第124話

文字数 6,140文字

 …わかりました…か?…

 自分でも、自分が言った言葉に反感を覚えたというか…

 相変わらず、だらしないというか…

 中途半端というか…

 強いものに逆らえないというか…

 強いものに流される…

 そんな自分に、自分自身呆れた…

 …相変わらず、弱っちい!…

 自分自身を呪った…

 すると、そんな私に気付いたのだろう…

 隣の高雄組組長が、

 「…お嬢さん…そんなに心配そうな顔をしないでください…お嬢さんを、危険な目には、一切遭わせませんから…」

 と、私に言った、さきほどの言葉を繰り返した…

 だから、私は、

 「…違うんです…」

 と、返した…

 「…違う…なにが、違うんですか?…」

 「…自分が情けないんです…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…私、弱いんです…」

 「…弱い?…」

 「…ハイ…失礼ながら、高雄さんのように、大物ヤクザに頼まれると、怖くて、断れないんです…」

 私の言葉に、高雄組組長が、

 「…」

 と、絶句した…

 それから、少しして、

 「…お嬢さん…弱くなんて、ないですよ…」

 と、私に優しく声をかけた…

 「…弱くない?…」

 「…ハイ…」

 「…どうして、弱くないんですか?…」

 「…私も同じです…」

 「…同じ?…」

 「…ハイ…お嬢さんの立場なら、私も同じ…いや、私だけじゃない…誰だって、皆、同じです…」

 「…」

 「…長い物には巻かれろと、よく言われるもので、誰もが、同じです…私が、経済ヤクザになったのも、亡くなった古賀会長が、株をやれと、一言、私に命じたからです…私は、古賀会長が、怖くて、逆らえなかった…いわば、お嬢さん同様、長い物に巻かれたわけです…」

 「…」

 「…もっとも、そのおかげで、私は経済ヤクザとして、身を立てることができました…古賀会長は、私が、経済ヤクザに向いていると、見抜いたんでしょう…もっとも、五郎に対抗させる意味もあったんでしょうが…」

 高雄組組長が、言う…

 「…だから、誰もが、同じです…お嬢さんは、決して、弱くはない…いえ、弱いどころか、むしろ、強い…」

 「…私が、強い?…」

 「…ハイ…」

 「…どうして、私が、強いんですか?…」

 「…ひとを味方につけることができるからです…」

 「…私が? …そんなこと?…」

 「…お嬢さんは、ひとに好かれる…男にも、女にも…そして、そんな人間は、どんな局面になっても、誰かが、力を貸してくれる…それが、お嬢さんの強みです…」

 高雄組組長が言う…


 力説する…

 「…私がさっき、悠(ゆう)と、お嬢さんが結婚してくれればと、思ったのは、お嬢さんなら、悠(ゆう)を変えられると思ったからです…」

 「…変えられる…」

 「…お嬢さんといっしょにいると、なにより、ホッとするんです…どんな美人でもイケメンでも、ホッとする雰囲気を出す、お嬢さんには、勝てません…」

 「…」

 「…五郎が、お嬢さんにメロメロなのは、わかります…」

 あらためて、稲葉五郎の名前を出した…

 「…稲葉さんが?…」

 「…ハイ…」

 私は、この高雄組組長が、私が、もしかしたら、稲葉五郎の血の繋がった娘なのかもしれないと、知っているのだろうか?

 ふと、思った…

 だから、それを聞いてみたいと思った…

 しかし、

 しかし、

 やはり、それを聞くことはできなかった…

 すると、それを察したのか、

 「…五郎は、不器用な男です…」

 と、突然、言った…

 「…五郎は、見た目と違い、頭も切れ、度胸もあり、ひとに対する思いやりもある…だが、自分自身に対しては、どうしようもなく不器用です…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…生き方です…」

 「…生き方?…」

 「…私もそうですが、本来、山田会の会長を目指すつもりなど、さらさらなかった…ただ、周りが、私を担ぎ上げ、自分からは、引くに引けなくなった…」

 「…」

 「…五郎も同じです…あの男は、本来、権力欲も、なにもない、男です…ただ、自分の置かれた状況から、逃げないというか…逃げれないというか…」

 高雄組組長は、それだけ言うと、歩き出した…

 「…お嬢さん…行きましょう…悠(ゆう)が、待ってます…」

 私は、高雄組組長に、促され、高雄組組長の後について、歩き出した…

 
 「…さあ…どうぞ…お嬢さん…」

 高雄組組長は、私のために、自分の乗って来たクルマの後部座席のドアを開けた…

 私は、戸惑ったが、高雄組組長が、その長身のカラダを折って、恭(うやうや)しく、私のために、ドアを開けてくれるものだから、それを断ることができなかった…

 「…失礼します…」

 と、小さく言って、クルマに乗り込んだ…

 私が、後部座席に乗り込むと、当然のことながら、高雄組組長が、隣に乗り込んだ…

 「…長い間、待たせて、すまなかった…行ってくれ…」

 高雄組組長が、命じると、ハンドルを握る若い衆が、クルマを発進させた…

 「…どこへ、行くんですか?…」

 私は、不安になった…

 さっき、コンビニのバイトが、終わって、すぐに、家に、電話して、

 「…今日は、帰りが、少し遅くなるから、心配しないで…」

 と、留守電にメッセージを入れた…

 だから、両親は、心配していないと、思う…

 ただ、私は、当たり前だが、不安だった…

 大物組長と、二人きりというわけではないが、ハンドルを握る、若い衆は、除外すると、実質、二人きり…

 この大物ヤクザが、私をどうこうすることは、あり得ないと、わかっているが、やはり、不安になった…

 その不安を打ち消すように、

 「…以前、お嬢さんと、行った場所です…」

 と、高雄組組長が、答えた…

 「…以前、行った場所?…」

 「…ハイ…以前、大場代議士と、松尾の叔父貴と、私とお嬢さんの4人で、会った、料亭です…覚えていらっしゃいますか?…」

 私は、高雄組組長の言葉で、そのときのことを思い出した…

 いや、

 思い出したというよりも、覚えている、いないという、レベルではなく、忘れられないレベルに、覚えていた…

 しっかりと、覚えていた…

 なぜなら、この竹下クミが、生まれて初めて、料亭に足を踏み入れたからだ…

 はっきり言って、分不相応というか、場違いな雰囲気だった…

 普通に見れば、コンパニオンが、ひとり、派遣されて、やってきたと、思われたに違いない…

 いや、

 そうは、思えないのかもしれない…

 私がコンパニオンでは、華がなさすぎる…

 コンパニオンならば、もっと、キレイに違いない…

 若さだけは、まだ22歳だから、あるが、私は、お世辞にも、キレイではない…

 美人ではない…

 すでに、何度も言ったが、クラスで、3番目に可愛いレベル…

 仮に、女のコが、クラスに20人いれば、3番目に可愛いレベルだ…

 あくまで、平均よりは、少しは、可愛いというレベル…

 ただ、華がない…

 まして、キレイというには、ほど遠いレベルだ…

 だから、あの場にいた私を見て、

 「…このコ…なんなんだろ?…」

 と、あの料亭の関係者は、思ったのかもしれない…

 どう見ても、大場代議士や、高雄組組長の娘ではない…

 かといって、あの松尾会長の孫でもない…

 だとすると、一体、この娘は、何者なのか? 

 と、思ったに違いない…

 私は、それを思い出した…

 そして、

 「…あの場所…」

 と、ポツリと小さく呟いた…

 「…ハイ…」

 と、隣の高雄組組長が、反応する…

 「…でも、一体なぜ、そんな場所に?…」

 「…悠(ゆう)が、かくまわれているんです…」

 「…悠(ゆう)さんが?…」

 「…ハイ…まさか、悠(ゆう)が、逃亡して、私の組関係の人間のところに、預けるわけには、いきません…例えば、あり得ない話ですが、それは、五郎のところも同じです…つまり、ヤクザでは、ダメということです…」

 「…」

 「…つまり、警察の目の届かないところ…それが、盲点になるというか…」

 私は、高雄組組長の話で、今さらながら、そんな逃亡犯に、これから、会うんだ、と、実感した…

 これは、以前も書いたが、私は、今回、杉崎実業の内定から始まった、この一連の出来事で、自分の周りに起きた、騒動が、どうしても、実感できなかった…

 この高雄組組長や、稲葉五郎と言った大物ヤクザや、大場小太郎という大物代議士に遭っても、どこか、他人事というか…

 どうしても、現実感がなかった…

 つまり、例えるに、これは、一般人が、テレビに出るひとと、会った感覚というか…

 ミーハーというと、おかしいが、どうしても、自分が、そんな大物たちと、知り合った実感がなかった…

 それは、どうしてかと、思ったが、暴力がないからだ…

 暴力団の組長と知り合ったにも、かかわらず、暴力を目の当たりにすることはなかったからだ…

 あったのは、ただ一度だけ…

 稲葉五郎の若い衆である、戸田が、私を、稲葉五郎に無断で、稲葉一家の事務所に連れて行ったときだけだ…

 あのときは、それを知った稲葉五郎が激怒して、戸田をぶん殴った…

 暴力を目の当たりにしたのは、あのときだけだった…

 しかしながら、今、高雄悠(ゆう)が、大場代議士を刺して、逃亡している…

 これは、明らかに暴力…

 しかも、それまで、唯一目の当たりにした、稲葉五郎が、戸田を殴ったのとは、次元が違うレベル…

 下手をすれば、殺人だ…

 大場代議士の容態は、わからないが、もし、死んだのならば、高雄悠(ゆう)は、殺人犯となる…

 刑務所に行くことは、間違いないが、問題は、何年いくかだ…

 十年、あるいは、それ以上だろうか?

 ボンヤリと考える…

 そんなことを思っていると、隣の高雄組組長が、ふいに、

 「…お嬢さん…今、なにを考えてます?…」

 と、聞いてきた…

 私は、その質問に、一瞬、どう言おうか、躊躇ったが、構わず、ホントのことを言った…

 「…悠(ゆう)さんのことです…」

 「…悠(ゆう)の…」

 「…なぜ、大場代議士を刺したのか? そして、大場代議士の容態は今、どうなのか?
 重症なのか? 軽傷なのか? そして、この後、何年刑務所に行くのか? そんなことです…」

 私は、一気によどみなく答えた…

 私の答えに、高雄組組長は、

 「…」

 と、沈黙した…

 おそらく、どう言っていいのか、わからないのかもしれない…

 長い沈黙の後、

 「…おっしゃる通りです…」

 と、言って、ため息を漏らした…

 「…正直に言いますが、今もって、悠(ゆう)が、なぜ、大場代議士を刺したのか、私にもわかりません…」

 「…高雄さんにも? ですか?…」

 私は、驚いた…

 「…そもそも、悠(ゆう)は、暴力とは、無縁です…暴力団の…ヤクザの息子が、暴力とは、無縁というのも、おかしな話ですが、事実です…」

 高雄組組長が、淡々と話す…

 「…だから、親の欲目かもしれませんが、どうして、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したのか、私にも、さっぱり、わかりません…その点は、どうしても、当人に聞かぬわけには、いかないでしょう…」

 「…」

 「…私は、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したと聞いたとき、驚天動地の驚きと言えば、大げさですが、本当に、ビックリしました…そして、それを聞いた当初は、バカなことをしたという気持ちが強かったのですが、時間が経つごとに、どうして、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したのか? その疑問の方が、強くなりました…」

 当たり前のことだった…

 誰もが、息子が、誰かを刺したといえば、驚くに違いないが、時間が経てば経つほど、そもそも、どうして、刺したのかの方が、重要になる…

 いわば、刺したのは、結果だが、それより、刺した原因の方が、気になるというか…

 当たり前だが、どうして、刺したのかが、知りたくなる…

 そういうことだ…

 「…もしかして?…」

 私は言った…

 「…なんでしょうか? お嬢さん?…」

 「…もしかして、悠(ゆう)さんは、大場代議士のお嬢さんとの結婚というか、交際をしていて、それを、大場代議士に反対されたんじゃ…」

 「…それは、私も考えました…でも…」

 「…でも? …なんですか?…」

 「…悠(ゆう)は、そんなにバカじゃない…」

 「…バカじゃない?…」

 「…悠(ゆう)が、大場代議士のお嬢さんと、どういう関係なのかは、知りません…男と女です…ことによると、男女の関係かもしれません…ですが、身の程というか…立場の違いがあります…」

 「…立場?…」

 「…日本中に知られた大物代議士と、ヤクザの倅です…私と血は繋がっていませんが、ヤクザの息子です…そんな二人が、まかり間違っても、結婚できないことは、十分承知のはずです…それに…」

 言いよどんだ…

 だから、私は、

 「…それに、なんでしょうか?…」

 と、言って、先を促した…

 「…悠(ゆう)と、大場のお嬢さんは、幼馴染(おさななじみ)です…」

 「…幼馴染(おさななじみ)?…」

 「…すでに、ご存知かもしれませんが、古賀会長が、すでに亡くなった大場代議士の父親と、親しく、その縁で、古賀会長の若い衆だった私も、大場代議士や、そのお嬢さんと親しくさせて、頂きました…お嬢さんは、まだ子供だったので、やはり、子供には、子供の遊び相手がいれば、いいと思って、悠(ゆう)を連れて行ったことが、よくありました…それで、二人は、知り合いました…だから、その二人が、恋愛するとは?…」

 首をひねった…

 私は、どうして、高雄組組長が、首をひねるのか、わからなかった…

 「…幼馴染(おさななじみ)が、恋愛をしちゃいけないんですか?…

 私は、言った…

 高雄組組長の話を聞いていると、はっきりとは言わないが、どうも、そんな感じだったからだ…

 「…いけないわけじゃありません…ただ…」

 「…ただ、なんでしょうか?…」

 「…男も女も、今の悠(ゆう)よりも、もっと、若い時期ならば、いいんです…」

 「…どういうことです?…」

 「…例えば、高校時代ならば、それもわかる…男も女も多感な時期というか…身近にいる幼馴染(おさななじみ)の男も、女も、急にカッコよくなったり、キレイになったりするコが出てくる…すると、それに惹かれてとなる…だから、誰もが、十代の若い頃だと、身近な異性に惹かれることが案外多い…子供の頃から知っている幼馴染(おさななじみ)だったり、従妹(いとこ)だったり…つまりは、異性に目覚める時期で、それが、相手としては、一番身近というか、手っ取り早いというか…」

 高雄組組長が、説明する…

 私は、組長の説明が、よくわかった…

 要するに、思春期に、手っ取り早く、身近にいる異性が、幼馴染(おさななじみ)だったり、従妹(いとこ)だったりするわけだ…

 あくまで、異性に目覚めたばかりの思春期だから、そうなるわけで、少し、歳をとってくると、もう少し範囲を広げるというか…

 なにより、男も女も子供の頃から知っていると、ときめかなくなる…

 そういうことだ(笑)…

 「…ですから、悠(ゆう)が、大場のお嬢さんと、恋愛するというのは、どうしても、考えられないんです…」

 高雄組組長が言う…

 明らかに、戸惑った様子だった…

 「…だから…どうして…」

 呻くように、言った…

 苦悩する高雄組組長と、私を乗せて、クルマは、闇の中を疾走した…

               
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