第47話

文字数 4,345文字

 …どういうことだ?…

 …一体、どういうことだ?…

 私は、幾度となく、心の中で、反芻した…

 繰り返した…

 なぜ、高雄が、私を睨む…

 私が、一体全体、高雄になにをしたっていうんだ?…

 なにか、私が、高雄に恨まれるようなことでも、したというのか?

 いや、

 そもそも、私は、高雄と接していない…

 会っていない…

 そんな全然会ってない、高雄に私が恨まれることなど、ありえない…

 絶対にありえない…

 私は、必死になって、考え続ける。

 そんな高雄の視線に、当然のことながら、気付いた、藤原綾乃が、

 「…あら、高雄専務? 女のひとに、フラれたの? それとも裏切られた?…」

 と、からかうように言った。

 きっと、この部屋の空気が、高雄が私を睨み続けることで、ピンと張り詰めたから、わざと軽い調子で言って、この場の雰囲気を和ませようとする、藤原綾乃の配慮だろう…

 私は、思った。

 そして、高雄は、藤原綾乃の言葉に、一瞬、ムッとして、藤原綾乃を睨んだが、ため息をつくように、

 「…ハイ…その通りです…」

 と、認めた…

 そんな高雄の言葉に、私以外の他の四人から、

 「…エーッ?…」

と、悲鳴とも嬌声とも、つかぬ声が上がった…

しかも、その嬌声の間にも、高雄は一瞬たりとも、私から目をはずすことは、なかった…

まるで、私と、なにか勝負をしているように、ジッと私を睨み続けた…

私は、動揺したが、目をはずすことは、なかった…

ここで、私から、先に、高雄から視線をはずと、なんだか、高雄に負けた気がしたからだ…

私は、決して、負けず嫌いな性格ではない…

むしろ、自分で言うのも、なんだが、結構、周囲に流されやすい人間と言うか…

ともかく、強い人間ではない…

お世辞にも、周囲の人間を束ねることができるリーダーの資質は、微塵もない…

にもかかわらず、ここで、高雄の視線を、自分から先に外しては、絶対いけないと、思った…

なんだか、よくわからないが、そんな心の声がしたというか…

内なる声がしたというか…

とにかく、自分でも、よくわからないが、高雄に負けたくなかった…

絶対、負けたくなかった…

 だから、ジッと、高雄を睨んだ…

高雄もまた、そんな私に対抗するように、ジッと、私を睨んだまま…

まるで、私と高雄が勝負している感じだった…

「…あらあら…なんだか、お嬢ちゃんと、高雄専務が、睨み合ったままね…」

藤原綾乃が、私と高雄を仲裁するように、声をかけた…

「…まるで、恋人同士がケンカしたみたい…一体、二人の間になにがあったの?…」

と、楽しそうに聞く…

事実、そうでもしなければ、ならないほど、私と高雄は、睨み合っていた…

周囲にピンと張り詰めた空気が、漂った…

「…ひょっとして、高雄専務が裏切られた彼女って、お嬢ちゃん…」

と、藤原綾乃が、高雄に聞く。

が、

高雄は、

「…」

と、黙ったまま、答えない…

代わりに、藤原綾乃が、私に、

「…お嬢ちゃん…高雄専務と付き合ってたんだ?…」

と、冗談めかして、冷やかした…

私は、それを即座に否定した…

「…付き合ってません…」

大声で言った。

「…エッ? 付き合ってない?…」

藤原綾乃が、驚いた…

「…ハイ…私は、高雄専務と付き合ってません…」

声を大にして、宣言した…

私の言葉に、他の四人が、ざわざわと、ざわめくのが、わかった…

「…でも、だったら、どうして?…」

藤原綾乃が、戸惑い気味に言った…

「…そんなこと、私に聞いても知りません…高雄専務に聞いてください…」

私は、言った。

「…高雄専務…」

藤原綾乃が遠慮がちに声をかけた…

「…彼女は、付き合ってないと、言ってますが…」

それでも、高雄は、

「…」

と、声を上げなかった…

まるで、私に勝負を挑むように、私を睨んだまま…

私は、心の中で、

「…承知!…」

と、叫んだ…

この勝負、受けて立つ!

私は、自分自身に宣言した…

例え、相手が、高雄でも、この勝負、受けて立つ!

例え、どんなイケメンでも、この勝負、受けて立つ!

私の心が躍ったというか…

ずばり、火が点いた…

率直に言って、なんで、高雄が私を睨むのか、さっぱり、わからない…

なんで、高雄のようなイケメンに、私が、睨まれるのか、さっぱり、わからない…

でも、睨まれてる事実は、確か…

変わらない…

例え、どんなにイケメンでも、理由なく、睨まれて、気分のいい、女はいない…

だから、当然、私も、気分が悪い…

はっきり、言って、不快…

不愉快だ…

だから、生まれて初めて、メンチを切った…

いわゆる、ガンを飛ばした…

が、

高雄もまた、そんな私にたじろぐことなく、睨み続けた…

すると、

いつのまにか、周囲が、沈黙した…

まるで、この部屋に、私と高雄が二人きりで、いるようだった…

それほど、静かだった…

ずーっと、そのまま、何十秒…

いや、

何分か、経っただろうか?

「…ハイ、ハイ…お二人さん、それまで…」

藤原綾乃が、手を叩いて、宣言した…

「…二人とも、なにが、あったか、しらないけど、それまで…いい加減にして…」

藤原綾乃が、警告する。

それから、まず、高雄を振り返り、

「…高雄専務も、なにがあったか知りませんが、自分よりも年下の女性を、ずっと睨み続けるのは、どうかと、思います…」

次いで、私を見て、

「…お嬢ちゃん…アナタも同じ…まだ入社していないとはいえ、この会社の親会社の専務の顔をジッと睨み続けるなんて、失礼極まりないわ…」

藤原綾乃が、言った…

私も、藤原綾乃の言葉に、内心、同意した…

しかし、

しかし、だ…

高雄からは、ずーっと私を睨み続けた謝罪はなかった…

詫びはなかった…

だから、私から、謝るわけには、いかなかった…

だから、

「…」

と、なにも、言わなかった…

そして、それは、高雄も同じだった…

そんな私と高雄を見た、藤原綾乃は、

「…二人とも、頑固ね…」

と、匙を投げた。

「…いいわ…好きなようになさい…」

そう言って、部屋を出ていってしまった…

と、同時に、

「…ちょっと、二人とも、いい加減にして…」

私以外の四人の女の一人が、声を上げた…

見ると、それは、柴野だった…

「…なにが、あったか、知らないけど、いい加減にして…」

柴野が叫ぶ。

そして、それに賛同するように、野口も、

「…そうよ…いい加減にして…」

と、席から、立ち上がって、私と高雄を非難した。

と、そのときだった…

高雄がニヤリと、笑ったのだ…

満足げに、ニヤリと、笑った…

…どういうことだ?…

私は、考える。

「…ようやく藤原さんが、出て行った…」

高雄がいきなり、言った…

「…彼女には、ここにいて欲しくなかった…」

高雄が、打ち明ける。

…それで、私を睨みつけた?…

私は、内心、気付いた…

…藤原綾乃を、この部屋から、追い出すために、なにか、騒動を起こそうと思った?…

考えた。

が、

高雄から、私に謝罪はない…

ということは、やはり、高雄は、私を恨んでいる?

高雄が、女に裏切られたと、藤原綾乃の質問に、答えたが、その女は、もしかしたら、私?

竹下クミ?

そんなことを思った…

そのときだった…

「…高雄さん…どうして、竹下さんを睨んだんですか?…」

大場が直球に聞いた。

いかにも、大場らしい…

誰にも、いいづらい質問を遠慮なく、口にする(笑)…

私は、内心、苦笑した…

「…どうしてって? …それは?…」

高雄は、明らかに、大場の質問に、困惑している様子だった…

「…理由もなく、竹下さんを睨むなんて、おかしいです…なにか、理由があるはずです…」

大場の質問に、高雄は、

「…」

と、沈黙する。

が、

大場は、

「…答えて下さい…」

と、容赦がなかった…

大場の質問に、高雄は、しばし、躊躇したが、

「…竹下さんが、父の敵というか、ライバルと、仲がいいんで…」

と、答えた。

私は、高雄の答えに、

「…」

と、絶句した…

…見抜いている…

いや、

…調べている…

高雄は、私と、稲葉五郎が、仲良くしていることを知っている…

そう思った…

そう思った途端、返す刀で、

「…大場さんも…」

と、高雄は、ニヤリと笑って、付け足した。

その一言で、今度は、大場が固まる番だった…

なぜなら、私に、あのヤクザ界のスター、稲葉五郎を紹介したのは、大場…

大場に他ならないからだ…

「…なにか、目的があるようですね…」

高雄が意味深に呟く。

大場は、

「…」

と、黙ったままだった…

「…もちろん、なにか目的があって、この場にやって来るのは、いいことです…」

高雄が、言う。

「…会社に入って、イケメンを狙うのもいい…それも立派な目的です…」

高雄がわざと言う。

明らかに嫌み…

イケメンである自分を狙っているとでも、言いたいのだろう…

が、

違った…

「…要は、イケメンを狙っているように、見せかければ、いいんです…」

と、高雄が、付け足したからだ…

その言葉に、大場の顔色が変わった…

顔面蒼白とまでは、言わないが、明らかに、顔色が変わった…

そして、高雄は、言った。

「…さっき、藤原さんが、ボクに、女に裏切られた? と、質問して、ボクは、それを認めました…でも、その女とは、ずばり、皆さんです…」

…皆さんって、どういう意味だ?…

私は、考える。

「…竹下さんは、父のライバルと仲がいい…大場さんは、なにか、目的がありそうだ?…」

高雄が言う。

「…でも、これって、ボクに対する裏切りです…だって、そうでしょう? ボクは、皆さんの内の一人と結婚すると、宣言したんですから…」

高雄が続ける…

無茶苦茶な論理だが、筋は通っている…

たしかに、そう考えれば、私たち五人の女は、おそらく高雄を裏切っている…

が、

それを、どうして知っている?

いや、

いつ、それに気付いた?

それに、

それに、だ、

そんなことを、私たちと、話すために、藤原綾乃を部屋から、追い出すように仕向けたのか?

私は、思った…

               
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