第124話
文字数 6,140文字
…わかりました…か?…
自分でも、自分が言った言葉に反感を覚えたというか…
相変わらず、だらしないというか…
中途半端というか…
強いものに逆らえないというか…
強いものに流される…
そんな自分に、自分自身呆れた…
…相変わらず、弱っちい!…
自分自身を呪った…
すると、そんな私に気付いたのだろう…
隣の高雄組組長が、
「…お嬢さん…そんなに心配そうな顔をしないでください…お嬢さんを、危険な目には、一切遭わせませんから…」
と、私に言った、さきほどの言葉を繰り返した…
だから、私は、
「…違うんです…」
と、返した…
「…違う…なにが、違うんですか?…」
「…自分が情けないんです…」
「…どういう意味ですか?…」
「…私、弱いんです…」
「…弱い?…」
「…ハイ…失礼ながら、高雄さんのように、大物ヤクザに頼まれると、怖くて、断れないんです…」
私の言葉に、高雄組組長が、
「…」
と、絶句した…
それから、少しして、
「…お嬢さん…弱くなんて、ないですよ…」
と、私に優しく声をかけた…
「…弱くない?…」
「…ハイ…」
「…どうして、弱くないんですか?…」
「…私も同じです…」
「…同じ?…」
「…ハイ…お嬢さんの立場なら、私も同じ…いや、私だけじゃない…誰だって、皆、同じです…」
「…」
「…長い物には巻かれろと、よく言われるもので、誰もが、同じです…私が、経済ヤクザになったのも、亡くなった古賀会長が、株をやれと、一言、私に命じたからです…私は、古賀会長が、怖くて、逆らえなかった…いわば、お嬢さん同様、長い物に巻かれたわけです…」
「…」
「…もっとも、そのおかげで、私は経済ヤクザとして、身を立てることができました…古賀会長は、私が、経済ヤクザに向いていると、見抜いたんでしょう…もっとも、五郎に対抗させる意味もあったんでしょうが…」
高雄組組長が、言う…
「…だから、誰もが、同じです…お嬢さんは、決して、弱くはない…いえ、弱いどころか、むしろ、強い…」
「…私が、強い?…」
「…ハイ…」
「…どうして、私が、強いんですか?…」
「…ひとを味方につけることができるからです…」
「…私が? …そんなこと?…」
「…お嬢さんは、ひとに好かれる…男にも、女にも…そして、そんな人間は、どんな局面になっても、誰かが、力を貸してくれる…それが、お嬢さんの強みです…」
高雄組組長が言う…
力説する…
「…私がさっき、悠(ゆう)と、お嬢さんが結婚してくれればと、思ったのは、お嬢さんなら、悠(ゆう)を変えられると思ったからです…」
「…変えられる…」
「…お嬢さんといっしょにいると、なにより、ホッとするんです…どんな美人でもイケメンでも、ホッとする雰囲気を出す、お嬢さんには、勝てません…」
「…」
「…五郎が、お嬢さんにメロメロなのは、わかります…」
あらためて、稲葉五郎の名前を出した…
「…稲葉さんが?…」
「…ハイ…」
私は、この高雄組組長が、私が、もしかしたら、稲葉五郎の血の繋がった娘なのかもしれないと、知っているのだろうか?
ふと、思った…
だから、それを聞いてみたいと思った…
しかし、
しかし、
やはり、それを聞くことはできなかった…
すると、それを察したのか、
「…五郎は、不器用な男です…」
と、突然、言った…
「…五郎は、見た目と違い、頭も切れ、度胸もあり、ひとに対する思いやりもある…だが、自分自身に対しては、どうしようもなく不器用です…」
「…どういう意味ですか?…」
「…生き方です…」
「…生き方?…」
「…私もそうですが、本来、山田会の会長を目指すつもりなど、さらさらなかった…ただ、周りが、私を担ぎ上げ、自分からは、引くに引けなくなった…」
「…」
「…五郎も同じです…あの男は、本来、権力欲も、なにもない、男です…ただ、自分の置かれた状況から、逃げないというか…逃げれないというか…」
高雄組組長は、それだけ言うと、歩き出した…
「…お嬢さん…行きましょう…悠(ゆう)が、待ってます…」
私は、高雄組組長に、促され、高雄組組長の後について、歩き出した…
「…さあ…どうぞ…お嬢さん…」
高雄組組長は、私のために、自分の乗って来たクルマの後部座席のドアを開けた…
私は、戸惑ったが、高雄組組長が、その長身のカラダを折って、恭(うやうや)しく、私のために、ドアを開けてくれるものだから、それを断ることができなかった…
「…失礼します…」
と、小さく言って、クルマに乗り込んだ…
私が、後部座席に乗り込むと、当然のことながら、高雄組組長が、隣に乗り込んだ…
「…長い間、待たせて、すまなかった…行ってくれ…」
高雄組組長が、命じると、ハンドルを握る若い衆が、クルマを発進させた…
「…どこへ、行くんですか?…」
私は、不安になった…
さっき、コンビニのバイトが、終わって、すぐに、家に、電話して、
「…今日は、帰りが、少し遅くなるから、心配しないで…」
と、留守電にメッセージを入れた…
だから、両親は、心配していないと、思う…
ただ、私は、当たり前だが、不安だった…
大物組長と、二人きりというわけではないが、ハンドルを握る、若い衆は、除外すると、実質、二人きり…
この大物ヤクザが、私をどうこうすることは、あり得ないと、わかっているが、やはり、不安になった…
その不安を打ち消すように、
「…以前、お嬢さんと、行った場所です…」
と、高雄組組長が、答えた…
「…以前、行った場所?…」
「…ハイ…以前、大場代議士と、松尾の叔父貴と、私とお嬢さんの4人で、会った、料亭です…覚えていらっしゃいますか?…」
私は、高雄組組長の言葉で、そのときのことを思い出した…
いや、
思い出したというよりも、覚えている、いないという、レベルではなく、忘れられないレベルに、覚えていた…
しっかりと、覚えていた…
なぜなら、この竹下クミが、生まれて初めて、料亭に足を踏み入れたからだ…
はっきり言って、分不相応というか、場違いな雰囲気だった…
普通に見れば、コンパニオンが、ひとり、派遣されて、やってきたと、思われたに違いない…
いや、
そうは、思えないのかもしれない…
私がコンパニオンでは、華がなさすぎる…
コンパニオンならば、もっと、キレイに違いない…
若さだけは、まだ22歳だから、あるが、私は、お世辞にも、キレイではない…
美人ではない…
すでに、何度も言ったが、クラスで、3番目に可愛いレベル…
仮に、女のコが、クラスに20人いれば、3番目に可愛いレベルだ…
あくまで、平均よりは、少しは、可愛いというレベル…
ただ、華がない…
まして、キレイというには、ほど遠いレベルだ…
だから、あの場にいた私を見て、
「…このコ…なんなんだろ?…」
と、あの料亭の関係者は、思ったのかもしれない…
どう見ても、大場代議士や、高雄組組長の娘ではない…
かといって、あの松尾会長の孫でもない…
だとすると、一体、この娘は、何者なのか?
と、思ったに違いない…
私は、それを思い出した…
そして、
「…あの場所…」
と、ポツリと小さく呟いた…
「…ハイ…」
と、隣の高雄組組長が、反応する…
「…でも、一体なぜ、そんな場所に?…」
「…悠(ゆう)が、かくまわれているんです…」
「…悠(ゆう)さんが?…」
「…ハイ…まさか、悠(ゆう)が、逃亡して、私の組関係の人間のところに、預けるわけには、いきません…例えば、あり得ない話ですが、それは、五郎のところも同じです…つまり、ヤクザでは、ダメということです…」
「…」
「…つまり、警察の目の届かないところ…それが、盲点になるというか…」
私は、高雄組組長の話で、今さらながら、そんな逃亡犯に、これから、会うんだ、と、実感した…
これは、以前も書いたが、私は、今回、杉崎実業の内定から始まった、この一連の出来事で、自分の周りに起きた、騒動が、どうしても、実感できなかった…
この高雄組組長や、稲葉五郎と言った大物ヤクザや、大場小太郎という大物代議士に遭っても、どこか、他人事というか…
どうしても、現実感がなかった…
つまり、例えるに、これは、一般人が、テレビに出るひとと、会った感覚というか…
ミーハーというと、おかしいが、どうしても、自分が、そんな大物たちと、知り合った実感がなかった…
それは、どうしてかと、思ったが、暴力がないからだ…
暴力団の組長と知り合ったにも、かかわらず、暴力を目の当たりにすることはなかったからだ…
あったのは、ただ一度だけ…
稲葉五郎の若い衆である、戸田が、私を、稲葉五郎に無断で、稲葉一家の事務所に連れて行ったときだけだ…
あのときは、それを知った稲葉五郎が激怒して、戸田をぶん殴った…
暴力を目の当たりにしたのは、あのときだけだった…
しかしながら、今、高雄悠(ゆう)が、大場代議士を刺して、逃亡している…
これは、明らかに暴力…
しかも、それまで、唯一目の当たりにした、稲葉五郎が、戸田を殴ったのとは、次元が違うレベル…
下手をすれば、殺人だ…
大場代議士の容態は、わからないが、もし、死んだのならば、高雄悠(ゆう)は、殺人犯となる…
刑務所に行くことは、間違いないが、問題は、何年いくかだ…
十年、あるいは、それ以上だろうか?
ボンヤリと考える…
そんなことを思っていると、隣の高雄組組長が、ふいに、
「…お嬢さん…今、なにを考えてます?…」
と、聞いてきた…
私は、その質問に、一瞬、どう言おうか、躊躇ったが、構わず、ホントのことを言った…
「…悠(ゆう)さんのことです…」
「…悠(ゆう)の…」
「…なぜ、大場代議士を刺したのか? そして、大場代議士の容態は今、どうなのか?
重症なのか? 軽傷なのか? そして、この後、何年刑務所に行くのか? そんなことです…」
私は、一気によどみなく答えた…
私の答えに、高雄組組長は、
「…」
と、沈黙した…
おそらく、どう言っていいのか、わからないのかもしれない…
長い沈黙の後、
「…おっしゃる通りです…」
と、言って、ため息を漏らした…
「…正直に言いますが、今もって、悠(ゆう)が、なぜ、大場代議士を刺したのか、私にもわかりません…」
「…高雄さんにも? ですか?…」
私は、驚いた…
「…そもそも、悠(ゆう)は、暴力とは、無縁です…暴力団の…ヤクザの息子が、暴力とは、無縁というのも、おかしな話ですが、事実です…」
高雄組組長が、淡々と話す…
「…だから、親の欲目かもしれませんが、どうして、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したのか、私にも、さっぱり、わかりません…その点は、どうしても、当人に聞かぬわけには、いかないでしょう…」
「…」
「…私は、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したと聞いたとき、驚天動地の驚きと言えば、大げさですが、本当に、ビックリしました…そして、それを聞いた当初は、バカなことをしたという気持ちが強かったのですが、時間が経つごとに、どうして、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したのか? その疑問の方が、強くなりました…」
当たり前のことだった…
誰もが、息子が、誰かを刺したといえば、驚くに違いないが、時間が経てば経つほど、そもそも、どうして、刺したのかの方が、重要になる…
いわば、刺したのは、結果だが、それより、刺した原因の方が、気になるというか…
当たり前だが、どうして、刺したのかが、知りたくなる…
そういうことだ…
「…もしかして?…」
私は言った…
「…なんでしょうか? お嬢さん?…」
「…もしかして、悠(ゆう)さんは、大場代議士のお嬢さんとの結婚というか、交際をしていて、それを、大場代議士に反対されたんじゃ…」
「…それは、私も考えました…でも…」
「…でも? …なんですか?…」
「…悠(ゆう)は、そんなにバカじゃない…」
「…バカじゃない?…」
「…悠(ゆう)が、大場代議士のお嬢さんと、どういう関係なのかは、知りません…男と女です…ことによると、男女の関係かもしれません…ですが、身の程というか…立場の違いがあります…」
「…立場?…」
「…日本中に知られた大物代議士と、ヤクザの倅です…私と血は繋がっていませんが、ヤクザの息子です…そんな二人が、まかり間違っても、結婚できないことは、十分承知のはずです…それに…」
言いよどんだ…
だから、私は、
「…それに、なんでしょうか?…」
と、言って、先を促した…
「…悠(ゆう)と、大場のお嬢さんは、幼馴染(おさななじみ)です…」
「…幼馴染(おさななじみ)?…」
「…すでに、ご存知かもしれませんが、古賀会長が、すでに亡くなった大場代議士の父親と、親しく、その縁で、古賀会長の若い衆だった私も、大場代議士や、そのお嬢さんと親しくさせて、頂きました…お嬢さんは、まだ子供だったので、やはり、子供には、子供の遊び相手がいれば、いいと思って、悠(ゆう)を連れて行ったことが、よくありました…それで、二人は、知り合いました…だから、その二人が、恋愛するとは?…」
首をひねった…
私は、どうして、高雄組組長が、首をひねるのか、わからなかった…
「…幼馴染(おさななじみ)が、恋愛をしちゃいけないんですか?…
私は、言った…
高雄組組長の話を聞いていると、はっきりとは言わないが、どうも、そんな感じだったからだ…
「…いけないわけじゃありません…ただ…」
「…ただ、なんでしょうか?…」
「…男も女も、今の悠(ゆう)よりも、もっと、若い時期ならば、いいんです…」
「…どういうことです?…」
「…例えば、高校時代ならば、それもわかる…男も女も多感な時期というか…身近にいる幼馴染(おさななじみ)の男も、女も、急にカッコよくなったり、キレイになったりするコが出てくる…すると、それに惹かれてとなる…だから、誰もが、十代の若い頃だと、身近な異性に惹かれることが案外多い…子供の頃から知っている幼馴染(おさななじみ)だったり、従妹(いとこ)だったり…つまりは、異性に目覚める時期で、それが、相手としては、一番身近というか、手っ取り早いというか…」
高雄組組長が、説明する…
私は、組長の説明が、よくわかった…
要するに、思春期に、手っ取り早く、身近にいる異性が、幼馴染(おさななじみ)だったり、従妹(いとこ)だったりするわけだ…
あくまで、異性に目覚めたばかりの思春期だから、そうなるわけで、少し、歳をとってくると、もう少し範囲を広げるというか…
なにより、男も女も子供の頃から知っていると、ときめかなくなる…
そういうことだ(笑)…
「…ですから、悠(ゆう)が、大場のお嬢さんと、恋愛するというのは、どうしても、考えられないんです…」
高雄組組長が言う…
明らかに、戸惑った様子だった…
「…だから…どうして…」
呻くように、言った…
苦悩する高雄組組長と、私を乗せて、クルマは、闇の中を疾走した…
自分でも、自分が言った言葉に反感を覚えたというか…
相変わらず、だらしないというか…
中途半端というか…
強いものに逆らえないというか…
強いものに流される…
そんな自分に、自分自身呆れた…
…相変わらず、弱っちい!…
自分自身を呪った…
すると、そんな私に気付いたのだろう…
隣の高雄組組長が、
「…お嬢さん…そんなに心配そうな顔をしないでください…お嬢さんを、危険な目には、一切遭わせませんから…」
と、私に言った、さきほどの言葉を繰り返した…
だから、私は、
「…違うんです…」
と、返した…
「…違う…なにが、違うんですか?…」
「…自分が情けないんです…」
「…どういう意味ですか?…」
「…私、弱いんです…」
「…弱い?…」
「…ハイ…失礼ながら、高雄さんのように、大物ヤクザに頼まれると、怖くて、断れないんです…」
私の言葉に、高雄組組長が、
「…」
と、絶句した…
それから、少しして、
「…お嬢さん…弱くなんて、ないですよ…」
と、私に優しく声をかけた…
「…弱くない?…」
「…ハイ…」
「…どうして、弱くないんですか?…」
「…私も同じです…」
「…同じ?…」
「…ハイ…お嬢さんの立場なら、私も同じ…いや、私だけじゃない…誰だって、皆、同じです…」
「…」
「…長い物には巻かれろと、よく言われるもので、誰もが、同じです…私が、経済ヤクザになったのも、亡くなった古賀会長が、株をやれと、一言、私に命じたからです…私は、古賀会長が、怖くて、逆らえなかった…いわば、お嬢さん同様、長い物に巻かれたわけです…」
「…」
「…もっとも、そのおかげで、私は経済ヤクザとして、身を立てることができました…古賀会長は、私が、経済ヤクザに向いていると、見抜いたんでしょう…もっとも、五郎に対抗させる意味もあったんでしょうが…」
高雄組組長が、言う…
「…だから、誰もが、同じです…お嬢さんは、決して、弱くはない…いえ、弱いどころか、むしろ、強い…」
「…私が、強い?…」
「…ハイ…」
「…どうして、私が、強いんですか?…」
「…ひとを味方につけることができるからです…」
「…私が? …そんなこと?…」
「…お嬢さんは、ひとに好かれる…男にも、女にも…そして、そんな人間は、どんな局面になっても、誰かが、力を貸してくれる…それが、お嬢さんの強みです…」
高雄組組長が言う…
力説する…
「…私がさっき、悠(ゆう)と、お嬢さんが結婚してくれればと、思ったのは、お嬢さんなら、悠(ゆう)を変えられると思ったからです…」
「…変えられる…」
「…お嬢さんといっしょにいると、なにより、ホッとするんです…どんな美人でもイケメンでも、ホッとする雰囲気を出す、お嬢さんには、勝てません…」
「…」
「…五郎が、お嬢さんにメロメロなのは、わかります…」
あらためて、稲葉五郎の名前を出した…
「…稲葉さんが?…」
「…ハイ…」
私は、この高雄組組長が、私が、もしかしたら、稲葉五郎の血の繋がった娘なのかもしれないと、知っているのだろうか?
ふと、思った…
だから、それを聞いてみたいと思った…
しかし、
しかし、
やはり、それを聞くことはできなかった…
すると、それを察したのか、
「…五郎は、不器用な男です…」
と、突然、言った…
「…五郎は、見た目と違い、頭も切れ、度胸もあり、ひとに対する思いやりもある…だが、自分自身に対しては、どうしようもなく不器用です…」
「…どういう意味ですか?…」
「…生き方です…」
「…生き方?…」
「…私もそうですが、本来、山田会の会長を目指すつもりなど、さらさらなかった…ただ、周りが、私を担ぎ上げ、自分からは、引くに引けなくなった…」
「…」
「…五郎も同じです…あの男は、本来、権力欲も、なにもない、男です…ただ、自分の置かれた状況から、逃げないというか…逃げれないというか…」
高雄組組長は、それだけ言うと、歩き出した…
「…お嬢さん…行きましょう…悠(ゆう)が、待ってます…」
私は、高雄組組長に、促され、高雄組組長の後について、歩き出した…
「…さあ…どうぞ…お嬢さん…」
高雄組組長は、私のために、自分の乗って来たクルマの後部座席のドアを開けた…
私は、戸惑ったが、高雄組組長が、その長身のカラダを折って、恭(うやうや)しく、私のために、ドアを開けてくれるものだから、それを断ることができなかった…
「…失礼します…」
と、小さく言って、クルマに乗り込んだ…
私が、後部座席に乗り込むと、当然のことながら、高雄組組長が、隣に乗り込んだ…
「…長い間、待たせて、すまなかった…行ってくれ…」
高雄組組長が、命じると、ハンドルを握る若い衆が、クルマを発進させた…
「…どこへ、行くんですか?…」
私は、不安になった…
さっき、コンビニのバイトが、終わって、すぐに、家に、電話して、
「…今日は、帰りが、少し遅くなるから、心配しないで…」
と、留守電にメッセージを入れた…
だから、両親は、心配していないと、思う…
ただ、私は、当たり前だが、不安だった…
大物組長と、二人きりというわけではないが、ハンドルを握る、若い衆は、除外すると、実質、二人きり…
この大物ヤクザが、私をどうこうすることは、あり得ないと、わかっているが、やはり、不安になった…
その不安を打ち消すように、
「…以前、お嬢さんと、行った場所です…」
と、高雄組組長が、答えた…
「…以前、行った場所?…」
「…ハイ…以前、大場代議士と、松尾の叔父貴と、私とお嬢さんの4人で、会った、料亭です…覚えていらっしゃいますか?…」
私は、高雄組組長の言葉で、そのときのことを思い出した…
いや、
思い出したというよりも、覚えている、いないという、レベルではなく、忘れられないレベルに、覚えていた…
しっかりと、覚えていた…
なぜなら、この竹下クミが、生まれて初めて、料亭に足を踏み入れたからだ…
はっきり言って、分不相応というか、場違いな雰囲気だった…
普通に見れば、コンパニオンが、ひとり、派遣されて、やってきたと、思われたに違いない…
いや、
そうは、思えないのかもしれない…
私がコンパニオンでは、華がなさすぎる…
コンパニオンならば、もっと、キレイに違いない…
若さだけは、まだ22歳だから、あるが、私は、お世辞にも、キレイではない…
美人ではない…
すでに、何度も言ったが、クラスで、3番目に可愛いレベル…
仮に、女のコが、クラスに20人いれば、3番目に可愛いレベルだ…
あくまで、平均よりは、少しは、可愛いというレベル…
ただ、華がない…
まして、キレイというには、ほど遠いレベルだ…
だから、あの場にいた私を見て、
「…このコ…なんなんだろ?…」
と、あの料亭の関係者は、思ったのかもしれない…
どう見ても、大場代議士や、高雄組組長の娘ではない…
かといって、あの松尾会長の孫でもない…
だとすると、一体、この娘は、何者なのか?
と、思ったに違いない…
私は、それを思い出した…
そして、
「…あの場所…」
と、ポツリと小さく呟いた…
「…ハイ…」
と、隣の高雄組組長が、反応する…
「…でも、一体なぜ、そんな場所に?…」
「…悠(ゆう)が、かくまわれているんです…」
「…悠(ゆう)さんが?…」
「…ハイ…まさか、悠(ゆう)が、逃亡して、私の組関係の人間のところに、預けるわけには、いきません…例えば、あり得ない話ですが、それは、五郎のところも同じです…つまり、ヤクザでは、ダメということです…」
「…」
「…つまり、警察の目の届かないところ…それが、盲点になるというか…」
私は、高雄組組長の話で、今さらながら、そんな逃亡犯に、これから、会うんだ、と、実感した…
これは、以前も書いたが、私は、今回、杉崎実業の内定から始まった、この一連の出来事で、自分の周りに起きた、騒動が、どうしても、実感できなかった…
この高雄組組長や、稲葉五郎と言った大物ヤクザや、大場小太郎という大物代議士に遭っても、どこか、他人事というか…
どうしても、現実感がなかった…
つまり、例えるに、これは、一般人が、テレビに出るひとと、会った感覚というか…
ミーハーというと、おかしいが、どうしても、自分が、そんな大物たちと、知り合った実感がなかった…
それは、どうしてかと、思ったが、暴力がないからだ…
暴力団の組長と知り合ったにも、かかわらず、暴力を目の当たりにすることはなかったからだ…
あったのは、ただ一度だけ…
稲葉五郎の若い衆である、戸田が、私を、稲葉五郎に無断で、稲葉一家の事務所に連れて行ったときだけだ…
あのときは、それを知った稲葉五郎が激怒して、戸田をぶん殴った…
暴力を目の当たりにしたのは、あのときだけだった…
しかしながら、今、高雄悠(ゆう)が、大場代議士を刺して、逃亡している…
これは、明らかに暴力…
しかも、それまで、唯一目の当たりにした、稲葉五郎が、戸田を殴ったのとは、次元が違うレベル…
下手をすれば、殺人だ…
大場代議士の容態は、わからないが、もし、死んだのならば、高雄悠(ゆう)は、殺人犯となる…
刑務所に行くことは、間違いないが、問題は、何年いくかだ…
十年、あるいは、それ以上だろうか?
ボンヤリと考える…
そんなことを思っていると、隣の高雄組組長が、ふいに、
「…お嬢さん…今、なにを考えてます?…」
と、聞いてきた…
私は、その質問に、一瞬、どう言おうか、躊躇ったが、構わず、ホントのことを言った…
「…悠(ゆう)さんのことです…」
「…悠(ゆう)の…」
「…なぜ、大場代議士を刺したのか? そして、大場代議士の容態は今、どうなのか?
重症なのか? 軽傷なのか? そして、この後、何年刑務所に行くのか? そんなことです…」
私は、一気によどみなく答えた…
私の答えに、高雄組組長は、
「…」
と、沈黙した…
おそらく、どう言っていいのか、わからないのかもしれない…
長い沈黙の後、
「…おっしゃる通りです…」
と、言って、ため息を漏らした…
「…正直に言いますが、今もって、悠(ゆう)が、なぜ、大場代議士を刺したのか、私にもわかりません…」
「…高雄さんにも? ですか?…」
私は、驚いた…
「…そもそも、悠(ゆう)は、暴力とは、無縁です…暴力団の…ヤクザの息子が、暴力とは、無縁というのも、おかしな話ですが、事実です…」
高雄組組長が、淡々と話す…
「…だから、親の欲目かもしれませんが、どうして、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したのか、私にも、さっぱり、わかりません…その点は、どうしても、当人に聞かぬわけには、いかないでしょう…」
「…」
「…私は、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したと聞いたとき、驚天動地の驚きと言えば、大げさですが、本当に、ビックリしました…そして、それを聞いた当初は、バカなことをしたという気持ちが強かったのですが、時間が経つごとに、どうして、悠(ゆう)が、大場代議士を刺したのか? その疑問の方が、強くなりました…」
当たり前のことだった…
誰もが、息子が、誰かを刺したといえば、驚くに違いないが、時間が経てば経つほど、そもそも、どうして、刺したのかの方が、重要になる…
いわば、刺したのは、結果だが、それより、刺した原因の方が、気になるというか…
当たり前だが、どうして、刺したのかが、知りたくなる…
そういうことだ…
「…もしかして?…」
私は言った…
「…なんでしょうか? お嬢さん?…」
「…もしかして、悠(ゆう)さんは、大場代議士のお嬢さんとの結婚というか、交際をしていて、それを、大場代議士に反対されたんじゃ…」
「…それは、私も考えました…でも…」
「…でも? …なんですか?…」
「…悠(ゆう)は、そんなにバカじゃない…」
「…バカじゃない?…」
「…悠(ゆう)が、大場代議士のお嬢さんと、どういう関係なのかは、知りません…男と女です…ことによると、男女の関係かもしれません…ですが、身の程というか…立場の違いがあります…」
「…立場?…」
「…日本中に知られた大物代議士と、ヤクザの倅です…私と血は繋がっていませんが、ヤクザの息子です…そんな二人が、まかり間違っても、結婚できないことは、十分承知のはずです…それに…」
言いよどんだ…
だから、私は、
「…それに、なんでしょうか?…」
と、言って、先を促した…
「…悠(ゆう)と、大場のお嬢さんは、幼馴染(おさななじみ)です…」
「…幼馴染(おさななじみ)?…」
「…すでに、ご存知かもしれませんが、古賀会長が、すでに亡くなった大場代議士の父親と、親しく、その縁で、古賀会長の若い衆だった私も、大場代議士や、そのお嬢さんと親しくさせて、頂きました…お嬢さんは、まだ子供だったので、やはり、子供には、子供の遊び相手がいれば、いいと思って、悠(ゆう)を連れて行ったことが、よくありました…それで、二人は、知り合いました…だから、その二人が、恋愛するとは?…」
首をひねった…
私は、どうして、高雄組組長が、首をひねるのか、わからなかった…
「…幼馴染(おさななじみ)が、恋愛をしちゃいけないんですか?…
私は、言った…
高雄組組長の話を聞いていると、はっきりとは言わないが、どうも、そんな感じだったからだ…
「…いけないわけじゃありません…ただ…」
「…ただ、なんでしょうか?…」
「…男も女も、今の悠(ゆう)よりも、もっと、若い時期ならば、いいんです…」
「…どういうことです?…」
「…例えば、高校時代ならば、それもわかる…男も女も多感な時期というか…身近にいる幼馴染(おさななじみ)の男も、女も、急にカッコよくなったり、キレイになったりするコが出てくる…すると、それに惹かれてとなる…だから、誰もが、十代の若い頃だと、身近な異性に惹かれることが案外多い…子供の頃から知っている幼馴染(おさななじみ)だったり、従妹(いとこ)だったり…つまりは、異性に目覚める時期で、それが、相手としては、一番身近というか、手っ取り早いというか…」
高雄組組長が、説明する…
私は、組長の説明が、よくわかった…
要するに、思春期に、手っ取り早く、身近にいる異性が、幼馴染(おさななじみ)だったり、従妹(いとこ)だったりするわけだ…
あくまで、異性に目覚めたばかりの思春期だから、そうなるわけで、少し、歳をとってくると、もう少し範囲を広げるというか…
なにより、男も女も子供の頃から知っていると、ときめかなくなる…
そういうことだ(笑)…
「…ですから、悠(ゆう)が、大場のお嬢さんと、恋愛するというのは、どうしても、考えられないんです…」
高雄組組長が言う…
明らかに、戸惑った様子だった…
「…だから…どうして…」
呻くように、言った…
苦悩する高雄組組長と、私を乗せて、クルマは、闇の中を疾走した…