第54話
文字数 6,123文字
戦闘モード(笑)に突入したまま、私、竹下クミは、街中華の女将さんの店を後にした…
正直、考えることが、多すぎた…
女将さんに、聞いたことで、色々なことが分かって来たが、まだまだ謎がある。
そして、もしかしたら、その最大の謎と言うか、焦点は、亡くなった古賀会長にあるのでは? と、ふと、思った…
先日、亡くなった、山田会の古賀会長…
たしか、ヤクザ界では、秀吉に例えられる立志伝中の人物だそうだ…
以前、女将さんが、私と、稲葉五郎、そして、大場がいる席で、言ったことを思い出した。
秀吉は、あの豊臣秀吉だ…
そして、豊臣秀吉に例えられる以上、亡くなった古賀会長は、生まれは、貧乏だったのでは?
貧しかったのでは? と、考えた…
例えば、織田信長や、徳川家康に例えれば、生家というか、生まれは、それなりに、金持ちというか、裕福なのでは? と、考える。
織田信長も、大名…徳川家康も、小なりといえど、大名だ…
だから、もし、その亡くなった古賀会長が、織田信長や、徳川家康に例えられれば、古賀会長も、生まれは、裕福だったのでは? と、想像できる…
だが、古賀会長は、秀吉…豊臣秀吉に例えられてる…
つまり、身分は低かったが、大成した…偉くなった…
そういうことだ(笑)…
そして、もう一つ、豊臣秀吉に例える謎…
もしかしたら、財宝というと、大げさだが、亡くなった古賀会長は、相当の財産を残していたのでは? と、気付いた…
豊臣秀吉が、大阪城内に、莫大な金銀等の財宝を、所有していたのは、よく知られている話…
それを例に挙げれば、古賀会長も、それなりの財産を残しているのでは?
ふと、思った…
なにしろ、日本で、二番目に大きな暴力団の会長だ…
お金持ちに決まっている…
そして、もしかしたら、その財産を、あの稲葉五郎も、高雄の父親も、狙っている…
ふと、思った…
もしかしたら、私が、亡くなった古賀会長の探していた娘だと、信じて、大事にしているのは、私が、古賀会長の、娘や孫で、その私を手に入れることで、その財産を手に入れることができる…
あの稲葉五郎も、高雄の父親も、そう信じて、血眼になって、私を探していた…
私が、古賀会長の残した莫大な財産を手に入れられる立場だからだ…
と、そこまで、考えて、自分でも、おかしくなった…
思わず、プッと、吹き出しそうになった…
いくらなんでも、荒唐無稽すぎる…
たしかに、亡くなった山田会の古賀会長は、日本で、二番目に大きな暴力団の会長だったのだから、お金持ちに違いない…
しかし、それと、私、竹下クミとは、何の関係もない(笑)…
何度も言うが、私の身内にヤクザ者はいない…
天地がひっくり返っても、いるはずがない…
これが、現実…
現実だ…
ただ、そうは思いながらも、やはり、古賀会長のことは、謎だった…
どうして、私が、古賀会長の探していた娘だと思ったのか?
そもそも、それが、謎だった…
いや、
そこまで、考えて、気付いた…
高雄の父親や、稲葉五郎だけではない…
高雄…
あの高雄悠(ゆう)も、また、二人と、同じなのではないか?
私、竹下クミを、亡くなった、山田会の古賀会長の探していた娘だと知って、あの杉崎実業に合格させたのではないか?
そう考えると、納得する…
ずばり、辻褄が合う…
なぜなら、あの大場は、私が、高雄の本命だと言った…
その本命の私を隠すために、私によく似た四人の女を集めたと言った…
そして、なにより、高雄は、決して、私、竹下クミの頼みを断らないと、大場は言った…
それは、高雄が私を大切に思っているから…
そして、なぜ、私を大切に思うのかと言えば、自分の父親である、高雄組組長や、稲葉五郎と同じく、私を、亡くなった山田会の古賀会長の探していた娘だと、信じているからではないか?
そう、考えるのが、自然だ…
理屈が合う…
と、そこまで、考えると、今さらながら、大場のことを思った…
大場は私に電話をかけてきて、高雄に相談して欲しいと言った…
私が頼めば、高雄は決して、私の頼みは、断らない…
大場は、当然のことながら、自分の父親であり、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士と、稲葉五郎の関係が、世間に暴露されて、困っている…
下手をすれば、自分の父親が、次期総理総裁候補の座から、転がり落ちるどころか、落選の危機もあるからだ…
しかし…
しかし、だ…
例え、私が、高雄悠(ゆう)にそれを相談したとして、高雄には、大場の父親の苦境を救う手立てがあるのだろうか?
いかに、高雄が、自分の父親が有力ヤクザとはいえ、高雄自身に力があるとは、思えない…
だが、大場は、そうは、思っていない…
と、なると、高雄には、なにか、アイデアというか、それをうまく解決する手段というか、プランがあるのかもしれない…
私は、思った…
そんなときだった…
私が、一人で、道路を歩いていると、反対方向から、歩いて来る、若い男が、ペコリと、私に向かって、頭を下げた…
最初、その若い男が、私に向かって、頭を下げているとは、気付かなかった…
だが、偶然というか、たまたまと、いうか、私の近くで、歩いている人間は、私以外いなかった…
だから、ふと、周りを見回して、やっぱり、私だと気付いた…
その男が、頭を下げている、相手が、私、竹下クミだと、気付いた…
…コイツは?…
私は、ぶしつけに、頭を上げた、若い男の顔をジロジロ見た…
そして、その顔に、見覚えがないか、どうか、考えた…
そして、その若い男が、ようやく誰か、気付いた…
思い出した…
稲葉五郎の若い衆だった…
以前、稲葉五郎に、杉崎実業まで、クルマで、乗せて行って、もらったことがある…
そのときに、クルマを運転する若い衆と、助手席に乗った若い衆がいた…
そのどちらか、一方だった…
そして、ようやく、相手の素性に気付いたとき、すでに、相手は、私の横を素通りして、立ち去る寸前だった…
私は、一瞬、悩んだが、すぐに、その若い衆を追いかけて、
「…あの…スイマセン…」
と、声をかけた…
すると、その若い衆は、まるで、電気かなにかがカラダが走ったように、ピクッとして、
「…お嬢…ご無沙汰しています…」
と、まるで、私に対して、土下座せんばかりに、頭を下げた…
私は、ビックリした…
驚いた…
生まれて、このかた、他人様に、そんな真似をされたことは、一度もなかったからだ…
私は、どうして、いいか、わからなかった…
が、とりあえず、
「…あの…そんな真似しないで、下さい…頭を上げて下さい…」
と、言った。
すると、相手は、気を許したのか、ゆっくりと、私の顔を見ながら、頭を上げた…
私もまた、その相手の顔を見ながら、
「…稲葉さんのところの、若い衆の方ですね…この前、私を、杉崎実業まで、送ってくれた…」
と、訊いた…
「…その通りです…お嬢…」
と、相手は、またも、恐縮して、深く、私に頭を下げた…
が、恐縮するのは、私の方だった…
他人様に、こんなにまで、頭を下げられたのは、生まれて、初めての経験だった…
どうして、いいか、わからなかった…
しかも、相手は、若い衆とはいえ、ヤクザ…
れっきとしたヤクザ…
暴力団だ…
「…あの…稲葉さんは、今、どこに…」
私は、言った。
稲葉五郎に、高雄悠(ゆう)と、連絡をとってもらおうとしたのだ…
本当ならば、あの街中華の女将さんに、稲葉五郎の連絡先を聞いて、教えてもらおうと、思っていたが、すっかり忘れていた(苦笑)…
あの街中華の女将さんが、高雄悠(ゆう)について、あまりにも、以外と言うか、予想外の話をするから、圧倒されたというか…
とにかく、女将さんに、聞きそびれた…
稲葉五郎で、構わないから、高雄の連絡先を聞きたかった…
さもなければ、大場の頼みを、引き受けることができない…
本当は、政治家である、大場の父親と、ヤクザ者である、稲葉五郎の関係を、世間にすっぱ抜かれたのだから、それを当事者である、稲葉五郎に、高雄の連絡先を聞くのは、おかしいと思いながらも、他に手段がなかった…
なにしろ、高雄の実家である、高雄組に、電話をしても、
「…坊っちゃんは、いません…」
と、けんもほろろに、言われたぐらいだ…
ほかにどうやって、連絡先を教えてもらうのか、わからなかった…
だから、ここで、この稲葉五郎の若い衆に、会ったのは、僥倖といおうか…
奇跡といっても、いいぐらいだ…
干天の慈雨といっていいだろう…
とにかく、願ってもいない、チャンスだった…
私の質問に、
「…それは、お嬢といえども、教えるわけには…」
眼前の稲葉五郎の若い衆が答える。
当たり前のことだった…
稲葉五郎は、大場の父親との関係が、世間に暴露されて、身を隠している…
それが、たまたま、知り合った私などに、簡単に、隠れ場所を教えるわけがなかった…
まして、眼前の稲葉五郎の若い衆にとって、当然のことながら、稲葉五郎は、自分の親分…
子分が、親分の命令に逆らえるわけがなかった…
「…それは、わかってます…」
私は言った。
稲葉五郎の若い衆に、今、五郎がどこにいるか、言えるわけがない…
だから、それを、私が無理強いするわけには、いかなかった…
「…実は、私は、今、高雄…高雄悠(ゆう)さんに、連絡を取りたいんです…高雄悠(ゆう)さんを、ご存じですよね? 高雄組組長のご子息です…」
私は言った…
私の言葉に、眼前の若い衆は、面食らった様子だった…
「…ど、どうして、お嬢は、高雄のお坊っちゃんに、会いたいんですか?…」
呆気に取られた口調で言った…
無理もない…
ここで、私の口から、稲葉五郎のライバルである、高雄組組長の息子の名前が出るとは、思ってもいないことだったのだろう…
まさに、想定外…
考えもしない、事態だったに違いない…
私は、
「…実は、今、稲葉五郎さんと、大場代議士の関係が世間に取り沙汰されているでしょ?…稲葉さんも、それで、どこかに身を隠しているのでしょうけど、私は、大場代議士の娘さんと知り合いで、この件で、高雄…高雄悠(ゆう)さんに、連絡を取ってもらいたいと、頼まれたんです…高雄さんなら、なにか、いいアイデアが出せるんじゃないかって…」
と、言った…
私の言葉に、
「…大場代議士のお嬢さん…」
と、言った切り、目の前の稲葉五郎の若い衆は、絶句した。
もちろん、目の前の、若い衆も、大場代議士や、その娘の大場のことは、知っているに違いない…
しかしながら、まさか、私から、大場父娘の話題が出るとは、予想もつかなかったに違いない…
目の前の若い衆は、どうしていいか、わからずに、考え込んだ…
途端に、無口になった…
そして、オロオロと取り乱した…
文字通り、どうしていいか、わからない感じだった…
「…オヤジ…いや、組長と連絡は、取れますが、連絡を取っていいものかどうか…」
目の前の若い衆が、悩みながら、考え、考え、途切れ、途切れに、口にする…
どうして、いいか、わからないのだ…
たしかに、私自身、彼の立場なら、考え込む…
自分でも、どうしていいか、わからない…
私は、自分の組の組長が、
「…お嬢…お嬢…」
と、言って、大事にしている娘…
そのお嬢に、
「…稲葉さんに、連絡して、高雄さんの息子さんに、連絡を取ってくれ…」
と、頼まれれば、どうして、いいか、わからない…
答えが出ない…
むげには断れないからだ…
目の前の若い衆も、同じ…
そういう状態だった…
そして、しばし、時間が経った…
私は、ジッと待った…
ようやく、その若い衆が、口を開いて、出た言葉は、
「…ここで、考えても、結論は出ません…事務所に来てくれませんか?…」
という言葉だった…
「…事務所?…」
私は、驚いた…
文字通り、絶句した…
…わ、私が、ヤクザの事務所に行く?…
…この竹下クミが、ヤクザの事務所に行く?…
…ヤクザが、大の苦手な竹下クミが?…
考えれば、目の回る衝撃だった…
それほど、驚いた…
が、当事者である、目の前の若い衆にしてみれば、当然の帰結だった…
いつまでも、道端で、考え込んでいるわけには、いかない…
どこか、考える場所が欲しい…
その考える場所が、ヤクザ事務所…
なにより、見知っているし、どこか、近くの店に入れば、目立つ…
それに、今、稲葉五郎と、大場代議士の関係が世間で、白日の下に晒されて、週刊誌の記者や、テレビのレポーターが、近くにいるに決まっている…
だから、当然、目の前の若い衆自身が、記者やレポーターに目を付けられてる可能性が高い…
その状況で、私と、店に入ることはできない…
極力、避けたいと考えるに違いない…
私は、そう考えた…
と、そこまで、考えると、目の前の若い衆の誘いに乗ってもいいとも、思った…
普通なら、若い娘である、私が、ヤクザの事務所に一人で、入るなんて、無謀もいいところ…
チャレンジャーどころか、ありえない話だ(苦笑)…
しかし、今、外には、記者やレポーターが、大勢いるに違いない…
もしかしたら、警察も見張ってる可能性もある…
だとすれば、安全性が高い…
ふと、思った…
まさか、そこそこ美人の私が、ヤクザの事務所に監禁されて、犯されるなんて、ことは、ありえないが、やはり、ここは、用心が肝心…
稲葉五郎が、いかに、
「…お嬢…お嬢…」
と、私を持ち上げてくれても、相手は、若い男…
二人きりになれば、どうなるか、わからないからだ…
いや、
二人どころか、事務所には、何人、男がいるか、わからない…
そこまで、考えた…
もしかしたら、AVそのままに、大勢のヤクザ者に犯されるかも…
そんな考えも浮かんだ…
が、
結論は、虎穴に入らずんば虎子を得ず…
とにかく、この若い衆の言う通り、稲葉五郎の稲葉一家の事務所に行くことにした…
危険は、承知で、行くことにした…
正直、考えることが、多すぎた…
女将さんに、聞いたことで、色々なことが分かって来たが、まだまだ謎がある。
そして、もしかしたら、その最大の謎と言うか、焦点は、亡くなった古賀会長にあるのでは? と、ふと、思った…
先日、亡くなった、山田会の古賀会長…
たしか、ヤクザ界では、秀吉に例えられる立志伝中の人物だそうだ…
以前、女将さんが、私と、稲葉五郎、そして、大場がいる席で、言ったことを思い出した。
秀吉は、あの豊臣秀吉だ…
そして、豊臣秀吉に例えられる以上、亡くなった古賀会長は、生まれは、貧乏だったのでは?
貧しかったのでは? と、考えた…
例えば、織田信長や、徳川家康に例えれば、生家というか、生まれは、それなりに、金持ちというか、裕福なのでは? と、考える。
織田信長も、大名…徳川家康も、小なりといえど、大名だ…
だから、もし、その亡くなった古賀会長が、織田信長や、徳川家康に例えられれば、古賀会長も、生まれは、裕福だったのでは? と、想像できる…
だが、古賀会長は、秀吉…豊臣秀吉に例えられてる…
つまり、身分は低かったが、大成した…偉くなった…
そういうことだ(笑)…
そして、もう一つ、豊臣秀吉に例える謎…
もしかしたら、財宝というと、大げさだが、亡くなった古賀会長は、相当の財産を残していたのでは? と、気付いた…
豊臣秀吉が、大阪城内に、莫大な金銀等の財宝を、所有していたのは、よく知られている話…
それを例に挙げれば、古賀会長も、それなりの財産を残しているのでは?
ふと、思った…
なにしろ、日本で、二番目に大きな暴力団の会長だ…
お金持ちに決まっている…
そして、もしかしたら、その財産を、あの稲葉五郎も、高雄の父親も、狙っている…
ふと、思った…
もしかしたら、私が、亡くなった古賀会長の探していた娘だと、信じて、大事にしているのは、私が、古賀会長の、娘や孫で、その私を手に入れることで、その財産を手に入れることができる…
あの稲葉五郎も、高雄の父親も、そう信じて、血眼になって、私を探していた…
私が、古賀会長の残した莫大な財産を手に入れられる立場だからだ…
と、そこまで、考えて、自分でも、おかしくなった…
思わず、プッと、吹き出しそうになった…
いくらなんでも、荒唐無稽すぎる…
たしかに、亡くなった山田会の古賀会長は、日本で、二番目に大きな暴力団の会長だったのだから、お金持ちに違いない…
しかし、それと、私、竹下クミとは、何の関係もない(笑)…
何度も言うが、私の身内にヤクザ者はいない…
天地がひっくり返っても、いるはずがない…
これが、現実…
現実だ…
ただ、そうは思いながらも、やはり、古賀会長のことは、謎だった…
どうして、私が、古賀会長の探していた娘だと思ったのか?
そもそも、それが、謎だった…
いや、
そこまで、考えて、気付いた…
高雄の父親や、稲葉五郎だけではない…
高雄…
あの高雄悠(ゆう)も、また、二人と、同じなのではないか?
私、竹下クミを、亡くなった、山田会の古賀会長の探していた娘だと知って、あの杉崎実業に合格させたのではないか?
そう考えると、納得する…
ずばり、辻褄が合う…
なぜなら、あの大場は、私が、高雄の本命だと言った…
その本命の私を隠すために、私によく似た四人の女を集めたと言った…
そして、なにより、高雄は、決して、私、竹下クミの頼みを断らないと、大場は言った…
それは、高雄が私を大切に思っているから…
そして、なぜ、私を大切に思うのかと言えば、自分の父親である、高雄組組長や、稲葉五郎と同じく、私を、亡くなった山田会の古賀会長の探していた娘だと、信じているからではないか?
そう、考えるのが、自然だ…
理屈が合う…
と、そこまで、考えると、今さらながら、大場のことを思った…
大場は私に電話をかけてきて、高雄に相談して欲しいと言った…
私が頼めば、高雄は決して、私の頼みは、断らない…
大場は、当然のことながら、自分の父親であり、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士と、稲葉五郎の関係が、世間に暴露されて、困っている…
下手をすれば、自分の父親が、次期総理総裁候補の座から、転がり落ちるどころか、落選の危機もあるからだ…
しかし…
しかし、だ…
例え、私が、高雄悠(ゆう)にそれを相談したとして、高雄には、大場の父親の苦境を救う手立てがあるのだろうか?
いかに、高雄が、自分の父親が有力ヤクザとはいえ、高雄自身に力があるとは、思えない…
だが、大場は、そうは、思っていない…
と、なると、高雄には、なにか、アイデアというか、それをうまく解決する手段というか、プランがあるのかもしれない…
私は、思った…
そんなときだった…
私が、一人で、道路を歩いていると、反対方向から、歩いて来る、若い男が、ペコリと、私に向かって、頭を下げた…
最初、その若い男が、私に向かって、頭を下げているとは、気付かなかった…
だが、偶然というか、たまたまと、いうか、私の近くで、歩いている人間は、私以外いなかった…
だから、ふと、周りを見回して、やっぱり、私だと気付いた…
その男が、頭を下げている、相手が、私、竹下クミだと、気付いた…
…コイツは?…
私は、ぶしつけに、頭を上げた、若い男の顔をジロジロ見た…
そして、その顔に、見覚えがないか、どうか、考えた…
そして、その若い男が、ようやく誰か、気付いた…
思い出した…
稲葉五郎の若い衆だった…
以前、稲葉五郎に、杉崎実業まで、クルマで、乗せて行って、もらったことがある…
そのときに、クルマを運転する若い衆と、助手席に乗った若い衆がいた…
そのどちらか、一方だった…
そして、ようやく、相手の素性に気付いたとき、すでに、相手は、私の横を素通りして、立ち去る寸前だった…
私は、一瞬、悩んだが、すぐに、その若い衆を追いかけて、
「…あの…スイマセン…」
と、声をかけた…
すると、その若い衆は、まるで、電気かなにかがカラダが走ったように、ピクッとして、
「…お嬢…ご無沙汰しています…」
と、まるで、私に対して、土下座せんばかりに、頭を下げた…
私は、ビックリした…
驚いた…
生まれて、このかた、他人様に、そんな真似をされたことは、一度もなかったからだ…
私は、どうして、いいか、わからなかった…
が、とりあえず、
「…あの…そんな真似しないで、下さい…頭を上げて下さい…」
と、言った。
すると、相手は、気を許したのか、ゆっくりと、私の顔を見ながら、頭を上げた…
私もまた、その相手の顔を見ながら、
「…稲葉さんのところの、若い衆の方ですね…この前、私を、杉崎実業まで、送ってくれた…」
と、訊いた…
「…その通りです…お嬢…」
と、相手は、またも、恐縮して、深く、私に頭を下げた…
が、恐縮するのは、私の方だった…
他人様に、こんなにまで、頭を下げられたのは、生まれて、初めての経験だった…
どうして、いいか、わからなかった…
しかも、相手は、若い衆とはいえ、ヤクザ…
れっきとしたヤクザ…
暴力団だ…
「…あの…稲葉さんは、今、どこに…」
私は、言った。
稲葉五郎に、高雄悠(ゆう)と、連絡をとってもらおうとしたのだ…
本当ならば、あの街中華の女将さんに、稲葉五郎の連絡先を聞いて、教えてもらおうと、思っていたが、すっかり忘れていた(苦笑)…
あの街中華の女将さんが、高雄悠(ゆう)について、あまりにも、以外と言うか、予想外の話をするから、圧倒されたというか…
とにかく、女将さんに、聞きそびれた…
稲葉五郎で、構わないから、高雄の連絡先を聞きたかった…
さもなければ、大場の頼みを、引き受けることができない…
本当は、政治家である、大場の父親と、ヤクザ者である、稲葉五郎の関係を、世間にすっぱ抜かれたのだから、それを当事者である、稲葉五郎に、高雄の連絡先を聞くのは、おかしいと思いながらも、他に手段がなかった…
なにしろ、高雄の実家である、高雄組に、電話をしても、
「…坊っちゃんは、いません…」
と、けんもほろろに、言われたぐらいだ…
ほかにどうやって、連絡先を教えてもらうのか、わからなかった…
だから、ここで、この稲葉五郎の若い衆に、会ったのは、僥倖といおうか…
奇跡といっても、いいぐらいだ…
干天の慈雨といっていいだろう…
とにかく、願ってもいない、チャンスだった…
私の質問に、
「…それは、お嬢といえども、教えるわけには…」
眼前の稲葉五郎の若い衆が答える。
当たり前のことだった…
稲葉五郎は、大場の父親との関係が、世間に暴露されて、身を隠している…
それが、たまたま、知り合った私などに、簡単に、隠れ場所を教えるわけがなかった…
まして、眼前の稲葉五郎の若い衆にとって、当然のことながら、稲葉五郎は、自分の親分…
子分が、親分の命令に逆らえるわけがなかった…
「…それは、わかってます…」
私は言った。
稲葉五郎の若い衆に、今、五郎がどこにいるか、言えるわけがない…
だから、それを、私が無理強いするわけには、いかなかった…
「…実は、私は、今、高雄…高雄悠(ゆう)さんに、連絡を取りたいんです…高雄悠(ゆう)さんを、ご存じですよね? 高雄組組長のご子息です…」
私は言った…
私の言葉に、眼前の若い衆は、面食らった様子だった…
「…ど、どうして、お嬢は、高雄のお坊っちゃんに、会いたいんですか?…」
呆気に取られた口調で言った…
無理もない…
ここで、私の口から、稲葉五郎のライバルである、高雄組組長の息子の名前が出るとは、思ってもいないことだったのだろう…
まさに、想定外…
考えもしない、事態だったに違いない…
私は、
「…実は、今、稲葉五郎さんと、大場代議士の関係が世間に取り沙汰されているでしょ?…稲葉さんも、それで、どこかに身を隠しているのでしょうけど、私は、大場代議士の娘さんと知り合いで、この件で、高雄…高雄悠(ゆう)さんに、連絡を取ってもらいたいと、頼まれたんです…高雄さんなら、なにか、いいアイデアが出せるんじゃないかって…」
と、言った…
私の言葉に、
「…大場代議士のお嬢さん…」
と、言った切り、目の前の稲葉五郎の若い衆は、絶句した。
もちろん、目の前の、若い衆も、大場代議士や、その娘の大場のことは、知っているに違いない…
しかしながら、まさか、私から、大場父娘の話題が出るとは、予想もつかなかったに違いない…
目の前の若い衆は、どうしていいか、わからずに、考え込んだ…
途端に、無口になった…
そして、オロオロと取り乱した…
文字通り、どうしていいか、わからない感じだった…
「…オヤジ…いや、組長と連絡は、取れますが、連絡を取っていいものかどうか…」
目の前の若い衆が、悩みながら、考え、考え、途切れ、途切れに、口にする…
どうして、いいか、わからないのだ…
たしかに、私自身、彼の立場なら、考え込む…
自分でも、どうしていいか、わからない…
私は、自分の組の組長が、
「…お嬢…お嬢…」
と、言って、大事にしている娘…
そのお嬢に、
「…稲葉さんに、連絡して、高雄さんの息子さんに、連絡を取ってくれ…」
と、頼まれれば、どうして、いいか、わからない…
答えが出ない…
むげには断れないからだ…
目の前の若い衆も、同じ…
そういう状態だった…
そして、しばし、時間が経った…
私は、ジッと待った…
ようやく、その若い衆が、口を開いて、出た言葉は、
「…ここで、考えても、結論は出ません…事務所に来てくれませんか?…」
という言葉だった…
「…事務所?…」
私は、驚いた…
文字通り、絶句した…
…わ、私が、ヤクザの事務所に行く?…
…この竹下クミが、ヤクザの事務所に行く?…
…ヤクザが、大の苦手な竹下クミが?…
考えれば、目の回る衝撃だった…
それほど、驚いた…
が、当事者である、目の前の若い衆にしてみれば、当然の帰結だった…
いつまでも、道端で、考え込んでいるわけには、いかない…
どこか、考える場所が欲しい…
その考える場所が、ヤクザ事務所…
なにより、見知っているし、どこか、近くの店に入れば、目立つ…
それに、今、稲葉五郎と、大場代議士の関係が世間で、白日の下に晒されて、週刊誌の記者や、テレビのレポーターが、近くにいるに決まっている…
だから、当然、目の前の若い衆自身が、記者やレポーターに目を付けられてる可能性が高い…
その状況で、私と、店に入ることはできない…
極力、避けたいと考えるに違いない…
私は、そう考えた…
と、そこまで、考えると、目の前の若い衆の誘いに乗ってもいいとも、思った…
普通なら、若い娘である、私が、ヤクザの事務所に一人で、入るなんて、無謀もいいところ…
チャレンジャーどころか、ありえない話だ(苦笑)…
しかし、今、外には、記者やレポーターが、大勢いるに違いない…
もしかしたら、警察も見張ってる可能性もある…
だとすれば、安全性が高い…
ふと、思った…
まさか、そこそこ美人の私が、ヤクザの事務所に監禁されて、犯されるなんて、ことは、ありえないが、やはり、ここは、用心が肝心…
稲葉五郎が、いかに、
「…お嬢…お嬢…」
と、私を持ち上げてくれても、相手は、若い男…
二人きりになれば、どうなるか、わからないからだ…
いや、
二人どころか、事務所には、何人、男がいるか、わからない…
そこまで、考えた…
もしかしたら、AVそのままに、大勢のヤクザ者に犯されるかも…
そんな考えも浮かんだ…
が、
結論は、虎穴に入らずんば虎子を得ず…
とにかく、この若い衆の言う通り、稲葉五郎の稲葉一家の事務所に行くことにした…
危険は、承知で、行くことにした…