いが詰まっているといえば、大げさだが、林の真相を知りたい思いが、詰まっていると、思った…

 「…だから、今、アナタに電話した…竹下さんに、電話した…竹下さんに訊けば、なにかわかると思って…でも、その様子では、なにも知らされていないようね…」

 私は、林の質問に、

 「…」

 と、答えなかった…

 答えられなかったのだ…

 「…でもね…竹下さん…」

 「…なに?…」

 「…まだ、終わっていない…」

 「…終わっていない?…」

 「…必ず、なにか、動きがある…ただ、その動きが、テレビや、新聞や、ネットで、報道されるか、あるいは、報道されても、それが、今度の一件に、関係があると、わかるか、どうかよ…」

 意味深に言う。

 「…どういう意味?…」

 「…仮に、今、さっき言った、稲葉さんが、殺されたとする…でも、仮に、今度の一件が、関係したとしても、それが、わかる人間が、どれほど、いると思う?…」

 「…でも、それって?…」

 ありえないというか?…

 今度の一件で、勝ち組は、稲葉五郎と、大場小太郎…

 今さら、その二人が、どうこうなるとは、思えない…

 だから、

 「…それは、ないんじゃない?…」

 と、やんわりと、否定した…

 それに、なにより、たとえ、仮定の話でも、あの稲葉五郎が殺されるなんて、嫌だった…

 稲葉五郎は、大物ヤクザ…

 誰が見ても、昔ながらのヤクザそのものだ…

 だが、なぜか、私に優しい…

 実の娘か、それ以上に、優しく、私に接する…

 そんな稲葉五郎が、殺されるなんて、仮の話でも、考えたくなかった…

 「…たしかに、ないでしょうね…」

 林は、自分の意見を否定した…

 「…稲葉五郎と、大場小太郎は、勝ち組…その地位は揺るがないでしょう…でも…」

 「…でも、なに?…」

 「…負け組も、負けたままで、いるとも、限らないでしょ?…」

 「…それって、どういう…」

 「…私が、なにか、情報を握っていっているわけじゃない…でも、勝ったと思っても、あり得ない、どんでん返しというか…勝負って、最後まで、わからないものよ…」

 「…」

 「…別に、竹下さんをビビらせるわけじゃない…むしろ、ビビってるのは…」

 「…ビビってるのは?…」

 「…案外、大場小太郎じゃないの?…」

 大場小太郎が、ビビってる?

 どうしてだ?

 「…どうして、大場さんが?…」

 「…それは、わからない…」

 「…わからない?…」

 「…私が勝手に言ってるだけ…でも、きっと、高雄…高雄悠(ゆう)さんの逮捕は、想定外だったと思う…」

 「…想定外?…」

 「…高雄悠(ゆう)さんが、なにを知っていて、どう関わっているかは、知らない…でも、高雄悠(ゆう)さんは、あの大場小太郎の娘と親しかった…」

 「…親しかったって、林さんは、二人の関係を知ってるの?…」

 「…詳しくはしらない…でも、高雄さんと、大場が、なんとなく、グルだったのは、気付いていた…」

 …そうか…

 …気付いていたんだ!…

 私は、思った…

 「…そして、大場の父は、あの大場小太郎…次期首相に最も近い…高雄さんの父親は、高雄組組長…二人とも、今度の杉崎実業の一件の中心人物…その二人が、グルだったなんて、誰が見ても怪しいというか…」

 「…」

 「…二人が、どんな関係なのかは、わからない…でも、男女の関係とか、恋人同士とか、いうんじゃないことは、確かよ…」

 「…」

 「…なにより、大場…大場敦子…大場小太郎の娘…高雄悠(ゆう)さんが、逮捕されて、どう動くかは、楽しみよ…」

 林が、毒を吐く…

 毒=皮肉を言い続ける…

 林の立場なら、言いたい気持ちは、わかるが、他人の悪口を聞かされて、いい気分の人間はいない…

 私は、げんなりした…

 だが、林の立場を思えば、毒を吐き続ける気持ちは、わかる…

 私は、少し考えて、話を変えようとした…

 「…林さん…」

 「…なに?…」

 「…林さんの目的は、事件の真相を知ることでしょ?…」

 「…それは、そう…」

 「…だったら、今、毒を吐くのは、違うんじゃ…」

 私の言葉に、林は、

 「…」

 と、押し黙った…

 「…いえ、私は、林さんの気持ちがわからないわけじゃない…でも、怒ってばかりいると、冷静に物事を見れないというか…事態を観察できないっていうか…」

 「…」

 「…ゴメン…こんなこと言って…気に障ったら、謝る…」

 「…」

 「…ホントにごめんなさい…」

 私の言葉に、林は、

 「…」

 と、なにも、答えなかった…

 十秒…

 二十秒…

 それ以上の沈黙が続いた…

 それから、一転して、

 「…いがーい…びっくりした!…」

 と、大声で言った…

 「…意外って?…」

 「…竹下さんが、そんなに冷静に物事を見れるなんて、思わなかった…い・が・い…」

 「私は、林さんのように、当事者じゃないから…」

 「…それは、わかる…」

 林が、即答する。

 「…誰もが、自分のことはダメ…冷静でいられなくなる…」

 「…」

 「…ということは、どう? 高雄さんも、大場も同じかも…」

 意外なことを口にした…

 と、同時に、思った…

 鋭いというか、頭の回転が速い…

 立ち直りが早い…

 少なくとも、実家の財産がなくなって、いつまでも、メソメソ泣いている人間ではなかった…

 私が、驚いていると、

 「…竹下さんのおかげ…確かに、自分のことは、わからなくなる…見えなくなる…私のようになると…」

 これは、返答できなかった…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 すると、

 「…でも、それは、あの高雄さんも同じかも…」

 と、笑った…

 「…同じって?…」

 「…高雄さんは、自分が逮捕されることを、果たして、予想していたのかな?…」

 たしかに、言われてみれば、その通りだった…

 私は、林の洞察力に、驚いた…

 「…予想していたのならいい…でも、予想していなかったら…案外、慌てふためいて、意外な行動に出るかも…」

 「…意外な行動って、高雄さんは、逮捕されてるから、行動できないんじゃ…」

 「…バカね…高雄さん以外のひと…仮に、さっきも言った大場が、高雄となにか、関係していたら、慌てて、動くかも…」

 予想外のことを言う…

 私は、呆気に取られた…

 「…これは、見物ね…」

 再び、林が毒を吐いた…

 だが、これは、注意しなかった…

 それ以上に、林の言葉が気になったからだ…

 たしかに、高雄悠(ゆう)が、逮捕されて、大場敦子が、高雄悠(ゆう)と、一緒になって、なにか、画策していたとすれば、慌てるかもしれない…

 いや、

 それは、大場敦子だけではない…

 仮に、高雄悠(ゆう)と、組んで、なにか、画策してた者がいるとすれば、その人間が、高雄悠(ゆう)の逮捕に、動揺する可能性が高い…

 逮捕された悠(ゆう)が、警察で、なにを喋るか、わからないからだ…

 これは、考えもしなかった…

 高雄悠(ゆう)と、組んで、なにか、仕組んでいる人間としては、気が気ではあるまい…

 そう、考えると、面白いと言うか…

 なにか、大きな動きがあるのでは?

 ふと、思った…

               
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